「岩永さん、怪我の方は大丈夫ですか?」
「ああ、あの時は助けられた。……怪我はご覧の通りの様だが、お陰でこうして生きている」
岩永を伴って松岡が最初に向かったアテは、やはり、既に小隊の事を知る生徒たちだった。日下部 司(
jb5638)もまた砦での戦闘経験がある生徒で、岩永が重傷を負った戦いでも、彼を守って奮戦している。
「……砦の皆は無事ですか?」
「幸い、まだ死者は出ていない。だが、敵の圧力は日増しに強まっている」
岩永の言葉に、桜井・L・瑞穂(
ja0027)は微かに眉根を寄せた。砦には葛城 縁(
jb1826)や彩咲・陽花(
jb1871)といった瑞穂の先輩たちも参加していた。彼女らはその絶望的な戦場で泥と煤とに塗れつつ、互いに励ましあいながら…… 今も圧倒的な数の敵に対して必死の抗戦を続けているのだろう。
「『砦』か。確か親戚が一人、行っていたな……」
御影 蓮也(
ja0709)は脳裏にその顔を思い浮かべた。──あいつのことだ。簡単には退かないだろうし、その分、無理もしてそうだ。
「岩永さん。わたくしたちにお任せくださいな。同じ学生が、先達の皆様が今も死力を尽くして戦っている──それをどうして見捨てることが出来ましょう」
司と蓮也が戦力集めの手伝いを申し出ると、自信に満ちた高笑いと共に瑞穂もそれに加わった。
隣りのテーブルでなんとはなしに会話を聞いていたリーガン エマーソン(
jb5029)は、話の腰を折るようで申し訳ないが、とそこに割って入った。編入前、腕利きの傭兵として世界を渡り歩いてきたリーガンは多少なりとも世の中というものを知っている。若い学生たちとはまた違った視点も持っていた。
「兵は神速を尊ぶ──とは言うが、正規の手続きを経ずして派兵となれば色々と問題もあだろう。……なんだかんだいって、前例というものは強いものだ。今回のこの行動が今後学園全体に及ぼす影響について、自覚的であるのかどうか、まずは聞いておくべきだろう」
それぞれの表情で松岡を見返す学生たち。「その懸念は当然だ」と松岡は答えた。
「学園に出される依頼の中には、緊急事態等、事後に契約が発生するケースが存在する」
──緊急事態。例えば、出先で天魔が人を襲っている場面に遭遇し、戦闘に突入するようなケースだ。このような場合、事前に契約は交わされないが、事後契約として正規の報酬が支払われる。
「今回はこの事後契約を拡大解釈する。……もっとも、始末書の2、3枚は覚悟しなきゃならんだろうが」
そう苦笑する松岡の表情をリーガンはじっと観察し…… フッと表情を緩めると、その右手を差し出した。
「敢えてそれを選んだ心意気、買わせてもらおう。私に出来ることがあれば協力は惜しまない」
シニカルに笑みを交わしながら、互いに手を取り合う松岡とリーガン。成り行きを見守っていた竜見彩華(
jb4626)は、ホッとしたように息を吐いた。彼女もまた笹原小隊と共に戦火を潜り抜けた間柄だ。
「……以前は届かなくて悔しい思いをしました。今もまだ……戦う覚悟とか、きちんとできてるって自信はないです。でも、それでも……困っている人がいるなら、何度でも手を差し伸べたいと思います。……差し伸べる手を、ほんの少しだけ遠くまで届かせてくれる── アウルの力って、そういうものだと思うから」
そう言って顔を上げた彩華は、自身が思っていた以上に皆から注目されているのに気づいた。
ボッと顔を赤く染める。動じない、してぃーがーるなら動じない、と自身に言い聞かせる彩華の頭を、松岡がわしゃわしゃと振り回した。
●
翌日、早朝──
小鳥が歌う日差し爽やかな春の空を、たい焼きの袋を両手で抱えつつ飛んでいた影山・狐雀(
jb2742)は、ファイルを捲りながら学園へと歩く先輩、瑞穂を見つけてほよほよと高度を下げた。
「わふ、たい焼き美味しいです〜♪ って、はや、あれに見えるは瑞穂先輩です。こんな朝早くに何をしているのですか〜?」
訂正。たい焼きをつまみ食いしながら高度を下げた狐雀が、見かけた瑞穂に声を掛ける。
事情を聞いた狐雀は、自分も人集めを手伝うことにした。砦にいる縁や陽花は、狐雀にとっても先輩だ。
「松岡先生の情報を元に、戦力になりそうな人材を当たってみるつもりですの。回復特化、射撃特化、範囲攻撃特化の中から、まずはクラブの朝連に出る人を回りますわ」
瑞穂の説明に、狐雀はおー、と声を上げた。確かに、戦闘経験豊富でどんなことにも対応できる人材がいればいいのだろうが、その様な人材は引く手数多。当日に集めるには高望みが過ぎるだろう。
「話を聞く限りでは、やはり回復が出来る人や、射程が長い人が欲しいですー。生徒会に聞けば分かるでしょうかー? わふ、ちょっとひとっ飛び聞きにいってくるのですよ〜」
翼をはためかせ、再び空へと舞い上がり飛んでいく狐雀。
「……この時間に人が来てるといいわね」
瑞穂はそう呟くと、再びファイルに視線を落として歩き始めた。
「砦の門が破られた」
朝、職員寮を出て岩永と合流した松岡は、その急報に顔面を蒼くした。
「……陥ちたのか?」
「いや、バリゲードを築いて対処したようだ。だが……」
言葉の先は、容易に想像がついた。あまり長くは保たない。一刻も早く戦力を集め、砦に送らないと……
「あれ? どーしたの、先生、凄く深刻そうな顔しちゃって!」
立ち尽くす松岡の背を、走り寄って来た雪室 チルル(
ja0220)が平手でばーんと引っ叩いた。前のめりに地面へ突っ込む松岡。それを見下ろしながら、「あたいでよければ相談に乗るよ!」とチルルが高らかに笑って言う。
「ふーん…… なんか良く分かんないけど、とりあえず、悪い奴をやっつけて来いってことだよね?」
話を聞いたチルルは考えるより先にまず自分が志願した。「あたいがいれば100人力だよ!」と胸を張るチビッ子(注:中等部3年)を見て、岩永が胡散臭そうに松岡に耳打ちする。
「……おい、大丈夫なのか?」
「ああ見えて、幾度もの死線を潜り抜けてきた猛者だぞ? 多分、今の俺より強い」
マジか…… と呻くように呟く岩永。これが今の学園の、教育方針の成果なのか……
「とりあえず、たくさん報酬があって強い人募集、って書けばいいんじゃないかな?」
朝食の為に移動した食堂で、他の戦力募集に関して、あっけらかんとチルルは言った。
「一理ある。結局、勧誘方法としては、心理的な充足を満たすか、物理的金銭的な面において充足させるか、その二択ではあるからな」
そこへ合流したリーガンが椅子を引きながらチルルの案を肯定する。当のチルルは驚いた。適当に言った案がまさか受け入れられるとは……!
「とは言え、今回はあまり大仰な話になっても後々困る…… 今回は学生たちの心意気に訴えかける方が良いと思う。ほかでもない『貴方』の力が必要なんだ、とな」
できれば、口コミを中心に、生徒たちの間で噂の形で伝播していく形がいい。証拠が文書に残らない。ただし、激戦区であることだけはしっかりと伝える必要がある。その上で、生徒たちには、守る為の戦いに最大の矜持を持って事に臨んで欲しいものだが……
具体的な話に移るリーガンたちに放って置かれながら、チルルはジュースのストローを咥えながら自分なりに考えていた。
出来る限り、自信家かつ実力者を…… ある程度、挑発的に……? ……実力があるか選別を兼ね…… ……ぶつぶつ、ぶくぶく……
「っ!」
と、何かに閃いて。チルルは靴を脱ぐとテーブルの上に飛び乗り、周囲の皆に向かって、叫んだ。
「俺より強いヤツにあいにーでゅー! と、いうわけで、松岡先生が実力者を求めております! 判定官は松岡先生自身! さあ、松岡先生に勝ってその実力を示す強者はいないのかーっ!?」
突然のイベント── だが、幸か不幸か、久遠ヶ原学園では珍しいことでもない。腕に自身のある何人かが名乗りを上げ…… 松岡は飲み物を詰まらせ、咳き込んだ。
その頃、司もまた、彩華や蓮也と共に、砦に送る戦力を集めるべく奔走していた。
「Oh、まずは物量ネ。兵隊は多ければ多いほどいいネ!」
話を聞き、協力を申し出てくれた長田・E・勇太(
jb9116)を加え、学生たちが多く集まる場所を選んで回る。
司と蓮也が目をつけたのは依頼の斡旋所だった。目的意識を持った生徒が多く、戦力を集め易いと考えたのだ。
「初めに、騒々しくすることを謝らせてください。その上で、俺たちの話を聞いてください……!」
司は深々と一礼すると、足を止めた学生たちに砦の状況を説明し始めた。砦の存在とその意義。彼我の戦力比。状況が切迫していることと、すぐにでも助けが必要な事……
聴衆の反応は…… 一応、注目して聞いてくれてはいるが、寄って来る者はいなかった。それでも粘り強く続けるしかない。繰り返し事情を説明し、力を貸してもらわないと……
と、そこへ、斡旋所の中から出てきた学生が司に苦情を申し立てた。人材を横取りするな、ということらしい。
「すいません。すぐに移動しますので…… 詳しい話、参加する意思を持つ人は松岡先生に連絡を! あと、なるべく多くの人に情報を流してください。よろしくお願いします!」
追い立てられるように場を後にする。これくらいで、くじけてなどいられない── 司は汗を拭うと、次の斡旋所へ向け走り出した。
彩華は松岡を通じて正式に許可を取ると、勇太と共にチラシを作って協力者を募っていた。
まず声を掛けたのは、級友や同じ授業を取っている生徒たちだ。
「砦は必死に持ち堪えていますが、人手が足りなくて危うい状況です。皆さんのお力が必要なんです!」
更に、そこそこ強いサーバントから初心者が腕試しに丁度良いサーバントまで、幅広く揃っていますよ、と、撃退士としてのキャリアアップについての利点も説明する。
積極的に話しかける彩華に、多くの生徒が笑顔でチラシを受け取ってくれた。……だが、参加を確約してくれた人は殆どいなかった。
「うぅ……なんか泣きそうデス……」
「まだまだ! 私たちの話を聞いて、初めて砦の事を知った人も多いんだから。チラシを読んでくれた人の中には、きっと……!」
午前の授業を終え、午後に回る。
勇太は『友達汁』を使って積極的に、フレンドリーに話しかけたが、話は最後まで聞いてくれるものの、命まで預けてくれる人はいなかった。……配ったチラシが道端に転がっているのを見た時には、心が折れそうになった。
(……もう逃げタイ)
傾きかけた太陽の下。肩をガクリと落とした勇太がハッと気づいて頭を振る。
疲れ切ってとぼとぼ歩く綾香と勇太は、とある斡旋所の前を通りかかり…… 聞き覚えのある声が聞こえて頭を上げた。
それは、この時間になってもまだ、生徒たちに訴え続ける司と蓮也の声だった。
「砦の現状は今言った通りだ。……撃退局の判断は正しいのだろう。砦を放棄する許可も出ている。だが、それでも、そこで戦い続けている仲間がいるんだ。彼等の背にいる、武器無き人々を守る為に!」
声を枯らして尚、蓮也は訴えることを止めない。
「確かに、正規の依頼ではない。リスクだって高いだろう。それでも、学園の仲間を助ける為に、皆の力を貸して欲しい。戦闘が無理なら、後方支援だけでも……!」
ざわつく聴衆。だが、反応を見せる者はいない。またか……と思った瞬間、彩華はキッと顔を上げていた。誰に認められなくても、私は私にできることをする。私が今、したいこと…… できることは、これだけだから。絶対、疎かになんかしない。絶対に、諦めない!
「……困っている人に差し伸べる為の手が欲しい。弱っている人を護りたい! それが私が撃退士になった理由です。思い出してください。撃退士になると決めた時の想いを。聞かせてください。撃退士となった時の決意を!」
司と蓮也に交じり、聴衆に向かって問いかける彩華。瞬間、場は彩華の言葉に捉われた。それまで他人事として話を聞いていた生徒たちの、心に迫る問いだったのだ。
「あのー…… 詳しくお話を伺いたいのデスが……?」
その余韻が退かぬうちに…… 一人の生徒が彩華に話しかけてきた。彩華は驚いた。話しかけてきたのは(自分が刷った)チラシを手にした勇太だった。
(サクラ……!?)
先陣を切った勇太に続いて、自分も話を聞きたい、と続くものがちらほらと現れる。
司と蓮也はその顔を見合わせると、その機を逃さず、話を聞きたい人は集まるよう呼び掛けた。
「詳しい話を聞きたい人はこちらへ。他の人も、少しでも拡散して多くの人に呼びかけてほしい。参加する気になったら松岡先生まで連絡を……」
●
「今、砦を守っている人達はきっと大変だと思うのです〜。その人達を助け、共に反攻作戦を行える人を探してるのですよ〜。……え!? 参加してくれますですか?! ありがとうございます! じゃあ、お礼にたい焼き…… え? そっちはいらない? そうですか、残念です。でも、ありがとうなのですよ〜!」
調べ上げた名簿を元に、ドキドキしながら直接、勧誘に向かった狐雀は、参加を了承してくれた学生に手をブンブンと振りながら見送った。
幸せそうにたい焼きを頬張りながら、さあ、次へと振り返り。そこで生徒を勧誘している瑞穂を見て絶句する。
瑞穂は一人の男子生徒にその身体を密着させるようにしながら勧誘を行っていた。顔を真っ赤にしてコクコクと参加を了承する男子生徒。その背を見送る瑞穂の元へ、狐雀はあわわわと慌てながら走り寄る。
「飴と鞭、ですわ♪ 要求には、相応なる対価を支払うのが当然ですもの。対象者の性格、趣向に合わせて、利用……コホン、説得しただけのこと。ナンパしてきた者には、デート1回と引き換えに協力を約束させましたわ」
「えぇっ?!」
「あくまで機会を与えただけ。それを活かせるかは本人次第…… 駄目なら3人ともランチで振ればよい話ですわ」
「3人!?」
驚いてたい焼きを落としかける狐雀。瑞穂は胸を反らしながら高らかに笑ってみせた。
翌日、早朝──
転移ゲートの前にやって来た松岡の前には、大勢の学生たちが集まっていた。
チルルの扇動(?)に乗り、松岡と拳を交えて集まった精鋭がいる。瑞穂と狐雀に勧誘されて来た特化型の撃退士たちもいる。そして、司や蓮也、彩華や勇太、リーガンが集めた生徒たちが使命感に燃えた顔を並べている。
「先発には今用意できるだけの物資を持たせました。稼いだ時間で後方体勢を整えれれば、ある程度の戦力までは食い止めれるはずです」
蓮也の言葉に頷いて…… 松岡は生徒たちに向き直り、感謝する、と頭を下げた。
転移ゲートを通過して、黒煙棚引く砦へ入る。どうやら間に合ったようだ。呟き、高らかに宣言する。
「久遠ヶ原学園・実務教師、松岡だ! これより、学園生徒24名と共に、笹原小隊に加勢する!」