松岡の呼集が掛かり、『第三の矢』の学生撃退士たちは二手に分かれた。
突入班、彩咲・陽花(
jb1871)はふとゲートに向かう足を止め。若干の躊躇の後に振り返り、迎撃班へ走る勇斗を呼び止めた。
親友の葛城 縁(
jb1826)がピンと何かを察し、陽花を置いて先へと進む。
陽花はそれに感謝しつつ勇斗へと歩み寄り…… 何も言葉にする事ができず、正面からえいっ、と抱きついた。
「ちょ、陽花さん!?」
「安全祈願、安全祈願♪」
突然の行動に慌てつつも、勇斗は拒んだりはしなかった。
「……私も、悠奈ちゃんたちも、皆、必ず無事に帰って来るからね。だから、勇斗くんも絶対に無茶しちゃダメなんだよ?」
「……はい。お互いに」
妹の事を頼んで離れる勇斗。縁がによによとした表情で陽花を出迎え…… ふと真面目な表情になってその背中をポンと叩く。
「あっちは勇斗君やアル君たちに任せよう。私たちは私たちの役目を果たさないと!」
「それじゃあ、みんな…… ゲートのコアを壊しに行くよ! アルくんがお兄さんと戦う時間を、できるだけ短くする為に!」
ゲート突入前── 激を飛ばす悠奈に「その意気だよ!」と拳を突き上げ。縁は、こういう時は自分(インフィルトレイター)の出番、とばかりに探索系のスキルをこれでもかと山盛り掛けた。
ゲート内部に入った経験のない悠奈たちにアドバイスをする月影 夕姫(
jb1569)。時計の秒針が頂を──突入時刻を指すのを確認したRobin redbreast(
jb2203)が手信号を前に振り。勇ましく『ゴウライガ』へと変身(光纏)した千葉 真一(
ja0070)に続いて、無駄の無い手馴れた動きでゲートへと進入する。
ゲートの内部はレンガ壁の地下通路の様な造りだった。ただひたすらに真っ直ぐな通路が前方、闇の中へと伸びている。
Robinは『トワイライト』で光源を作ると、レンガ壁に祖霊符を貼り付けた。……こんな所で敵に透過を許せば壁の中からの奇襲もあり得る。こうしておけば前後を警戒するだけで済む。
「しぃろのぉーこうめがぁ〜〜〜〜、たぁんけんに、行ぃいたぁ〜〜〜〜♪」
隊列を整え、先に進む。白野 小梅(
jb4012)は替え歌を歌いながら、まるでピクニックにでも出かける様に、大きく両手を振って通路を進んだ。
「ちょっ、そんな大声で…… 敵に聞こえてしまいますわよ!?」
「? なんでぇ? ゲートコアまで障害はないって、アルちゃんが言ってたよぉ?」
慌てて止める麗華に、きょとんとした顔で答える小梅。それを聞いたRobinは小首を傾げた。そして疑問を口にした。
「でも、ゲートコアって大事なものだよね? そんなに無用心なものなのかな……? 鍵も掛けずに留守にするようなものだけど」
俺の田舎では誰も留守でも鍵なんて掛けないけどな! と笑う真一を他所に。咳払いをしてRobinが続ける。
「……そんなに隙だらけの人なのかな? ファサエルって…… どんな人? 何もないと油断させて、罠に嵌めたりとかしそう?」
問われて、永連 璃遠(
ja2142)は夕姫らと顔を見合わせた。
「一度、戦場で顔を合わせただけだけど…… あんまりそういうタイプには見えなかったかなぁ」
「基本、人間を下に見てるしね」
「むしろ明美おばさんの領分っぽいよね。でも、明美さんにゲートは触らせないだろうし」
そうこう話をしている内に。
闇の帳の向こうから、唐突に多数の『腐骸兵』が現れ出でた。気配もなく出現したそれに驚きつつも、撃退士たちは即応する。
「敵はっけーん! にゃんこGo! にゃんこGo!」
掲げ持った魔女の箒から振り落とした猫型アウルを敵へ突撃させる小梅。いち早く進出した真一が、前座の戦闘員を千切るが如く格闘にて腐骸兵を殴り蹴り。夕姫や縁がその頭部を狙撃と散弾銃とで吹き飛ばしたところへ、Robin他の彗星雨やアウルの誘導弾が一気に敵を薙ぎ払う。
「びくとりぃー!」
ものの一分と掛からず敵を掃滅し。小梅が口紅を取り出し、壁ににゃんこマークを記して花丸を添える。
「アルくんはああ言ってたけど…… しっかりゲートコアの防備を固めていたみたいだね」
薙刀の刃を拭いながら陽花が呟いた。
「正直、そんな余力があるとも思っていなかったんだけど。結界内にも敵はいなかったし……」
進撃を再開する。
道中、浮遊する光球『ウィルオウィスプ』や幽霊型の『エインフェリア』と遭遇するもこれを撃退。前進を継続する。
傾向が変わったのはその次から。それまでの群れとは異なり、巨大な戦斧を持った牛頭の巨人『ミノタウロス』が単体で通路に立ち塞がる。
「数が減ると質が上がる、か。まぁお約束ではあるけどな」
「守りが堅くなった、ってわけだね。流石に簡単には進ませてくれな……ッ!」
言い終えるより早く振り下ろされた戦斧を真一と璃遠が跳びかわし。こいつは出し惜しみしている場合ではないか、と真一がポージング。温存していたスキルを解禁し、雷鳴の如き蹴りを放つ……
「あれ? 今までこんな狭い通路で戦ってたっけ?」
更に、人馬共に全身金属鎧の『不死騎』もどうにか倒して。ふと感じた違和感に縁は小首を傾げた。
「私たち、今、もっと広い…… 部屋みたいな所で戦ってなかった? 突撃と一撃離脱に散々手こずらされた気がするんだけど……」
「部屋? うーん…… 通路ならずっと一直線だったけど……」
夕姫の答えに、縁は確かに、と頷いた。頷いたが、何だろう…… 何か変な感じがする。
「とは言え、流石にコアまでは一直線ってわけにはいかないみたいね」
前方の空間を『見上げて』呟く夕姫。その視線の先には全長10mを越えんばかりに巨大な『ドラゴン』が羽ばたいていた。
「これは食べ応えがありそうなんじゃない、縁?」
「さすがの私でもこれは無理だよ!?」
完食は、と縁が答える前に声高く咆哮するドラゴン。敵の眼前で囮となるべく小梅が『光の翼』で飛び上がり。真一や夕姫たちが竜を地に墜とすべく翼へ攻撃を集中する……
「……なんかぁ、おじさんのサーバントっぽくないのぉ」
「確かにね。ラインナップがファサエルらしくない。明美さんのとも違うし……」
これまでに出会ったサーバントの中でも最強に近い竜種を倒して後。小梅と夕姫が違和感に喉を唸らせた。
とはいえ、自分たちに迷っている時間はない。今は一刻も早くコアに辿り着かないと。
再び進み始める撃退士たち。
再び現れた腐骸兵の群れを蹴散らし、光球を打ち払い、幽霊型を魔法で灼き、牛頭の斧を銃撃で叩き落し、不死騎を蛇腹剣で転倒させ、再びドラゴンと対峙する。
「……まさかの二週目と来たか」
「出現する敵の出方が先と同じ順番でしたね。何かが変なんですが……」
顔を見合わせる真一と璃遠。だが、襲い掛かられては戦わぬわけにもいかない。
「『クリスタルニャンコ』!」
小梅が生み出したアウルの猫型氷に「にー、にー」と集られ、倒れる竜。そこに撃退士の一人が走り寄り……
「『超絶速度様児戯非最恐怖片鱗舌鼓打剣技』(チョウスピードナンテモンジャナクモットオソロシイモノノヘンリンヲアジワワセルワザ……よし、今日も言えた)!」
と超高速の突きで敵の番が来る前にトドメを刺す。
「ホント、このクソ廊下はどこまで続くんだよ、ったく……」
2体目の竜種をまたどうにか倒し終えて。壁に背を預けながらラファル A ユーティライネン(
jb4620)がそう零した。
ふと気づいた悠奈がまじまじとその横顔を覗く。
「……ラファルさん、いましたっけ?」
「いたよ! 最初っから! 思い返してみろよ!」
「……すいません。何か思考に靄が掛かったみたいで……」
陽花もそれに同意した。……ここに入ってからもうどれくらいの時間が経ったのだろう? なんだかぼーっとしてよくわからなくなってきた。
「……もう何十時間もここにいる気がするね」
その日、何十枚目かの祖霊符を壁に張り付けながら、Robinは時計に視線を落とした。……案の定、ゲート内部に侵入してからもう『10分も』経ってしまっている……
「……よし。ご飯を食べよう!」
唐突に、縁が疲れの見え始めた皆にそう提案した。
「だけど、ここで余り時間を喰うわけには……」
「お母さんが言ってたよ! 急がば回れ、石橋は叩いて渡れ、って。……こんな時こそ、慌てず騒がず、だよ!」
直後、縁のおなかがぐ〜、と鳴って…… 撃退士たちは笑った。腹が減っては喧嘩も出来ねぇ、とラファルも壁際に座り込み。長期戦に備えて持って来た『想いチョコ』(LV50)をパキッと割って悠奈に差し出す。
「食うか?」
「そ、そんな大事なもの、いただけませんよ!」
「いいんだよ。孤立無援の戦場だからこそ、恋人の想いが必要なんだよ」
きょとんとして見返す悠奈。照れて赤面したラファルがそっぽを向きつつ、いいから食べろと押し付ける。
「ありがとうございます」
と、アルを思い出しつつ食べる悠奈。お弁当とお茶を持った縁がそれを皆に配って回る……
前進する。前進する……
繰り返し現れる腐骸兵を、光球を、幽霊戦士を、牛男を、不死騎を倒し……
「……3週目?」
「でもぉ、にゃんこまーくはなかったのぉ……」
「ホント、いつまで続くんだよ……」
疲れた顔で呟く真一と小梅。ラファルは長期戦に備えて組み替え用のスキルを4セット用意していたが、その3つまでをこれまでの戦いで消耗してしまっている。
三度目のドラゴン戦── 小梅の猫攻撃に耐え、ドラゴンが反撃のブレスを放ち。まともに喰らったラファルが「ぐあぁぁぁ……っ!?」と炎の渦に飲み込まれ…… 浮遊盾をかざしてどうにか耐え切った真一が、自身と、夕姫と、Robinと、小梅と、悠奈しか生き残っていない戦場に愕然とする。
「そんな、みんな……!」
「次発、来るよ!」
再び口中に紅蓮の炎を渦巻かせる竜に向かってRobinがアウルの逆十字を降り落とし。そのRobinを竜の炎弾が吹き飛ばす。
『重圧』に床へ押し付けられる竜の顔面に、足元から滑り込んだ夕姫がその口中に銃口を思いっきり突っ込み、ぶっ放し。皆の犠牲は無駄にはしない……! と吶喊した真一が、口中へ大口径弾を撃ち込まれて仰け反る竜の頭部を、炎渦巻く右拳で以ってぶん殴り、地面へ叩き付けてトドメを刺す……
「皆、仇はとったぜ……!」
マフラーを棚引かせながらはらり、と落涙する真一の横で。先のドラゴン戦で失われたはずの面々が普通に立っていた。……あたりまえと言った表情で。
「……おい、ちょっと待て。お前等、今、死んだよな? 復活の呪文とか無かったよな?」
「明らかに変よね。幾らゲートの中と言っても、時間や距離の感覚がおかしすぎるわ」
余りにあまりな現象に、不信感を抱いて唸る真一と夕姫。
たしかに、と縁は頷いて…… ご飯食べよう、と提案した。夕姫は冷静に、縁に「お腹が減っているか?」と訊ねた。縁はハッとした。そう言えばあんまりお腹は空いていない。手にしたお弁当に目をやる。持参したお弁当はただの一食も減っていなかった。
「俺のチョコも健在だ…… 確かに割って食べたはずなのに」
ラファルの言葉に小梅もハッとポーチを漁った。口紅は新品の様に欠片も減ってはいなかった。
「あたしも祖霊符を何枚も張ってきたけど減ってない。って言うか、そもそも一枚しか持ってない」
続けてRobinは指摘した。──先ほど倒した竜の死骸が無い。血の跡も焦げ跡も残っていない。ついでに言えば、そもそもこんな狭い通路で竜は飛べない。
「もしかして、罠に嵌ってる? 時間稼ぎをされている……?」
璃遠は沈思した。考えろ、考えろ、と心中で己に言い続ける。クールに、論理的に…… そう、小説の名探偵たちの様に!
(使ったスキルは実際に発動している。夢とかそういう類じゃない。ならば……)
「縁さん」
「なに?」
「ちょっと陽花さんのほっぺたを抓ってみてください」
「ええっ!?」
璃遠に頼まれた縁が何だか嬉しそうに陽花のほっぺをギュッと抓む。
「……痛だだだだ、ちょ、縁、痛い痛い痛いっ!」
「ですよね。今までの戦闘でも傷の痛みはあったわけですし」
「……え? じゃあ、私、抓られる必要なかったんじゃ……」
陽花の疑問には答えず、璃遠は全員に対して学園の出来事について質問した。
答えは全て璃遠の記憶に合致した。少なくとも『生き返った』皆がすり替わった偽者という事はない。
「使ったはずの物が減らず、死んだ者が生き返る…… そんな事、現実にはあり得ない。僕たちは全員、共有された幻覚に囚われているようです」
「なんだそりゃ。リアルな体感ゲームをやらされている感じか?」
「……サーバントか何かの能力でしょうか? それとも、何か幻覚を発生させるような謎の装置でも?」
Robinは夕姫とデジカメで周囲を撮影し始めた。感覚系の幻影であれば機械の目は誤魔化せないはずだ。
映像を確認する。モニタには25mプール程の広さのどん詰まりの部屋が映っていた。ゲートコアの横に男が一人、にやにや笑いながらこちらを見ている。──ああ、『写真に全く問題はない』。
「となると、認識のレベルから誤魔化されてる可能性が高いかしら……?」
「よくわかんなーい」
小梅はぶーたれると麗華と悠奈に解呪をおねだりした。結果、一瞬、ノイズが走ったような気がしたものの、小梅の視界は変わらない。
夕姫は眉をひそめると、突如、壁に向かって大型ライフルをぶっ放した。ビクゥッ! と驚く皆をよそに、弾着跡に手を当てる。
「感触もあるし、弾痕も感じられる。弾丸なんて火傷するくらい」
夕姫の言葉に縁が「え?」と声を上げた。
「そう、おかしいわよね。アウルの弾丸なのになんで残っているのかしら?」
幻覚であることを、撃退士たちは確信した。ラファルが皆に「力を貸せ」と呼びかける。
「この横の壁の一点を全員で攻撃するんだ。このループをブチ破る。ゲートのシステムをオーバーフローさせてやる」
そんな無茶な、と答える麗華に、夕姫はそれもアリだと頷いた。恐らくこの幻覚は『前に進む』意志を逆手に取ったトラップだ。ならば、それ以外の行動を取ってみるのも手ではある。
「行くぞ、お前ら! せ〜のぉ〜……!」
通路の煉瓦壁が崩れた。
同時に、撃退士たちを押し包んでいた闇も思考の靄も消え失せた。
「霧が晴れた気分だね」
璃遠が呟く。……霧の町に住むかの名探偵も、事件を解決した暁にはこんな気分だったのだろうか。
幻覚から出た空間は、25mプールくらいの広さの狭いどん詰まりの空間だった。中央奥にゲートコア──その傍らに、ウェーブの掛かった長髪の、黒髪の男が立っている。
「見つけたぜ!」
真一が叫ぶ。こいつが今回の黒幕に違いない。
「少ない労力でこちらの消耗と時間を稼ぐ…… 確かに効率的なやり方だったわね」
何者か、と夕姫は問うた。
男は屈託無く笑って答えた。
「僕かい? 僕はね…… 天使と人類の敵、って奴だよ」