「ふーん。この人工島も、一応、クリスマス一色にはなるのな……」
いつも通り、ラフな格好で食材の買出しに出た久瀬 悠人(
jb0684)は、すっかりクリスマス一色に彩られた大型商業施設を見やりながら、そんなことを呟いた。
まぁ、自分としてはクリスマス商戦があれば家計が大いに助かるわけで、と上機嫌で食品売り場へ向かう。
と、ふと頭の上に重みがないことに気づいて、悠人はその足を止めた。いつの間にか、散歩代わりに召還しておいたヒリュウの『チビ』がいなくなっていた。
「……チビ?」
パタパタと羽を動かし、飛んでいくチビ。そのまま特設売り場まで辿り着いたチビは、そこで財布片手に考え込む少女──悠奈の頭にぽふんと乗った。
「あ。」
「……?」
もふもふと手を動かし、頭上の何かを取る悠奈。逆さまのヒリュウを引っくり返して目が合って…… 暫し、硬直した後、少女が甲高い悲鳴を上げた。
「なんだっ?! 天魔かっ?! 敵襲かっ!?」
「なになに? なにか面白いこと?」
その叫び声を聞いて、身の丈以上の大剣を手に駆けつけて来る天険 突破(
jb0947)。その後ろには、開封済みのビール缶片手に、ほんのり赤ら顔の雀原 麦子(
ja1553)が続く。
それぞれにそれぞれの表情で現場に辿り着いた二人が見たものは…… むぎゅうとヒリュウを抱きしめた悠奈の姿だった。
「きゃー! きゃー! なにこれ、カワイー!」
「あー…… ごめん、それ俺のバカヒリュウだわ」
あちゃあ、といった表情で歩み寄る悠人。戻ってきたチビをぺちんと叩く。
「なんだ。悲鳴の主は榊だったのか」
まったく動ることなく、何事もなかったかのように大剣をしまう突破。顔見知りだったのか、悠奈がペコリと頭を下げた。
「あ、天険さん。こんにちは。補習、大丈夫でした?」
「おう。あの時は因数分解教えてくれてありがとな」
麦子と悠人は顔を見合わせた。補習? 因数分解? 悠奈(中等部1年)が? 突破(大学部1年)に???
「で、どうしたんだ、榊は。こんな所で?」
そんな二人に気づかず(或いは気にせず)、突破は悠奈に事情を訊いた。悠奈は少し迷った後、彼等に甘えることにした。これまでのいきさつを説明し、悩みを伝える。
(いい兄妹じゃないか)
自らも姉のことを思い出しながら、悠人は思った。感動して泣きそうになった突破が「クッ……!」と顔を逸らして表情を隠す。
麦子は残ったビールを一気に呷ると、両手で悠奈の手を取った。
「事情は分かったわ。私も中学生の女の子にプレゼントする機会があるから、一緒に買い物巡りをしましょ!」
「え? え? いいんですか?」
「互いに情報交換よ。さ、良いものは足で探さなくちゃ!」
半ば強引にお店巡りを始める麦子。突破がさも当然といった顔つきで後に続き、悠人も買出しを後回しにして同行する。
「俺にも姉さんがいるからね…… 俺の場合、姉さんが俺を養ってくれたんだけど」
なぜ、と訊く悠奈に、悠人は告げた。
つまり、他人事とは思えない。面と向かってそう言うには、色々な人に対して照れ臭くはあるけれど。
お店巡りを始めた悠奈と麦子は、やいのやいのと会話に華を咲かせながら、楽しそうに商業施設中の店を回り…… 結局、何も買う事なく1階まで戻ってきた。
そのままファストフード店に席を取って、相談を始める二人。これが女の買い物か、と戦慄する突破の後ろで、姉に買い物付き合わされた時のことを思い出した悠人が遠い目でどこかを見上げる。
「やっぱり、贈る側も貰う側も毎日使えるものがいいんじゃない?」
「……電子レンジ?」
「は置いといて。ちょっと良い感じの日用品? 黒檀のお箸とか、北欧系のマグカップとか」
でなければ、季節柄、皮手袋とかウールのマフラーなんてのもいいかもしれない。普段、お兄ちゃんが使っているものより少し明るめの色合いで……
そんな感じで話を進める麦子と悠奈に、それまで無言だった突破(ハンバーグを食べていたのだ)が声をかけた。
「話の腰を折って済まんが。はっきり言ってしまうと、プレゼント自体は何でもいいんだ。そんなに気負う必要は無いぞ」
紙ナプキンで口元を拭きつつ言う突破。麦子は「うわ、ぶっちゃけた」と苦笑した。『女の子』(←麦子さん強調)は買い物そのものよりそのやり取りが楽しいのに。
「お金はかけない方がむしろいい。手作りで心を込めてる方がよっぽどいいぞ」
突破の言葉に、悠人も頷いた。
「プレゼントか…… 俺も姉さんにやったな…… 金も無くて、姉さんの趣味も知らなかったから、料理を作った」
その姉さんが言っていた。「プレゼントは形じゃない。気持ち。その方が色褪せない」と。そう言って姉さんは、腹が痛くなるまで俺の飯を食っていた。……泣きながら、食っていた。
「……だからさ。悠奈も手作りでいいんじゃないか? 色褪せないし、なにより経済的だ。あまり高いもの買っても、お前んとこの兄が心配するだけだ」
悠人の言葉に、麦子は『正解』と呟いた。これは家族へのプレゼントだ。気持ちがこもっていれば想いは届く。
「でも、今から手作りなんて、時間が……」
「お守りとかいいんじゃない? アクセサリー代わりになるような」
「そうか…… 最近、スマホ手に入れたとか言ってたな。自作のストラップとかどうだ、榊?」
彼等3人の助言は悠奈にとって天啓となった。悠奈は礼を言って飛び出すと売り場でキットを買って来て、そのままテーブルでストラップを組み始めた。その横で突破も自分のを作ってみた。出来栄えの差にはなんとなく泣きたくなったが。
かくして、勇斗に渡す悠奈のプレゼントが決まった。一つは黒檀のスマホカバー。もう一つは手作りの組紐ストラップだ。兄妹色違いのお揃いで、勇斗の健康と無事を祈りながら悠奈が組み上げた。
「お兄ちゃん、喜んでくれるといいわね」
麦子が頭をクシャッと撫でてやる。悠奈は「はいっ!」と満面の笑みで頷いた。
●
「ん、勇斗くん、スマフォ買ったんだー。連絡先教えておいてちょうど良かったよー」
勇斗から初めての連絡を受け、彩咲・陽花(
jb1871)は相談に応えるべく、待ち合わせ場所の購買へと向かった。
魔装を扱うコーナーの前で、財布片手に唸る勇斗。そちらへ歩み寄ろうとした陽花は、その勇斗のすぐ側で同じ様に悩む存在に気づいた。
(悪魔……?)
小首を傾げる陽花の視線の先でその二人──勇斗とアッシュ・エイリアス(
jb2704)が「もうチョイ良い装備が欲しいんだよなぁ」と同じようなことを口にする。
顔を見合わせる勇斗とアッシュ。瞬間、同じ様な悩みを抱えた二人が通じあう。
「そうか、盾の悩みか。『死にたくない、死なせたくない』なら、やはり盾はあった方が良いだろうな。チームの戦略の幅も広がる。俺みたいな攻撃特化の紙装甲がいる時は特に、な」
合流した陽花の前で、そうケラケラと笑うアッシュ。あれぇ? と小首を傾げながら、陽花も負けずに意見を伝えた。
「私も、勇斗くんの行動原理的に、盾を持った方がいいかな、とは思うけどね」
とは言え、最終的に決めるのは勇斗自身だ。実際に、盾を使った場合と使わなかった場合を試した方が良い。
「勇斗くん、とりあえず……」
訓練場で試してみようか。そう言おうとした陽花は、だが、アッシュに先んじられた。
「とは言え、こういうのは自分との相性だ。そうだな、せっかくだしいっちょ模擬戦でもしてみるか!」
了承する勇斗。歩き始めた二人の後についていきながら、陽花は「あれぇ?」と首を傾げた。
その日、訓練は休みだったが、訓練場には自主的に訓練に来ている学生も多くいた。神棟星嵐(
jb1397)もその一人だった。
星嵐は勇斗たちの会話から彼等が何をしようとしているか察しをつけると、模擬戦への協力を申し出た。一人で訓練するより複数の方が実践的だし…… それに、こうして顔を合わせるのは初めてだが、『無茶をする妹思いの撃退士』の噂は前から耳にしていた。
「ふふ…… わらわとしても、盾持ちが増えることは良い事なのじゃ」
うんうん、と頷くクラウディア フレイム(
jb2621)もまた、この場で自主訓練を行っていた一人だった。
「一つ言っておくぞい。盾を持つということは、じゃ。誰かを守るということじゃ。無理はするな。突撃を仕掛ける前衛役でも、味方を守る壁であっても、無理して倒れられたら後衛は迷惑じゃ」
その言葉に頷く勇斗。クラウディアは満足そうに頷いた。
「よし、では、まずはわらわのシールド裁きを見るがよい」
そう言うとクラウディアは勇斗に打ち掛からせ、何も無いところから展開、受けて見せた。どうじゃ、参考になったじゃろ、と頷くクラウディアが、今度は自分で、と勇斗に盾を貸す。
そうして最初の模擬戦が始まった。
相手役は陽花とクラウディア。勇斗は星嵐、アッシュと共に組み、まずは盾を試してみる。
最初のターン。星嵐とアッシュは勇斗の後ろに隊列を組んだ。勇斗自身は盾を構えて距離を詰め、その後に二人が続く。
陽花は盾を構えつつ、スレイプニルを召喚した。普通、盾を活性化すると攻撃はできなくなるが、バハムートテイマーには召喚獣という攻撃手段がある。
一方、クラウディアは勇斗の前まで進み出ると、その眼前で『光の翼』で空へと舞った。驚く勇斗をよそに、そのまま背面で逆落としに降ってくる。
「ほれほれ、どうした? 空対地攻撃は天魔の得意な策略じゃぞい? となれば空飛ぶ相手の攻撃にも対応せねば」
そのまま追い込みにかかるクラウディア。堪える勇斗の背をポンとアッシュが叩く。
「ナイス壁。あー、俺は特攻しかやってこなかったから、打てる手が少ないのが問題だねぇ」
ぼやきつつ、空のクラウディアに模擬銃で銃撃を加えるアッシュ。高攻撃力にレート修正。ペイント塗れになったクラウディアが瞬く間に後退を余儀なくされる。
入れ替わりに前進・攻撃してくる陽花のスレイプニル。攻撃後の隙を突くべく短剣を手に飛び出した星嵐は、だが、スレイプニルの機動力を活かした一撃離脱に引き離された。星嵐は素早く装備を洋弓へと変更し、射程ギリギリまで離脱した召喚獣に模擬矢を放つ……
二回戦は勇斗以外のメンバーを交換して行われた。
初回、アッシュは盾を持つ勇斗に大きなダメージ(判定)を与えたものの、直後にクラウディアと陽花にタコ殴りにされて沈黙する。
残された星嵐は、勇斗に向かって攻撃スキル──アウルによる『実弾』の使用を宣言した。
「痛いかもしれませんが、戦場では泣き言を言っていられません。……護りたい者がいるのであれば、耐えるのも必要なことです」
慌てて止めようとする陽花の腕を、いつの間にか側に来ていた見学者、黒百合(
ja0422)が掴んで引き止めた。
「大丈夫。勇斗ちゃん、だっけェ? 今の彼なら耐えれるよォ」
覚悟を決めて頷く勇斗に、怪我はさせないよう注意しつつ星嵐が『ファイアワークス』を発動させる。
襲い来る色とりどりの炎の爆発を、だが、勇斗は展開した盾で受け切った。炎と共に消える盾。殆どダメージは抜けていない。
苦手な魔法攻撃とはいえ、と苦笑する星嵐。ホッと息を吐く陽花の横で、黒百合が笑った。
「それこそ特化の力よねェ。色々とやりたいことはあると思うけど、最初の頃は自分のジョブの得意とするものを一点に極めなさいィ。下手にあちこち手を出して、中途半端なものになったら元も子もないわァよ……?」
これだけは負けない、張り合える、と言うものを1つは持っておく。そうすれば自分の役割をはっきりできるし、仲間にとっても心強い。
「とは言え、硬いだけの存在は容易に折れる…… 適度な柔軟性も持ち合わせないと、この先は頑張れないわよォ」
そう言って黒百合は勇斗に何かを放った。
投げられたのは、アンパンだった。
昼休憩──
黒百合が持ってきたアンパンとスポーツ飲料を皆で分けて腹ごなし。クラウディアは持参したウォッカの封を開けると、それをラッパ飲みで喉へと流し込む。
「ぷあっはぁー! うふふふふふ、やはり酒は素晴らしいのぅ。わらわの様な天使すら魅了するこの深み! この味わい! この人間どもの酒に対するこだわり、愛情…… 最高じゃ!」
景気良くビンを呷りながら、賞賛と笑声を漏らすクラウディア。アッシュがツツ、と距離を取る。
「こら、そこな悪魔。何か含むところでもあるのか」
「いやいや、酔っ払…… コホン。アルコールの匂いが苦手なだけで」
ハハハハハと(据わった目で)笑顔を交わす天使と悪魔。苦笑する勇斗に陽花が差し入れを持って来る。
「これ友人の手作りのシュークリーム。悠奈ちゃんに持って帰ってあげて。……それと勇斗くん。いくら体力がついたといっても、さっきみたいな無茶はダメだよ」
兄妹を心配する陽花の言葉に、勇斗が心の底から礼を言った。そこへクラウディアから逃げてきたアッシュが星嵐を伴ってやって来た。
「どうだ? 足りないもんは色々あるだろうが、どれから補うべきか、課題は見えたかね?」
アッシュの言葉に、勇斗は「『命中』が欲しいなぁ」と呟いた。折角の高い受防も受けれなければ意味が無い。
「勇斗君の望みは何ですか? 思い描くイメージは? ……妹さんを心に思い浮かべた時、戦えるのはどちらのスタイルですか? ……そういう視点で考えてみるのも良いかもしれませんよ」
星嵐の言葉に胸をつかれ、沈思する勇斗。そこへ食事を終えた黒百合が、疲労回復に、と栄養ドリンクを投げてよこした。
「さぁ、まだ試していない戦い方があるのだろォ? 付き合うわよォ?」
模擬戦の三。
レイピア(模擬刀)を手にした黒百合に向かって、糖分、水分、スタミナを回復した勇斗は真正面から突っ込んだ。
手には二振りの模擬刀。マインゴーシュと比翼連理の剣を模している。小手調べに、と手加減して突き出した黒百合の突きを勇斗が『マインゴーシュ』で打ち払う。
「へェ」
と黒百合は呟いた。反撃をなんなくかわし、続く攻撃も回避する。三撃目は危なかった。だが、『空蝉』を使う程ではない……
「反撃、お願いします」
「んー…… じゃあ、怪我しないように、ちゃんと『受け』なよォ!」
曲線から直線へとテンポを変える黒百合。その動きに勇斗はついていけなかった。
打ち倒され、天を仰ぐ勇斗。先は長いなぁ。そう呟いた。
●
数日後──
補習(?)で中等部の校舎を訪れていた突破は、廊下で話す榊兄妹の姿を見かけた。
挨拶を交わし、その場を離れる。と、勇斗のスマホに悠奈のプレゼントを見つけて、突破は勇斗の耳元に口を寄せた。
「お前、妹と二人で生きていくって決めたんだろ? だったら一人で黙って危険な事をするんじゃねぇぞ」
頷き、自らの手元に視線を落とす勇斗。
そこには、購入した盾のヒヒイロカネが光っていた。