地上の争いに関係なく、今日も仕舞いの日が沈む──
一日中、『砦』の西門前に張り付いていた敵骸骨戦士の方陣は、常と同じく、その日の激戦などなかったかのように整然と退いた。
上空を大きく旋回していた『烏』もまた、日没と共に去っていく。それを朱から藍に変わりゆく空に見上げながら── 夜間の哨戒任務の為に上がった壁上で、キイ・ローランド(
jb5908)は呟いた。
「……城攻めなのに、飛行型のサーバントを用いないのって、何か理由でもあるのかな? ……意図的に戦いを長引かせている? 戦術的、いや、戦略的な陽動でも仕掛けているのかな?」
「上の方の人たちはそう考えているみたいだね。敵の主攻は秋田── だから、戦力が動かせない。だから、増援がやって来ない」
キイのその言葉を聞いて、近くを通りかかった日下部 司(
jb5638)が答えた。彼は、鴉乃宮 歌音(
ja0427)を手伝って、大型の照明器具を壁上に運び上げる途中だった。
司の答えにそうなんですかぁ、と頷きながら、キイの興味は設置作業が始まった照明器具に移っていた。同じく、照明器具を運んで来た永連 璃遠(
ja2142)はそんなキイたちの背後を通り、さらに奥に荷を運ぶ。
「今夜、学生たちは2人1組で、夜間、城壁上の哨戒活動に当たります。皆さん、よろしくお願いしますね」
設置作業を始めた兵たちに、璃遠はそう言って頭を下げた。気さくに応える兵たちに再び笑顔で一礼し…… ふと城壁上からグルリと周囲を見回す。
黄昏に沈む砦の外には、斜陽に陰る山々と、無造作に立ち尽くす骸骨の群れ── 転じて砦に目をやれば、ボロボロになった施設群に、それに負けぬくらい連戦に疲れ切った兵たちの姿がある……
そんな兵たちの中にあって、ただ一つ、予備戦力として朝方までの待機任務に入った予備隊だけが、まだ鋭気を失わないでいた。
「守っているばかりじゃ気が滅入るし、ただ待っているのも手持ち無沙汰だ。つまり、これ正当な時間潰しの作業なんだよ。……つーか、御託はいいからあんたらも交ざれ交ざれ」
その予備隊に属する学生撃退士の一人、アサニエル(
jb5431)は、他の強面の兵たちと共に車座になってカードに興じていた。まだ経験の少ない学生たちにも積極的に声を掛け、強引にその輪に引きずり込む。……それはまだ戦いに慣れぬ学生たちを気遣っての行動か。或いは、カモを増やす為か。
(敵は、こちらの防備が手薄な所を狙って戦力を出してくるでしょう…… 死角となるような場所を出さないよう、最低限の配置は守っていかないと……)
璃遠は意識を壁上へと戻すと、活性化させた刀をギュッと握った。今日、夜襲があるかは分からない。だが、隙だけは見せないようにしないと……
「あの山の上に、敵が『一夜城』を気づいているのですね……」
敵の城が見つかったと言う山の方を見やって、或瀬院 由真(
ja1687)が呟いた。
もし、あの場所に拠点が完成し、そこに投石器型の甲虫が配置されてしまえば──それは、将棋で言ったら『角行』(かく)がこちらに睨みを利かせるようなもの。しかも、こちらにはその角道を塞ぐ手段もないのだ。
「だからこそ、こちらはその『角行』自体を取りに行くしかない」
呟く司。建築中の敵城を放っておくわけにはいかない──そう判断した学生たちは、強襲班を派遣してそれを潰すことを決定していた。出発は日没後。完全に日が落ちてから。こちらが城に気づいたことを敵が知らないとなれば、成算は十分以上にある。
とは言え、危険な任務である事には変わりなく…… 司は心配そうに、強襲班が集合している東門の方を見やった。強襲班には彼の戦友たちも多く参加している。
(敵もなかなか策士のようだしね。強襲される事も想定内かな? ……とは言え、こちらに他の手札が無いのも事実。相手が慢心していてくれれば、こっちのものだが)
口には出さずに思考しながら、歌音は紅茶を飲み干した。丁寧にカップを拭った後、専用の鞄に仕舞それを仕舞う。
「なんにせよ…… まずはここを守り抜かないといけませんね」
呟く由真の視界の端で、太陽が山の端の向こうに沈んでゆく……
●
「まず、最初に確認しておきたいのじゃが…… もし、敵が逃げ出した場合、拠点はこちらが使える様に残しておくか、念入りに潰してしまうのか、どっちじゃ?」
東門の近く、ブリーフィングルームに指定されたプレハブ棟で。強襲班の一人、リザベート・ザヴィアー(
jb5765)は、松岡と藤堂にそう訊ねた。
物には罪はないからのう、とうそぶいてみせるリザベート。松岡は苦笑と共に、人の悪い笑みを浮かべて答えた。
「今は維持できるだけの兵力が無い。勿体無いが壊してしまおう」
その返答に、リザベートは、ふむ、と頷いた。……なるほど。夜襲をすること自体に意味がある、か。多くのリソースを投入した秘匿作戦が逆に夜襲を受けたとなれば、確かに、慎重、或いは臆病と評される指揮官ならば相当堪えるはずだ。
「臆病、或いは、慎重、かぁ…… まさか、『セコイ』っていうだけじゃあ……」
「あり得……なくはないわね。『セコイ』でなければ『節約』って感じ」
資料にプリントされた敵指揮官と思しき『おばちゃん』を改めて見やり、どこか遠くを見やる葛城 縁(
jb1826)。その横で、割かし真面目な表情で月影 夕姫(
jb1569)そう呟く。そんな縁の頭を労わるようにポンポンと抱き叩きながら、彩咲・陽花(
jb1871)は苦笑を引き締め、言った。
「まあ、あんな外見でも敵には違いないからね。……実は、あの外見でこちらを油断させる作戦、とか」
陽花の言葉に頭を上げ、きょとんと顔を見合わせる縁。僅かな沈黙の後、揃って乾いた笑いを上げる二人の横で、夕姫がやはり真面目な表情で「あり得るわね」とか呟いたり。
「敵陣地への強襲、しかも、夜に! ってなると、まるで特殊部隊みたいでかっけえよな!」
ブリーフィング後のロッカールーム── ナイトビジョンやら艶消しやらの準備を進める撃退士たちの中で、木暮 純(
ja6601)がどこかわくわくした調子でそう言った。
「どちらかというと、夜行性の野生動物になった気分だけど」
そう純に答える縁と、互いの格好を見て笑い合う。2人とも既に顔はフェイスペイントで真っ黒だった。しかも、臭いを消す為に、肌には土やら草やらを念入りに擦り込んである。
「さて。それじゃ行きますか」
「とろとろしてっと怪しまれっからな。静かに、早く、だな」
2人は笑いを収めるとすぐに表情を引き締め、強襲班の先頭に立ち、先行して進み始めた。
雲間を照らす月明かりの下、暗視装置の視界を頼りに周囲を『索敵』しながら、夜の闇に沈んだ無人の街並を駆けて行く。途中、発見した敵は、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)がその類稀なる足の速さでもって一気に肉薄。刀身の光らぬ大剣を振るってその刃で噛み千切る。
「けっこうな早さで進んでやがるみたいだが…… そうはさせねぇ」
やがて辿り着いた敵拠点の『建築現場』──夜間も突貫で作業を続ける『コボルド』と『炎岩人』たちを見て、純が小声で息を吐く。
「『一夜城』、ね…… あのおばさん、歴女か何かなのかしら……」
夕姫は心中で呟くと、手信号で周囲の味方に『城』の周囲を探る事を提案した。警戒の薄い所、侵入しやすい場所を見つける為だ。状況に余裕があった場合、選択肢の一つとして事前のミーティングで決めておいたのだ。
それを受け、縁と純は皆から離れて先行し、木々の間を音もなく『侵入』していった。その2人を支援すべく、リザベートもまた『闇の翼』を展開。浮遊して音の鳴る下繁えを越えつつ、木々の間に隠れる様にしながらやや後方を後続する。
『サーチトラップ』で罠や警報器の類に目を凝らし、『索敵』でもって敵の配置と動きを詳細に洗い出す縁。その間に、純は自らの射点を確保し、その装備とスキルを変更した。敵城をグルリと囲む木製の壁の四隅には木で組み上げた櫓が立っており、2体の骸骨銃兵が見張りに専念していた。それを木々の間から見上げながら、改造狙撃銃を活性化させる純。槓桿を操作して遊底を開放し、アウルの弾丸に『ダークショット』の力を込めて薬室へと装填する……
「甲虫が外には見当たらない…… なら、いるとしたら屋内だね」
元の場所に戻って来た縁が描いてきた絵図(敵の配置図。端に犬娘のイラスト入り)を見て、思考を進め…… 陽花がその中の一点を指す。それは、敵の拠点のど真ん中に位置する建築中の『本丸』だった。上階部分は工事中だが、土台は既に完成している。
攻撃目標を定めた強襲班の面々は、時計を合わせると攻撃発起点への移動を開始した。
既に木の上に陣取り、敵に変わった動きがないか確認していたリザベートが、いつでも飛び出せるように身構えながら「さて、正念場というやつじゃのう」と心中に独り言つ。
やがて、全ての準備を終え…… 秒針が12時を回った瞬間、強襲班本隊は阻霊符を起動すると、敵城壁を乗り越え、建設工事中の敵敷地内へと押し入った。
最初に侵入に気づいたのは、やはり、櫓の上の骸骨だった。侵入する人影に気づき、銃口を向ける骸骨銃兵。もう1体が警報を発すべく振り回すタイプの笛を持ち上げ……
直後、鳴り響いた発砲音と共に、銃を持った骸骨の頭部が砕けた。慌てて振り返った笛の骸骨が森の中に狙撃銃を構えた純を見出し。慌てて銃を持ち上げるも、次の瞬間にはその眉間を撃ち抜かれて櫓の上から転がり落ちる。その躯が地面に達した時には、純は既に無駄のない動きでその射点を捨てていた。音もなく木々の間を移動しつつ、次の射点の確保に動く……
異変に気づいた隣の櫓の骸骨たちには、しかし、対応するだけの時間は与えられなかった。自分たちに落ちた影に、背後を振り仰ぐ骸骨たち。その空虚な眼窩が捉えるは、雲間の月を背景に宙を舞うリザベートの姿──
「遅いの。そんなでは哨兵は務まらぬ」
直後、魔法書から生み出された水の刃が骸骨たちに振り下ろされ…… 更に、リザベートはその『返す刀』で、櫓の組木と縄の結び目を切り裂いて櫓自体を半壊させた後、本体と合流すべく闇の翼を翻す。
「土台さえ壊してしまえば、その上に物は建たないわ。縁、陽花! 派手にふっとばしちゃいましょう!」
その本隊は、闇の中、敵の混乱を助長するよう派手に火力をばら撒きながら、素早く本丸へ向け進攻していた。
夕姫は傍らの友人2人に声を掛けると、手近な建設途中の平屋の柱へ光弾を立て続けに叩き込んで崩落させる。……敵の城は外見こそ立派だったが、中から見れば殆ど張りぼてだった。優雅に、かつ、力強く槍を振り回して次々と柱を切り倒すフィオナ。縁と陽花(馬竜騎乗)がばら撒く『ナパームショット』と『ボルケーノ』の爆炎を背景に、非戦闘員(?)たるコボルドたちが右往左往して逃げ惑う……
と、その進路上に唐突に…… というか、あまりにも無造作に。サンダル履きの人影がぺたぺたと屋内から現れた。
だが、あまりにも唐突だった為、撃退士たちの反応は一瞬、遅れた。……というか、実際に目の当たりにすると、その光景はあまりにも現実感が無さ過ぎた。
特徴的なファー付きの真っ赤なコート──全く嬉しくないことに、その下はネグリジェだった。寝癖を手で梳きながら寝ぼけ眼で大きなあくび──恐ろしいことに、その顔はなんとパックで覆われていたりする。
「…………なぁに? 子供たちがこんな時間に、こんな所で…… 危ないわよ? 早く帰りなさい」
「あ。え、えっと御免なさい…… って、そうじゃないんだよー!?」
「そうだよ! 私たちは子供じゃない……って、違うよ! 私たちは砦の撃退士なんだよ!」
……あまりと言えばあまりにもあまりなそのおばちゃん──シュトラッサーと思しき敵指揮官の初声に、思わず毒気を抜かれてノリツッコミを返す縁と陽花。それを見た夕姫が「調子、狂わされてるなぁ」と一筋の汗を垂らす。
リザベートは飛翔したまま無言でそっと距離を取り…… 遠く、視界の端を動く何かの陰に気がついた。
「気をつけろ! 炎岩人どもがそっちを包囲しようとしてやがっぞ!」
同時に、退路を確保する為、森に残っていた純から連絡が入った。純の視界正面を、先程まで混乱していた炎岩人たちが、本隊の側背に回り込もうと駆け足で進んでいく。純は手早く照準すると、その炎岩人たちに銃撃を浴びせた。側方の森に敵の存在を察知した敵は…… だが、それを無視する様に移動を最優先とする。
「……なるほど。指揮官がおらぬわけはないとは思っていたが…… ようやく出てきたというわけか」
それまで弱敵を相手につまらなそうにしていたフィオナが、嬉々として一歩、前に出る。
「……おばさんこそ、ここは危ないから後方で家事でもしていて欲しいんだけど?」
軽口を叩きつつ、戦闘に備えて腰を落とす夕姫。その後ろで陽花は確信していた。外見と言動で意表をつく間に、炎岩人を回りこませる──やはり、あの格好はこちらを油断させる為の罠……!
「家事、ね…… 覚えておきなさい。女は自立してこそ華よ」
全国の専業主婦の皆さんが激怒しそうな事をさらっと言いながら、女──敵指揮官が顔に張り付いたパックを丁寧に外して捨てる。
そして、撃退士たちの方へと向き直りながら、大仰な──つまり、芝居臭い仕草で、心配そうにこう訊ねた。
「でも、いいの? こんな所で遊んでいて…… 今頃、うちの子たちが、あなたたちの帰るべき『砦』を無くそうとしているはずなんだけど……?」
●
最初にその接近に気づいたのは、西門の上にいたキイだった。
遠く、暗視装置の視界越しに何かが揺らめいた気がして、傍らの歌音に声を掛ける。歌音は宙を見上げて星詠みの力をイメージすると、視線を下ろして遠視した。
──これまでの戦闘において、骸骨戦士の方陣が砦を攻撃するのは日中に限られていた。夜間に他種の──例えば、蛙人の襲撃があっても、骸骨がそれに参加することはなかった。
だが、その日、敵骸骨戦士の集団は、深夜を過ぎた辺りで再び砦へとやって来た。しかも、その方陣の数はいつもの2つではなく、3つ。その周囲には多数の炎岩人まで従えている。
「照明弾!」
暗視装置を外しながら、淡々と敵の襲来を告げる歌音。警鐘が鳴り響く中、覚醒し、精神が戦闘モードに切り替わったキイが、壁上に上がって来た学生たちに確認の指示を飛ばす。
「個ではなく集団を狙うこと。攻撃は各班ごとに。常にどこかの班が攻撃できるよう。ノックバックスキル持ちは射程内に入り次第、撃ち込み、相手の隊列を乱すこと。範囲攻撃スキル持ちは壁内に侵入した敵の殲滅を優先。移動不可スキル持ちは門上にてそれを使用。敵を門前でどん詰まりにしてやるんだ!」
キイが叫ぶ間に壁上のサーチライトが地面に光条を走らせ、照明弾が打ち上げられる。真昼の様に明るくなった戦場に敵の全貌が浮かび上がり、闇に紛れる必要のなくなった炎岩人が一斉に炎を噴き上げる。
「『目標捕捉』」
歌音は洋弓にアウルの矢を番えて引き絞ると、狙撃手のイメージをその身に下ろし、門へ向け突進して来る最初の炎岩人へ向け矢を解放した。
満を持して放たれた矢は、炎岩人の右目に突き立った。仰け反り、怒りの形相で雄叫びを上げる敵── 歌音は2射目を欲張らずに壁の下へと身を隠した。直後、布陣を終えた骸骨方陣から一斉に放たれる制圧射撃。高度の落ちた1発目の光が弱まる中、2発目の照明弾が打ち上げられ──それが発光するまでの間、岩人の炎が松明の如く骸骨の群れを揺れ照らす……
「始まったな……」
一方、壁内── 予備隊として待機中のアサニエルは、西の空から轟いてくる光と銃声にそう呟いた。
これまでにない規模で遠雷の如く轟く戦の咆哮── だが、歴戦の兵たちと同様、アサニエルは動じない。落ち着かない様子の下級生たちに、励ます様に声を掛ける。
「あたしらは後詰──手が回らなくなった箇所を手当てするのが役割だ。待つのも仕事の内。ゆったりと構えてな。今からそんなんじゃ、いざという時もたねぇぞ」
「西面城壁に敵が攻撃を開始しました。自分たちはこれより増援に向かいますが、2人ずつ見張りを残していきます。他面からの侵攻が、まだないとは限らないので」
一方、東側の城壁上で哨戒任務に当たっていた司は、西門裏バリゲードへ増援に急ぎながら、指揮所にいる松岡にそう報告を入れた。
他の壁上で見張りをしていた由真と璃遠もまた到着し、開きっぱなしの門へ向けてその銃口を照準する。
「いざとなったら、バリゲードを守る為に前に出ます。回復支援はお願いしますね」
緊迫した空気の中、傍らに鎧竜──ストレイシオンを召喚した由真が、冷静に、というかどこかのんびりと小隊の回復役にお願いする。その手にはなぜかシュークリーム。兵の視線に気づいた由真は、ハッとそれを見下ろして…… 苦悩と葛藤の末、断腸の思いで兵に訊く。
「……食べます?」
「いや、くれなくてもちゃんと回復はするんで」
そのやり取りに、あはは…… と笑みを零す璃遠。と、次の瞬間、その表情が引き締まり、門の方へと視線が跳んだ。壁の向こう、一斉射撃の轟音と共に、門から飛び出して来る盾持ち骸骨。バリゲード上に身を乗り出し、一斉に迎撃の銃火を放つ撃退士たち。その銃撃に倒れる仲間の合間を縫うように、次々と侵入して来る骸骨の群れ。壁上でキイの指示が飛び、真上から麻痺攻撃に幾体かの骸骨が門前で動けなくなる。
だが、敵は、その骸骨ごと押し潰して突入する。
侵入して来たのは、その身を丸めて突入してきた炎岩人の岩塊だった。通常に倍する速度で転がってきたそれは、味方の骸骨を弾き飛ばすとそのままバリゲード前の塹壕に落ちて止まった。素早く人型へと展開し、炎を噴き上げる炎岩人。瞬間、司がバリゲードを乗り越えて跳躍し、その速度と質量ごと大槌を振り抜いた。その司の『ウェポンバッシュ』に叩かれ、吹き飛ばされる炎岩人。そのままバリゲードの外に着地した司はその得物を大剣に変え、距離を詰めるべく敵へと走る。
「……援護を!」
同じく、バリゲードを飛び出した璃遠が叫び、地面から膝を上げつつある炎岩人の裏へと回り込んだ。由真もまた鎧竜と共にバリゲードを乗り越え、敵を挟み込むべく左右に分かれて走り出す。
敵の背面に出た璃遠はその手に直刀を活性化させながら、敵正面の司とタイミングを揃えて炎岩人の背に切りかかった。それを見た炎岩人が、全身から噴き出す火力を強める。肌を炙り焼くその熱量に、慌てて足を止める司。璃遠もまたたたらを踏むと後方へと跳び退きながら、その装備を曲刀に変えて抜刀。アウルの刃を抜き放って炎岩人の岩肌を削りにかかる。
「迂闊には近づけないか!」
司は何とかギリギリまで近づくと、大剣を一閃させて炎岩人に切りかかる。
近接戦闘しか出来ない鎧竜が指示を乞う様に由真を見て…… ちゃっかりPDWを構えた由真がそれに気づいて、頑張れ! という風に拳を握る。
激戦は続く。
骸骨用の盾2枚で身を固め、門を突破して来る炎岩人。初撃を堪えた盾を捨てて迫るその敵に対し、由真はバリゲード正面でそれを受け止め、側方から味方に銃撃させる。
敵は既に、門前に橋頭堡らしきものを築き始めていた。門内の壁上に対しても火炎放射で牽制しつつ。その間に次々と戦力を投入。バリゲードの破壊を狙う。
「まぁ、でも、本当に警戒すべきは、やはり壁の外の敵だろうね」
壁の陰で敵の銃撃をやり過ごしながら、歌音はそう独り言ちた。たとえ対策を取ったとしても、進撃路が限られている時点で、敵にとって門からの侵攻が不利な事実は変わらない。いつまでもそんな所から侵攻してくるほど、敵も馬鹿ではないはずだ……
と、そこへ、激しく打ち鳴らされる警鐘の音── 鳴らしているのは、北面壁上に残した哨兵だった。その符丁は、蛙人の夜襲を意味するもの──
「別働隊か……!」
それを受け、戦力の一部を率いて城壁上へ向かうキイ。やはり来たね、と呟きながらも、歌音はその場を動かない。
北面城壁に辿り着いたキイは、照明弾の光の下に浮かび上がる多数の蛙人を壁外の眼下に見出した。間に合った、と呟き、各自に戦闘態勢を取らせるキイ。地を蹴り、壁面経由で壁上へと跳躍してくる蛙人たちを、キイは片っ端から『フォース』で弾き飛ばした。瞬く間にそれを使い果たし、盾ごと、鎧ごとぶつかり、殴る。だが、敵はあまりにも数が多い……
「ようやくの出番だぁ! 野郎ども、蹴散らせぇ!」
そこへ、後詰の予備隊がが満を持して到着し、北面壁上の戦況は再び引っくり返った。アサニエルは飛行できる者たちを予備隊の中から抽出すると、本隊に先駆けて一足早く急行したのだ。
光の翼で一旦、壁の上空を越え、壁の外に敵を見下ろすアサニエル。それを見上げ、一生懸命に水弾を撃ち上げる蛙人たちに、アサニエルはニヤリと笑みを向け……
「それじゃあ、一回、派手に吹っ飛びな!」
と、『コメット』を敵の只中へと降り下ろした。
地に激突し、炸裂するアウルの彗星群。味方もまた同様に範囲攻撃を立て続けに撃ち下ろす。一旦、敵の頭上を飛び過ぎ行きたアサニエルは鼻歌混じりに翼を翻すと、再び敵の上空へと進入。激しい水弾の『対空砲火』の中、範囲攻撃を撃ち下ろした。その対応に追われ、壁に取り付くどころではなくなった蛙人たちの壁への進攻が止まる。キイはホッと息を吐くと、仲間たちに壁上に侵入した蛙人たちを落ち着いて駆逐するよう指示を出した。
撃退士たちの奮闘が続く。
敵の攻勢は、未だ弱くなる気配を見せない。
「強襲が成功すれば流れは変わります。……それまでの、辛抱です!」
そう周りの士気を鼓舞する由真に、敵の新手が殴りかかる……
●
「さっさと用を済ませてこい。ここは出来るだけ抑えておく」
有無を言わさぬ口調でフィオナはそう仲間に告げると、手にした両手権の如き直刀の刃に白き光を灯しつつ、敵指揮官に対して一歩、前に進み出た。
味方を強敵の前に置いていくことに、でもっ、と反駁しかける縁。その肩を陽花が掴み、無言で首を横に振った。──自分たちの目標は、あくまで甲虫とこの砦の破壊にある。目標を達成し、一刻も早く砦に合流しなければならない。そうでなくても、自分たちは今、包囲される危機にある。
縁は逡巡しつつ頷くと、陽花と共に本丸へ向け走り出した。2人の背を見送って…… フィオナが敵指揮官に向き直る。
「というわけで、足止めをさせてもらう。これ以上、投石を続けられるのも業腹ゆえな。今回で徹底的に潰させてもらうぞ」
そんなフィオナににっこり笑うと、恐らくは直衛用に温存しておいたのだろう、敵指揮官は4本の腕を持つ骸骨を至近に呼び寄せた。敵指揮官との間に入り込み、戦闘態勢を取る『修羅骸骨』──その佇まいと雰囲気は、骸骨戦士のそれを遥かに超えている。
「……まぁ、まだ逸るのも許される年齢ではあろうからな。存分にやるが良い。それを横から手助けするのも、年長者の勝手じゃがな」
「ま、そういうこと。縁と陽花を追わせはしないわ」
リザベートと夕姫の2人は、フィオナと共にその場に残った。それぞれの『翼』で浮遊し、前後に支援態勢を取る2人。フィオナは無言で口の端に笑みを浮かべ、得物を手に修羅と正対した。慎重に相手の出方を窺うフィオナに対して、先に仕掛けたのは修羅骸骨。3本の腕に持った得物をそれぞれ、上中下段、バラバラに振り被りつつ、ダンッ、と地を蹴り、距離を詰める。
瞬間、射程ギリギリまで後退していたリザベートが、水の刃を修羅へと放つ。ほぼ同時に宙を飛び蹴り、修羅直上へと飛び出す夕姫。迫る水刃を軽盾で受け流しつつ、中段から長剣を突き出す敵。フィオナもまたそれを盾で受け弾くと、反撃の動作に入り…… 直後、上段から振り下ろされた戦槌と、腿を薙ぎにくる小刀。フィオナは眼前の槌は仰けかわしたものの、腿は刃に浅く切られた。
更に追撃をかけようとする修羅に、足を振り上げて宙に急停止した夕姫が大型ライフルの銃口を真下に振り向け、撃ち放ち。踏み込もうとしたところを眼前に弾を撃ち込まれた修羅骸骨がたたらを踏む。一旦、動きを止めた敵へ、夕姫は今度は立て続けに、直撃コースで発砲した。正確に撃ち下ろされた魔力の弾丸。それを修羅が盾を掲げて受け弾く。
「今よっ!」
夕姫が叫んだ時には、フィオナは既に動いていた。夕姫が誘引した敵の盾。その下に滑り込ませる様に雪村を突き入れる。敵本体に届かんと伸ばされた白刃は、だが、それが達する直前に小刀によって受け弾かれた。長剣でフィオナを牽制しつつ、夕姫に小刀を振って魔力の刃を飛ばす敵。相手に飛び道具があるを知って、夕姫もまた一旦、距離を取る。
リザベートは援護の水刃を放ちながら…… 同時に視界に収めた敵指揮官を観察し続けていた。敵は何を考えているのか。修羅骸骨を援護する素振りすら見せていない……
「今更、その年恰好に驚きはせぬが…… 興味が湧いた。聞かせろ。何ゆえ天に降った?」
修羅骸骨と戦いながら、フィオナが敵指揮官に問いかける。女は肩を竦めると、それでも一応、答えてみせた。
「貴女たちは何ゆえ撃退士となった? それと同じことよ。私にもこうなった理由はある。でも、それをここで言ったところで、互いの立場が変わるわけでもない」
指揮官がそう語る間にも、夕姫は骸骨の真上から後方へと位置を変える。フィオナへ切りかかった瞬間、クルリと身を翻して敵の背後へと舞い下りた。そのまま至近距離から放たれる零距離射撃。だが、直前、ありえない角度で振り回された戦槌が、その銃身を打ち弾いた。銃弾は何も無い宙を貫き…… 更に、こきん、と手首を返した修羅が槌を振るい、辛うじてそれを受けた夕姫が再び敵の間合いを離れる……
近づいて見てみれば。本丸の石垣は、盛り土の表面に石を貼り付けただけだった。
縁と陽花は頷き合うと、地下駐車場の様な斜面を下りて、入り口から本丸の中へと入った。建築途中の為か、中には余分な敵も警報装置もなかった。ただ、半地下の本丸内は、存外、ある種の耐爆壕の様に頑丈そうだ。
そして、陽花の予想通り、そこには2体の投石器型甲虫がいた。単体での近接戦闘能力を持たない甲虫に、為す術は何もない……
「2体の甲虫は撃滅したよ!」
「ついでに大黒柱とか、もうぽっきりするくらい破壊してきたからね!」
急ぎ、駆け戻った縁と陽花が彼我に向けてそう叫ぶと、フィオナは鍔迫り合いをしていた修羅骸骨の剣を大きく前へと弾くと、同時に後方へと跳び退さって一気に敵と距離を取った。
目的は達成した。名残惜しい気分はあるが、これ以上、戦いを続ける必要もない。
「あら、もうおしまい?」
退き始めた撃退士たちを見て不満そうに零す敵指揮官に、リザベートはこのタイミングで、とっておきの一撃を放った。『コンセントレート』にて射程を延伸した、雷纏いし水刃の『ライトニング』──本来の射程外からの攻撃に完全に不意を衝かれ──だが、修羅骸骨を支援もせずに防御に徹していた敵指揮官が左手を掲げ上げてその一撃を受け止める。舌を打って下がるリザベートをよそに、女はその手の平についた傷(←ちょっぴり)を見返し、驚愕に打ち震えた。
「んまーっ、血よ! 血が出たわ! 大変! コートが汚れちゃうじゃない!」
大仰に騒いだおばちゃんは、それきり撃退士たちに興味を無くしたように、追撃も命じず後ろへ下がった。殿に立った修羅骸骨が、一気に離脱し、後に続く。
「自前なんだ……あのコート」
陽花がポツリと呟いた。
●
同じ頃、砦の攻防戦も、どうにか一段落ついていた。
「そんなところでへばってんじゃないよ。まだ終わったわけじゃないんだからね。さぁ、キリキリ働きな!」
城壁の上では、アサニエルとキイが負傷者の治療に忙しく動き回っていた。休む間もなくバリゲードの破壊状況を確認しにかかる歌音。璃遠は無線で状況を各方面と共有しつつ、司もまた、砦内に侵入した敵がいないか、徹底的な捜索を開始する……
「今日はこれで仕舞いかな……?」
城壁上へと戻って来た歌音は…… ふと、眼下に広がる闇に気づいて動きを止めた。
破壊された壁上の照明群。燃え盛っていた岩人の炎の灯り── それら皆が消えた西門前は、当たり前の様に闇に包まれていた。ふと違和感を感じた歌音が、暗視装置をつけて外を見やる。
西門前の地面に散らばるたくさんの骸骨の『死骸』──その中の何体かが立ち上がり、或いは身を伏せてジリジリと迫り来る。
「照明弾!」
敵襲を報せつつ、自らも矢を放つ歌音。再び光に照らされた戦場に、立ち上がった骸骨たちが、何かの袋を胸に抱いて壁へと向かって突進し…… 矢玉に脚を砕かれたその内の一体が、……直後、転んだ拍子に雷管に火が入り、抱えた爆薬を爆発させる。
「んだってー!?」
慌てて飛翔して来て、上空へと達するアサニエル。そのまま荷物を抱えた敵に対して優先的に矢を撃ち下ろす……
●
爆薬を用いた奇襲は失敗したものの、再び戻って来た骸骨たちの方陣により、通常の戦闘は朝まで続いた。
「あ、朝日がまぶしいぜ……」
戦場を飛びまわったアサニエルは、任務時間が終わると同時に自室のベッドに倒れ込む。
強襲班の面々は、炎岩人の包囲網が完成する前に、純が確保していた退路へ退き、そこから砦へと帰還した。
「これでまた敵が次の一手を打ってくるまで、少し時間が稼げそうね。その間に、反撃の準備を整えないと」
砦の無事を実感しつつ。夕姫は呟いた。