山間を流れる川沿いの雪深き陸の道を、1台の四輪駆動車がのんびりと進んでいた。
運転席でハンドルを取るは千葉 真一(
ja0070)。助手席には黒井 明斗(
jb0525)が座る。後席には水無瀬 雫(
jb9544)と、その隣りに彩咲・陽花(
jb1871)。荷台の補助シートに葛城 縁(
jb1826)と月影 夕姫(
jb1569)の二人が収まっている。
「しかし、『討伐は学園の撃退士に一任』ですか…… 押し付ける、の間違いじゃないですかね?」
移動中、相変わらず上から目線の清水のことを思い出し、明斗が苦笑交じりに話題を振る。
「どう思います?」
「いえ、自分はこちらでの依頼は初めてなので……」
バックミラー越しに聞かれた雫が、わかりかねます、と生真面目な調子で言葉を返す。
応じたのは最後席の夕姫だった。
「……民間は戦場や状況を選べる? 笹原小隊や私たちがこれまでどういう状況で戦ってきたのか分かってないわよね。挙句、初見の敵にいきなり真正面から突撃って…… まあ、おかげで私たちは相手の手札が色々わかったけど」
少々立腹した様子で腕と足を組む夕姫。隣りに座った縁がまあまあと携帯食の一片を差し出す。
「勇猛と無謀は違うのにね。清水さんの言う事も、まぁ、分からないことはないけれど……」
ともあれ、私たちは私たちの役目を全うしないと── 縁がそう締めくくると、明斗は改めて息を吐いた。
「……まあ、あの建物は戦略的に何としても確保せねばなりませんからね。気合入れていきますか」
「はい。氷を操る大蜘蛛──相手にとって不足はありません。まだこのジョブには慣れてませんが、逃がすわけにもいきません。頑張ります」
明斗や雫、皆のそんな会話を聞きながら…… おっ、と気づいた真一が車を停める。
「予定ポイントだ」
真一の言葉に頷いて、夕姫、縁、陽花の3人が車を降りる。彼女らは敵の退路となる西側を遮断すべく、南の山中を突破、先行することになっていた。
残りの3人はこの場に残る。迂回班と、もう一つのルートである水路から侵入する2人、雨宮アカリ(
ja4010)とスピカ──Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)の配置を待って、囮役として東側から車で突入する手筈だった。
「それでは気をつけて」
「お互いにね」
挨拶を済ませ、真っ白な冬季装備にかんじきを吐いた3人娘が山の中へと分け入っていく。その背を見送って暫し…… 狙撃銃を活性化させ、再度の点検を始める雫。待つのは辛いな、と真一もハンドルを指でトントン叩く。
「こっちは囮ですし…… 良いノリでいきましょう」
明斗はスマホを取り出すと、プレーヤーを起動して音楽をかけ始めた。それを見た真一は口を開きかけて再度つぐんだ。──ゴウライガのテーマ曲…… いや、なんでもない。
囮役の車両班と分かれて山中へと分け入った迂回班の3人は、インフィルトレイターである縁を先頭に立てて山の斜面を西へと進んだ。
「ん。相手に気づかれないよう、こっそり行かないとだね…… 隠密、索敵は縁が頼りなんだよ。私の方でも気をつけはするけれども。私の方でも気をつけはするけれどもっ!」
グッと親指を立てて見送る陽花に、任せてっ!とVサインで応じて…… 行く手へと向き直った縁はその表情を引き締めた。
一面の深い積雪…… かんじき履きでも移動は事だ。幸いにも山の北壁、遮蔽物となる植生は濃い。件の建物の南側、広場中央に陣取る雪蜘蛛からは距離もあるし、なんとか気づかれずに行けるだろうか……
縁はマフラーを鼻まで上げると、散弾銃を手に一歩一歩前へと進んだ。『侵入』にて雪踏む音を消し、ついて来る2人が少しでも歩きやすいように『道』を作る。
「大丈夫? 代わろうか?」
やがて、疲れの見えてきた縁とせめて雪踏みくらいは代わろうと近づいて来た友人2人に、縁はハッと何かに気づいて手信号で停止を命じた。緊張も露に足を止める夕姫と陽花。縁はそれを確認すると、改めて進路上に眼を凝らす。
……行く手の木々の間にキラリと流れる一本の光。──糸だった。木々の間に張り渡された蜘蛛の糸に水蒸気が付着し、凍結したものだった。念の為に『サーチトラップ』。……そこかしこに仕掛けられた糸は、全て雪蜘蛛に続いているようだった。
「あからさまに怪しそうなんだよ……(汗 蜘蛛型が相手だし、蜘蛛の糸でできそうなことには注意しないと、だよね」
「これ、糸に引っかかった振動でこちらを感知するタイプ? なら、切るのもまずいか…… 迂回していきましょう」
陽花と夕姫と話し合い、山の中腹まで登る縁。先頭は夕姫に代わった。スコップで道を切り開く彼女のすぐ後ろで、散弾銃を構えた縁が警戒の視線を飛ばす。
そんなこんなでようやく目的地へと達して…… 縁は南西、山の斜面から広場の状況を確認した。
雪蜘蛛に動きは見られなかった。どうやら気づかれずに到着できたようだ。
「縁、お疲れ様」
他班への報告を終えた縁に、夕姫がポットから温かい紅茶と携帯食を手渡した。
「……お腹が空いては戦は出来ぬ、ってよく言われるもんね」
縁は礼を言いながら、ホクホク顔でそれを受け取った。
縁からの連絡が来た時、水路班のアカリとスピカは川の上の木船の上にいた。
エンジンを切って流れのままに川を下り、件の建物が見えた辺りでコンクリの碇を沈めて船足を停める。
そのまま船上で待つこと暫し…… スピカに肩をつつかれてアカリはそちらを向き直った。チョイチョイと無線機を指差すスピカ。どうやら迂回班が配置についたらしい。
「それじゃあ、スピカさん。行きましょう。できるだけ低空飛行して、水上スレスレを」
「……はい」
立ち上がり、その背にCode:S.W.──陰影の翼を展開するスピカ。その背から不規則に伸びる半透明の銀色の翼── 応じてスピカの瞳が有機金属の様に紅く染まる。
スピカは背を向けたアカリの脇の下から両腕を回して抱え込むと、アカリがしっかり保持したことを確認した後、木船の上から飛び立った。
一旦上昇して事故に備えた後、水面ギリギリまで高度を下げて飛翔するスピカ。その腕の中に吊下されながら、アカリはすぐ足元を流れ過ぎて行く水面を見て「冷たそうねぇ」と嘆息し…… ふと気づいて笑みを浮かべ、スピカに向かって冗談を言った。
「『落とすなよぉ…… 絶対に落とすなよぉ……!』」
「……はい。落としません」
「……いや、だから、『絶対に落とすなよぉ』」
「……はい。絶対に落としませんよ?」
何を言っているんだろう、と小首を傾げるスピカに、アカリはなんでもない、と乾いた笑いを返す……
そのまま川岸の崖を遮蔽に件の建物の北側へと出た2人はそこで急上昇へと転じた。建物の陰から一気に屋上へと上昇し、ふわりとアカリを投下する。屋上へと着地したアカリはその勢いもそのままに雪の積もった屋上を駆け、身を伏せると南側の端まで這い進み……スピカも着地して翼を消すと、同様にそれに続く。
「屋上班、現着。これより観測を開始するわぁ」
「……ターゲット確認。……雪に紛れる白い蜘蛛……保護色? まさか……」
呟くスピカ。あれだけの巨体、遠目にはともかく戦闘距離で見失うわけは無い。ならばなぜ…… と思考を進めようとしたスピカのマスク越しの視界に。蜘蛛がこちらに──屋上に向き直る姿が映った。
気づかれた!? なぜ──と直後にハッと気づく。──山の斜面にまで(文字通り)警戒網を広げていた敵だ。屋上に何も仕掛けてないはずがない──!
驚く2人に構わずに顎をわきわきと動かし、糸を引き寄せる雪蜘蛛。次の瞬間、アカリとスピカの2人は積もっていた雪ごと屋上からその身を投げ出された。咄嗟に翼を広げて宙に留まるスピカ。アカリはなす術もなく素っ頓狂な悲鳴と共に落っこちて…… 空中で受身の姿勢を取ったまま、雪溜まりにズボッと埋もれた。
「まさかこっちで落っことされるなんてぇ!」
ガバッと身を起こすアカリに向かって、雪の上にいるのが嘘の様にシャカシャカと這い寄る雪蜘蛛。落ち着き払ったアカリの銃撃──その初弾は、だが、白い脚部に弾かれる。
アカリに迫った雪蜘蛛は、しかし、背後から銃撃を浴びせかけられ、慌ててそちらを振り返った。
雪煙を蹴立てながら道路から飛び出して来たのは、急遽、待機場所から駆けつけて来た囮班の四駆だった。吠え立てるエンジン音。鳴り響くワーグナー。音量を最大にしたスマホから流れる『ワルキューレの騎行』に乗って、真一がハンドルを大きく切って広場へと乗り入れる。
「順序は逆になっちまったが…… 行くぜ! しっかり掴まってろよ!」
再び直進。車の窓枠に腰を下ろしてルーフの上に狙撃銃を保持した雫は、慣性が消えるのを待って再び狙いを定めて発砲する。
跳弾の火花。どっしと構えた雪蜘蛛の口から放たれる反撃のスノーレーザー。真一が咄嗟にハンドルを切るも流石に回避できず…… 白き光に直撃された車の左側面が瞬く間に雪に覆われ、凍結する。急停車する車両。遠心力を利用して窓枠から飛び出す雫。車から降りようとした明斗は、だが、凍結した扉を開けられず。運転席の真一はドアを開けると同時に蹴り飛ばし、トォッ! と外へと転がり出る。
「ゴウライアーク、シュート!」
変身(覚醒)し、宙空に生み出したアウルの矢を活性化させた弓で放つ真一。雪蜘蛛はその『表皮』に矢を突き立てられながら、構わず真一へと突進する。
「さすがに単騎でいるだけあって手強い」
抜けるか? いや、抜くのだ。予め貰った情報、無駄にするわけにはいかない。
雄叫びを上げつつ正面から迎撃に出る真一。雪面を転がった雫がそのまま伏射姿勢でその突進を援護する。呼応し、発砲するアカリとスピカ。三者の銃撃の内、数弾が蜘蛛の足を捉えて砕いた。ポロリと剥がれ落ちる白い何か── それは蜘蛛が身体に巻いた糸が硬化したものだった。被弾し砕けたその増加装甲の隙間から黒い本体が垣間見える。
「ゴウライ、ソニックパァァンチ!」
内部への浸透を目的とした拳による一撃が、蜘蛛の頭部を捕らえてその装甲を剥奪させる。同時に、吐き出されたスノーレーザーが真一へと襲い掛かり…… 横から飛び出してきた人影がその一撃をがっしと受け止めた。
それは遅れて車から抜け出してきた明斗だった。アウルによって強化された円形盾の表面に凍結する吹雪の吐息── 明斗は雪の陰から聖槍を突き出すと、魔力で形成した黄金の穂先で以って刃を蜘蛛の顎へと突き入れた。
「正面、防御は引き受けます。千葉さんは攻撃に集中を」
「おう!」
壁役の登場を受け、側方へと回り込み始める真一。複眼でそれを捉えて追う蜘蛛に明斗が追随して正面へと回り込む。雫はその場で支援に徹することにした。立て続けに銃撃を浴びせかけ、蜘蛛の身を覆う装甲を打ち砕いていく。
連携による包囲は、だが、完成する直前で阻止された。前衛組の脚が突然、何かに引っかかっり、止まったのだ。
距離を取り、反撃のレーザーを薙ぎ払う蜘蛛。上空から精密な狙撃を繰り返していたスピカも、一旦、翼を翻して距離を取る。
「これは……網か! なるほど、雪に沈まないわけだ。この広場全体が『蜘蛛の巣』で覆われているんだ」
「あの蜘蛛はその上を歩いている、と…… この雪でも相手の機動力が落ちないのはそういうわけね」
明斗の独白に応じたのは夕姫だった。馬竜に騎乗した陽花と共に『小天使の翼』で宙を駆けて来たのだ。
「なら、その糸が切れれば……」
「ええ、そうなる道理です」
明斗は槍を構え直すと再び蜘蛛へ向かって突進した。足元に絡まる糸。それを感知し振り返る蜘蛛。明斗はフッと笑みを浮かべると、その身からアウルの劫火を噴き出させた。燃え盛るそれは一瞬で雪面を舐め、嵐と化して雪蜘蛛を呑みこむ。
その蜘蛛の体がガクリと沈んだ。雪は溶けていない。溶けたのは、蜘蛛が魔力で編んでいた『巣』の『網』だった。
「今だよ!」
主たる陽花の指示を受け、戦士たちを鼓舞する嘶きを上げるスレイプニル。大型小銃を構えた夕姫が雪面を滑る様に移動しながら、弱点と推測した腹部へ立て続けに砲撃を撃ち放つ。緩い弧を描いて飛んだアウルの砲弾が1発、2発と火花に弾かれ……同じ箇所に着弾し続けた3弾目がついに鎧を砕いた。
「装甲は剥がれたわ。狙って」
夕姫の言葉に応じて突進する陽花。直上を駆け抜けるように走りながら薙刀をクルリと回し、馬上から蜘蛛の脆い腹へと渾身の力で突き下ろす。直後、反撃のレーザーでころころの雪だるまになって落馬しながら構わず攻撃を命じる陽花に応じ、馬竜が放つ真空波。空中から地上の蜘蛛へと放たれたそれは鞭の様に蜘蛛と地面を叩き。切り裂かれた胸部装甲と千切れた網とが雪面にて跳ね上がる。
増加装甲もあらかた砕かれ、雪面の巣も蹴散らされ…… 戦況利あらずと見た雪蜘蛛が戦場離脱を決意する。ジリジリと建物の方へと下がる蜘蛛。包囲を狭める撃退士たち。そんな蜘蛛の背後、半ば雪の中に埋もれたアカリが、狙い済ました銃撃で蜘蛛の後肢の1本を圧し折った。ガクリと沈む身体に隙を見て一斉に距離を詰める前衛。ようやく戦場へと到達した縁が「陽花さぁ〜ん!?」と叫びながら雪だるまを掘り掘りする。
蜘蛛はそれまで溜め込んでいた糸の奔流を尻から建物へと吹き付けると、その糸を高速で巻き込んで一気に屋根の上へと跳躍しようとした。
「……えい」
だが、それは読まれていた。突き出されたスピカの拳、その腕に活性化したパイルバンカーが、野太い炸裂音と共に前方、拳の延長線上に高威力の杭を突き入れる。
「逃がさないわよ、落ちなさい──!」と、頭上から光り輝く拳の急降下攻撃でもって蜘蛛を地面へと叩き落す夕姫。その落ちた所に明斗が宙空に生み出したアウルの流星雨を叩きつけ、蜘蛛周囲を乱打することでその身を萎縮させる。
アカリの銃撃が、また別の脚を折った。その直前、グイッと雪面に力を溜めた雪蜘蛛は、糸無しの跳躍で撃退士たちを飛び越える。
直後、ガッとその顎へと掴みかかる雫。逃がすわけにはむかない──無我夢中であった。同時に、ひどく冷静だった。零距離で放たれたレーザーを『水陣壁』──球状の水の様なアウルの障壁で受け凌ぎ。凍えた指に奥歯を噛みつつ仲間にトドメを託す。
「託された。行くぞ、ゴウライ、流星閃光キィィィック!」
IGNITION! BLAZING! 格好良い掛け声と共に溢れ出たアウルの奔流が太陽の如く輝き出し…… 空中へ飛んでポーズを決めた次の瞬間、目にも留まらぬ速さで蜘蛛の腹部を貫いた。
その一撃を最後に、雪蜘蛛は完全に沈黙した。雪の中から陽花を掘り出し、抱きつく縁。その光景を背景に、真一と雫は蜘蛛液塗れであったけれど。
「流石に身体が冷えたわね。早く暖かいお風呂に入りましょう」
雪塗れの、そして、蜘蛛の体液塗れの皆を見て、夕姫が呟いた。