同日、深夜。『砦』北面『城壁』上──
プシュッ、と何かを噴射するような音が聞こえた直後、黒井 明斗(
jb0525)の前を歩いていた歩哨が城壁上に崩れ落ちた。
すぐに壁の下に身を隠しながら、明斗がそちらへ走り寄る。しっかりしてください、と傷口に手を当て出血を押さえながら、『生命探知』で敵を探り…… 川の方から城壁にかけて跳び迫る夥しい数の敵の反応── 明斗は癒しの力をその手に光らせながら、周囲に声を張り上げた。
「敵襲です! 数は18。恐らくは『蛙人』!」
「照明弾!」
水弾の噴射音が次々響く闇の中、狙撃銃を手にした黒百合(
ja0422)が壁へと走る。近づく敵を狙撃しようと壁上に銃を構えた黒百合は、しかし、既に真下の壁に張り付いていた黒い蛙人たちを見つけて、慌ててその身を引っ込めた。コンクリ壁を叩く水音混じりの破砕音── 黒百合は小癪、と言いたげに鼻を鳴らすと4つの銃身を供えた改造散弾銃を活性化させ、手と銃だけを壁外へ突き出し、直下へフルオートで撃ち捲る……
「今日は『夜這い』ありの日か。まぁ、いつ来ても『お断り』だがな!」
城壁上に次々と顔を出し始めた蛙人たちを遠目に見やりながら、千葉 真一(
ja0070)が壁上へ続く階段を駆け上がる。
プレハブの兵舎から寝ぼけ眼で飛び出した鴉女 絢(
jb2708)は、敵サーバントの出現にざわりと肌を粟立て…… 直後、真っ黒なオーラを全身から噴き出し、目を赤眼に光らせながら、活性化させたライフルの銃口を跳ね上げつつ、左目を瞑りてアウルの銃弾を撃ち放った。紅く輝く右目が捉えるは、だが、スコープではなく、壁上の敵。その視線に動きに合わせるように、黒鴉に変じた弾丸が軌道を変え、異なる射線から壁上の敵を撃ち貫く。
何かを投げ込もうとしていたその蛙人が壁外へと落ちていき…… 後、城壁の向こうで大きな爆発が湧き起こった。恐らくそれはどこかで鹵獲された爆発物か何かなのだろう。他の個体が壁上から投げ入れたそれが、西門裏に設けられたバリゲードへと落ちて爆発。瓦礫の山を吹き飛ばす。
「そこまでだ!」
と、そこへ真一たち近接組が壁上を蛙人へと突入し…… だが、敵は応戦もせず、あっけなく壁上を放棄し、壁外へと跳躍する。
大鎌を銃へと戻し、追い撃ちを放つ黒百合。蛙人たちはまるで潮が引くように、音もなく夜の闇へと消えていった……
「敵正面の門の鉄扉を破壊されているのに、後には引けない状況かァ…… 全く、厄介ねェ」
夜襲後の日の出前。砦西側『城門』裏──
長テーブルを並べて設営した配膳所から、土木作業に勤しむ兵と学生たちを眺めながら。黒百合はやれやれと言った風情で溜め息と共にそう呟いた。
まだ夜も明けぬ空の下、砦の兵と学生たちは、先程、破壊されたバリゲードの修復──いや、増強作業を行っていた。黒百合の意見を容れ、破壊されたこの機会に本格的な防御施設に生まれ変えようというのだ。バリゲードの前には塹壕を掘り下げ、敵が容易に取り付けないようにする。更に、後方には土嚢を積み上げて防衛線を多重化。いざという時にはある程度、砦内でも縦深的な防御ができるようになる予定だ。
(まぁ、完成さえすれば、骸骨では最初のキルゾーンも突破できないとは思うけどォ……)
問題は、完成までには少し時間がかかることか。兵や学生たちは急ピッチで作業を続けているのだが……
「すまんな、兄ちゃん。徹夜明けなのに……」
「いえ、この修繕によって誰かが死なずに済むかもしれませんからね。早く完成させないと」
明斗は夜シフトの警邏任務が明けた後も、継続してバリゲードの改良作業に従事していた。本来、回復役は休まなければいけないのだが、いてもたってもいられなかったのだ。
ようやく腰まで掘り下げた塹壕の中で、汗と泥とに塗れつつ。スコップで崩し、掬い上げた土を、相方の兵が広げた土嚢の袋の中に入れる…… 単調な作業だが、それが人の生死を分けるというのなら、僕は幾らだって土を掘る。手の豆だって潰し続ける。
「みんな〜! 朝ごはんが出来たよー!」
その明斗たちの塹壕の横を、配膳係の割烹着──というか、小中学校の給食係が着るアレ──を身に纏った絢が報せながら駆けていった。絢もまた休憩時間を潰した口だが、表面上、疲れた様子も見せずに明るく元気に振舞っている。……バリゲードの作り方とか、士気の上げ方とか、難しいことは自分には分からない。分からないからこそ、自分に出来ることをやろう。そう絢は思う。
「よーし、飯にするか! 各班、2交代で配膳所に上がれ!」
作業を監督していた松岡が学生たちに声をかける。真一は、先番を譲ってくれた明斗に礼を言うと、松岡と並んで配膳所へ向かった。トレイを手に列に並ぶ。配膳の作業は女学生──黒百合と、そして、竜見彩華(
jb4626)の二人が担っていた。黒百合の方は、お茶漬けや水団など食べ易さを重視してメニューを組んだ。彩華の方は、絢の手も借りて少しだけ手間をかけ、温かく、消化も良く、腹持ちするお雑煮を用意してみた。
「都会みたいにお洒落な料理は作れないけど、ほっとする味(注:=田舎っぽい)ものだったら!」
「料理は得意だから。みんなが元気になってくれるよう、がんばって作るよ!」
彩華と絢が調理係に立候補した時のことを思い出しながら、上手く出来てるじゃないか、褒める松岡。その背を横目で見送りながら、彩華は真一の椀に雑煮をよそう。
「……ま、松岡先生と藤堂さんって、昔、何かあったんだべか」
ちょっとどきどきしながら呟く彩華に、真一はさぁ、と嘯いた。……以前、藤堂と杉下が学園に助力を求めて訪れた際、真一は、直接会わないようにしながら二人をフォローしていた松岡を見かけた事があった。その時、知り合いと看破して「会わないのか?」と訊ねた真一に、松岡はとぼけて見せたのだが……
(そりゃまぁ、そんな事があったんなら、声もかけられないわけだ……)
呟く真一。もっとも、噂話によれば、という話ではあるのだが……
●
「苦しい状況だからこそ、攻めに転じるという松岡先生の意見に賛成です」
時間は少し遡り、夜襲の後── 会議を終えて戻ってきた松岡に対して、葛城 縁(
jb1826)はそう賛意を示した。……疲労困憊な小隊の人たちに代わって、私たちが頑張らないと。そう続けて拳を握る。
「そうだね…… この機会になんとか敵の数を減らしたいところだね。どうにかして敵に、こちらが『優勢』ってしらしめないと」
彩咲・陽花(
jb1871)が同意すると、月影 夕姫(
jb1569)もまた頷いた。──この辺りで敵を押し返す一手を見せる。敵に『まだこちらには反撃できるだけの余力がある』と思わせられれば、敵の攻めはより慎重にならざるを得なくなる……
「指揮官が現場にいなくても、敵サーバントはあれだけ統制が取れている…… なら、要となる個体が何体かあの中にいるのかも。それを討つことができれば、多少は混乱させられるんじゃないかしら?」
夕姫が意見を具申すると、松岡は難しい顔をした。夕姫の意見は正しい。だが、現在、ここの『骸骨指揮官』には外見上の差が見られない。それに、どうにか探して討つにしても、あの分厚い方陣をどうにかする必要がある……
「……あの。それならそれで、出てきた骸骨をできるだけ多くやっつける、というのはダメですの?」
橋場 アトリアーナ(
ja1403)が、少し躊躇した後、そっと手を挙げ、意見をいった。彼女が真っ先に思い浮かんだ案がこの『敵にも消耗を強いる』というものだった。つまり、攻城能力が高い甲虫型は勿論の事、敵の主力たる骸骨戦士にも出来うる限りの消耗を強いておきたい。
「うん。じゃあ、そんな辺りでガンガン作戦を纏めちゃいましょか!」
椅子の上に立った雪室 チルル(
ja0220)が、率先してテーブルの上に地図を広げた。この行動は、即断即決、猪突猛進、正面突破を旨とするチルル(=『作戦を考えるのが苦手(というか面倒くさい)』)にとっては、かなり珍しいものだった。なぜか?
「やっぱり、こちらから殴りに行かないとね!」
わくわくといった様子でそう声を弾ませるチルル。ああ、なるほど──松岡は合点がいった。『穴倉』に籠もっての戦いはチルルの趣味じゃない。防戦一方の戦いに鬱憤が溜まっていたのだろう。確かに、久方ぶりの攻勢となれば心は躍る。それは、戦いに疲れた兵たちも同様だ。
「つまり、邪魔な敵を潰す為にこっそりと殴り込みに行く。邪魔する奴は皆ぶん殴る。ばれたらさっさと逃げ帰る。そういうことだな」
敵後衛に配置された攻城兵器──投石型甲虫に対する三度目の奇襲── 木暮 純(
ja6601)はニヤリと笑うと、また随分とばっさりとした豪快な表現で作戦を纏めてみせる。
ここでの戦いはこれが初めてとなる永連 璃遠(
ja2142)は、作戦が固まったことのを確認すると、周囲の先達たちに話を聞いて、初めてが故の疑問を一つずつ潰していった。
「状況は概ね理解できました。その、つまり…… ええと、木暮さんの言う通りということですね」
生真面目な性質の璃遠が頑張って冗談めかしてそう言うと、その場にいた皆が笑った。……危険な作戦ではあるが、学生たちに気負ったところは見られない。
「また砦の兵隊さんたちには頑張ってもらわないとね。頑張ってくれたら…… ご褒美として、もう少し際どいやつを持ってきちゃう」
そう言って、そっとテーブルの下から1冊の雑誌を持ち出す陽花。それを見た縁が顔を瞬間沸騰させつつ、慌ててそれを取り上げる。
それは、以前、縁と陽花がモデルのバイトをした際に撮ったグラビアが載った雑誌だった。これまでの仕事の中で最も際どい水着の写真で、以前、兵隊さんたちの士気向上に、と持ち込んだことがある。
「わーっ! わーっ!? だから、それはダメだってばぁーっ!!」
「まだありまーす」
陽花がテーブル下からもう1冊を取り出し、ペロンと縁の頁を開く。慌てて手を振り、隠そうとする縁。だが、手を高速で動かしている為、殆ど写真が隠れていない……
そして、早朝。バリゲードの修繕作業を始めた砦を後にして、別働隊はまだ暗い時分に東門から外へと抜け出した。
前回同様、東の駅舎まで下がり、そこから無人の市街地を抜けて南へと進路を向ける。
前と同じ交差点で進路を西に転ずると、すぐに敵の狼型──嗅覚に優れた哨戒・歩哨向けのサーバント──がうろついていることに気がついた。
「やはり、三度目ともなれば敵も警戒してるわね……」
前方、手信号で停止を指示する縁と純を遠目に見やり、夕姫がポツリと呟く。
「幸い、こちらが風下です。排除しましょう。敵の『目』を潰しておけば敵の指揮官も困るでしょうし…… 慎重な性格というなら、尚更です」
少しは砦の守りも楽になるかもしれない──璃遠が言うと、アトリアーナもまた頷いた。
「……多少無理をしてでも倒しておくべきなの。見かけた以上、逃がしませんの」
「……そうね。あれは可能な限り潰してから進むべき。私もそう思うわ」
夕姫の同意を得ると、璃遠とアトリアーナは頷き合い、建物の陰に隠れる様にしながら最前列まで進み出た。支援射撃の体勢を整えた縁と純の前方で機を伺い…… 敵が交差点の真ん中に出たところで、一気に物陰から踊りかかる。
走りながら籠手状魔具を活性化させるアトリアーナ。気づき、こちらを振り向いた狼型の顔面へ右の拳を振り被り。突きと同時に放たれた拳状のアウルでもって、8m先からぶん殴る。顔面をひしゃげさせ、グラリとその身を揺らす狼。そこへ駆け込んだ璃遠が靴底を滑らせつつ『抜刀・閃破』を鞘走らせた。抜刀と同時にクルリと小刀を回し、キン、と鞘に納める璃遠。その僅かな間に放たれたアウルの刃が、敵襲を報せる間もあらばこそ、狼型の喉元を真一文字に切り裂いた。
無事に敵を片付け終えてホッと息を吐く璃遠とアトリアーナ。だが、そこから1街区も進まぬ内に、また新たな狼が進路上に姿を現した。
同様に排除して前進し……そして、今度は100mも行かない内に次の狼が姿を見せる。久方ぶりの出撃に意気揚々としていたチルルも、そうやって足止めを喰らう内に段々と消沈していった。
「なんかこう…… ドーンとかバーンとか、一気に突っ込める道があればいいのに」
無茶と承知しつつブーたれるチルルに苦笑しつつ、夕姫は進路を更に南に変えることにした。前回のルートは無理だ。側面攻撃も厳しいだろう。なら、出来得る限り大回りをし、可能ならば敵の真裏まで回り込む……
「……そう言えば、この南の山の上に監視所があったよね」
砦南方に連なる山々の麓まで南下して、縁がふと思い出した様に山上を見上げた。
「……コンクリ製のトーチカがあるってやつか。確か、ここの戦場全体が見渡せるっていう……」
「うん。攻防戦の初日に『骸骨狼騎兵』の襲撃があって放棄したんだけど……」
縁の言葉に、純は少し考え込み…… 2人ほど、監視所跡に分派してはどうかと提案した。山上から街中をうろつく狼型の配置が見えれば、それを避けて移動も可能かもしれない。それに……
「うん! それはいい! それでいこう!」
隠れながらの移動に疲れきっていたチルルが真っ先にその案に飛びついた。監視所へ行く者には、発案者の純と、実際に監視所に行った経験がある縁とが選ばれた。
「この任が終わって砦に帰ったら……」
「うん。思いっきりシャワーを浴びたいね……」
更に少人数での行動となった純と縁は、無線機とヘッドセット、双眼鏡を別に借り受けると、その肌と服に泥や草を張り付けて更に擬装を施した。
「水着だったら楽だったのにね」
二人の作業を手伝いながら笑う陽花。縁はもう苦笑しか出ない。
「無理はしないでね。連絡は絶やさないよう気をつけて。もし、戦力が足りない事態に出くわしたら、すぐ砦に連絡を」
殿に立った夕姫が縁たちにそう声をかけ、名残惜しげに手を振り、分かれる。
縁と純は山中へ。別働本隊は山の麓に沿って西へ──
●
日の出後。砦、西門前──
砦正面に展開した骸骨戦士の集団は、今日も常と同じく二個小隊ごとに8×8の方陣を2つ組むと、日の出と共に整然とした足取りで砦への前進を開始した。方陣の後方には4体の炎岩人。恐らくは自爆型ではない。
「サーバントだね。……みんな死んじゃえばいいのに」
慌しく城壁の上に駆け上がって来る兵や学生たちをよそに、歩哨として壁上に立っていた絢は冷たい視線で迫る敵集団を見下ろした。その表情には先程までの、兵たちの間を飛びまわっていた時の快活な笑顔は既にない。ただ敵を──倒すべき仇を目の前にした、撃退士の顔がそこにある。
黒百合は活性化した狙撃銃SR-45を壁上に構えると、その長大な最大有効射程のギリギリから骸骨を狙撃し始めた。大量の骸骨が整然と方陣を組みながら迫り来る様子をレティクル越しに見やりながら…… その盾の壁の間を縫う様に、冷静な表情で1体1体、確実に骸骨の銃兵を撃ち倒していく。
その様子を横で見た絢はふーっ、と大きく息を吐くと、湧き上がって来る憎悪を心の深いところで煮詰めながら、努めて冷静に狙撃銃『サイレントゼロ』を構え、照準して撃ち放った。壁上の狙撃手2人に次々と撃ち倒されていく骸骨たち。だが、敵は怯まず整然と前進を続け…… 壁上を有効射程に捉えると、一斉射撃を浴びせかける。
「状況は相変わらず厳しいが、砦は辛うじて残せた。だからこそ、ここが踏ん張りどころだぞ、みんな!」
「今度こそ、護ってみせます。もう足手纏いになんかなりません!」
轟雷の如き銃声が砦中に鳴り響く中、最前線──西門の陰に待機する抜刀隊(近接戦闘を主体とする)の中にあって、真一が変身=活性化しながら、声を上げて周囲を鼓舞する。
一方、城壁上に駆け上がった彩華は、絢と黒百合の間に壁を背にしてしゃがみ込むと、大きく息を整えながら、青鱗竜──ストレイシオンを城壁前に召喚した。
眼前に突如現れた、全長2mを越える青鱗竜の姿に、それまで整然と列を成していた骸骨兵士の銃口が一瞬、乱れる。
その瞬間、城門の陰に隠れていた真一たちが一斉に砦の外へと躍り出た。白刃を手に雄叫びと共に突進していく抜刀隊。揺れていた敵の銃口が一斉にそちらを向く。突進して来る撃退士たちに一斉射撃の態勢が整えられ……
「ストレイシオン!」
発砲の直前、彩華の指示が飛び、青鱗竜が承知と言う風に頷いた。抜刀隊の皆々の周囲に輝く蒼い燐光── 直後、骸骨の方陣から放たれた一斉射撃の銃弾は、その殆どが『防御効果』に守護された重装の撃退士に弾かれる。
「今だ! まとめて面倒見てやるぜ! ゴウライ、ハウル、ストラァァイクっ!」
その間に一気に敵へと肉薄した真一が、拳を振り上げて格好良く跳躍しながら、眼前の盾の壁目掛けてその拳を叩きつけた。盾を越え、背後へ抜けた衝撃波の貫きが、後ろにいた銃兵ごと盾持ち骸骨を吹き飛ばす。
その隊列の間隙に身を躍らせつつ、活性化した布槍を両手でシュピッと広げる真一。アウルの力を流し込んで硬質化させたそれを棒術の棒の如く頭上で大きく振り回し。直後、硬化を解いたそれを下段に振って骸骨の足首に巻き絡め。「舞え、ゴウライクロスっ!」と豪快に引き、その1体を引き倒す。
抜刀隊の突撃を受け、あちこちで崩れる盾の壁── この『砦を出て敵主力を迎撃する』という動きは、これまでの攻防戦では見られなかったものだった。敵の意表を突くと同時に、敵に最大限の出血を強いつつ、陽動として敵の注意をこちら側に引きつける──そういった意図が込められている。
正面と壁上、二正面に敵を迎えて、銃撃が散発的になったのを見越して、壁上の黒百合や絢たちが一斉に銃火を撃ち下ろし。その支援の下、抜刀隊は更に敵方陣を突き崩す。
だが、そんな損害をすら呑み込む程に、敵の戦力は多かった。抜刀隊の突撃を受け、崩れる中央部をよそに、両翼の骸骨たちはその銃口を内へと向ける。凹字型に変わった敵陣の只中に嵌った形の抜刀隊── 元より、中央を突破できるだけの戦力はない。気付いた時には、左右から一斉射撃を浴びてしまっていた。
抜刀隊の攻勢は、その一撃で頓挫した。一時の混乱を立て直し、態勢を整えた敵が反転攻勢に出る。
(これが…… あの子が感じている痛み……!)
一方、壁の裏に座り込んだ彩華は、青鱗竜が受けた傷を共有して壁上に手をついた。もう少しだけ頑張って……! そう応援しつつ、壁下を見る。もう少し、もう少しだけ耐えて欲しいのだ。前衛に出しながら、後衛の位置で回復支援が受けられる召喚獣は殿にうってつけなのだ。せめて、味方が皆、砦の中に入るまでは……!
「勇猛果敢な者ほど先にやられるのよォ…… 防衛戦なんて、ジリ貧でも、ボロボロになっても、最後まで冷静に耐え切った奴が勝者なんだからァ……♪」
真一と青鱗竜を殿に逃げ戻ってくる抜刀隊を見下ろしながら、黒百合は敵の動きを眺めやった。
再び壁下へと前進してきた敵方陣は、方陣前衛の一斉射撃で壁上の撃退士たちの頭を抑えつつ、4体の炎岩人を先頭に方陣後衛の戦力を門へと向ける。
黒百合は飛び交う制圧射撃の下、その炎岩人の1体に影縛の術を放った。その場に縫い付けられ、動けなくなる炎岩人。絢もまた黒霧を纏った弾丸でもって別の1体の股関節を撃ち貫いて擱座させたものの…… 残る2体が骸骨を引きつれ、足元の門へと突入する。
「来るぞ!」
壁内でバリゲードの修繕を続けていた明斗は、塹壕を出ると一人、まだ完成せぬバリゲードの前へと立ちはだかった。
後退して来た味方に続いて最初に砦内に飛び込んで来た敵は、盾を前面に押し立てた2体の骸骨戦士だった。すかさず応射が浴びせられ、穴だらけに砕けて崩れ落ちる敵。あまりの集中攻撃に、城門を越えてただの一歩も砦には入れていない。
この時、『小隊』の兵たちであれば、分隊ごとに射撃を管制・統率し、二の矢・三の矢を残していただろう。だが、学生撃退士たちにそれを求めるのは酷だった。
全ての火力を投射してしまった、第2射までのタイムラグ──その間隙に、炎岩人が骸骨を引き連れ、突入。砦内への侵入を果たす。
ほぼ唯一、明斗が迫る炎岩人に向けてアウルの矢──『サジタリーアロー』を放ち、その突入を迎え撃った。直線攻撃に巻き込まれて崩れ落ちる骸骨2体。だが、炎岩人は止まらず、脅威と認めた明斗へ突進する。
「……ここは通行止めですよ。僕がここを護る以上、もうこれ以上の侵入も、犠牲者を出すことも許しはしない!」
バリゲードを破壊させるわけにはいかない──! 明斗は動かぬ覚悟を決めるとシールドを展開し、自ら迫る炎岩人に向け真正面から激突した。その全身に炎を噴き上げながら拳を振るう炎岩人。その熱気が巻き起こす陽炎と旋風に、精鋭を表す明斗の白き衣が舞い踊り…… 消えゆく盾の陰から明斗が繰り出した白銀の槍が岩人の喉下を突いて押し離し。直後、態勢を整え直した撃退士たちの集中攻撃が、アウルの弾丸の乱打を浴びせて地面へと撃ち倒す……
その後に続くはずだった敵の後詰は、だが、絢が門の周囲を『ナイトアンセム』で深い闇で覆ったことで押し留められた。壁に激突する危険性と、視覚を奪われたまま敵の防衛線に身を晒すリスクとが敵に突入を躊躇させたのだ。
その間に、明斗、真一、そして、彩華の蒼銀竜──ティアマットが、壁内に侵入していた敵戦力を一掃した。壁の内側を指向していた黒百合と絢もまた、再びその銃口を壁外へと向け直す。
突入した戦力が全滅した事を悟った敵は、それ以上の突入を中止し、再び壁を挟んでの撃ち合いへと戻った。
砦は守られた。
だが、不可思議な事に、攻撃中、敵後衛から自爆型の炎岩人はなぜか1体も投射されてこなかった。
●
できるだけ、多くやっつけますの──
その言葉を実践するかのように、アトリアーナは自ら先陣を切って、投石型甲虫の前に立ち塞がる骸骨の方陣へ突っ込んだ。
目標はあくまで甲虫──その途中に立ちはだかるものはただの障害でしかない。だが、同時に、ここで敵の戦力を削っておけば砦も守り易くなる。故に敵方陣も回避しない。
アトリアーナは道を切り開いて前進するべく、両手にアウルを集中させると、そこに生み出した紅く輝く球体を前方の方陣へ向け投射した。太陽の如きそれが着弾点で炸裂し、撒き散らされた炎が周囲を等しく薙ぎ払う。
璃遠もまた直刀を活性化させると、アトリアーナと共にラインを押し上げるような形で敵陣へと突入していった。爆発直後、速度を緩めず籠手状の魔具を活性化させるアトリアーナ。そこからアウルの杭を高速で打ち出しながら、アトリアーナは自らが開拓した敵隊列の隙間にその身を突入させる。璃遠もまたその間隙に自身を突入させると、自らの背をアトリアーナに預けるようにしながら、炎の紋様が刻まれた灼熱が如き刃で、包囲されかねない至近の敵を端から順に切り捨てた。
杭を眉間に打ち込まれて、砕けて崩れる骸骨が1。更に敵中へと踊り込んだアトリアーナの瞳が赤く光を放ち──両腕から湧き起こる黒い光が共に反応して周囲へ波動を拡散させる。パタパタッ、と櫛の歯が欠けるように、隊列の間で崩れる敵── すかさず呼応した璃遠が孤立して立ち尽くす骸骨を剣戟で叩き伏せていき。その二人の猛威から距離を取って銃撃を浴びせようと意図する敵へ、璃遠が間髪いれずに『縮地』でその距離を殺す……
「ん、これ以上、砦を破壊されるわけにはいかないんだよ! スレイプニル、一気に行くよ!」
その崩れかけた敵陣の上を、馬竜──スレイプニルを召喚した陽花が騎乗し、誰にも邪魔されることなく、一気に宙を駆け抜けた。
眼下の戦場では、骸骨の駆逐を続けるアトリアーナと璃遠をよそに、甲虫目掛けて一直線に突き進むチルルが、その骸骨の方陣の只中に『封砲』でもって一本の進路を捻り開いていた。陽花もまた高度を下げると、夕姫の前面の骸骨たちに向け、上空から薙刀を右へ、左へ、刀身に紅く残像を曳きながら、伝説の巫女武者の如く振り払う。
「陽花、甲虫の角と足を狙うわ。……傾いた『砲台』ではまともに『投石』もできないでしょう」
骸骨の方陣を突破した夕姫は、眼前に立ち塞がった炎岩人を『フォース』で弾き飛ばすと、他の自爆型を巻き込む形で爆発を引き起こさせながら頭上の陽花へ声を掛ける。
陽花はこの時、何か違和感の様な物を感じていたが、それが何だかは分からなかった。夕姫に頷き、宙を駆けて馬竜を『ボルケーノ』の射程に捉える。ものごっつい活き活きと敵を薙ぎ払って突破してきたチルルもまた甲虫(とその前面の自爆型)に『封砲』をぶっ放し── 陽花もまた別の甲虫へ向け範囲攻撃を撃ち放った。
攻撃を受けた甲虫の角は…… あっけなく吹き飛んだ。その時になって、夕姫も違和感に気付いた。
「脆すぎる」
夕姫の呟きに、陽花もまた頷いた。そも骸骨の防衛線が前と比べて弱すぎる。前回、甲虫への接近も出来ずに打ち払われたからこそ良く分かる……
角の折れた甲虫に走り寄った夕姫は、その折れた跡を見て「あっ!」と声を上げた。
角は、既に一度折れたものだった。恐らくは、前の戦いで角が折れれた個体の角を、黒いガムテープの様なもので繋ぎ合わせ、それらしく見せていたのだろう。つまり、敵は、使い物にならなくなった甲虫をさも無傷の如く擬装して、この場に置いておいたのだ。──道理で自爆型炎岩人の砦への投射量が少なくなったわけだ。一度、折れた角では投石器の役目を果たせない。
この場にいる3体の甲虫の内、まともなものは1体だけだった。つまるところ、それが意味することと言えば──
「罠だよ!」
陽花は馬竜に拍車をかけて高度を上げると、戦闘を続ける味方の頭上を回って警告の叫びを上げた。
眼下を見て息を呑む。
敵はがらくたの甲虫を囮にしてこちらを誘い込んだのだろう。壊乱した方陣1つを無視するように、新たに伏兵していた2つの方陣がこちらを包囲しようとしている……
「えっ、なに、罠!?」
銃を担いで包囲の両翼を伸ばす骸骨たちを遠目に確認して、エストックを手にしたチルルが目を丸くする。
璃遠とアトリアーナの周囲の骸骨が一斉に地面へ崩れ伏せ…… 直後、包囲の横列から一斉射撃が撃ち放たれた。わぁ、と悲鳴を上げて膝をつく2人。夕姫は2人に走り寄ると『防壁陣』を展開しつつ、正面の敵の前面へ向けて発煙手榴弾を放り込んだ。続けて、反対側にも一つ、投擲。東と西、煙の壁の間に雄々しく(?)立ちながら、チルルは北の敵に対して刺突剣の切っ先を向けた。
「離脱するわよ。先頭、吶喊役は引き受けた。……思いっきり引っ掻き回してやるわ。後ろは任せる。皆、あたいについてきて!」
叫び、煙の壁の間を抜けて一目散に北側の骸骨横列に突進していくチルル。危機にもかかわらず、その表情には心底愉しそうな笑みが浮かぶ。その上空を先行した陽花が、馬竜に雷撃を撃ち放たせた。チルルもまたこの日3度目の、最後の『封砲』をぶち撒け、敵陣の真ん中に撤退路を抉じ開ける。
その後ろに続くリオンとアトリアーナ。敗勢とは言え、その高い吶喊力はこのような状況でも有用だ。
殿に立った夕姫は、周囲に無照準の光弾をばら撒きながら最後に包囲網を突破した。時折、狙撃を交えながら追撃の足を鈍らせつつ、浮かんだ疑問を反芻する。
この場の甲虫はフェイクだった。
では、後送されたはずの健在な2体は、いったいどこに消えたというのか……?
●
山の斜面に設けられた山道を踏みしめながら── 縁と純の二人は嶺へと登り続けていた。
「勝手知ったる何とやら、だね♪」
かつて一度往復した道を先に立った縁が軽やかに進みつつ。時折、狼型の情報を別働本隊に伝えながら、特に問題もなく進み続ける。
山頂にまで達した2人は、元展望台に設けられたコンクリ製のトーチカを見つけて、無言で手信号をかわした。姿勢を低く、物陰からトーチカに近づく純。『索敵』で慎重に視線を振りつつ…… 『鋭敏聴覚』で内部が無人であることを確認して、外周で警戒している縁を手で呼び寄せる。
「誰もいない」
純は縁に伝えると、無線でその旨を砦に知らせようとした。だが、無線は雑音を鳴らすばかりで、ウンともスンとも言わなかった。純は無言で縁と視線を交わし合うと、指を振り、山の嶺に沿って更に西を探索するよう、提案する。
「敵の指揮官はいったいどこにいるのか。なぜ、監視所を襲撃したのか」
「指揮官だもん。戦場が見渡せる場所にいるよね。監視所を襲ったのは、そこに人に居られるとまずいことがあるからだよね」
無線が通じないことが、二人の推論の確度を高めていた。やがて、多くの狼型と出会う様になったことで、推測は確信へと変わった。
「これだけ小隊の皆を苦しめてくれた相手…… 高見の見物なんて、良いご身分だよね」
「ああ。そろそろその面くらい、拝ませてもらおうぜ」
狼を排除しつつ、前へと進む二人の前に…… やがて、唐突とも言えるタイミングで、突如、『城』が現れた。
唖然とする二人の目の前で、今、まさに築城中なのか、多数のお手伝いサーバントの『ブラウニー』や炎岩人が、忙しそうに建材を運んでいる。
「これは…… まさか、『一夜城』を……?」
信じられないものを見る様な目で互いを見やる二人の前に、更に信じられないものが現れた。
それは敵の指揮官……であるはずだった。ただし、想像していたのとはまた全く違う方向性の……
己の目を疑いながら、カメラを回す純と縁。
その情報は、予想以上の収穫となって砦にもたらされることとなる……