現場は混乱の極みにあった。
足止め役の『影』に怒声を浴びせつつ殴りかかる撃退士たち。光信機に友人たちの名を叫び続ける悠奈の焦燥に満ちた声──
Robin redbreast(
jb2203)は、記憶が、意識が途切れるその直前に見た黒髪長髪の男を思い出す。
「『悪魔』と名乗ったあの男が、現状の、仕掛け人…… 天使のゲートに、悪魔が……?」
そのRobinの視線の先で、ゴウライガ──光纏した千葉 真一(
ja0070)が「ゴウライ、ロォゥィング、キイィィックッ!」と後ろ回し蹴りで『影』を消滅させ…… 次の瞬間、間髪入れずに出口へ飛び込まんとする悠奈の腕を、寸前、白野 小梅(
jb4012)が両手でギュッと抱え込み、全力でその場に引き止めた。
「ダメだよ、悠奈ちゃん、ガマンしてぇ! ボクも一緒にガマンするからぁ……!」
「でも……っ!」
そんな小梅を振り解いて先へ進もうとした悠奈は、だが、ポロポロと涙を零す小梅を見てハッとその身を硬直させた。──小梅ちゃんだって麗華ちゃんの事が心配なのに……! 自分よりもちっちゃな小梅の必死な姿に、悠奈が頭を振って自制する。
「……麗華さんたちが心配なのは皆同じ。でも、焦りは禁物だよ」
どうやら落ち着きを取り戻したらしい悠奈に、永連 璃遠(
ja2142)は努めて静かに語りかけた。
「確かに、焦っても始まらない。……が、それでもここは迅速に動くべきだぜ?」
ヒーローマスクを上げて呼吸を整えながら、真一は傍らにチラと目線を飛ばした。
その視線の先には、悠奈以上に焦りを見せる彩咲・陽花(
jb1871)の姿があった。
「だって、悪魔だよ!? 天使のゲートに、悪魔が、私たちよりも先にいたんだよ!? 勇斗く……外のみんなに一刻も早く報せないと……!」
「でも、急がば回れ、って諺も…… ここは落ち着いて、現状で最善と思われる手を皆で考えていこう」
自分にだって焦りがないわけじゃない── そんな璃遠に、Robinと九十九(
ja1149)が賛意を示した。こんな状況下でも、2人は常と変わらぬ冷静さを維持している。
「……わかりました」
と、心ならずもそれを受け入れる悠奈。それを見た陽花は自制を強めた。……自分よりちっちゃな悠奈ちゃんが必死に自分を抑えているんだ。私だって、おねーさんとして耐えて見せないと……!
その様子を友人の月影 夕姫(
jb1569)がジッと見ていた。よく我慢したわね、とでも言いたげな夕姫の微笑が、なんだかちょっと照れ臭い。
まずは状況の整理から── 九十九の言葉に、撃退士たちは頷いた。大きく深呼吸をして、昂った意識を落ち着かせる。
──部屋の出口は一つきり。その先には精鋭の『オーク兵』が待ち伏せている。出口を一度に通過できるのは4〜5人程度。そこを通過した途端、通過した人数と同じだけの『シャドウ』が出口の前に立ちはだかり、撃退士たちを分断する……
「ホント、面倒な仕掛けを用意してくるさぁね。やれやれさぁねぃ……」
「嫌らしい手口よね…… でも、出口らしい箇所はここしかない。なら、どうあっても行くしかないわ」
そう苦々しげに九十九と夕姫。エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は、敵の小癪を鼻で笑った。
「各個撃破でも気取ったつもりか、敵は? ……愚かな。こんなことで私を閉じ込めたつもりとは」
手品の種が割れた以上、幾らでもやりようはある。エカテリーナはそう告げた。例えば、先に突入する一班は向こうで守りに徹しさせ、その間に後続組が速やかに『影』を排除。合流した後に反転攻勢。オークどもを殲滅する、等々……
「ボクたちは9人だからぁ…… んと、3人、2人、4人の3回に分けて行けばぁ、毎回、出てくる『影』よりも大人数を揃えられるのぉ」
ピーッ! と頭から湯気を噴き上げながら、計算を終えた小梅が己の案を疲労した。
「よし、それでいこう」
真一がポンと手を打った。考えている時間はあまりない。
最初の3人の内、2人は真一と夕姫にあっさり決まった。乱戦下でも継戦が可能な打たれ強さを持ち、敵の精鋭が待ち受ける戦場への先鋒を任せられるだけの実力がある。
残る1人に、小梅は悠奈を指名した。理由は、先行した麗華ちゃんたち3人が恐らく怪我をしているであろうこと。そして、真一と夕姫が持久するには回復役が必須である事。
「悠奈ちゃん、行きましょう。回復は任せるわ」
差し出された夕姫の手をはいっ、と悠奈が握り返す。
「んー…… じゃあ、ここは悠奈ちゃんに任せよっか。本当なら私も一番手に名乗りを上げたかったところだけど……」
「(だ)めぇー。ボクだって麗華ちゃんを助けたいけど、悠奈ちゃんに託すんだからぁ」
陽花にぶんぶんと首を振りつつ、小梅はしゃがみこんで漁った荷物の中から、魔法書を手渡した。これを使えば安全に後衛に徹することができる。
「お借りします。ありがとね、小梅ちゃん」
礼を言って受け取る悠奈に、えへへと応える小梅。
出口に入る直前、夕姫が残る皆に声を掛けた。
「私たちが入ったら例の『影』が人数分出てくるはずよ。出たら一気に攻撃を叩き込んで倒してね。どんな能力を持っているかもわからないから、速攻でいきましょう」
●
3人が出口を抜けた瞬間、目の前の光景が切り替わった。
こちらの出口近くで待ち構えたオークたち。麗華たちの奮戦によるものか、その数は6体にまで減っている。
その麗華たち3人は、だが、力及ばず、出口のすぐ前に固まって倒れていた。最後まで奮戦したのだろう。悠奈の肌がブワッと逆立つ。
「出口は消失…… なるほど、敵の待ち受けに逃げ場はなしって訳か」
「悠奈ちゃん! 今の内に3人の保護、回復を!」
オークたちへ突進していく真一。夕姫の指示に冷静さを取り戻し、倒れた3人を後ろに引っ張っていく悠奈。夕姫はそんな悠奈の背を守る様に立ちはだかりつつ、虹の指輪を手に嵌める。
「月影先輩! 予定通りガードよろしく!」
「わかったわ。皆が来るまでは無理しないでね」
5連の光弾を放って真一の突撃を支援する夕姫。降りかかる敵の矢玉の中、真一は夕姫の言葉に敢えて返事はしなかった。……敵のテリトリーである以上、不利な状況を強いられるのはヒーローの常。ならば叩いて砕くのみ! 自分だけで足りなければ、仲間と共に。故に、無理はせずとも、無茶はする!
「逆境は越えるもんだ。ヒーロー舐めるなよ、オークども!」
ここからは俺が相手だ! と。地を蹴り、膝を抱える様に空中を前方に一回転。そのまま蹴り脚を繰り出し、一気に矢の如く敵へと突っ込む。
「行くぜ、ゴウライ反転キィィック!」
派手な閃光と轟音と共に、美しい空中姿勢で真一が宙を舞う。「CHARGE UP!」とのアナウンスと共に身を包むアウルの黄金アーマー。蛇腹剣の鞭を、殴る蹴るの手足を繰り出し、敢えて乱戦の中に活路を見出す。
だが、敵は、只中に飛び込んで来た真一に対して一旦、冷静に距離を取った。そして、突出した真一を囲む様に連携して攻撃を繰り出してくる。
「ゴウライロッド!」
真一はその連携の取れた戦いぶりに、一旦、包囲の輪を脱した。八角棍を地に突き立て、棒高跳びの要領で下がる真一。瞬間、それを巻き込むように、後衛のオークが2人、夕姫や悠奈たち全員に範囲攻撃を叩き込んでくる。
(魔術師……っ!)
ボワッ! と巻き起こる炎の奔流に腕で顔を庇いつつ、夕姫は活性化させた大型ライフルを、その使い手たるフードのオークたちに立て続けに撃ち込んだ。──まったく、回復中の悠奈ちゃんを狙って来るなんて、何て嫌らしい! フードの奥に隠れたその顔を見てみたいものだ!
そのアウルの銃弾は、だが、また別のオークが放った矢でもって空中で迎撃し。更に後衛・回復役の悠奈に向けて狙撃の矢を打ち放つ。
瞬間、真一が浮盾を後ろに飛ばして悠奈の背を守る様に制止させ。右腕で大型小銃を保持したまま飛び込んで来た夕姫が『庇護の翼』で悠奈のダメージを肩代わりする。
敵はその隙も見逃さない。前線の真一を回り込んで突撃してくるオーク騎兵(!)。それを迎え撃とうとした夕姫の足元に砂塵が巻き起こる。
(『状態異常攻撃』まで……!)
突撃の槍を受け止めつつ、夕姫。腐蝕攻撃を浴びた真一もまた、黄金の鎧を魔法の酸に侵食されていく……
一方、真一や夕姫たちの突入を見送った後続組──
続けて出口へ突入する間もなく、『シャドウ』はその眼前へと現れた。
敵は小梅の予想通り、先の『影』が出現した場所と同じ所へ現れた。が、その『影』は撃退士たちの誰よりも早くこちらへ向けて突進する。
「敵シャドウ1体、接近。突出の構え、ですよぉ」
最後衛で弓に矢を番えたまま、九十九が変遷していく状況を皆に逐一確認、報告する。敵は1体が前衛、残る2体を後衛としたようだった。その内、1体はもう1体を守るような態勢を取っている。守られている方は…… 何をしている? 回復役か?
「貴様等に用はない。邪魔者はさっさと失せろ!」
エカテリーナは迫るシャドウに突撃銃を連射。突っ込んでくる敵の前面へアウルの弾丸をばら撒きながら、その銃身下の『擲弾筒』からアウルのロケット弾──『アウル炸裂閃光』を撃ち放った。その一撃をジャンプ一番、かわす『影』。その『爆発』を背景に空中を舞ったその『影』が、伸びやかな蹴りで突っ込んでくる。
「っ! あの技は真一さんの『雷打蹴』……! あの『影』、『出口』を通過した人と同じスキルを使ってくるのか!」
「え? じゃあ、これ、私が先に出口を潜ってたら、召喚や範囲攻撃を使ってきたってこと?」
驚愕する璃遠の後ろで胸を撫で下ろす陽花。エカテリーナは口の端に笑みを浮かべながら銃把を持ち替え、眼前の『影』に向かってコンパクトに銃床を振り抜いた。それを『影』が身を屈めてかわす間に地を蹴ってエカテリーナが距離を取り。入れ替わる様に璃遠が前に出て斬撃する。
「悠奈ちゃんの代わりは、出来ないけどぉ……!」
いつにない真剣な表情で魔女の箒を振りながら、『治癒膏』を用いて傷ついた味方を回復していく小梅。
「影なんかと遊んでいる暇はないんだよ……! フェンリル、いきなりボルケーノ、やっちゃって!」
陽花の命に応じる狼竜の咆哮。『ブレイブロア』からの『ボルケーノ』。璃遠たちの攻勢に一旦、後方に下がった影ごと巻き込み迸るアウルの奔流に、Robinもまた『ファイアーワークス』を重ねて全ての影たちを薙ぎ払う。
「影が先行組のスキルをコピーしたなら…… 恐らく最後衛の影は回復役ですねぇ」
「了解! 続けてもう一発! 弱っていそうなのから狙っていくんだよ!」
再び『ボルケーノ』の指示を出す陽花。その挙動を感知したのか、後衛の影の一つが陽花とRobinに対して影の矢玉を放ってきた。それまで矢を番えたままで待機していた九十九がそれに即応し、アウルの風の奔流でその矢玉の軌跡を受け反らし。手早く次の矢を番えて反撃の矢を放つ。
「狙われたっ!?」
「どうやら後衛狙いの狙撃手がいるようですね」
影の銃撃を避けるべく位置を変える陽花とRobin。なんて嫌らしい、と陽花は思った。か弱い後衛を狙い打ちにするなんて。相手はシャドウだが顔があったら見てみたいものだ……!
「あの影は私が抑える!」
狙撃手を牽制、撃滅すべく、狼竜に跨り、薙刀を手に突撃していく陽花。Robinは『八卦石縛風』でそれを支援。淀んだ気のオーラと舞い上がる砂塵で影の射手を包み込む。
(『影』なのにちゃんと石になるんだ……)
一瞬、石になりかけ、直後に抵抗する影を見やって、Robinは思った。
激突する陽花と影。
その傍ら、毒々しい黒い霧をブワッと己に纏わせて。エカテリーナが、璃遠らと切り結ぶ『影』前衛に対して『アウル毒撃破』──強酸性の消化液を勢いよくジェット噴射し、浴びせ掛ける……
●
激戦の末に── 後続組の撃退士たちは、現れた3体のシャドウ全ての殲滅に成功した。
今回の影たちは、先刻のそれ以上に強力だった。或いは、敵はスキルだけでなく、能力値までコピーしていたのかもしれない。
手早く、負傷者を回復して回る小梅とRobin。傷の治療は、二回目に突入する璃遠とエカテリーナを優先して行われた。先の戦闘で気絶していた者たちも、回復して意識を取り戻させる。
治療を終えるや否や手早く出口に飛び込む璃遠とエカテリーナ──
出口の先の戦闘は、彼らが到着した時には既に終っていた。出口近くで倒れ伏した麗華たち。そして、真一と夕姫、悠奈もまた。残るオークはあと4体── 4体。その数字に、璃遠はふと嫌な予感に囚われた。
「オークか…… その醜い面を伏せていろ。さもなくば蜂の巣にしてやるぞ!」
「待って」
突撃銃を構えるエカテリーナを、璃遠は慌てて手で制した。その額に、疲労とは異なる類の汗が玉となって浮かんでいる。
「なぜだ。オーク戦に備えて弾薬(スキル)も十分に温存しておいた。回復もだ。何より、早々に突破し、ゲートの外に出るという戦術目標に反する」
「……嫌な予感がするんだ。大丈夫。外の皆はきっとなんとか持ち堪えていてくれる。考える時間は、きっとある」
動きを見せない璃遠たちに、オークたちも戸惑った様に動きを見せない。璃遠は熟考の末に己の曲刀を引き抜くと、それを自身の腕に当てて、刃を肌に滑らせた。
目の前の『シャドウ』がいきなり己の『腕』を切り裂くのを見て、撃退士たちは混乱につつまれた。
「え、なに、どういうこと?」
その行動に戸惑う陽花。何かを得心したらしいその影が、その身を脇に除けて出口への道を開く。
「これは……」
「まさか……」
ある可能性に気づいた九十九がRobinと顔を見合わせる。考える間もなく小梅が皆を促し、出口を抜けて先へと進む。
「これは何ぃ! 何が起きたのぉ!?」
倒れた仲間たちをその先に見出して。小梅は親友たちに駆け寄り、ギュッと抱え上げながら、何が起きたのか分からず問いかける。
沈黙する璃遠。小梅たちが入って来た瞬間、眼前のオークたちもまたその姿を消していた。
「オークも、シャドウも、初めからいなかった…… 今度も幻覚だったんだ。恐らくは、最初から」
悪魔は最初からこちらの同士討ちを目論んでいたのだろう。敵は一切戦力を浪費せずにこちらを消耗させる事に成功し、またいいように時間を稼がれてしまった。
「まさに悪魔的な罠、というのか…… なんとも厭らしいものを残しておいてくれたもんだよね……」
気絶した夕姫抱え上げつつ、陽花が呟く。
戦力を半分、削られた。スキルも、回復も、その大半を消耗し尽くした。
「それでもまだ僕らが残っている。……息を整えたら外へ出よう」
璃遠が真一を抱え上げつつ、言った。
僕だって、怒ってるんだからね── その表情には珍しく、静かな怒りが浮かんでいた。