再び姿を隠した『幽霊型』サーバントを討伐すべく、撃退士たちはまず手分けをして周辺の索敵を開始した。
「自分が前衛に立って『幽霊型』を捜索します。姫は地面に散らばったオロシヨモギの生き残りに注意してください」
神棟星嵐(
jb1397)は沙希とペアを組んで、温室の裏手を捜索する。……件の『幽霊』は、距離を置くと認識し難くなる特殊能力を持つとの事だった。空を、壁を背景に『揺らぎ』が見えないか、慎重に視線を振る星嵐。その後ろを、緊張した面持ちの沙希が、きょろきょろ警戒しながら続く……
「うひゃあ!」
遭遇は突然だった。背後の空間にいきなり染み出すように姿を現した『幽霊』に素っ頓狂な悲鳴を上げる沙希。慌てて振り返った星嵐の目に敵の姿は映らなかった。見えない何かと切り結ぶ沙希の前面に当てをつけてそこに暁天珠を振り放ち…… 茜色の刃は、だが、何もない空間を薙いで消える。
(当たらないか……!)
星嵐は舌を打つと、大鎌を手に前へ出た。大まかな位置は推定できたが、やはり姿の見えぬ相手に直撃させるのは難しい。接近するにつれ急速にその輪郭を顕す幽霊── 星嵐はそこへ黄金の刃を袈裟切りに振り下ろし…… 直後、嫌な予感に捉われて一気に後ろへ跳び下がる。
「ひゃっ!?」
次の瞬間、顔を真っ赤にした沙希がぺたりと地面にへたり込んだ。何か助けを求めるように、涙目で星嵐を振り返り…… そんな沙希の姿に、星嵐の鼓動がドキリと跳ね上がる。
「なんだ……?」
突然の情動に、胸を押さえて頭を振る。これが噂の精神攻撃か……? まだ子供だ、子供だと思っていた沙希が急に大人びて見えるなんて! 普通に綺麗な、一人の美しい女性として認識している自分に、星嵐は殴られたような衝撃を感じてよろける。
「……!」
気がついた時、沙希は音もなく地面に倒れ、幽霊は再び姿を消していた。何かの気配に慌てて背後を振り返る星嵐。その視界いっぱいに悪霊の空虚な眼窩が迫り……
「逸れた者から脱落していく──ホラーの王道パターンじゃないか」
敵の姿も見えぬ中、突然、パタリと倒れた沙希と星嵐を遠目に見やって、西條 弥彦(
jb9624)は淡々とそんな事を呟いた。
まぁ、映画ならここでもったいぶって、一度、モンスターを下げる場面だろうが…… 問題はこれが実戦で、次に狙われるのは最も近い自分たち、という笑えない事実だったりするのだが。
「厄介な相手がいたものですね。……本当に幽霊なのでしょうか」
瞬く間に撃退士2人を沈黙させた敵の手際を目の当たりにして、それでも落ち着いた様子で草摩 京(
jb9670)がポツリと零す。いや、あれ、サーバントですし、と淡々と、だが、律儀に訂正を入れる弥彦。見た目こそ幽霊っぽくはあっても、あくまで物理的な存在だ。
「星嵐くんたちが……! 縁、私たちも気をつけて対応しないと。初めての相手だし!」
一方、少し離れた場所では、彩咲・陽花(
jb1871)がダラリと滝の様な汗を流しながら、傍らの親友、葛城 縁(
jb1826)に警句を発していた。
「……あれ? 陽花さん、この前、あの幽霊とおんなじ敵と戦ったことがなかったっけ? たしか、お風呂場で……」
「なんのことかな!? 初めての相手だし! 初めての相手だし! だよね? 司くん、千瀬ちゃん、あんな敵、見た事もないもんね?!」
「そ、そうですね! わ、私、な、なんにも、知らない、です、ヨ?」
「初めてですけど、確かあのユウレイには精神攻撃があった気が。ヤッカイナノウリョクだから気をつけないとイケマセンネ。初めてですから、勘ですが」
合流してきた志々乃 千瀬(
jb9168)と日下部 司(
jb5638)も、陽花に話を振られるとその事実を否定して見せた。怪訝な表情を浮かべた縁から、サッと視線を逸らす千瀬と司。……そういえば、千瀬も司も陽花と同じ依頼に参加していたはず。いったい、あそこで何があったというのだろう……
「そ、そんなこと、より、早く、みんなの仇を、取らない、と!」
普段、おどおどと控え目な千瀬が、精一杯、話題を逸らそうとする。縁はハッとした。既に4人の撃退士が幽霊の攻撃に沈んでいるのだ。今はあの幽霊を何とかしないと! お風呂場の話題はその後だ(←ちゃっかり)
「悠奈ちゃん、勇斗君には後で私が色々と言ってあげるから…… 今は先ず、任務をこなそう!」
縁は、加奈子と共に少し離れた位置にいる悠奈に『生命探知』の行使を頼んだ。頷き、集中する悠奈。その顔がハッとする。
「……いました! 神棟先輩の後ろに1、沙希ちゃんの右前に1。そして…… ここと温室の中間に1! 速いです!」
「3体!?」
悠奈の報告に驚きつつも、縁は言われた座標に散弾銃を向けた。『索敵』──アウルにより強化された縁の視線が、宙をたゆたう陰を捉える。発砲。満遍なく飛散したアウルの散弾が目標に命中し、『マーキング』がその位置を縁に知覚させる。
「……何かを誤ったような気がする。……色々と」
弥彦もまた悠奈の報告を聞き、最も近場の『幽霊』に対して活性化した機関拳銃を撃ち捲りつつ……そう呟き、眉根を寄せた。ひらひらと回避行動を取って宙を舞う『幽霊』のぼんやりとした陰影へ向け、『マーキング』弾をフルオートでばら撒きながら、その銃弾を『跳ね返す』幽霊()を見て思う。──誤った。主に自分の属性の見極めを。……どちらかと言うと、俺、物理攻撃が得意なんだよな──
「……そういえば、悠奈ちゃんたちと初めて会ったのも、ここの草刈りの依頼だったな」
大剣を活性化させながら、司はふとそんな事を思い出した。……異植研の依頼──うん、嫌な予感しかしない。幻滅されないように気をつけよう。……それはもう、色んな意味で!
そうこうしている間に、撃退士たちは再集結を終えつつあった。
広場の外から戻ってきた竜見彩華(
jb4626)は、一面に広がったオロシヨモギの赤い樹液に一瞬、うっ!? と怯みつつ…… えいやっ! と覚悟を決めて進入する。
(これが『都会の絵の具』でないことはもう理解しましたうんOK大丈夫。私だって進化していますとも!)
なるべく樹液の薄い所を、なるべく踏まないように跳んで渡る。と、踏み出した右脚がつるー、と滑り、すんでのところで踏ん張った。ぷるぷると震えながら立ち直り、ぜはーと荒く息を吐く。……こんな所でべちゃっといったら大変だ。だって、替えの下着を用意してない……!
「特に近づいての戦闘は何となくなんだけど危険な気がするよ。精神的に、そう、精神的に!」
そう慄きつつ馬竜──スレイプニルを召喚した陽花は、自らは根が生えたように動かず…… 「と、いうわけで、頑張ってね」と涙目の馬竜を前線へと送り出す。
彩華もまた蒼銀竜──ティアマットを召喚すると、悠奈が報せてくる位置情報を元に慎重にそれを前進させた。
「私の銃口の先、30m…… 樹液溜まりのない所、今!」
「止まって、ティアマット! 『サンダーブレス』!」
赤い樹液を蹴散らしながら、雄叫びと共に突進していく蒼銀竜── 彩華は雷撃の射程ギリギリにそれを停止させると、幽霊がいると知らされた地点に向けて雷の奔流を放たせた。眼前6mに見える幽霊に対して吐き出される雷撃の息。彩華の+のレートの力もあって、直撃を受けたその幽霊がその一撃でもって蹴散らされる。
同様に、陽花の馬竜の『ボルケーノ』に巻き込まれたもう1体の幽霊も、瞬間的に巻き起こった業火に吹き散らされるように消し飛んだ。
「あと一体……!」
それを後方から確認した司は残る1体を視界に捉え…… 他の幽霊とは段違いの速さで宙を飛ぶその『色違い』に目を瞠る。
「逃がしは、しま、せん…… 絶対、に…… 絶対に、許しません、よ…… ふ、ふふ、ふふふふふふ……」
目の前の敵とは別の何かをその瞳に映しながら。傍らの縁が指し示す位置情報──縁の散弾銃が指し示す方向と、口頭による距離報告──に従い、『祝詞』を謳い上げた千瀬がかしこみかしこみ申しながら銀色の自動拳銃をぶっ放す。
立て続けに放たれたアウルの光弾は…… だが、その『色違い』にかすりもしなかった。
「速い……っ!?」
目まぐるしく変わる位置情報に驚愕の表情を浮かべる縁。その銃口を目で追っていた千瀬は、軽く目を回してふらついた。まるでジェット戦闘機の様に宙を飛びまわる『幽霊』。いや、もうアレをこのまま幽霊と呼んでよいのだろうか。
と、高速で宙を奔っていた敵が、逆落としに降下した。放たれる『対空砲火』を鋭角な機動でかわし、とっさに大剣を構えた司をその拳で殴りつける。
「相手が幽霊でないのなら…… 拳で戦えるのなら、受け流せます」
がぁん! と剣ごと弾かれ、体制を崩した司と幽霊との間に京は怯む事なく入り込み。『異教の力』を借り受けるべく手にしたロザリオを振り、光の矢を前面に展開。一斉に投射する。
振るわれる反撃の拳── 活性化した槍でそれを受け流そうとした京は、しかし、叶わず、立てた槍ごと吹き飛ばされた。ただ一発で意識を刈られそうなり──京はガクリと膝をついた。フッと小さく息を吐き、笑みを浮かべて立ち上がる。──これぞ戦い。これぞ死闘。荒ぶる魂を鎮めるに相応しき戦舞の舞台よ。
「雷のルーンは射程が微妙なんだがな……」
機関拳銃による物理攻撃は効果が薄いと踏んだ弥彦は、苦戦する味方を支援すべく、側方から圏内へと飛び込んだ。電撃のルーンが刻まれた小宝石の欠片にアウルを込め、指弾でもって打ち弾く。命中率にも自信がない為、両手でとにかく数を弾いた。目にも留まらぬ速さで打ち込まれた雷弾が幽霊のローブに波紋を刻むも、それだけでは中々致命傷には至らない。
(……だろうな。そもそも、魔法攻撃は得意じゃない…… というか、敵の姿が見えるこの距離は……)
……まぁ、いいか。諦念にも似た思いで弥彦は呟いた。やるしかないからしただけのこと。噂の精神攻撃は…… 頑張って耐えるしかないだろうな。
直後、幽霊の半径10mにいる面々──司、京、弥彦、そして、彩華の蒼銀竜──に幽霊の精神攻撃が放たれた。
「……っ!?」
瞬間、何が起こったのか。見る間に顔面を蒼白にした弥彦が何かを呼び止めるように片足を踏み出し…… 後、どこか燃え尽きたような表情でその場に腰を下ろし、体育座りで『の』の字を描き出す。
「……なんという恐ろしい姿でしょう。ですが、私に退くという選択肢はありません」
こめかみに一筋汗を垂らした京の目の前には、怪物が見えていた。一面に色とりどりのカビを生やした、巨大な餅の怪物である。雷鳴を背に、巨大な牙の生えた口をがおー、と開いて京を威嚇する化け物。一見、ファンシーな構図だが、食べ物を大事にしている京にとって、自らの不注意で傷めてしまった食べ物に襲われるというのは恐るべき事態なのだ。あぁ、ごめんなさい。私がしっかりしていれば、おいしいお雑煮や磯部巻きにしてあげることができたのに……!
「またこれかよっ!」
今回が二回目の精神攻撃となる司の脳裏には、前回のフラッシュバックが繰り返されていた。色んな意味で立てなくなって、膝をつく司。慌てて回復に駆け寄ってこようとする悠奈に、「来ちゃダメだ!」と声を張り上げる。……今はマズい。今、来られたら先輩としての股間、もとい、沽券に……って、いやいや、そうじゃなく。敵は勇斗すら一撃で倒す相手だ。悠奈では耐えられない。
「うおおぉぉ……!」
司は雄叫びを上げると、自らに注意をひきつけるべく敵に向かって突進した。魔力の大剣が敵を裂き、反撃の拳が司を殴る。
「どうして助けてくれなかったの…… どうして……?」
「私たちを死なせておいて、なんでお前はのうのうと生きているんだ……?」
一方、蒼銀竜が精神攻撃に巻き込まれた彩華を襲うは死者の罵声。目耳を塞いで縮こまる彩華の周りを、助けることができなかった人たちが怨霊となって怨嗟の声で渦を巻く……
その圧に潰されそうになった時…… 脳裏にポッと数人の人物の姿が思い浮かんだ。
(そうだ。これは自分の後悔を……負い目を、自責の念を、助けられなかった人たちの姿に転じているだけ──自分を責める道具にしたんだ)
それは死者に対する侮辱だ。そもそも、彼等は自分に縋るほど弱い人たちだったか? 弱いのは彼等ではなく、自分の心だというのに。
目を見開き、立ち上がる彩華。その傍らには蒼銀竜。抵抗し、立ち直ったその姿に、幽霊が怯み、視界外へと逃れ出る……
「うぅ、みんなが直接幽霊を見ることができれば……!」
目まぐるしく変わる幽霊の位置情報に、クッと唇を噛み締める縁。精神攻撃の範囲外でホッとしていた千瀬──野外でバスタオルがすとーん! とか、効果抜群にも程がある──が、ハッと気づいて地面に目をやった。
「あの、葛城さん…… 塗料、その辺、の、ヨモギ、とか、どう、でしょう、か……?」
一瞬、固まった縁は、直後、ナイスだ、千瀬ちゃん! とその身体を抱え上げた。そのまま二人してありったけのポケットティッシュを引っこ抜いて樹液に浸し。たったかたー、と走り寄って幽霊に叩きつける。
べちゃり、という音と共に、赤色に生臭く染まる幽霊。姿さえ見えてしまえば銃器の命中率も格段に上がるし、有利な位置取りもし易くなる。
「今だよ、陽花さん、皆!」
縁の叫びに呼応して、陽花と彩華の竜たちが幽霊へと殺到する。最後は、動きの制限されたところを千瀬の光弾が撃ち貫いた。
「あの幽霊、だけ、は、この世に、残しちゃ、いけないんです、よ……!」
俯き、含み笑いを零す千瀬。ホントに何があったのか、と縁は横で戦慄した。
●
「ハッ!?」
幽霊の撃滅と共に精神攻撃が解け、弥彦は慌てて顔を上げた。
「夢……?」
呟き、心底ホッとした様子で地に両手をつく。弥彦が見ていた幻覚は、彼のやぶ睨みの顔が怖い、と友人・知人が皆、離れていってしまうというものだった。……気にしていたんだ。初対面であるはずの千瀬が呟く。
意識を回復した勇斗に陽花がホッとしたように飛びつき…… いたた、と呻く勇斗から慌てて離れ、謝罪する。回復後、勇斗や竜也、司に星嵐と、無茶をした面々に対して縁の反省会が行われた。戦場では、ただ一人残った京が、(精神世界で)激闘を繰り広げた餅の好敵手に鎮魂の舞いを舞っている……
「そう言えば、お風呂場でなにが……」
思い出したように訊ねてくる縁に対して、陽花は以前に用いた際どいグラビア雑誌を縁に示し、その追求を遮った。……精神攻撃を仕えるのは、なにも幽霊ばかりではない。
彩華は苦笑と共に立ち上がると、勇斗に「ありがとうございました」と告げ、何のことか分からぬ勇斗に悪戯な笑みを残して外に出た。
入れ替わりに入った悠奈には、耳元でこう呟いた。
「東北に行った時には、私も『彼』がいないか気にしておくね」