結婚行進曲のファンファーレが鳴り響き、式場の扉が開かれた。
瞬間、白野 小梅(
jb4012)は靴を脱いで自分の席の上に膝立ちになり、勇斗と共に入場して来るウェディングドレス姿の悠奈をまるでお姫様を見る幼児の様に瞳をキラキラさせながら迎え入れた。
「わぁ……! 悠奈ちゃん、綺麗ぇ……!」
「うん、若い花嫁さんだねぇ。まるでお人形さんみたいだ」
そんな小梅を席へと戻し、父親の様に靴を履き直させる狩野 峰雪(
ja0345)。その間にも勇斗からアルに花嫁の引き渡しが行われ……新郎と新婦の2人が祭壇へと進み出る。
「……アルくんは幾分緊張気味ね。色々と噛まなきゃいいけど」
小声でちっちゃく囁く月影 夕姫(
jb1569)にあはは……と苦笑を返しながら、葛城 縁(
jb1826)が小さく拳を握って若い新郎を応援する。
誓いの言葉に指輪の交換。そして、誓約のキス── ぎこちなく花嫁のベールを上げた緊張しきりのアルディエルに悠奈が優しく微笑みかけ。多少なりとも固さの取れた新郎が、こわれものに触れる様に優しく唇を触れ合わせる──
湧き起る歓声と拍手──自らも手を叩きながら、彩咲・陽花(
jb1871)が透明な表情で呟く。
「……それにしても、悠奈ちゃんに先を越されるなんてね」
どこか遠くを見つめる陽花の肩を、夕姫と縁がポンと叩いた。
式が終わり、一行は披露宴会場へと移動した。
新郎新婦の紹介の後、友人代表挨拶── 司会の女性に呼ばれた小梅がぴょこりと皆に一礼し、とてとてと前に走って、台に上ってマイクを掴む。
「悠奈ちゃんとお友だちになったのはぁ、植物園狂騒(競争)の時からだったね。あれからいっぱい遊んで、冒険してぇ……あれが幸せのスタートだよね♪」
そう言って小梅はチラと新郎新婦に目をやって。微笑み返されてにへらっと笑う。
「そんな中、アルちゃんと出会ってぇ……アルちゃんは秋田の洞窟の中で悠奈ちゃんに一目ぼれだったんだよねぇ♪ すごいよねぇ。悠奈ちゃんを『救出』する為に撃退署を襲撃するくらい大好きになっちゃったんだもんねぇ♪」
さりげに人類に敵対していた過去を暴露されて、ぶふぅ、と水を噴き出すアルディエル。客席のあちこちから話題を変えろと起こる咳払いに、だが、小梅は気づかない。
「いろぉんな人と出会ってぇ、いろんなぁ人との別れがあってぇ、そんでもって今なんだからね。二人とも、絶対に幸せにならないとメッ! だからねぇ!」
再びぺこりと頭を下げて席へと戻っていく小梅。撃退士たちが苦笑交じりの拍手でそれを送る中、司会の女性が背中に冷や汗を流す……
恩師である松岡の乾杯の挨拶を皮切りに、食事会が始まった。
「アルディエルくん、悠奈ちゃん、結婚おめでとう♪」
友人代表として祝福の歌を披露したのは元アイドルの水無瀬 文歌(
jb7507)。天魔との戦いの日々の中、愛する人との結婚を果たしていた彼女も既に2児の母となっていた。今回は愛する旦那さまに息子と娘を預けて参加。天魔界双方と人々を繋ぐ架け橋となるべく今も歌手業は続けているが、この日、2人の為に歌い上げたのは、当時、あの戦いの日々に戦友たちを勇気づけてきたナンバーだ。
次々と運ばれてくる料理の数々── そんな中、戦友・雪室 チルル(
ja0220)の席がポツリと空いていた。
晴れの席ということもあり、勇斗やスタッフたちもギリギリまで待っていたのだが……どうやら出席は叶わなかったようだ。或いは天魔絡みの事件でも発生してその対処に追われているのかもしれない。恐らく今でも彼女は鉄砲玉の如く世界を駆け巡っているだろうから……
「悠奈さん、アルディエル君。ご結婚、おめでとうございます。僕は今……ちょっと『遠い所』に来ています。お二人の晴れの門出の舞台、出席できなくて申し訳ありません」
食事の最中、諸事情により出席が叶わなかった黒井 明斗(
jb0525)のビデオレターが映し出された。
この時点において、明斗は大学部在学中。外交部に属するべく『実地で』勉強中……とのことであった。映像はどこかの室内。時折移り込んだ窓の外の風景にはモザイクが掛けられている。
「……色んなことがありましたよね。あの日々を乗り越えてこられたお二人であれば、これからも大丈夫と確信しています」
と、フレームの外から彼を呼ぶ声が入り、明斗が慌てて「お幸せに」と挨拶を締めくくった。ガタガタと揺れるカメラに、唐突にプツリと切れる映像。見ていた司会の女性の顔を汗がダラダラと流れ落ちるが客人たちは動じない。
食事を終えての歓談の時間──ビール瓶を手にした勇斗が各テーブルを回る中、メインテーブルの新郎新婦の元へ友人たちが祝福の挨拶に出向いた。
「おー、あんたが悠奈はんか〜! お兄ちゃんにはお世話になりました。って直接会うの双子悪魔戦以来やけどな! ってわけでどうも、ラファルの姉、クフィルや。クーちゃんと呼んでナー♪」
真っ先に話し掛けたのはクフィル C ユーティライネン(
jb4962)。戦友ラファル A ユーティライネン(
jb4620)の姉である。
「うちらもなんやかんやあってすれ違いの日々やったんやけど……この度、無事ラーちゃんと仲直りしました〜! ドンドンぱふぱふ〜♪ え? おめでとう? ありがとさん! やー、祝いに来たのに祝われてしまったでー」
喋り捲るクフィルに気圧される新郎新婦。慌ててすっ飛んできたラファルがその耳を摘み上げ、悠奈とアルへの挨拶もそこそこにクフィルを奥へと引っ張っていく……
「ご結婚、おめでとうございます。……ふふっ。ようやくだったね。実はいつ2人が結婚するのか、ずっと気になってたんだよ」
「あは、悠奈ちゃんもアルくんもおめかし似合ってるよ! んー…… アルくん、こうしているとドレスの方もイケるんじゃない?」
ペコリと頭を下げて挨拶する兄の永連 璃遠(
ja2142)に、シュピッと親指を立ててニカッと笑う妹の永連 紫遠(
ja2143)。
「悠奈さんとアルディエルさん、いよいよ夫婦となるんですねぇ……」
「って言うか、私は悠奈さんが適齢期になったら即結婚するものと思っていました。ここまで伸び伸びになったのは、新郎がヘタレたからですか?」
しみじみと声を掛けるユウ(
jb5639)の横で、新婦に辛辣なツッコミを入れる雫(
ja1894)。
「先生たちもお久しぶりです。松岡先生は藤堂さんと二人、フリーの撃退士としてご活躍のご様子。勇名はこちらにも響いていますよ」
やって来た恩師2人に、ユウがにこやかに挨拶をし。その後、会話は自然と近況を報告し合う流れとなる。
「僕は卒業はせずに今も学園生活を続けているよ。若い時には貧乏で進学できなかったから…… 遅れて来た青春を謳歌させてもらってます」
優雅な老後さ、と答えた峰雪は今も十分若々しいが、3年前と比べれば白髪も増えた。今は撃退士として戦う事はせず、若い子らに任せて自身は勉学に勤しんでいるという。
「私も残留組ですね。現在、高等部に在学中。大学部進学を目指して勉強しています」
「私の方は実家を継いで、退魔の家系の現当主ね。呪術方面の『笹原小隊』って感じかしら。色々と面倒も多いけど、やってることは学園時代とあまり変わらないわ」
雫と夕姫に皆も続く。
璃遠と紫遠は卒業してフリーの撃退士として活動する日々。縁は保育士の資格取得を目指しながら、陽花に付き合う形で芸能活動──グラビアも続けているらしい。
ラファルは卒業後に起業した。アウルを利用した撃退士向けの義肢・義体の開発を手掛ける会社だ。まだ未成年であった為、登記上はクファルが社長となってはいるが、実際の業務は全てラファル自身が執り行っている。
「……こうして一緒に集まると、あの日々を思い出すね」
璃遠がポツリと呟いた。
「あの戦いの日々からもう3年も経ったのね…… 早いものだわ」
「あの二人も出会いから今まで色々……本当に色々ありましたからね。その分を取り返して倍にするくらい、幸せになってもらいたいものです」
嘆息する夕姫の横で、真摯な表情で雫が告げる。
「心配いらない。あの二人は絶対に幸せになるよ。大丈夫、僕が保証する」
自信満々に峰雪がそう断言した。彼の人生経験がその根拠と裏付けだ。
(……アルくんは絶対に浮気できなそうなタイプだしね。結婚後は悠奈ちゃんの尻に敷かれるだろうし)
そう、それこそが家庭円満の秘訣の一つ。が、峰雪は大人なので(アルの名誉の為にも)このような祝いの席でそのような事は口には出さない。
宴が終わる。
結婚式場の扉を出て行われるブーケトス。司会によって並ばされた女性陣の中でただ一人、本気の魂を持つ陽花から漲る気合──
悠奈の背中越しに投げられ、クルクルと回るブーケは一直線にその陽花の元に…… だが、ねこじゃらしを見る仔猫の様にうずうずしていた小梅が瞬間、反射的に飛び出して。「ああっ!?」と劇画調で絶望する陽花の眼前で、空中でそれを引っ掴む……
新郎新婦、2人に見送られて、招待客たちが式場を後にする。
「初恋の相手と結婚だなんて最高にロマンチックだよね。どうかお幸せに」
「お二人の新たな門出を心から祝福致します。どうか幸せな家庭を築いてくださいね」
峰雪とユウが新郎新婦と握手を交わし。その後に続いたユウが発破を掛けるように花婿の背中をバシバシ叩く。
「なんてったって私、奥様業の先輩ですから! 結婚生活の心構えや子育てなんかも何でも聞いてくださいね! とりあえず、アルくんは悠奈ちゃんを不安にさせないようしっかりすることっ! それが旦那様として最初のお仕事です」
文歌はなんというか、前よりも逞しくなった。子供たちを守り育てていくという自然な自覚と静かな覚悟──母として、背骨に、魂に一本、筋が通った──そんな感じがする。
●
……そして、二次会が始まる。
会場として押さえていたのは式場近くの飲食店。元々はカラオケボックスで、居抜きで入った店。個室で、カラオケがあって、料理も美味くて、そして、昼間っから酒も出る。
とは言え、撃退士はアルコールでは酔わないが。……彼らは場の空気で酩酊する。
流行りの歌謡曲を一曲歌い終えて、マイマイクと星形タンバリンを手にお立ち台に上がる文歌と入れ替わる様に席へと戻った璃遠が、飲み物を何にするかを敬一に問われてとりあえずサワーを注文した。
「璃遠くんと紫遠ちゃんも大人になったんだねぇ」
「あれから3年ですよ? お酒が飲める人もだいぶ多くなったんじゃないですか?」
そのやり取りに、オレンジジュースを手に「むぅ」と唸る雫。学園制服で式に参加した点からも分かる様に彼女は未だ(法律的に)酒が飲めない。
「恩田さんも勇斗さんと撃退士を続けているんだね…… うん、僕と紫遠も撃退士を続けてる」
「そう、夢に向かっての資金集め。僕の目標は喫茶店を開くことなんだ。この先、皆が集まれるような、そんな場所になれればな……なんてね!」
「その紫遠のお店と同じ建物に事務所でも構えようかなって…… え? 何の事務所かって? 探偵業っ! まだまだ諦めてなんかないよ!」
少し照れたようにそう将来の展望を語る紫遠と璃遠。それは素晴らしいですわね、と両手を合わせた麗華が直後、傍らの敬一を半眼でじろりと睨んだ。
「……私の方は気ままな兄貴のせいで、実家に連れ戻されて学園も辞めなきゃいけなくなりましたけど」
「大丈夫だよぉ♪ ボクはぁ、ずうぅっっっっとぉ、麗華ちゃんと一緒だからねぇ〜」
そんな麗華の腰に仔猫の様にじゃれつきながら、ソファの上に横になった小梅が膝枕でむにゃと寝言を零す。……小梅は麗華が学園を辞めた後も、時々麗華の家に泊まり掛けで遊びに行っていた。彼女が麗華を友人とした理由は他でもない『麗華だから』── モラトリアムと言うべきあの学園での日々で、麗華が唯一手に入れられたものが小梅や親友たちだった。それは今でも彼女にとって、何物にも代えがたいかけがえのない存在だ。
「そう言えば、早川さんと堂上さんは来年から幼稚園で働かれるんですよね?」
全力で5曲目の『ステージ』を終えて席に戻って来た文歌が、ふと思い出したように沙希と加奈子に訊いた。
「うん、そうだよ! 内定取れた!」
「撃退士として籍は置いたままですが……一応、短大卒業と同程度ということで幼稚園教諭の資格は取得しました」
へぇ〜、となんだか感慨深く呟く夕姫。
「悠奈ちゃんとアルくんが結婚して、沙希ちゃんと加奈子ちゃんが就職かぁ…… 初めて会った時はまだまだ子供だったのにねぇ」
なんとなくホロリとしながら、夕姫が共に酒を飲める年齢になった『妹』たちに「まぁ飲んで飲んで」とピッチャーの酒を注いで回る……
発火点となったのは、ラファルの一言だった。
「……で、勇斗はどうすんだよ? 誰かとくっつくのか? 引く手数多みたいじゃねーか」
酒の肴に出たそのコイバナの気配を敏感に感じ取った者がいた。文歌だ。彼女はそれを察するやその瞳をきゅぴ〜ん! と輝かせると、対角線上の席から勇斗の隣へとあっという間にすっ飛んできた。
「勇斗さん。これは機会です! 妹離れも兼ねてそろそろ、いい人、見つけないとですよ!」
生暖かい笑顔と共に肘でうりうりとつっつく文歌。向かいに座っていたユウもまた完全同意と言う風に、ウーロンハイの入ったグラスを両手で保持したままコクコク頷いて見せる。
「そーだ! ここにだってこんなに綺麗な人たちがいるじゃないですか! ここに気になる女性(ひと)はいないんですかっ? ……あ。私はダメですよぉ? 私は旦那様だけのアイドルなんですからぁ〜」
こいつ、酔ってやがる……! 戦慄する勇斗をよそに、その文歌の言葉に「え?」と夕姫、縁、雫の3人が振り向いた。そして、ジッと勇斗を見返し……
「ないわ」
「ないよね」
「ありえないですこのヘタレとか」
……バッサリ斬り捨てた。
「キャハハハハ!」
と突然、笑い声を上げ、そのままぐぅと寝入る小梅。
ラファルもまた腹を抱えて笑い出した。彼女自身、勇斗の境遇には同情も共感もない。……まぁ、過去一番長く付き合ってきた戦友ではあるし、結婚式にかこつけてこうして飲みにくるくらいにはまあ当たりには思っているが。
「わ、私は勇斗くんのこと、好きだからね!」
ただ一人、そんな勇斗を庇う陽花。縁がやれやれと息を吐く。
「……陽花さんも一途だよね。この3年間ずっと花嫁修業していたし、一緒に戦いについていったり……」
卒業後、陽花は舞台女優の道を歩み続けていた。最近では少しずつ大きな仕事がもらえる様になってきた。
にも拘らず、陽花は生活費が苦しいからと嘘をついて撃退士活動も続けていた。……勇斗と一緒にいる為に。
「……このまま私の親友が行き遅れたらどうしてくれるのかなー、勇斗君は」
ジロリ、と半眼で勇斗を見やる縁。──そう言う彼女自身、色恋沙汰には一切無縁で「人の事を言ってる場合?」な状況ではあるのだがー。
ユウもまたハイボールのグラスを両手で保持したままコクコク頷いた。──彼女は勇斗に恩がある。だからこそ、彼の『誠実な女たらし』という不誠実さにはユウも少々思うところはあるのだが……
(まあ、それも余計なお節介でしょうか)
と黙って事の推移を見守る。
「ゆ、勇斗くん!」
陽花が改まって正座で勇斗に向き直った。
「君のこと、ずっと好きだったんだよ! と言うわけで付き合ってください! む、胸ならきっとこれから大きくなるから!」
それは無理だ、と周りの全員からツッコミを入れられつつ、陽花は真っ赤な顔して右手を勇斗に突き出した。そして、「ごめんなさい」と笑顔で断られた。
「うわ〜ん! 勇斗くん、私の事、嫌いなのぉ〜?」
「好きですよ?」
「じゃあ……!」
「でも、ずっと一緒にいて、告白されるのも日常で…… 今更改めて、というのも……ねえ?」
完全に身内目線。いつの間にかほんとにおねーさんになってしまっていたというのか。何と言う運命の皮肉(違
「うぅぅ……フラグか何か足りてなかったのかなぁ。ねえ、縁、夕姫さん?」
「……母性?」
「胸のことかーっ!」
ドタバタと暴れる陽花と巻き込まれる友人たち。離れたテーブルでちびちび熱燗を飲んでいた峰雪がそっとどこか遠くを見上げた。
(八方美人で誰か一人を選べないってことは、まだ運命の相手に出会っていないのか、まだそのタイミングじゃないのかもしれないね……)
飛んできたお銚子をひょいと避けて、手酌でまた一杯。
(まだ男友達とつるんでいる方が楽しい? 恋愛より仕事の優先順位が高い? ……まだ若いし焦ることはないさ。いつかこれぞという相手が見つかるだろうしね)
だが、それをこの場で口には出さない。なぜなら峰雪は大人だから……!
「はぁ。ゆうとんの将来が心配やわ…… なんならうちと付き合ってみるー?」
「おい、こら、バカ姉」
「なんならラーちゃんとでも♪」
「てててて手前ぇこの野郎!」
「……悠奈ちゃん。実際、勇斗くんの今後をどう思うの? さすがにあのままヘタレってわけにはいかないと思うんだけど」
「……打つ手なしかなぁ」
「悠奈さあぁぁぁん!?」
カオスである。一人ツツツと騒動から逃れた雫は、しかし、そこでまた別の怪しい気配を感じてハッとした。
「なんですか、この邪な気は……! 黒いというか、ピンクと言うか……!」
ごくりと唾を飲み込んで、その気配の方を振り返る。そこには「今日こそは既成事実、今日こそは既成事実……」と呟きながら酔い潰れた松岡を引きずっていこうとする青葉の姿……!
「だ、大丈夫ですか、青葉先生!? 言動が随分と不穏当ですよ?!」
慌てて止めに入るユウ。それを見た峰雪は思う。
(……安原先生もそろそろ諦めて別の相手を探した方がよさそうだけどねぇ)
だが、口に出しては何も言わない。なぜなら彼は大(以下略
「あはははは! 惚気話は大歓迎だよ! 璃遠なんて結婚してから毎日……あ」
思わず口を滑らせた紫遠の言葉に、ピタリと静寂が訪れた。璃遠が溜息と共に額を押さえ……「それ、今言うんだ、紫遠……」と顔を赤くして頭を振る。
「結婚!? 璃遠くんが!?」
「誰と!?」
「いつ!?」
途端、勇斗を放って双子に詰め寄る友人たち。
「……璃遠君が知らない内に大人になってた…… 陽花さん、夕姫さん…… 私たち、ずっと友達だよね?」
「やめて、縁! そんな『誰ともくっつかなかったEND』みたいな笑顔を浮かべるのはー!」
遠い目をする縁を揺さぶり現実へと引き戻す陽花。話を振られた夕姫は一人「ん?」と首を傾げた。
「……言ってなかったかしら。私、婚約者いるわよ?」
「は?」
「結婚はもうちょっと周囲が落ち着いてからになるだろうけど……」
「はああぁぁぁーっ!?」
「ゆ、夕姫さんの裏切り者〜!」
カオスである。混沌の渦である。そこへクフィルが更なる爆弾発言を投下する。
「実はうち、らーちゃんの姉やなくて母親やってん」
(ド沈黙……)
「詳しくは10月に出る予定のうちの自叙伝(自費出版)参照やでー」
「(頭クラクラ)あー、もう、ここじゃ落ち着いて話せないよ…… 勇斗くん、二人っきりになれる所に行こう!」(誤解を招く発言
「ちょ、さ、させませんわー!」(案の定
混沌の内に二次会の夜が更けていく……
……撃退士の飲むお酒って怖いなぁ。
●
天魔との戦争が集結してから10年── 悠奈たちの結婚式から7年の時が過ぎていた。
黒井明斗は卒業後、正式に天界の大使館員となり、その職務を果たす為に走り回っていた。任地は天界、極めて多忙とあって、かつての仲間たちとは中々会える状況にない。
その彼が、久しぶりに人間界を訪れていた。残念ながら職務である。今回も恐らくかつての戦友たちには会えないだろう。いや……
「ここですかぁ。天界と魔界のテロリストが暴れている現場って…… なになに、リボン幼稚園? って、うちの息子が昔通っていた幼稚園なんですけど!?」
今、明斗の傍らには文歌がいた。民間交流の外交官として働いている彼女もまた、今回、一員として同道していた。これまで任務が違っていた為、共に仕事をするのは初めてだ。
「勢力の弱体化した天使と悪魔が共闘してテロを起こすとか、世も末ですね〜」
正門を越え、園へと入る。
戦闘が長引いているらしい。園庭の方から剣戟の音と激しい爆発音が聞こえて来る……
「ふっとべぇ、このクソ天魔ぁ!」
園庭の中央に生えた巨大な『ジャングルジム型サーバント』と『煮込みうどん型ディアボロ』とを、より美しく、よりぱわふりゃあになった巨大猫魔人オーラのオラオラパンチで吹き飛ばし──光の翼を消した小梅が魔女の箒を手に園庭の地面へと降り立った。
ふぅ、と息を吐きながら、教室から遠巻きにこちらを見ている園児たちに気付き、ニカッと笑って「ぶいっ!」と指を突き出して見せる。
「終わりましたね」
「つっかれたぁ……」
パタリと座り込む加奈子と沙希。いずれもこのリボン幼稚園の先生だ。そして、もう一人、撃退士の榊悠奈──3人目の息子が通うここに子供を迎えに来て騒動に遭遇し、急遽参戦した保護者である。
「アレぇ? 何かこの状況に妙な既視感があるんだけど……」
同じく、この幼稚園で働く兼任撃退士・縁がうーんと頭を抱えながら、???マークを周囲へ浮かべる。
「……まさかこんな所で出会えるとは」
予想外の再開に思わず笑みを浮かべてしまう明斗。だが、彼女らに挨拶をするより早く、事態の収拾をした久遠ヶ原学園の実務教師がやって来て、明斗は表情を引き締めた。
「捉えたテロリスト──天使と悪魔を引き渡します」
「ご苦労様です。ご協力感謝します」
そう言って敬礼を交わし合い……双方、堪えきれずにプッと噴き出す。
「相変わらずのようですね。元気そうで安心しました」
「取り押さえたのは俺じゃない。生徒たちさ」
目の前にいる懐かしい顔──榊勇斗が、そう言って明斗に笑った。彼は学園の実務教師となっていた。かつての松岡と同じように生徒を導き、守り、育てる道を彼は選んだ。
そして、もう一人──
「……不本意です。年齢的にそうなるのは仕方ありませんが、私がこのヘタレの『後輩』とは……」
雫もまた学園の実務教師となった。今は『先輩』である勇斗について研修の日々を送っている。
「どこからどー見ても、あなたの伯父さんやお父さんより私の方が精神的におねーさんですよね?」
天魔の手から助け出した園児──悠奈さんちの長男・裕丞くんの頬をぷにぷにしながら雫が訊ねる。
裕丞はきょとんと見返しながら、にぱっと笑った。
「うん。雫おねーちゃんの方がかわいい」
「そ、そうですか(照れ ですが、私は精神年齢の話を……」
「うん、ちっちゃくて可愛い」
「……」
母親・悠奈に子供を返しながら、複雑そうな顔をする雫。それにしても彼女も随分と表情が豊かになった。
「しかし、この歳にして何というたらしな台詞を…… これも血のなせる業ですかね。このまま父親たちに似てしまっては待つのはヘタレ二世の道…… これはいけません。私がしっかり教育してあげなit」
「どーん!」
裕丞が取られると思ったのか。戦場にいたはずの小梅が飛んできて雫に体当たりをかました。そして、裕丞の身柄を奪い取ると、そのまま空へと運び去る。
「裕丞ちゃんの守護天使は私なんだから! ね〜♪」
卒業し、成人となった今でも、小梅はちっちゃいままだった。現在の見た目は中学生くらい……つまり少しはおっきくなったが。ちなみに職業は公務員だ(!)
それでも彼女は悠奈たちがピンチになるとどこからともなく現れる。小梅は今も、いつまでも……友人たちの幸せを守る守護天使であり続ける。
「ユウさんを覚えていますか? 彼女も学園の教師になったんですよ? 青葉先生の下で研修を終えて、今では立派な先生です」
勇斗が明斗にその近況を話していた頃── ユウはその職務を終えて青葉と共に居酒屋に飲みに来ていた。
人を教え導く立場として日々学び、成長し、充実した教師生活を送る彼女にとって、先輩としていつも助けてくれる青葉は尊敬してやまない同僚なのだが……未だに松岡のことを引きずっている青葉を見てると、なんかこう、その時だけ年下の女の子の相手をしている気分になる。
「……振られた時の事を考えて足踏みしているのかもしれませんけど……やはり、想いを口にすることが大切だと思いますよ……?」
「伝えたわよ! あの男はこっちの気持ちなんかもうとっくに知っているってぇの! それでいて結論を下さずにズルズルと引っ張って……」
「勇斗さんみたいですね」
「あの男のヘタレが感染ったのよ、可哀想に! ヘタレ! 卑怯者!」
同刻、勇斗── なんだろう、胃の辺りがキリキリ痛い。
「……分かってる。さっさと次の恋を見つけろっていうんでしょ? でも、それでも好きなんだもの。理屈じゃないのよ」
お酒ぇ! とコップを突き出して来る青葉に、ユウはこれが最後ですよ、と言って応じる。
「……青葉先生にとっての松岡先生みたいな存在が、松岡先生にとっては藤堂さんなんでしょうか」
その言葉に、青葉は真剣な顔をした。
「……あの二人は互いを赦し合った。でも、自分自身を罰することは止められなかった。……そして、あの関係性に安住してしまった。居心地がいいのよ、結局、アレで。それで安定してしまったから、多分、そこから抜け出せない」
「僕も皆に紹介する人を連れてきているんですよ? あちらで懐かしい方に会えましたもので、今は現地職員として大使館で働いてもらっています」
そう言って明斗に促されて現れたのは、中年天使キマジエル──
「っ! おじさんだあーっ!」
気づいた小梅が駆け寄って来てガッシと飛びつき、クルクル回る。
「よー、勇斗。今日は怪我人でなかったか?」
戦い終わった勇斗の元へ電話を寄越したのはラファル。成人後、名実共に代表取締役の座に就いた彼女は、各地の撃退署を巡って自ら営業を行い、命のやり取りとは違った戦場で水を得た魚のように社長業に勤しんでいる。
「いないよ」
「よし、ならいつもの様に飲みに行こうぜ」
「ああ。今日は懐かしい顔が集まってるから」
……医師に20歳までしか生きられないだろうと言われた彼女も今年で27になった。一本の糸を張り詰め続けるような日々を、ラファルは今日も精一杯生きている。
「そんな人生でも不満はねーや。言ったって仕方がねーし。……いや、一つだけ不満があったな。飲みに行く度にいちいち年齢確認されちまうこの外見だ!」
飲み会の連絡が回る。
再びいつもの面子が集まる。
年数を重ねるごとに会う回数は減っていったけど……こうして偶にでも顔を合わせて、誰かが結婚したとか、子供がうまれたとか……再会する度に成長した姿を見せてくれる若い親友たちと会うのは、峰雪にとってとても楽しいものだから──
「久しぶりに学園に行ってみませんか?」
偶々近くということもあったのだろう。飲み会が終了した後、璃遠がそんなことを言い出した。
賛同したお調子者たちと共に、通い慣れた道を通って正門前に辿り着く。門は既に閉まっていたが、そこは昔取った何とやら。学生時代から存在していた抜け道を通って中へと入る。
「……懐かしいね。授業、部活、放課後の買い食い、松岡教室での特訓に、撃退士としての活動の日々…… 慌ただしいけど何もかもが新鮮だった」
夜の廊下を歩きつつ、星を見上げながら、璃遠。老成したのか、と茶化す声に、どうかな? と笑いつつ……
「夢を追って、夢をかなえて…… 何かと慌ただしいけど今だって色々と新鮮だよ。皆だってそうでしょ? 三年後も十年後もきっとまた同じことを言ってるよ」
きっと僕たちは変わらない。皆の事が大好きだ。だって、一緒に居て飽きないもの。だから、さよならじゃなく、またね! と言って別れるんだ。あの同じ時を駆け抜けた友人たちと。
「人の出会いは一期一会── たとえ道は分かれても、一度つながった縁は簡単に切れることはない」
月を見上げて縁が呟く。
それはかつて、両親の仇と出会う事を諦めていた勇斗に対して縁が掛けた励ましの言葉── 実際にそれは現実となって、暴走する勇斗の対処に追われることになったのだけれども(汗
その言葉に意を決し、陽花が勇斗に向き直る。
「勇斗くん、結婚しよう!」
「だが断る」
「がーん!」
いつもの2人の、いつものやりとり。ただ一つ過去と違う点は、2人が付き合っているということ── ただ一人勇斗を好きと言い続けた、陽花の粘り勝ち──
「皆で記念写真を撮ろう! ほら、せっかく学園にまで来たんだし!」
それも普段の文歌の言葉。いつもだったら面倒くさいと断る皆も、この日ばかりはセンチになったのかその提案に素直に応じる。
夜の学校。青春の現場で、歳を重ねた撃退士たちがフレームの中に収まった。
カシャリと鳴る電子音。直後、夜の帳の向こうから懐中電灯の光が浴びせられる。
「やべぇ、風紀委員だ!」
一斉に走り出す撃退士たち。彼らの笑い声が夜の学園に響く。
「どうです? 今は思い出の中のご両親…… 笑っていますか?」
校門を越えた所で息を整え…… 皆と共に駅へ向かおうとする勇斗の背に、足を止めた文歌がそう呼びかけた。
懐かしい問い── 勇斗は少し考えて、文歌に向かって頷いた。
「はい。僕の中で両親は…… 悠奈と、アルと、その子供たちと……僕と。陽の光の中で、一緒に笑い合っています」