温かい、春の陽気にぬくむ風。白い雲がぼんやりと流れゆく青空の下で──
温室周りに集った『ヨモギ』の原は、風にそよぐこともなく。無秩序に、ただウネウネと。バブリーに、ウェービーに踊りまくっていた。
「うおー、人間界にもなかなか凄まじい植物がいるもんだなー。ちょっぴり感心しちゃったぞー( ´∀`)」
異種植物研究同好会、『草刈り本部』──
『戦場』から200m後方に設けられた本部と言う名の休憩所で、ルーガ・スレイアー(
jb2600)は『踊るオロシヨモギ』を眺めて『呟いた』。そのままスマホで写メを撮り、『だんしんぐ植物倒しに行くなう( ´∀`)』と絵文字つきで投稿する。
「と、都会の植物って怖いなぁ…… 『都会の絵の具に染まる』って、こういうことを言うだべか?」
『ヨモギ』に、というより『都会』に空恐ろしさを感じながら、竜見彩華(
jb4626)が目を丸くする。一方、小等部の緋野 慎(
ja8541)と神野コウタ(
jb3220)はそんな草にも全く動じず、戦場となる温室前の広場を見ながら、草刈りに思いを馳せていた。
「草むしりなんて、ばあちゃんの手伝いをしていた頃を思い出すなぁ。……こんなに物騒じゃなかったけどさ」
「俺も、爺ちゃんと山に住んでいた時以来かも。でも、ま、今回、なんか人も多いし、一気に刈り取っちゃおうぜ!」
互いに何か通じるものを感じ合い、ガッシと手を組むコウタと慎。その拳に、いつの間にか紛れ込んでいた高等部の天使、ミリオール=アステローザ(
jb2746)が手を乗せ、右の拳を突き上げる。
「レッツ、草刈りーーーっ! これも地球の大事なお仕事ですものね。頑張りますワ!」
「おおっ、なんかノリのいい姉ちゃんだな……!」
おー、と再び拳を突き上げる3人。側にいた彩華が、びくぅっ! とその身を震わせた。
一方、『本部』のパイプテントの下では、草刈りの途中に入れる予定のお茶会──もとい、休憩の準備が和気藹々と進められていた。
「モニカさん。僕も、持ち込んだお菓子をここに置かせてもらってよいかな? 紅茶のセットもあるんだけど」
「わぅわぅっ、私のはお弁当だよー。たくさん作ってきたから、遠慮なく食べてねー」
お菓子やペットボトルが並ぶ長テーブルの上に、桃枝 灰慈(
ja0847)と葛城 縁(
jb1826)が自前で持ち込んだ食べ物が次々と並べられていく。テーブルの真ん中に座るほのか(モニカが回復役に引っ張ってきたおかっぱ頭の同級生)の周りに広げられていく重箱の数々── 目を丸くするほのかに、縁がにっこりと笑いかける。
「皆さん、そのままで良いので聞いてください。作戦の最終確認を行います」
ホワイトボードの前に立った神棟星嵐(
jb1397)がそう皆に呼びかける。慌てて外から戻って来た彩華が、まだ慣れない標準語でモニカに説明を促した。
「えっと、まずは『踊るオロシヨモギ』についておさらいです。モニカさん、アドバイスなどあれば」
「はい。……えー、『踊るオロシヨモギ』は全長2m。直立した葉っぱ、といった外観です。歩きますが、速くはありません。むしろ遅いです。ドン亀です。歩兵戦車です。でも、歩兵戦車ほど堅くはないです。その代わり、打撃・銃撃に強い軟化形態と、斬撃・刺突に強い硬化形態があります。あと、ばっさりやると、真っ赤な生臭い液体を撒き散らします。ホントに臭いです。でも、シュールストレミングほどじゃないです」
そして、草の間に生息する『吸血ころころアブラムシ』は、その『マーキング』が施された相手に群がってくる傾向があるらしい。
「レインコートでも持って来ればよかったね」
油虫に集られる図を想像してみて、縁が笑みを引きつらせる。
そんな縁に、氷野宮 終夜(
jb4748)は無言でぼろきれの束を差し出した。それは放棄区域の建物内に残されていたカーテンだった。人数分ある。これを被れば最初の1回位は赤い液体を防げるだろう。
「これら『ヨモギ』の集団に、我々は3班体制で当たります。剣射混合のA班、B班を前に出し、支援型のC班を後方に配置。前衛班が休憩後退する際に交代し、以降、これを回転させつつ、出来うる限り草刈りを継続します」
「各員の配置は先の決定通りです。榊さんにはA班の前衛をお願いします。……危険な所を任せちゃってごめんなさい! よろしくお願いしますっ!」
済まなそうな表情で勢い良く頭を下げる彩華に、勇斗は「そんな、気にしないで」と片手を上げた。
「盾役だね。わかった。この両脚が立っている限り、後ろに敵は行かせないよ」
「おおっ!」
(勇斗さん、気合入ってるな……! おいらも頑張ってサポートしないと……!)
コウタは、自分が初めて撃退士としてデビューした時、先輩撃退士たちにサポートして貰ったことを思い出していた。あの時、皆が自分を助けてくれたように、今度は自分が皆の助けになる番だ。
「そうか、勇斗君、実地では初の依頼なんだぁ。……よぉし、お姉さん、しっかりエスコートしないとだね!」
「勇斗様と同じく、わたくしも実戦は4回目ですね。人界では4と9の数字は不吉な数字と聞き及んでおります。僭越ではありますが、お互い、気を引き締めて参りましょう」
グッと握り締めた拳で、ドンと(そしてポヨンと)胸を叩く縁。その横で、ステラ シアフィールド(
jb3278)もまた畏まって礼をする。
その光景を、悪魔・アリーチェ・ハーグリーヴス(
jb3240)は、離れた場所から冷めた目で見ていた。
(『妹の為に必ず生きて帰る』? 『仲間は誰も死なせない』? ……くっさー。気負いすぎてカッコ悪ー。草相手に何言っちゃってんの? ま、せいぜい壁として頑張ってもらいましょか。それくらいしか役に立たなそうだしね)
「あ、どうも、こんにちは〜♪ 私、初めての依頼で、チョー緊張してて…… 怖いなぁ。足、引っ張っちゃうかもだけど、頑張るから、よろしくね♪」
笑顔で手を振り、背を向けて。内心、どっちらけでその場を去るアリーチェ。
それを、テントから離れた場所で煙草を吸いながら見ていた元刑事の秋武 心矢(
ja9605)は、アリーチェの背を半眼で見やりつつ、携帯灰皿に煙草をもみ消し、勇斗に近づいた。
「? どうかしましたか?」
「いや…… 勇斗くんは『優しい』な、って思ってな」
嘆息しつつ、勇斗に言う。
「勇斗くん。真面目なのは良いが、真面目過ぎると色々な人間(松岡とか、モニカとか)に振り回されるだけになるからな……?」
心矢の言葉に苦笑する勇斗。ステラは目を伏して顔を上げず。コウタと縁が?で首を傾げる。
「では、最後に質問は?」
彩華が『作戦会議』の締めにそう訊ねると、灰慈がそっと手を上げた。
「あの、モニカさんに質問なんだけど…… もし、温室内の敵に気付かれちゃったら、どうなるのかなぁー、って……」
「草刈りは各個撃破が基本です♪」
どうやら酷い事になるらしい。灰慈が「あ、そうですか」とガックリする。
「なんなら、私がここで阻霊符を使いましょうか? あれ、戦闘するには邪魔だし。透過能力さえ防いどけば、わざわざ温室壊してまで出て来ないかと」
モニカの提案に、表情を輝かせる灰慈。
ミリオールは「えー」と、ちょっぴりつまらなそうな顔をした。
●
人気のない、『草気』ばかりの温室前広場に、撃退士たちが放った遠距離攻撃の音が響いた。
弓の、銃の、書の魔具から、形を変えたアウルの力が天魔に向けて投射される。それらはクネクネと踊っていた草に次々と直撃し、千切られ、貫かれて、赤い液体を周囲に撒き散らす。
それぞれが喰らった攻撃に合わせて、『撃退士が装備を換える様に』形態を変化させるヨモギたち。そこへ撃退士たちの第2射が放たれ── 軟化した草は弾着の衝撃を吸収し、身を30度傾げて弾を逸らし。硬化した草は金属音も高らかに、放たれた矢を弾き返す。
「……やはり、銃撃は軟化した草に効果が薄いようです。矢は有効。でも、逆に硬化した草には弾かれてましたね。符や書による攻撃はどちらの形態に対しても安定して効果を発揮したようですから、比較的ですが魔法攻撃が有効かもしれません」
ヨモギたちの様子を観察していたステラが、結果を皆に報告する。
銃撃により、敵の存在を認識したヨモギたちは、こちらに向かってノソノソとその遅い足を動かし始めていた。クネクネと腰を振るように足を交互に前に出し。上体をぶるんぶるん揺らしながら、蠢き、迫る。
「なんというか…… 温室の中のも含めて、普通に酷いディアボロたちだよねぇ…… 色々と面白そうではあるけれど」
「……まぁ、些か変わった敵ではあるな。だが、実戦経験を積める機会は貴重だ。好き嫌いを言える立場でもなし、可能な限り血肉とさせてもらう」
苦笑いを浮かべる灰慈に、生真面目な表情で答える終夜。温室の中の他種に興味津々なミリオールが、名残惜しげに温室から視線を切る。
「そーれ、どーんとなー!」
初撃はルーガの『封砲』だった。クルリと回した和槍を思いっきり頭上へ振り上げ、魔具に込めた渾身のエネルギーを前へと振り抜き、『砲』として撃ち放つ。
投射されたエネルギーは黒光の衝撃波と化して中央の草原に突き刺さり、草の壁をぶち破って奥深くまで貫いた。薙ぎ払われた草が千切れ飛び、背後の地面を赤く染める。
ルーガの『砲撃』を合図にして、班に分かれた撃退士たちは前進を開始した。
班の前に出て盾を構え、走り進む勇斗と終夜。「もういっちょー!」と槍を振るったルーガの黒い衝撃波が、その傍らを飛び行き、再び草々を吹き飛ばす。
「『雑草のディアボロを狩る簡単なお仕事』か。銃で草を刈るとか、なんともはや……」
ぶつぶつと悪態をつきながら、C班、心矢は散弾銃を構えて発砲した。硬化した敵を狙い、撃ち放つ心矢。同じC班の灰慈の風の刃が、ミリオールの雷、アリーチェの雪玉が、突撃する2班を支援すべく、正面外側の草に放たれる。
「風手裏剣!」
巻物をシュルンと広げ、アウルを風の手裏剣と化して最大射程から投げ放つ慎。ヨモギが文字通り『雑草を刈り取るが如く』切り払われ…… 直後、赤い液体がク○サワ映画か汎用人型決戦兵器くらいの勢いで、噴水の如く噴き出した。
「きゃああぁぁ! こ、この不思議な液体が『都会の絵の具』っちゅうことだべかっ!?」
降り注ぐ赤い雨に悲鳴を上げる彩華。このままでは私も都会の絵の具に染まってしまう。そりゃお洒落なしてぃがーるに憧れてはいるが、今のあたしにあの腰振りダンスはちょっとれべるが高いべな。
間髪入れず、草の間から蚤ダニの如く飛び出して来る油虫。右へ、左へ、フェイントを織り交ぜつつ跳躍して来る虫が、終夜に、そしてその後ろにいる彩華に次々と群がってくる。
「ボロを捨てろ!」
叫びつつ、自らもマント代わりに被っていたカーテンを剥ぎ、取りついた油虫ごと投げ捨てる終夜。彩華もまたわたわたとボロを脱ぎ…… 剥ぎ取った終夜が前方へと投げ捨てる。
「範囲攻撃!」
「おっしゃー!」
終夜の合図を受け、その右腕に緋炎を纏った慎が後方から前に出て……
「緋炎拳(スカーレッドホーク)!」
叫び、突き出した拳と共に放たれた緋色の閃光が、ボロから這い出す『油虫』を背後の『草』ごと焼き払う。
「ふははっ! 撃退士が1.5倍の暁には、草なんぞあっという間に刈り取ってみせるわ!」
ひとしきり高笑いを上げてから、慎はハッと我に帰った。何を言っているんだ、俺は? ……ま、いっか。ノリって大切だし!
「あ、ありがとうございます、氷野宮さん」
「盾役には慣れてるから…… それより、本番はこれからよ。慎重にいきましょう」
礼を言う彩華に答えながら、盾をかざしてヨモギの一撃を受け逸らす終夜。そのまま槍を活性化し、柄尻を掴んだ右手を突き出して葉の本体を突き貫き。穂先を捻ってトドメを刺して。噴き出した赤い液体を、跳び退きながら『シールド』で受け凌ぐ。
彩華はその言葉に頷きながら、魔具を弓から追風の腕輪へと変更した。……ああ、本当は私も前に出て皆を守りたいとこだけど。そうすると真っ先に倒れちゃいそうだし、そうなると邪魔になるし。
手首の数珠に手をやり、ギュッと握る。あまり役に立てないかもしれないけれど。私は、私に出来ることを、精一杯。
「『ストレイシオン』、召喚! 『防御効果』、発動して!」
彩華の側に召喚された暗青色の鱗の竜が、命を受け、吼え声と共に全ての味方に蒼い燐光を付与して包む。
「次の5秒間、この光がダメージを軽減するよ! 油虫は気にせず、攻撃に全力を!」
叫びつつ、自らも召喚獣に攻撃を命じる彩華。前進した竜がその翼を振るい、前方の草を薙ぎ払う。
「ありがとー。そして、お待たせー」
その効果が発揮する直前、『封砲』を撃ち終えたルーガが後方から前に出た。そのまま終夜の横に並び、槍を薙いで草を払う。
「うわー、血みたいで気持ち悪いぞー」
蒼空の下、降り注ぐ赤い液体に、ルーガがなんか笑顔で呟く。燐光の中、集る虫を無視して踏み込んでの再攻撃。再びの雨の中、消えゆく燐光を見て、鎧の上から虫を払う。
「えいえいー。ぷちぷちつぶすぞお前らー。ぷちぷちー。ぷちぷちー。うふふふふふ」
「どうやら上手くいっているらしいな」
後方から散弾銃を立て続けに撃ち放ちながら、前方の様子を見ていた心矢はそう呟いて頷いた。
B班、そして、A班は、共に前方2列までの敵を掃討し終え、続けて第3列に攻撃を仕掛けるところだった。
敵は両翼を伸ばしてその2班を包囲しようとしたが、それは後方のC班によって側面から撃ち払われていた。
「右翼、A班側方に敵! 『閃光矮星』、行きますワっ!」
敵の動きを注視していたミリオールが、手の中に生み出した小石サイズの赤星石を、てぇい、と思いっきり投擲する。パラパラと草の群れに落ちていく星の欠片。瞬間、草の中で閃光が瞬き、小爆発が連鎖する。
一方、アリーチェは左翼側の敵に対して、硬化した敵を狙って雪玉を叩きつけ、前衛班の攻撃を支援する。
草の群れは、そこで初めてC班に対して対応を取った。
草の群れの後方に位置するヨモギが身を逸らし…… 弓の様に身を反らせた葉の上に飛び乗った油虫を、ある種の攻城兵器よろしく一斉に投射し始める。
「わあ!」
長距離から降り注ぐ油虫の群れに、灰慈が『シールド』をかざしながら悲鳴を上げる。「あらあら大変っ」と呟きながら、一人、闇の翼で上方へと逃れるアリーチェ。残る3人に対して、降り下りた、あるいは地上から飛び付いてきた油虫が集り始める。
「ほらほら、ミリオールの虫も取ってあげないと」
自身の虫を払い落として散弾で撃ち潰した心矢に、上空のアリーチェから声がかかる。心矢はハッと顔を上げた。灰慈は涙目になりながらも、自らに付いた虫を落とし、踏みつけ、ぽよんと弾んだそれを風刃で切り潰している。一方、ミリオールは自らの虫はそのままに、A班に迫るヨモギへの攻撃を優先させていた。
「『百尾彗星』! 根元より断ち切って差し上げますワっ!」
符を振るミリオールに呼応するように、振り出されたアウルの力が彗星と化してヨモギを砕く。だが、その代償として、取りついた油虫たちがミリオールの肌に牙を沈め…… 駆け寄った心矢が慌ててそれを払い落とす。
「えぇい、離れろ、この野郎……!」
最後に残った1匹を掴んで…… ふと、心矢はミリオールの(薄い)胸部にしがみついた油虫を鷲掴みしていることに気がついた。
「あ、いや、これはわざとじゃないぞ……? 勿論、貧しいがどうとか揶揄してるわけでもなくて……」
油虫を持ったまま両手を挙げる心矢。その手の中で油虫がわきわきと脚を動かす。
ミリオールはその虫をぺちんと地面に叩き落すと、笑顔のまま、手の中に生み出した黒球でドスンと押し潰した。
「とりあえず、支援、ありがとうございますワ。でも、悪魔の悪戯に一々付き合っていたら、心身がもちませんワよ?」
「……年下の女の子にからかわれ、年下の女の子に諭されちゃったよ。勇斗君の事は言えないな。女難の相でもあったかね……」
一方、悪戯を仕掛けたアリーチェは、もう既に足元など見ていなかった。彼女は上空から敵の動きを見極め始めていた。
「突出した前衛に、両翼からヨモギの海が迫っているわ。包囲される危険もあるし、一旦、下がったほうが良いかもね。それと、『投石器』、じゃない、『投虫器』かしら? 第2射、来るから注意してね♪」
●
戦闘開始から1時間が経過した。戦場は、多くの切り刻まれた草の死骸と、潰された虫と、赤い水溜りに満ちている。
撃退士たちは消耗していた。ダメージは勿論だが、何より、長時間の戦闘は、撃退士たちに多大な疲労をもたらしていた。
まず、B班が本部に休憩に戻った。頭から水を被り、赤い液体を洗い流すルーガ。ついでに横の彩華にも水をかけてやる。ダメージが嵩んだ終夜はほのかにヒールの治療を受け。慎はこびりついた赤いべとべとを落としもせず椅子に座り、ハムスターの如くパリパリとお菓子を貪る。
前衛には、引き続きA班が残った。既に攻勢に出る余裕はなく、草の前進を阻むのが精一杯だ。
「わふっ! 勇斗君、前だよ。前だけに集中、だよ! 横とか後ろは私たちが何とかするから!」
勇斗の背後に立ち、側面より迫るヨモギにドカンと散弾銃を放つ縁。続けて跳び迫る虫に対して立て続けに引き金を引く。
「大丈夫、大丈夫…… 練習は裏切らないって、お母さんも言ってたし!」
押し込まれ、虎の子のスターショットを撃ち放つ。縁の他の皆も既に赤い液体塗れであり、何匹か虫がぶら下がっていた。落としている暇がないのだ。
星嵐もまた弓から太刀へと装備を換え、孤立する勇斗を助けて、並んで前衛に立った。目の前の草をずんばらりんと袈裟切り(?)にして。踏み込んできた草の硬化に、その刀身を弾かれる。
「しまっ……!?」
打ち上げられた刀身を引き戻すより早く、硬化した葉を剣よろしく突き入れてくるヨモギ。その切っ先が星嵐を捉える直前、盾を構えた勇斗が割り込み、『庇護の翼』で受け凌ぐ。
「勇斗君、実戦慣れしてきましたね…… でも、妹さんが心配するような真似はダメですからね!」
体を入れ替える様にクルリと身を回す星嵐。勇斗に斬りかからんと硬化した草を雷刃で撃ち切り裂く。と、そこへ更に左翼からの一撃。今度はステラが『乾坤網』で星嵐を包み、反撃で敵を薙いだ星嵐の傷を『治癒膏』で塞ぐ。
その時には、敵の隊形が、星嵐を中心に集まる形になっていた。星嵐は一歩跳び退くと、眼前の草の群れに対して最後のクレセントサイスを叩きつける。
「これが…… 『仲間の力』か!」
それら一連の連携を、コウタは感動の面持ちで見ていた。改めて気合を漲らせながら、再び『防御効果』を得るべくストレイシオンを一旦戻して再召喚する。
「よーし、おいらだって…… 来い、さくら3号! 再び来たりて、みんなを守れ!」
主の呼び掛けに応え、コウタの愛竜が再度顕現し、燐光で周囲の仲間を包む。その間に5人はこちらを包囲しかけていた草群の一角を斬り払い、後退した。敵が追いついてくるまでに、身に付いた虫を叩き潰す。
「結構な距離を失いましたね。とは言え、『炸裂陣』も使い果たしましたし…… 長丁場においては、精神的な疲れが肉体を支配しやすいと聞きます。一度休息に戻るべきかと愚考します」
戦況を分析し、進言するステラ。C班の皆も走り寄ってきて、灰慈は『ライトヒール』で勇斗と星嵐の傷を癒す……
「まったく、自然ってのは厄介なものが多いな。……ま、こいつらは自然ではないが」
「……大して強いわけではないですが、中々に面倒な敵ですね」
うんざりといった表情で散弾銃を撃ち放つ心矢と、その攻撃に軟化した敵を矢で射る星嵐。C班の面々は、A班に比べればその傷はまだ浅い。
「依頼自体はヨモギの刈り取りなんだけど…… アブラムシは面倒みたいね」
虫の投射がある度、上空へと逃げていたアリーチェが、面々を見て同情する。
治療を終えた灰慈は、A班も休息に下がるべきだと提案した。
「ここは引き継ぎます。ちょっと休んできてもだいじょうぶですワ」
そう言って、A班の前に立つミリオール。黒玉が草と虫の生命力を吸収し。一瞬、恍惚とした笑みを浮かべる。
「はふー…… 見ての通り、私、結構耐えられますから。お菓子は全部終わった後に、ゆっくりといただくのですワ!」
それでは、と下がるA班5人。盾を構えた巨漢の灰慈が、ちょっぴり大人びた表情でミリオールの横に立つ。
「もう休憩終わりかー。べっ、べつにサボっていたわけじゃないぞ!」
本部に辿り着いたA班と入れ替わるように、B班の面々が戦場へ戻る。距離を取りつつ銃撃を行うC班に高移動力で先行して来た慎が合流、前に出て、慎の振るう金属糸が光刃と化して敵を薙ぐ。
『おやつ食べてもっかいがんばる』と。呟いたルーガがビスケット咥えて地を走り。急ぐ終夜について走りながら、彩華はヒリュウを呼び出し、前を指す。
回復を終えたA班が戻ってくると、草たちの前進は目に見えて止まった。
いつの間にか、前線まで虫たちが跳んでこなくなっていた。敵は既に、こちらを押し返すだけの数を投入できなくなっていた。
逆襲の再前進。ヒリュウのブレスが、星嵐の氷と炎が、皆の銃撃と剣撃とが、数を減らした敵を撃滅すべく、草の群れを薙ぎ払う。
追撃は、撃退士たちの体力が約半分になるまで続けられた。それまでに、8割のヨモギが温泉の周囲から討ち払われていた。
●
「あー、一仕事終えた後のご飯は格別だよねー」
近場の倉庫に本部を片し終えて。縁は残った食べ物を両手一杯に抱えながら、頬張りながら帰途についた。草刈り終了を『呟く』ルーガ。その横を終夜と彩華が並んで帰る。
「仲間がいるというのは、とても心強いものですね。またよろしくおねがいします!」
コウタが勇斗の手を握り、ぶんぶんと上下に振って。待っていた慎と一緒に夕日へ走る。それを見ていたアリーチェが何か言いたげに、だが、何も言わずにその場を去り。勇斗の肩を心矢がポンと叩く。
一礼して去るステラと星嵐を見送りながら、灰慈はモニカにポツリと訊ねた。
「結構な有様だったけど…… ヨモギと虫の死骸は片付けなくてよかったの?」
「大丈夫です。『みんな』が『片付けて』くれますから」
そう言ってにっこり笑うモニカ。ミリオールが瞬間、その表情を輝かせた。