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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/10/25


みんなの思い出



オープニング

 2014年10月某日──
 民間撃退士会社、通称『笹原小隊』が立て篭もる『砦』の攻防戦を終え── サーバントたちを統率していたシュトラッサー・徳寺明美は主のゲートへと帰還した。
 結界を越え。田畑や果樹園の中を貫く一本道を己の軍勢と共に進む。
 食糧生産に勤しむ人たち── 人々の『生活』はどうにか落ち着きを取り戻したように見える。だが、結界に捉われた当初は、それはひどいものだった。ゲートの主たる青年天使は、人々から精神エネルギーを吸収するに当たって、最も効率の良い状態を求めて様々な『実験』を繰り返したからだ。凄惨な実験の数々に命の危険を考えずに済むようになったのは、ここ2年から3年のこと。『物を作る』という行為が人間の精神エネルギーの安定と回復に一定の効果があるとの実験結果が出てからだった。
 路上を威圧的に進む『骸骨銃兵』の隊列── 農作業に従事していた人々が手を休め、無感動にその行軍を遠目に眺めやる。
 その平板な表情が揺らいだのは、その視界に指揮官たる明美の姿を捉えた時だった。ある者は複雑そうな表情で。またある者は憎々しげに…… 真っ赤な毛皮のコートに身を包んだ小太りのおばちゃん──明美を様々な表情で見やる。だが、そんな彼等に共通する感情は無力感── やがて、立ち尽くした彼等は何もかも諦めた表情で農作業へと戻っていく……

「最近、ゲートが吸収する精神エネルギーの徴収効率が落ちている」
 休む間もなく謁見に出向いてきた明美に対して、主たる青年天使は開口一番、そんなことを口にした。
 外界の変化に関わらず常時、常春に設定された主の『執務室』── 壁もなく、屋根もなく、一面に花々が咲いた小鳥鳴く庭園に置かれた一組の白いテーブルチェアに腰を下ろしながら、その周囲の風景にまるで頓着していない生真面目な表情で書類に目を落としている。
「……最も吸収量が増えたのは、君らが人々を率いて私に反抗を試みた時だった。恐らく、生に対する欲求が燃え上がり、感情を高揚させた為だろう。その実験結果に対する対価として、私は君らに平穏を与え、君を私のシュトラッサーにしたのだが…… 長く続いた平穏がその感情をフラットにしてしまうなら、彼等にはそろそろ新たな刺激を与える必要が……」
「やめてください。その件については、『殺してしまってはそれ以上の精神エネルギーは収集できない』で決着がついたはず」
 明美が反論する為に口を開きかけた瞬間。明美の身体は見えざる力によって地面へと押し付けられた。彼女の主たる青年天使は、『資源』に過ぎない人間が許可もなしに自身へ話しかけることを良しとしない。
 地面に押し付けながら天使を睨み返す明美。当の天使はどうということもなく、路傍の石の如く気にも留めない。「殺さずとも刺激を与えることはできるとは思うが…… まぁいい。では、報告を受けようか。例の撃退士どもの『砦』の攻略はどうなった?」
 明美はムッとしたまま立ち上がると、コートについた埃を手で払いながら報告を始めた。
 予定通り、秋田方面に対する助攻として『砦』に攻撃を仕掛けたこと。事前の想定以上の反撃に遭い、早々に攻略は放棄したこと。『砦』の敵戦力を拘束すべく、また、仙台の目を誘引すべく、継戦自体を目的とした戦闘を継続したこと。誘き出されるはずだった仙台からの増援が殆どなかったこと、等々……
「消耗して足りなくなった戦力を補填したのは久遠ヶ原学園の学生撃退士たちだったわ。こちらが囮であったことは仙台に看破されていたようね」
 嫌味な笑みを浮かべて言ってやるも、天使の鉄面皮は崩れない。或いは、それも想定の範囲か。
「……して、『砦』戦にて我が方が被った損害は?」
「……骸骨銃兵が二個小隊分。ニコイチ、サンコイチで再生したりもしたけれど……」
「ふむ。では、損失分は補填させてもらうとしよう」
「っ! やめて!」
 呟くと共にその手を上げる青年天使。慌てて止めようとした明美が再び地面へ押し付けられる。
 天使の天界語的な単語と共に一瞬、光を発するゲート。それだけで全てが終わり…… 明美は地面に拳を叩きつけた。
「どうした? 『サーバントの喪失分は、結界内の人間からその損失を補填する』 ……最初から約してあったことだろう?」
 淡々と告げる天使に歯軋りする明美。急速なエネルギーの吸収は人々の大きな負担となる。大した吸収量ではないとは言え、中には意識を喪失した者もいたかもしれない。
「トビト様の秋田・仙台攻略は失敗したよ。こうなると主攻に参加できなかったのは望外の幸運だったな。他が敗勢の中にあって大した消耗もなく、独立した戦力を維持できたのは大きい」
 そんな明美にお構いなしに、天使はただ冷静に自身が置かれた状況を分析し続けていた。
「戦力を減らした鳥海山に対して、また、秋田や山形の戦線に対して撃退士どもがどのように対するか、まだ情報が少なすぎる。何があっても対応できるよう、サーバントどもの戦力を拡充しておくがいい」


 2014年10月某日。『砦』前方の田園地帯──
 『砦』の攻防戦をどうにか乗り切り、前方に展開していた敵の主力もどうやら完全に撤収したらしい、と判明し── 『笹原小隊』の面々は長躯前進しての斥候活動を行っていた。
 前衛を担うのは、藤堂指揮下の第一分隊と、久遠ヶ原学園・安原青葉が『引率』する学生撃退士。その2班の支援として後方に位置する杉下の第二分隊と共にトライアングルを形勢している。
 周囲に広がるのは田園風景── だが、本来であれば今頃、黄金の稲穂を揺らしているべき田の原は、雑草混じりに生い茂った草の原と化していた。無秩序に生えた草の塊は伏兵の隠れ場所として絶好であり、それが一面に広がる様は、その中の前進を余儀なくされる撃退士たちの神経をすり減らした。更に田の跡は雨水を含んで泥地と化している為、戦場として厄介なことこの上ない。
「人の手の入らなくなった里、かぁ…… 長閑な田園風景、というには随分と身に詰まらされますね」
 田の中を走るアスファルトの農道を歩きながら、青葉は傍らの藤堂に呟いた。どこか呑気なその物言いに、藤堂が無言で視線を振る。いつ、どこから敵が飛び出して来るともしれない状況── 兵たちは緊張しきっているというのに。
 だが、それが今の学園の撃退士であるということも、学園の撃退士たちとも長い付き合いとなった藤堂には分かっていた。……こんなノリでいて、撃退士としての力は自分たちよりもずっと上なのだ。青葉にしても、藤堂とは体育教師・松岡を挟んで微妙な関係だったりするが、こと戦闘に至っては二人の相性は存外、相性が良かったりすることも今回の任務で判明していたりもする。
「……藤堂さん」
 その青葉に呼びかけられ、藤堂はそちらを振り返った。呑気そうに見えて、実は警戒を怠っていないこともなんとなく分かってきた。
「あそこにある案山子ですけど…… さっきからこっちを見ているような気が」
 田んぼの中に立つ素朴な、藁を編んだ一本脚の案山子── 自身が警戒されていることに気づいたのか、その無貌に暗黒の目がぎょろりと渦を巻き。
 同時に、左右の田の中から、巨大な蜻蛉型のサーバントが一斉に飛び立ち、襲い掛かった。


リプレイ本文

「……トンボさん……!」
 道路の左右、雑草混じりの稲穂の中から飛び出して来た4体の『蜻蛉』を見やり── 柏木 優雨(ja2101)は子供の様にその瞳を輝かせた。
 特徴的な4枚羽根を震わせゆるりと浮遊し、複眼でジッとこちらを見つめる蜻蛉たち── その『愛らしさ』に、普段は表情に乏しい優雨が感動に身を震わせる。
「……こ、子供の頃は山でよく捕獲したりしたものだけど、これだけ大きいとちょっとグロテスクよね」
 一方、陽波 飛鳥(ja3599)はげんなりとした顔で呟いた。冷静を装ってはいるが、飛び出して来た時にちょっぴり涙目になっちゃったのは皆には内緒だ。
「コンンタァクト! 1時、5時、8時、10時方向に蜻蛉型サーバント4! さらに3時方向に案山子型!」
 接敵を告げ、戦闘態勢へと移行する雨宮アカリ(ja4010)。木暮 純(ja6601)もまた膝を付き、手にした魔具を突撃銃から狙撃銃へと変更してその重みを両手に収める。
「案山子と蜻蛉…… それだけ聞くと田舎の風流な風景なのに。どっちもサーバントとなるとそうも言ってられないね」
 草陰にしゃがんで苦笑しながら馬竜──スレイプニルを召喚する彩咲・陽花(jb1871)。紅香 忍(jb7811)は無表情のまま内心(地域モノ……?)とか呟きながら、単身、案山子の背後へ回り込むべく、大きく迂回して走る。
「どいつもこいつも初めて見る顔だな」
「足止め役、でしょうね。相変わらず厄介な場所に配置してくれて……」
 呟く純に答えながら、蜻蛉に牽制射を放つ月影 夕姫(jb1569)。瞬間、宙を跳ねる様にアウルの銃弾を避けた蜻蛉は、だが、撃退士たちを遠巻きにするだけで近づいて来もしない。
 日下部 司(jb5638)は思考した。──足場の悪い泥地の中でまったく動く気配を見せない案山子型と、実際の蜻蛉をモチーフに空中を自在に飛び回る高い機動性を持つ蜻蛉型。特に蜻蛉は厄介な敵だが、奇襲どころか攻撃すらして来ないのは何故か……?
「偵察に主眼を置いた敵? だとしたら、攻撃を担うのは……」
「案山子というわけか。この距離ならちょうど届くな。ちょうどいい」
 なんにせよ、敵の出方を窺う必要がある── 純は片膝立ちの姿勢を取ると、膝の上に肘を置いて狙撃銃を構えた。動かぬ案山子の各部にあって唯一動きを見せた頭部を狙い、相手が反応する間も与えず手早くアウルの銃弾を撃ち放つ。
 反撃が来る前にすかさず移動する純。案山子が攻撃役であるなら、この道路の広い範囲を射程に収めているはずだ。
 位置を変え、再び様子を窺う。……純が放った銃弾は、案山子の頭部を捉えていた。藁で出来た頭の半分が吹き飛び、黒い目もなくなっている。
 と、破壊されたはずの空間に再び黒い目がぐりゅん、と浮かび── 瞬間、純は前転するようにその身を田へ飛び込ませた。直後に放たれる怪光線。砲撃は純がいた地面に突き刺さって爆発し。飛んで来た破片にこめかみを強打された純が飛びそうになる意識を繋ぎとめる。
「っ!? 見えていないはずなのに!?」
 驚き、そして、ハッと気づいて、夕姫は蜻蛉を見上げた。なるほど、固定砲座と観測者、というわけだ。空から見られている以上、隠れていても意味がない。
「陽花! 離れて同時に接近しましょう。あの『黒い目』が恐らく魔法的な『砲口』よ。身体も頭も動かない。ノーモーションで来るから気をつけて!」
「了解! さあ、行くよ、スレイプニル! 他に何があるか分からないから、用心して接近しようね!」
 『小天使の翼』を背に地を蹴り、宙へと舞う夕姫に続いて、薙刀を手に馬竜へと飛び乗る陽花。馬竜が怯気を払うように嘶き、空へと駆け上がる。
 その間に飛鳥は離れた位置から北側の田へと踏み込んだ。2人と異なる方角から案山子に接近する為だ。一方、優雨とアカリは南側にいる蜻蛉2体を撃破するべくその場に残る。
 だが、撃退士たちが動き出した瞬間。宙を弓なりに浮遊移動していた夕姫に向かって案山子が煌き。怪光線が灰色の胸甲を直撃して田に撃ち落す。
 そして、草中の飛鳥の頭上には、空を舞う蜻蛉の姿── 宙を舞う羽音と視線に飛鳥がハッと視線を上げて。直後、前方へ身を投げ出した飛鳥を掠め飛んだ怪光線が、倒れた飛鳥の背と田を炙る。
「夕姫さん! 飛鳥ちゃん!」
 陽花は夕姫と飛鳥を空中から振り返ると、他の皆を撃たせぬよう敢えて真正面から突っ込んだ。馬竜の横腹に拍車をかけ、ジグザグに針路を変えつつ突進する馬竜と陽花。再び放たれた怪光線の、その余波が彼女らを吹き飛ばし。それぞれくるくる回りながら田に落ちる。
「陽花!?」
「うぅ…… 砲撃は予想できてたけど、ここまで強烈とは思わなかったよ……」
 巫女服から泥水を滴らせながら、とほほと呟く陽花。夕姫は再び宙へと舞うと、囮として大型ライフルを撃ち捲くりつつ、円を描くように田の上を滑り舞う。
 ぷはっ! と泥から顔を上げた飛鳥は、泥塗れの顔をキッと蜻蛉へ向けた。
 振り向き様、泥を飛ばす様に抜き打ち、抜刀と共に放つ衝撃波── それを難なくかわす蜻蛉の姿に、脳裏に浮かぶは幼きトンボ取りの風景── 飛鳥は魔具を日本刀へと変更すると、ザンッと一歩踏み込んだ。そして、切っ先を蜻蛉に向けて、円を描くように振る。
(……さすがにこんな手じゃ無理かしら……? とは言え、他に思いつかないんじゃ……)
 クルクルと揺れる刀身と、飛鳥をジッと見入る蜻蛉。それを見た司はハッとした。あの『蜻蛉』型が実際の蜻蛉をコピーしただけのものならば……!
「藤堂さん! 分隊の方を何名か貸してください! もしかしたら、あの蜻蛉の動きを止められるかもしれません!」
 司は藤堂たちの元へ走り寄ると、蜻蛉に対して自分の後ろに一列に並ぶよう指示を出した。そうして赤光の剣を手に蜻蛉の正面に立ち、ぐりんぐりんと回り始める司。その動きを追う様に、兵たちも時間差で回り始める。
 いったい何をしているのだろう、と振り返り、ドキドキと鼓動を早くする優雨。その横でアカリは「あ、あんなの見た事ある」と呟いた。なんだ、ほら、一直線に並んで回るアレ。
「こ、こうなれば私たちもやるしかないわね…… ササザイル」
 ごくりと唾を飲み込みながら、優雨を見やるアカリ。優雨もまたきらりんとその目の端を輝かせながら、存外、のりのりでアカリの後ろへ回る。
 北と南、戦場に出現した2つのササザイル── それをジッと見つめる蜻蛉たちがいる光景に、戦場に暫し静かな時が過ぎ…… 遠目でそれを見守っていた案山子が、無言で『みー!』っと薙ぎ払う。
「ああっ、なんかすいません!」
 放たれた怪光線に慌てて逃げ惑う撃退士たち。司が怪光線を受ける盾の陰から皆に向かって謝罪する。
「いや、ちゃんと蜻蛉は止まっていたぞ! 案山子が止まらなかっただけで!」
 自らを蚊帳の外に置き、他人事チックにフォローする藤堂。倒れたままジッと見つめる純の視線にハッとアカリも我に返り。帰ったら笹原隊長に何て言って報告すれば……! と赤面して顔を隠し。一方、優雨の方はと言えば表情こそ変わらぬものの、一人で小さく回り続けているところを見ると何気に楽しかったらしい。
 と、そこへ「どりゃあ〜!」と叫ぶ声が響き、閃光と爆炎と轟音と共に、北側の蜻蛉の1体が鬼神の如き剛烈なる斬撃によって砕けて散った。
 北の田の中にいた、飛鳥による一撃だった。その怒りの根源は、ササザイルに参加できなかったからでは、たぶん、ない。


 田の水を抜くには時間が掛かるか── 南の蜻蛉に対する優雨は、泥地へ踏み出す覚悟を決めた。
「杉下分隊長! 観測手をお願いするわぁ! 狙撃って得意じゃないのよ。少しでも精度を上げたいわぁ!」
 その前進を支援すべく、純と背中合わせに膝射姿勢を取るアカリ。宙を舞う蜻蛉へ狙い済ました一撃を撃ち放ち、味方の移動・攻撃圏内から離れようとする敵の動きを牽制する。
 ぱしゃり、と優雨が田に踏み入れた瞬間、クルリとそちらを見やる南の田の蜻蛉2体──その挙動にゾクリとしたものを感じながら、優雨は『瞬間移動』で彼我の距離を渡り。直前、優雨がいた空間を案山子の長距離狙撃が撃ち貫く。
 焼かれた肩に顔をしかめながら優雨は構わず南の蜻蛉の真下へ『跳んだ』。敵が反応するより早く直上を振り仰ぎ符を掲げ。命中性能の高い雷でもって、アカリの銃撃を避けたばかりの蜻蛉を一撃。地へ落とす。
 続く一撃で落ちた蜻蛉に止めを刺した優雨は、再び『跳躍』し、もう1体の背後から『地を這う雷』を打ち出した。突き出した己の右腕に絡みついた電撃がのそりと這い出し、百足と化して蜻蛉へ這い移ってその動きを拘束する。背を向けたまま空中で動きを止めた蜻蛉に向かって、路上で「グッジョブ!」と笑みを浮かべたアカリが必殺の弾丸を叩き込む。
「南、クリア!」
 南の蜻蛉を掃討し終えて、アカリは銃を手に提げたまま立ち上がると、北の味方を支援するべく、泥中へと踏み入った。靴に染み入る水の冷たさに、乾いた戦場で生きてきた事を実感する。まいったなぁ、こんなナムみたいなの、親父たちかそれより前の世代じゃないか。
「固定砲台としても…… 動かなさすぎるんじゃないか……?」
「……もしかしたら、あの蜻蛉…… 標的の観測だけでなく、照準や目標の選定も担当してる…… のかな……?」
 引き出したサラシを額に巻いて血止めをしながら案山子を見やる純に、『瞬間移動』で戻って来た優雨もまた頷いた。
 接近してくる夕姫と陽花を最優先で攻撃し。その後は田の中に入り込んで動きの鈍くなった飛鳥と優雨を狙った。或いは、蜻蛉が攻撃機会と見定めた目標を、案山子は優先して砲撃しているのかもしれない。

「案山子…… 蜻蛉…… 視覚共有…… 隠れる、無駄…… ならば……!」
 戦場を大きく迂回し、農道を大回りして案山子の『後方』へと回り込んだ忍は、土手を蹴り、北側から田の泥中へと跳躍した。
 ずぶり、とのめり込むはずであった忍の足は、だが、田の泥水に触れた瞬間、羽根でも触れたかのように小さく波紋を浮かべた。
「……『水上歩行』。忍軍は…… 伊達じゃない……」
 そのまま点在する水溜りの足場を飛び渡っていく忍。唯一残った北の蜻蛉がその姿を視認して。ぐるりと背後に回った黒い目から怪光線が空中の忍の胸部を貫き── 直後、白煙と共に現れたスクールジャケットに大穴が開いて消え。現れた忍が突進の勢いもそのままに、構えた銃からアウルの光弾を案山子へ向かって速射して、一寸の遅滞もなく一撃離脱でその場を離れる。
 その姿を冷静に捉え続ける蜻蛉の横から、力任せに泥中を突破してきた司が、雄叫びと共に手にした大剣を振り下ろし。瞬間、反応して回避しようとした蜻蛉の左の後翅を切り裂いた。
(やはり、注目している最中は動きが甘い……!)
 斬撃の衝撃にフラッと宙に揺れつつ旋回し、こちらを捉えつつ距離を取ろうとする蜻蛉。司は暇を与えなかった。もしも蜻蛉のコピーであるなら、後ろに下がることはできないはず……!
 大剣を振り被りながら手首を返し、円を描くような軌跡で大剣を振るう。避けようとしていた蜻蛉は、自らその身を刃の下へ晒す羽目になった。胴を真っ二つに切り裂かれた蜻蛉が、バラバラになって宙を舞い、田んぼの上へと落ちていく。
「これで残るは案山子一つ……! 吹き飛びなさい!」
 敵直上へと飛び出した夕姫が、その身を真下へ捻り向けながら虹のリングを嵌めた右手を案山子へ突き出す。五連の光弾の投射から『神輝掌』の光を纏った拳による体重の乗った一撃へ── 攻撃を繋げようとした直前、案山子の真上に現れる黒目。放たれる光条に追われながら、夕姫が慌てて退避する……
「……手応えが、軽すぎる……」
 再び案山子へ向き直りながら忍が言った。忍の光の銃弾は全て案山子に命中したが、当の案山子には全く堪えた様子が見えなかった。
 純は顔をしかめると、銃のボルトを操作して薬室を開放。闇の力を充填させたアウルの弾を手で薬室へと送り込んだ。ボルトを戻して薬室を閉鎖し、再び案山子の頭を狙う。
 闇の力を付与された弾丸は、案山子の頭を文字通り木っ端微塵に吹き飛ばした。砕け散る白布と舞い落ちる藁の切れっ端── だが、何もない空中に浮かんだ黒目から攻撃が止まることはない。
「やっぱりか。『藁』の身体はただのガワ。本体はその藁に包まれた中のモノだ!」
 確信を得た純の言葉に、草の陰から接近中の飛鳥は「やっぱり」と呟いた。あれだけ撃たれても動かぬ敵── 或いは地中に本体があっても驚かない。
「ひ、人は見かけによらないって言うけど、サーバントまで見かけによらなくってもいいんだよ!」
 最初の直撃以降、泥中を這い進んできた陽花が、やっと射程に入れたんだよ! と馬竜に「一気にやっちゃって!」の指示を出す。
 泥だらけの鬱憤を晴らすように、全力の一撃を口中に生み出す馬竜。放たれたアウルの爆炎は案山子が纏っていた『藁』を吹き飛ばし── 本体たる『十時型の串』を露にする。
「田に立つ十字架、か。趣味の悪い──!」
 交わされる砲火の応酬── 高速で水上を移動する忍の光弾が、泥中を押し渡りながら発砲するアカリの自動拳銃の銃弾が十字架を掠め飛び。夕姫が降り落とした光弾が周囲に泥を跳ね上げる。敵の側方へと跳び渡った優雨が投射した雷が十字を震わせ。反撃の怪光線を盾で押し切り渡った司が大剣を袈裟切りに振り下ろす。
「動かない、ってんならっ、これでっ! どうよっ!」
 草の中を抜けて飛び出して来た飛鳥が、大上段に振り被った日本刀をその身ごと叩きつける様に十字へ振り下ろし。炎を纏った刀身が甲高い音と共に十字の『上半身』をひしゃげさせ。返す刀で薙いだ下段が十字の一本足を折り、切り飛ばす。
 クルクルと宙を舞った十字が逆さ斜めに泥へと刺さり。撃退士たちの集中砲火を浴びて、細切れになって沈黙した。


「敵も色々と考えるわよね。バリエーションが豊かで飽きないわ、ホント」
 全ての敵を駆逐した戦場で── 飛鳥はどこか呆れた調子で、滅びた敵を見やって嘆息した。
 まったくね、と呟く藤堂と青葉。並んだ2人を見やって、司がその微妙な人間関係をどきどきと気にしていたり。
「移動も出来ない攻撃特化と、回避特化の照準役か…… 汎用性からは程遠いけど、ここなら確かに有用よね」
 司の心配をよそに淡々と言葉を交わす2人。田の中で比較的、五体満足(?)な蜻蛉の死骸を拾い上げてる優雨に気づき。持ってっちゃダメ、と釘を刺された優雨ががーん、と珍しくショックを露にする。
「確かに。必要最低限まで能力を絞ったローコストって感じの敵ね。枯渇? それとも……」
 温存? との夕姫の言葉に、指揮官たちは顔を見合わせた。
「なんにせよ、これからも厳しい戦いになりそうね」
 藤堂と青葉が呟いた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

憐寂の雨・
柏木 優雨(ja2101)

大学部2年293組 女 ダアト
金焔刀士・
陽波 飛鳥(ja3599)

卒業 女 阿修羅
魂繋ぎし獅子公の娘・
雨宮アカリ(ja4010)

大学部1年263組 女 インフィルトレイター
次なる階梯に至りし技・
木暮 純(ja6601)

大学部4年138組 女 インフィルトレイター
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍