土の中から現れたクワガタが藤堂に2射目を放った時── 学園の撃退士たちは一瞬、直撃を受けた藤堂が消し飛んだのではないかと錯覚した。
「と、藤堂さんっ!?」
隊列の先頭、最も北側を歩いていた千葉 真一(
ja0070)が驚いて隊列中央を振り返る。アストラルヴァンガードの影野 明日香(
jb3801)はすぐさま疾風の如き速さで藤堂のいた場所へと走り…… 農道の東、クワガタと反対側の田んぼに落ちている藤堂を見つけて安堵した。
「大丈夫よ! 東側の田んぼに落っこちてる!」
「そうか! 農道の陰に落っこちてるなら大丈夫だな!」
あっさり安心して。真一は胸の前で拳を握り、変身、いや、光纏を開始した。活性化されるヒーローマスク。天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!! の叫びと共に、真一が決めポーズで見得を切る。
「藤堂さんのことは任せた! 俺は北側から回り込む!」
「わかったわ! ……って、うわ、何か声聞こえるし」
真一に『ブースト』をかけてもらった瞬間、どこからか「BOOST!」とやたらカッコイイ発音で聞こえてくるアナウンス。明日香はそのまま農道の下に下りると、半分泥に埋まった藤堂の側で腰を落とした。
「サンキュー、ドク。……だけど、身体半分縦に泥塗れとか。男爵かい。なにこれ、弄られキャラ決定フラグ?」
「いいから。怪我人はおとなしくしてなさい」
愚痴る同年代女性、藤堂に適当に相槌を打ちつつ、明日香は水を掛けて泥を洗い、『ライトヒール』で治療する。
「藤堂。お主は攻撃に巻き込まれぬよう下がっておれ!」
イーリス・ドラグニール(
jb2487)がそう言うと、藤堂は素直にその忠告を受け入れた。イーリスは、ほう、と小さく感心した。自分が戦えぬ状態だとあっさりと見切りをつけたらしい。無理して戦っても足手纏いになるだけとの判断。流石はPMCのプロと言ったところか。
「とりあえず、固まっていたら危険そうだよ!」
スレイプニルを召喚しながら、彩咲・陽花(
jb1871)が警告の声を上げた。クワガタは今やその全貌を現そうとしていた。上翅を広げて水蒸気を吐き出しながら、人が最も集まった場所に向けてその角を指向し始める。
「皆、散開じゃ! このままでは次の攻撃の良い的じゃ!」
イーリスはそう叫ぶと、『魔竜の翼』で上空へと跳躍。スコープ越しに敵の姿を捉えつつ、竜の翼をはためかせて滞空に入った。月影 夕姫(
jb1569)もまた『小天使の翼』でその身を浮かせる。
「また厄介そうなのがでてきたわね…… 陽花も気を付けてね。アレの直撃は、ちょっとマズイわ」
「夕姫もね。……田んぼは酷くぬかるんでいる。スレイプニル! 私を乗せて連れてって!」
友人に返事をしながら、召喚した馬竜に『クライム』で騎乗する陽花。夕姫は浮遊したままクワガタの北側へと回り込む。その右方。北側のあぜ道を走ってきた真一は勢い良く田に入り、最短距離での接近を図った。『ブースト』で足元に絡みつく泥濘を力任せに蹴り上げつつ、それでも着実に悪条件下の不整地を物凄い勢いで進み行く。
一方、南側のあぜ道には、全力疾走で走る式守 麗菜(
jb4733)の姿があった。
「夏にはまだ早いですが…… まさかの昆虫採集ですか」
落ち着いた声音で、ポツリと呟く麗菜。彼女の意図は、南側のあぜ道を通って敵の背後に出ることにあった。大きく迂回することになるので、回避も何も考えずただ全力で移動する。今、狙われたらひとたまりもないが、そこは味方の仕事を信じるしかない。
「というわけで。私たちは囮として正面から接近するのよね」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)とジェイニー・サックストン(
ja3784)の二人は敢えて東側、敵の真正面から接近を目指した。
ラインの出るチャイナ服に、これまた徹底的に軽量化された薄手の鎧を活性化しつつ、傍らのジェイニーを範囲に含めて『韋駄天』を使用するフローラ。目指すは正面突撃、近接戦。泥の中は動きにくいし、強力な攻撃には気をつけなければならないけれど…… うん、きっとなんとかなるわよね。
一方、ジェイニーは不機嫌そうにへの字口で眉根を寄せて、左のレンズがひび割れた眼鏡をくいとずり上げた。
「まったく。ホントは狼狩りの時間だってのに、邪魔をして……」
上空のイーリスはその呟きに心中で同意した。本命を目の前にして思わぬ横槍が入ったものだ。想定外の事態など戦場では間々あることではあるが。
「……まぁ、アレも天使共の駒である以上、潰すことに変わりはねーのですが」
突進するフローラに続いて淡々と田に入ったジェイニーは、活性化した散弾銃を西部劇よろしくクルリと回すと、右のレンズ越しに伸ばした視線にその銃身を重ね合わせた。そのまま泥濘を1歩、2歩と歩みながら立て続けに散弾を発砲する。
イーリスもまた狙撃銃のスコープを覗き、上空から銃撃を開始する。レティクルを敵甲殻の隙間に合わせ、発砲。照準器越しにアウルの銃弾が甲殻に弾けるのが見える。
「少し右に逸れた。誤差修正……」
銃口をツイと動かし再度発砲するイーリス。次弾が甲殻の継ぎ目に着弾するのを確認してから、射撃位置を変える為、クワガタ南西へ向け移動する。
その光景を前に、明日香は『塹壕』の陰から頭を出すと、クワガタの照準がこちらから外れたのを確認し、味方の援護に感謝しながら藤堂を肩に担ぎ上げた。
そのまま敵の攻撃範囲外を目指して走る。ブーストで底上げされた疾風の如きその速さは、藤堂を担ぎ上げて尚、健在だった。農道を走り、一気に戦場離脱を図る明日香。それに気付いたクワガタは、だが、そちらに構う余裕はない。
「そのまま泥中に沈みなさい、ムシ○ング!」
クワガタの北側まで飛翔した夕姫は、田の上のクワガタを斜めに見下ろしながら右腕を突き出し、周囲に出現させた虹色の光弾5つを立て続けに速射した。放たれた光弾は次々と甲虫を直撃し、甲殻越しに本体へダメージを与えるも、巨躯を誇る敵は中々動じない。
クワガタは上翅を閉じながら、最も射角の変更が少ない目標── ジェイニーへとその照準を向け直した。『帯電』し、光り出す両の角。気付いたフローラが退避を叫ぶ。
「ちっ」
ジェイニーは肩眉を上げて舌を打つと、散弾銃の銃口を角へと向けた。イーリスもまた狙撃銃の角度を変えて上空から角を撃つ。右と左、それぞれにアウルの弾丸をぶち当てられた両の角が、僅かにその射線をずらされ…… 放たれた光の砲撃はジェイニーを直撃することはなく。だが、余波たる雷の鞭が彼女を捉えて打ち据えた。
「あー、やっぱ無理でしたか」
全身から湯気を上げながら、衝撃にくの字に曲げた身体を無理矢理に伸ばすジェイニー。やはり、この泥の中ではまともに回避も難しい。それでも、銃を構えて前へと進む。
●
「まあ、何もしないよりは移動しやすいのではないでしょうか」
南のあぜ道をグルリと半周して敵の背後へ回り込んだ麗菜は、クワガタへ進み始める前に、進路上の田んぼに向けて『炎陣球』を投射した。田の表面を炙りながら一直線に飛ぶ炎の球。焼かれた田の上に湯気が上がる。
麗菜は表面の水分が飛んだ田に足を踏み入れ…… ぶにゅり、と脛まで沈む感触と、染み入る泥水の冷たさに眉をひそめた。
ひっこ抜き、もう一歩。麗菜は暫し沈黙すると、敵が背を向けているのを確認し…… 泥と格闘しながら再び全力で前へと進み始める。
一方、東側、敵の正面では、ジェイニーが魔具を散弾銃から二挺拳銃へと変更し、前進しながら両手の銃を交互に撃ち放ち始めていた。
「圧し折れてくれりゃ、儲けもんなんですが」
狙うはクワガタの角のその根元。矢継ぎ早に放たれたアウルの銃弾が、角根元の甲殻付近に跳弾する。甲殻は非常に硬い。だが、どんなに硬くとも、攻撃を集中すればいずれ砕けるのが道理だ。
「あなたの相手はこっちよ! こら、こっち向きなさいってば!」
ジェイニーの斜め前を進むフローラは、敵の注意をジェイニーからこちらに向けるべく、符を手に、氷の刃をクワガタの眼前へと投射した。
応じるかのように、その角をフローラへと向け始めるクワガタ。フローラは敵が喰いついたことを確認すると、被弾覚悟で『Eissplitter』の準備を始める。
「お前の相手はこっちにもいるぜ!」
北側から突っ込んできた真一もまた、クワガタの左腹に銀色の脚甲で蹴りを放った。その衝撃はクワガタの甲殻を抜けて、中の本体まで『徹る』。「いける!」と手ごたえを感じ、再び『徹し』で蹴りを放つ真一。クワガタは脚の一つを上げて真一目掛けて振り下ろし。イリースの『回避射撃』に弾かれ、ズレた所へ突き刺さる。
そんな真一の横槍にも構わず、クワガタはフローラへの砲撃を完遂させた。角の発光を確認したフローラが前へと倒れ、その身を泥へと沈み込ませる。その直上を通り過ぎて行く光の奔流。雷の鞭が身を叩く。
「開いた!」
一生懸命泥の中を走る麗菜は、正面、クワガタの上翅が開くのを見て、息を切らせながらその中へ『炸裂符』を投射した。
「中身まで硬いってことは、ないでしょう?」
呟きと共にピタリと張り付き、直後、小爆発を起こす炸裂符。さらに、カブトムシの北西側まで回り込んでいた夕姫が、追撃を叩き込む。
5発の虹弾が立て続けに叩き込まれ、クワガタは初めて大きく仰け反った。痛撃を受け、慌てて上翅を閉じるクワガタ。だが、その状態ではエネルギー波の発射間隔は延びる。
夕姫は再攻撃の機会を窺って…… ふと、甲虫の尻から生えた何かに気づいて、覗き込んだ。
それは、甲虫から地面に刺された管状の何かだった。先ほど、クワガタが仰け反った際に地面から出てきたらしい。
「陽花。アレ、見える? もしかしたら、砲にエネルギーを供給している管かも」
「……確かに、怪しい管だね。わかった。こっちで攻撃させてもらうよ」
馬竜に跨って宙を騎走する陽花が、槍斧を手に襲歩へと移行する。宙を突進していく陽花と馬竜。槍斧を振り構えた陽花が横殴りにそれを振る直前、上翅の下、隙間から水蒸気を噴出されて、驚いた馬竜が空へと逃げる。
「もう一度!」
改めて突撃を掛けた陽花は、クワガタの背後を通り過ぎ様、斧槍を振って地に刺さった管を斬り飛ばした。瞬間、管の破孔からドロリと零れ落ちる泥と水。「冷却用の水をろ過して吸い上げていたの!?」と陽花が驚いた次の瞬間、クワガタは角に『帯電』したエネルギーを自己の周囲へ向け放電した。
「わきゃあっ!?」
電撃は、クワガタに接近していた真一とフローラ、陽花と麗菜、夕姫とを打ち据えた。慌てて一旦、距離を取る夕姫。馬竜と本人、二重でダメージを受けた陽花は、「うぅ、あんな攻撃も持ってたんだ……」と呟いて電撃の範囲から逃れると、自ら泥の中へと飛び込み、得物を弩に変えつつ馬竜に突撃を命じた。
「君ならこの地形でも動きを阻害されないしね。電撃の気配がしたらすぐに飛び退いていいからね」
一心同体。再び敵へ突進していく馬竜。
真一、フローラ、麗菜の三人は退避せず、逆にクワガタへと肉薄した。
「手痛いプレゼントありがとう。でも、お釣りは返して貰うわね!」
ぷすぷす煙を上げながら、準備していた『Eissplitter』を発動させるフローラ。クワガタから光の粒が──いや、氷の破片が染み出してきて、フローラの手の動きに従い一斉に集合。それを吸収して一気に生命力を回復する。
「もうひとつ!」
続け様に腕を振り、投射する『Eislanze』。放たれた氷の槍がクワガタへと命中して凍結し、冷却による『温度障害』を敵へと加える。
フローラは続けて氷の刃を纏った中華剣を活性化すると、雪の結晶を舞い散らせながら前へと進んだ。その隙に麗菜は背後から、手にした金銀の双剣で脚関節目掛けて切りつけた。二つの軌跡で走った刃は分厚い『靭帯』によって阻まれて。そこへさらに叩き込まれる大鎌の一撃── いつの間にか、麗菜の背後に明日香がやって来ていた。藤堂を安全な場所に転が……いや、安置した後、大急ぎでこちらにやって来たのだ。その速さはまさに疾風のそれである。
「大丈夫。同じ場所を切り続けていれば、ダメージも与えられるでしょ」
言いながら、白き大鎌を引き戻す明日香。ジェイニーに『ライトヒール』を飛ばしつつ、大鎌をクルリと回転させて、思いっきり横に薙ぐ。
麗菜と明日香、二人の集中攻撃を受けて、その後脚の1本を斬り飛ばされたクワガタは、形振り構わず上翅を開げ、飛行してその場から逃れようとした。だが……
「飛ばさせるわけにはいかないわ。撃ち貫きなさい!」
夕姫は両手を突き出すと、一気に5弾全てを放った。直撃を受けた後翅が砕け、宙に浮かびかけたクワガタが再び泥の中へと落ちる。そこへすかさずアウルの矢弾を本体へと速射する陽花とイーリス。『悲鳴』を上げ、両角を振り回して暴れるクワガタに、への字口のジェイニーが冷静に、或いは冷徹に銃撃を集中し…… 根元にひびを入れられた角が地面に叩きつけられた衝撃で砕けて折れる。
「今だ! ゴウライブレード!」
慌てて上翅を閉めようとするクワガタより先に、真一がその隙間に蛇腹剣をねじ込んだ。柄を握ったまま、ポーズを決める真一。身を捻ろうとするクワガタに、フローラが二本目の氷の槍を突き入れる。
「クワガタムシが出てくるにはまだ季節が早いから…… 眠っててもらえないかしら? 永眠だけどね」
投射した姿勢のまま、ニコリと笑って呟くフローラ。その間に真一が『溜め』を終える。
「IGNITION! aand……」
「BLAZING! ゴウライ、流星キィィィック!」
アナウンスに合わせて叫びながら、アウルの奔流を焔の翼と化して噴出させた真一が膝による一撃を蛇腹剣の柄へと叩き込む。
柄まで刀身を突き入れられたクワガタは、その一撃にトドメを刺されて泥の上に倒れ伏した。
「over killed!」
アナウンスと共に、真一の光纏が解ける。
「さすがに手強かったな」
額の汗を拭いながら、真一がホッと呟いた。
●
「ったく。余計な手間をかけさせやがって…… さあ、邪魔者はくたばりやがりました。逃げやがった連中を……!」
田から出て来るや否や、狼騎兵への追撃を主張するジェイニー。それを聞いた藤堂は力なく首を振った。
追撃したいのは藤堂とて同じだったが、体力はともかくスキルを消耗し過ぎていた。今も、農道の上では真一と陽花が明日香に回復を受けている。藤堂の視線に気づき、首を振る明日香。これで回復も打ち止めだ。
「さすがに泥だらけで気持ち悪い…… 夕姫、帰りにお風呂寄っていこうね。あ、スレイプニルはダメだよ。戻せばすぐに綺麗になるし」
ガン、とショックを受けた馬竜が、送還されて消えていく。
夕姫はクワガタを見ながら、呟いた。
「あれってやっぱり伏兵ですよね。嵌められた、ってこと……?」
どうやらこれは長引きそうね──夕姫はポソリと口にした。