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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/01/21


みんなの思い出



オープニング

 榊勇斗が久遠ヶ原学園に編入してより、2ヶ月。
 戦いのたの字も知らなかった勇斗も、今では撃退士としての活動に耐え得る体力と技術、知識を身につけていた。
 共に暮らす妹・悠奈の協力や友人たちの助言もあり、新しい生活の基盤となる定期的な収入源も確保した。装備の購入に際しては多くの助言に従い、まずはディバインナイトとして防御面を優先。儀礼服を中心に素の防御力を高めつつ、主兵装にはとりあえず安価なブロンズシールドとショートソードで間に合わせた。将来的には籤を引きつつ、アイアンシールド、十字槍、ハルバード辺りを目指して更新していくつもりでいる。
「そろそろ自分も実戦を経験しておきたいのですが…… 先生はどう思われますか?」
 冬休みの前、放課後に参加している有志による自主訓練の場で勇斗がそう訊ねると、教官を務める体育教師・松岡はうーん、と考える素振りをした。
 勇斗の問いを聞いて、勇斗と同様に実戦経験のない他の訓練生たちが「いよいよか」、「俺も」、「俺も」と騒ぎ出す。その様子を見た松岡は、苦笑混じりに嘆息しつつ、「いいだろう」と了承した。
「では、来年、年明け最初の『松岡教室』は『実戦訓練』といこう。参加希望者は来学期の始業式が終わったら…… そうだな、午後1時に裏門の駐車場に集合すること」
 松岡の言葉に訓練生たちの間から歓声が湧き起こる。
 松岡は内心、苦笑した。──まぁ、いいさ。正直、まだまだ教えておきたいことは山ほどあるが、この辺りで実際、自分たちが敵として相対する天魔というものを見せておくのも悪くない……

「あけましておめでとう! 新年だよ、お兄ちゃん!」
 勇斗の正月は、その大半が妹・悠奈と共に過ごして終わった。
 互いに『お年玉』を交換しつつ、こたつにテレビな時間を過ごし。まだ料理を勉強中の悠奈と一緒になって雑煮とおせちをこしらえる。
 初詣の帰り道には、凧揚げをする親子を見かけて、悠奈と二人、夕方まで空を見上げていた。翌日には即席の羽子板で羽根突きをやって、共に墨だらけになったりもした。

 そんな穏やかな正月を過ごした後。新学期が始まると、勇斗はヒヒイロカネを握り締めて裏門の駐車場へと向かった。
 駐車場には、マイクロバスを用意した松岡がすでにいた。
「気持ちは分かるが、まだまだ焦る必要はないぞ、榊? 幸い、今は昔と違って、この学園の訓練の成果は高い。戦場に出るのは充分に力をつけてからでも遅くはない」
「分かっています。でも、僕は悠奈を……妹を守れる力が欲しい。天魔の蔓延るこの世の中で、妹と二人、生きていけるだけの力を一刻も早く身につけたい。……焦ったところでどうにもならないことは理解してます。けど、自分に出来る範囲においては、出来得る限りの事をやっておきたいんです」
 そんな会話をしているうちに、他の訓練生たちもボチボチと集まり始めた。松岡は全員の集合を確認するとバスに乗せ、自らハンドルを取りながら、これから戦場へ向け移動するむね彼等に告げた。
 どよめきと歓声。動き出したバスの車内で、これからどの戦場へ向かうのか推理を戦わせる訓練生たち。だが、そんな彼等を他所に、バスは学園の敷地内から出ることはなかった。窓の外を移ろう景色は学園のそれ。だが、それもやがて人寂しくなっていき、遂には全く人影が見えなくなる。最初ははしゃいでいた訓練生たちも、その様子に口数を少なくしていった。
「……この辺りでいいだろう」
 無人の廃墟が立ち並ぶ寂れた学園の一角に、松岡がマイクロバスを止める。バスから下ろされ、整列させられる訓練生たち。勇斗はその周囲の荒んだ光景に息を呑んだ。……まさか、学園内にこのような場所があるなんて。勇斗が普段見知った学園の姿が陽の一面であるとすれば、自分たちがいるこの区画はまさに陰に属する側面に違いない。
「先生、ここは……」
「……2004年、学園に天魔両陣営の巨大ゲートが出現した際、放棄されたエリアの一角だ。両ゲートのコアは既に破壊されており、ゲート自体はもうただの休眠ゲートに過ぎないが…… 8年以上経った今でも、まだ消滅せずに存在し続けている。いまだに時折──いや、頻繁に、か?── 学園にディアボロやサーバントが出現するのも、この二つのゲートが原因……らしい」
 質問する勇斗に、淡々と答える松岡。ここが…… と勇斗は呟いた。話には聞いたことがある。授業でも習った。天魔との戦いにおける久遠ヶ原学園の分水嶺、輝かしい反撃の象徴であり── 同時に、久遠ヶ原学園旧体制の苦い敗北の墓碑でもある。
「──これから我々はその学園ゲートに向けて行軍を開始する。先も言ったが、ゲートは現在もディアボロやサーバントを吐き出し続けており、ゲートに近づくほどにその遭遇確率は上がっていく。お前たちは互いに協力して奴等を撃滅するんだ」
 気をつけろ。訓練とは違う。敵は殺意を持った存在だ。奴等はただお前たちを殺す為だけに、襲い掛かってくるのだからな!
 松岡が散々そう煽ってやると、訓練生たちは心細そうに互いの顔を見合わせた。それでいい、と内心で松岡は思った。今日のこの『実戦訓練』は勝利よりも、訓練では決して得られぬその不安と恐怖を識ること自体が目的だ。
「……なに、そう怯えた顔をするな。この辺りをうろついているような敵はそう強い連中じゃない。戦うべき敵か否かは俺が判断するし、いざという時は割って入るさ」
 松岡はそう言うと、早速、訓練生たちに前進する方向を指示した。方向を指示しただけで、隊列や索敵方針、行軍速度などには口を出さない。全て自分たちでやってみろ、ということらしい。
 勇斗と訓練生たちは即席で打ち合わせを済ませると、指示された方向に向かって前進を開始した。
 静まり返った廃墟群。響き渡る自らの靴音── 止め処ない緊張感の只中で、どこか遠くから流れてくる緩い歌謡曲が、自分たちが学園内にいることを思い起こさせる……
 10分ほど歩いたろうか。やがて、自分たちの靴音に、ある種の木製の楽器を打ち鳴らすような乾いた音が混ざって聞こえてきた。視線を交わして足を止め、前方から聞こえてくるその音の主を待ち受ける。
 見えてきたのは、全身が人骨の── そうとしか表現できない敵だった。骸骨戦士、或いは骸骨兵士── カタカタと動き、歩み寄るそれを見て、勇斗はなぜか学校の標本を思い出していた。テレビやゲームで見慣れた所為か、悪い意味で現実味が無さ過ぎる。敵が手にした錆びた剣だけが、明確にこちらへの殺意を象徴していた。
「『骸骨兵士』か…… 多少、連携を取る程度の知能? はあるが、個々の能力は高くない。得物に見るべきものもないし、新兵でも十分に打ち滅ぼせる」
 松岡の判断により戦闘の許可が下り…… 瞬間、勇斗の全身にブワァッ、と汗が噴き出した。唾を呑み、早鐘の様に鳴る心臓を鼓膜に感じながら、固くなった指でヒヒイロカネを握り締める。
「さて……どうしようかね」
 最初に盾を活性化しつつ、勇斗が乾いた唇をペロリと舐める。
 前方では、6体の骸骨が横一列の横列に展開しながら、殆ど同じ動きで剣を手にした右腕を振り被り、こちらに向かって近づこうとしていた。


リプレイ本文

「だ、だだ、大丈夫だよ、うん。く、訓練通りにやれば……」
 そう背後から声を掛けられて。振り返った勇斗が見たものは、自分以上にガチガチに緊張した年上のおねーさんの姿だった。
 着物にジャケット、草履にかんざし── 髪を結い上げ、和洋折衷(?)な葛城 縁(jb1826)が、年長者として精一杯胸を張る。だが、震える声に笑う膝では取り繕えようはずもなく…… 縁は涙目で親友を振り返った。
「あうぅぅ、陽花さぁぁ〜ん……」
「大丈夫だよー。ちゃんと訓練通りやれば問題ないよ。ね、縁?」
 二度目の実戦で多少は落ち着いている彩咲・陽花(jb1871)が、縁の頭をわしゃわしゃ撫でる。その動作にわふーと落ち着きを取り戻していく縁。陽花はわしゃわしゃを続けながら、勇斗にも微笑みかけた。
「勇斗くんは緊張してないかな? 私たちは前衛の壁役だよ。一緒に頑張ろうね」
 一瞬、わしゃわしゃを想像した勇斗は頭を振って。改めて陽花の言葉にハッとした。──そうだ。自分は壁役なのだ。もし、自分が崩れれば、後ろにいる誰かが危険に晒される。
 勇斗は改めて周囲を見回した。背後には縁の他に、桃枝 灰慈(ja0847)の姿もあった。2mを越す長身だが、それを感じさせないくらい筋骨逞しい学生だった。巨躯にも関わらずその表情は穏やかで、アストラルヴァンガードと聞いて驚くと同時に納得もする。
「榊くん、だったよねぇ。よろしく。今日は頑張ろうって」
 自らも緊張しつつ、落ち着いた声音で挨拶をする灰慈。勇斗は頷いた。その表情にはまだ緊張が見られるものの、敵に対する萎縮はない。
「そうや! わいらみたいな人種は、びびったり、へっぴり腰にのうたら負けや! 『初の実戦、心が躍るで!』くらい言うたらなぁ!」
 そんな勇斗を見て、真っ赤な髪を逆立て『気合の入った』御神 優(jb3561)がバンと勇斗の背を叩く。
 教師・松岡と共に後方に控えた牧野 穂鳥(ja2029)は、そんな訓練生たちの様子にホッとした。──自身も、実戦経験浅かりし頃は緊張のし通しだった。あの頃の自分を思い出す。まだまだ未熟ではあるけれど、あの頃からずっと、自分は誰かに伝えられるだけの何かを培ってこれたのだろうか……
「桃枝さん。回復の指針は決まってますか?」
「『ライトヒール』の回数的に、生命力の半分を目安にしようかとぉ……」
「了解です。榊さん、前衛中央に。桃枝さんの『盾』となってください」
 訓練生たちを支援できる位置──魔法書の射程ギリギリに移動しながら、穂鳥がそう助言する。鬼道忍軍・碓氷 千隼(jb2108)は活性化した十字手裏剣をクルクルと回しながら、そんな穂鳥を振り返った。──なるほど。熟練者の牧野はセンセと一緒に見守り組か。まぁ、フォローを受けながら戦えるなんて今のうちくらいだろうし、自らを鍛える意味でも良い機会ではある。
「勇斗君も遂に実戦ですか。……訓練と実戦はやはり別物です。先日の模擬戦の様に上手くいくとは限りませんが…… ディバインナイトの底力、見せてください」
 そう言って勇斗の肩をポンと叩いて、ナイトウォーカーの神棟星嵐(jb1397)が全身に漆黒の魔装を展開しながら、後列に移動し、提案する。
「敵はこの先の十字路を渡ってこちらに突っ込んで来ます。我々は十字路の手前に陣取り、そこで敵を待ち受けましょう」
「そこなら側面に回りこまれる心配がないからね。まずは数減らしを優先。早々に数的優位を確保しましょ」
 星嵐と千隼の言葉を受け、早速、訓練生たちが行動を開始する。穂鳥はひとまず安心した。どうやら初陣組の緊張は上手く解いてくれたようだ。
「危ない状況になれば、すぐに私と先生がフォローします。初めての実戦は、ぜひ勝利で飾りましょう!」
 最後に、穂鳥は戦に臨む訓練生たちに激励の言葉をかけた。内気な彼女にしては珍しいことだった。


 訓練生たちは回復役の灰慈を中心に、その前面に横列を組んで敵を待ち受けた。盾役の勇斗を中心に、右に陽花と千隼、左に優とルインズブレイドの西園寺 勇(ja8249)と配置する。後列の灰慈、星嵐、縁が支援射撃の担当だ。
 対する6体の骸骨は道幅いっぱいに横列を組んで、こちらへ突撃しつつあった。骨の音も高らかに猛進する骸骨たち。その横列は少しも乱れない。
「……随分とお行儀の良い連中みたいだね。こっちもお行儀良く出迎えてあげようか?」
 どこか感心したように呟く千隼に、星嵐が微笑して答えた。
「ですね。まずは先制攻撃、参りましょうか」
 まずは訓練生たちの中で最も射程の長い縁が、迫る敵に対して防御射撃を実施した。勇斗のかざす盾の上から散弾銃の銃口を突き出し、大まかに敵の脚部を狙って撃ち放つ。
 散弾で足を薙がれた骸骨の1体が、一瞬、地面に崩れかけた。だが、すぐに周囲が速度を合わせ、横列を維持したまま接近してくる。
「わぅー。あんなに規則正しく…… 骨なのに律儀だね」
 勇斗の耳元で呟く縁。結構、密着した体勢なのだが、緊張する二人は気づかない。
 縁の射撃を見た灰慈は反省した。味方を支援し、全員を回復の効果範囲に収めておくには、この位置に留まる必要がある。だが、灰慈は百科事典を買う為に素寒貧になり、防御に難を抱えていた。もし相手に縁と同等の射手がいたら、自分は良い的だったろう。
「桃枝さん、僕の後ろへ」
「助かるよぅ」
 勇斗の掲げる盾に隠れて、百科事典を広げる灰慈。アウルの力が灰慈の身体から湧き上がり…… 百科事典から放たれた風の刃が骸骨を直撃して何本かの骨を断つ。
「ふっふーん! 骸骨がなんですかー! 僕がずばーんとやっちゃいますよー! ここで幾ら怪我したって、怖くはないですし〜♪」
 まるで緊張を感じさせない調子で、勇が眼前に活性化した斧槍を両手で掴む。そのまま頭上に振り被って一回転。そこから大きく一歩踏み込みつつ、思いっきり敵へと振り下ろす。斬撃に合わせて放たれた衝撃波は、路面の砂塵を巻き上げ、地を奔り、1体の骸骨に直撃してその左腕を吹き飛ばす。
 そこへさらに放たれる星嵐の『クレセントサイス』。敵横列のど真ん中で炸裂したそれは、周囲に三日月形をしたアウルの刃を振り撒き、落ち葉の乱流が如く3体の骸骨を薙ぎ、傷つけ、荒れ狂う。
 千隼は十字手裏剣を肩越しに構えて骸骨たちの動きを見極め…… それら味方の攻撃で最も弱った個体に向かって手裏剣を投擲した。
 『眉間』を貫かれ、膝から崩れ落ちる骸骨。そのまま動かなくなった敵を見やって、千隼がよしっ、と声を上げた。
「これで敵は残り5体。こっちの前衛と同じ数になったから、あとは1体ずつ抑えてしまえば、中後衛が撃ち放題、ってね」
「同じ数、ではないよ。……こちらは1体、増えるから」
 え? と千隼が聞き返す間もなく、骸骨の横列がこちらの前衛横列に激突した。振るわれた骸骨の一撃を盾で受け止め、押し返す勇斗。千隼は軽いステップ二つで骸骨の斬撃を危なげなくかわしてみせる。
 と、その千隼の側面に召喚される陽花の『スレイプニル』。自らは盾を掲げて横列の守りを固めつつ、陽花が攻撃命令を発する。
「後ろへは行かせるわけにはいかないよ。スレイプニル、行って!」
 いななきと共に正面の敵へと吶喊する召喚獣。それを横から挟撃しようとした骸骨は、だが、自らの側面を陽花に斬りつけられた。
「そっちばかりに気を取られてるなら……っ!」
 いつの間にか陽花の武装が盾から斧槍に変わっていた。反撃しようと陽花に向き直る骸骨。その側面を馬龍が後ろ足で蹴り付ける……

 接敵後、最初に骸骨を倒したのは、左翼に位置した優だった。
 まず、最初。骸骨の波頭がぶつかる瞬間、「おらぁ!」と無造作に前蹴り一発。ポケットに両手を突っ込んだままでも、阿修羅の一撃は重かった。その体勢を崩した敵を見て、隣りの勇が即座に攻撃目標を変更する。振り下ろしかけていた斧槍を跳ね上げ、右前に体勢を変えつつ頭上で1回転。そのまま闇を纏った刃を左の敵へ──優の眼前の敵へ「ぐっしゃ!」と打ち下ろす。
 勇の一撃により左の鎖骨から肋骨まで断たれた敵を、優がソバット──跳び後ろ蹴りで突き崩す。問答無用で敵を粉々にした優は、崩れ落ちた敵を見下ろし、言った。
「なんや、脆いやないか、ドクロくん。カルシウム、足りてないのとちゃうか?」
「ぼっ、僕の一撃があったからですよ!?」
「わ、私の支援攻撃もだよ!?」
 抗議の声を上げる勇と縁。当の優は聞く耳持たずにずんずんと前に進んでいく。
 敵の左翼を崩した優はそのまま敵側面を回り込むと、中央部に位置する骸骨の裏手へ回った。妨害しようとする敵を慌てて勇と縁が拘束し。さらに弩を手にした星嵐が優に続いて敵戦列を突破する。
 側方から立て続けに放たれる星嵐の支援攻撃。側頭部に矢を受けた骸骨の脚部を縁の散弾が撃ち砕き。そこへ勇が掬い上げるような斧槍の一撃でその敵を打ち払う。
 勇斗正面の骸骨の背後に回り込んだ優は、骸骨が勇斗に打ちかかるタイミングに合わせて全力の回し蹴りを放った。がしゃり、と上半身を揺らす骸骨。それを盾から小剣へと装備を変えた勇斗が柄でぶん殴る。
「ははっ! 榊か。ええ根性しとんな。わいに合わせ。一気に仕留めるで!」
 その挙動に優が笑った。骸骨戦は既に終盤戦に入っていた。


 灰慈が放った風の刃により、中央最後の骸骨の首がぽーんと宙を舞った時。右翼の骸骨2体もまた千隼と陽花により殲滅されていた。
 手裏剣の投擲から敵中へと踊り込み、影を曳いた脚甲でもって踊る様に骸骨を蹴り砕く千隼。その横で、陽花の斧槍に足をかけられた最後の骸骨が馬龍の蹄に踏み砕かれる。
 敵の全滅を確認して歓声を上げる訓練生たち。と同時に、突然、昏倒した勇が、だが、慌てる周りをよそにいびきと共に眠りだす。

 最初に異変に気づいたのは、後方にいた穂鳥だった。
 敵隊列の後方──即ち、十字路まで出た星嵐と優が、なにやら右方を見て硬直している。
 と、十字路を形成する廃墟の陰から、ヌッと現れる4体の『腐骸兵』── それは『動く死体』としか形容し得ない存在だった。腹からはみ出したその『中身』に、訓練生たちが硬直する。
「敵です! 新手です、皆さん! 戦闘態勢を!」
 叫び、前へと走りながら、穂鳥は『緋籠女』を発動させた。その声に目を覚ます勇。「傷が…… さっきの夢の続きかっ?」と慌てて飛び起きる。
 穂鳥が空に放り上げた炎は、腐骸兵たちの頭上で籠状に編み上げられた。と、穂鳥が拳を握ると同時に四散し、火焔を撒き散らす炎の籠。炎に黒く焼かれた腐骸が消え行く炎の向こうから現れる。
「牧野! 訓練生たちはまだ負けていないぞ!」
「ですけど、先生……っ!」
 前線では、星嵐と優に加えて、勇斗と縁もまでもその身を硬直させていた。そこに襲い掛かる腐外兵。至近距離での遭遇だったため、立ち直るだけの時間はなかった。
「こちらは接近戦専門ではないのです。あまり近づかないで欲しいものですが……」
 動きの鈍くなった身体に鞭打ち、ナイフを手に迎えうつ星嵐。そこへ千隼が横合いから間に割り込む。
「ほらほら、ぼやぼやしてると腐骸の仲間入りさせられるよ!」
 敵の攻撃をかわしながら、発破をかける千隼。星嵐は礼を言いつつ、弩に装備を替えて距離を取る。
「うへ、あんまり触りたくないなぁ、これ……」
 両腕を伸ばして迫る腐骸兵を蹴り飛ばしながら、千隼はうわぁ、と顔をしかめた。向こうでは優が「うわっ、ばっちい!」と、肉片のこびりついた脚甲を地面にこすり付けている。
 とは言え、これ以上は下がれない。陣形はズタズタだ。本来なら手裏剣で逃げ打ちをかましたいところだけど、と唸りながら、千隼は腐骸兵の爪を右に左にひょいひょいとかわしていく。
「しっかりしてください、皆さん! あれはサーバント、天使の作り物です! ある程度は心を殺して…… でないと、自分だけでなく、周りまで危険に晒すことになります!」
 せめてもの穂鳥の叫び。その叫びに呼応するかのように、星嵐と優、そして、縁が自力で硬直から立ち直った。
「しっかりしなくちゃ…… 私は、お姉さんなんだから!」
 自分自身に言い聞かせながら、縁が散弾銃を持ち上げる。味方に迫る1体に照準…… そのままドカンとぶっ放す。
 硬直した勇斗は背後の灰慈に引き寄せられ、間一髪、鉤爪の一撃を受けずに済んだ。そこに駆け寄ってきた陽花が馬龍に防御を命じつつ、放心した勇斗の頬を張る。
「しっかりして! こんな所で固まっている場合じゃないんだよ!」
 我に返った勇斗の目の焦点が陽花に合う。勇斗は二人に礼を言うと、小剣を手に立ち上がった。その様子を見て大丈夫と判断した灰慈は、怪我をした勇と優の二人に、両手の中で作り上げた回復の光をそっと飛ばす。
「そっか。つくりものかぁ! だよねぇ。数年も前の死体がこんなに生々しく残っているはずないよね。さすが夢!」
 斧槍を手に立ち上がった勇は、再び横列を組みつつある味方を横目に見ながら、敢えて一歩、前に出た。
「さあ、みんな、立ち上がるんだ! 自分を信じる力があるなら! 皆と協力して戦えるなら! 抗うことのできない恐怖と不安なんて存在しない!」
 横列に凸型を作って突出した勇に、腐骸兵たちが集中する。だが、同時に、敵の隊列もまた凹型に変化していた。味方を巻き込まず、多くの敵を範囲攻撃で撃てる隊形に。
「幾度か前線で戦いましたが…… まだまだ初心に帰って学べるものがありそうです」
 呟き、星嵐が手の中に集めた炎を腐骸兵へと撃ち放つ。先程の穂鳥の攻撃によって、敵が炎に弱いことは分かっていた。敵陣に着弾した色とりどりの炎が周囲に爆発を撒き散らし…… その直前、『迅雷』で敵前から大きく跳び退く千隼。数瞬前まで彼女がいた空間を薙ぎ払い、炎が勇の左側に位置した腐外兵たちを吹き飛ばす。
 ぐちゃり、と崩れ落ちる腐外兵。その中身がぶちまけられた光景を見た陽花が「うっ!」と呻き……
「Go、スレイプニル!」
「!?」
 陽花が傍らの馬龍に残る腐骸兵への攻撃を命じて。なんとなく涙目になった馬龍が最後の敵を踏み潰した。


 敵を全滅させた後。星嵐は十字路の四方に敵影がないことを確認し、ようやく皆に「お疲れ様」と声をかけた。
 消えていくサーバントたち── ホッとした縁が散弾銃に縋るように地面へと座り込む。
「お疲れ様、縁。勇斗くんも」
 そこに歩み寄る陽花。疲れ切った二人に、ね、なんとかなったでしょ? と笑ってみせる。
「とりあえず、悪魔より天使の方が性格、えげつない気がします……」
 暫く肉は食べれそうにない。そう苦笑する勇斗に、灰慈が言った。
「じゃあ…… 帰ったら、皆で何か甘い物でも食べに行こうかぁ」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

草食ライオン・
桃枝 灰慈(ja0847)

大学部7年115組 男 アストラルヴァンガード
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
撃退士・
西園寺 勇(ja8249)

大学部1年306組 男 ルインズブレイド
戦いの中で戦いを……・
神棟星嵐(jb1397)

大学部6年70組 男 ナイトウォーカー
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
撃退士・
碓氷 千隼(jb2108)

大学部6年61組 女 鬼道忍軍
撃退士・
御神 優(jb3561)

大学部3年306組 男 阿修羅