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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:12人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/01/14


みんなの思い出



オープニング

 山形県鶴岡市にゲートを構える青年天使は、その名をファサエルといった。
 階級は大天使。直属の上官は持たない。
 戦士である。『細身の偉丈夫』という相反する要素を内包する肉体は、異世界の戦場で悪魔を相手に鍛え上げられたものだ。
 だが、そこに熱はない。彼を見て、受ける印象は怜悧の一言。金髪碧眼、眉目秀麗なその顔立ちに感情の類は一切見られず、気難しげな表情に時折、皮肉と冷笑が漣となって揺れるのみ──

 ファサエルには、弟分とも呼べる天使がいた。徹汰こと天使アルディエルである。
 人間の年齢で言えば13歳──まだ少年と呼べる位の幼い天使だ。一時期、ファサエルの連れ添いであった女天使『不殺の破壊者』マリーアデルが、ファサエルと出会う前に戦場で拾い、保護者となって育ててきた。
 そのマリーアデルが戦場で悪魔に殺された後は…… 行きがかり上、ファサエルが面倒を見ることになった。
 だが、二人の関係は決して蜜月と呼べるものではなかった。アルディエルはファサエルのことを『姉(マリーアデルのことをアルディエルはそう呼んでいた)を守れなかった男』と呼んで憚らなかったし…… そもマリーアデルを介して最初に引き合わされた時から、アルディエルはファサエルのことを徹底的に嫌っていた。
 そんな子供に無条件の愛を注げるほどファサエルもまた大人ではなかった。というか、ファサエルの方もアルディエルを一目見たときから気に喰わない奴だと思っていた。
「あんたの世話にはならない」
 出て行こうとするアルディエルにファサエルは淡々と近づくと、ぶん殴り、食卓の椅子に縛り付けた。そして、ファサエルが作った不味い飯を押し出した。
「食べろ」
 意地を張って手をつけないアルディエルの向かいに座り、丸一日…… やがて、空腹に耐えられなくなったアルディエルが悔しそうに匙を取ると、ファサエルはようやく席を立った。
「子供が。一人で食っていくこともできないというのに、出て行ってどうするつもりだ?」
 涙と屈辱に塗れた顔を、ファサエルが涼しい顔で受け流す。
 以来、ファサエルとアルディエルは共に数多の世界を渡り歩いた。共に存在し得たのは、マリーアデルの仇という共通の敵と、その仇を討つという共通の目的があったからだった。

 2014年、8月──
 そのアルディエルがここ数日、戦力としてはすっかり使い物にならなくなっていた。
 どうやら女に振られたらしい、とは、これまでの状況からファサエルにも推察できた。以前、敵の最大戦力──久遠ヶ原の情報を入手すべく、アルディエルを学園に送り込もうと企んだことがあった。それは撃退士たちに看破されて日の目を見ずに終ったのだが、その際、出会った少女──榊悠奈とか言ったか──にアルディエルはずっと執着していたからだ。
「……数少ない手駒にいつまでも腑抜けていられては困るのだがな」
 ファサエルは配下のシュトラッサーとの面会を済ませると、コボルト(擬人化した犬のぬいぐるみの様な外見をしたお手伝い向けサーバント)たちが掃除を始めた執務室を出て『広間』へ向かった。
 アルディエルはそこにいた。常春に設定された花と鳥たちの庭── そこに置かれた白いテーブルと椅子に座り、ぼんやりと蒼い空を見上げていた。
「女を連れ帰れなかったことがそんなに堪えたか?」
 淡々と訊ねるファサエルに、反発の声はなかった。常とは異なるアルディエルのその態度にファサエルは立ち止まった。
「……あんたには分からないさ。『正しく天使』であるあんたには」
 皮肉気に言ってまた空を見上げるアルディエルをチラと見やって…… ファサエルは少し沈黙した後、そうでもないさ、と呟いた。
「マリーアデルと出会ってから最初に食事を共にするまで、私も何度も断られた。……戦闘が終わる度、互いに返り血に染まった状態では、確かに雰囲気も何もあったものではなかったろうが」
 何かを思い出して微笑するファサエルをアルディエルは意外そうに振り返り…… だが、目が合った直後、何か後ろめたそうに視線を逸らした。
 ファサエルは、ふむ、と沈思した。アルディエルが心に抱えるそれは、『落ち込み』ではなく『悩み』の類か?
「ともかく、こんな所でぼうっとしているより、何かやれることがあるはずだ」
 そう告げ、執務室へと踵を返すファサエル。広間の扉が閉まる際も、アルディエルは動かなかった。


 トビトのヤタガラスを模してファサエルが作成した前線監視のモニター群── その一つのモニターに、資料で見覚えのある顔を見出し、ファサエルは書類から目を上げた。
 あれは、確かアルディエルの── 呟き、机を指で叩き…… 常ならざる主の様子に、コボルトたちが互いに顔を見合わせる……


 2014年、11月──
 榊兄妹は友人たちと共に、『巨人』が出現したというその東北の戦場へと転移した。
 勇斗と悠奈たちはこの数週間、天使や『巨人』の出現報告に即応する為、転移ゲート付近で待機してきた。全ては徹汰=アルディエルと再び会い見えるためだった。巨人型のサーバント(或いはシュトラッサー)は、これまで徹汰=アルディエルが何度か行動を共にしてきた敵種だった。鳥海山の天使は先の仙台の戦いでその数を大きく減らしており、それらの依頼を潰していけば会える確率は低くはない。
「今度こそ、徹汰君を説得してみせるよ、お兄ちゃん。今の私のこっ、こっ、この気持ちをストレートに伝えてみせるから!」
 顔を真っ赤にしてわたわたと、だが、しっかりと覚悟を示してみせる悠奈。徹汰に久遠ヶ原学園への亡命を説得し、断られ…… 利でも理でもなく、情を──自分の素直な気持ちを伝えるよう友人たちに助言されてのリベンジである。
 徹汰の事が好きなのか、と問われて、悠奈は、これが恋なのかわからない、と答えた。でも、徹汰の説得を諦めるつもりはない、何度でも! とも言った。
(兄としては何か複雑なものがあるが……)
 子供だ、子供だ、と。庇護すべき存在であると思っていた妹が、自分の意志で行動している。ならば、それを手助けするのが兄としての役割だろう。……もっとも、徹汰が学園に来たとしても、清く正しい交際以外、お兄ちゃん認めませんがー!
「天使だ! 天使が出た!」
 他部隊からの報告に、悠奈は勇斗と頷き合うと友人たちに協力をお願いし、報告にあった戦場へと駆け足で移動した。
 そこは小高い丘の斜面の麓であった。そして、一面に負傷した撃退署員や…… 死体が転がっていた。
「丘の上に巨人型!」
 見上げた丘の稜線の向こうで、身を起こした巨人の半身がこちらへと向き直る。丘の向こうからは更に剣戟、銃撃の戦場音楽── 悲鳴と、怒号と、天使に対する悪態とが、そこに交じって聞こえて来る。
「お兄ちゃん、徹汰君は丘の向こうに!」
 意気込む悠奈を、勇斗は制した。
 何か違和感があった。
 周囲へ視線を振る。負傷者、そして、死体の群れ── 剣、いや、もっと大きな大剣状の何かに斬られたような傷── 中には、まるで無防備な状態で斬り捨てられたようなものもある。
「悠奈…… 今回もまたはずれかもしれんぞ」
 手に汗を握りながら呟く勇斗。巨人型がゆっくりと、こちらへ向かって丘を下り始めた。


リプレイ本文

 今回もまたはずれかもしれない── 緊張した面持ちで零した勇斗の言葉に、悠奈は困惑して振り返った。
「え? でも、徹汰くんの他に巨人型を連れてる天使なんて……」
「落ち着いて、悠奈ちゃん。視野狭窄に陥ったらダメだよ」
 活性化した散弾銃を右手に提げたまま、葛城 縁(jb1826)がしっかりしなさい、と悠奈の肩をグッと掴む。
 悠奈はハッと我に返ると改めて周囲を見渡した。──重い曇天。一面に広がる枯れた芝生。その上にバラバラと点在している、倒れた撃退署の署員たち──
「……オジサン、ここに来るまで色々修羅場も見たりしたけど、ここのも中々酷いねぇ……」
 息を呑む悠奈のすぐ横で、吐息を洩らす土古井 正一(jc0586)。その横で華子=マーヴェリック(jc0898)はギュッと拳を握り締め、その小さな肩を震わせる。
(……泣いているのか?)
 無理もない、と正一は思った。確か華子は戦闘経験が殆どなかったはず。それがいきなりこんな『死屍累々』では……
「……これが、戦い…… これが、撃退士の本当の仕事、なんですね……?」
「大丈夫だ、華ちゃん。華ちゃんのことはオジサンがしっかり守ってやっから……」
 励まそうと伸ばした正一の手が、空中でピタリと止まる。
 華子は泣いてはいなかった。怯えではなく怒りに震えていた拳を更に強く握り締め、俯いていた顔をキッと上げる。
「だとしたら、私はもうこれ以上、誰も傷つけさせませんっ!」
 決意を口にした瞬間、ブワッと溢れ出る涙。抑えきれない感情に身を震わせる華子の頭を、正一が伸ばした手でポンポン叩く……
「この惨状を見る限り、丘の向こうにいる天使は件の天使──アルディエルではないと推測します」
「同感だよ。以前、巨人といたのは確かに徹汰くんだったけど…… あの子なら死人を出したりはしないよね」
 己が身を越える大剣を活性化し正眼に構える雫(ja1894)──その雫の推論に、彩咲・陽花(jb1871)も同意した。彼女たち歴戦の撃退士たち──雪室 チルル(ja0220)や獅童 絃也 (ja0694)、永連 璃遠(ja2142)や神棟星嵐(jb1397)といったベテランたちは、悠奈たちを中心に円陣を組み、全周に対して警戒の視線を飛ばしている。
「じゃあ、あの丘の向こうにいる天使はいったい誰?」
 どうやら冷静さを取り戻したらしいことを確認して、陽花は悠奈に微笑んだ。丘向こうの天使は何者か──それは陽花にも分からない。
「ん…… じゃあ、私と縁で天使の正体を確認してくるよ」
 良い事を思いついた、とばかりに陽花がそんな事を言い出して。縁はびっくり仰天した顔を慌てて内に押し隠した。
(確かに、天使の正体が分からぬまま、悠奈を接触させるわけにもいかないけど……)
 縁は思った。危険なその役割を陽花が担うと言うのなら。そして、勇斗にいいとこ見せたいと張り切っちゃっているのなら。まぁ、付き合わないわけにはいかないか。陽花の親友たる身としては!
「そんな危険なこと……っ! だったら、私が……」
「悠奈ちゃん。真打の登場は私たちが天使の正体を確認してからだよ。……大切な目標を持っていればこそ、自分の足元を疎かにしちゃダメ。悠奈ちゃんの周りには、他の何ものにも代え難い人たちが大勢いるんだから」
 縁は悠奈の頭をわしゃわしゃしながら、チラと月影 夕姫(jb1569)に目配せをした。
 夕姫は頷いた。勇斗も悠奈も、自分の為に友人が危険な目に遭うことを是とするような子ではない。
「悠奈ちゃん。気持ちは分かるけど、焦らないで。今は負傷者の救助が先よ」
 まだ息のある者もいるかもしれない── 夕姫がそう言うと悠奈はグッと言葉に詰まった。悠奈はアストラルヴァンガード──癒し手だ。そして、己の目的の為に彼等を見捨てていけるような、そんな子でも決してない。
「それに…… いざ説得という時に、『アレ』に邪魔されたくはないでしょう?」
 アレ──即ち、丘の上にいる1体の巨人型。転移してきた撃退士たちの出現に気づいたそれは、ゆっくりとその身を起こしつつある。
「丘の向こうで戦っている方々の援護にすぐにでも向かいたいところですが…… 今はあの巨人をなんとかしないといけませんね」
 ユウ(jb5639)もまたその流れに乗っかり、悠奈の決断を後押しにかかった。実際、戦術的に見てもあの巨人を放置して天使に相対するなどありえない。悠奈は頭の良い子だと言うから、説得などしなくてもそれだけで状況は理解できるはず──
「……分かりました。私は負傷者の救助に回ります」
 悠奈が己の立場を受け入れるのを見て、夕姫たちは内心でホッと息を吐いた。
 背後の一連のやりとりをジッと聞いていた絃也は、その鉄面皮の下で思考した。──年齢的にまだ『酸いも甘いも嗅ぎ分けて』というわけには行くまいが…… やれやれ、思春期とは面倒くさいものだ……
「では、葛城さんと彩咲さんが丘向こうの天使の偵察。残った我々であの巨人型に対します。悠奈ちゃんたちは生存者を探して急ぎ丘の麓から退避させてください」
「敬一くんと麗華ちゃんは偵察班にきて。……危険だけど、勇斗くんと悠奈ちゃんの為に力を貸して欲しいんだよ」
 状況の整理を行う星嵐の横で、縁が恩田兄妹に声をかけた。後半の言葉は悠奈たちに聞こえないよう小声になった。応じて無言で、だが、力強く頷いてみせる敬一と麗華。気づいた白野 小梅(jb4012)が麗華の腕に飛びつき、ひっつく。
「麗華ちゃんがそっちに行くなら、親友のボクも一緒に行くのぉ♪ 危険なにおいがぷんぷんなのぉ!」
 腕越しに感じる小梅の震え。それでも小梅は離れない。──天使は怖い。とても怖くて怖くて仕方がないけど、いざという時は悠奈ちゃんと麗華ちゃんだけは逃がすんだから……!
「それじゃあ、悠奈ちゃん、いってきまぁす♪ 悠奈ちゃんはここで待っててねぇ!」
 麗華の腕にひっついたまま、悠奈にぶんぶんと手を振る小梅。陽花もまた悠奈と勇斗に声を掛ける。
「悠奈ちゃん。天使の正体が分かるまで無茶はしないでね。勇斗くんもだけど」
 言い終えて少し言葉に詰まり…… 軽くギュッと勇斗を抱き締めてから慌てて走り去る陽花。
「くれぐれも気をつけてくださいね」
「絶対に無理は禁物ですよ! 確認だけ行って、撤退できるようなら撤退に徹した方が……!」
 離れていく偵察班の5人を見送りながら、心配したユウと璃遠が声を掛ける。
 縁は頷いた。無理をしない── これは絶対。生きて帰るのが最優先。万が一、離散した場合の合流地点は近くの林に設定しておいた。最悪、林に逃げ込んでしまえば、空からも見つけ難いはずだ。


「出たわね何時ぞやの巨人! ここであったが百年目ってやつよ!」
 丘の上に現れた巨人にシャランと刺突大剣を抜き放ち── チルルは巨人にそう叫ぶと皆の先頭に立って走り出した。
 気合を漲らせて突進するチルルをフォローする様に、至極冷静沈着な表情で後続する雫。そんな二人の性格とは対照的に、チルルの刺突剣からは冷たく白い氷細が舞い、雫の大剣からは炎の幻影が熱く焔の如く揺らめいている。
「まずはあの巨人を何とかしないと、ですねっ!」
 華子もまた移動を始める。正面はチルルと雫の二人に任せ、こちらから見て右翼側──敵の左側へと回り込む形だ。
 その華子の後ろには、正一がぴったりと張り付いていた。同じ『部活』に属する二人── 華子をバックアップするのが自分の役目、と正一は己にそう課していた。
(さて、俺もタマには本気で怒らないと…… オジサン、あんまり人死は好きじゃないんだ)
 先程の惨劇を思い出す。そして、その光景を見て泣いた華子の事を思い出す。……そう、華ちゃん、泣いちゃってたよ? 女の子を泣かせるのは良くないねぇ……
「そうだ。まずはあの巨人を止める。そして、消す! 大丈夫だ、華ちゃん。オジサンがついてる! まずはしっかりと前を向いて、悪い奴を思いっきりぶん殴っといでぇ!」
「はいっ!」
 元気良く返事を返し、斜面を登り始める華子。丘の上に立つ巨人を見上げながら、その大きさにゴクリと息を呑む……
「3度目の正直、ってね。今度こそ倒すわよ」
 『小天使の翼』で浮かぶ夕姫の呟きに── 横で己の闘気を高めながらそれを聞いた璃遠が、敵についての情報を訊ねた。
「見てくれ通り、膂力と耐久力に優れた敵ね。自己再生能力も持っていてとにかく打たれ強いわ。過去二度の対戦では共に逃走を許しているし」
「水系の『魔法』の使い手でもありますね。水弾とか、脱水とか……」
 夕姫と星嵐が答えた。他にも膂力を活かして岩とか自動車を投げてきたり、あのナリで格闘技っぽい動きをしてみたり。あとあの図体だからこちらの攻撃は良く当たる。というか、当てられない程の動きで暴れている時はとてもじゃないがこちらが危ない。
「……なるほど。一筋縄ではいかないっぽいですね」
 聞きえた情報の内容に璃遠は思わず苦笑を洩らし。だが、すぐにその表情を生真面目に引き締めて、己の闘気に集中する。
 絃也は全く動じた様子も見せず、深く静かな呼吸と共に、腰と、腰から水平に突き出した肘と拳とを沈め始めた。全身を巡るアウルの力を脚部へと集中し…… 同時に、これから始まる戦いに備えて、己の闘争心を冷徹なまでに研ぎ澄まさせる。
「……私たちもそちらへ合流した方が良くないですか、星嵐先輩? せめて前衛の私と勇斗先輩だけでも」
 巨人の情報を聞いた沙希が心配そうに訊ねてきた。その目が自分も一緒に戦わせて欲しいと言っている。
 星嵐はそんな沙希に近づくと、顔を寄せ、小声で囁いた。──正直、この後、何があるか分からない。新手の出現も考慮し、姫と勇斗にはいざと言う時の為、悠奈ちゃんについていてもらいたい。
「負傷者、可能なら遺体も巻き込みたくないので、丘から少し離れた場所を戦場としたいですね」
「丘の上で戦闘した場合、様々な障害物を得物や投擲物として使われる恐れがあるわ。麓へ被害が及ぶ可能性も!」
「ならば、巨人が丘の斜面に下りて来たところで迎撃しましょう」
 戦闘の準備を進めながら手早く方針を確かめ合う撃退士たち。それを聞いていた沙希に向かって、ユウと夕姫の2人がにっこりと笑いかける。
「というわけで、皆さんは負傷者の救助と避難誘導をお願いします」
「あ、余裕があれば、丘の向こうの天使に関する情報も訊ねておいて。ある程度の特徴が分かれば、今後の対策も立て易いし」
 ドンッ、と闘気を解放し、丘へと駆け始める璃遠。アウルを更に脚部へと集中していく絃也。星嵐はポンと沙希の頭に手を乗せると、双銃を構えて走っていった。夕姫とユウは小天使の翼と闇の翼を背中に展開し終え、地の上を滑る様に丘を登っていく。
「気をつけてくださいね、皆さんも!」
 叫び、負傷者たちを探す悠奈たちの元へと沙希が駆け戻っていく。一人、麓に残った絃也は、思考の端に浮かんだ感慨を拾った。
(──やはり思春期とは面倒くさいものだ。或いはそれが青春と呼ばれるものなのかも知れないが……)

 先陣に立って丘の斜面を駆け上がっていったチルルは、中距離でその足を止めると、丘の上からこちらを見下ろす巨人に向かって己の剣先を突き出した。
 剣先から放たれる白きアウルのエネルギーの光条── 細氷を煌かせつつ宙を渡ったそれが、巨人へと突き立ち、皮膚を裂く。
「さあ、そんな所に立っていないで下りて来なさい! あんたの敵はここにいるわよ!」
 更に、雪氷のリングを活性化させて腕を横へと払い、5つの白色光弾を浴びせかけるチルル。雫もまたチルルに並び、こちら側へ誘引すべく『挑発』する。
 その挑発に巨人は乗った。大きくその一歩を踏み出し、丘の斜面を下り始める。そうこなくっちゃ! と遠隔攻撃を止め、再び刺突剣を活性化させるチルル。そのまま撃ち続ければいいのに、と雫などは思うのだが…… そんなチルルな気分(?)もまぁ最近は分からないでもない。
「まずは敵の足を止める……っ! 左足に攻撃を集中します!」
 丘を下る巨人を迎え撃つべく敵の左側へと回り込んだ華子が、人差し指と中指で挟んだ符を振り、炎陣球を撃ち放った。直撃し、炎が巨人の左足を巻き込むように炎を曳き、先の空間を灼く炎。その炎を追う様に距離を詰めた正一が紅色の八角棍の端を握り…… 地面から飛翔させるような軌跡で思いっきり敵の脛を打つ。
 まるで岩でも打ったかのような衝撃── 左足に纏わり付く様に残っていたアウルの炎も掻き消え、『温度変化』に抵抗される。
「そんな、効いていない?!」
「そんな事はない! 攻撃を継続するんだ、華子ちゃん」
 弾かれた棍をそのまま背中からクルリと回し、再び正一が脛を打つ。華子もまた符を振り、炎陣球を叩き込み。更に符を振り生み出した光の刃を同一箇所へと投射する。
 そんな二人の反対側──巨人の右側に回り込んだ星嵐は、その射程ギリギリから敵の右脚目掛けて双銃を連射した。速射に特化したバスタードポップ──引き金を引く度にまるで爆竹が鳴る様に発砲音が鳴り響き、放たれたアウルの銃弾が嵐の如く敵右脛を乱打する。
 連射しながら、星嵐は足を止める事なく、シュッと何かを上へと放った。次の瞬間、星嵐を振り返った巨人が顔を抑えて一歩仰け反る。移動を継続しながら再び脚部に銃撃を集中しながら、星嵐はその合間合間に『ゴーストアロー』──見えざる矢による一撃を混ぜ込み、巨人の頭部へと放った。小癪なその攻撃に激昂し、星嵐を踏み潰しにかかる巨人。そこへ敵を求めて突進して来たチルルが正面から巨人へ突っ込んでいく……

「始まった。こっちも行くよ!」
 撃退士たちと接敵し、巨人が丘を下り始めたのを見て、偵察班の5人もまた戦場の外縁を突き抜けるべく、丘を目指して走り出した。
 気づいた巨人がそちらへと向き直り…… だが、次の瞬間、巨人は背後を振り返り、目をむいた。雫の髪の毛がありえないほど爆発的に伸び広がり…… まるで連獅子の如く回された大量の髪の毛が巨人の身体に絡みついたのだ。無論、物理的な現象ではない。雫が仕掛けた『忍法「髪芝居」』── 幻影により敵を心理的に拘束する技だ。
「邪魔者の動きは止めます。……急いでください」
 実体のない幻に束縛され身悶える巨人の足元で、雫が偵察班の5人に告げる。その偵察班を攻撃するべく、眼前に巨大な水球を生み出し始める巨人。その射線の下に潜り込む様に浮遊した夕姫が回り込み、アウルの小翼と両足を広げて急停止── 直後、見えざるシートに背を沈み込ませるように振り上げた大型ライフルの銃口を、巨人の頭部へと向け発砲する。
 顔面を痛打され、仰け反り、水球を霧散させる巨人。さらに反対側から地を這うように飛行して来たユウが、丘を走る階段の踊り場へと舞い下りて。手摺を二脚代わりに構えた狙撃銃の銃口から黒い霧を漂い出でつつ…… 『ダークショット』──闇の力を黒霧に纏わせた必殺の一撃でもって巨人の頭部を狙い撃つ。
 放たれた闇の一撃は、『束縛』された巨人の後頭部を直撃した。見えざる力がせめぎ合い…… 弾かれる闇の弾丸。その強力な一撃に傷から血を噴き上げながら大きくつんのめった巨人は、己に対する最大の脅威がこちら側の戦場にいることを知った。
 巨人の身体がグラリと揺れて…… 直後、一瞬で距離を詰めた巨人の浴びせ蹴りがユウのいた階段の踊り場を砕いた。コンクリ片が飛び舞う中、飛翔して敵から距離を取るユウ。立ち上がり、それを追おうとした巨人のアキレス腱を、肉薄してきたチルルが「どっせい!」と刺突大剣を突き入れる。
「速攻ぉ!」
 切っ先を引き抜き、再びクルリと身を回転しながら刃を突き入れるチルル。それに呼応するかのように、全身から闘気を漲らせながら璃遠がそこへ突っ込んだ。早く巨人を撃破できれば救助活動が捗る。天使の偵察に出た5人にも増援を割り振ることもできる。
「全力で、刀を抜かせてもらうよ……!」
 声と同時に息を吐き。正面の脚部へ向けて閃破を抜刀。衝撃波を放つと同時に魔具を換え、活性化した直刀を空中に引っ掴む。瞬間、全身のアウルが体内で燃え上がると同時に紫焔が刀身を包み込み── 爆発的な加速により目にも留まらぬ速さで肉薄した璃遠の一閃は剛撃と化し。皮膚を削られていた巨人の脛部の分厚い筋肉を断ち、骨にまで喰い込んだ。
 同刻。丘の麓にいたはずの絃也が己の足に集めていたアウルの力を爆発的に燃焼、加速させ── 地を蹴ると同時、後方一気の差し足で怒涛に丘を駆け上がる。瞬く間に敵の足元へと飛び込んで来た絃也はその場で一旦、気を練り上げ…… 次の瞬間、ダンッ! と大きく踏み込みつつ、巨人の全体重が乗った軸足に向かって肩から全体重を叩きつけた。
 衝撃波すら発生したのではないか、と錯覚させるほどの轟音── 軸足を大きく払われた巨人が支えきれずに尻餅をつく。
 攻勢の機会とばかりに一気呵成に攻勢に出ようとした撃退士たちは、だが、その周囲に突如爆発的に発生した白い霧に思わずその足を止めた。
「水の、魔法……?」
 そう、ただの水蒸気だ。霧や雲ほどには視界を阻害できない、ただ一度限りのはったりの技── その一度の間に巨人は応急で傷を塞ぐと、立ち上がって格闘技の構えを取った。
 その目には既に油断はない。
「これからが本番というわけですか」
 呟き、己の闘気を解放しながら、雫は戦線に加わるべく仲間の元へと走っていった。


 戦場を突破した偵察班の5人は、無事に丘の上へと登った。
 斜面、手摺の下からそっと丘上──展望台を窺い、『索敵』でもって敵が見当たらない事を確認する縁。背後に手信号を出し、散弾銃をいつでも撃てるように水平に構えながらエリアに侵入。後方の視界は薙刀を構えた陽花に任せつつ、右へ、左へ銃口を振り……
「クリア。どうやら敵はいないみたい」
 と、ようやく銃口を下げて息を吐く。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ、麗華ちゃん。私たちが練習したひっさつのコンビ攻撃、名づけて『白野が目標を北風の吐息で吹き飛ばし、その飛ばした先に麗華がボルケーノで追撃』があれば怖いものは何もないんだよぉ♪」
「なによ、そのまんまじゃない」
「じゃあ、『必殺、ぶっ飛ばし攻撃ぃ』で♪」
 緊張気味の麗華に対して笑顔で話しかける小梅。
 縁は休む間もなく丘の反対側の端へと這い進んだ。陽花さんくらいの『大きさ』だと匍匐も楽なのに、とか気を紛らわせつつ、『テレスコープアイ』でもって眼下の戦場へ視線をやる……
「……さて。徹汰くんではないね。となると、アレはいったい誰なのかな?」
 反対側の丘の麓で戦っている天使は徹汰ではなかった。体格も得物も違う。ついでに言えば、単純な戦闘力も徹汰のそれより更に上だ。
「アルディエルじゃないとすると…… 巨人の方に来る可能性もあるってことかな? なら、撃退署員に加勢して撤退を援護しつつ、こちらも適度に戦って合流地点まで後退だね」
 縁の想像通り縁よりは楽に匍匐して来た陽花が、そう言って狼竜──フェンリルを召喚。本格的な戦闘は今回が初になるけど、よろしくだよ、と伏せの姿勢を取った狼竜の背を撫でながら、薙刀を手にその身を起こそうとする。
「待って」
 立ち上がろうとする陽花のその腕を、縁が掴んで引き戻した。その強引さと力の強さに陽花は驚いた。その手には微かに震えがある。
「離脱しよう。今すぐに」
「あの人たちを見捨てるの!?」
 縁の言葉に陽花は驚き。振り返ったその切羽詰った表情を見て改めて驚いた。
「戦力が足りないよぉ…… 逃げた方が良いかもぉ……」
 いつの間にか横に来ていた小梅がぶるぶる震えながら言った。あの天使は徹汰とは違う。徹汰からは怖さは感じなかったけど、あの天使からは恐怖しか感じない。
 結論から言えば、どうするのか、という論議はせずに済んだ。戦っていた撃退署員たちが全滅したからだ。
 戦いを終えた青年天使が丘の上を振り返る。この距離で気づかれた!? いや、丘向こうの巨人の戦闘の音を聞き取ったのか。
 どちらにせよ結果は変わらない。あの天使がここに来る。
「即座に撤収! 陽花、急いで!」
「負傷者は……」
「今は、自分たちが逃げ切ることだけを……!」
 転がるように丘の端から退き、敬一たちに撤収を伝える縁。隊列も組まず一塊になって丘の上を南へと走る一行── その地面に、翼の陰が落ちる。その瞬間、皆の身体が訳もなく威圧感に竦んだ。振り仰げば、端正な顔をした青年の天使──だが、その表情からは冷徹さしか感じさせない。
「……見つかった!」
「フェンリル! 『ブレイブロア』! 私たちに立ち向かう勇気を!」
 陽花の志に応えて吠え声を上げる狼竜。だが、次の瞬間、宙から振り下ろされた大剣が狼竜を刺し貫いた。胸部に鋭い痛みを感じ、グッと地面へ倒れる陽花。味方に無線で撤収を報告していた縁が「陽花さん!」と慌てて散弾銃に『アシッドショット』を装填。天使に向けて撃ち放つ。立て続けに放った銃弾の内、一発がその身に当たり…… 天使は不快げに眉をひそめると、大剣の形をした魔力の塊を縁目掛けて投射した。その一撃で身体を刺し貫かれ── 物理的にではなく魔法的ダメージにより意識を喪失する縁。陽花は目を見開くと即座に馬竜──スレイプニルを召喚。倒れたまま命令を発した。
「スレイプニル! 縁を皆の所へ、全力移動!」
「麗華ちゃんも、早く逃げてぇ!」
 忠実に命令を実行し、気絶した縁を咥えて南へと走る馬竜。追撃を加えようとする天使に小梅が『北風の吐息』を叩きつける。
 数mほど押し戻された天使が煩わしげに、魔法剣を小梅に投射した。傷つき、倒れた小梅を助けるべく、召喚した馬竜に麗華もまた指示を出す。
「馬竜。小梅ちゃんを連れて全力で撤収」
「……そんな、麗華ちゃん……」
「あなただけでも逃げ延びて」
 麗華の命により、小梅を咥えて離脱する麗華の馬竜。意識の混濁する小梅の目に、地に下り、地面に刺さった大剣を引き抜く天使の姿と…… 妹を助けようと天使に飛び掛り、一刀の元に切り捨てられる敬一の姿が映る。
「小兄!」
「……兄?」
 倒れた敬一に覆い被さる麗華に、大剣を振り上げた天使が迷いを見せる。その一瞬の機会を小梅は逃さなかった。『瞬間移動』で天使の傍らへと瞬間的に跳躍し、大剣を持つ手に噛み付いてみせる。
「麗華ちゃんに、手を出すなぁ!」
 恐らく拳で殴られたのだろう。小梅の意識はそこで途切れた。
(縁…… 勇斗くん……)
 同様に意識を失う陽花。寸前、脳裏に浮かんだのは友人たちの姿だった。


 片足立ちで素早く蹴り脚を繰り出してくる巨人に対して、チルルは真っ向から打ち合っていた。
 爪先、爪先、踵の正面蹴りと放たれた打撃を氷の盾で受け。砕氷舞う中、繰り出された足に剣先をちくちく突き入れる。
「一寸法師にでもなった気分!」
 叫んだチルルが氷の鎧ごと吹っ飛ばされるのを横目に、直刀を手に突っ込む璃遠。時計の振り子の様にぶぅんと振り戻された巨人の踵に跳ね飛ばされながら素早く起き上がり、流れる血も止めずに再び巨人へと突進する。
「守りに入っても長引けばこちらが不利…… 強襲を続けて押し切ります!」
 璃遠に呼応する様に、星嵐もまた接近戦へと移行することにした。それは賭けだった。星嵐はナイトウォーカー──決して打たれ強くはない。だが、相手の継戦能力を打ち破る為には少しでもダメージを底上げする必要がある……!
 星嵐は手にした直剣に白色の光刃を纏わせると『ヘルゴート』で魔力を底上げ。巨人の側方から背面に回り込みつつ、一撃離脱で刃を振るった。チルルと入れ替わるように前へと出る雫。呼応して突っ込む璃遠。周囲にはアウルの翼を生やした夕姫とユウが飛び回り。その隙に潜り込んだ絃也が至近で気を練り上げ、重い一撃を足元へと叩き込む……
「警戒! 水魔法が来ます!」
 巨人の仕草からその気配を感じて、皆に警告の叫びを上げる星嵐。水流の刃が上から放たれ、直線状に薙ぎ払う。水飛沫の舞う中、一瞬の隙を衝いて雫が焔を纏いし刀身を曳きつつ巨人の内懐へと飛び込み…… 己の内なるアウルを破壊力と速度に転化し、燃焼。残滓を粉雪の如くその身から舞い散らせながら、苛烈な、だが、どこか優雅な剣戟を巨人へ振るう。横薙ぎの風に凍てつき、吹き消える剣の焔──その中から、まるで精錬されたかの如く現れるは蒼く冷たき刀身。其れは鏡面に月を写すが如く。残光に噴き出す敵の血潮を花と散らせつつ、目にも留まらぬ連撃が乱れ飛ぶ。だが──
「まだ倒れない……っ!」
 雫の神速の一撃──『乱れ雪月花』を喰らってもなお、倒れぬ巨人の威容を見上げて奥歯を噛み締める華子。反撃に吹き飛ばされる雫の姿に華子は符を持つ手に力を込めて。光刃の連撃を放ち、叫ぶ。
「これ以上、仲間の人たちを傷つけないで!」
 その幸子へと指向する巨人の視線。気づいた正一が敢えて雄叫びを上げつつ突進し、その視線を無理やり自分へと引き付け。振るわれた反撃に吹き飛ばされて斜面を下へと転がりながら…… 止まった先で肘をつき、半身を起こしながら叫びを上げる。
「今だ、華ちゃん!」
 叫び、正一はごろりと仰向けに転がり、頭上の味方に華子への支援を要請した。その視線を受けてユウは頷き、空中で狙撃銃を振り構えると重い──重い闇の弾丸を巨人に向けて撃ち放った。ドンッ! と強大な闇の力を上半身に受け、斜面に膝をつく巨人。ふと手に触れた階段の手摺を掴み、まるで芋を掘り出すが如く引っこ抜きに掛かる。
 その『得物』を握った巨人の手にユウは狙撃銃を照準し、再びの一撃を撃ち放った。手の甲を銃弾に貫かれ、思わず得物を取り落とす巨人。偵察班の撤収を伝える悠奈の叫びを小耳に挟んで── チルルはその手に巨大な氷の棍棒を生み出すと、立ち上がりかけた巨人の足に対して思いっきり横殴りに叩き付けた。
 足を払われ、尻餅をついた巨人が、再び水蒸気の霧を吹く。だが、今度は撃退士たちは止まらなかった。
 絃也は倒れた巨人の腕から肩へと駆け上がり、その耳元で己の気を練り上げ始める。だが、それを成すより早く気づいた巨人がギョロリと絃也を振り返り。
「させないっ!」
 と斜め上方から突っ込んできた夕姫が『神輝掌』の輝きをその右手に煌かせながら、その身体ごと拳を叩きつける。
「もう一つ!」
 放った光撃が消え去るより早く、巨人の首筋に取りついた夕姫が更なる一撃を巨人へ見舞った。振り下ろされた大型ライフルの銃床。そこから放たれた理力の一撃、『フォース』による光の波が、尻餅をついた巨人の後頭部を前へと打ち据える。
「転がりなさい! そして……っ!?」
 再度、一撃をかまそうとした夕姫は、だが、巨人の平手に打ち落とされた。
 その間に、絃也は気を練り上げ終えた。眼前を行過ぎる手の平に顔色も変えず…… 円を描くように大きく振り上げた踵を、そのまま震脚の要領で巨人の後頭部へと叩き込む。
「押し伏せる」
 烈風の如きその一撃は、夕姫の一撃と相まって巨人を前へと転倒させた。斜面を転がり落ちる巨人の巨体。ギリギリで避難を終えた悠奈たちが負傷者を抱えて走る麓にまで落ち、そこでようやく落下を止める。
「隙を晒したわね……! というか、隙しかないわ……!」
 チルルは転倒した巨人の側まで斜面を滑り降りると、その両手にアウルの力を極限まで集中させた。突き出した両手から湧き出す白光。その光の中、手の平の間に氷が現れ、氷結していき…… 瞬間的に作り出した氷の突剣──あまりに鋭利で幾何学的な、美しき虚空の刃を──
「ほい。奥義、『氷剣・ルーラ・オブ・アイスストーム』」
 チルルはあまりにも無造作に巨人へ放った。音もなく滑らかにアキレス腱へと突き刺さり…… ズバン、と足首を断ち切る刃。星嵐もまた反対側の足首へと走り寄ると、常世の闇をその身に纏いて弾丸と成し、全ての光を呑む黒き弾丸を放ってもう一方のアキレス腱を断絶する。
 両足の腱を断たれ、身動きが取れなくなった巨人に── 先の一撃により斜面を転がされて来た夕姫が、庇う様に胸に抱え込んだ銃を手に構え、くらくらと目を回しながら巨人へ接近。その顔面に大型ライフルの一撃を叩き込んだ。
 最後に取って置いた闇色の弾丸を、ユウが巨人の頭部へ放った。その一撃を最後に、巨人はようやく抗戦を止め、沈黙した。



「第一障害突破ね…… 次は本命かしら」
 ボロボロの、枯れ草塗れになった夕姫は、そう言ってすぐに悠奈たちの元へと走った。合流予定地点は近くの林の中である。
 絃也と華子は、他に生存者がいないか探して回り── 遺体しか残されていないことを確認する。
 華子は負傷した正一を連れ、夕姫の後に続いた。絃也は改めて巨人を確認し──まだ息があることに気づいて内心、驚いた。
(トドメを差すか)
 近づいた絃也は、巨人が静かな瞳で自分を見つめ返していることに気がついた。
(まさか…… こいつには知性と呼べるほどの意志があるのか……?)

 偵察班と合流すべく丘の上へと向かっていたユウと雫は、前方から近づいて来る何かに気づいて斜面の上に身を伏せた。
 敵でないことはすぐに分かった。それは、負傷した縁を咥えて戻って来た馬竜だった。馬竜は二人に縁を引き渡すと、そこで力尽きたといった態でこの世界から消えた。
 縁を担ぎ上げ、縮地で後方へと走る璃遠。その後方を、追撃を警戒しながらチルルが、そして、ユウと星嵐が後続する……

 天使の追撃はなかった。
 恩田兄妹と陽花と小町の4人も戻って来なかった。
「いったい何が起こっているの……?」
 気絶した友人と、戻ってこない友人とを思い──夕姫がポツリと呟いた。

(続く)


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
厳山のごとく・
獅童 絃也 (ja0694)

大学部9年152組 男 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
戦ぐ風、穿破の旋・
永連 璃遠(ja2142)

卒業 男 阿修羅
戦いの中で戦いを……・
神棟星嵐(jb1397)

大学部6年70組 男 ナイトウォーカー
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
気合を入れる掛け声は・
土古井 正一(jc0586)

大学部4年149組 男 ルインズブレイド
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード