いったい、あのクラゲの何がそんなに気になるのか──
谷間を飛ぶクラゲを追いかけ、峰の陰を走りながら。ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は松岡に問いかけた。
「……確証がなければ口に出来る内容じゃない。現場を混乱させるだけだしな」
松岡が言う。だが、確証を得る為にはアレと戦う必要がある。が、戦えば、天使に『第三の矢』の存在を露見させる事にもなりかねない……
「目立たぬように移動しているのだとすれば、そこに何か理由があるのかも……」
「……状況を鑑みると、強襲用の個体になるのかな? 複数規模で奇襲を受けたら、現場は相当混乱するだろうね」
永連 璃遠(
ja2142)と天羽 伊都(
jb2199)は、それでも戦闘に賛意を示した。千葉 真一(
ja0070)もまた「アレを素通しして好い事になるとは到底思えないな」と賛成する。
「ベテランの勘、って侮れないと思うんだよね。って言うか、気になったのなら、確認してみないと始まらないよね」
「そうそう。後で困る事になっても嫌だし…… さっさと倒してしまえば問題はないってことで」
要は一体も逃がさなければよいだけのこと! と葛城 縁(
jb1826)と彩咲・陽花(
jb1871)が頷き合う。手早く、確実に敵を殲滅することができれば、他に洩れる可能性は低くなる。
その友人2人にクルリと振り向かれ。月影 夕姫(
jb1569)は微苦笑を浮かべた。
「退路がないからこそ、些細な懸念でも取り除いておくべきだと思うわ。私も」
夕姫の同意に喜ぶ縁と陽花。と、松岡は何も意見を言わずに難しい顔をしている白野 小梅(
jb4012)にふと気づく。
「どうした、白野? あのクラゲに対して何か意見は?」
声を掛けられた小梅は真面目な顔で腕を組んだ。
「ん〜、クラゲっていやしけーとか言うけどぉ、あんまりかわいくないねぇ」
一瞬の沈黙の後。その『意見』に皆の表情が緩んだ。確かに、音もなく舞う様は優雅なものだが、それもあそこまで大きくなるとグロテスクでしかない。
「……では、我々はあのクラゲたちに殲滅戦を仕掛ける。ラファルもそれでいいな?」
「勿論。このラファル様がむざむざ獲物を見逃すかってーの。アレが到着しなかった時の天使の落胆振りを想像しただけで、背筋がゾクゾクして思わずイッ……」
「わー! わー!」
声を上げてラファルの言葉を遮る撃退士たち。耳を塞がれた小梅がきょとんとした顔で小首を傾げる。
「よし! では、これより攻撃態勢に移行する。総員、全力で……」
「全力でこれを殲滅するぞ!」
松岡の言葉を奪って、真一。撃退士たちが応と声を上げる。
小梅はてこてこと勇斗に歩み寄ると、戦闘になったら少しの間、人型を押さえて欲しいと頼んだ。
「いいけど…… 何か意図が?」
「うん。あのね、サーバントの記憶ってどんなのかなぁ、って」
●
敵の進路上へと先行し、撃退士たちは戦闘準備へ入った。
伊都たち近接戦闘組は、伏撃の為、谷底へ向け移動を開始した。遠く空中を泳ぎ来るクラゲを時々見上げながら、覚られぬよう注意しつつ木々の間を抜ける真一。小梅は勇斗と共に伏撃地点へぴょんと飛び込み。璃遠もまた木々の間に身を隠すといつでも闘気を解放できるよう準備しながら、迫り来るクラゲとの距離を測る……
「うぅ、こうしてアップで見ると、クラゲってぐねぐねうねうねして……」
斜面中腹の木の陰から遠目に『テレスコープアイ』で敵を観察しながら、げんなりと呟く縁。その頭を慰めるように撫でる陽花の表情も暗い。どさくさに紛れてべたべたしようとしていた勇斗が「小梅ちゃんに持っていかれたぁー!」からだ。
「縁、陽花。もう少し奥へといける? 縦深を深めに取れば、初撃で落ちなかった場合の追撃が楽になるわ」
そう指示を飛ばした夕姫は、大型ライフルを手にもう一方の斜面に陣取っていた。同じ側の斜面にはラファル。間もなく始まる戦いにその身を高揚に震わせている。
「うぅ、夕姫さんの鬼っ娘……」
「何か言った?」
聞き流しつつ、夕姫が松岡を振り返り、訊ねる。
「遠目だから、ってことでしたけど…… こうして近くまで来て分かったことはあるかしら?」
松岡は沈黙する。ただ、その表情の憂いが濃くなったように夕姫には感じられた。
「……カウントダウンをお願いします」
それ以上何も聞かず、夕姫は攻撃開始の号令を松岡に委ねた。迫るクラゲに伏兵に気づいた様子は見られない。山間の空中を進むクラゲが斜面に陣取った夕姫たちの真横に入る。松岡は光信機のマイクに指をやり…… 攻撃開始の指示を発した。
「よっしゃあ! がっつり確実に殺(と)りにイくぜぇー!」
口火を切ったのはラファルだった。周囲の草木を圧する砲声。木々の間から噴き出すアウルの砲炎── ラファルが背負った『四連装高射砲』から放たれた4発の『砲弾』がクラゲの周囲で炸裂し、その飛行能力を奪い去る。
タイミングを同じくして。倒れた木の幹の上に大型ライフルを保持した夕姫が立て続けにアウルの大口径弾をクラゲに叩き込み。反対側の斜面では、高速召喚した馬竜──スレイプニルに飛び乗る陽花の横で、膝射姿勢をとった縁が小梅から借りた狙撃銃を狙い澄まして発砲する。
「『マーキング』、成功。これで相手がどこに行っても10分間は追跡できるよ」
光信機のマイクに、縁。ドンッ、と薙刀を手に宙に駆け出した陽花の突撃を支援をするべく、斜面を滑る様に駆け下りながら新たな射点へ移動する。
不意の攻撃に鯨の様な喚声を上げて悶絶しつつ、仰け反り、中央から折れるような格好で地面へ引き摺り下ろされていく大クラゲ── それを見て、近接攻撃組も動いた。隠れ場所から飛び出し、クラゲを見上げて目測しながら落下予測地点へ走る。
伊都はアウルの粒子でその全身を白銀色に染めると、一気に加速。落ちかかってくるクラゲの真下を潜り抜け、最短距離でクラゲの前方側へと回り込むと、地を蹴り、『陰陽の翼』を展開して一直線に空へと上がった。落ち行くクラゲとすれ違いつつ、急制動を掛けてそれを見下ろす。
「こんなところでぐずぐずしているわけにはいかない。一気にやるよ!」
ぶわりと伊都の身体から噴き出した闇色のアウルの焔が白色の刀身に纏わりつく。伊都はそれを大上段に振り構えると一気に降下。その速度と質量ごと唐竹割りに振り下ろした。斬撃にたわむクラゲの身体──刀身よりその身に燃え移った闇の焔は、だが、伊都が予想していたより広がらずに霧散する。
「……?」
ずずん、と大地へ落着する大クラゲ。違和感と共にそれを見下ろす伊都の視界に、舞い上がる土煙の傍らを駆け抜ける仲間たちの姿が映る。
「時間掛けてられないからね。出し惜しみなし、全力全壊…… もとい、全力全開でいくんだよー!」
「こっちも『鳳凰召喚』! からの……『ニャンコ・ザ・ヘルファイアー』!」
陽花の攻撃指示に従い、人型を巻き込むように爆発的な力をクラゲへ叩きつける馬竜。炎の鳳と猫魔人を現出させた小梅もまた独特な立ちポーズ(毎回ちょっとずつ違う……猫魔人のも)でアウルの火炎を噴射。纏めて敵を挟撃する。
不意打ちに硬直していたクラゲはようやく触手に保持していた8体の『醜い人型』を解放した。一部は思いっきりぶん投げて、離れた場所から攻撃してくる斜面組への距離を稼ぐ。
「人型の展開を確認。……一匹たりとも逃がせないわよ。誘導するから各自、撃破よろしく」
夕姫は一旦、射撃を止めると、クラゲの周囲と斜面にばら撒かれた人型へ撃退士を誘導することに集中した。ラファルは四肢を『機械化』させつつ、『陰陽の翼』で戦場上空へ突入していく。
「真一さんは行ってください。連中は僕が抑えます!」
戦場へ向け疾走していた璃遠は真一の傍を離れると、立ち上がり始めた人型へと進路を変えた。膝立ちになった1体を走りながら蹴り倒し、立ち上がった別の個体へ向けてタンッ、タンッ、と自動拳銃を発砲する。
「まだまだ! 一気にいくよ! スレイプニル、『サンダーボルト』!」
クラゲの触腕から放たれる水の刃を潜り抜けるようにしながら、騎乗した馬竜に雷撃を放たせる陽花。それを追い狙う触腕を縁が狙撃銃で撃ち弾く。
(まるで西洋鬼の様な外見…… 弱いわけではないけど、今の僕たちからすればそう大した敵じゃない)
倒れた敵の様子から、璃遠はそう当たりをつける。
誘導を終えた夕姫は、自らも近場に落ちた人型の探索に出かけた。大まかに確認していた落着点へ向かって斜面を下り。枝葉が折れているのを見つけて、その位置が間違っていなかったことを確認する。
と、木々の陰から襲い掛かって来る人型。その戦槌による一撃を、夕姫は両手に掴んだ布槍でもって受け止めた。そのまま絡め取ろうとするのを察して距離を取る西洋鬼。放たれた反撃を、夕姫は木を挟んで後退することで幹に受けさせ。左手を放して解放した布槍を右手で上から振り下ろす。とっさに盾を掲げた敵は、だが、それを受け止めることはできなかった。途中で枝に引っかかった布槍が──夕姫の意図した通りに──枝を支店にして鬼の後頭部を引っぱたく。
「ゴウライ、反転キィィック!」
一方、戦場へと辿り着いた真一は、人型の中で唯一、分厚い柳葉刀を手にした西洋鬼に向かって一直線に突っ込んだ。
両の足で大地を蹴り、空中で一回転しながら『雷打蹴』を敵へと繰り出す。その胸部を強かに蹴り飛ばされた敵は、だが、よろけつつも倒れずに立ち続け。着地した真一は強敵の『臭い』を感じて、ヒーローマスクの下に笑みを浮かべる。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガ! 見参!!」
蛇腹剣を活性化しつつ、ポーズを決める真一。雷打蹴の注目効果に曳かれてそちらを見やる鬼たちに、璃遠は活性化させた直剣を引き抜き、斬りつけた。悲鳴を上げる鬼の脚部に剣の切っ先を突き入れて。柄を捻って横へ薙ぐ。
「まずはその脚だけでももらうよ。行かせるわけにはいかないからね」
序盤の範囲攻撃を撃ち終えると、陽花は馬竜に命じて上昇。上空から逃げそうな敵がいないか見やった。
同様にクラゲの直上に移動して来たラファルが『機械化』した両腕を眼下に突き出し、アウルのロケットモーターに点火。その両腕を発射し、打ち下ろす。白煙? を曳き、次から次へと放たれる『ロケットアーム』がクラゲとその周囲の人型へと降り注ぎ。その乱打でもって敵をその場に釘付けにする。
「あっはっはっはぁあ……!」
哄笑するラファルは、しかし、存外と冷静だった。敵味方識別能力のないその攻撃範囲から、慎重に地上の味方を外している。
伊都は初撃に感じた違和感に己の手を見下ろしながら。その違和感を確認するべく、再度、クラゲへと突っ込んでいく。
陽花は残る敵全ての位置を確認すると、再び戦場へと降下した。……あ、縁が水刃に追い立てられてる。今度は自分が助けなきゃ。
「こいつはどうだ。ゴウライスピナーっ!」
叫び、両手を腰の後ろに回して。真一は活性化させたヨーヨーを柳葉刀の鬼へと振り出した。得物が放つ音と光に西洋鬼が足を止め。瞬間、キラリと目を輝かせた真一が手を振ってその軌跡を変え。『ROOT OUT!』との音声と共に横からこめかみを打つ。
今だ! との叫びと共に溢れ出すアウルの光。『IGNITION and…… Blazing!』──と、奔流となって背から噴き出す。
「ゴウライ、流星閃光キィィィィック!!」
蹴り出した脚にアウルの光を纏い。敵の胸部を打ち貫く。
その一撃で勝負はついた。げふっ! と血を履いた鬼が倒れ…… だが、真一もまた違和感に眉をひそめる。
それとほぼ時を同じくして──
飛行能力を取り戻したクラゲが、鯨みたいな鳴き声を上げながら再び宙へと上がった。
その速度は全速力。しかも徐々にその色を薄く、透明に近づけつつある。
「これは急がないとまずいかも」
3体目の鬼にトドメを刺して、剣を抜き、見上げながら璃遠が呟く。
陽花は馬竜の特殊移動で疾くその前方へと回り込み、立ち塞がった。放たれた水刃を刃に払い、薙刀を振るって触腕の1本を斬り飛ばし── そんな陽花がクラゲの注意を引きつけている間に、谷底で膝射姿勢を取り、狙い済ました縁が引き金を引き絞り。撃ち放った対空射撃用の『イカロスバレット』(←三方カメラ同時録りなイメージ)でもって、一旦、空に上がりかけたクラゲを再び地上へと引き戻す。
「トドメェ! ナックルバンカーダイダロスディスラプターダイオウジョウ!(噛まずに言えた……!)」
地に落ちたクラゲに叫び、急降下しながら、戻って来たロケットアームと空中で合体。一際ごつく『変形』させた左腕が近接すると同時にアウルの『超電磁加速』によって打ち出された貫手がクラゲへ突き刺さり。飛行能力と透明化の効果を一時的にクラゲから引き剥がす。
「完膚なきまでに……ね!」
そして、伊都が放つその日3度目の『零焔』。刃はクラゲを断ち割り地面へ達し…… 転移したアウルの焔が今度こそクラゲを焼き尽す。
「勇斗ちゃん! おっさえてぇ!」
「了解!」
クラゲが撃破された事実を驚愕して見上げる負傷鬼── そこへ小梅の合図を受けた勇斗が飛びかかり、組み付いた。
「俺じゃない。そっち」
「てへ」
ぺたんと当てた手の平を勇斗から鬼へと移し、『シンパシー』でその記憶を読む。
小梅の脳裏に流れ込んでくる光景── ぼんやりとした波打つような光景。自分と同じたくさんの鬼…… 命令と指示を出す人間の様な『創造主』の陰影。クラゲの触手に捕まれて山形の空を飛ぶ記憶……
映像は、そこで途切れた。重傷を負った鬼がそこで事切れたのだ。
その前に我に返った小梅が、ありがとう、と勇斗と鬼に礼を言った。
「さて…… 残る人型は片っ端から撃破しちゃうよ!」
戦闘は終わった。全ての敵は撃滅された。
夕姫は股下に倒れた敵への攻撃を止めるとその沈黙を確認し、拳に撒いた血塗れの布槍を解いた後、集結地点へ移動した。
松岡は敵の死骸を隠すよう命じた。同様の敵が再びこの上空を通過することを懸念してのことだ。
「敵の意図はなんなんでしょう? 戦力の再配置……? ルートと方角も気になります」
璃遠の言葉に、縁は「調査します?」と松岡に尋ねた。しかし、先を急ぐ必要もある、と伊都が答えた。作戦のタイムスケジュールを狂わすわけにもいかない。鶴岡の、解放を待つ人々に、この『第三の矢』を一刻も早く届けなければ……
「アルくんに聞いてみますか? 何か知っているかもしれない」
璃遠の提案に、だが、真一は首を横に振った。今回の戦闘でマイナスレートの攻撃を繰り出した者は、皆、違和感の正体に気づいていた。
小梅も頷いた。鬼から読み取った『創造主』は『天使じゃなかった』。
確信を得て、松岡が言った。
「……なぜこんな所にディアボロがいる……?」