「『第一の矢』清水班。結界内にて遭遇した市民の救出に成功しました。敵主力との接触維持には失敗。位置情報、ロストです」
「『第二の矢』笹原小隊より報告。『全車両、攻撃発起位置への移動を完了。遅延なし』」
学園転移装置付近の某室── 予備戦力として学生撃退士たちが待機するその控え室のスピーカーからは、前線と司令部の間でやり取りされる光信が途切れる事なく流されていた。
各戦域の状況を共有する為、緊張感を維持する為の措置であったが、戦況が味方有利ということもあり、そこまで切迫した空気はない。
「作戦は順調に推移しているようだね。何より何より」
「ったくよぉ。どうせならヘビメタかハードロックでも流しておけってぇんだ」
戦況報告を聞きながらホッと胸を撫で下ろして見せる狩野 峰雪(
ja0345)の横で。ソファーに身を沈ませながら、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はお行儀悪くテーブルに両足を投げ出した。
その足が落ちる寸前。テーブルに広げられていたお菓子とペットボトルを葛城 縁(
jb1826)が慌てて回収し。ホッとしたのも束の間、掻き抱いた拍子に自ら粉々にしてしまった感触に素っ頓狂な悲鳴を上げる。それを一筋の汗と共に気の毒そうに見やる永連 璃遠(
ja2142)。黒井 明斗(
jb0525)は縁の慟哭(そう、慟哭である)に眉をひそめつつ、騒動の原因となったラファルに咎めるような視線を送る。
「このまま終わっちまうんじゃないだろうな? 倒す敵が残ってないとか勘弁だぜ?」
『委員長』の視線を気にも留めずに零したラファルの懸念に、背筋を伸ばした姿勢で腰掛けた雫(
ja1894)が、本の頁を捲って答える。
「流石にそれは無いかと。このまま作戦が順調に推移した場合、予備戦力は恐らく全て対天使戦に投入されるでしょうから」
天使、と聞いたラファルは萎縮せず、むしろ嬉しそうに己の手の平を拳で叩き。
「…………」
鈴代 征治(
ja1305)は無言のまま、改めて同班になった学生たちを見やった。
「大丈夫だよ、縁! ポテチは粉々になってもポテチだよ!」
「って言うか、粉々でも結局きちんと平らげるんでしょ? 胃に入っちゃえば同じよ。カロリーは」
さめざめと泣く親友を慰める彩咲・陽花(
jb1871)と、クールにツッコむ月影 夕姫(
jb1569)。白野 小梅(
jb4012)は暫くの間はおとなしくちょこんと座ってドーナツを食べていたが、食べ尽くすとすぐに何か面白いことを探して室内の探索を始めてしまった。よそ様の班の迷惑にならぬよう、明斗がまるでおとーさんの様に小梅の後を追い…… 胃薬を水で流し込む峰雪と視線が合った征治征治は互いに気まずそうに頭を下げる……
そんな弛緩した雰囲気は、骸骨銃騎兵200騎からなる敵の主力が撃退署主力を急襲した、との報が流れた瞬間、一変した。
一瞬で真剣な表情になる撃退士たち。喜色を浮かべて飛び起きるラファルに、パタリと本を閉じる雫。控え室に飛び込んで来た実務教師が学生たちに転移装置への移動を命じる。
「撃退署の主力?! そんな所にまで敵は突出してきたの?」
「奇襲を許してしまうとは…… いや、この場合、奇襲する隙を生じさせた敵を賞賛すべきですか」
ディメンションサークルに移動しながら地図を取り出し、彼我の状況を赤ペンで書き加える夕姫。小梅を抱えたままの明斗が急いでその後に続く。
「いよいよ相手の主力と刃を交えるわけだ。ようやく。ようやくここまで来ましたね」
転移に備えて整列しながら、璃遠は感慨深く呟いた。今度は『砦』も『城壁』もない。敵はその性能を向上させ、数も多く、味方の機先を制している。だが、例えそうだとしても──
「ここで味方主力を──志を共にする多くの仲間を失うわけにはいかない」
征治の言葉に、撃退士たちは頷き、軽く拳をぶつけ合う。
「なに、いつも通りにやればいいさ」
年長者として、若い皆を安心させるように峰雪。「よぉ〜し、頑張っちゃうぞぉ!」と、小梅がぐるんぐるんと腕を回す……
●
転移が完了した瞬間、戦場の冷たい風がたちどころに肌から温みを拭い去っていった。
灰色の空。どこかの高速道に面しただだっ広い駐車場── まず感じたのはガソリンが燃える臭い。燃え盛るバスが燃料に引火し、盛大に爆炎を噴き上げる。
「戦場だ……」
誰かが呟いた瞬間、一斉に銃声が鳴り響き。耳元を銃弾が掠め飛ぶ甲高い音に、撃退士たちは一斉に身を伏せた。戦場前方、味方に合流すべく移動しつつ射程外から騎射をしかけてくる敵縦列── 彼等の向かう先、こちらから見て左前方には敵が集結しつつあり、移動中の騎兵を支援する為かそちらからも激しい銃撃が撃退士たちに浴びせられる。
「殆どズレ無くどんぴしゃだ。転移装置のスタッフたち、良い仕事をしましたね」
「良い仕事過ぎて鉄火場のど真ん前だけどね…… まぁ、人生にはこんな皮肉、戦場以外にもごまんとあるさ」
皮肉を言い合い、苦笑する璃遠と峰雪。その傍らを、縁は前線側へ──盾を抱えてしゃがみ込んだ夕姫の所まで這い進んだ。それに気づいた陽花が襟首を掴んで盾の陰へと引っ張り込み。縁は礼を言いながら夕姫の背に乗り、『テレスコープアイ』でそっと戦場の様子を窺う。
「……10時方向、距離約50に骸骨銃騎兵。中隊規模、陣形転換中! 2時方向、距離約50に撃退署員……60人以上、負傷者多数!」
縁は見た。銃弾の飛び交う中、自らの危険も顧みずに血塗れの負傷者を引き摺る署員を。彼らの前に盾の壁を築き、耐え忍ぶ皆の姿を。
縁はグッと奥歯を噛み締めると突如立ち上がり、署員たちに両手を振って大声で味方の来援を告げた。驚いた陽花が慌ててそれを引き戻し、集中する銃火を夕姫たちが受け凌ぐ。
「縁、落ち着いて……!」
「助けないと! 奇襲を受けた署員の皆はまともに応戦できる態勢にない。あの状態で騎兵突撃なんて受けたら、全滅しちゃうよ!」
宥める陽花を振り切る様に、縁は勢い込んでそう訴えかけた。敵はもうじき突撃態勢を整える。その前に何とかしないと……!
「しかし、その為にはこちらも全力移動で敵に近づく必要があるぞ……!」
学生撃退士の一人が蒼い顔して反駁した。──その間、自分たちは無防備に敵の銃撃を浴びることになる。しかも、敵の数は180体以上。こちらは30人しかいない……!
「確かに、能力はともかくあの数は脅威ですね。ですが……」
「ああ。何か問題でもあるか?」
事も無さ気に言い切る雫と征治。ここで同志を失うわけにはいかない── 征治の覚悟は既に転移前に表明済みだ。きのこの様にしゃがみ込んだ小梅も良く分からないままコクコク頷く。
「『兵は拙速を尊ぶ』って、お母さんもそう言ってたよ! 確かに今の状況は神速ではなく拙速だけど、それを尊ぶならそれは今だよ!」
味方を説得すべく熱弁を振るう縁。夕姫は陽花と顔を見合わせた。前から思っていたけれど、縁のお母さんって、いったいどんな御人なのだろう……?
「『砦』戦の頃と比べて銃兵の射程は延びているようだけど、威力の方はそこまで劇的に上がったというわけではなさそうだ」
「大丈夫ですよ。敵数180あると言えど、敵は密集隊形に転換中。味方が射線の邪魔になる以上、その全力を発揮できるわけじゃありません」
璃遠と明斗がそう説明をすると、他の学生たちもようやく方針に賛同してくれた。
征治と雫は頷いた。
「では、これより僕ら学生撃退士たちは、敵骸骨銃器兵に対して一丸となって側面突撃を敢行する」
「敵が態勢を整える前に一当てして相手の足並みを乱します。後、撃退署員たちと合流。組織的撤退を促します」
方針が決定すると、陽花は戦場に狼竜──フェンリルを召喚した。まず、被弾せぬよう伏せを命じ。その頭を撫でつつ続けて指示を出す。
「さて、そうと決まればまずは気合を入れようか。フェンリル。『ブレイブロア』、お願いなんだよ♪」
主の命に応じ、狼竜が咆哮を上げて味方の戦意を昂らせた。議論に加わらずただ突撃の時を待っていたラファルがその瞳をますます爛々とさせる。
「僕たちで戦場に風穴を空ける! そして、全員で生きて帰る!」
征治の激に、撃退士たちが意気込み、応じる。
(若いねぇ)
峰雪は内心で呟いた。……だが、まぁ、そんな青さも最近はそんなに嫌いじゃない。こびりついた価値観は、そうそう変えれはしないけど……
●
撃退士たちの左前方に集結した骸骨銃騎兵は、横列縦隊への陣形転換をほぼ完了しようとしていた。
鈍い光を放つ錆びた兜、風孕んでたわむ擦り切れた赤いマント。一列に並んだ銃剣の穂先── 銃の被筒に結び付けられた旗を風に棚引かせ、前線指揮官役の骸骨が前方の目標へ向けて突撃の指示を出し──
それが実行に移される寸前。鬨の声を上げながら撃退士たちが突っ込んだ。
まず最初に射掛けたのは、夕姫ら長射程武器を手にした面々。射程に入り次第、立射のまま敵陣に銃撃を浴びせかけ、櫛の歯を欠く様に騎兵たちを撃ち減らす。
その支援の下、全力移動で突撃を継続する撃退士たち。敵は各横列の分隊長たちが右翼──南側の骸骨銃兵たちに各個に射撃を命じるも、横列縦隊であるが故に、側方より迫る学生に対して全体としての対処は数拍遅れた。
それでもどうにか銃列を整え、迫る学生たちに銃口を向ける。
「あ、まずい」
それを見た峰雪は味方前衛の陰に身を潜めた。直後、銃声が戦場に轟き、全力移動中の無防備な群れに一斉射撃が叩き込まれる。
「勘弁してよ。こちとら打たれ弱いんだから」
被弾し、倒れた味方の間から、這い進む様に立ち上がる峰雪。撃退士たちは怯まない。銃手の縁を庇うように薙刀を持つ手を広げ、狼竜と共に駆け行く陽花。だが、そこへ再び骸骨たちが銃を構え……
「さぁせるかあぁーーーっ!」
寸前、敵隊列を範囲攻撃の射程に捉えた征治が『コメット』を発動させた。
味方上空に生み出される多数のアウルの彗星群。明斗をはじめ他のコメット持ちが手を天にかざしてその生成に次々加わって…… 号令と共に振り下ろされた手に従うように、宙を斜めに切り裂きながら敵陣へと落下を始める流れ星。豪雨と化した流星群が敵中へと降り注ぎ。あちらこちらで着弾しては炸裂の華を咲かせつつ、周囲に破片と破壊の猛威を撒き散らす。
「相手の数はこちらの三倍…… ここまで差があると細かい狙いをつけなくても当たってくれますね」
天を切り裂き降り注ぐ流星雨という黙示録な光景を無感動に眺めながら、雫は他の仲間と更に前進。生成した影の刃を混乱する敵の只中へと投射した。より射程の短い近接火力の範囲攻撃── 雫たちはまず数を減らすことにした。『重圧』に頭を押さえつけられた敵へ向け、まるで蝶の群れの如く宙へと放たれる影刃の瞬き── 既にダメージを受けていた骸骨騎兵の集団がその雲霞に飲み込まれ、血飛沫と骨片を撒き散らしつつ地面へと打ち倒される。
撃退士たちは敵陣に到達した。混乱した敵からは組織だった反撃もなかった。倒れた骸骨たちに得物を振り下ろし、トドメを刺していく撃退士たち。璃遠は足を止めずに疾走すると、跳ぶ様に残敵へと突撃した。周囲の味方を纏めて隊列の再興を図る敵の分隊長が気づくがもう遅い。周囲の銃兵たちが銃口を向けるより早く分隊長の眼前へと跳躍する璃遠。空中でクルリと回転しながら赤き刃を煌かせ。敵の背側に抜けるやジグザグに回避行動を取りつつ離脱。残置された分隊長が手にした銃剣の旗たはらりと地へ切り落ち。遅れて横にずれた骸骨の頭がどさりとその上に木の実が如く落下する。
この時点で、敵陣の南半分が実質的な戦闘力を喪失していた。ただ一度の突撃で、撃退士たちはそれを成し遂げた。
敵は戦力を二つに分けた。損害の少なかった北側の骸骨たちにはその場を離脱させ、陣形の再編を図らせた。残された南半分は、離脱できそうなものは合流を。そうでない者はその場に残して牽制の為の捨石とする。
「残敵掃討は不要です。敵が突撃を再興します。我々は敵と署員の間に割り込み、防衛線を構築します」
散発的に戦闘が続く中、明斗は周囲の学生たちを纏めると、一隊を形成して離脱した敵と署員たちの間に移動した。
雫は治療スキル持ちの撃退士たちを集め、負傷者が多数いる撃退署員たちの所へ向かった。自らも治療に当たりながら…… 雫は、署員の戦闘力と呼べるものが既に失われていることを確認した。個人としての戦力はまだ生きている。が、組織としては既に戦える状態ではない。
「我々がこの場を支えます。その間に皆さんは後方に撤収してください」
治療の手を止めずに雫が告げる。アウルの光を纏った手を負傷者の傷口へかざすと、苦しげにしていた負傷者の表情が穏やかになった。
「君たちだけで大丈夫か? 敵はこちらの三倍はいるぞ」
「何とかなるでしょう。既に約半数は散り散りにしましたし」
事も無げに告げる雫に驚く署員たち。まぁ、それでもまだこちら(学生)の三倍いますけど── との内心は出さずに秘めた。先の戦果は範囲攻撃の最大火力で得たものだった。それが消耗した今、残る半数を撃滅するにも先と同じとはいかないはずだ……
「横列陣形! 盾を持っている者は前衛で防御姿勢を取ってください。射撃、魔法攻撃の出来る者は盾の隙間から攻撃を!」
周囲に指示を出しながら、明斗は自らも前に出た。傍らには騎兵槍を手にした征治。璃遠は得物を閃破に持ち替え、一旦、後衛組に入った。敵味方入り乱れる乱戦下、やはり消耗は少なくない。
再編を終えた敵は、十分な加速を得た後、その矛先をこちらへ向けた。
更なる加速をしながら一直線に突っ込んでくる敵騎兵の群れ── 後衛で散弾銃を手に待機していた縁がふとその視線を横へと動かし。土塁の上に出て来た明美に気づいた。
「あーーーっ!?」
「ちょっと、縁、いきなり大声…… あーーーっ!?」
咎めようとした陽花も気づいて大声を出す。夕姫も同様に驚いたが、先に陽花が驚いてくれたので大声は上げずに済んだ。
「土塁の上に赤いコートの明海さん! 他にはいつもの4本腕と、騎兵が4体。それと、白いおっきな狼と骸骨1体!」
『テレスコープアイ』で確認し、縁が皆に報告を入れる。
「うっ、あのおばさんの方の対応に行きたいところだけど、大量の騎兵も放っとくわけには……」
陽花が逡巡していると、行ってください、と璃遠が言った。
「行ってください。こっちは僕たちで何とか抑えます。骸骨たちの指揮が混乱してくれれば、こちらもやりやすくなりますし」
僕にとってもあのシュトラッサーは気がかりだけど、ここは皆さんに譲ります── 璃遠の配慮を、陽花はありがたく頂戴することにした。
その場で即席に班を分ける。明美の所へ向かうのは、夕姫と陽花、縁の三人娘に、小梅にラファル、それから峰雪の6人。残りの学生撃退士たちは全てこの場で銃騎兵たちに対する。
「最初の突撃をやり過ごしたら、仕掛けよう」
陽花の言葉に撃退士たちは頷いた。突撃前に移動を始めれば目標をそちらに変えられる恐れがある。
迫る鋭鋒。喚声も何もない無言の突撃── 感情も何もない幽鬼の群れに呑まれそうになる撃退士たち。察した征治が声を張る。
「怒声を上げ続けろぉ! 敵を呑めぇ!」
ハッとし、腹から喚声を上げる学生たち。横一列に並んで迫る敵が一斉に銃火を放つ。
悲鳴と、盾に弾が弾ける金属音── 続け様、その表面に突撃してきた敵がぶち当たって来た。火花と破片、軋む盾の壁── 一部の敵は地を跳躍し、盾壁を飛び越えて後列に飛び込まんとする。
「さあ、僕はここにいるぞ! かかって来い!」
征治は『挑発』で敵を己に引きつけつつ、頭上に振り構えた騎兵槍を振り下ろし、飛び越えようとした狼を骸骨ごと地面へ叩きつけた。ぐしゃりと砕ける骨の音。水を撒けた様な音は狼が発したそれか。
だが、敵の第二列は間髪入れずに突っ込んできた。零距離射撃、からの突撃、跳躍── 混乱する後衛にあって、璃遠も銃手や術士を守るべく敵へと踊りかかる。混乱した盾の壁がたわみ、今にも崩れかからんとする。
「これ以上は…… させません!」
押しかかる敵を逆に押し返す勢いで── 明斗はそう叫びながら、その身を崩れかけた盾壁の間隙に押し込んだ。敵が突っ込んでくるより早く白銀の槍を突き入れ、敵の突撃を遮断する。征治もまた騎兵槍を横へとぶん回し、狼に乗った騎兵を数体、纏めて鞍上から叩き落した。
「行ってください!」
術者に切りかからんとする敵に抜刀衝撃波を浴びせつつ、璃遠は改めて陽花に叫んだ。
小梅は魔女の箒に跨ると『光の翼』で上空へと舞い上がった。北へ向かって移動しながら、眼下の戦場を確認する。──敵は隊を二手に分けた。その為、戦場の一部に密度の薄い部分が見て取れた。
「ニャンコ爆弾投下ぁ」
その上空を通過しつつ、にー、にー、と箒から降り落とされる猫型アウル。まるで爆弾の様に舞い下りたそれが骸骨騎兵に襲い掛かる。
「そっちが手薄なんだね。うん、私の見立てと同じだよ!」
呟き、『テレスコープアイ』を解除して、縁は散弾銃にジャコン! とアウルの銃弾を装填した。出来得る限り身を屈めて突進し、小梅の『爆撃跡』をなぞるように貫通弾をぶっ放す。ボッ、という音と共に、円形に骨を砕かれ落馬する骸骨騎兵たち。数弾それを繰り返して突撃路を開拓すると、縁は陽花にバトンを渡す。
「陽花さん!」
「行くよ、フェンリル!」
縁と入れ替わるように前に出つつ、狼竜に『ボルケーノ』を放つよう命じる陽花。咆哮と共に爆発的なエネルギーが前方へと収束し、見えざる衝撃波が波頭と化して骸骨を吹き飛ばし、狼を押し潰す。
押し開かれる進撃路。そこに夕姫が先頭に立って突っ込んだ。爆発痕を駆け抜けながら、進路に迷い込んだ敵を布槍で絡め取って放り投げ。引き戻して槍状にしたそれで以って狼の横腹を突き崩す。左右にアウルの刃をばら撒きながら、その跡について駆け抜けていく峰雪。ラファル、陽花と続いて殿に立った縁は、敵中を抜けた所で振り返り、追ってくる敵へ向かって『バレットストーム』をばら撒いた。激しい弾幕に敵が逡巡している内に、その砲煙に姿を隠してその場を去る……
一方、空中を行く小梅は、一足先に敵本陣へと辿り着いた。
明美の指示に従い、無感情にその後ろに下がる骸骨指揮官。白狼もまた後ろに下がると、欠伸をしながら地面にしゃがみ込む。
小梅は後方を確認して味方の後続を確認すると、一足先に攻撃を仕掛けた。とにかく騎兵たちの指揮をさせないようにプレッシャーをかけないと。
「おばちゃんには負けないもん!」
小梅はびしぃっ! と指を差すと、空からアウルのにゃんこをダイブさせた。明美の前に進み出た4本腕がその爆撃を盾で受け。ワンドを振りかざして魔力弾を小梅に放つ。小梅は交戦しつつ徐々に後方に下がっていき…… 十分に明美から4本腕を引き離したところで明美の背後へ『瞬間移動』した。
「必殺、変顔攻撃〜!」
「ふががががっ?!」
背後から明美の頭部へ組み付き、両手の人差し指を口に引っ掛け、両端にびよ〜んと引っ張る。
「あははははっ、どう? 相手に変顔を強いつつ、口で命令を出せなくするという必殺技だよ!」
「ふがっ!?」
笑う小梅の眼前に、4本腕の顔面がどアップで突きつけられた。
(あ。これ、冗談が通じないタイプの人(=骸骨)だ)
瞬間的にそれを察し、小梅の笑いがひたと止まる。4本腕は小梅と同様、瞬間的に距離を縮めてきた。瞬間的に味方を防御する──そう言ったスキルか能力なのだろう。
「ん。やっぱりまずはあの色んな意味で邪魔な骸骨をどうにかしないとだね。後ろの狼も気にはなるけど……」
槍につつかれ「きゃー!」と小梅が上空へ逃げる間に、後続した陽花がそう見立てた。
ぐりん、と振り返る4本腕。銃剣を構えて飛び出して来た4体の銃騎兵たちは、だが、直後、燃え盛るアウルの劫火に呑み込まれた。
「取って置きの『アンタレス』だよ。……シュトラッサーは範囲外? まあ、4本腕と騎兵4体を巻き込めただけ上出来だよね」
ぜーぜーと荒い息を吐いて『見せ』ながら、ちょっとドヤ顔『気味』に峰雪。広範囲を覆った爆炎を、だが、銃騎兵たちが抜けて来て。それを後方から夕姫が大型ライフルで狙い撃ち。空中で被弾したそれが砕けて落ちる。
「縁! 4本腕に攻撃集中!」
「らじゃー!」
土塁の上に辿り着いた縁と共に、激しい銃撃を浴びせる2人。峰雪は残った銃騎兵に三日月の刃を放ちつつ後ろに下がり。ラファルはニヤリと笑いながらその場で足を止め。『リアクター』から噴出し始めたアウルの奔流をその身へと纏わせ始めると同時にその四肢を『機械化』させる……
4本腕は銃撃を盾で受け弾きつつ、夕姫と縁の2人に魔力弾を浴びせ掛けた。それを誘引するように後ろに下がる夕姫と縁。陽花はその隙を狙って、明美の後方、後衛に控えた骸骨指揮官を討つべく一気に肉薄し。だが、直後、一気に距離を詰め戻って来た4本腕に間に入られ、「わわっ!」と慌てて距離を取る。
(明美だけでなくあちらも守る、か。でも、『護衛対象』たちから一定以上の距離は離れられないようね…… 後は、『護衛』能力が複数を同時に対象に取れるのか、それとも、優先順位が存在するのか……!)
夕姫はそう当たりをつけると、距離を保ったまま左回りに回り込みつつ、今度は明美に対して銃撃を放った。瞬間的に立ちはだかり、それを盾で受け弾く4本腕。瞬間、再び距離を詰めた陽花が骸骨指揮官に切りつける。4本腕は……来なかった。確信を得て夕姫は立て続けにアウルの銃弾を送り込む。
「クックックッ…… 待たせたな。ここまで温存してきた全てのアウルを解放する…… 頭を潰して後顧の憂いを断つぜ。天界にもお前にも恨みはねーが、まあ死んどけ」
アウルのオーバーロード『VMAX』。及び格闘形態『ラファルタイタス』── 自己強化を終えたラファルがその身に膨大なアウルを纏わせながら地を蹴り、明美へと突進する。その勢いに、思わず明美の真っ赤なコートから8つのファーが分離して宙を舞い…… 瞬間的に割り込んだ4本腕がその眼前に立ち塞がる。
「あ? 邪魔する気か? だったら手前ぇからぶんバラす!」
キンッ! とラファルの瞳術が開かれ──4本腕の動きを予測し、己の動きを最適化する。
「見えた」
鮫の様に笑いながら、ラファルは太刀で切りつけた。槍を持った腕──夕姫の銃撃によりヒビが入れられていた──を一刀の元に切り飛ばし。最適化された動きで以って引き戻した刃を突き入れる。
敵は腕を立ててそれを受けた。……いや、腕の骨と骨の隙間に刃を通し、絡め取った。
(カウンター!?)
折られる前にラファルは魔具をヒヒイロカネへと戻した。再活性化するまでの一瞬の隙。間を詰めた4本腕の前蹴りがラファルを強かに蹴り飛ばした。
●
浴びせ掛けられた激しい銃撃が、自身の身体を掠め飛ぶ── その様な銃弾の豪雨の中にあって、璃遠は『逆風を行く』が如く、怯まず、敵へと駆け抜けた。
右へ、左へ、蛙跳びの様にかけながら、一直線に距離を詰める。目標は敵騎兵の前線指揮官、分隊長── 璃遠は速度を落とさぬまま狼上の骸骨に組み付き、直刀でその首をねじ切りつつ蹴り落とし。飛び乗った狼にもその刃を突き落とす。
分隊長を倒された騎兵たちは仇──ではなく、直近の敵たる璃遠へその銃口を向け…… 直後、横合いから放たれたエネルギーの奔流に薙ぎ倒された。
そのエネルギーの射手、征治に向けて、周囲の騎兵から騎射が浴びせ掛けられる。征治は瞬間的に活性化したワイヤーを左腕に巻きつけると、その『籠手』でもって銃弾を受け弾いた。腕を振ってワイヤーを消し、銃弾を振り落とし。敵へと突進して距離を詰めながら再び『封砲』を撃ち放つ。
「今日の僕は大盤振る舞いだ。よーっく味わえよ!」
空になるまでアウルのエネルギー波を浴びせかけ…… その日、何度目かの突撃を終えて敵は後退していった。
突撃の度に敵はその数を減らしたが、こちらもまた負傷者を多く出した。彼らの多くは撃退署員と共に後方へと下がらせた。残りは数えられるほど…… だが、その甲斐はあったと言える。
「署員たちの撤収は……?」
「戦場からの撤退、という意味では、終了しました。もっとも、まだ帰還を完了したわけではありませんが」
署員たちの応急処置を終え、戻って来た雫が征治に答える。
「敵は突撃の継続を諦めたようだ。指揮官の判断か、或いはそれが無い為か……」
「まだ終わったわけではありません。あのシュトラッサーが、或いは白狼が。残存兵力を結集し、撤退中の味方に追撃を掛ければ、大損害は免れ得ません」
死地にある兵は死に物狂いで抵抗する。だが、撤退中に攻撃を受ければ、一度、生還する可能性を見出してしまった兵は、とてもじゃないが死力を尽くすことはできない。
「逃げ惑う人の群れなど草を刈るようなもの…… 私なら、ここで何かを仕掛けます」
雫の言葉に、明斗は頷いた。雫の危惧は正しい。正しいが…… 頷きつつ、明斗は思う。明美は、既にこの時点で、自身の目的は達成してしまっているのではないか?
「すみません、ちょっとここをお願いします」
明斗は雫にそう言うと、北へ向かって走り出した。
土塁の上では、まだ激しい戦闘が続いていた。
「悪いけど潜行させてもらうよ。回復支援は任せてくれていい」
4本腕の棒から怪光線を放たれて、峰雪は己の気配を消すとスッと土塁の陰まで下がった。
上空を舞いながら、振り落としたにゃんこ爆弾で最後の銃騎兵を討ち果たす小梅。陽花は縁の銃撃支援の下、薙刀で骸骨指揮官の片腕を切り飛ばしつつ、狼竜に『ブレス』を放たせ腰骨を粉々にして止めを刺す。
「サイバー瞳術、『蛇輪眼・万華鏡』!」
ギンッ! とラファルの瞳が見開かれ、一瞬、4本腕の動きが遅れた。直後、小梅が呼び出した『異界の呼び手』がその身体を拘束し。布槍をバッと宙に広げて4本腕の視界をブラインドした夕姫が、その布ごと拳を突き入れ『神輝掌』でぶん殴る。
「離れて、夕姫さん!」
そこへ放たれた縁のアウルの散弾が4本腕の各部の骨を削り…… 遂に耐え切れなくなった足首の骨を打ち砕く。
「もらったぁ!」
そこへラファルが4本腕を飛び越え、明美へ一撃すべく肉薄し。直後、最後の力を振り絞って明美を庇った4本腕が力尽きる。
ラファルはそれを振り返りもせず明美を屠るべく突進し……
直後、降りかかってきたコメットにその攻撃を阻害された。
「時間稼ぎは十分です。こちらの引き際です」
「ふざけるなよ、お前! 今……!」
そのコメットを放った明斗に文句を言いかけた直後、ぷしゅ〜、とアウル切れになるラファル。再使用は可能だが…… どうにもケチがついちまった。イライラしつつその場を去る。
「……おばさんとはこれまでにも良く会ったけど、こうしてまともに対峙したのは初めてな気がするね」
得物は仕舞わず、故に戦闘中という態は維持しつつ、陽花は穏やかな声で明美に告げた。
「『砦』で戦っていた時の貴女は決してこんな無茶はしなかった…… それがこんな所まで突出して来たって事は……」
夕姫はそれ以上は言葉にしなかった。『第二の矢』笹原小隊が、結界突入と同時に大勢の避難民たちと遭遇した事は既に連絡が入っていた。
「あなたたちもね。ファサエルから西からも敵が来たとの連絡があったわ。あんな退路も無い場所に本命を仕込んでいたなんて。流石に予測してなかったわ」
明美の言葉に、縁たちは何も答えなかった。ちなみに『第三の矢』が遭遇したディアボロについての情報は、何かに妨害でもされているのか『誰にも届いてはいない』。
「ここで討たないのなら…… 私はもう戻るわね。私のすべき事はもう何も残っていないけど…… 一度は引き受けた仕事だものね。最後まできちんと果たしてみるわ」
明美はそう言うと白狼に指示を出し…… 身を起こした白狼は明美を背に乗せ、狼たちに──その背に乗った骸骨ごと──戦場からの撤収を命じた。
またね、とそれだけを告げて。明美は戦場から去っていった。
●
「退いてくれましたか」
吼え声に応じて戦場を離脱していく銃騎兵たちを見送り、雫はホッと息を吐いた。征治もまた騎士槍を地に置き、疲労困憊の身を座らせる。
追撃を選択されていたら、正直、どうしようもなかった。その時には決死の覚悟で阻むつもりではいたが……
「すると何ですか? あの徳寺明美ってシュトラッサー、わざと人間を逃がしたりとかそういうことをしていたのかい?」
全てはあの人の思惑通り── 夕姫の説明を受け、驚く峰雪。証拠はありませんけどね、と呟きながら、だが、明斗にはそれが事実であろうという確信がある。
「明美さん、まだ『人類の敵』を続けるのかな?」
「あの口ぶりだと、そのつもりみたいだね」
縁と陽花の呟きに、小梅が「えーっ!?」と不平を洩らす。敵を続けるなら叩き潰せばいいさ、と割り切るラファルに首をブンブンと振り、皆が幸せじゃなきゃ嫌だと子供らしい、だが、正直な意見を述べる。
「じゃあ、あの人は、ただ敵として憎まれながら討伐されるつもりなのか? 気の毒なことではあるが……」
「せめて私たちは覚えておきましょう。あの様な『裏切り者』がいたという事を」
峰雪と夕姫の言葉に涙ぐむ小梅。その肩を璃遠がポンと叩いた。
「確かに、この結末はあのシュトラッサーの思い通りなのかもしれない。でも、僕たちは自分の意志でここにいるんだ。決して相手の用意したレールの上を走っているだけじゃない。その事を、あの赤いコートのおばさんに見せてあげないとね」