「……状況を開始する前に、ひとつぬしに訊ねたい事があるのじゃが」
奇襲敢行の少し前──
クワガタ3匹が進む道路を見下ろす山の斜面で、木々の陰に隠れたイーリス・ドラグニール(
jb2487)は、悪友のリザベート・ザヴィアー(
jb5765)に無線機越しに囁きかけた。
イーリスの輪かんじきには、いつの間にかリザベートの手によって白色のフリルとレースの装飾が施されていた。藤堂もまた自らの雪上装具を見やり「あ」と小さく声を上げる。
「気付いたか? 女子たるもの、いつでもおしゃれと遊び心を忘れてはいかんのじゃよ」
これでもゴスの象徴たる黒は目立つので自重したのじゃ、としれっとした顔で言うリザベート。冬季迷彩に個性はいらん、と頭を抱えるイーリスに、リザベートは笑みを含んだ。──なに、これ位は可愛いものじゃろ。上には上がいるではないか──
「変身! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁーっ!」
攻撃開始の合図と共に赤いマフラーを棚引かせ『変身』(光纏)した千葉 真一(
ja0070)は、『ブースト』で移動力を底上げしつつ、敵のいる道路より一段高い地面を併走する鉄道線路へ飛び出した。一気にそこを横断し、その勢いを減じる事なく、盾をソリ代わりにしてスノーシューの苦手な斜面を滑り降りる。
その真一に後続していた『盾の一族』夏野 雪(
ja6883)は、その光景を見て複雑な表情を浮かべた。雪の一族にとって盾は誇り。その盾を足蹴にしたと怒るべきか、それとも、さすがは盾とその活用を喜ぶべきか……
飛行組もまた行動を開始した。第1分隊が斜面から援護射撃を行う中、イーリスとリザベート、そして、ユウ(
jb5639)と黒百合(
ja0422)がそれぞれ闇と陰影の翼を広げ、雪降り下りる曇天へと舞い上がる。
月影 夕姫(
jb1569)もまた『小天使の翼』で宙へと舞うと、傍らの馬竜(スレイプニル)を召喚して騎乗した友人、彩咲・陽花(
jb1871)を振り返った。
「陽花。クワガタは砲撃後、冷却水を吸う為に管を出すから、見つけ次第、斬っておいて。炎岩人が斜面に近づくようなら、こっちで対応する」
「了解だよ。……だけど、予想外のことは起こるもの、とは言うけれど、毎度、厄介な敵を出してくるもんだよね」
陽花の返事に苦笑しつつ、前に出る夕姫。陽花は馬竜の首をポンとさすると、自身も宙へと駆け上がる。
「ん、まずは先手を取るよ。クワガタの旋回が終わる前に……!」
陽花はその高い機動性でもって一気に東側から先頭のクワガタへ肉薄した。『砲身』たる角の横へと回り込み、零距離から『サンダーボルト』を撃ち放つ。放たれた電撃は、先頭のクワガタを貫通して2体目の角まで届いて灼いた。蒼く発光を始める眼前の角。その輝きを見た陽花が、馬竜を跳ねるように宙へと上げる。
一方、夕姫は線路の段で前進を止めると、一段下の道路を見下ろしながら、その発光している角へ向けて大型ライフルを照準、発砲した。放たれる魔力の弾丸。弾け飛ぶその残滓。射撃後、夕姫は宙を滑る様に位置を変えつつ、立て続けにアウルの弾丸を同じ角へと集中した。──ここのクワガタたちをこのまま砦に行かせるわけにはいかない。せめて角を破壊して砲撃戦能力だけでも奪っておかないと──!
「その無粋な装飾…… 叩き折ってくれようぞ!」
そこへ、リザベートが魔法書の頁より生み出した水の刃が、イーリスが突撃銃から撃ち降ろしたアウルの銃弾が、夕姫が撃った角へと集中して放たれた。その銃撃の隙にススッとクワガタの直上へと入るユウ。恐らく、空への攻撃手段を持つであろう炎岩人を慎重に観察しながら、その足に艶のある黒色の脚甲を纏って攻撃の機会を待つ……
「私の攻撃はちょっとだけ痛いわよォ……? 死ぬ気で耐え切りなさいねェ……♪」
道の北側──クワガタたちの左側面に位置を取った黒百合は、詠う様にそう呟くと、中空に影を凝縮して無数の影手裏剣を生み出した。黒百合の動きに応じて一斉に撃ち下ろされる棒手裏剣。豪雨の如く降り注いだ楔の乱打は、全てのクワガタを捉えていた。それは甲殻に積もった雪を吹き飛ばし、分厚い甲殻を容易く貫いて穿ち、突き刺さり…… だが、その一斉投射によって甲殻を穴だらけにされてなお、3体のクワガタは健在だった。
「あはァ、こいつら硬そうねェ。壊し甲斐がありそうだわァ……♪」
愉悦の笑みを浮かべながら、第二撃を投げ下ろす黒百合。破孔から体液を飛び散らせながら逃げ惑うクワガタ2体を無数の釘が打ち付けた。
背後から飛んでくる夕姫の銃撃が先頭のクワガタの角にヒビを入れ── それを横目で見やりながら、真一と雪は敵隊列の先頭方向──東側へと回り込んだ。
空中で上昇姿勢から下へと馬首を巡らせた陽花が、空中から馬竜に『ボルケーノ』を撃ち下ろさせ…… 着弾と同時に炸裂したその爆炎が先頭のクワガタ2体を包み、その傍らを真一と雪が駆け抜ける。
「雪、あの岩の塊は任せる。行くぞ!」
「……了解」
雪面を蹴立てながら一気にクワガタへと突進する真一。盾と鎧姿の雪はそのまま炎岩人へ突っ込んでいく。
炎岩人は、分隊が陣取る南側ではなく、クワガタのいる西へと進路を変えた。クワガタの角を銃撃しながら炎岩人の南側の斜面を押さえていた夕姫は、その動きを確認して意外そうな顔をした。てっきり、炎岩人は砲撃の死角にいる斜面の藤堂たちを排除に来ると思っていたのだが……
「刮目して私を見よ。我が盾ある限り、その炎が自由に及ぶと思うな!」
その炎岩人に雪が立ち塞がる。クワガタを攻める味方に向かえぬよう、その進路を遮断するのが彼女の役割だ。
だが、炎岩人は、そんな雪など目に入らぬように前進を継続した。積雪もその歩みは止められない。岩の隙間から噴き出す炎が瞬く間に周囲の雪を溶かし、水溜りへと変えていく。
「これだけ積もっていてもお構いなしですか。いいでしょう。それは私の盾にも言える事」
雪は炎岩人の近くに2つの光球を生み出すと、直後にそれを炸裂させ、中空に2本、十字架の柱を打ち立てた。間髪入れずに放つ水刃。たてがみの様に揺れる炎がその威力を減衰し。それを確認した雪は続けて斧を活性化して突進する。
対する炎岩人は、何もせず、ただ一歩踏み込んだ。瞬間、脆くなっていた雪面が崩れ、足場を失った雪が転倒する。雪水の冷たさと、身を炙る炎の熱さ── と、次の瞬間、岩人の炎がまるでコンロの様に掻き消えて── 直後、嫌な予感に盾をかざした雪に炎の息が浴びせかけられた。
雪面を転がり逃れる雪を追い撃つ炎弾。雪はしゃがんだまま回復しつつ、盾でそれを受け止めた。そこへ近づき、炎を纏った脚で雪を足蹴にしようとする炎岩人。雪はそれを盾で受け弾き、その盾でもって炎岩人を思いっきりぶん殴る。
心配して振り返る真一に、雪は問題ないと声を返した。ここは私が任された戦場。何人もここより先へ通しはしない。
「私は盾。全てを征し、そして、全てを守るもの。私は盾。それこそが我が矜持。砕けるものなら、砕いてみせろ!」
真一はそれ以上、後ろを振り返らなかった。活性化した蛇腹剣を握りながら、正面だけを見据えて前へと突っ込む。
そこへ放たれるクワガタのエネルギー波。薙ぎ払われた膨大なエネルギーの奔流が真一を飲み込もうした瞬間── 空中で突撃銃を構えたイーリスが『回避射撃』を放ち、その角を撃ち弾いて射線を逸らした。
「援護は任せておけ! ぬしは攻撃に集中じゃ!」
「ほれほれ、妾はこちらじゃぞい!」
リザベートもまた水刃をクワガタの顔面に当てつつ、アクロバティックな動きでその注意を引きつける。高度を上げたり下げたりしながら、敢えて低空、斜面に生えた木々の間を縫う様に飛んだりして挑発する。
それを砲口で追いかけながら、砲撃後の冷却の為、上翅を開いて水蒸気を発するクワガタ。真一は振り返らずに礼を言うと、翅の内部へ手にした剣を突き入れた。柔らかい内部を突かれ、慌てて上翅を閉じる敵。真一は渾身の力で突き入れた剣を掴み、それをつっかえ棒に上翅が閉まらぬようにする……
次の瞬間、上空で攻撃の機会を窺っていたユウは、クルリとその身を回転させて、直上からクワガタへ急降下した。黒き脚甲に風を纏わせ、烈風の如き疾さでもって、目にも留まらぬ蹴打をクワガタへと打ち入れる。 ハンマーの如き重さの『烈風突き』を直上より入れられて、クワガタはその本体を大きく雪の中へとめり込ませた。さらに、穴だらけになっていた上翅の右がその一撃に砕かれて大きく曇天の空に舞う。
それを見た夕姫は、すかさず銃口を振って銃撃を繰り出し、放熱板を兼ねた下翅を2枚、立て続けに撃ち貫いた。帯電する周囲の空気── 纏わりつく撃退士たちを排除すべく、全周へ電撃を放とうとしたクワガタへ、だが、陽花と馬竜が降って来た。雪面ギリギリの急降下から新雪を舞い上げての水平飛行── 我が身の如く馬竜を駆る陽花がすれ違い様に斧槍を薙ぎ払い、冷却用に雪に刺された尻の管を叩き切る。
ユウは甲殻の上で一歩ステップを踏んで間合いを取ると、活性化した騎兵槍を角のヒビへと突き入れた。その一撃で遂に折れ、クルクルと宙へと舞い上がる角。その傍らを棒高跳びの要領で再び宙へと舞い上がったユウは、雪面に突き立った槍を手の中でヒヒイロカネへと戻しつつ、翼を翻して空へと昇る。
折られた角が背後の雪面に突き立つのも構わずに。真一は雄叫びを上げて残された片側の上翅を抉じ開けた。
そこへ放たれる黒百合の棒手裏剣。綺麗に真一を避けて投射されたそれは、柔らかい甲虫の腹部をずたずたに切り裂いた。
●
先頭のクワガタを沈黙させた撃退士たちは、続けて2体目の敵を倒しにかかった。
序盤の範囲攻撃のダメージもあり、1体目と同様、連携によって弱点を衝き、撃破する。
ダメージの少ない3体目のクワガタは西側に着弾していた2体目の炎岩人と合流し。1体目の炎岩人を屠った雪が周囲に回復の風を纏わせながら、2体目の炎岩人を分断すべく突進を開始する。
「ええぃ、またしても敵の増援か!」
3体目の炎岩人が飛んできたのは、そんな折のことだった。
舌を打つイーリス。今度の岩人は、中央部──2体目の死骸の側に落ちた。挟撃を防ぐべく、雪が慌ててそちらへと進路を変える。
「今、飛んできた岩人…… あれはあのサーバント単独の能力でしょうか……」
流石に肩で息をつきながら、ユウは思案気な顔をした。……いや、それならば一斉に飛んでくれば良いはずだ。飛んできた形状から見て、恐らく別のものの能力によって飛ばされて来たと考えた方が自然か。
「もしそうならば少しでも情報が欲しい所です。着弾地点をあるていど設定できるなら、後々の脅威になりますし」
「いったい、何があれを飛ばしておるのじゃ……?」
撃退士たちは戦力を分け、その正体を確認する事にした。派遣されたのは黒百合、イーリス、リザベート。彼女らは戦場を後にすると、岩人が飛んでくる方向──緩やかにカーブした道の先、山向こうへ向け飛翔する……
山を越えた彼女らが見たものは、線路から川原までの広い範囲に隊列を組んだサーバントの群れだった。各小隊毎に方陣を組んだ中隊規模の骸骨戦士に、少数の雪狼と狼騎兵。その中に、まるで投石器(カタパルト)の様な姿をした、大型のカブトムシ型サーバントの姿がある。
「一撃離脱じゃ。壊せるなら破壊する!」
イーリスの言葉に頷いて、黒百合は限界高度まで上昇しつつ、編隊の先頭に立った。魔具を狙撃銃へと変更するイーリスと黒百合。リザベートは『コンセントレート』を使用して射程を伸ばす。
上空から急襲を掛ける撃退士たちに対して、骸骨戦士たちの梯団は迎撃の銃火で迎え撃った。敵はその装備を弩から小銃へと代えていた。その火線の中を突っ切って通過しながら撃ち降ろした銃弾と水刃は、張り詰めた投石甲虫の角を見事に捉え、破壊する。
撃退士たちの歓声は、だが、長くは続かなかった。
飛び抜けた道の更に先に──複数の投石甲虫を含む新たな中隊規模の敵を発見したからだった。
残る最後のクワガタが、遂に仰角を確保した。死骸と斜面を利用しつつ、炎岩人が開けた雪面の『タコツボ』に入ったのだ。
警告の叫びを上げる藤堂。放たれたエネルギー波は、だが、藤堂たちに対してではなく、斜面下側の雪面に対して放たれた。
その意図に夕姫は気付いた。
「みんな! 何かに掴まって!」
直後、何の鳴動もなく、藤堂たちの足場が崩れた。斜面の下部──雪の重さを支える土台を破壊することで、敵は人工的に雪崩を引き起こしたのだ。
夕姫の指示もあり、また、木々を薙ぎ倒すだけの規模がなかったこともあって、幸い負傷者は出なかった。が、分隊の戦闘態勢は完全に崩壊してしまっている。
夕姫は敵の砲撃能力を奪うべく射点へと移動した。だが、タコツボを利用して射角をとったクワガタの上翅は、開くとちょうど穴に蓋をするような形で己の弱点を隠していた。冷却水用の尻の管を破壊しようとした陽花もまた同様に、穴の中に潜んだ弱点を攻撃できない。しかも、穴の底には溶けた雪水が十分に溜まっている。
「こうなったら、角を破壊するしか!」
叫び、馬首を廻らせる陽花。それを阻まんとする炎岩人Bの接近を、雪が盾をかざして阻む。焦った様に連射された夕姫の銃弾が角に弾け。馬上から斧槍を振り下ろす陽花の攻撃と、続く直上から降り下りながらかかとを落としたゆうの一撃が角にヒビを入れる。そして……
「ゴウライ、断・罪・刃ぁぁぁっ(ダンザイバー)!!」
放電攻撃を突破して肉薄した真一が、丹田にアウルの輝きを活性化した戦斧に纏わせた。その衝撃を内部へ『徹し』たその斧による一撃を叩きつけ、角のヒビから叩き折る。
雪の回復支援を受けながら別の角にもう一撃。槍ごと突き降りてきたユウの穂先と、遠心力全開で振り下ろした陽花が斧槍がそれに続き、だが、それでも最後の角が折れずに残る……
「敵に増援あり──」
偵察隊の3人からのその情報に、藤堂は全員に撤収の指示を出した。
黒百合は素直に後退を開始し、イーリスとリザベートもまたすぐに指示に従った。これ以上、小隊に被害を出す訳にはいかない。サーバントごときの首など、熟練兵の命に見合わない。
「潮時だね……」
馬竜を翻し、後退を始める陽花。途中、雪と交戦中の炎岩人に斧槍の穂先を突き入れ、その撤収を援護する。回復を加えつつ、地上班の殿に立って戦場を振り返る雪。ユウは最後までクワガタの周囲を飛び回り、味方の撤収を待って離脱した。夕姫はその長射程を活かして最後までそれを援護し…… 離脱前、最後に放った銃弾がクワガタ最後の角を砕いて、思わず目を瞬かせた。
●
3体のクワガタの内、2体が討滅。残る1体も砲撃能力は失われた。
迫る敵本体の情報は、即座に砦の指揮本部に伝えられた。