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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/03/21


みんなの思い出



オープニング

 目覚まし時計の電子音に重い瞼をやっとこ開けて── 目に見えた寝室の光景に、久遠ヶ原学園高等部3年、榊勇斗は不思議な気持ちで小首を傾げた。
 生活観に乏しい、質素ないつもの自分の部屋── 身を起こして周囲を見回し、その事実を確認して…… ぼんやりとした頭で暫し佇み、ようやく自身が抱いていた違和感に気づいた。
「そうか、帰って来たんだな……」
 まだ冷ややかな早春の日の光を感じながら、勇斗は自嘲するように頭を掻いた。──ここは学園、マンション寮の自室。長期依頼を受け、派遣されていた前線の屯所の部屋ではない。長い間、留守にしていた為か、寝ぼけた頭でその事実に気づくのにまた随分と時間がかかってしまった。
「お兄ちゃ〜ん、朝だよ〜。起きる時間だよ〜。今日も良い天気だよ〜!」
 廊下をぱたぱたと歩く軽い音がして、ノックもなしに扉が開けられた。ドアの陰からひょっこりと顔を出す、中等部制服にエプロン姿の妹、悠奈。……それはどこか懐かしい、学園転入以来続くいつもの朝の光景だった。
「おはよう、悠奈」
「おはよー、お兄ちゃん。ご飯もう出来てるからね!」
 朝の挨拶を交わして、伸びをして。ベッドの上の布団を畳んでベランダへと運んでいく。キッチンから漂ってくる味噌汁の匂いを感じながらリビングを抜け、朝の寒さに身震いしながら、干した布団をはたきで叩く。
 着替えに部屋に戻る途中、台所の悠奈がなんだか楽しそうにこちらを見ていた。
「何?」
「いやー、お兄ちゃんがいるなぁ、って」
 なんだそりゃ、と微苦笑する勇斗にニコニコと笑う悠奈。勇斗は自室に戻るとスウェットから制服に着替えながら…… 暫しの沈黙の後、廊下の先、キッチンにいる悠奈に声を投げた。
「……すまないな、長い間、留守にして」
「んーん! 一人暮らしも楽しかったよ! 気楽で!」
 悠奈の返事が兄に気を使わせない為の嘘である事は分かっていた。学園への編入に際して始まった、息苦しい叔父夫婦の家を出ての、家族水入らずの二人暮らし── 妹を守る為の力を欲して戦場に出た。戦場に出て、天魔に虐げられるばかりの人々を目の当たりにして、彼等の為に戦う決意をした。悠奈もまた共に戦う事を望んだが、勇斗はそれを認めなかった。あの危険な戦場に、悠奈が出ることが怖かったのだ。
 結果、悠奈を一人にした。この広いマンション寮の一室でただ独り、戦場に出た兄を待ち続けさせた。
 そして、悠奈は兄を手助けできるだけの力を求めて、友人たちにも内緒で秋田の戦場に立ち── そこで、学園に入り込もうと学生に偽装していた天界の天使と出会った。
 勿論、最初、悠奈はその少年──藤代徹汰と名乗っていた──が『敵』である事は知らなかった。二回目の接触で他の撃退士たちが看破した。出会いの際、長時間、天使の少年と一緒にいたことが、撃退局の役人に一時、問題視され、悠奈は聴取を受けることになった。結局、接触が少なかった事もあって不問に処されたが、互いに悩みを語り明かした『友人』が『敵』であったという事実は悠奈の心を傷つけた。
 勇斗もまたつい先日、件の天使と顔を合わせた。ルディ──アルディエルと名乗ったその少年天使は、名を伏せた勇斗の前で、悠奈への執着を見せていた……
「……お兄ちゃん?」
 妹に声を掛けられ、勇斗はハッと顔を上げた。考え事をしている内に、いつの間にか食卓についていた。
 ……あの日、自分が『徹汰』と会った事を、勇斗は悠奈に話していなかった。意図して隠した訳ではないが、傷ついた悠奈の気持ちを考えるとおいそれと口に出すのは憚られた。
(詭弁だな)
 心中で嘆息する。天使の話題に関しては、悠奈と同様、自身も意図的にその話題を避けていた。いずれきちんと話をしなければならないのだろうが、まだお互いに踏ん切りがついていない。
「なんでもないよ。ちょっと考え事」
 勇斗は笑顔を作って首を振ると、小首を傾げる悠奈が並べた朝食のおかずに手を伸ばした。メニューは、温かいご飯に温かい味噌汁、牛乳にシンプルなハムエッグ。煮物として肉じゃがが添えられている。
 何の気なしにジャガイモを摘んで口へと運んで…… 直後、勇斗は驚愕に目を見開いた。
「……美味い」
「でしょ。青葉先生の料理研究会に通って、頑張っているんだから!」
 得意げにえっへんと胸を張る悠奈。妹が料理を始めたのは、寮での暮らしが始まった直後。訓練に、バイトにと頑張り過ぎる兄を少しでも助ける為に、家事の一切を代わって引き受ける為だった。学園に来る以前、叔父夫婦の家で家事の一切合切を手伝わされていた悠奈だったが、料理だけはした事がなかった。それがいつの間にかここまで上達をしているとは。
(これが松岡先生が言っていた『日々、これ成長』ってやつなのかな)
 妹の作った料理に舌鼓を打ちながら、勇斗は笑顔の妹を見てそんな事を考えていた。……そういえば、少し背も伸びただろうか? これまで、勇斗にとって悠奈は守るべき対象だった。だが、これからはもう子供扱いはできないかもしれない。
「……悠奈。今日の放課後、時間あるか?」
 料理を口に運びながら、のんびりとした口調で勇斗は言った。
「あるなら、一緒に松岡先生の訓練を受けにいかないか?」
 その一言に、悠奈は一瞬、きょとんとした顔をして…… 「えええええっ!?」と驚いて立ち上がった。驚きすぎて、椅子が後ろに倒れる程だった。

 体育教師・松岡を『教官』とする新人撃退士向けの自主訓練は、その通称を『松岡教室』と言い、先輩学生有志によって放課後に行われていた。
 訓練場となるのは、学園の片隅にある小グラウンドの一つで、松岡の監督の下、学生たちが自主的に訓練を行っている。勇斗も学園に編入した当初はここで自主訓練に明け暮れた。今、ここにいる訓練生の多くは、昨年の10〜11月に編入してきた新人たちだろうか。その光景は、勇斗が訓練をしていた時と変わらず、まだ1年程度しか経っていないのにどこか懐かしさを感じさせる。
「榊か。久しぶりだな。元気にやっているか?」
 挨拶に出向いた勇斗を、松岡は懐かしそうに勇斗を出迎えた。握手を交わしながら「今日はどうした」と用向きを聞く。
 勇斗は、自身の背後で固まった妹とその友人たち──悠奈に付き合ってやって来た級友の早河沙希と堂上加奈子──に視線をやり、彼女らと一緒に訓練する為、と説明した。
「なるほど。『訓練をつけてやる』のではなく、『共に訓練をする』のだな?」
 松岡は教え子の言い回しに気づくと、下顎を手で撫でた。悠奈たちは幾分か緊張気味だった。共に訓練をする── それは、勇斗が悠奈たちを(ある程度は)一人前になったと認めた事を意味していたからだ。
「そっ、それでっ、本日はどのような訓練を行うのでせうか、あにうえどのっ?!」
「散兵による分進合撃、敵地強襲制圧ですかっ?! それとも縦深防御における遅滞戦闘からの反転攻勢ですかっ!?」
 緊張しすぎて言動と描画(←?)がおかしくなる悠奈と沙希。それを加奈子が無表情に汗を飛ばしながら、二人の背中を(高速気味に)さすって落ち着かせようとする。
 そんな妹たちの様子に苦笑しながら、勇斗は松岡に向き直り、言った。
「強敵を相手にした時に、生きて撤収──逃げ延びる為の訓練を」


リプレイ本文

 強敵を相手に生きて逃げ延びる──
 勇斗から訓練の目的を聞かされた松岡は、思案の後、自主訓練中の学生たちを呼び集めた。
「龍崎! 桐原! 教導だ。お前たちが『強敵』役を務めろ。それから、志々乃! いい機会だ。お前も榊たち側で訓練に加われ」
 突然の指名に戸惑いつつも、了承する龍崎海(ja0565)と桐原 雅(ja1822)。海は、自主訓練では若いながらも教官補助も務めるベテランで、雅もまた実戦経験が豊富な撃退士だった。共に撃退士としての力は松岡にも匹敵する。
 一方、志々乃 千瀬(jb9168)は少し驚いたような顔をした。今年になって編入した新人だ。訓練目的で松岡教室に顔を出してみたのだが、まさかいきなり実戦形式の模擬戦に参加させられるなんて。
「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いしますっ!」
 共に訓練に参加する勇斗たちに、千瀬が勢いよく頭を下げて挨拶する。同じ世代(に見える)千瀬を、悠奈たちは温かく──というか、馴れ馴れしく出迎えた。私、高等部なんだけどなぁ、と思うも、言い出すタイミングは見出せない。
「訓練も久しぶりだねー。勇斗くんも悠奈ちゃんもよろしくだよ。皆で一緒の訓練は初めてだから、楽しみだね」
「逃げることは、攻めることより三倍難しいんだって。しっかり訓練しないとね!」
 そこへ加わる彩咲・陽花(jb1871)と葛城 縁(jb1826)。縁は可愛い後輩たちとの訓練にうきうきと楽しそうに心と身体を弾ませ。陽花はいつものように勇斗をギュッと抱き締めてもふもふしたいところだったが、悠奈たちの手前、我慢する。
「悠奈ちゃんと訓練、か…… 勇斗。『あの事』についてはちゃんと話し合ったんですか?」
 日下部 司(jb5638)が悠奈たちには聞こえぬよう、小声で勇斗にそう訊ねた。心配そうに振り返る竜見彩華(jb4626)。彩華は勇斗と共にルディと会った撃退士の一人であり、かの天使から悠奈への伝言を預かってきた立場でもある。
 司の問いに、勇斗は無言で頭を振った。
 兄が会った事を知れば、妹はまたそれを気に病むだろう。勿論、いずれはきちんと話し合わなければいけないのだろうが、今はまだ、『自分の』気持ちの整理がついていない……

「それじゃあ、強敵役を務めさせてもらうけど…… まず、俺単体の能力では、標準的な使徒に及ばないことを認識しておいてほしい」
 模擬戦を始めるに当たって、教官役を引き受けた海がまず勇斗たちにそう言った。
「──実戦で出会うことになる天使は更に強い。だから、数人がかりでやる」
 同じ『強敵』役として紹介された雅は、その海の傍らでクールに、凛とした佇まいで立ちながら…… その内心は不安に満ち満ちていた。
(言葉での指導は苦手だから強敵役を受けちゃったけど…… そもそもボク、人にものを教えるのが苦手だったんだよ……)
 心中で汗をかく雅。搦め手は苦手。出来ることは力押し。そんな自分が本当に役に立てるのか、ドキドキして仕方が無い。
 一方、千瀬もまたその鼓動を早くしながら、眼前に迫った模擬戦に不安な様子を見せていた。
「私でも、強くなれるのかなぁ……」
 それに気づいた司が、千瀬に深呼吸をするよう勧める。司は模擬戦には加わらず、松岡と共に叱咤激励役に回っていた。外から客観的に模擬戦を見て、気づいた事などを教え伝えるのが役割だ。
「大丈夫だよ! こんな私たちでもレベル二桁になれたんだし!」
「ここにいる強い皆さんだって、私たちの様によわよわな時もあったんだし」
 そう千瀬を励ます沙希と加奈子。こちらは少し浮かれているように見える。
「気を抜かない。……あの戦場を思い出して。実戦のつもりでやらないと」
 司に言われ、気を引き締め直して前へと向き直る悠奈たち。
 双方が配置につく。最初の訓練は比較的簡単な状況が想定された。スキルの使用はなし。グラウンド中央から端まで撤退すれば成功だ。
「そう言えば、縁や陽花を相手に模擬戦をしたことってなかったわね。……遠慮はしないわよ?」
 教官役として入った月影 夕姫(jb1569)が、対面にいる友人、縁と陽花に笑みを見せる。
 陽花は縁と顔を見交わせ、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「これは気が抜けないね…… 本番のつもりで全力でいかないと……!」
 そんな2人の後ろで、悠奈たち3人は千瀬と彩華を加えてなにやらごにょごにょと相談し…… やがて、状況開始のホイッスルがなると、前がかりになる勇斗や縁、陽花をよそに、一斉に全力移動で後ろへ逃げ出した。
「ええっ!? ちょっ、なにやってんの?!」
「なにって…… おにーさんたちこそなんで逃げないの?!」
 何を言っているんだ、とばかりに、沙希。むしろ、この状況で戦闘状態に入ることに何の意味があるというのか。
「はははっ、悠奈ちゃんたちの方が『とんち』は利くみたいだね」
「じゃあ、条件を追加しよう。スキル使用可。遭遇戦という想定で、最初の全力移動はなしで」
 司と海は顔を見合わせて笑うと、改めて訓練に条件を追加した。
 はーい、と返事をして戻ってくる悠奈たち。勇斗は微苦笑でそれを迎えた。
「悠奈」
「うん。次はちゃんとやる」
「いや、今のでいい。隙があったら、皆と一緒に全力で逃げろ」
 え? と聞き返す間もなく、再び状況開始の笛が鳴る。
「さて、まずは飛行して……っ!?」
 陰影の翼を展開しようとした海は、逆に前へと突っ込んできた勇斗の『シールドバッシュ』にスキルの発動を邪魔された。
「突出しすぎだ、勇斗! 味方と距離が開き過ぎてる!」
 すかさず戦場の外から注意を飛ばす司。縁は勇斗の動きを見て察した。──勇斗は、海を仮想天使としている。これは悠奈がアルディエルに狙われた時のことを想定した訓練だ。
「勇斗くんも強くなって、おねーさん、嬉しいやら寂しいやらだけど……!」
 馬竜──スレイプニルを召喚しながら、陽花は呟いた。……でも、これは流石に無茶しすぎだ。まるで昔に戻ったかのよう。それとも、何かしらの意図があるのだろうか……?
「まずは飛行をさせない、か。それはいいけど、その後の離脱のこともちゃんと考えているかな?」
 眼前に迫る勇斗に言いながら、、一歩大きく退く海。そこへ入れ替わるように雅が突っ込み、勇斗の正面へと躍り出る。
(役に立つとか立たないとか考えるのはやめた。……こうなったらやるしかないよね。うん、全力で行くよ)
 前進を阻む強打から、続けての素早い連撃── 落ちかかってくる鉤爪を盾で受けようとした勇斗は、だが、次の瞬間、横薙ぎに腹を打たれた。体勢を崩した勇斗の前でクルリと雅が放つ後ろ回し蹴り。その烈風の如き蹴りに勇斗が大きく弾かれる。
「お兄ちゃん!?」
 突出した勇斗を見て慌てて前に出る悠奈。そこへ、横合いから5つの光弾が立て続けに撃ち放たれた。夕姫だ。退路を遮断すべく横へと回り込みながら、中後衛に向けて支援妨害の牽制射を放ったのだ。
「退路を断ちに来た!? ああっ、でも、おにーさんもフォローしなきゃ……」
「前と後ろ、どっちから…… わ、私も前に出た方が良いですか?」
 挟撃に迷いを見せる沙希。千瀬もまたきょろきょろと周囲を見回し、味方の動きを確認しようとする。そこへ夕姫は走りながら光弾を立て続けに連射した。元より命中は期待していない。それでも、彼女らの思考を乱し、混乱させ続ける効果はある。
「みんな、落ち着いて! 全体を見て、早め早めの行動を心がけて!」
 散弾銃をジャコンと構えて叫びながら、夕姫に向けて牽制射を放つ縁。勇斗を支援すべく前に出る悠奈と陽花の頭上を、翼を広げた海が飛び過ぎて行く。
「相手が天魔となれば、飛行にも対応できないとね。それに……」
 相手がこちらを見上げるのを確認して、『星の輝き』で閃光を発する海。皆が目を背ける中、ペイント弾代わりに手にしたカラーボールを振り被る。
「それに、相手の方が射程が長いことだってある!」
 後衛、物理防御の弱い加奈子に向け投げ下ろされるカラーボール。目を眩まされた加奈子にそれを避ける術はなく…… だが、それが当たる直前、何か巨大なものが間に割り込み、カラーボールを受け止めた。
 それは蒼銀竜──彩華が召喚したティアマットだった。巨竜はその身を盾にして射線を塞ぐと、咆哮を上げて威嚇する。
「皆、後退を! あの子ならどこからでも還れますから大丈夫です! でも、ダメージは受けちゃうから、悠奈ちゃん、回復だけお願い!」
 彩華に呼び止められて、一瞬、兄との間で逡巡する悠奈。そこへ司が特定の人にだけ注意を向けぬよう助言を飛ばす。
 悠奈は意を決して踵を返すと、彩華の所まで後退した。雅の連撃を喰らい、ダウンした勇斗は、馬竜がその襟首を咥えて後退させた。盾を構えた陽花と悠奈を殿に、ずるずると戦場を離脱していく……

 3回目の模擬戦で、『強敵』たちはその行動を変えてみせた。
 飛行せず、槍を手に突っ込んでいく海。それを迎え撃った勇斗は、だが、その間に、雅に横を突破された。慌ててそれを追おうとする勇斗の周囲に着弾する夕姫の光弾。動きを封じられた勇斗の足を、海が槍をクルリと回して払ってみせる。
「逃げるのを防ぐ為に足狙いもあるだろう。勿論、逆にこちらの足を狙うのもありだ」
 追撃の穂先を払い、飛び起きる勇斗。顔を上げた勇斗は、目を見開いて硬直した。いつの間にか、夕姫が眼前に肉薄していたからだ。
 それは夕姫がこれまでに見せた事の無い動きだった。反射的に振るわれた勇斗の攻撃を受け弾き、勇斗の胸にポンと手を当て、零距離から光の一撃を叩き込む。
「接近戦はしないと思ってた? ……相手は天使。予想外の動きにも対処できるようにしておかないとダメよ」
 気絶判定を喰らい、しゃがみ込む勇斗。それを救出に来た悠奈と彩華は、海によって放たれた幻影の鎖によって束縛された。
「……わざわざ倒さなくとも、動きを封じられれば守るのも逃げるのも難しくなるよ」
 助言しながら石突を地につけ、顔を上げる海。その視線の先では雅が立ち塞がる馬竜を吹き飛ばし…… 『薙ぎ払い』から『黄昏』のコンボで沙希を轟沈。そのまま目にも留まらぬラッシュで千瀬と加奈子へ突っ込んだ。


「どうです? 怪我はないですか?」
 休憩時── 疲れて倒れ伏した沙希と加奈子に、飲み物を差し出しながら海が尋ねた。その優しさに驚く二人を見て苦笑する海。訓練では情け容赦なく彼女らを追い詰めた海も、普段はむしろ年下を気にかける性質だ。
 悠奈に怪我の有無を尋ねられた千瀬は、大丈夫だと返事をしつつ…… 逡巡しながらも意を決し、手伝いを申し出た。うん、二人で回ろ、と笑顔で頷く悠奈。その間、夕姫と縁がシートにお弁当を広げていく。
「自分が犠牲にって考えは捨てなさい。どうすれば全員で帰れるか、それを考えるの」
 夕姫が勇斗に告げると、司と彩華も頷いた。
「真っ先に倒れて私と悠奈ちゃんに運ばせるとか…… か弱い女の子! 普通、逆でしょう、こーいう時は!」
 どこか不機嫌に怒ってみせる彩華に、面目ないと謝る勇斗。自分を大切に出来ない人が、誰かを守るなんて出来るはずが無いからね── 弁当を差し出しながら、縁が落ち込む勇斗に微笑みかける。
「自分より強い敵の相手をする時は、自分が最も得意とする状況へ持ち込むことが重要よ。装備、持ち物、彼我の状態、地形等の周囲の状況…… あらゆるものを使って自分のペースに持ち込まないと」
 夕姫の言葉に考え込む千瀬。雅は小さく身じろぎした。──やっぱり言葉で伝えるのは苦手だ。模擬戦闘の内容からこちらの意図を汲み取ってくれれば良いのだけれど……
「お菓子褒められるのは嬉しいけど…… やっぱり料理も食べて貰いたいんだよー……」
 自身が作った『殺人級』のお弁当を持って来た陽花は、だが、やはり縁と夕姫によって阻まれた。
「味方を行動不能にしてどうするのよ」
 ぴしゃりと告げる夕姫。でも、せっかく作ったのにもったいないですね、と司がフォローの言葉を発し…… それを聞き、顔を見合わせた夕姫と縁がポンと手を叩く。
「じゃあ、司くん。これ食べよう」
「え」
 1分後── 脂汗と共に陽花の弁当を呑み込み、倒れ伏した司に、手を合わせた後、夕姫と縁は言った。
「じゃあ、次の訓練は、戦闘開始時に搬送が必要な重傷者がいるという設定で」
「ひどい! なんかもう色んな意味でひどいんだよ!」

 その後も様々に状況を変えて撤収戦がシミュレートされた。
 勇斗はその後も殿に立ち続け、その度に強敵役に突破された。その度に、悠奈は勇斗を見捨てる選択はしなかった。
 司はもう何も言わなくなっていた。胃の調子が悪いこともあるが…… 勇斗が何らかの意図をもって行動を繰り返していると感じたからだ。
 足止めと遅滞。その間隙を縫って迫る追撃。千瀬はキュッと唇を噛み締めると、舞い散る雪の結晶の如きアウルをその身に曳きながら、追いかけてくる『強敵』の進路の前へ両手を広げて飛び出した。その突然の行動に思わずたたらを踏む雅と海。目に涙を浮かべた千瀬がその笑みを引きつらせ、後、『大逃走』で脱兎の如く一気に後ろへ走り去る……
「わ、私にだって、これくらい!」
 激しく呼吸を繰り返しながら、呟く千瀬。無事、逃げ延びた沙希と加奈子とハイタッチを交わし合う……

「初めての共同訓練、どうだった? 今は出来なくても、少しずつやれるように頑張っていきましょう」
 訓練終了後── 着替えを終えて集まった悠奈たちに、夕姫はそう言葉を掛けた。『強敵』相手に散々蹴散らされた彼女らは、むしろすがすがしさすら感じてもいる。
 寮への帰り道── 陽花は沙希たちと別れた悠奈に歩み寄ると、勇斗を振り返った。頷く勇斗に意を決し…… 先日、秋田で『徹汰』──アルディエルと遭遇したことを悠奈に告げる。
「……敵、って何なんだろう」
 天使からの伝言を悠奈に伝えて、彩華は夕焼けに呟いた。
 話し合って分かり合えるなら、そうしたい。でも、天使が普通の人たちを資源としてしか見ていないなら、守る為に戦うしかない。
「悲しいけど、大多数の天使はそうだから…… もし、彼が学園にきてくれれば心強いんだけどね」
 頭を振って呟く彩華の言葉に、うつむいていた悠奈は弾かれたように顔を上げた。
「そうだよ、彩華ちゃん! それだよ! そうすれば徹汰くんと戦わなくて済むよ!」
 目標を見つけ、それまでの落ち込みようが嘘の様に表情を輝かせる悠奈。縁はびっくりしながらも…… 苦笑混じりに、励ました。
「そうだね。一度繋がった縁というものは、きっと簡単には切れないものだから」

「今日の訓練ではっきりした。……俺ひとりでは悠奈を守れない。そして、俺がいる限り、悠奈は戦場から離脱しない」
 その悠奈たちの後方。司と並んで歩きながら── 何かの覚悟を決めたように呟く勇斗。
 そんな勇斗の背中を、司は無言でポンと叩いた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド
友と共に道を探す・
志々乃 千瀬(jb9168)

大学部4年322組 女 陰陽師