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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/02/09


みんなの思い出



オープニング

「この間、初めて戦闘を経験して、なんか盾を持つ意味が分からなくなってしまいました。……僕、ディバインナイトなのに」
 久遠ヶ原学園、某日、放課後──
 有志による自主訓練に参加する前に体育教官室へ赴いた編入生、榊勇斗は、訓練で教官役を務めている体育教師、松岡にそう溜め息をついた。
 先日、勇斗は『松岡教室』の訓練の一環として、学園ゲート付近の放棄されたエリアの一角で初めて実戦を経験したのだが。その際、全くと言っていいほど、盾もスキルも使うことがなかったのだ。
「初撃以降、骸骨兵士の攻撃も、腐骸兵の攻撃も、防御は受けずに回避狙いに終始してました。盾で受けても受けなくても変わりがなかったので」
「そりゃ、お前、敵が弱かったからだよ。お前のディバインナイトとしての高い素の防御力が、敵の貧弱な攻撃力を上回っていたから、盾を使わずに済んだだけだ」
「まぁ、硬いと言ったって、そこそこダメージは蓄積するんですけどね。……ホント、なんなんでしょうね。籤を引いても、個人的に必要ない物ばっかり引くし……」
「なんたる諧謔味! 落ち着け、榊! お前はそんな子じゃなかったはずだ!」
 やさぐれた榊勇斗、略して『やさぐれ勇斗』の両肩を掴んで揺さぶりながら、松岡は「まずいな」と心中で呟いた。
 榊は今、『新兵がよくかかる病気』状態(←嘘)になっている。……おいおい、初めての実戦で不安と恐怖を乗り越えて勝利したんだろう? もっとはしゃげよ、若者らしく。いや、そこで調子に乗られてもまた困るのだけど──
 ──松岡は教師である。それも、天魔と命のやり取りをする撃退士を教え導く立場にある。彼の指導如何によって、生徒の生死が分かれることもあり得るのだ。
 松岡は思案顔をすると、勇斗の肩をポンと叩いた。
「榊。お前、『防壁陣』は習得したよな?」
「はい。おかげさまでつい先日。……使用回数、3回しかありませんけど」
「それはもういい。では、そうだな…… 明日の訓練はまた実戦訓練といこうか。前回とはまた趣向を変えて、な」

 その日の松岡教室の訓練と集配所でのバイトを終えて、マンション寮の自室に帰った勇斗をエプロン姿の妹、悠奈が出迎えた。
「お帰り、お兄ちゃん。晩御飯、出来てるよ!」
 背中に羽でも生えてるのか、といった軽い足取りでリビングに戻る悠奈。それを微苦笑で見送ってから、着替えを済ませて食卓につく。キッチンの棚には買ったばかりの、悠奈念願の電子レンジ。この文明の利器を導入してから、妹の料理のレパートリーは格段に増えた。……出来合いの味も随分増えたが。
「そういえば、今日、体育の授業で模擬戦をやったよ!」
 食事の中ほどで、その日の学校での出来事を話していた悠奈が、思い出したようにそう言った。
 勇斗は一瞬、ピクリと箸を止めたものの、何事もなかったように話を続けた。
「そうか。で、どうだった?」
「うん。最初は怖かったけど、痛くないって分かってからは頑張ったよ! カナちゃんとサキちゃんと班を組んでからは、男子の班3回も勝ったんだよ!」
 ……撃退士と言えども、本人の意思を無視してまで戦場に送られることはない。だが、久遠ヶ原という学園の性質上、生徒に対する撃退士としての養成はカリキュラムとして行われる。中等部1年の悠奈も例外ではない。
 兄妹二人で叔父夫婦の家を出る為に、勇斗は学園に来ることを了承した。悠奈を戦場には出さないことを条件に。代わりに自分が妹の分まで戦う、と。
 腐っている場合ではなかった── 勇斗は改めて自覚した。自分は強く在らねばならない。兄として。そして、撃退士として──

 翌日、集合場所の駐車場にやって来た勇斗を見て、松岡は「おっ?」と目を瞠った。
「なんだ、榊。自力で立ち直ったみたいだな」
「はい。骸骨や腐骸だけが敵でもないですし。今日はそれをご教授いただけるのでしょう?」
 勇斗の言いように松岡はニヤリと笑うと、集まって来た訓練生たちと共にマイクロバスに乗るよう指示した。
 前回と同じ様に、バスが学園ゲートのある放棄区域へと向かう。だが、実際にエリアに入ると、バスは前回とは異なるルートで先へと進んだ。今回、訓練生たちが向かうエリアは、天使ではなく悪魔のゲートに近いエリアであるらしい。
 バスを降りると、松岡は生徒に隊列を組ませ、徒歩でエリアを奥へと進ませた。先日、骸骨たちと戦った時より長い距離を進んだ気がした。
「止まれ」
 前方に何かの気配を感じて、松岡が手信号で生徒たちに指示を出す。その視線の先には、地面に這いつくばるような姿で這い進む、筋骨隆々の大男が1人── いや、よく見ると、その頭部は鋭い2本の角を持つ牛の頭になっている。
「あれは…… ミノタウロス?」
「その『成り損ない』だな。悪魔陣営の粗悪な模造品…… エラー出まくりの失敗作だ。二足歩行も出来ないし、得物を使う知能もない」
 ギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物の名を挙げた勇斗に、松岡が説明する。
「だからといって、戦闘能力まで弱体化したわけじゃない。その身体能力は獣の様に高く、見た目以上に素早い機動力で常に動き回りつつ、2本の角を活用した痛烈な攻撃を放ってくる。見ろ、あの鋭い鉤爪を。あれを『スパイク』にして高い機動性を確保しているんだ」
 松岡の言葉に、勇斗は改めて前方のディアボロを確認した。全長は2〜3mといったところか。這いつくばるその姿は、四足の獣というよりある種の虫を──蜘蛛とかアメンボの類を思い起こさせた。なまじ、人の身をしているだけに、それが這い寄り迫る様を想像するだけで、おぞましさすら感じさせる。
「なんか…… ホラー映画でこんな動きをするの、ありましたよね?」
「お前たちにはアレの相手をしてもらう」
 ああ、やっぱり。訓練生たちはげんなりした。
「攻撃力と機動力に秀でた魔界属性の敵── だが、数は1匹だ。新兵でも上手くやれば討滅できる。……その逆も然り、だがな」
 そう言ってニヤリと笑ってみせる松岡。こちらに気づいた『牛男』がまるで闘牛に臨む雄牛の如く── こちらに角を突き出し、後足で地を蹴り、昂ぶりを見せつける。
「さぁ、来るぞ。先日の骸骨戦とは異なり、敵は常に動き回る。連携しなければ大きなダメージは与えられないが、まず、易々と連携させてはくれん。考慮のしどころだぞ」


リプレイ本文

「おぉっ!? 俺はふぉろーをすればいいのかー?! おー! 分かった、ふぉろーなんだぞ! ふぉろーするぞー! ……でも、ふぉろーって何だー?」
 後方に下がった教師・松岡にルーキーたちのフォローを頼まれて。彪姫 千代(jb0742)は内心、小首を傾げながら、力一杯、光纏した。
 千代の眼前に浮かび上がる『破』の一文字── 直後、握り締めた右拳から黒い炎が、左拳から黄色い炎が噴出する。
 それを見た松岡は、すげぇなぁ、と呟いた。……おいおい、上半身裸だぞ? 魔装どころか服すら着てない。これからディアボロと戦闘なのに。でも、ナイトウォーカーだし、ま、いっか。
「ちょ、先生、ナイトウォーカーにどんな認識を……」
 なんか納得してしまったらしい松岡に、千代と同じナイトウォーカーとして地領院 夢(jb0762)が色々諦めながらも一応、呟いてみる。
「おー! 俺、先輩だしなー! ふぉろーとかよく分かんねーけど、みんな、草船に乗ったつもりで任せろだぞー! ひゅーひゅー(←先輩風を吹かしているらしい)」
「えーっと…… 彪姫さん、それ、大船じゃないですか?」
 こっそりとツッコミを入れる夢をよそに。千代はそれまでの騒がしさが嘘のように周囲の光景に気配を消した。夢もまた(千代とは対照的に)ごく一般的な光纏をして、ごくごく普通に気配を消しつつ、側方の建物廃墟へと移動していく。
「失礼致します、榊様。わたくし、ステラと申します。微力ではありますが、実戦訓練に参加させていただきます。どうかよろしくお願い致します」
 一方、道の中央では、陰陽師のステラ シアフィールド(jb3278)が勇斗に挨拶を行っていた。
 自らのスカートの裾を両手で優雅に摘み上げつつ膝を曲げて腰を落とし、背を伸ばしたまま深々と頭を下げる。最敬礼を受けて勇斗は慌てた。もっとも、ステラにとっては普通の挨拶だったりするのだが。
「えっと、ステラさん? ここは危ないよ。早く移動しないと」
「はい。早速、仰る通りに致します」
 ステラは一礼すると、スカートの裾を持ったまま、夢の後を追って廃墟へ走り、物陰にふわりと腰を落とした。光纏し、雷帝霊符を手に取りながら自身の役割を確認する。……遮蔽物を利用しながらの、側方からの遠距離攻撃── ステラは一つ息を吐いた。落ち着いては見えるが、武器を手に取り戦うという行為は今回が初めてなのだ。
「蒸気式陰陽師(自称)、蒸姫 ギアだ(jb4049)。よろしく、勇斗。撃退士としては新米だけど、ギアは戦いの年季が違う。安心して任せてくれるがいいよ」
 そう力強く挨拶をするギアは、だが、闇の翼でふわふわと浮いていた。
「べっ、別に戦いは3世紀ぶりとかは関係ないんだからな! 悪魔の勘と蒸気の力が、牛男の格闘能力と突進が脅威だって告げるから…… とっ、ともかく、勇斗は思う存分かかっていきなよ。ギアが空から援護するから!」
 翼をパタパタ動かし、上へと舞い上がるギア。上空から改めて見る牛男の姿はより一層醜悪だった。這い動くその動きはどこか爬虫類的── なまじ人の姿をしているだけに最悪だ。
「前回もそうだったけど、あの先生、気持ち悪い相手と戦わせるのが好きなのかな」
 苦笑と共に松岡を見やりながら、彩咲・陽花(jb1871)がそう呟く。
「大丈夫だよ。きっと倒せるよ。……そ、そうだよね?」
 年上のおねーさんとして勇斗を励まそうとした葛城 縁(jb1826)が、最後、自信がなくなって陽花を振り返り。そんな親友の頭を陽花がぽふぽふとしてやった。
「勇斗君…… 私、結構脆いから、頼っちゃうかもだけど、大丈夫?」
 勇斗の後ろに位置した縁が、おずおずと上目遣いにそう尋ねてくる。勇斗は頷いた。ちょっと頼りない盾かもしれないけれど、その為の盾、その為の前衛だ。
「ほぅ、凄いな、勇斗くん。装備以外はもう実戦レベルかもな」
 縁と同じインフィルトレイター、秋武 心矢(ja9605)が感心したようにそう呟く。最初に訓練に参加した時は随分と危うげな様子だったが、こうして見る限り、もう大分いっちょまえになったようだ。
「こいつは負けてられないな…… 勇斗くん、盾よろしく。俺も支援頑張るからな……!」
 勇斗の肩にポンと手を置き、大型拳銃を手にする心矢。頷く勇斗の横に、盾を持った陽花がスレイプニルを召喚しながら進み出る。
「勇斗くん。今回も一緒に前衛、頑張ろうね」
 緊張せぬよう、微笑で声をかける陽花。勇斗と同じディバインナイトの月影 夕姫(jb1569)が、髪のリボンを解き、光纏した。
「さぁ、頑張りましょうか。……やっぱり、ちょっと気持ち悪いけど」


 刑事時代と同じ姿勢で大型拳銃を発砲した心矢のアウルの銃弾は、その狙いを過たず、牛男の表皮に血の華を弾けさせた。
 牛男の頭部が巡り、ぎょろりとした目がこちらを向いて、道路上の前衛を攻撃目標と認識する。
「初見の敵を相手にする時には、まずは動きや特徴を観察するのよ。攻撃の起点や予備動作が分かれば、次の攻撃を読むこともできるしね」
 勇斗にそう告げながら、夕姫も前方の牛男を注視する。
 牛男は後ろ足で地面を蹴り削っていた。そのまま削り掘った穴に足の鉤爪をフックして、その身に力を漲らせる。
「っ! みんな、避けて! 突進が来るわよ!」
 叫んだ時には、牛男は放たれた矢の様に四足で大地を疾走していた。物凄い勢いで突進して来る牛男。縁と夕姫がそれを遠距離射撃で迎え撃つ。
 前衛の勇斗を信じ、精密な照準に集中する縁。夕姫は五指に嵌めた連鎖の指輪から5つの黒い光玉を生み出すと、それを次々と偏差射撃で投射する。狙うは四肢──敵の機動力の源だ。だが、放たれた力の多くは躍動する手足を捉え切れずにすり抜ける。
 側方からは、ステラが符を介して引き出した力を雷の刃として投げ放った。敵の眼前を飛び抜け、或いは、前方地面を叩いて弾ける雷光── 敵の頭を抑えようとした行動阻害目的の支援攻撃を、だが、敵は悉く無視して突進を継続する。まさに猛り狂った雄牛のようだ。
「脳筋…… いえ、狂戦士……っ」
 呻くステラ。同じく側方から照準していた夢は、移動目標に対する手足への狙撃を諦めた。狙い易い胴体部に照準を合わせ、突撃銃を単射していく。
 縁は迫る牛男をぎりぎりまで引きつけると、敵腕部へ向け散弾銃を撃ち放った。敵右腕と地面に弾ける弾着。牛男は、だが、怯まず、突進は止まらない。
 突撃してきた敵の巨体が、『防壁陣』で盾を出した勇斗にぶち当たる。拮抗は一瞬。次の瞬間には、勇斗は雄牛の角にかち上げられた。
 前衛は全て敵の突進に巻き込まれた。持ち堪えられたのは、思わず騎兵槍を呼び出して受け凌いだ夕姫だけだった。心矢と縁、そして、阻霊符を使用中だった陽花は皆、敵の体当たりに薙ぎ払われた。
「初撃で……!?」
 上空からその様子を見ていたギアは戦慄した。
 道路上の前衛を蹂躙した牛男は彼等の背後へ抜けた後、地を滑る様に速度を殺して前衛に向き直りつつあった。
 敵後方へと回りこもうとしていた千代は、敵から最も離れた地点に孤立する形となっている。夢とステラが隠れた廃墟も既に敵側方に位置していない。撃退士たちの目論見は、牛男初撃の突進で崩れ去っていた。
「まだよ! 前後衛、入れ替え急いで!」
 倒れた皆に叫びながら、方向転換で動きを止めた牛男の脚部を狙って黒玉を放つ夕姫。初弾を喰らった牛男は、だが、地に喰い込ませた鉤爪をスパイクにして跳躍で追撃を回避する。
 立ち上がった勇斗は散開するよう叫びつつ、囮となるべく前に出た。煩わしげに振るわれた牛男の角がそれを防壁陣ごと打ち転がす。
「勇斗君!」
「(元)刑事がショットガンとか…… そんなのは一昔前のテレビの中だけの話だったが。おい、こっちだ、牛男もどき! 俺もやる時はやる男だと、証明せねばならんでな!」
 倒れた勇斗から注意を逸らすべく、縁と心矢が殊更派手に牛男へ散弾銃を撃ち放つ。
「スレイプニル、行って!」
 陽花の命令により、敵の背後へ回る馬龍。それに応じて背を向けた牛男に陽花は走り寄り、無防備な敵の後肢に斧槍を振り下ろす。砕ける表皮に飛び散る血飛沫。だが、分厚い筋肉が陽花の刃を食い止めた。堅い木の幹に斧を打ち込んだ様な手の痺れに陽花は顔をしかめ。直後、牛男の後ろ蹴りによって蹴り飛ばされる。
 追撃を加えようとした牛男は、だが、直上に移動してきたギアによって阻まれた。
「万能蒸気の力にて、眼下の出来損ないを倒す…… 行け! 蒸気の式(予定)よ! ギアの蒸気、とくと味わうがいいよ!」
 抜刀した直刀の切っ先で宙に術式を描く様に振るい…… 敵直上6mから、傍らに発生した『炎陣球』──アウルの炎を撃ち下ろす。
「もう一つ!」
 微笑を浮かべるギアに従い、さらに振り下ろされる2発目の炎の球。放たれた2発は牛男の背を直撃して燃え上がり、その高温により敵に『温度障害』をもたらした。

 激戦は続く。
 廃墟の建物を移動して再び敵の側方についた夢が、瓦礫に半身を遮蔽しつつ、牛男の頭部に照準して速射する。
 幽霊の如き目に見えぬ銃撃── 被弾した牛は頭部を巡らしてその射手を探したが、銃撃を行った夢は既にその身を隠していた。怒りの雄叫びを上げ、闇雲に廃墟へと突進する牛男。背後で瓦礫の壁が吹き飛ばされる中、夢は冷静に気配を消しつつ、瓦礫の陰を伝って隣りの建物へと移動する。
 ステラは運が悪かった。敵の闇雲な突撃は直撃こそしなかったものの、砕けた壁の破片が彼女の身を打ったのだ。
 倒れたステラが身を起こし…… その至近に牛男。牛男は彼女に気づかず、瓦礫に刺さった角を透過能力ですり抜けさせると、手近な瓦礫を掴んで、ギア目掛けて振り被った。思わず飛び出し、符を振って、至近から牛男の顔面に雷刃を振るうステラ。その一撃により牛男は投擲直前に片目を塞ぎ。瓦礫はギアの傍らをまるで砲弾の様に飛び抜ける。
 至近にステラを発見した牛男はその前肢を大きく振り上げ…… 直後、舞い降りてきた無数の黒い羽根によってその視界を奪われた。『闇鷹』──後方から追いついてきた千代が放った漆黒の鷹が、その舞い落ちる羽根の吹雪で牛男の視界に『認識障害』をもたらしたのだ。振り下ろされる鉤爪。砕ける床面。回避したステラがスカートを手にそそくさとその場から離れる。
「凄い…… あれがスキルのアレンジ……!」
「おー! 俺、フォローだからな!」
 敵へと走り寄りながら満面に「どやぁ!」な表情を浮かべる千代。夢は意気込んだ。──私もいつか、あんな風に使いこなせるように。もっと、もっと、頑張ろう……!
「敵の機動性を奪うにはまず四肢に当てないと…… でも、四肢に当てるには機動性を奪わないと……」
 視界を奪われ、闇雲に暴れまわる牛男から距離を取った陽花が、銃声の鳴り響く中、その矛盾する命題に思考を巡らせた。牛男に黒球を放ちつつ、夕姫が陽花を振り返った。当初はフォローに徹していた夕姫も、陽花と勇斗の消耗を見て、今では前線に加わっている。
「やっぱり、私たちで牛男の動きを止めないと……」
 陽花はそう結論付けた。とは言え、あの速度と質量を一人では止められない。故に──

 認識障害から回復した牛男が廃墟から這い出して来た時、道路上には盾(と魔具)を並んで構えた夕姫、勇斗、陽花と、彼等を信じて後ろに控える心矢、縁の姿があった。
「今度こそ止めて見せます!」
「そうだね。男の子は気張らないと、だよね……!」
 少しでも質量の足しになれば、と。縁が『盾の壁』中央の勇斗を支える。勇斗は苦笑した。……背に当たる双丘の感触を戦闘中に幸運と思える程度には、自分も撃退士として場慣れしたということだろうか。
「来るよ、みんな!」
 陽花の声に顔を上げると、ギアが牛男をこちらへ誘導してくるところだった。上空から2枚、3枚と投射される炸裂符。牛男の視線が後退するギアを追って盾の壁を視界に捉え…… 地を蹴らぬ速攻バージョンで突進を開始する。
「角はまともに受けちゃダメよ。受け流して。でないとかち上げられるわよ」
 夕姫の言葉に従い、盾に角度をつける勇斗と陽花。……大丈夫、受けられる。消耗した敵の突進には最初ほどの勢いが無い……!
 激突── 突進の勢いに押し込まれつつ、撃退士は4人がかりで牛男を受け止めた。
 瞬間、盾の壁の後ろから飛び出す心矢。それを払おうとした牛男の右腕は、いつの間にか回り込んでいた千代がワイヤを巻きつけていた。肩越しに全体重をかけて引く千代。そこへ瓦礫の壁から飛び出した夢が突撃銃をフルオートで撃ち放つ。
(前衛の人が抑えてくれてる間に、確実に攻撃を加えるのが私のお仕事……! 火力で押し込んで仲間の為に隙を作るの。私は私の仕事をしっかり、冷静に……!)
 その銃撃を左腕で受けつつ、右腕一本の膂力で千代を引き倒す牛男。だが、その間に心矢は敵の懐まで飛び込んでいた。
「隙あり、だな。散弾の味、たっぷり味わえ……!」
 至近距離から即頭部に素早く銃撃を浴びせる心矢。その一撃に牛男の角が1本、折れ砕ける。
 牛男は一際大きな悲鳴を上げると、撃退士たちを振り払ってその場を逃走。ステラが放つ追い撃ちの傷を背に刻みながら、閉鎖区域の奥へと消えていった。


「決着があと少し遅かったら、俺が介入していただろう。だが、強敵相手によく持ち直したな」
 手を叩きながら歩み寄って来た教師・松岡が、今回の戦いを評価しつつ実戦訓練の終了を宣言する。
 それを受け、撃退士たちは互いの労を労った。
「み、皆さん、お疲れ様でした! それと、あ、有難うございますっ!」
「ウシシ! よく頑張りましただぞー!」
 皆に頭を下げる夢に、勇斗の背をバンバン叩く千代。ステラがまたスカートの端を持って優雅に一礼する。
「勇斗くん、お疲れ様だよ。……盾の使い方、少しはいい感じに出来たかな?」
「攻撃を曳き付ける壁役…… 地味だけど重要な役よ。盾持ちにしか出来ない、ね。それも踏まえて、自分なりのスタイルを探していきましょう」
 勝利の喜びはなく。それでもある種の達成感に、手を打ち合わせる陽花に夕姫、勇斗の3人。微笑を浮かべて縁が言った。
「何度も悩んで、何度も迷って、それでも必死に考えて…… 時には人に頼ったりしながら、答えを出せばいい。私のお母さんはそう言ってたよ」
 そんな様子を一人、離れた場所から紫煙を燻らせつつ眺めていた心矢は、どうやら大丈夫そうだ、と安堵した。
(一人で何でも抱え込むやつだったが、随分、心に余裕も出来てきたみたいだな)
 と、勇斗が手を振って心矢を呼ぶ。心矢は煙草を踏み消すとそちらへ向かって歩いていった。

「何度も悩んで、か…… でも、ギア、やっぱり人間の考えることは未だによく分からない。……特に、あの購買の籤」
 ギアの言葉に同意する溜め息が、あちこちから漏れ出でた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:11人

思いの護り手・
秋武 心矢(ja9605)

大学部9年164組 男 インフィルトレイター
撃退士・
彪姫 千代(jb0742)

高等部3年26組 男 ナイトウォーカー
絶望に舞うは夢の欠片・
地領院 夢(jb0762)

大学部1年281組 女 ナイトウォーカー
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
愛って何?・
ステラ シアフィールド(jb3278)

大学部1年124組 女 陰陽師
ツンデレ刑事・
蒸姫 ギア(jb4049)

大学部2年152組 男 陰陽師