朝焼けの茜色の空を越えて飛来して来た岩の塊は、『砦』内に建つ旧消防署の鐘楼を直撃し、破壊した。
爆発が最上部を吹き飛ばし、轟音と共に割れたガラスとコンクリ片が地上へと降り注ぐ。
その階下、1階の車庫で負傷者の治療に当たっていたジョシュア・レオハルト(
jb5747)は、その瞬間、傍らに横たわる負傷兵の上に自らの身を投げ出し、覆い被さった。
衝撃と地響き。吹き付ける粉塵の暴風を息を止めてやり過ごし…… 再び目を開けた時、開け放たれた車庫の入り口の向こうには、巨大なコンクリの塊が落ちていた。
「ここも崩れるかもしれない…… 負傷者を移動させないと!」
ジョシュアは隊の衛生兵たちにそう声を掛けると、無線で指揮所に人手を要請しつつ、近場の負傷兵を担ぎ上げた。
「大丈夫ですよ。場所を移動するだけですからね」
安心させるよう話しかけながら、急がず、慎重に外に出る。
コンクリ塊の脇を抜けると、視界が大きく広がった。
飛び込んできた戦場の光景は── 空と炎とで赤一色に染まっていた。
「戦場の風、戦場の空気。そして、戦場の肌触り……!」
学園より転移し、砦の東門から中へと入って── 砦の攻防戦が始まって以来、初めての再来となる神雷(
jb6374)は、感動にその身を大きく打ち震わせていた。
鳴り響く銃声、燃え盛る焔。黒煙棚引く蒼空からは、炎を曳いた炎岩人が次々と放物線を描いて降り落ちる……
「……いいです! 楽しいです! とても胸が高まります!」
神雷は子供の様に純粋な瞳をキラキラと輝かせると、もう居ても立ってもいられないと言う風に、砦の中へと駆け出した。
居住区に入ったところで、見覚えのある兵たちと会った。笹原小隊の第三分隊── 神雷とは、以前、砦を訪れた際、訓練(?)を共にした間柄だ。訓練が終わった後にはお菓子もくれた。うん、いい人たちだ。
「おはようございます、皆さん。また来ましたよ!」
テンションMAXの神雷が元気良く挨拶する。共に戦うと聞いて、兵たちは顔を見合わせた。彼等は神雷がまだ子供だと思っている。
「……大丈夫なのか?」
「はいっ! 胸がドキドキします!」
その返事を、兵たちは緊張と受け取った。実際には高揚のそれであったのだが……
「まさか、こんな苦しい戦いになるとはな……」
鐘楼が破壊される様を城壁上から顧みながら── 木暮 純(
ja6601)は口中で、まいったね、と呟いた。
壁の向こう、骸骨戦士の方陣から放たれる一斉射撃。遠雷の如き発砲音が轟いた直後、跳弾の音と共にコンクリ片がパラパラと頭上へ散り落ちる。
「うぎぎ…… 『穴蔵』に籠もって戦うってのは、あたいの趣味じゃないんだけどなぁ……」
純の傍らで雪室 チルル(
ja0220)が、やれやれと嘆息する。純は、あはは、と乾いた笑いを返しながら、敵の射撃のタイミングを計ると城壁上へ半身を乗り出し、適当に目に入った骸骨の頭を狙って狙撃銃を発砲した。同様に身を乗り出して発砲する隊の兵たち。チルルもまた長大な銃剣の生えた小銃を「よっ」と縦に振り構えると、アウルの弾丸を撃ち放つ。
城壁上からの反撃を受け、敵方陣のあちこちで骸骨の骨が砕け、崩れ落ちた。純とチルルが狙い撃った骸骨も、頭部を仰け反らせて地に倒れるのが見えた。だが、それはすぐに後列に引き下げられ、代わりの骸骨が穴を埋める。
「ははっ、数揃えやがって、怖ぇなあ! っと」
純は2発目を欲張らず、すぐにその身を引っ込めた。直後に再び敵の斉射。先程まで頭があった空間を、甲高い音と共に銃弾が飛び過ぎて行く。
銃撃が止むのを待って再び城壁越しに銃を構えた純は、だが、引き金を引くことも忘れて目を見開いた。
骸骨の方陣のずっと後方。甲虫の『砲兵陣地』の中央に位置した『パチンコ』がその『ゴム紐』を思いっきり後ろに引いていたのだ。
「城門から離れろ!」
慌てて背後に警告を発する純。何事かと兵たちが顔を上げた直後、2つの方陣の間を抜け飛んで来た炎岩人が城門の鉄扉を直撃した。
爆発── 轟音が治まった後、聞こえてきたのは恐竜の断末魔の様な鉄の唸る音だった。金属が何か重たいものに引き千切られ、ひしゃげる音が鳴り響き…… やがて、千切れた自重を支えきれなくなった巨大な鉄扉が、ゆっくりと地面へ倒れ込む。
「城門が、破壊された……!」
騒然とする城内。咳き込みながら立ち上がった純が急ぎ城壁外を確認すると、眼下に見える2つ方陣の後列から戦力が分離し、城門へと走り始めていた。
「骸骨が来んぞ! なんでもいい! とりあえず急いで門を塞げ!」
叫んだ直後、方陣前列が一斉射し、純は慌てて腰を落とした。慌てて周囲の瓦礫を門に積み始める兵たち。そこへ再び自爆型が飛び込み、爆炎と破片を撒き散らす。
それを支援砲撃代わりにして突入して来る骸骨戦士たち。純は壁上から門を抜けて来た骸骨を狙い撃ったが、その数が多すぎて侵入が止められない……!
「門を一つ破ったくらいで…… 楽に通れると思わないで貰おうか!」
次の瞬間、侵入した先頭の盾持ちの骸骨を、砦の奥から走り込んできた『黄金の弾丸』がその骸骨を掲げた盾ごと吹き飛ばした。
散り飛ぶ骨片。砂塵の中に佇むは、光り輝くアウルの鎧── 其はアーマード・ゴウライガこと、撃退士・千葉 真一(
ja0070)。ヒーローの証たる赤いマフラーが、吹き荒ぶ風になびいている。
「とぅ! 喰らえ! ゴウライソード、ビュートモード!」
真一は続け様、先頭にいる骸骨に飛びかかると、活性化した蛇腹剣を宙で掴み、展開した刀身を振り下ろした。遠心力を増したその一撃に、骸骨の胸骨が砕け散る。新たな敵を確認し、一斉射撃を放つ骸骨たち。真一は旋風の如く地を翔けると、飛び交う弾丸の中、新たな骸骨へと踊りかかる……
「じゃ、あたいも下に降りるわ」
いつの間にかその身にロープを巻きつけたチルルが、城壁の下へと飛び降りる。壁面を蹴りながら地面へと降下。地に降り立ったチルルは肩に担いだ小銃を構え直すと、別方向から骸骨たちへと突っ込んだ。
「突撃! 隣りの最前線!」
なんか巨大なしゃもじな感じで小銃を掲げ持ったチルルは、敵をその間合いに捉えると、手にした長大な銃剣を薙刀の如く振り払った。脛を払われ、倒れたところを返す刃で断ち割られる骸骨。まだ動くその手からマスケット銃を蹴り飛ばし、トドメ自体は兵に任せて新手へと突っ走る。
その向かう先には、真一の背を狙う骸骨1体。チルルは背後からその右手を切り飛ばすと、その勢いのまま返す刀で振り返った骸骨を斬り上げる。
「城門を押さえる。入り込んだ奴は任せたぜ!」
「りょーかい!」
真一は壁内をチルルに任せると、自らは門へと突っ込んだ。兵たちと共に掃討を開始するチルル。腕をなくした骸骨が、直後、直上から純に頭蓋を撃ち貫かれて踊るように崩れ落ちる。
門の中へと飛び込んだ真一は、蛇腹剣を直剣へと戻しつつ、その身からアウルの旋風を吹き上がらせた。
「『INPALE!』」
輝きが螺旋となりて巻き起こり、門の中の骸骨を貫き、砕く。その勢いに押される様に門から退く骸骨たち。それを追って飛び出しかけた真一は、ハッと気づいて足を止めた。直後、壁外の方陣から放たれる一斉射撃。門内を跳ね回る跳弾に首を竦めながら、真一は一旦、後ろへ下がる……
「破られた城門、雪崩れ込む圧倒的多数の敵……! たまらない緊張感です! さあ、急いでバリゲードを構築しないと!」
第三分隊と共に前線──城門裏へと辿り着いた神雷は、バリゲード作りを手伝うべく真っ先にそちらへ走り出した。
分隊の皆と手分けして、両腕にいっぱい荷を担いで廃材と門とを往復する。途中、その進路に炎岩人が落下したりしてきた時には、廃材を投げ捨ててガトリング砲を活性化させた。腰溜めに構えた多重砲身を敵へと振り向け、「離れてください!」と叫んだ後にアウルの豪雨を浴びせかける。
多くの場合、岩人は自爆型で、銃撃に穴だらけにされると爆発して砕け散った。構築中のバリゲードに突っ込んで止まったパチンコ発射の自爆型は、障害を乗り越えて飛び出したチルルが『ウェポンバッシュ』で外へと打ち返した。
更に厄介だったのが、通常型の炎岩人だった。こちらの防衛線を飛び越えて飛来し、炎を吹き出しながら人型へと変形する敵。神雷は皆に作業を続けるよう声を掛けると、銃撃を浴びせかけつつ、自らに誘引すべく後退さる。
負傷者発生の報告を受けて城門まで駆けつけて来たジョシュアは、炎岩人を警戒しつつ、倒れた負傷兵へと駆け寄った。並べて横たえられた彼等の傷の程度を確認し…… 応急手当のみを施し、籠手に手を沿え、前に出る。
(重傷者はいない。今はまず、負傷者を生み出すアレを、そして、バリゲードをなんとかしなければ……!)
籠手内臓の機械弓にアウルの矢を装填しつつ、その腕を持ち上げ籠手を操作し、炎岩人に矢を速射する。慎重に接近戦を避ける神雷とジョシュアに、炎弾と火炎放射を放つ敵。その敵が沈黙するより早く、見上げた空には既に次の新手が放り上げられている……
「どうにか押さえ込めている、か……? 後は外に出た連中次第だな」
味方の奮戦を城壁上から見やり、純が言う。
そう。今、この場にいる者がこの砦の全ての戦力ではない。このままではジリ貧になると判断した撃退士たちは、有志を募り、再び敵の甲虫を無力化すべく奇襲班を編成し、砦の外へと送り出していた。
「それまで、前線の敵を引きつけて置くのがこちらの役目。……さあ、お前たちの相手はこっちだぜ!」
その射程を伸ばし、壁上から骸骨を狙い撃ちにする純。
敵の火力はまだ落ちない。壁上にも、傷を負った兵たちが既に少なくない数、出始めていた……
●
時は遡り、同日。日の出前の砦、東門──
まだ暗い藍色の空の下。危険な奇襲役を買って出た6人の撃退士たちは、既に裏門に集合していた。
昼間の激戦が嘘の様に、周囲は静まり返っていた。基本的に、敵が攻めて来るのは日が出ている間だけだった。疲労知らずの骸骨が敵の主力ではあるが、補給や回復の時間は必要なのだろう。お陰でこちらもどうにか持ち堪えられているが、逆にいつまでも敵が減らないというジレンマもある。
「敵影なし…… うん、いつでも行けるよ」
そっと門を開けて顔を出し、周囲をきょろきょろと『索敵』した葛城 縁(
jb1826)が、味方を振り返って手で招く。
彩咲・陽花(
jb1871)は頷くと、月影 夕姫(
jb1569)と共に視線を交わし合い、改めて気合を入れた。
「ん。それじゃあ、頑張っていこうか。あの甲虫は放置できないしね」
呟き、夕姫と共に重傷者を乗せた担架を持ち上げる陽花── 彼女たちを含め、集まった撃退士たちは皆、小隊の白い冬季迷彩の外套を身につけていた。負傷者を後送する為に砦から出た小隊員、或いは『脱走兵』を装う為だ。『砦』の裏口が監視されていた場合に備えた偽装工作の一環である。
「では、作戦のバックアップは任せる。我らが敵陣から退く際の支援も忘れてくれるなよ?」
出発に際し、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は、見送りに来た藤堂に向け、改めてそう念を押した。多数の敵がいる中へ少人数で単独、潜行し、最も防備の厚い敵を無力化して来ようと言うのだ。独力での脱出は不可能に近い。──それはそれで面白いかもしれんが、などと傲岸に思ってみたりもするが、勝つ為に万全の手を打ち、勝率を上げるのもゲームの醍醐味には違いない。
「それは勿論。無茶はしないで、って言うのもアレな状況よね。でも、十分に気をつけて」
藤堂の返事に傲然と頷くと、フィオナはバサリと純白の外套を羽織り、東門から出て行った。藤堂を振り返って目礼する陽花と夕姫。手の空いている縁が2人に代わって「行ってきます」と手の平を振る。
そんな4人の後を、ちっちゃな女の子がドーナツをパクパク食べながら、ちょこちょこ歩いて付いて行った。
それを見て「え?」と思わず声を上げる藤堂。驚愕の声を耳にしたその女の子──白野 小梅(
jb4012)は、ぷんすか可愛く怒りながら、藤堂を振り返った。
「もぉー、ボクの事ぉ、チビッ子で邪魔とか思ってるぅー? これでもぉ、ボク、強いんだよぉ?」
口にしたドーナツをモグモグごくんと呑み込んだ後で、腕をぶんぶんと振って起こってみせる小梅。
「どうした、らしくないのぉ」
その後ろ、最後尾を歩いていたリザベート・ザヴィアー(
jb5765)が、藤堂をニヤリと見上げて呟き、そのまま足を止めずに後ろ手を振る。
ああ、そういえばリザベートも『ちびっこ』だったね、と藤堂は苦笑した。今の学園の撃退士には外見が小さな子も沢山いる。見た目と実力に相関関係がない事も、これまでの関わりで理解している。
「ああ、うん。ごめんね?」
「ん!」
藤堂が素直に謝ると、小梅は満足そうに頷いた。そのまま新しいドーナツを取り出しながら、皆を追って走り出す。
そして、門を出た所で「あっ」と何かに気づき…… ニッコリと笑顔で振り返った。
「ボクたちの攻撃が失敗したらぁ、その時は遠慮なく見捨てて逃げちゃっていいからねぇ♪」
藤堂の返事を待たずに走り去る小梅。
藤堂はただ愕然としてその背中を見送った。
当初の予定通り、砦後方に位置する駅舎にまで辿り着くと、奇襲班の面々はそこに重傷者と付き添いを残し、姿を隠しながらその場を離れた。
砦の後方、南側に広がる無人の市街地へと進入すると、『攻城兵器』の甲虫たちが陣を敷く敵の前線後方へ回り込むべく、建物の陰に隠れつつ移動する。
陽花は広げた両手の上にヒリュウを召喚すると、その視界を共有し。建物の陰から陰へと飛ばしながら、進路上を先行。索敵させた。
そのヒリュウの後方から、隊列の先頭に立ち、『索敵』の視線を振って慎重に前進していく縁。建物の陰に張り付き、曲がり角の先を窺うリザベートの後ろを、小梅がとことこと無造作についていく……
敵陣地の南方へ到達すると、縁は最後の『索敵』を用いて物陰から敵陣の様子を観察した。
敵陣の中央、最前列には、パチンコを構成する2体の甲虫。他4体の『投石器』は、範囲攻撃を避ける為か、互いに距離を置いて配置されている。
「これは…… まるで『砲兵陣地』じゃな」
敵陣の様子を見て、リザベートは呟いた。甲虫の周囲には、野砲の周囲に積み上げられた土嚢の如く、丸まった炎岩人がコの字型に配されていた。勿論、見た目だけだが、敵甲虫の前面と側面に直衛がついているのは厄介だ。。
「だが、一番の問題は……」
呟くフィオナ。甲虫の陣地の両脇──北側と南側には、骸骨戦士の方陣がそれぞれひとつずつ付いていた。それだけでも今、砦を攻めている兵力に匹敵する戦力だ。予備兵力でもあるのだろうが、甲虫の護衛を兼ねていることは明白だった。
「こちら既に、一度、奇襲というカードを切った。……二度はやらせぬ、という事であろうな」
とは言え、彼等に奇襲を中止するという選択肢は残されていなかった。
通信機でジョシュアと連絡を取った夕姫が、厳しい表情で砦の最新の情報を皆に伝えた。
「敵が砦への攻撃を開始したわ。……西門の鉄扉が破壊されたそうよ」
これで失敗できなくなった── 時間一杯まで周囲の索敵を行い、送還したヒリュウに笑顔で手を振って…… 陽花が真面目な表情で振り返る。
やるしかない。失敗もできない。そして、一刻も早く事を為す必要がある。
「……お母さんが言ってたよ。死中に活あり。……そうだよね?」
グッと拳を握って見せる縁の言葉に、それぞれの表情で頷き合う撃退士たち。一人、小梅だけがきょとんとした顔で、「決まったのぉ?」と小首を傾げた。
攻撃に辺り、撃退士たちは隠れられるギリギリまで身を隠し、敵陣へと接近した。
とは言え、距離は近くない。敵は銃兵が最大射程を発揮できる空間を周囲に確保していた。
「我ならば一跨ぎの距離だがな」
尋常ならざる足の速さを持つフィオナは言うが、他の者には真似できない。奇襲の利を活かして全力移動で肉薄。イニシアチブを取って先制攻撃、が唯一の道か。
「後ろは任せい。なに、この状況を切り開くなど、妾には朝飯前じゃ」
活性化した書を開きながら、リザベートが皆を鼓舞するように軽い口調でそう告げた。勿論、油断ならない状況である事はリザベートにも分かっている。
「では…… 始めるぞ。まずは妾が前面に風穴を切り開く開ける!」
集中して魔力の流れを研ぎ澄まし、射程を伸ばしたリザベートが、書から生み出した水刃を骸骨の隊列、その横っ腹へと撃ち込んだ。不意をつかれ、高圧の水刃によって鋭利に切り裂かれる敵1体。同時にその横腹へ向け、全力で突っ込んでいく夕姫、縁、陽花の3人。その後を追って通常移動で飛び出した小梅は、身の丈よりずっと大きい魔法の箒をえいやっと掲げ持ち、それをフリフリと振って黒猫の幻影を生み出した。
「にゃんにゃん、Go!」
ビシッと指差す小梅に従い、ニー、と突撃していく黒猫(幻影)。それは前衛を追い抜いて骸骨1体の周りをクルクル回った後、ニャー、と飛びかかって骸骨を押し倒す。
肉薄する夕姫と縁、そして、陽花。気づき、向き直る骸骨たち。一方、足の速いフィオナはその隙に、尋常ならざるスピードで敵陣の東側を駆け上がっていた。銃兵の射程と思しき30m以上離れた場所から、一気に甲虫の陣地へと回り込んで突入する。
ここで何よりも重要な先制権── 獲得したのは…… 撃退士たちだった。
「まずは邪魔な骸骨戦士を撹乱するよ。スレイプニル!」
「これ以上城壁は…… 人の希望は砕かせないよ!」
敵前まで突っ込んだ陽花は、高速召喚した馬竜──スレイプニルに、敵陣の前衛ど真ん中に『ボルケーノ』を撃ち放たせた。それに呼応し、火炎放射器を活性化させた縁が『ナパームショット』を叩き込む。敵のど真ん中で炸裂する爆発的なエネルギーと、膨張し、周囲を舐める様に呑み込むアウルの火炎。2人の攻撃は一挙に2桁以上の骸骨たちを戦闘不能に陥らせた。戦力を大きく削られて、方陣が激しく動揺、混乱する。
「陽花、縁! タイミングを合わせて! 速攻で甲虫の角を折るわ!」
3人はそのまま足を止めずに、混乱する骸骨戦士の方陣の北側をすり抜けた。その後方を、方陣の射程外から後続する小梅とリザベート。敵右翼側方陣の崩壊を確認した小梅は、『明鏡止水』の心得でその精神を落ち着かせると、気配を消しながら一気に前に出た。リザベートは走りながら左手の崩れた方陣を視界の端に捉え──
「っ!?」
そして、思わず振り返った。それは『思いがけず出目が良かった』ということか。敵は予想よりもずっと早く隊列を整え始めている。
「まずは一つ」
真っ先に敵砲兵陣地へ飛び込んだフィオナは、まだ丸まったままの炎岩人を踏み台にして飛び上がると、その諸手に双剣を活性化させた。
赤く鮮烈に光る刀身。両手に握った双剣をまるで一つの大剣の様に振り被り…… 魔法的な重力制御により増した刀身の重量を、己の体ごと甲虫の角へ、そして、頭部へと叩き込む。
その極大の一撃に、左の剣が当たった角はあっけなく断ち切れ、回転しながら宙を舞った。右の剣が直撃した頭部はその甲殻を叩き割られ、陥没し、蜘蛛の巣状にヒビを入ったが、それでもまだ甲虫は生きている。
「ふん。一撃では倒せなんだか。次の虫こそは潰してくれるわ」
角の折れた甲虫には目もくれず、着地と同時に次の甲虫目掛けて掛け始めるフィオナ。と、その眼前に、人型に変形した炎岩人が邪魔するように立ち塞がる。「遅いわ、鈍間」と、フェイントもかけず、スピードだけでそれを後置したフィオナは、だが、コの字に隊列を組んだ炎岩人たちにその進路を阻まれる……
「見えた!」
一方、甲虫を射程に捉えて意気上がった夕姫、縁、陽花の3人は、だが、後方から放たれたリザベートの警告に慌てて後ろを振り返った。
そんな彼女らの目に映るのは、崩れた方陣を即席で立て直し、一斉射撃の態勢に入った骸骨たちの姿── 放たれる銃撃。その火力── 夕姫は『防壁陣』を用いて縁と陽花を守ろうとしたが、銃撃の数があまりにも多すぎた。被弾し、大きなダメージを受けて膝をつく縁と陽花。夕姫は2人を庇う様に前に立ちはだかると、周囲の味方に向かって叫んだ。
「ブロークンアロー! 作戦継続不能、包囲され、逃げ道がなくなる前に撤収を!」
5秒か、10秒か…… 本来、稼げていたはずの時間が予想より早く失われた。……いや、いずれ数で押し潰されてはいただろう。2桁の敵を倒しても、それ以上の戦力が敵にはある。
「まだぁ、もう少しぃ……!」
小梅は背後から銃弾が放たれる中、更に奥へと前進した。フィオナと交戦する炎岩人の壁の外から間を狙い、その向こうにある甲虫の角を狙い、アウルで生み出した風の刃を投射する。
刃は、見事、甲虫の角を捉え、その根元に鋭い切り傷を刻み込んだ。更に一撃を加えて圧し折ろうとする小梅は、だが、その接近に気づいた炎岩人たちの炎弾と火炎放射に晒された。思わず『光の翼』を展開して上空へと逃れる小梅。上空から再度の攻撃の機会を窺うも、両翼から迫り来る骸骨たちがその銃口を上げるのを見て諦めた。銃火の届きにくい最大高度まで上昇すると、散発的な銃撃をかわしつつ、敵陣上空から離脱する。
「撤収! 撤収じゃ!」
リザベートもまた『闇の翼』を展開すると、方陣から距離を取るべく後退しながら、次々と水の刃を投げかけた。眼前に展開する緊急障壁にクッと小さく息を吐く。周囲には遮蔽物が何もなかった。市街地跡まで下がればまだ継戦もできようが……
「ふん、ここまでか」
フィオナは3方から迫る炎岩人の包囲の一角に『アーマーチャージ』で穴を空けると、その神速を活かして一気に戦場から離脱した。──左翼には多数の敵、右翼には無傷の方陣。目標たる甲虫は眼前。だが、その間には炎岩人の分厚い壁── 心躍るシチュエーションではある。だが、この命と天秤に掛けるには得られるものが少なすぎる。
「せめて、あの『ゴム紐』だけは……!」
怪我を負った友人たちを先に逃がした夕姫は、最後に大型ライフルを構えるとその場で膝射姿勢を取った。一斉射撃の構えを取る骸骨たちに構わず、スコープ越しにレティクルを合わせ、立て続けに発砲する。
『次弾』を装填して伸び切っていた『ゴム紐』は、その銃撃を受け千切れ跳んだ。一斉射撃。戦果を確認もせず、東へと逃走する夕姫。リザベートは市街地に飛び込むと、建物を間を飛びまわりながら骸骨たちに刃を放つ。
敵は、それ以上の追撃は仕掛けては来なかった。或いは、別働隊の存在を恐れていたのかもしれない……
この奇襲により、敵は『パチンコ』と『投石器』を失い、更には、後方の戦力を砦戦に回すことが出来なくなった。
撃退士たちはその戦術目標を十分には果たせなかったが、パチンコの無力化に成功したことで、敵もまた前衛の突撃支援とバリゲードの破壊が容易には出来なくなった。
●
その日もまた日没と共に敵の方陣は引き上げた。
どうにかバリゲードを作り終えた第三分隊の面々は、休む間もなく城壁上の警戒任務に当たった。そんな彼等に神雷はお茶とチョコクッキーを配って回る。
休憩に入った純は、疲労し切った身体に食事を無理やり押し込むと、自室に帰って泥の様に眠った。鳴り響く目覚ましのアラーム。一回目が鳴り終わるより早くそれを止めた純は、用意していたナイトビジョンを手に取り、第三分隊と交代すべく、チルルや兵たちと共に再び壁上へと上がる……
「今は砦を維持するとしても…… 最終的には、機を見て放棄する方が良いかもしれんな」
予備隊として中庭に待機する中、フィオナは集まった皆を見てそう意見を述べた。
後ろ向きな理由からではない。彼女はそんな理由で後退しない。ただ、この砦に固執するよりは、退いて戦った方が効率が良い。そう考えたのだ。
「……外で撤退戦を、遅滞戦闘をやり続けるのは辛いわよ? ここは厳しくても守り抜くべきじゃないかしら」
「まぁ、守るものには分かりやすい形があった方が気力も湧くじゃろうしなぁ。場所に固執して人命が後回しになるのは下の下じゃが」
呟く夕姫とリザベート。
夕姫は思った。戦いとは心を圧し折るもの。絶対に弱みを気づかせず、何をしても無駄と感じさせ、撤退させる── 上手くやっているのは、敵か、味方か……
「なんにせよ、自分たちでどうにかして見せるしかないよ。多くの人たちの明日が掛かってる…… 負けられないよ」
励ます縁の言葉にも、だが、皆の反応は薄かった。
誰もが疲れ切っている。夕姫はここが正念場よ、と話を締めると、無線機に詰めたジョシュアに歩み寄った。
「こちらの状況、そして、この砦が抜かれた場合の状況予測も含めて、援軍要請の打診は続けて。あと、学園からも撃退庁に働きかけて貰えるように……」
ジョシュアは頷いた。今、相対している敵の情報と共に、学園に報告の連絡を入れる。
(ここは皆が必死に護ってきた場所。だからこそ護らないと。皆が帰って来られる、この場所を……!)
己の想いを、皆の想いを代弁するように、ジョシュアは学園に報告を入れ続けた。
「何か手伝える事は、ありませんか?」
「休んでろよ。回復役は8時間の休息を取ることが強制だろう」
城壁に上がってきたジョシュアに、純はぴしゃりとそう告げた。分かってはいるんですけどね、と苦笑するジョシュア。だが、何だか静か過ぎて眠れないのだ。
「……そう言えば、今日は夜中の嫌がらせがないね」
傍らで呟くチルル。普段なら夜中にも時々、炎岩人とかを放り投げてくるのだが。
「嫌な予感がする」
ジョシュアは純に声を掛けると、グルリと城壁を一回りしてみることにした。これまでの経過から、砦は西に戦力が集中している。
北側に来た時、ぴちゃり、と水音の様なものを聞いた気がして、ジョシュアは足を止めて下を見た。……何も見えない。純が隣りに並んでナイトビジョンで覗き込む。
光が増幅された視界の中に、壁に張り付き、多数の何かが蠢いていた。ぺたぺたと壁を這い上がって来るソレに「敵襲!」と警報を発し、純がジョシュアを脇に抱えて壁内へと飛び降りる。
直後、わらわらと城壁上へと上がって来た黒い敵は、蛙を直立歩行させた様な外観の人型のサーバントだった。闇に溶ける為か、その全身は黒一色。
それを迎撃するべく飛び起きて城壁上を北へと走ったチルルは…… ふと嫌な予感に捉われて背後を振り返った。
チルルの勘は当たった。蛙人はそちらからも壁上に上り始めていた。味方に伏せる様に叫んだ後、チルルが『封砲』で退路の敵を薙ぎ払う……
「なんだ、あれ!? とりあえず、味方じゃないよな?!」
食堂から飛び出してきた真一が、その異形のシルエットに突撃銃を撃ち捲る。今や、北側の壁上は蛙人に制圧されていた。高所の利を握っているのは敵だ。
壁上に並んだ蛙人が一斉に水弾を撃ち下ろし。駆けつけて来た第三分隊の何人かが撃たれて地に倒れる。
神雷は足を止めると、慌ててそちらへと駆けつけた。戦争の空気は楽しい。だが、人が傷ついては頂けない。こんなのは楽しくない。だから、小隊の皆様にも生き残ってもらわないと。
「お願いです。彼等を助けて!」
負傷者を連れてやって来た神雷に、ジョシュアは頷いて白炎を纏った。
(治してみせる……! 僕にはそれくらいしかできないから……!)
そして、『ソレ』が城壁上に現れた。全長3mにも達しようかという、触腕の先に鉤爪のついた巨大なヒトデ型サーバントだ。
それは城壁を乗り越えると、壁上の蛙人たちの支援を受けながら中庭へと降り立った。そして、多脚戦車よろしく周囲に水流と水弾をばら撒きながら進み来た。
無事、壁上の味方を下ろし終えたチルルが下へと戻り、藤堂に撤退を進言した。周囲を見回し、唇を噛み締める藤堂。最早、それしか手はないか……
「まだだ。まだ動ける! まだ俺は戦える!」
叫ぶ真一。ここを放棄すれば、後ろにいる多くの人々が危険に晒される。砦は落とさせない。そんなこと、させるわけにはいかない。
「逆境とは、乗り越えるもの。ならば、ここが踏ん張りどころだぜ!」
光纏、いや、変身して、ヒトデへと突っ込んでいく真一。
その光景を呆気にとられて見ていた夕姫は、苦笑と共に友人たちを振り返った。
「縁、陽花! そして、フィオナ、小梅、リザベート! まだ動けるようなら支援をお願い。……あのヒトデ、引っくり返してやるわ!」
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ヒトデを撃破したことで、蛙人たちの夜襲は終わった。その戦いまでをその日一日の戦果と見るなら、その収支は五分五分かやや敵が有利といったところだろう。
彼我共に損害多数。門扉は破壊されたものの、代わりとなるバリゲードは構築・維持できた。城壁は健在。蛙人の奇襲は衝撃ではあったが、流石にそれだけで砦は制圧できない……
多数の重傷者が発生したが、幸い、死亡した者はいなかった。これも拠点を維持している利点だろう。
列車が到着する時分を見越して、後送される重傷者たち。仲間たちとそれを見送りながら、「こんな戦いでも生き残れんだな……」と撃退士の異常性を弥が上にも自覚させられる。
戦力が半減した砦に、再び朝がやって来る。骸骨戦士の方陣もまた然り。
無力感が生む沈黙は、だが、すぐにざわつきに変わった。
負傷兵と入れ替わるように電車から出てきた人の集団は…… 東門から砦に入り、どうやら間に合ったようだ、と呟き、高らかに宣言した。
「久遠ヶ原学園・実務教師、松岡だ! これより、学園生徒24名と共に、笹原小隊に加勢する!」