戻ってきたね、と。永連 璃遠(
ja2142)は呟いた。
戻ってきました、と、黒井 明斗(
jb0525)は答えた。
結界を越えて侵入する車両の上。いつか見た山間の光景が目に映る。
「前に来た時は助けられなかった…… けど、今回は助け出してみせるわ」
「……約束したもんね。絶対に助けてあげないとだねっ!」
再訪を果たした現地の風に当時を思い起こしながら、月影 夕姫(
jb1569)と彩咲・陽花(
jb1871)。葛城 縁(
jb1826)は無言でギュッと、散弾銃を握る手に力を込めた。……今度は誰も置いていかない。絶対、全員を連れ帰ってみせる……!
結界深部へ向け電撃的に侵攻する撃退士たちの車列は、かつて来た集落跡も越え、未知の土地へと入る。
やがて、山間の開けた場所にて、こちらに逃げ来る人々の集団を発見し、停車して保護に入った。報告、警戒、分乗の為の班分けと護送車への収容作業…… それらの作業を完了させる前に『奴ら』は来た。
「敵襲〜! 岩のオジサンたちが降って来るよぉ!」
停車した高機動車の上に仁王立ちで周辺警戒に当たっていた白野 小梅(
jb4012)が、聞き覚えのある風切り音に双眼鏡を振って叫んだ。箒で指した空の一角に、放物線を描いて飛んで来る丸い岩塊。かつて参加した『砦』の戦いで散々目にした光景だ。
どこかおっとりとした風情で佇んでいたRobin redbreast(
jb2203)が、途端、素早く無駄のない動きで手にした自動拳銃をそちらに振り上げた。玄人な動きで射程まで前進しながら立て続けに発砲を開始する。
放たれた魔力の光弾が数発、落下中のその岩塊──サーバント『岩人』を直撃し。人型に『緩んだ』それが空中でバランスを崩して失速。そのまま壊れたおもちゃの様に大地へ激突、跳ね転がる。その時にはもうRobinは落下中の新たな目標へ照準、発砲し。先の
1体の直近に落ちたその岩人へ間髪入れず、手榴弾を投擲するように『ファイアーワークス』を投射。立て続けに咲いた光の華が纏めてそれらを吹き飛ばす。
「……驚異を排除。もう大丈夫だから安心してね」
足先(つまり、蹴り)でその沈黙を確認して戻って来たRobinが、あっけに取られた避難民たちににっこりと笑いかける。
と、そこへ再び聞こえて来る風切り音に、Robinが再び真顔に戻って銃を上げ。……3体目は射程外、4体目はバスを挟んで反対側へ、と岩人たちは何の法則性もなく次々と降り落ちて来た。そして人型へと展開し、こちらへ向かって歩き始める。
「陽花。前に出るなら、逃げ遅れている人がいないか気にかけてあげて。私は退路を確保するわ。縁は清水班の支援を!」
大型ライフルを手にバス後方へ走り出す夕姫。了解と返事をしながら縁が射撃位置につき。陽花は狼竜──フェンリルを召喚すると遊撃の為に前に出る。
「りょーかい。じゃあ、ちょっくら連中をかき回してこよーかね」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はぶっきらぼうにそう言うと、心底楽しそうな笑みを浮かべて得物を鞘から引き抜きた。もう我慢できないとばかりに手近な敵へと突進し、鈍間な敵の拳を余裕で避けて。勢い余って背後に回り込みつつ、剛剣でもって岩
人の腕を肩から、そして、胴を横薙ぎにぶった切る。
「清水班の皆さんは人々の護衛と収容を! 敵は僕たちが何とかします!」
叫び、走り出そうとした璃遠は、避難民の一人に袖を掴まれ、慌ててその足を止めた。
「本当に大丈夫なの?! ここから無事に抜け出せるの?!」
「……大丈夫。必ず外に送り届けます。だからこそ皆、ここへ来ているんです」
璃遠が言い終えたタイミングで、小梅は「よぉ〜し、頑張っちゃうぞぉ〜!」と腕をぐるんぐるん回して気合を入れた。ぶるんと振った箒から飛び出す猫型アウル。にーにーと走っていったそれが岩人へと纏わり付き、やがて数匹掛かりでとひっかき倒す。
小梅のそのおどけた仕草に避難民たちの心は和んだ。何より撃退士たちの自信と実力が避難民たちの顔に生気を蘇らせる。
「僕たちを信じてください」
璃遠は最後にそう言うと、防衛線の一角へ向け走り出した。人々の前に盾の壁を並べ、短機関銃を撃つ清水班。璃遠は誤射せぬよう声を掛けると、別の角度から迫り来る別の敵へ向かって突進した。迎撃の拳を振り上げる岩人。璃遠が親指で抜刀・閃破の合口を
切る。衝撃波による斬撃から踏み込みつつ炎剣を抜刀── 戦法は常の通りの接近戦。赤き光を軌跡に曳きつつ、敵の周囲を回り込む様にしながら斬りつける……
「道の上で倒してしまうと車両の移動の邪魔になるわ。なるべく外で倒しましょう」
退路を確保する為、共にバス後方に展開して── 夕姫は明斗にそう提案すると、側面の畑へ移動しながら『タウント』を使用した。
その注目効果に付近の岩人たちが顔を向ける。明斗は素早く視線を振ると、こちらに近づいて来る敵を確認。活性化したロザリオで生み出した渦巻く風の刃をそれらに優先的に投射した。
「……数が多いわね。高機動車、こちら月影。機関銃手は岩人の脚を狙って。まずは動きを封じましょう」
伏射姿勢を取って照準器を覗きながら、夕姫が光信機に告げる。早速、清水の指示が飛び、1台の高機動車が後方へ回り込んで来た。射撃を開始する重機関銃。夕姫は周囲に跳弾の火花と土煙を上げる岩人を照準器越しに捉え、その脚部を狙って発砲。膝下を破壊
してその1体を擱座させる。
「……妙ですね」
反対側、すぐ近くへ落下した岩人が人型へと変形する前に、疾くそちらへ駆け寄って白銀の聖槍を突き入れて。沈黙したその残骸に足を掛けて穂先を引き抜きながら、明斗はポツリと呟いた。
「妙?」
「ええ。この様な足の遅い敵を先に出してくるなんて。これじゃまるで……」
「……確かに。何か積極性が欠けてる気がするわね」
明斗は暫し沈思した。敵の思惑がどうであれ、動きが悪いのは確かだ。なら、数に囲まれてしまう前に、満車になった車両は随時、脱出させた方が良いのではないか?
「それだと護衛の手が足りなくならない? 結界の外まで安全かも分からないし、全員で一緒に出発した方が良いんじゃないかな?」
明斗の提案に、盾の壁の清水班に交じって散弾銃をぶっ放しながら、縁がそう懸念を示した。縁と身体の触れた両隣の若い署員が赤面し。周囲の署員たちが「運が良い奴め」「後で隊列換われ」と苦虫を噛み締めてたり。
「『お客さん』は早いとこ送り出して身軽になるべきだぜ。連中を抱え込んだまま、こんな防御陣地もない所で殴り合いとかゾッとする」
敵中で囲まれぬよう移動しながらラファル。盾の壁に回復支援をしつつ頷くRobin。明斗と縁の二人は、その判断を清水に委ねた。
「待て。今、指揮車に確認する」
清水は光信機で指揮車のお偉いさんに連絡を入れた。なるほど、指揮車には結界南部に展開した撃退士全員の情報が集約している。退路が安全か、敵がいないか、付近の人員だけで確保・維持ができるか、判断ができるはずだ。
その間、現状を維持しての防衛戦が続く。
『花火』のスキルを使い果たしたRobinは一旦、盾の壁の陰にしゃがんで新たなスキルに換装した。しながら、同じようにしゃがみ込んで乗り込みを待つ避難民たちに顔を近づけ、通信をONにしたまま声を掛ける。
「あたしたちが来たことをどうやって知ったの? どうやって天使から逃げることができたの?」
その若い避難民は、その顔の近さに赤面し、しどろもどろになりつつ答えた。
「あの裏切り者──シュトラッサーが言ったんだ。『撃退士たちが南から攻めてくる。そちらは戦場になるから北東へ逃げろ』って。従う連中も大勢いたけど、俺たちはこっちに逃げてきた」
「……。天使たちからは、どうやって?」
「さあ……? あんたたちを迎撃する準備で忙しかったんじゃないか?」
避難民たちの話を聞いて、Robinは敵の動きに違和感を感じた。……もしかして、敵は『敢えて避難民を逃がそうとしている』……?
「……何か相手の意図通りに動かされてる気がする。ファサエルじゃなく、明美さんの」
「同感です。本当にまさかのまさかかもしれません」
左右に分かれて敵に応じつつ、夕姫と明斗。そこへ新手の一斉射撃の轟音が戦場に響き渡る。
現れた敵の新手は、サーバント『骸骨狼騎兵』──狼型の上に骸骨銃兵を乗せた機動力の高いタイプだった。数は16。この山形では比較的初期から見られた『騎兵』戦力だが、持っている『銃』が違う。
「……来ちまったか。足の速い連中が」
遠く背後を突撃していく敵騎兵を振り返り、ラファルがそう舌を打つ。
縁は敵が突っ込んでくる地点へと盾の壁の内側を移動した。矢の様に一直線に突っ込んでくる騎兵を照準し、『ピアスジャベリン』でもって一気に貫き通さんとする。
放たれた貫通弾は手前の岩人を撃ち貫き…… だが、その向こう側にいる騎兵たちへは届かなかった。直前、敵が針路を横に変えたのだ。道沿いに走りながらこちらへ一斉射撃を浴びせる敵騎兵。盾を乱打する音と破片に避難民たちから悲鳴が上がり。夕姫は5つ
の光弾で弾幕を張ったが、敵はその外側を悠々と騎行していく。
「そういうことかぁ」
Robinは呟いた。敵騎兵はこちらを周回しつつ射程外から騎射するつもりだ。
「落ち着いて! 列を乱さず、順番を守って! 一斉に押し寄せても余計に時間がかかっちゃうから、ね?」
縁は騒然とする避難民たちの元へ這い寄ると、頭を下げるよう言い聞かせた。再び騎射の一斉射撃。縁は首を竦めつつ、味方に支援を要請する。
「ラファルさん! 私たちで外側から敵の騎兵を味方の射程内に追い込むよ!」
「マジか」
それぞれ両翼から中央へと戻る陽花とラファル。進む岩人を後回しにしてその傍らを行き過ぎる。
(機動力はあるみたいだけど、『馬』を倒してしまえば、それも……!)
前方を横切る敵集団が正面に差し掛かった瞬間、陽花は傍らの狼竜に攻撃指示を出した。
「フェンリル! 『ボルケーノ』!」
応じて『咆哮』。直後、敵隊列の後方に爆発的なエネルギーの乱流が湧き起こった。倒れる狼。バラバラと落馬していく骸骨たち。さらに先へと進んだ騎兵たちにはラファルが追撃を叩き込んだ。肩付近から斉射されるアウルの針状ミサイルたち。白煙を曳き、
緩やかに弧を描いて飛んだそれらが流星雨の如く敵に降り注ぐ。
「あのね、もすこししたらあの場所に敵が来るから、タイミングを合わせて攻撃してねぇ」
その時、小梅は高機動車の上で、傍らの銃手や署員たちと一斉射撃の準備をしていた。すてんば〜い、すてんば〜い…… そこへ陽花とラファルにその周回半径を内へと追われた敵騎兵が飛び込んでくる。
「キッター! 今だよ、必殺、ニャンコ・ザ・ヘルファイアー!」
『奇妙な』立ちポーズを取った小梅の背後に浮かび上がる、筋骨粒々なアウルのニャンコ・ザ・グレート。放たれる爆炎を頭上に頂きながら、署員たちの短機関銃が一斉に撃ち放たれる。
さらにRobinが影の刃を嵐の如く叩きつけ…… 半数以下に数を減らした騎兵たちは這う這うの体で離脱を開始した。
だが、騎兵に火力が割かれる間に、岩人たちは銃火を押し切った。弾ける跳弾をものともせず、盾の壁へとぶつかる岩人。耐え切れずに崩れかける盾の壁。「Σ!」と気づいたにゃんこと小梅が慌ててその岩人を『北風の吐息』で押し返し。その間に『縮地』で
疾く駆け寄って来た璃遠が倒れた味方の上を跳躍。そのまま風に押されて後退さる敵の懐へと肉薄し、炎の魔剣でもって袈裟切りに斬り下ろす。
「まだですか、清水さん?!」
振り返り、叫ぶ璃遠へ迫る2体の岩人。それと切り結びながら璃遠が後退する。
清水は受信機に耳を押し当てたまま…… やがて小さく頷いた。
「……後方の安全が確認された。Goだ」
撃退士たちは即座に反応した。『光の翼』で空中に飛び上がった小梅が上空から周囲の状況を確認して撤退のタイミングを伝え。満車になった護送車から随時、大きく回頭しながら後方へ向かって走り出す。
「森まで俺が護衛につく。横から来る敵は、黒井、任せるぜ!」
叫び、高機動車に飛び乗るラファル。護送車と併走、追い越していくその屋根上で、活性化した狙撃銃を近場の岩人へと振り構え、発砲して排除する。
明斗は退路に侵入しようとする敵集団の頭上に向け『コメット』をに叩きつけ。さらに別方向から来る敵に『サンダーブレード』を降り落とした。その間に肉薄して来た岩人の拳を『アウルの鎧』で受け弾き。活性化した槍の石突でもってかち上げ、穂先を突き
入れる。その後方で膝立ちになったドカンと大型銃を撃ち放つ夕姫。上空の小梅も「ネコネコ、ゴー!」と大の字の猫型アウルを敵の頭上へ振り下ろす。
璃遠と縁、Robinと盾の壁が守る中…… やがて最後の避難民を乗せた護送車が後方へ向け、走り出した。
「避難民は全員出発したよ! 私たちも……」
「ご苦労。だが、まだだ」
撃退士たちと高機動車のみが残った戦場で、だが、縁の呼びかけに清水は首を横に振った。──主目的は敵の主力を引っ張り出すこと。そいつがまだ確認できていない。
「ギリギリまで粘るぞ」
「マジか」
森までの護衛を終えて戻って来たラファルが笑みを作り。そして、その時はやって来た。
遅れてこちらに走り寄ってくる避難民の1家族。その向こう側に、整然と隊列を組んで進んで来る中隊規模の骸骨銃兵──!
「まだ人がいたの!? 助けないと! フェンリル、あっちに全力で向かって!」
陽花の指示に走り出す狼竜。清水の高機動車がその後に続く。
後方の敵指揮官、赤いコートの腕が上がり、銃兵たちが銃を構える。両者の間に割り込む狼竜。コートの腕が振り下ろされ。銃撃が、放たれた。
倒れる家族。狼竜が庇えた数人を含めて全員が被弾した。駆けつけた清水たちが彼らを車に担ぎ上げ。銃弾の雨の中を駆け戻る。
「なぜ……!」
傷だらけの狼竜を送還しながら、陽花は問いかけ、膝をついた。駆け寄って来た縁が肩を貸し、Robinの治療を受けつつ下がる。
「……ここは戦場。自業自得よ」
赤いコートの指揮官──明美が答えた。その表情からは内心を窺い知れない。
明斗はグッと奥歯を噛み締め…… それでも彼女に呼びかけた。
「僕たちは無駄な殺生は好みません。降伏していただけませんか?」
「あら。勝てる気でいるの?」
明斗は戦場に視線を振った。──穴だらけで戻ってくる高機動車。傷ついた避難民。彼らを必死で助けようとする清水班の面々と。そして、学園の仲間たち──
「僕は、僕たちは勝ちます。必ず」
清水の撤収の声が響き、明斗は明美の返事も待たずに車両へと乗り込んだ。
追撃はなかった。走る車両の屋根の上で、小梅は双眼鏡で明美の方を振り返った。
「……ここはもういいわ。総員騎乗。急いで」
最後に明美が呟いた。