「では、行きますか」
丘上を見上げて不敵に笑みを浮かべつつ、勇斗が先陣を切って飛び出そうとした瞬間── 月影 夕姫(
jb1569)と葛城 縁(
jb1826)の2人はその両肩をがっしと掴み、慌てて地面へ引き戻した。
「ちょっと、勇斗くん、正気!?」
「とっ、とにかく、勝手に決めちゃダメー!」
勇斗を地面へ押さえ込みつつ、蛮勇に待ったを掛ける2人。特に夕姫は勇斗の腕関節を取りながら、本気で彼を叱りつけた。──まったく。前にも散々言われなかった? 勝手に相手の気持ちを決めつけて、それに凹んでの自罰行為…… そんなの、相手と周りに迷惑なだけの自己満足に過ぎないって。
「……榊くん。君は素敵な妹さんや友人たちっていう『宝』に恵まれているんだから。頼ってもいいんだよ? お互いに補っていければいいんだ」
「勇斗先輩にとって、周りの人はみんな、無理をしてでも守らなければならない対象なんですか? もっと周りを頼っても……というか、信じてもいいと思うんですよ」
心底、心配そうにしながら忠告をくれる狩野 峰雪(
ja0345)と水無瀬 文歌(
jb7507)。その気遣いに感謝しつつ、勇斗は「ちょ、ちょっと待ってください!」と制止した。
「あ、あの……皆さん、何か勘違いしていませんか? 別に僕は囮役を務めるなら、比較的堅いディバインナイトの役割と考えただけで…… 無茶はともかく、無理無謀をしようとは思っていませんよ?」
「……そうなの? 私はてっきり、悠奈ちゃんとの件で一度は治った『病気』がトラウマ使いのせいで再発したのかと」
「病気……(汗 いえ、あの時、皆さんから教えていただいたことは、ずっと心に刻んであります。……それに、言ったじゃないですか。正月は家で妹や皆と過ごす、こんな所で死んでられない、って」
照れ笑いしつつ告げる勇斗。その言葉を聞いた縁の顔面からサァーっと血の気が引き……「ダメだよ、勇斗君! フラグ! それってフラグだから!」と、勇斗の両肩を掴んで前後にガクンガクンと揺さぶり始める。
そんな勇斗たちのやりとりを少し離れた場所から見やりつつ…… ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は指で耳を穿りながら、「攻撃はまだか……」と呟いた。彼女と勇斗らの付き合いは、双子悪魔の一件以来、2年になる。が、人の機微より純然たる戦闘に心躍らせて来たラファルのこと……関わりは縁たちほどには深くない。
ちびっこ・白野 小梅(
jb4012)もまた動かぬ状況に退屈していた。彼女が今、ここにいるのは2人の親友に頼まれたからだった。その1人、榊悠奈からは、依頼に出れない自分の代わりに兄を気に掛けてほしい、と。そして、恩田麗華からは──
「……冬だしぃ、虫はいないと思うけどなぁ」
その内容を反駁しつつ、う〜ん、と小首を傾げる小梅。『報酬』として渡されたチョコドーナツをパクつきながら、とりあえず勇斗の周囲に転がる石を次々と捲っていく。
そして、雪室 チルル(
ja0220)。彼女に至っては、端から黒目玉しか見えてなかった。
「というわけでっ! 早速、突撃〜! 先陣の誉れはあたいのものよ!」
弾ける様に地面から跳び起き、まるで鉄砲玉の様に一直線に、真正面から丘上目がけて突っ込んでいくチルル。勇斗に無茶をさせないって話なら、代わりにあたしが無茶すればいーじゃん。や、あたいにとっては無茶でもないし。だって、あたい、さいきょーだし!
意気揚々と斜面を駆け上がっていくチルル。「あ、ずりーぞ、てめー!」とラファルがアウルの力で『機械化』(覚醒)を果たし、自身もチキンレースに参加するべく、一拍遅れてその後を追う。
黒目玉は即座に反応した。ぐりんと目玉をチルルへ指向し、漆黒の光を撃ち放ち。
対するチルルはどりゃあ〜! と左手の平を前へとかざし、円形盾の表面に氷結晶を浮かび上がらせて闇色の奔流を受け止めた。岩場に砕ける波濤の如く、七つに断ち割られる怪光線──その余波がチルルの後方へ直線状に降り注ぐ。
「っ! 小梅ちゃん、陽花さん、僕の後ろへ! 爆発に巻き込まれないように僕から離れて。あと、同一線上にも立たないように……!」
大型盾をかざしつつ、近場の二人に声を掛ける勇斗。言われた通りに彩咲・陽花(
jb1871)が距離を取りつつ後ろに回る。
(確かに、言われてみれば、今回の勇斗くんの行動は別に無茶ではないかもしれない…… でも、何か……)
名状し難いその感覚に眉をひそめる陽花。……違和感がある。でも、その正体が分からない。前方、皆と離れて前進していく勇斗の背中── その距離が、ひどく寂しい。
峰雪が呟く。
「双子の精神攻撃で、いったい何を見せられてしまったんだろうね、彼は……」
「あー、もう、誰も彼も無茶をして…… 皆、後で陽花さんの手料理100本勝負の計だからねっ!」
爆音と戦塵と怪光線の舞う戦場── そのど真ん中で感情をどどーんと爆発させた縁が散弾銃をジャコンと構え…… 背広の下から自動拳銃を引き抜いた峰雪と共に、周囲の地面へ立て続けにアウルの銃弾を乱射した。
巻き上がった土煙にて敵の視線を遮蔽して、その間に己の気配の一切を掻き消す2人。文歌もまたその土煙の中に自ら飛び込むと、『ボディペイント』を使用して周囲に舞う砂塵や枯草の破片を己の身体に保護色化。そのまま周囲の景色に溶け込む。
「とりあえず砲撃をかいくぐってなんとか近づかないと…… 私、射撃能力ほぼ皆無だしっ!」
まだ召喚獣を出さぬまま、勇斗や小梅と共に丘の西側を上がり始める陽花。
その間、射程外から敵の一方的な砲撃が続く。前に出た勇斗に対して放たれる怪光線──その威力に顔をしかめる勇斗の元へ、てけてけと駆け寄って来た小梅が『治療膏』を塗ったお札をペタリと張り付ける。
(今……!)
敵の目が勇斗たちへと向いた事を確認して、丘の東側をジグザグに上っていた夕姫が一気に距離を詰めに掛かった。
敵をこちらの射程に捉え、立射姿勢で大型小銃を構えた瞬間、こちらに向き直る黒目玉。発砲を止め、夕姫が己が身を横へと投げ出した直後、寸前までいた空間を闇の奔流が行き過ぎた。周囲の地面にシャワーの様に穴を穿つ力の残滓。その内の一弾が夕姫の左肩部を撃ち貫く。
「野郎!」
追撃を防ぐべく、全力で前に出るラファル。その誘引に応じて振り返った目玉の攻撃を、ラファルは各部のスラスターからアウルを噴射し、回避した。
「固定砲台ごときの攻撃に当たってやるわけにはいかねーな!」
──アカレコBにおける『機械化』は、超双塔重力砲『ラァス・ディエス・イレ』運用に特化した高機動キャリアーだ。高機動と回避力を維持しつつ、移動しながらでも射撃可能。その分、命中率には難があるが、今回の相手は固定砲台なので問題はない。
「ありがとう、勇斗くん。行ってくる」
その間に距離を詰めた陽花が召喚した狼竜の背に飛び乗り、前に出る。
左腕をだらりと提げたまま、気を付けて、と夕姫は叫んだ。
「ああいった輩は近づかれた際の隠し玉があるのがパターンよ!」
その言葉を証明するかの如く。黒目玉の腹回り、帯状に無数の小さな目玉が目を見開き。接近する撃退士たちに向けて一斉に対人怪光線を放ち始める。
「言ったそばから……!」
伏射姿勢を解いて回避行動に入る夕姫。敵の掃射が迫る中、攻撃を喰らう直前に『瞬間移動』で敵側方へと跳ぶ文歌。だが、小目玉は黒球の全周帯状に配されていて、死角というものがまるでない。
「…………」
戦場に乱れ飛ぶ闇色の怪光線── その只中にあって、『隠密』状態の峰雪は一人、静かに佇んでいた。
静かに呼吸を整えて、アウルの毒矢を弦へと番え。弓を上げて、引き絞り…… 至近の地面に怪光線が弾けるのにも動じず、必中を期して矢を放つ。
放たれた毒矢は緩やかな弧を描いて黒目玉の『側頭部』へと突き立った。そして、刺さった箇所から周囲の皮膚が変色し始め…… だが、そんな黒目玉の表層にバリっとヒビが入ったと思った次の瞬間。その表面の一皮──毒に侵された一層が玉ねぎの様にべろんと剥けた。
「……え? 脱皮?」
「こうなったら…… もう、女は度胸だよ! お母さんもそう言ってたし……!」
縁は散弾銃をジャコンと構え直すと、自ら弾幕の中へと肉薄していった。そして、自らの周りに再び土煙を巻き上げつつ……敢えてその土煙の中、最短距離を突き抜けて、反撃に腿と肩口を切り裂かれつつも怯まず発砲し。アウルの散弾により目玉の一部を幾つか纏めて潰して、そのまま地面へ倒れ込む。
「縁っ!?」
親友の危機に突っ込む陽花。そして、薙刀で黒目玉の『帯』を斬り裂くように横に薙ぐ。
「よし、このまま張り付いて……!」
(敵の攻撃を引きつけて味方を近づけ易くする! ……あはは。勇斗くんに無茶しないように言っといて、私が無茶しちゃってるよ……)
意気込む陽花を突如、黒球本体に生えた黒い腕が殴りつけた。
打ち飛ばされた陽花と入れ替わる様に、『隠密』状態の文歌が空間から染み出す様に黒目玉に近接し。帯電状態で握ったマイクで玄人っぽく殴りつけた。バチッ! と表皮に電気が弾けた瞬間、皮を脱ぎ捨て絶縁する黒目玉。直後、現れたもう1本の腕が、再度の電撃を喰らわせようとする文歌を裏拳で思いっきり弾き飛ばす。
だが、撃退士たちの反撃は止まらない。『光の翼』を広げて勇斗の陰から思い切りよく飛び出した小梅が、目玉の上空に達するや逆落としに急降下。そしてアウルで巻き起こした激しい風の渦を直下に向けて吹き降ろす。
そこへ到着し、攻撃を開始するチルルとラファル── まず、ラファルが各部スラスターを噴かしたまま、両腕に抱えた2つの砲の右砲を発砲した。砲口から閃剣の如く放たれた光の刃が黒目玉を『袈裟斬り』に裂き、数枚の皮を纏めて断つ。
「バッテリー分離、右砲パージ。第二撃、左砲、Fire!」
再び放たれる光の刃── その傍ら、バッテリーと砲が降り落ちる間を一直線に駆け抜けてきたチルルが、自身のアウルによって生み出した氷剣を目線の真横にスッと構え──己の身体ごと敵本体に叩きつけるな勢いでその刃を突き入れた。微かに感じた抵抗に構うことなく、何物をも貫く刃をツプリと押し出す。直後、幾層も纏めて貫かれた黒目玉の皮が、その半身を失うが如く纏めてズルリと地面へ落ちた。
その間隙に──皮の剥け過ぎで小さくなった敵の真下に、銃を捨て、布槍を右拳に巻き付けながら走り込んできた夕姫がその身を足から滑り込ませる。
「小梅ちゃんを見て確信してたけど…… やっぱり、直上直下は死角じゃないの」
呟き、黒目玉の『極地』に向けて『神輝掌』を叩き込む夕姫。プラスレートの攻撃を至近から叩き込まれて、目玉がまるでボールの様に打ち上がり……
「これで……終わりです!」
告げたるは、先程、吹き飛ばされて地面を転がった文歌── 彼女は、峰雪の傍にいた。その峰雪が構えた矢にはプラスレートの『破魔の射手』── 峰雪はふぅ、と息を吐くと、弓を手に空を仰ぎ見…… 上空の、既に剥ける皮とて無くなった黒玉葱(こちらの呼称の方が正しいよねぇ……?)の核を撃ち貫いた。
●
「よしっ、勇斗君。それじゃあ、ちょっとそこに正座しようか?」
戦いが終わるや否や。笑顔のおっかさんモードと化した縁がニッコリ笑顔で宣った。
「ええっ!? 今回はむしろ皆の方が僕より無茶してたじゃないですか?!」
抗議する勇斗の服の裾を、後ろからついと引っ張る小梅。気付いた勇斗が振り返ると、小梅はブーとした顔で不満そうに勇斗を見上げていた。
「見ている方はどれだけ心配か…… 少しは悠奈ちゃんの気持ちが分かったぁ?」
小梅の言葉に勇斗はハッとした。そして、縁や陽花、文歌を振り返った。
「まさか、それを僕に気付かせる為に……?」
何か感動した面持ちで呟く勇斗から、3人がそっと視線を逸らす。
「しかし、本人に自覚がないのなら、なんだって榊くんは無茶ばっかりやろうとするのかな?」
「あたいには、なんかやたらと戦いを求めているように見えるわね」
峰雪の疑問に、腰に両手を当てた姿勢でどどんと断言するチルル。そうか、と陽花は合点がいった。勇斗が自分でも気づかぬ内に抱えてしまっている感情──それは自罰ではなく、焦燥だ。
「そうか。今の勇斗先輩って、かつての松岡先生と似てるんだ……」
思い至って、文歌が呟く。──松岡はかつて藤堂の弟たち若い後輩たちを死なせた。死地に赴く彼らを止められなかった。その後悔と贖罪の気持ちから同期の皆と袂を分かち、新しい久遠ヶ原学園の教師となった。
彼は、一連の責任を取る形で学園を去ったが……同時に、やるべき事をやり終えて、解放されて自由になったとも言える。
(自罰でなく、贖罪? それこそが勇斗先輩が求めているもの──?)
だとしたら。いったい彼は、誰に、何を許されたがっているというのだろう……
「まずは落ち着いて自分の考えを……って、もう気持ちは固まっているって顔ね?」
チルルの問いに、迷うことなく頷く勇斗。
陽花は無言のまま勇斗に歩み寄った。そして、「……?」と顔を上げた正座の勇斗をギュッとその胸に抱き入れた。
「よ、陽花さん……?」
「……勇斗くんは十分頑張ってるよ」
囁くような陽花の声──泣いている? 勇斗が声をなくす。
「……私はたとえどんなでも、勇斗くんのこと、好きだよ? 戦ってない時の勇斗くんも。普段の勇斗くんも」
そのままギューッと抱き締める。声にならない想いを伝える様に。
(榊くんは完璧主義者というか、格好つけすぎなのかもしれない──)
心中で峰雪が呟いた。──でも、人間、誰しも完ぺきではないし、格好悪いところも、弱いところも……酷いところだって、ある。自分の弱さを認めることもある意味で強さだと。そう伝えたら、彼は気づいてくれるだろうか……
「……もうお前らくっついちまえよ」
陽花と勇斗を見やって呆れた様に呟くラファル。……彼女は人の機微よりも、戦闘に心躍らせてきた。だが、2年も一緒に戦い続けてきたのは、彼女なりの応援には違いないのだ。
「それじゃあ、早く帰ろっか♪」
場の空気も読めずに、小梅が告げた。いや、ある意味、場を読めたとも言える。
「早く帰れば『悪い虫』はつかないもんねぇ。麗華ちゃんとの約束も守れるよぉ」
どういうこと? と聞かれて小梅は答えた。彼女は今回の依頼を受けるに際し、「依頼に出れない私の代わりに、勇斗様に『悪い虫』がつかないように、よくよく見張っていてくださいましね!」と強く言いつけられていた。
それを聞いた夕姫と縁は顔を見合わせ……気の毒そうに陽花を見やった。
「とりあえず……勇斗くんは年越しで反省会といきましょうか」