「なにそれっ、その縦ロール! カッコイー! あ、ボク、小梅ぇ! よろしくねぇ!」
温室、正面入り口前──
悠奈たちに挨拶しようと駆け寄ろうとしていた白野 小梅(
jb4012)は、その中にこれまで見たことのない人物を見つけて、思わずそちらへ走り寄った。
キラキラと目を輝かせながら麗香の周りを回る小梅。「な、なんですのっ!?」と慌てる麗香に、今度は周囲の地面に影が落ち…… ハッと背後を仰ぎ見た麗香は、その影の原因となった小山の如き大男──全長2.8mに届かんとする牛図(
jb3275)に気づいて、「ヒッ!?」と短く悲鳴を上げる。
「はじめまして、牛図です。よろしくお願いします。中学二年生です」
「ちゅ…… え……っ!?」
「中二です。転校生で、初めてで、同じ学年です。みんな仲良く出来たらうれしいです」
にこにこと笑いながらお辞儀をする牛図──よくよく見れば温和で愛嬌のある顔立ちだ。麗香は己の非礼を詫びると、改めて牛図に挨拶をした。牛図は恐縮したようにその巨体を縮こまらせ。小梅が面白がってその上によじ登る……
「随分と面白い子が転入して来たみたいだね〜」
「そうね。また、弄り甲斐……コホン。見ていて楽しそうな子が入ってきたわね 」
そんな麗香たちを見やって、葛城 縁(
jb1826)と月影 夕姫(
jb1569)は微笑ましそうに頷いた。そんな中、彩咲・陽花(
jb1871)は一人、思案気な表情を浮かべていたが、何かを思いついてポンと手を叩く。
「……うん。面白い子みたいだし、折角だから私はあっちの班に行ってみようかな。私たちも何か賭けよっか? 縁たちが勝ったら…… うん、私が皆に自作のケーキを振舞うよ。負けたら、ケーキじゃなく、新作料理の味見をしてもらおうかな」
「ええっ!?」
陽花の言葉に、縁は戦慄した。おいしいお菓子を作る陽花も、なぜか料理は壊滅的だった。その味の酷さは罰ゲームではない。劇物。或いは危険物だ。
「よ、陽花さんは、新作料理の実験台が欲しいだけでしょ!? 乗らないから! 絶対に乗らないからね!」
「むー。じゃあ、勝った方は負けた方にグラビア撮影で恥ずかしいポーズを指定できる、っていうのは?」
追加された提案に、縁はむむむ、と押し黙った。或いは、互いの力関係を引っくり返せる機会。だけど、もし── そう葛藤する縁を見つめて夕姫(←他人事)が苦笑する……
悠奈が属するA班には、高等部の日下部 司(
jb5638)に、同世代の牛図と竜見彩華(
jb4626)、そして、見た目は同い年に見える志々乃 千瀬(
jb9168)が集まった。
「まわりが、大体、知っている人、なのは、心強い、です、ね…… また、同じ班ということで、その、よろしく、お願いします、ね?」
「うん、千瀬ちゃん、今回もよろしくね!」
「……あ、あの、ところで、ですね。私、実は高等部……」
「あ、音羽くんだ(ダッシュ)」
挨拶がてら、年齢に対する誤解を解いておこうとした千瀬は、だが、知人を見つけた悠奈が走り去ったことで今回もそれを果たせず…… 心の中で目と等幅の涙をるー、と流しながら、なんか、もう、このままでもいいかなぁ、なんて色々と諦めかけたりする。
「音羽君もこの依頼を受けてたんだ?」
「榊さんか…… いや、最近、自分の実力不足を色々と痛感させられてて…… とりあえず学内で受けれる依頼を受けてみたんだが……」
まさかこんな依頼だったとは。音羽 海流(
jb5591)はモニカが配布したプリント──温室内にいる植物型天魔の資料に視線を落とすと、自嘲気味に苦笑する。
その頃には、麗香が悠奈にふっかけた勝負の話は、他の学生たちにも広がりつつあった。
「し、勝負!? ……いや、まぁ、依頼をちゃんとやるんなら、問題ないんだろうけど……」
悠奈から事情を聞いた彩華は、困惑しつつも受け入れた。悠奈を初め、A班の皆が彩華と同じ方針だった。まずは依頼をきっちりこなす。勝ち負けはあくまでその結果だ。
一方、麗香の属するC班は、積極的に勝ちを狙っていた。
「よっし、さいきょーのあたいが率いるあたいたちの班が、一番速くゴールするんだから!」
雪室 チルル(
ja0220)がそのちっちゃな身体にやる気と元気を漲らせながら、活性化したエストック(刺突用大剣)を高々と突き上げる。おー、とそれに応じる陽花。残る向坂 玲治(
ja6214)は「めんどくせぇことになった……」と呟いていたが、面倒見の良い彼のこと。班の方針がそうと決まれば、なんだかんだでつきあうだろう。
他方、牛図の頭の上で碌に班分けにも参加していなかった小梅は、勝負に関する断片的な情報だけを小耳に挟み、それを脳内で変換していた。そして、『勝負に勝てば真の友人』→『勝者は敗者を親友に』→『この勝負に勝ったら悠奈の親友!? オマケで麗香とも友達に!』との結論がなぜか導き出される。
「よぉ〜し! ボク、本気だしちゃうぞぉ!」
「な、なんか、他の班、すごく、やる気満々、なんです、けど……」
腕をぐるんぐるん回し始めた小梅を遠目に、千瀬がたじろいでみせる。
「……俺は、榊さんたちの意見の方が納得できるんだけどな。俺が言っても説得力ないけど、あの恩田さんって人、人の話を聞かないと言うか…… コミュニケーション能力が榊さんに比べて低い気が」
海流はそこまで呟いて…… ハッと何かに気づき、慌てて悠奈を振り返った。
「あ、いや、榊さんが一番話しやすいとか、そういう意味じゃなくて……」
「……?」
そんな海流の所属はD班だった。勝負に加わらない班だから──というのは表向き。最も女性の少ない班だから、というのが選択の理由であった。
●
「悠奈のことだから、勝負なんて二の次で依頼を全うするだろうし…… 私たちで悠奈を勝たせないと」
一方、沙希と加奈子が属するB班──
出発予定地点の扉の前で待機しながら、沙希は傍らの加奈子に言った。
C班を妨害する── その不穏当な発言に、縁が気づいて振り返った。年上のおねーさんとして、ここは釘を刺しておかねばならない。
「ちょっと、沙希ちゃん。ここが危険地帯だって自覚はあるよね? その人や自分、他の皆が危険な目に遭うって、ちゃんと認識しているのかな?」
「え? でも、それを言っちゃあ……」(←メタ的発言)
「くわっ! おねーちゃん、真面目なお話をしているんです!」
お仕事は注意一秒、怪我一生── 本気になって怒る縁に、沙希が反論を試みる。
「でも……」
「でもじゃないです!」
「……グラビア(ぼそっと)」
「むぐぅ……!?」
相反する命題に悶絶を始める縁。夕姫は苦笑すると、縁が言わんとしていた事をやんわり続ける。
「ここの依頼って変なのが多いけど…… 実戦ってことは忘れちゃだめよ? 麗香さんや他の人まで危険に晒すことだってあるの。そんなことになったら、多分、後悔するんじゃないかしら?」
落ち着いた調子で、考えさせるように、言い含めるように続ける夕姫。実の所、沙希にも縁や夕姫が言わんとするところは沙希にも分かっているのだ。でも……
助けを求めるように視線を振った沙希は…… そこに、神棟星嵐(
jb1397)の姿を見出した。
「う、あ、神棟、さん……」
視線が合うと、沙希は顔を真っ赤にして慌てて他へ視線を逸らした。以前、温室周りの幽霊退治で星嵐と組んだ沙希は、そこで精神攻撃を喰らったのだ。その内容については、一度も誰にも話していない。
一方の星嵐もまた、咳払いを一つする。なんとなくだが、どこか居心地が悪そうだ。
「この勝負自体に、自分は口を出すつもりはありません。二人には良い友人関係を築いてもらいたいと思っていますし、勝負を超えた先にそういった展開が待っていることもあるでしょう。……ですが、姫。直接妨害を仕掛けるのはマズイです。それで負けても麗香さんは納得しないでしょうし、悠奈さんも喜ぶとは思えません」
今度、甘いものをおごりますから、今回はそれで聞き分けてください── 星嵐が宥めるようにそう言うと、沙希は「……子供扱いしないでくださいよぅ」と拗ねてみせた。
パシッと己の口を手で覆い、上半身ごと視線を逸らす。……以前の幽霊退治に際して、星嵐は『沙希が大人びて見える』という精神攻撃を受けていた。その影響なのか、度々、沙希を一人の女性として意識してしまう事がある。
(馬鹿な。相手はまだほんの子供だ)
そういう趣味が自分にあったか……? 自制するように、己に言い聞かせる。
なぜか言葉を失った星嵐を横目に、夕姫が場を繋いだ。──撃退士としての実力はあっても、麗香にとっては初の依頼。妨害なんてしなくても、意気込みすぎてミスするかもしれない。その時、悠奈の性格からすれば、麗香をフォローしようとするだろう。共に危機に陥る可能性も、十分以上にあるかもしれない……
「それに、ほら。ああいう面白い子は邪魔するより、ちょいちょい横から弄る方が面白いわよ?」
最後、夕姫が冗談(?)で纏めると、沙希は反論の術を失った。確かに、直接妨害はデメリットの方が多そうだ。なら、自分が悠奈に出来ることは……
「だったら、派手にマーチを奏でてみては?」
答えたのは、それまで一言も喋らずにいた加奈子だった。
「派手に戦闘をすることで、敵をこちらに誘引するんです。敵が増えれば、隣を進むC班の進撃速度も遅れるでしょう。逆に、悠奈サイドは敵が少なくなります。これなら直接的な妨害ではないですし」
加奈子の案に「おおっ」と光明を見出す沙希。注意しようとした縁は「グラビア」の一言で再び悶絶する。
「元々、あちらが仕掛けてきた勝負です。……それに、『しつけ』は最初が肝心って言いますし」
しれっとした顔でボソッと怖いことを言う加奈子。なお、このシナリオは『コメディ』です。性格やら言動が補正により普段と異なる場合がございます(←
「え、えっと〜…… それじゃ、加奈子案で行くということで……」
なんか腰が引けつつ、沙希がおー……と拳を上げた時。隣りの入り口の方から派手な破砕音が鳴り響いた。
それは、C班の──麗香たちが出発するはずの方向だった。
「……派手に行ってますね、C班。……妨害の必要がないくらい」
●
開始時刻と同時に、C班は突進を開始した。
初手はチルルの封砲だった。しゃらん、と払った野太い針の如き刀身から舞い散る細氷が軌跡を煌かせ…… 扉を開くと同時に、剣先に集めたエネルギーを解放する。
放たれた力場の帯が吹雪の様に白く輝き、眼前に広がる密林を貫き、薙ぎ払い── 下繁えやら木々やらを吹き飛ばして一本の進路を開拓した。チルルは「とぅっ!」と段差を越えると、その道の終末点を目指して一目散に突進する。途中、横から現れた巨大な『朝顔』──通称、『這い寄る朝顔左巻き』(←命名:モニカ)を大剣で串刺しにすると、そのままぶぅんと横に振って、脇の森へと放り込む。
「縦ロールちゃ……じゃなかった、麗香ちゃん。同じバハムートテイマーだし、頑張ろうね♪」
陽花は麗香にそう声をかけると、馬竜──スレイプニルを召喚し、薙刀を活性化しながら騎乗した。そのまま路上を一気に加速。道の終末点へと到達し、周辺を警戒するチルルと入れ替わるように前へと出ると、今度は陽花が、嘶く馬竜の轡の前に結集したアウルの電光──『ライトニング』を撃ち放ち、更に前方に進路を穿つ。
馬竜の『頭』を廻らせ、周辺への警戒行動に移る陽花。代わりに再び突進を始めたチルルが、新たな終末点へと移動し、再び『氷砲』を前へと放つ……
「ちょ、いくらなんでも大雑把すぎません……?!」
「ん? でも、速いでしょ?」
蒼銀竜──ティアマットを召喚しつつ慌てて後を追って来た麗香が、更に前進して『ボルケーノ』を放つ陽花を横目に、チルルに向かって泡を飛ばす。その麗香を直掩して来た玲治はその口論にはどこ吹く風。麗香の背後を守りながら、左右の密林に視線を飛ばす。
「まったく、何をどうすればこんな秘境が出来るんだか……」
と、その視界の片隅に蠢く何か── 直後、そちらから跳んできた蔦の鞭を、玲治は方形盾で受け弾いた。のそり、と左右から姿を現す『朝顔』。短く、前へ進むよう促す玲治の声に頷き、チルルは麗香を伴って陽花の切り開いた道を進む。
「ちょ、後ろの敵は放置で良いのですの?!」
「全滅させてもいけないんだし、前の敵だけ間引いていけばいいでしょ。それより、麗香のこと聞かせてよ。家庭教師にはどんなことを教わってたの? どうして学園に来たの? 悠奈ちゃんについてはどう思っているの?」
「こっ、このタイミングで雑談ですってっ?!!!」
驚く麗香をよそに『ハエジゴク』をずんばらりんと刺し放るチルル。まだそれだけの余裕があるということか…… 学園の撃退士たちの実力に改めて感銘を受けながら、麗香はポツリと話し始めた。
「家庭教師の先生には、天魔との戦い方を…… でも、フリーランスの方だったので、チームでの戦い方はまだなんとも…… この学園に来た決め手は……」
そこでなぜか頬を紅くする麗香。と、側方の木々の向こうから、『朝顔』がそのラッパ状の頭部から麗香に轟音を噴射して──!
それが直撃する寸前。『庇護の翼』で間に割り込んだ玲治が、身代わりとなってその攻撃を受け止めた。
「っ! すいません、見落としましたわ!」
「無事だな? なら、先に進むとしようぜ」
速度重視で進むという事は、他が疎かになりやすいということ。その分は俺がカバーする──
ぶっきらぼうに呟いた後、自らを囮にするべく『タウント』を使用する玲治。何事もなかったかのように再び前進を開めるその姿に、麗香の頬がポッと染まる。
C班の快進撃は、だが、1分としない内に終わった。その派手な前進が周囲の敵を呼び込んだのだ。
切り開いた道の左右から伸び迫る蔦。馬竜の足に纏わりつくそれを馬上から薙刀で斬り払い、陽花は馬竜を宙へと上げた。
周りを見渡し、息を呑む。
突出したC班を押し包む様に、森の木々がこちらに迫りつつあった。
●
一方、悠奈たちのA班は堅実な一歩を踏み出していた。
「麗香ちゃんって面白い子だね。悪い子じゃない気がする。……先走っちゃうとこなんかは、悠奈ちゃんたちに似てるかも」
自分たちの持ち場へ移動しながら、彩華が悠奈と談笑する。
「普段、敬一さんとお家でどんな会話をしてるのか、すっごい気になるなぁ…… あ、私、一人っ子だから。兄弟って憧れなんだよねー」
そう言って、少し遠い目をする彩華。……自分がバハムートテイマーとなったのも、今にして思えば、寂しかったからかもしれない。或いは、麗香もまた敬一と離れて、寂しかったのではなかろうか……
「へぇ、あの子、敬一さんの妹さんなんだ」
先頭に立って皆を先導していた司が、少し意外そうな顔をした。悠奈と麗香のやり取りを聞き、苦笑いを浮かべて見せる。
「……悠奈ちゃんも色々大変だね。でも、悠奈ちゃんたちに似て良い子そう、っていうのは俺も同感かな?」
和気藹々と温室の廊下を進んだ一行は、出発点──温室の扉の前で足を止めた。
「ついに温室の中に入るのね……」
思わず召喚したヒリュウをギュッと抱き締め、彩華が心臓をバクバクさせる。
いつでも『乾坤網』を使える様に準備した牛図が(その頭に小梅を乗せたまま)そっと扉を押し開き……敵がいないのを確認して、ホッとしつつもしょんぼりした。……今日は『踊るオロシヨモギ』はいない。美味しいヨモギ餅が作れると思っていたのに(←注:食べられません)
初めて目の当たりにした温室の中は、思っていた以上にジャングルだった。そして、不自然にうねっていた。
「こ、これ、いや、でも、ほんと、生きて、帰れるん、です、か……?」
悠奈の服の端を摘むようにしながら、思わず呟く千瀬。いつの間にか小梅の姿はない。
「えーっと、これ、全滅させちゃいけないんだっけ。……全滅させといた方が世のため人のためではねべか」
「ここを潰すか縮小するよう署名活動を……って、いや、なんでもありません」
あらぬ方へ視線を向けながら、ぼそりと呟く彩華と司。司は改めて大きく息を吐くと、雑談の時とは打って変わって真剣な様子で悠奈を振り返った。
「敵の中でも、『ウツボカヅラ』の魅了・混乱効果は特に危険だ。遭遇時は悠奈ちゃんの判断で『聖なる刻印』を」
妙に実感の篭った声で伝え、司が先頭に立って進み始める。白いアウルの冷気を纏った氷の様な大剣をその手に取って…… 背後の女性陣を気遣い、下繁えやら蔦やらを切り払いながら先へと進む。
そうやって道を切り開いているはずなのに、背後からはなぜか枝葉が折れる音が盛大に聞こえてきて…… 訝しく思った司が振り返って見たものは──木々の間を狭そうに押し通る巨漢の牛図の姿だった。
「……なんか、すいません」
目が合い、恐縮して謝る牛図。その手には前衛を支援すべく『乾坤網』の符が握られている。
「と、いうわけで、ティアマット。全滅禁止だから、やりすぎないようにほどほどにねー。あ、あと、狭いから頭ぶつけないように!」
召喚した蒼銀竜を見上げて彩華が指示を飛ばすと、言ってるそばから蒼銀竜がばきん、と頭をぶつけた。笑う彩華の額にゴン、と当たる枝一つ。痛みに顔をしかめる彩華を見て、蒼銀竜が目を細める……
「あ、ちょっと待ってください」
牛図が発した警句に、先頭の司は足を止めた。行く手に張り巡らされた幾本もの蔦──触れれば絡め取られるか、或いは警報を発せられるか……
牛図は『炎陣球』の符を手に生み出すと、その符を前方の蔦へと放った。それが着火した次の瞬間── 周囲に集まっていた『鳳仙花』たちが、一斉に爆発した。
「……っ!?」
轟音に耳を押さえながら、地に伏せる撃退士たち。前方に群生してたのは『朝顔』ではなく、『爆裂殺人鳳仙花』たちの『地雷原』だったのだ。
「……鳳仙花って、爆発するものだったんですねぇ」
全ての種子を撒き散らし終え、慌てて逃げていく『鳳仙花』たち。それを腰を抜かして見送りながら、牛図は心底驚いたように呟いた。
そんなA班の後方を、尾行する2つの人影があった。
ひとつは小梅。そして、一つはなぜか海流……
「どうしてこうなった」
小梅の後に続きながら、海流はポツリと呟いた。かしましい女性陣(悠奈以外)を避けて、少ない班を選んだのに。実際には小梅に無理やり引っこ抜かれ、2人して悠奈たちの後を追っている……
「先に行ったからってぇ、先にゴールするとはぁ、限らないよぉ♪」
先行する悠奈たちの背を双眼鏡で確認しながら、悪魔っ娘な笑みを浮かべつつドーナツをパクつく小梅。先程、牛図の背に登った時に思いついたのだ。最も堅実で不安材料の少ないA班の後を追走。最後の最後で追い抜けばいいんじゃないか? と……
「楽チン楽チン♪ さて、他の班の様子はどうかなぁー?」
翼を広げ、双眼鏡を手に木々の上へと出る小梅。
最も先行しているのは、予想通りC班だった。だが、そのC班には、予想以上に多くの敵が群がっていた。
●
「俺、この依頼が終わったら、好きなだけ甘いものを食べに行くんだ……」
木々に陰る森の奥から、迫る大量の『32文軍隊蟻』── 槍を手にした玲治は追い込まれる様にじりじり後退すると、その汗を拭いながら荒い息で呟いた。
「ちょっ、縁起でもないことを! 諦めるのはまだ早いですわ!」
「縁起? 縁起か…… 今朝、起きたら写真立てが落ちて割れ、一歩寮を出た瞬間に靴紐が全段千切れ飛び、移動中は上空を無数の鴉が飛び騒いだかと思ったら、黒猫の家族が集団で目の前を横切っていったが、気にするようなことはなにもないな」
「くっ、いいからしっかりしなさい! その白銀の槍は伊達ですの!?」
「あー、これ…… 長すぎて森じゃ振れない」
「さっきの私のときめきを返せぇー!!!」
叫ぶ麗香の背後に迫る『朝顔』の陰──それを、宙を駆けてきた陽花が馬上から薙刀で斬り捨てた。慌てて礼を言う麗香。その両肩を陽花がなぜかがっしと掴む。
「あれを見て、麗香ちゃん。ほら、あそこの『くすぐり爆笑ハエジゴク』! あれはなんか近づいたら危険そうだよー。近づくわけにはいかないよね。近づいちゃダメだよ? 絶対だよ?」
そう言いながら、麗香の背を押し、じりじりとそちらへと追いやる陽花。ちょ、それは何の前振りですの!? と振り返った麗香は、その陽花の目がイッちゃっているのを見た。『ウツボカヅラ』の混乱効果か、なぜかデジカメを手にしてウフフフフフ、と笑う陽花。ちょわーと大剣を振るうチルルをよそに、葉の上一面にうねうねをびっしりと生やした『ハエジゴク』が左右に揺れ迫る……
「っ! 綿毛が来るわ! みんな伏せて!」
一方、B班。隣のC班の煽りを食って、こちらにも多数の敵が押し寄せていた。
上空から舞い降りてくる無数の綿毛──『空中浮遊機雷たんぽぽくん』に気づいて、警告の叫びを上げる夕姫。『防壁陣』で周囲に防御を提供しつつ、傍らの沙希を抱えて地面へとダイブする。
瞬間、地上に立つ全てのものを薙ぎ払わんとする勢いで一斉に破片をばら撒く綿毛たち。連鎖する炸裂音、砕け折れる木々──舞い上がった砂塵の中で爆発が止み止み…… 少し離れた場所でそっと顔を上げた縁は、夢遊病者の様な足取りでふらふら〜、と『ウツボカヅラ』へ近づいていく加奈子に気づき、慌ててそちらへ走り寄った。
「ちょ、加奈子ちゃん、どこにいくのかなーっ!?」
「あの穴に徳川埋蔵金が……」
「夢! それは夢だよ、加奈子ちゃん!」
そんな加奈子の様子に口鼻を押さえ、沙希にこの場から離れるよう指示を出し……直後、砂塵を越えて背後から接近して来た『ハエジゴク』が夕姫の背に覆い被さる。うねうねとした突起物が鎧の隙間から入り込み、どの様な手管かスルリとそれを外し落とす『ハエジゴク』。そのまま戦闘服の上から全身を弄りつつ、くすぐる事で戦闘能力を奪い、拘束しようとする。
「ちょ、どこを触って…… いい加減にしなさい!」
拘束されたライフルに代わって夕姫は『神輝掌』の光を手に集めると、突起付きの分厚い葉ごと『ハエジゴク』を打ち砕いた。葉の片方を粉砕され後退さった敵に、構え直したライフルをゼロ距離から叩き込む。
「う〜、相変わらずここの依頼は……」
鎧を再活性化させながら、改めて周囲を確認する夕姫。綿毛たちの爆発が巻き起こした砂塵の帳は、もう大分薄くなっていた。
少し離れた所では、黄金の大鎌を短く構えた星嵐が、棒術で扱うようにしながら迫る敵に対応していた。石突でドンと敵を突いて距離を取りつつ、振るう瞬間だけ鎌を延ばして『ハエジゴク』を切り飛ばす。
近場の敵を滅ぼし終えると、星嵐は大鎌をクルリと回して石突を地面に突き…… 迫る『軍隊蟻』の集団にその掌を突き出した。『ファイアワークス』、『クレセントサイス』、『オンスロート』──炸裂する火花と無数の刃が木々ごと蟻の群れを吹き飛ばし、切り飛ばして殲滅。周辺を制圧する。
「姫!」
一通り敵を駆逐し終えて、星嵐は沙希を振り返り、叫んだ。アイコンタクトで頷く沙希。正気に返った加奈子がそれを後押しするように無言で頷く……
更に、A班──
多数の敵になだれ込まれたこちらもまた、激戦の只中にあった。
乱戦の中、『朝顔』に絡まれた千瀬が思わず悲鳴を上げる。全身を弄り、絡みつく蔦の触手。ぎちり、と身体が締め上げられるも、千瀬の上半身はすとーんなので、特に強調される胸部はない。……暫しの沈黙。後、『朝顔』は蔦を千瀬の足首に絡ませると、その両脚を広げるように思いっきり左右に引っ張った。捲くれそうになるローブの裾を必死に押さえる千瀬。そのまま逆さ吊りにされかけつつも冷静に周囲へ視線をやり…… 大剣を振り被りながらこちらへ向かってくる司に気づいて、安心してスカートを押さえることに集中する。
直後。3条の剣閃が走り── 千瀬を捕まえていた『朝顔』は三枚に下ろされて果てた。べたり、と地面に落ちた千瀬は慌ててコロリと立ち上がる。
「大丈夫ですか!?」
ぶぅん、と大剣を正眼に戻し、司が振り返らずに叫んだ。更に迫り来る新たな『朝顔』に、踏み込んだ足にアウルを集め…… こちらから打って出る事で千瀬が起き上がる時間を稼ぐ。目にも留まらぬ速度で打ち込まれたその斬撃は、『朝顔』の花──『頭部』にあたる部分を一撃で跳ね飛ばした。直後、左右から放たれる蔦の鞭。右の一撃は立てた刃で打ち払い。だが、左から迫った蔦が司の全身を絡め取る。
だが、司は冷静だった。その信頼に応えるように銃声が鳴り響き。アウルの銃弾により切断された蔦を払い、司が敵の胴を薙ぐ。
「うぅ、酷い目に、遭いました……」
その銃撃の主、千瀬が、周囲に警戒の視線を投げつつ、言った。……ホント、色々とひどい目にあった。さっきは『色んな意味でおっきくなる幻の果実』の幻想に踊らされ。その前はローブの内側に『ハエジゴク』が入り込んで生足をでろでろにされたっけか。
「ティアマット! もう遠慮はなしよ!」
彩華は何匹かの蟻に集られながらも、傍らの蒼銀竜に片手を振り上げ、涙目混じりに命令を発した。自身も蟻に集られながらも蒼銀竜が味方に支援を飛ばし、周囲の敵へ『威嚇』の咆哮を上げる。
瞬間、その酸と牙とで彩華の鎧の端っこ(←際どい)をかじかじしていた蟻たちが、ほぼ一斉に蒼銀竜の方を向いた。彩華はそれらを両手で落とすと、竜の方へと蹴飛ばした。
「今よ!」
今度こそシュピッ! と格好つけて指示を出す彩華。応じた蒼銀竜の周囲に風が幾重にも渦巻き…… 直後、無音の咆哮と共に放たれた真空波が前方、広い範囲の直線上を薙ぎ払う。
「……温室って、危険なものだったんですね。毎年、大変な思いをして収穫をしている、農家の人たちに感謝です」
短く持った槍をつんつんつついて、迫り寄る蟻を牽制していた牛図が、ふとそんなことを思いつく。
そんな彼等の頭上を覆い尽くす『蒲公英』の綿毛群。見上げた悠奈の顔に絶望の表情が浮かぶ……
「ち。見ちゃいられないぜ……」
瞬間、後方から飛び出して来た海流が、悠奈へと駆けながら上空に無数の刃を放った。『クレセントサイス』──放たれた三日月状のアウルの刃が、多数の綿毛の蔦を、種子を切り刻み。着弾する前の中空、その一面に爆発の花を咲き乱らせる。その迎撃網を抜けて来た個体には、牛図がシュピッと取り出した『炸裂符』が放たれた。パシッと符が張り付いた直後、爆発して散る綿毛。それらの派手な爆発に、地上の敵が慌てて逃げていく。
「今のうちだ。一気に前線を突破するんだ!」
戦闘用の扇を出し構えつつ、海流が悠奈にそう叫ぶ。
だが、悠奈は首を振り…… 彩華と視線を合わせて頷いた。
先程の雑談の折、彩華は悠奈に言ったのだ。──プライドが高い相手には、こちらから手を差し伸べた方がいい──
「これより、A班はC班を…… 麗香ちゃんたちの支援に向かいます!」
「あ、あれれ? どしたの? このままゴールに行かないの?」
後方で機を伺っていた小梅は、だが、A班がC班を助ける為に進路を変えたのを見て、慌てて前に飛び出した。
悠奈たちの後についていくか、このままゴールに向かってしまうか…… 悩む小梅に、ゴゴゴゴゴ、と唸りの様な音と共に陰が覆い被さってくる。
ん? と顔を上げた小梅は、強化ガラスの天井越し、蒼空を覆い隠さんばかりに、何かが頭上を塞ぎつつある事を知った。それはこの温室最強。『睥睨するひまわり』だった。鎌首をもたげた巨大な花が、逆行の中、小梅を見下ろしている……
「にゃ……にゃんやん、ゴー!」
小梅は魔法の箒を振り上げてふるふるとそれを振ると、そこからポロポロと落ちて来たアウルの猫を向日葵目掛けて突進させた。同時に、別の方向へダッシュで逃れる。直後、向日葵が一斉に撃ち降ろしたシャワーの如き種子の散弾が、先程まで小梅がいた辺りを広範囲に抉り、穿ち、耕して見せる。
その隙に『光の翼』を展開し、這う這うの体で加速した小梅は、ぶっちぎりの速さでゴールした。その目に涙を浮かべながら、それでも心底おかしそうに笑みを零す……
●
A班とB班の助力を得て。C班が皆と温室を出たのは、それから5分後の事だった。
「久遠ヶ原よ、俺は帰って来た……」
傷だらけになった玲治は外の、石畳の上にガクリと膝をつくと、降り注ぐ光芒の下、天へ向かってその両手を掲げ上げる。
「やっぱり、これ、残しておかない方が、良いんじゃ、ないでしょう、か……?」
温室を振り返った千瀬が、心の底からそう思う。
「一番にゴールしたのは小梅ちゃんでした」
回復役のほのかちゃんに治療を受けた後。モニカが勝者(?)を宣言すると、陽花たちは顔を見合わせた。
「と、いうことは…… 私が皆に自作のケーキを作って、手料理を振る舞い、そして、縁と一緒に恥ずかしいグラビア写真を撮るってことに……?」
陽花の言葉に戦慄する縁をよそに、小梅が悠奈と麗香に走り寄る。
「これで、私たち、みんな親友だよね!」
小梅の言葉に困惑する麗香をよそに、悠奈が「はい」と笑ってみせる……
「いい友達になれそうじゃない。また楽しくなりそうね」
その光景を見て、呟く夕姫。と、そこに事情を知らない、通りがかりの勇斗がやって来て……
「勇斗様!」
それを見つけた麗香がそちらに駆け寄り、飛びつくように抱き締めた。
「貴方が勇斗様ですね! 私…… ずっと、貴方が理想のお兄様だとお慕いしておりました!」
幾ばくかの沈黙の後…… 学生たちが「えーっ!?」と驚愕の叫びを上げる。
「た、楽しくなりそう……ネ?」
友人たちの傍らで、夕姫が笑みを引きつらせた。