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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/02/26


みんなの思い出



オープニング

 その日も学園の1日が終わり、人気のなかった体育準備室に大勢の体育教師たちが戻ってきた。
 体育準備室は、放課後の活動を終えたこの時間に人が集まる傾向がある。体育教師の多くが運動部の顧問をしているからだ。
 シャワーを浴び、着替えを済ませ、明日行う授業に関する諸々の準備を整える。一般の学校とは異なり、久遠ヶ原学園では撃退士として戦闘に準じた授業を行う事もある。万が一にも事故が起きぬよう、特に気を配って準備に当たる。
「お疲れ様で〜す! 今日も実習の料理が余ったんで、紅茶と一緒に差し入れですよ〜♪」
 お盆に料理を乗せたまま、お行儀悪く足で扉を開けたのは、体育教師ながら料理研究会の顧問を務める安原青葉(だった。ジャージの上に大きめの白衣、ポニーテールに縁眼鏡── 小柄で童顔であることを気にしているトランジスタグラマな彼女は、制度改革後の学園に最初に入学・卒業を果たした世代であり、この体育準備室ではマスコット的な扱いをされている。
「おお、安原先生の差し入れですか。これはありがたい(アレ以外は)」
「青葉ちゃんとこの料理研究会の料理は美味しいですからなぁ(アレ以外は)」
 青葉の呼びかけに作業の手を止め、集まってくる教師たち。青葉は時々、数を多めに調理しては、それを余ったものとして、腹をすかせた同僚たちに差し入れていた。
 青葉が作る料理は同僚たちにも好評だった。──あるジャンルを除いては。
「今日はアップルパイとタルトです。紅茶はローズヒップティーしか用意できませんでしたが……」
 それを聞いた瞬間、近づいていた教師たちの動きがピタリと止まった。脂汗を噴き出しながら、互いにその視線を交わす。
 青葉の料理は概ね好評ではあるのだが…… ことスイーツ──特に菓子類──に関しては、とてもじゃないが食べられたものではなかった。あれだけ美味い料理を作る青葉が、なぜか菓子類を作る時だけ、その味付けが超絶に甘くなってしまうのだ。その『破壊力』は、一つで脂汗、二つで悶絶、三つ目で『気を失う』レベルだと言われている。
 台に乗って机の上にお盆を置いた青葉が、教師たちの様子に気付いて小首を傾げた。机に座っていた教師が慌てて立ち上がり、硬直した同僚たちに助け舟を出す。
「ああっ、そう言えば、今日、この後、皆で焼肉を食べに行こうって話になっていたんですよ! 食べ放題なんで、なるべくおなかを空かせておかないと!」
「そっ、そうでしたな! そうだったそうだった! 安原先生、申し訳ないが今日の所は…… 安原先生もどうですか、焼肉!」
「いえ、私は料理研究会でお腹に入れてきちゃったので……」
「そーかあ! それは残念だなあ!」
 心底、申し訳なさそうに何度も頭を下げながら、そそくさと片づけを終え、部屋を出て行く同僚たち。ぽつんと一人残った青葉は、トレイの上の菓子を見やって、「太っちゃうなぁ……」と頭を掻く……
「ん? なんだ、青葉じゃないか。どうしたんだ、一人で。皆は?」
「あ、松岡先生」
 と、そこへ、遅れて体育準備室に帰って来た同僚、松岡が、青葉に気付いて声をかけた。
 青葉にとって松岡は、実務教師の同僚であると同時に、学生時代の恩師でもあった。松岡にとっては最初に持った教え子であると同時に、自分と同じレベルにまで到達した自慢の可愛い後輩でもある。
「先生たちは焼肉に行くそうで、皆、帰られました。私はこれを処理しなければいけなかったので……」
 あはは…… と頭を掻く青葉。松岡は無言で青葉に歩み寄ると、トレイのアップルパイ2つを掴み、大きな口でそれを丸ごと頬張った。
「……うん。青葉の作るデザートはいつも美味いな。俺はどうも普通の菓子は物足りなくてなぁ」
「ですよねー」
 そのまま実務に関して話を交わしながら、二人でパイとタルトを完食する松岡と青葉。冷めた何杯もの紅茶を最後に飲み干し…… 松岡はジャケットを手に取って立ち上がりながら、青葉に声をかけた。
「だいぶ腹に溜まったな…… いつもの居酒屋で酒飲みながらつつくか?」
「はい! お供します!」
 松岡の言葉に笑顔で応じた青葉は、そのまま松岡の背について行きかけて…… ふと自分の格好に気付くと赤面し、着替えが済むまで待っててください、と慌てて更衣室へと飛び込んだ。


「バレンタインディも近づいてきたことだし…… 今日は何かチョコレート菓子でも作りましょうか」
 その次の料理研究会。とある理科実験室(料理研究会、部室)──
 台座に乗って教壇に立った青葉のその言葉に、研究会に属する学生たち──多数の女子学生と少数の男子学生からなる──から歓声と悲鳴が同時に上がった。歓声を上げたのは、バレンタインディにチョコレートを上げる彼氏がいるか、またはあげる片思いの相手がいる学生たちだ。悲鳴を上げたのは、チョコを上げる相手がいないか…… もしくは、去年の『惨劇』を知っているものだ。去年のバレンタインディでは、青葉が学生たちに自分用の誤ったレシピを渡してしまい、大量に作られた殺人級極甘チョコケーキの処理に苦労する羽目になった。
「大丈夫。今年はちゃんと普通のレシピを用意したから……」
 苦笑しながら台を下り、冷蔵庫を開ける青葉。そこで「ん?」と青葉は硬直した。冷蔵庫の中に届けられているはずの、チョコレートの包みがそこにはなかった。
 青葉はすぐに冷蔵庫を閉めると、携帯を取り出して集配所に確認の電話を入れた。担当者の話では、今朝、青葉の使いを名乗る学生が「予定より早く荷物が必要になった」と受け取りに来たらしい。書類も正規なものであった為、受け渡したとのことだった。
「他に同様の被害は…… ないのね? そう、わかったわ」
 青葉は電話を切ると、書類を入れっぱなしにしていた引き出しを開け、確かに書類の一部がなくなっている事を確認した。
(まさか、こんな事をする人間がいるなんて……)
 青葉は指の背を口に当てた。このような事態が起こり得ると、考えもしなかった自分の想定が甘かったというのだろうか。
「先生、まさか、これは『あの一団』の仕業では……?」
 生徒の一人が自らの考えを口にした。この学園には、バレンタイン等のイベントにおいて、カップルや恋人未満の男女の暖かな(ともすれば熱い)雰囲気をぶち壊し、叩き潰す事に情熱を傾ける一団が、ある一定以上の勢力で存在する。
「皆、情報の収集を。あれだけでかい包みを持って走っていれば、相当に目立つはず」
 チョコ作りに情熱を持つ学生たちは、青葉のその言葉に各所へ散った。普段、エプロンをつけてニコニコと笑顔で料理をしている女学生(と一部男子)たちも、皆、撃退士である。日が傾きかけるまでには情報を持ち帰っていた。
「依頼が出ていました。学内で発生した危険物資を学園ゲートの放棄区域へ捨ててくるという依頼です」
 女学生の一人が、写メで撮って来た依頼の資料を青葉に示す。そこには搬送する依頼物として、青葉が注文した特大のチョコレートの包みの写真が資料として添付されていた。
 青葉がスッと顔を上げると、学生たちは無言で頷いた。
「……では、追いかけて、取り戻すとしましょうか。私たちのチョコ作りを邪魔する連中に…… 食べ物を粗末にする輩に、相応の報いを」


リプレイ本文

 ばれんたいんは怖い日です── はぐれ悪魔、牛図(jb3275)は思った。
 事前に聞いた話では、その日は美味しいチョコを食べる幸せな日── だが、自分で買いにいったチョコ売り場(←この時点で色々間違い)は殺気だった女の人たちが怖くて一つも買えず…… ならば自分で作って食べよう、と参加した料理研究会では、材料のチョコが丸ごと消えていた。
(噂の『バレンタインが嬉しくない人たち』の仕業でしょうか……?)
 ばれんたいんは怖い日です── 牛図はその背を丸めてしょんぼりした。だが、周りの女生徒たちは諦めない。エプロン姿の女生徒たちが、無言で一人、また一人と立ち上がる。
「せっかく気合入れてチョコ作ろうと思ったらご覧の有様だよ!」
 エプロンを取り外しながら笑う彩咲・陽花(jb1871)。だが、その身から立ち昇る黒いオーラ(注:巫女さんです)は陽炎の如く揺れ。その手に握り締めたエプロンはむぎゅぎゅぎゅぎゅ、と音を立てる。
「食べ物を捨てるって…… チョコ作りを邪魔する為だけに、そんなことまでするなんて……!」
 斡旋所の依頼内容を聞いた葛城 縁(jb1826)はその手をテーブルに叩きつけた。「食べ物を粗末にしてはならない」、「人の物を盗ってはいけない」── 縁は小さい頃から母親にそう躾けられてきた。まさかその両方を犯す者がいようとは!
「許せない…… 許せないんだよ! 絶対に犯人を捕まえるよ! 牛図君!」
「ふぁっ!?」
 仕方無くチョココロネを食べようとしていた牛図を捕まえ、教室を飛び出す縁。殺気だった女生徒たちが後に続く。
「理想は放棄区域へ入る前に確保することね。ダメでも迅速に確保しないと…… 冬場だから保つとは思うけど、戦闘でダメになったらシャレにならないわ」
 その中にあって、月影 夕姫(jb1569)は比較的冷静であるように見えた。ホッとして近づいた牛図は、だが、「ふざけた事をしてくれた人たちには、お仕置きをしないとね。ウフフ」とか呟いているのを聞いて、その身の震えを大きくする。
「そうだ! 『狩り』に人手は多い方がいいよね!」
 校舎外に出たところで後輩の御剣 真砂(jb6473)を見かけた縁は、パック飲料を飲みながら歩いていた真砂の両肩をがっしと掴んだ。
 思わずストローから唇を離し、内心、その近さにたじろぎながら…… それでも数少ない『識別可能な個人』である縁の事情説明に耳を傾ける。
「チョコ…… 捨てる……? なぜ……?」
 最初に心に浮かんだのは、情動ではなく疑問だった。──チョコを作らせないことが目的ならば、寮なり、クラブ棟なり、学内に隠せば済む話だ。なぜ、わざわざ放棄区域まで行って捨てるのか……?
「お願い、真砂ちゃん! 後で美味しいものを食べさせてあげるから!」
 手を合わせて拝む縁の言葉に、真砂はコクリと頷いた。──泥棒の思惑は分からないけど、とりあえず捕まえてしまえばいい。捕まえれば美味しいものが食べられる。大事なのはその一点だ。
「よーし! みんな! もったいないオバケが出る前に、何としても取り返すんだよー!」
 ありがとう! と真砂をむぎゅっと抱き締め、縁が皆に檄を飛ばす。
 それに応える人の数は、それぞれが出会った知り合いに協力を求めた結果、雪だるま式に増えていた。
「……これだけいれば、広範囲に捜索できるわね」
「……ふふふ、絶対に見つけ出してやるんだから」
 天を衝くウォークライの中、小さく笑みを浮かべる夕姫と陽花。
 ばれんたいんは怖い日です── 小さく背を丸めた牛図の震えは止まらなかった。


 『学内にて発生した危険物を放棄区域まで捨てに行く』── 斡旋所で依頼を受けた神凪 宗(ja0435)は、指定された時間と場所に件の荷を受け取った。
 共に行く同僚は2人。一人は制服姿の御堂島流紗(jb3866)。もう一人は目深にフードを被ったマント姿の女生徒(=遠石 一千風(jb3845))だった。どこかのんびりとした印象の流紗とは対照的にソワソワと落ち着かず、いかにも怪しげでワケありな雰囲気だ。
(彼女が依頼人だろうか……?)
 『荷』を分けた大型バッグを手渡したのは彼女である。もっとも、流紗に下から覗き込まれて慌てて仰け反る様を見れば、そう大それた事を企んでいるとも思えないが……
「えっと、よく分からないけど、この荷物を廃棄ゲートに捨ててくればいいのですね?」
「え? ええ。き、危険物らしいから、中は開けない方が良いかも……」
 荷を持ち上げたり、振ったりしながら、マントの女に尋ねる流紗。今にもバッグを開けかねない勢いで荷に興味を持つ流紗に、マントの女が慌てて答える。
「危険物…… 私の推理では、きっと、甘すぎて狂気、もとい、凶器化したお菓子とか、そういう類の物に違いないですぅ。でもって、このお菓子を使って世界征服とかを企んでいる悪の秘密結社から追っ手もかけられていて…… ……大変です。世界の平和とまったりがいつの間にか私たちの双肩にかかってしまいました。これはもう頑張るしかないのです」
 流紗の素っ頓狂な推理に微笑む宗。なぜかマントの女は汗をダラダラ流していたりするけれど。
「荷の中身を詮索するつもりはないが、一つだけ確認させてくれ。……この依頼は、他の誰かに対する嫌がらせの類ではないのだな?」
 真剣な顔で訊ねる宗にマントの女は一瞬、たじろぎ…… だが、フードの奥に覚悟の眼差しを光らせ、断固として頷いた。
「これは大勢の人を助ける行為よ。バレンタインと言う名の、あの悪夢の様な出来事から……」

 3人は放棄区域に入り、旧校舎群の中を歩み始めた。途中、現れる雑魚敵を宗が『影手裏剣・烈』で掃討しつつ、それぞれにそれぞれの表情で、無言で奥へと進んでいく。
 次第に強くなっていく敵を慎重に迂回しながら…… 一時間以上歩いた所で最初の大休止を取った。瓦礫の壁に背を預けて目を瞑る宗。マントの女は気ぜわしげに周囲を見回し、『敵』の不在にホッとする。
「とっても良い天気ですぅ。今日はお空もふわふわ日和。悪魔さんも気持ち良さそうです」
 流紗は大きく伸びをすると、広い蒼空を見上げて言った。パチリと目を開く宗。マントの女が慌てて腰を浮かし、流紗の視線の先を追う。

「目標と思しき学生たちを発見しました。数は3。例の写真にあった大きな荷物を背負っています」
 パタパタと空を飛びながら流紗たちを見下ろして── 牛図はその座標を索敵全班へと報告した。
 見つかった事に気づいたのか、すぐに移動を開始する3人。……うん。目標に間違いない。天使の女の子がこちらに手を振ったりするのを見ると、確信もちょっぴり揺らぐけど。
「出現する敵が強くなってきている…… これ以上、奥に行かれる前に捕まえないと!」
 一方、地上の索敵班── 牛図の発見報告を受け、縁が発見座標を叫ぶ。
 陽花は馬竜──スレイプニルを召喚すると、すぐにその背に飛び乗った。
「行くよ、スレイプニル! 逃げている人を全力で追い越すんだよ! なにがなんでも追い越すんだよ! ……追い越せなかったら分かっているよね?」
 黒いオーラをたゆたわせる召喚主にその身を震わせて、馬竜が『追加移動』で一気に宙へと駆け上がる。
 その馬竜が傍らの旧校舎棟上を追い抜いていくのを見て、走りながら宗は眉根を寄せた。このままでは先に回り込まれる。まさか、本当に追っ手がかかっていたとは……!
「遮蔽物を使ってやり過ごせない?」
「無理だ。追っ手に飛行者がいる」
 宗の返事にマントの女は唇を噛むと、背後の流紗を振り返った。
「あなたけでも、先に」
「りょーかいです!」
 返事と共に『光の翼』を展開し、地を蹴り飛翔する流紗。そのまま最高高度まで上昇し、速度を殺さずインメルマン。お日様を全身に感じながら舞う様に翼を翻し、その進路を変幻自在に変更しつつ、その場から離脱を図る。
 それを追う牛図は、飛ぶことが苦手だった。その飛行は出鱈目で、『デッキブラシに乗った魔女』の如く、上下左右、まるで鼠花火の様に宙を跳ね回る。
「ブ、ブレーキ……」
「わきゃあ!」
 空中で交差し、クルクルと回りながら地面へ墜落する牛図と流紗。物凄い勢いで地を転がった2人はそのまま壁に激突したが……うん。コメディだし、きっと大丈夫だ。
 マントの女は焦燥の表情を浮かべると、敢えて腐外兵の群れが屯する十字路に突っ込んだ。追っ手の足止めに使う為だ。のそりと動き出す敵の群れ──その只中をギリギリで駆け抜ける。
 だが……
「邪魔よっ!」
 追って来た夕姫とか女学生の群れは、その身に漲る怒りとか、乙女パワーとか、そんなコメディちっくな力で腐骸兵の群れを一蹴した。そんな、出鱈目な! と叫ぶマントの女。そんな彼女に宗が自分の荷物を投げ預ける。
「行け」
 と告げ、殿に残る宗。いつの間にか、追っ手はすぐ背後にまで迫っていた。その様はもうある意味ホラーだ。
「それは私たちの(バレンタインの)計画に欠かせないもの…… 抵抗するなら(青葉先生のおしおき的に)容赦しないわよ!」
「ふふふふふっ。大人しくそれを返してくれないかな? そうすれば手荒な真似はしないから。うん、きっと。多分。もしかしたら」
 夕姫と陽花の降伏勧告。またそんな誤解されそうな言い回しを! とツッコむ縁の横を、真砂がツツッと前に出る。その手にはアウルの雷刃。それを見た宗が目を細める。
「『サンダーブレード』。『麻痺』狙いか」
「……速い」
 振るわれた雷刃を後ろへ跳び避けた宗がその足をタンッと鳴らし、アウルの『畳』を『返し』て真砂との間に壁を作る。不意打ちを警戒してたたらを踏む真砂。その隙に宗は踵を返して距離を取り……
 その直後、轟音と共に背後の『畳』に開く大穴。その向こうには大型ライフルを構えた夕姫の姿──
「抵抗しないで。当たっちゃうでしょ!」
 構わず牽制の第2射を放つ夕姫。宗は全力で逃げながら、マントの女に追いつき、叫ぶ。
「おいっ! 大型ライフルで撃たれたぞっ!? いったい俺は何を運ばされているんだ!」
 返事はなく、代わりにマントの女の足が止まった。道の先に、馬竜に跨った陽花が立ち塞がっている。
「もう逃がさないんだよ!」
 叫ぶ陽花が気づく違和感。宗とマントの女の視線は、自分ではなく背後に向いている。
 そっと振り返る陽花。そこに、見上げる程に巨大な天魔がいた。何本もの蔦を振るう巨大なバラ──その中心に、ぬいぐるみの様に頭身の低い、狼だか犬の上半身が突き出している。
「あれはディアボロ『地獄の薔薇狼』。別名を『チョコイーター』。その口の奥に煮えたぎる溶鉱炉はこの世のあらゆるチョコを溶かしつくすと言う」
「そんな都合の良い敵がっ!?」
 いつの間にか解説し出した教師・青葉にツッコミを入れつつ、縁は目の前の逃走犯たちに共闘を申し入れた。
 頷き、大鎌を展開する宗。マントの女は…… 手にしたチョコ入りのバッグを薔薇狼へとぶん投げた。
「あーっ!?」
 驚愕する皆の悲鳴。犬にチョコとタマネギを投げ与えてはいけません(違
 大口を開けてあーんする薔薇狼。小天使の翼で飛びだした夕姫が、寸前でバッグ2つを掴み。『食事』の邪魔をされた薔薇狼はなんじゃワレと夕姫を見下ろし…… 直後、きゅぴ〜んと目を光らせた多数の女学生たちに囲まれている事に気がついた。
「消えなさい!」
 直後、フルボッコにされて涙目で退散する薔薇狼。夕姫はバッグを抱えたままゆっくりと立ち上がると……
「さぁ、O・HA・NA・SHI、しましょうか」
 とマントの女に笑いかけた。


「人の物を盗るのは犯罪だよ! ましてや食べ物をだなんて!」
 正座をさせられた3人を前に、ぷんすかと怒る縁。宗と流紗の二人は、この時、初めて、自分たちが運んでいたのがチョコだったと知った。
「はぅ…… とっても大事なものを、私は捨ててしまうところだったのですね……」
「知らなかったとは言え、申し訳ないことをした」
 バレンタインについて説明を受け、素直に頭を下げる流紗。事情を知った宗も謝罪し、マントの女を振り返る。この依頼は人助け──彼女はそう言っていたのだが。
「なぜこんな事を……? やっぱり貴女も、嫉妬に怒り狂ったあの一団の……?」
「私はそんな残念な人間じゃないわよ!」
 思わず大声で反論するマントの女。その拍子にフードが後ろに落ちる。
 その顔を見て女生徒たちは騒然とした。マントの女の正体は遠石一千風。同じ料理研究会に属する者だった。
「遠石さん、なんで……」
「忘れたの!? 去年のバレンタインのあの悲劇を! 一般生徒にまでバラ撒かれたあの破壊的な甘味の地獄を!」
 魂を振り絞るような一千風の叫びに、会の女生徒たちは「あー……」と納得したような声を洩らした。
「あのチョコのせいで、一日中、何を食べても甘さしか感じなくて…… ご飯もお味噌汁もよ!? またあんな悲劇を起こすわけにはいかないっ。その為なら、私は……っ!」
 言葉を詰まらせ、落涙する一千風。女生徒たちは戸惑った。その動機にはある程度…… いや、全面的に共感できてしまう。
 そんな一千風の傍らにしゃがみ込むと、青葉は一千風に頭を下げた。
「あー、去年はゴメンね? 手違いであんな事になっちゃって…… でも、今年はちゃんと普通のチョコだから」
 言われて、一千風は周囲の皆を振り返った。頷く女生徒たち。それじゃあ、いったい、私は何の為に…… と一千風が落ち込む。
「うん。理由が理由だし、私に責める資格はないわね。……でも、けじめはつけなきゃいけないし。分かるよね? 今回の一件を仕組んだ黒幕を話して。さもないと……」
 一千風の肩をポンと叩いて、青葉が取り出す水羊羹。それを見た一千風は顔面を蒼白にし、涙目でふるふると首を振った……

 翌日。理科実験室──
 研究会の皆々は、取り戻したチョコを使ってそれぞれに調理を開始した。
 こっそりと本命のチョコを作る陽花。夕姫や縁が作った菓子類を口に運んだ真砂が一瞬、「ふぉっ!?」と叫び、無言で表情を変えぬままフォークを持つ手を加速する。
 去年のレシピで作った獄甘スイーツを自ら望んで食した流紗は、椅子の上で悶絶しながら…… その甘い美味しさに一人、幸せそうに微笑んでいる……

「差し入れデース。今度は普通のチョコケーキですよ〜」
 一方、体育準備室──
 青葉の持って来た差し入れに舌鼓を打った体育教師たちは…… 完食した瞬間、胃から湧き上がって来る地獄の甘味に倒れ込んだ。
「時間差、だと……?」
 慄き、気を失う体育教師。「おしおきですから」と青葉が笑う。
「お、青葉じゃないか。なんだなんだ、皆はどうしたんだ?」
「間違って『甘い』お菓子を出しちゃいました。申し訳ないことです」
 シレッと答える青葉に小首を傾げ、松岡はいつものようにケーキを頬張り……
 食べる松岡の横顔を見つめて、青葉はにこにこと微笑んだ。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
でっかいひと・
牛図(jb3275)

高等部3年4組 男 陰陽師
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅
ドォルと共にハロウィンを・
御堂島流紗(jb3866)

大学部2年31組 女 陰陽師
撃退士・
御剣 真砂(jb6473)

大学部4年89組 女 アカシックレコーダー:タイプA