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マスター:穂村 禾錐
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/03/09


みんなの思い出



オープニング

●人里離れたとある山道
「くそッ、どこに消えた!」
 生い茂る木々に阻まれ、陽の光さえ満足に通らない薄暗い山道に男の苛立たしげな声が響く。
 山登りの最中に遭難したわけでもなければ、別段はぐれた仲間を探している様子でもない。
 いや、余裕が感じられないその動作を窺えば、何やら必死に探し物をしているには違いないが、それが決して穏便に済むものではないと、男の殺気立った双眸が物語っていた。
 何より、肩に担がれた身の丈程の長剣が男を威圧的な雰囲気にさせるのに一役買っている。彼が久遠ヶ原学園の制服を着用していなければ、殺人鬼などといらぬ誤解を受けても文句は言えないだろう。
「ちくしょう! あそこで俺がしっかりとどめを刺しておけば……!」
「ちょっと。一旦落ち着いたらどう?」
 そんな刺々しい男の態度を忠言したのは、音も無く男の後ろに現れた少年であった。少年の登場に続き、暗闇に覆われた木々の間からも次々と人影が現れる。全部で六名。皆、男と同じ久遠ヶ原学園の制服に身を包んでいた。
「当初の作戦を変更する必要がありそうだな。撃退士として、逃げたディアボロを放置するわけにはいかん」
 隊長格の青年が集まった面子を代表して口を開く。
「クラスのプライドにこだわっている場合じゃない。“奴”が人里に現れる前になんとしても倒さなければ…学園側に増援の出撃を要請するぞ」


●久遠ヶ原学園、ホームルーム
「それでは、依頼の概要を説明します」
教室に撃退士が集まったのを確認した斡旋所の女性職員が、教卓前に立って手元の書類に目を落とした。
「今回の任務は、学園所属の撃退士が討ち逃したディアボロ一体の討伐です。場所はここから程近い山岳部の麓周辺。討伐対象は撃退士との幾度に亘る戦闘によって衰弱しているものの、元々強力な固体であるため油断は禁物です。単体と侮って準備を怠ってはいけません。
 報告では、討伐対象は山の麓の廃村方面に向かっているとのこと。迎撃手段については、討伐に向かう撃退士に一任します。
 ちなみにこの任務には、先にディアボロ討伐作戦に出ていた撃退士六名も引き続き遂行しています。苦戦、もしくは倒せないと判断した場合は速やかに撤退するか、可能であれば撃退士六名の到着までの時間稼ぎをお願いします。
 ……依頼内容は以上です。何か質問はありますか?」
 静まり返った教室。女性職員はその沈黙に含まれる意味を理解したのか、小さくひとつ頷いた。
「それでは、よろしくお願いします。討伐対象が人里に出現した時点で任務は失敗となります。くれぐれも気をつけてくださいね」


リプレイ本文


『――よし、目的地を確認した。我々もすぐに駆けつけよう』
 吐く息荒く、電話越しに男の声が響く。
 走りながら通話しているのだろう。口調こそ落ち着いてはいるが、言葉の向こうに窺える荒々しさが彼の言動の余裕を少なからず奪っていた。
 既に落ち着いて会話する状況でもないのだと、中等部所属の佐藤・七佳(ja0030)は勘付く。
 彼女は携帯電話を握り締め再び口を開いた。
「わかりました。では、こちらは作戦通りに始めます。迎撃場所は送った座標の通りです」
『――了解。くれぐれも気をつけてくれ。我々の方で多少は痛めつけておいたが、“奴”はまだ逃亡するほどの余力を残している。油断ならない相手だ…』
「は、はい。慎重に事に当たります…!」
『…後始末のような仕事を押し付けてしまって申し訳ない。ご武運を』
 それを最後に、電話の相手からの声は途絶える。
 短い情報交換の割には、なかなか見過ごせない重責を与えられた気がしてならない。七佳は携帯電話を制服のポケットに仕舞うと、小さくため息を零した。
「なんか冴えない顔だね。あっちの隊長さんからは何て?」
 そう七佳に質問を寄越したのは、同じく討伐チームのメンバーである神喰 茜(ja0200)。早くターゲットと戦いたくて仕方ないのか、茜は己の得物を抜いて熱心に素振りに従じていた。
「あ、うん……すぐに駆けつけてくれるみたい。油断ならない相手みたいだから、くれぐれも気をつけてくれって」
「手負いの獣ほど、がむしゃらになると厄介ってな。先発の撃退士もなかなか腕の立つ連中みたいだし、その攻撃を逃れるってことは相当強力な固体だってことだ」
 赤髪の少年、久遠 仁刀(ja2464)が座っていた縁側から立ち上がる。長い間放置されていたのだろう、家主に捨てられた廃屋の板敷き廊下は埃や湿気の侵食で黒ずんでいた。廃村を見渡せる眺めの良い場所だったのでここを一時的な拠点所に設けたのだが、衛生的にあまり相応しくなかったかもしれない。
「斡旋所の職員さんのお話だと、無理に倒す必要はないみたいですねー。先発の撃退士の方々が到着するまで、時間稼ぎをするのはどうでしょうか」
 やんわりとそう申すのは、着物姿の澄野 絣(ja1044)である。
 依頼では討ち漏らしたディアボロの完全討伐とあるが、それはあくまで二の次。ディアボロの人里の侵入阻止が一番の目的に当たる。無理に倒そうとして不利益な被害を被るより、依頼達成の範囲内で収まる役目を無難にこなした方が成果としては十分だ。
 絣の言いたいことはつまりそういうことである。メンバーの最年長として…何より仁義を重んじ、目下の人間を守れるのであればそれに越したことはない。
 だが、彼女の言い分に納得できない者がいることもまた道理。
「せっかく来たんだから、他の人に得物を譲るなんて勿体無いよ」
 一際大きく、上段に構えた刀を振り切る茜。
 虚空を切り裂く得物がヒュンと音を立て、小さな風が彼女の緋色の髪を揺らす。血のように赤い瞳が、どこか狂気的な色を含んで村の麓の森を睨み据えていた。
「ディアボロは私たちが…私が斬り伏せる」

● 
 一方、廃村から少し離れた山岳部では――
「ええっと…こ、このぼたん? これをおすですね?」
「ああうん。…向こうから掛かってきたら音が鳴るから、とりあえずコレを押して――」
 討伐メンバー“誘導班”の二人が、携帯電話片手にあれこれと問答を繰り返していた。
 傍から見てもかなり奇妙な光景だ。もっとも、話の内容は至極真面目なものだが…。
「…?? と、とにかく…おとがなればこれをおすといいです?」
 慣れない手つきで電子端末をいじる半裸の青年の名はシロ・コルニス(ja5727)。彼は携帯電話を扱うのは初めてなので、仲間の撃退士である雨宮 歩(ja3810)から操作方法を教わっているところであった。
 彼ら誘導班に任された役目は、討伐対象を迎撃班の控える廃村内部に追い込むことである。ただ力押しで敵を倒すのとはわけが違い精密な連携を必要とする任務であるため、互いの行動確認のためにも通信端末は必需品だった。歩がシロに『ケータイ』の使い方を教えているのも、その理由のために他ならない。
「この程度ならなんとかなる、かなぁ」
 舗装されていない山中の地面を踏み締め、歩が足場の状態を確認する。一般人であれば歩くのにも一苦労だろうが、撃退士にとっては大した障害ではないようだ。
「いいですね、これならよくはしれます」
 シロも足の指で土を握って足場を慣らせる。もとより自然に囲まれて育った身、この程度どうということはない。
 ――と。
「っ!」
 シロの身体がぴたりと止まった。牛の頭蓋骨に覆われた頭が、何かに釣られるように森のある一点の方向を向く。
 歩は不審に思い、ゆっくりと身を屈めるその背に声をかけた。
「んん? どうしたのシロ」 
「…なにか、ちかづいてきます」
 シロの短い返答に、歩も顔を上げて森の奥を注視する。しかし、何処を見渡しても立木や草ばかりで動くものなど見当たらない。
「うん? 何処かに潜んで――」
 そこまで口を開いた時だった。何やらただならぬ気配を感じて、歩はすぐさま近くの木の陰に身を隠す。幹から顔だけを出す彼の顔には、さっきまでの気だるげな様子とは打って変わって愉しげな表情が見え隠れしていた。
「クク…見つけたぁ。随分お早いご登場じゃないかぁ」
「アユム、おおきなおおかみがいます」
 同じく背を低くして身を隠していたシロが真っ直ぐ前方を指差す。彼らの視線の先には、獣と思わしき動きをする巨大な黒い物体が確かにあった。
「ああ、ボクにも見えてる。さてと…手筈通りにいくぞ、シロ」 
 魔狼を廃村に誘導する作戦が、こうして密かに始められた。

 視認できる距離といっても、向こうがこちらの存在に気付いている様子はなかった。
 先の戦闘で相当弱っているのか、のろのろとゆっくりした足取りで山を下っている。
 歩とシロはすぐさま行動を起こした。誘導作戦の手始めとして、まず対象に気付かれないように狼の後方に回り込むのだ。何せ敵を左右から追い込む必要もある。お互い途中で別れると、対象を見失わないように斜め後方から慎重に狼に接近していった。
『シロ、準備はいいかな?』
 機械越しに聞こえてきた歩の声に少々びっくりしながら、携帯電話を耳に押し当てたシロが頷いた。
「はい、シロはいつでもだいじょうぶです。すぐにはじめましょう」
『りょーかい。それじゃあ、不意打ちの一発を頼むよ』
 電話を切ってから、ロングボウに矢を番えるシロ。
 久しぶりの狩りの感覚に身体が武者震いするのを感じながら、弦をいっぱいにまで引き絞って目標に狙いを定める。そして――
 ビュン!
 息を殺したまま放たれた矢は一寸の狂いなく狼の臀部に突き刺さった。
 グラアアアアアアアアアア!!!! 
 途端、魔狼が腹の底を震わす程の咆哮を上げる。空気が振動し、木々の枝葉がガサガサと騒がしい音を立てた。
 ディアボロの禍々しい殺意を感じて緊張に身体を強張らせるシロ。しかし、魔狼は反転せずにそのまま一目散に走り出した。
「……!」
 逃げた! 作戦通り。廃村に誘導。
 このまま人里に向かわせていけない。天魔によって襲われた村を思い出し、シロは歩と立てた次の作戦を実行に移すため魔狼の追撃を開始した。  
 

 廃村内部、とある民家の屋根。
「あ…見えました! 合図ですっ!」
 屋根に立って山林部を監視していた七佳が、スカートの裾を押さえながら声を上げる。頭に装着されたヘッドセット型の無線通信器を介して、他の迎撃班メンバーの携帯電話に七佳の声がリンクして届いた。
 彼女の目には山の麓から昇る一筋の煙がはっきりと映っていた。誘導班がターゲットの追い込みに成功した時の合図である。
 間も空けずして仁刀の声が七佳に伝わった。  
『方角は? そこから距離はわかるか?』
「ええと…方角は北で間違いないです。距離はここから三百メートル? む、村の入口からそんなに離れていません!」
『…よし。こっちでも確認した。引き続き監視を頼む。“奴”が村に侵入したら、阻霊陣の展開を』
「はい。頑張ります!」
 ――一方、仁刀の方はというと。
 彼は携帯電話を片手に、民家の屋上にバリケードを作ってその隙間から狼の侵入方向を眺めていた。
『――それでは、狼の侵入と同時に私が入口を押さえますねー』
 電話から聞こえてきたのは絣の声だ。作戦通り、村に侵入した狼を逃がさないよう彼女が入口に陣取る手筈である。
『後衛は最後の壁ですから、抜かれるわけには行きませんし。それでは久遠さん、お気をつけて』
「了解だ。そっちも気をつけてくれ」
 電話を切る仁刀。しばらくして、廃村全体に狼に似た咆哮が響き渡った。
「近いな。こいつはそろそろ…」
 言い切るや否や、森の麓から黒い毛むくじゃらな何かが飛び出すのを仁刀は目撃した。 
 熊? いいや、明らかに熊の全長を越える体躯のそいつは、村の北入口に張り巡らされた立ち入り禁止の有刺鉄線をバラバラに引き千切って村内部への侵入を果たす。
 グルラアアアアアアアアアア!!!!
 迎撃作戦開始。
 仁刀は携帯でメールを送信すると同時に、民家の屋上から飛び出した。


“獲物が罠にかかった――”
 仁刀から届いた一通の短いメールを確認した茜は、何の迷いも見せず隠れていた瓦礫から身を起こして駆け出した。
 方向はさっきの吠え声で大体把握できた。いや、もう既に視界に入っている。
「よしっ、一番手!」
 気合の一声と共に、みるみるスピードを上げて魔狼の側面に肉迫。柄に手をかけた刀を鞘から抜き様に横一文字に振り払う。
 グラアアアアア!!
 茜の居合い入りが魔狼の後ろ足を切り裂いた。側面からの攻撃に対処し切れなかった魔狼は、そのまま地面に倒れ伏せる。
「次! 前足!」
 横向きに倒れる魔狼に向かって、今度は上段から振り下ろした。しかし――
 グルァア!
「くっ…!」
 隙を突いたと思われた斬り下ろしは、突然俊敏な動きを見せた狼の前足によって弾かれてしまう。勢いを崩した茜はそのまま後方に大きく飛びのく羽目になってしまった。
 その間に体勢を立て直す魔狼。攻撃を繰り出すか、それとも逃亡を続けるか、慎重に狼の動きを見定める茜は、魔狼の背後に迫る影を見つけて不敵な笑みを零した。
「おい! こっちだ狂犬!」
 声の主は仁刀だ。遅れて登場した彼は突き出した刀を下段に構えたまま狼に突っ込む。
 剣先は足を狙っていた。撃退士二人の挟み撃ちにあった魔狼は、反撃を諦めて空中に跳び上がる。だがそれが魔狼にとって致命的な判断となった。
「ふっ…!」
 全ては仁刀の狙い通り。一瞬遅れて仁刀も地面を蹴って跳び上がり、下段に構えていた刀を返して振り上げる。
 グラアアアアアア!!!
 仁刀の斬り上げ攻撃は狼の前足首を打ち砕いた。
 着地もままならぬまま、地面に崩れ落ちる魔狼。だがまだあきらめの悪い狼は、仁刀と茜を牙や爪で牽制しながら抜け穴から逃亡を計る。
「逃がしませんよー」
 しかし、後衛から魔狼の動きを読む絣が和弓による射撃でその尽くを封じていった。七佳が阻霊陣でディアボロの透過を防いでいるので、魔狼は人間の目を欺いて逃げることすらできない。あきらめの悪いこの狼にも、着実に最後が迫っていた。
「鬼ごっこもいい加減飽きたでしょ? そろそろ終わりにしてあげるよ」
 相手の攻撃の隙を突いて魔狼の背中に飛び乗った茜が、逆手に構えた刀を黒い毛に覆われた首に突き入れる。
 ガアアアアアアアア!!
 鮮血が噴き出し、魔狼の断末魔が響き渡った。肉を貫く感覚が刀を介して茜の腕に伝わると、彼女は狂気に満ちた笑みを浮かべてさらに深く刀を突き入れる。
「そういえばもう少しでお花見の季節だね。一足先に血の花を咲かせてみよっか!」
 勢いを殺さず、そのまま刀を横にスライドさせて一気に突き下ろす。
 狼は既に咆哮を上げない。力なく崩れ落ちた獣に頭部はなく、今度こそ起き上がらなかった。
「はい、依頼達成♪」
 仲間を振り返る茜の笑顔には、討伐を完遂させた純粋な喜びだけがあった。



「勝った…の…?」
 茜が狼を討ち倒す一部始終を屋根の上から見ていた七佳は、しかし本当に討伐を完了したという実感が湧かず固唾を飲んで見守っていた。
 彼女は阻霊陣の行使者である。効果を持続させるために術を発動し続けなければならないので、否応なく戦いへの参加を断念していたのだ。とはいえ、万が一味方の誰かに危機が訪れたら、すぐさま飛び出して参戦する心積もりであったが…。
 ――しかし、それらも杞憂に終わったようである。
『佐藤さん…佐藤さん、聞こえますか?』
 不意に耳元で絣の声が聞こえ、七佳は慌てて無線通信をオンにして応答する。
「は、はい! 澄野さん、こちら佐藤です。狼は…倒せたんですか?」
『はいー。神喰さんがやってくれましたよー。討伐は完了…私達の作戦勝ちですねー』
「よ、良かった…」
 ――討伐は完了。
 仲間の口からそれを聞いた途端、七佳は安堵感極まってへなへなと屋根の上に膝を突いた。ほぼ同時に、場を支配していた阻霊陣の効力も失われる。
 自分たちは勝ったのだ。こちらに向かって大きく手を振る茜を眺めながら、七佳はほっとため息を吐いた。


「シロ、何をしているの?」
 戦闘が終わり、先発の撃退士も合流したのちのことである。
 無事討伐を喜ぶ仲間の傍らで、魔狼の死骸に屈むシロの姿を認めて歩が声をかけた。
「おおかみのつめと…それから、きばをとっています」
「何故?」
「しとめたえもののいちぶをからだにつけて、そのたましいにけいいをあらわすためです」
「ふーん…」
 歩は適当に相槌を打ったが、心は何処か別の場所を彷徨っていた。
 歩には死んだ天魔に対する情もなければ、ましてや敬意なんて持ったこともない。今回の戦いも、己の生と死の狭間に揺られながら殺す殺されるの状況をありのままに受け入れていただけだ。戦うのは愉しい。それは紛れも無い真実である。だが――
「戦いを愉しむモノ、かぁ。悪くない。悪くないけど…ボクは、それだけのモノなのかなぁ?」
「…アユム?」
 魔狼の死骸を見下ろしながら、歩はずっと上の空だった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

Defender of the Society・
佐藤 七佳(ja0030)

大学部3年61組 女 ディバインナイト
血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
日月双弓・
澄野・絣(ja1044)

大学部9年199組 女 インフィルトレイター
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
牛ハンター・
シロ・コルニス(ja5727)

大学部6年258組 男 インフィルトレイター