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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/11/27


みんなの思い出



オープニング

 久遠ヶ原学園に編入してより2年── 進級試験をつつがなく終え、無事、高等部の修了を確定させた榊勇斗は、その日、友人の恩田敬一と共に、学園祭真っ只中の大学部を見学も兼ねて訪れていた。
「まさか、自分が大学に通えるなんて……」
 飾り付けが施された校門の前で足を止めて、勇斗は感慨深くそう呟いた。
 叔父夫婦の家で肩身の狭い思いをしながら生きていた頃は、そんな事、夢にも思えなかった。もし、自分に撃退士としての素質がなく、学園に編入できていなかったら…… 今頃、自分は妹の悠奈を連れてあの家を出ていたことだろう。その場合、この学園で縁を交わした友人や恩師たちとも出会う事なく、全てを自分で背負い込んで…… 無理をし過ぎて倒れていたかもしれない。
「そう考えると、人生なんて何がきっかけで変わるか分からないものだよなぁ……」
 勇斗の隣りで、敬一もまたしみじみと呟いた。
 勇斗は苦笑した。その代わり、撃退士として戦場で天魔と命のやり取りをしなければならないわけだが…… それでも、叔父夫婦の家にいた頃の先の見えない絶望に比べれば、幾千倍もマシに思える。
 もっとも、その変わった運命や出会いの中で、妹の悠奈は敵である天使に見初められ、執着されることになったのだが……
「……しかし、まさか敬一が経営に進むなんてな。意外だった。確か、実家は継ぎたくないって言ってたよな?」
「ん…… 上の兄貴は撃退庁を辞めた挙句に他の民間会社に行っちまったし…… 俺は俺で妹を残してさっさと学園に逃げちまったからな。罪滅ぼしってわけじゃないけど…… ま、これからどうなるにせよ、妹の麗華にも選択肢は残しておいてやらないと」
 肩を竦める敬一の背を勇斗は無言でポンと叩き。後、「ちゃんと『お兄ちゃん』してるじゃないか」とまぜっ返す。
「そう言えば、その妹たちは?」
「ああ。今日は沙希ちゃんや加奈子ちゃんたちと一緒に中等部の学祭を回るって」


 同刻、久遠ヶ原学園中等部──
 危なげなく進級試験を終え、中等部3年への進級を決めた榊悠奈は、学園編入以来の親友、早河沙希と堂上加奈子と共に中等部の文化祭を満喫していた。
 二年前、この学園に編入した時はただの『お客さん』でしかなかった悠奈も、今では一学生としてもてなす側に回っている。悠奈たちのクラスの出し物は、極めてシンプルなメイド喫茶(女装男子含む。色んな意味で)だった。客入りはそこそこ盛況で、最初は接客を担当していた悠奈も厨房の手伝いに回っていた。兄に代わり、家で家事を担当するようになって早二年── 何も出来なかった少女も今や、一通り調理を実践し得るようになっていた。
(あれからもう二年がたつんだ……)
 休憩室として割り当てられた自分たちの教室で、悠奈はこの二年間を振り返った。
 思えば、沙希と加奈子と友達になったのも、二年前の文化祭がきっかけだったね── と傍らの友人たちを見る。回想の中ではあどけない、どこか子供っぽさを残していた彼女らも、今は年相応に少しずつ大人びてきているようだった。
 そんな二人の友人に比べて…… と悠奈は嘆息しつつ、己の身体に視線を落とした。童顔で背の低い悠奈は、クラスの皆と比べても、あまり成長していない(特に胸が)気がしたりする。
「気にしない、悠奈。高校に入ってから成長する女の人だっている。……沙希だって、まだAだし」
「限りなくBに近いAですからー! そう言う加奈子は……」
「先日、店員さんに『これからはCですねー』と言われました」
 むきー! と悔しがる沙希に淡々と応える加奈子。悠奈はそんな二人をよそに涙目で己の胸部に手を当てる。
「いったい、何の話をしているんだか……」
 そこへ、待ち合わせをしていた恩田麗華が到着し、呆れたように3人を見下ろした。
 3人は無言でそれを出迎えた。麗華の年齢離れしたそのスタイルの良さに悠奈と沙希が目を丸くし…… 「金持ちは食べる物が違うのか」などと互いに目を交し合う。
「そんなことより…… ほら、早く本題に入りましょう」
「そんなこと…… はぁ、そんなことですか……」
 ジト目で麗華(の胸)を見返した悠奈と沙希は、すぐに真面目な表情に戻った。
 今日、この日、悠奈たちは、敵方の天使・アルディエルをいかに説得し、この学園にやって来させるか、その方策を話し合うことになっていた。

1.藤代徹汰は天使である。
2.その本名はアルディエル。戦場のどさくさに紛れ、学園に潜入しようとしていた所、悠奈と出会った。

 『会議』はまず、学園に編入してより日が浅く、詳しい事情に疎い麗華に対して、状況を整理する所から始められた。

3.その戦場で悠奈と徹汰は洞窟に閉じ込められた。その状況が天使が意図したものかは不明。恐らくは偶然であったと思われる。
4.正体がばれた後も、徹汰と悠奈は互いを憎からず思っている。

 その説明に、顔を真っ赤に染めてわたわたする悠奈。生暖かい目をした友人たちの追及が入り、暫し話が脱線する。コイバナに花を咲かせる辺り、彼女らも女の子である。

5.悠奈は徹汰を説得し、学園に来させようとしている。
6.徹汰は悠奈を説得・または拉致し、天使と悪魔の戦いに巻き込まれて未来のないこの世界から保護しようと考えている。

 生真面目な、いや、深刻な表情に戻る少女たち。
 悠奈の徹汰に対する説得は、過去に一度失敗している。悠奈は彼女なりに徹汰に『戦いたくない』という思いを伝えたが、徹汰に天界の天使としての立場を放棄させるまでには至らなかった。
「自分たちの世界を──故郷を裏切れってことだからね。無理もないよ」
「あの時は突然過ぎたのかも。今頃、悩んでいるんじゃないかな」
 頷き合う沙希と加奈子。麗華は唇に曲げた人差し指を当て、もっと情報を、と悠奈に促した。
「最初に話したのは洞窟の中。あの時、私はお兄ちゃんと喧嘩してたから、最初は愚痴とか悪口を聞いて貰ってたの」
 そうしている内に、徹汰は自分にも兄代わりの存在がいることを話し始めた。鉄面皮の嫌な男。幼い自分を引き取り育ててくれた敬愛する姉代わりの天使が、愛した存在──。
「ん? その姉代わりの天使がいるから寝返らないの?」
「んーん。そのお姉さんは悪魔との戦いで亡くなったって聞いた」
「だとしたら天涯孤独? なら故郷に未練はなさそうだけど」
「……多分、悪魔を──お姉さんの仇を討ちたいんだと思う」
 なら、堕天する利を理で説くか? 鳥海山の天使勢力はその戦力を著しく損耗した。いずれ人類が異世界からの侵略者をみな追い返す──そんな未来も来るかも知れない。
 だが、悠奈は首を振った。天界と魔界にとって、この世界など枝葉の一つに過ぎない。この世界で戦いが終わっても、おそらく天使と悪魔の戦いは永劫に続く。
 けど、そういうことではなく…… 多分、そういった論理では徹汰は説得できないだろう。素直で真っ直ぐな性分であるという以上に、恐らく、そこが本質ではないが故。
 しかし、彼女らにはそれが分からない。聡明であるとは言え、彼女らはまだ幼いから。そして、それは徹汰も同じ。幼いが故に、本人も気づいていない。
「じゃあ、どうすんのよ」
 麗華の言葉に、3人は顔を見合わせた。
 悠奈は困り切った顔をしていた。自分がまだ幼いことが、これほどもどかしく思えることはなかった。


リプレイ本文

「あ、勇斗くん」
 久遠ヶ原学園、大学部── 友人たちと進級祝いをしようとケーキ片手ににこにこと歩いていた彩咲・陽花(jb1871)は、思いがけぬ出会いに驚いた。
「そうか、勇斗くんも大学進級おめでとうだよ♪」
 どうして大学部に、と訊きかけて、その答えに思いついて手を叩く。勇斗くんも遂に大学生かぁ、と感慨深く息を吐き。陽花は少し考える素振りを見せた後、手にしていたケーキを勇斗に渡した。
「進級祝い。縁たちにはナイショだよ? 悠奈ちゃんと一緒に食べて」
 照れたように笑う陽花に勇斗が頭を下げて礼を言い。寒くなりましたね、相変わらず巫女服ですね、と会話を続ける。
 それを見た敬一が気を利かせてその場を離れようと後ろを向き…… メイド服姿で客寄せのチラシを配る高等部の生徒を見て、ふと困惑の表情を浮かべた。
「あれ……? 君は確か……」
「ウソ、きみ、璃遠くん!?」
 勇斗と陽花も気づいた。メイド服の生徒は永連 璃遠(ja2142)だった。勇斗にとっては悠奈共々、対天使を想定した訓練で協力してもらった間柄だ。ちなみに、華奢で一見、女の子の様に見える顔立ちではあるが、れっきとした男子である。
「え。あ。ち、ちちち違うよ!? 全然違うよ!? これは好きでやってるんじゃなく、妹に頼まれて仕方なく身代わりを……ッ!」
 知り合いに見られたことに気づき、慌てて両の手を振る璃遠。ともかくここではなんだから、と慌てて模擬店の中へと誘う。
「よ、よろしければ飲み物などどうでしょう?!」
「奢りで?」
「勿論! 僕の奢りで!」
 かくして、陽花のケーキを頂きながら、休憩を取った璃遠の紅茶で即興のティーパーティと相成った。悠奈の分のケーキはまた後で作って持っていく、と、改めて会う口実が出来て、陽花がテーブルの下でグッと拳を握る。
「説得って難しいよね。特にお互い譲れないものがある場合は……」
 ひとしきり璃遠のメイド姿を弄った後、話題はやがて悠奈と徹汰の話になった。
「なんとなくだけど…… 徹汰は、悠奈ちゃんに殺された姉を重ね合わせているんじゃないかと思うんだよね。自分にとって大切な存在を、今度こそ自分の手で守り抜こう、って」
 陽花の言葉に勇斗は小首を傾げた。悠奈の、母性? 兄である勇斗にはどうにもピンとこない。
「つまり…… あの天使が悠奈に抱いている感情は、恋ではなく、執着?」
「いや、勇斗くん。そこは現実を直視しようよ」
(勇斗さんはまだ現状を受け止めきれてないのかな……?)
 勇斗の反応を横からそっと伺って。璃遠はそんなことを感じた。僕が同じ立場だったら、と想像してみる。……うん、同じ様に思い悩むかもしれない。同様に、天使の立場に立っても。
「誰しも自分の生まれ育った環境が絶対だものね……最初は。相手の育った世界も知って、受け止められるようになった時、聞き入れて貰えるような気がする」
「……そうだ。勇斗くん。徹汰に悠奈の弟に…… 俺たちの家族になれ! って説得するのはどうかな?」
 陽花のその言葉に、盛大に紅茶を噴き出す勇斗。冗談として口に出した陽花だったが、改めて考えてみると存外、良い案であるように思える。
「まぁ、でも、実際…… 最後はやっぱり本人たちの『本音』だと思いますよ」
 苦笑混じりに、璃遠が言った。
「一緒にいたい、って理由だけでも、種族の壁を乗り越えるには十分だ、って、個人的には思っています。……いえ、こんな格好をしている僕から言われても、説得力ゼロでしょうが」


 同刻、中等部。悠奈たちのいる教室──
 陽花から送られてきたメールをチェックする葛城 縁(jb1826)に気づいて、共に待ち合わせをしていた月影 夕姫(jb1569)が訊ねた。
「陽花? 遅れるって?」
「うん。こっちには来れなくなったって。まぁ、馬に蹴られたくないからしかたないよね」
 縁のその言葉を受けて、事情を知る日下部 司(jb5638)と夕姫は陽花の置かれた状況を察した。
 ちなみに、まったく関係のない話だが、縁のステータスはFである。遠目に『それ』を再確認した悠奈や沙希が顔を見合わせ息を呑み。果たして大学部に上がるまでに自分たちはあそこまで辿り着けるか考え、無理無理無理と首を振る。
「まぁ、相変わらずの賑やかさだしなぁ、文化祭。一緒に巡るには良い日和だし」
「もう2年なのね。勇斗君も大学生…… バイト探しや料理を教えてた頃がなつかしいわ」
 3人の会話を聞きながら、神棟星嵐(jb1397)はひとり、居心地悪そうに身じろぎした。──そう、二年なんてあっという間だ。子供だ、子供だ、と思っていたのに、すぐに大人びていくのだから。今日、初めて姫(=沙希)のメイド姿を目の当たりにした時、思わず言葉を失った。軽い口調で褒めようとしたのに、年上の余裕もなく言い淀んでしまった。
 これはいよいよ本気のあれか、と悩み続ける星嵐。その間も徹汰説得作戦会議は進んでいる。
「相手が復讐という情に囚われているなら、利を説いても効き目は薄いかな」
 テーブルを囲う中の一人、狩野 峰雪(ja0345)が、悠奈たちの話を聞いて己の所感をそう告げた。峰雪は兄の勇斗とは青森で一緒に脱出行を戦ったことはあるが、悠奈たちとは初めてだった。この場にいたのも偶然だったが、個人的に思うところがあって参加している。
「情?」
「そうね。前の説得の時、徹汰は一瞬、こちらに手を差し出そうとしていたわ。揺れているのよ。でも、彼の中で何かが今の状況に引き止めているんだと思う。その『情』が敵討ちなのかはわからないけど…… 彼自身が何に囚われているか、それを引き出すことが必要なのかも。彼自身気づいていない、本心をぶち撒けさせるように持っていくべきかしらね」
 夕姫が続けた。要は理詰めとか彼我の情勢とか関係なく、彼が本当はどうしたいのか、どうありたいのかを感情的に爆発させてすっきりさせる。そういうものには本人すらも気づいていない隠れた本心が出てくるものだし、そこに説得の鍵があるかもしれない。
「前の説得の時、悠奈ちゃんと勇斗君は本心でぶつかった。でも、彼は本心で答えていないと思うの」
「……本当に?」
「え?」
 夕姫の言葉にポツリと呟く峰雪。夕姫が聞き返そうとした時、麗華の膝の上に収まった白野 小梅(jb4012)が、眠い目を擦りながら皆に問いかけた。追試明けで身も心も真っ白になって校内を徘徊(?)していたところ、休憩に入る親友の麗華と悠奈を廊下で見つけて涙をちょちょ切らせながら抱きついてきたちびっこ天使だ。以降、麗華のぬくもりの中でぬくぬくとまどろんでいたのだが、どうやら目を覚ましたらしい。
「ねぇ、そもそも学園に徹汰ちゃん来ないとぉ、悠奈ちゃんと仲良くできないのぉ?」
 小梅の言葉に、悠奈たちは目を丸くした。どういうことか、と優しい口調で訊ね返す。
「……学園に来ることとぉ、仲良くする事はぁ別だと思うなぁ。悠奈ちゃん、徹汰ちゃんと仲良くするのぉ、学園じゃなきゃダメ? 皆はぁ、ボクが学園生じゃぁなかったら、仲良くしてくれないのぉ?」
 純真な瞳で見上げられ、言葉を失う麗華。いや、でも、人間の味方をすることに決めた天使は天界にはいられないわけで、堕天した天使はすべからく久遠ヶ原学園に所属することが義務付けられているわけで……
「自分も同じ事を考えていました」
「ええっ!?」
 星嵐が小梅の考えに賛同の意を示し、皆はまた驚いた。驚かれたことに驚いた星嵐は目を瞬かせ、咳払いを一つして話を続ける。
「アルディエル(=徹汰)に学園に投降してもらうことだけが解決方法ではないと自分は考えます。当面、敵対しないことに焦点を絞れないか、と」
 星嵐は、徹汰が悠奈を『独断で』連れて行こうとしたことが気にかかっていた。『兄代わりの天使』がその独断を許すとは思えない。何かしらの命令を受けていたとして、その内容の次第によっては協力や休戦できるかもしれない。
「もちろん、それが可能かどうか、その内容を全面的に信用できるかどうかは別問題です。ですが、天使勢力との協力関係は四国で実績がありますから、全くの不可能ではないかと。……それに、この話が上手く進んだら、彼との仲が『遠距離恋愛』に進展しますよ?」
「あのね、んとね、すぐには無理だと思うけどぉ、天界とぉ地球がぁ仲良しになったらぁ、悪魔も簡単に手が出せないと思うからぁ、徹汰ちゃんの心配もなくなると思うのぉ」
 星嵐の言葉にボッと頬を染め、目をキラキラさせながらどぉ? と訊ねてくる小梅に、悠奈は儚げな微笑を返した。
「……先日、ガチで殴りあったばかりの東北の天使勢力がどう出るか…… 戦いが激しくなるか、小康状態になるかまだ判然としません。……それに、この世界から天魔を追い返すことができても、天使と悪魔の戦いは別の世界で続きます」
 或いは、永劫に続く戦いの中で、復讐に囚われた徹汰が傷つき、斃れるようなこともあるかもしれない。いや、今のままならきっとそうなる。彼にはそんな最期を迎えて欲しくない。
 しょんぼりとする小梅を横目に収めつつ、星嵐は「やはり……」と心中で首肯した。
「となると…… また別の方法もあるにはありますが……」
 星嵐の言葉に縋るような視線を向ける悠奈に。だが、峰雪はぴしゃりと言った。
「だが、それも今の君じゃ無理だ」
「え?」
 驚く悠奈に、縁が代わりに優しく訊いた。
「悠奈ちゃん。そもそもなぜ彼とは戦いたくないのかな? 彼と似たような境遇の天使や悪魔は他にもいると思うんだけど?」
 縁の問いに、悠奈は「それは……」と言いあぐね。少しの間、考え、「友達だから」と答えた。
「戦いたくないから学園に来て、だけじゃ弱いと思う。……もしくは『ずるい』かな?」
 ショックを受ける悠奈に、逆の立場で考えてみるといい、と峰雪は諭した。──自分の兄を殺され、一人ぼっちで復讐以外考えられなくなって…… そんな中、偶然、仲良くなっただけの相手に、戦いたくないから故郷を捨てて寝返って、と頼まれる。しかも、そんな相手には兄も友達もいて、何一つ失ってないというのに。
「悠奈ちゃんはなぜ撃退士として戦う事を選んだの? 兄妹二人で共に生きていく為だったよね? アルディエルのしようとしていることは、悠奈ちゃんからお兄ちゃんや友達たち、他の大切なもの全てを捨てさせようということと同じ。……でもね、悠奈ちゃん。アルディエルを説得して堕天させようとするのも、彼に同じ事を強いるということなんだよ?」
 縁の言葉に、そこで初めて、悠奈は己のしようとしている事の本質を知った。
 夕姫もまた頷いた。なるほど、確かに悠奈はまだ己の全てを徹汰にぶつけてはいない。
「悠奈ちゃんはさ、徹汰君──アルディエルのことをどう思っているのかな? ほら、前に彼と対峙した時は、彼のことを知って戦いたくないから堕天してほしい、って言葉尻だったしさ」
 司もまた悠奈に訊ねた。訊ねつつ、前回の説得に際して悠奈が本心で語っていなかったことを指摘する。
「戦いたくない理由…… それは、好きだから、だよね? それを言葉にしないで他の理由で隠してしまうんじゃ、本心は伝わらないよ」
 さっき『ずるい』と言ったのはそういう事さ、と峰雪は静かに伝えた。
 相手が情に囚われているのなら、こちらも情をぶつけなくては── それはとても勇気がいることだけど、相手が要する覚悟はそれ以上。相手にその重大な決断を迫るなら、一緒にいたい、離れたくない、あなたの一番になりたい、と、それくらい言っちゃわないと相手の心を揺さぶることはできないのではなかろうか。
 司もまた頷いた。本来、答えがある問題などではないのだ。悠奈ちゃんの好きという想いを伝え、徹汰がその想いに答えを返せる状況に持っていくしかない。
「人生は一度きり。理屈じゃない。恥を捨て、恋心一つでぶつかってみては」
「互いが互いを大切に思っているのは分かっている。でもさ、堕天云々や彼の繋がりがどうのじゃなく…… 悠奈ちゃんが彼をどう思っているのか、その純粋な想いをぶつけるんだ」
 峰雪と司の言葉に真っ赤になりつつ…… 悠奈は小さく頷いた。いきなり告白と言われてどきどきしながら。しかし、それは悠奈自身、幾日幾夜と悩み、考え抜いたことでもある。
「まだ、この気持ちが恋かどうか分からないけど…… うん。今度、徹汰君にあったら、きっと」
 どうやらようやく覚悟を決めた悠奈を、縁はギュッと抱き締めた。──家族や友人は何よりも大事。アルディエルもまた悠奈たちの『家族』であって欲しい。そう告げる。
「……まあ、ダメだった時は『悠奈ちゃんの想いを弄ぶとは何事だ!』ってとっちめてやればいいんだしさ」
 冗談めかしてにかっとまぜっ返す司。ぴゃ、と涙目になる悠奈を抱き締め、女性陣の冷ややかな視線が司に刺さる。
「さあ、そうと決まったら、次はいかに説得する状況を作り出すか、ね。彼が本心を言えない状況──例えば、例の兄代わりから監視されてるとか、そういったものを排除してから当たることも必要になるかもしれないわ」
 パンパンと手を叩き、夕姫がホワイトボードを引っ張ってきて実務的な話に入る。
 会議の日はそうして暮れていった。


「さて、お嬢さん方。甘いものでも奢らせてくれないかな? 折角の文化祭だ。楽しまなきゃ」
 一通り会議を終えて、まだ日没まで時間があることを確認し、司は中等部の悠奈たちに声を掛けた。いいんですか、とはしゃぐところに小梅も加わり…… 更に、私も『お嬢さん』よね、と縁や夕姫たちも加わり、司のこめかみを冷や汗が流れる。
「おなかもすいた頃合ですし…… 文化祭、一緒に回りませんか? ごちそうしますよ」
 ただ独り、沙希だけは星嵐がそう声を掛けた。了承する沙希。その後もお互い照れ合って沈黙し…… 星嵐がふと思いついたように沙希の格好を似合っていると褒めたりする。
 その時にはなぜか周囲からは人っ子一人いなくなっており…… ああ、これが色に出にけり、というやつか、と星嵐は眉をひそめた。気を使わせた、ということはバレバレだということであり。畜生。気配を消すのはナイトウォーカーの得手だというのに。
「来年は徹汰と一緒に回れるといいわね。……あ。その場合は二人きりの方がいいかしら」
 悠奈の耳元でそう悪戯に笑う夕姫の言葉に、再び瞬間沸騰する悠奈。
 そんな彼らを見やりながら、峰雪は思った。──或いは、自分も子供たちとこの様な時間を過ごすこともできたのだろうか。……人生は一度きり。失った時間はもうどうにもならないけれど。或いは……

 夕闇迫る学園の上空を、小梅と共に悠奈が飛ぶ。
 大空から見渡す広大な世界── その光景は、自分の悩みなどちっぽけなものの様に悠奈に感じさせた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
戦ぐ風、穿破の旋・
永連 璃遠(ja2142)

卒業 男 阿修羅
戦いの中で戦いを……・
神棟星嵐(jb1397)

大学部6年70組 男 ナイトウォーカー
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド