「悠奈ちゃんたちも無事に戻ったという事ですし…… 様子でも見に行きましょうかね」
2013年12月31日。大晦日──
前線から帰還した神棟星嵐(
jb1397)は、年末年始で人の少なくなった学園を歩きながら考えた。
星嵐も聴取を受けた身── 悠奈たち、中等部の女の子にとっては酷な体験だったろう。沙希と加奈子から、悠奈の家で年越しのお泊り会をする計画は聞いていた。……今の時間は、丁度、大掃除の時間だろうか。うん。男手は必要だろうし、顔を出す口実としては十分だ。
星嵐は、年越し蕎麦用に十割そばを用意すると、榊兄妹の住むマンション寮を訪ねた。ガチャリと扉を開けた悠奈の肩越しに星嵐が見たものは…… 大きな箪笥を2人で軽々と抱え上げる、沙希や加奈子の姿だった。
「……ですよねー」
星嵐は呟いた。彼女らは女の子ではあるが、同時に撃退士でもある。
「ふふふのふ。悠奈ちゃん、寝正月だなんて、お姉ちゃんたちが許さないよ〜」
「……今年は色々あったから、悠奈ちゃんには年末年始、楽しく過ごしてもらいたいの」
榊家には既に、葛城 縁(
jb1826)と月影 夕姫(
jb1569)、そして、彩咲・陽花(
jb1871)の3人も加わっていた。既に大掃除は終わりかけており、キッチンでおせち作りの準備が進んでいる。
「せっかくだから、ちょっと豪華っぽくしてみましょうか。お重も用意してあるし…… あくまで『っぽく』だけど」
慣れた様子でエプロンの紐を結びながら、夕姫が料理内容を脳裏に描き。その横で、肉球柄の三角巾と割烹着姿の縁が準備を終えて皆を呼ぶ。
「さぁ、悠奈ちゃんたち! おせち料理の下拵えだよ! おねーちゃんたちがしっかりと教えてあげるんだよ♪」
手洗いと着替えを済ませて来た悠奈たちと、一緒に料理に交じろうとした陽花── だが、台所の入り口で夕姫のチェックがそれを止める。裏襟を掴まれ、猫の様に外へと摘み出される陽花。ぺたりと座り込んだまま絶望の表情で見上げる陽花に、夕姫が苦笑交じりに首を振る。
「陽花はダメ。『豪華』じゃなく『業火』になっちゃうでしょ?」
夕姫によれば、料理の腕が壊滅的な陽花は以前、おせちを黒こげにした前科があるという。星嵐は戦慄した。いったい何をどうしたら、おせちを黒こげにできるというのか……
「それは…… 反論できないけど」
「事実なんだ」
小声でツッコミを入れる星嵐の視線の先で、涙目で崩れ落ちる陽花。その肩を縁が優しげな微笑でポンと叩き…… 手伝わせてくれるのか、と表情を輝かせる陽花に「それはダメ♪」と言下に断る。
その縁に手を引かれ、栗きんとんの材料が準備されたダイニングに案内される陽花。嬉しそうにテーブルにつき、一人、いそいそと栗きんとんを作り始める陽花を見て……
「台所にも入れてもらえないんだ……」
星嵐はそっと涙を拭った。
自分がキッチンに入るスペースはないな── そう判断した星嵐は、買出し係に回ることにした。
途中、同様に手持ち無沙汰な沙希に気がつき、『姫様』を買出しに誘う星嵐。『姫様』とは、星嵐が沙希に対して使う呼称だった。由来は、とある依頼で星嵐が沙希を『お姫様抱っこ』で救出した過去に拠る。
「悠奈ちゃんは…… 大丈夫そうですか?」
日の傾きかけた大型スーパーへの道すがら。星嵐に声をかけられ、沙希は小さく頷いた。
表面上は──私たちの前では、悠奈は平気な素振りを見せている。だから、沙希も加奈子も、できるだけ悠奈の側にいようと思う。一人で考え過ぎないように。空元気も元気の内だから。
●
撃退士としての実績を心の梃子に── ようやく里帰りを果たした竜見彩華(
jb4626)は、だが、年が跨ぐのを待たずに学園へ帰って来た。
母は、送り出してくれた時と変わらず、笑顔で彩華の事を迎えてくれた。だが、村の衆は相変わらずで…… 自分の事で母まで責められる、その変わらぬ現実を前にして、早々に故郷を後にした。
「私のしてる事って、無駄なのかな……」
公園のブランコに腰を下ろし、手首に巻いたブレスレットに涙で揺らいだ視線を下とす。
気がつけば、いつの間にか日が落ち、夜になっていた。買い物を終えた星嵐たちに声をかけられたのは、その時分のことだった。
彩華たちが榊家についた時には、既に料理の仕込みは終わり、皆、こたつでバラエティ番組を見ているところだった。
星嵐たちの帰りを待って年越し蕎麦が振舞われ、晩飯の当てのなかった彩華もまたありがたくご相伴に預かった。陽花の栗きんとんの味見は、星嵐に任せられた。ゴクリと唾を飲み込み、意を決して食べる星嵐。栗きんとんは…… 美味しかった。それを見て笑う夕姫と縁。料理が壊滅的な陽花も、なぜか製菓だけはまともに出来るのだ。
膳を下げ、洗い物を終えたところで、悠奈のスマホが着信を報せた。
電話の主は、フィーネ・アイオーン(
jb5665)。学園に所属する天使で、兄・勇斗の事で幾度か相談に乗ってもらった事がある。
「あの…… 恥を承知でつかぬ事お伺いしたいのですが……」
どこか恥ずかしそうな口調で、フィーネは悠奈にそう言った。聞けば、人間界に来て初めての新年、日本の文化に習い『初詣』なるものに参加しようと思い立ったが、『晴れ着の着付け』というものが分からないのだという。
「一人で挑戦してみたのですが、さっぱり分からなくて…… 知り合いに詳しい方もおりませんし、悠奈様を頼るほか……」
よろしければ教えていただけませんでしょうか……? 普段の凛とした態度と異なり、どこかおずおず切り出すフィーネ。悠奈はチラと時計に目をやった。年越しの時分も近づいていた。悠奈は、丁度いい、と呟くと、フィーネに着付けをするから自分の家に来るよう伝え、一緒に除夜参りに行こうと誘う。
「丁度いい?」
「じゃ〜ん!」
電話を終えた悠奈に小首を傾げた彩華に、答えたのは悠奈ではなく、縁だった。
箪笥ごと持参してきた着物を広げる。実家が呉服屋ということで、縁が無理して取り寄せたものだった。
「貸衣装だけどね。店に出すにはちょっと古いものだけど、モノは断然、違うから」
えっへん、と胸を張ってみせる縁。とは言え、これで暫く実家に頭は上がらないし、財布の中身もしょんぼりだけど。
「お着物の柄選び…… 私に任せてくれない? おばあちゃんに一通り教わったから!」
彩華は悠奈たち3人の了承を得ると、早速、丁寧な手つきで着物を選び出した。その様子を微笑ましく見守りながら、縁と夕姫、陽花たちも(星嵐を外へと追い出した後)自分の着物を選び始める。
夕姫は、赤色をメインに各種の花をあしらった振袖を選び、それに黒色の帯を合わせた。他の二人がそれを手伝い、続けて陽花が着物を選ぶ。
「いつもの巫女服だと、神社の関係者に間違われそうだものね……」
苦笑する陽花が着替え終わった辺りで、フィーネが榊家に到着した。フィーネが一人で頑張って着ようとしていた振袖は、何を参考にしたのか、艶やかな時代着物──花魁風のコーディネイトだった。
「沙希ちゃんと加奈子ちゃんはこの桜柄が可愛いし似合うと思うな。フィーネさんにはこっちの水仙とかどうかな? その着付けは…… また、別の機会ということでっ!」
「うぅ…… 重ね重ね、申し訳なく…… 寸法さえ合っていれば、後はお任せいたします……」
話を聞いて顔を赤らめるフィーネに、手際よく着付けていく彩華。その脳裏には祖母との思い出が蘇る。
「悠奈ちゃんには、この『梅に鶯』を。……この柄は調和を意味しているの。お兄さんとか、周りの人たちとか、『色々な人たち』との仲を取り持ってくれますように、って」
彩華の言葉に一瞬、動きを止めて…… 悠奈は、万感の想いを込めて「ありがとう」とお礼を言う。
彩華自身が選んだ着物は、梅柄のものだった。その柄の意味するところは『忍耐心と澄んだ心』──
(うん。これが今年の私の目標…… 故郷での出来事は辛かったけど、それでも私は撃退士だし…… それに、フィーネさんたち天魔とだってこうして意志の疎通ができる。全員と分かり合うことは無理でも、いい距離を保てる日はきっと来る……!)
●
「どーしてぇ、人間はぁ年末に里帰りするのぉ……?」
時間は少し遡り、大晦日の昼の時分──
学園の初等部2年の白野 小梅(
jb4012)は、誰もいないその訓練場に一人、ぽつんと立ちながら。さみしーなー、と呟きながら足元の小石を蹴飛ばした。
人間界に来て日の浅い小梅にとって、里帰りはまだよく分からない風習だった。親しい人間の友達が皆、なぜか一斉に学園からいなくなり…… 退屈しのぎにやって来た訓練場も、ご覧の様な有様だ。
「つーまーんーなーいー」
一人、射撃場で伏射姿勢を取りながら、離れた的を狙ってその一言ごとに引き金を引いていく。
日が陰り、沈んでいっても、小梅は狙撃訓練を止めなかった。その間、訓練場には学生たちが何人かやって来たが、皆、それぞれに自主練を終えると小梅より先に帰っていった。
夜中になっても、小梅は的を射続ける。いつしかそれは、「みんながいない間は、ボクがこの学園を護る!」という設定になっていた。
「あれ? たしか…… 音羽海流君、だったよね?」
夜中に響く銃声に導かれて訓練場にやって来た悠奈は、そこで音羽 海流(
jb5591)に出会った。
声をかけられ、海流も気付いた。以前、訓練中に互いの家族について話をした女生徒だった。
「……あけましておめでとう。……初詣か?」
「うん。これからみんなで除夜参り。早く着付けが終わったから先に出て来たんだけど、銃声が聞こえたから…… 音羽君は? 帰省はしなかったの?」
「……帰省はした。けど、戦闘訓練をする名目で先にこっちに帰って来たんだ。……うちだとゆっくり寝るのがつらくてな」
曰く、園児の弟が起こしに来たり。初等部の弟と義弟が遊びにいく計画を立てたり。兄貴と従兄が仲良い事に従妹が怒り出したり……
むっつり顔でぶつぶつと文句を言う海流の話を聞いて、悠奈は鈴の様な声で笑った。
「仲の良い家族なんだね」
「賑やかなだけだ。…………退屈しないことは確かだけど」
捻くれた返事をする海流に、悠奈はにこにこと笑ったまま。どうにも見透かされてる気がする。色んな意味で苦手かもしれない。
「それで今も訓練を? 『名目』なのに、真面目だね」
「違う。所属している部活の中じゃ、俺、実力最低だし…… 今度、また大規模作戦とかあった時に、足手纏いになりたくないだけだ」
「……分かるよ。私も、そうだから」
「……そうか」
そのまま暫し、言葉の途切れる二人。いつの間にか射撃場の銃声も止んでいた。
「あーっ!? 悠奈ちゃんだーっ! やっほー、悠奈ちゃん♪ 元気してたー?」
その時、蕎麦のカップ麺を片手に射撃場からやって来た小梅が、悠奈に気付いて走り出した。そのまま駆け寄り、絶海の孤島で人に出会った様な勢いでその手を握る。
「お久しぶり。小梅ちゃんもこんな時間まで訓練?」
「そう、特訓! みんなが帰ってくる場所はぁ、ボクが護らなきゃねー。いやぁー、天才は辛いのさぁ」
両拳を腰に当てて、えっへんと胸を張る小梅。それを見た悠奈は「おおー」と手を叩きながら、「小梅ちゃんは、強いなぁ……」と眩しそうに微笑した。小梅はきょとんと小首を傾げた。……褒められたのかな? 褒められたんだよね? と改めて胸を張る。
と、そんな悠奈を背後から呼ぶ声がして…… 着付けを終えた皆が、三々五々、到着し始めた。
「新年、明けましておめでとう御座います、だよ」
「昨年はお世話になりました」
「今年1年もよしなに」
「うんうん。皆、綺麗だよ〜。女の子はこうでなくちゃだね♪」
先程まで顔を合わせていた面々が、年が変わった瞬間、改めて新年の挨拶をかわす。
悠奈もまた挨拶を交わしながら、小梅と海流も一緒に初詣に行かないかと誘った。
「初詣? みんなぁ、ぱんぱんぺこぺこしてぇ、何が面白いのかなぁ……?」
退屈し切っていた小梅は、それでも興味を惹かれたが…… 自分の『使命』を思い出し、後ろ髪引かれる様な思いで謝絶した。
海流の方はあっさり断った。親戚兄弟以外でつるむのはどうにも苦手な性質だった。
年末で人が少ないとは言え、学園の近場にあるその神社にはそこそこの数の学生たちが新年のお参りに集まっていた。
(皆の健康と幸せをお祈り申し上げます)
(ええーっと…… ここはこういう風にやれば宜しいのかしら?)
手水舎で禊を済ませ、拝殿で祈りを捧げる。フィーネは傍らの彩華を横目で倣いながら、二礼二拍手で礼をした。形を真似るばかりでお祈りを済ませていないことに気付いたのは終わってから。並んだ列の長さに眉ひそめつつ、来年こそは、と意を決する。
拝礼を終えた夕姫と縁、陽花は、三人で揃っておみくじを引いた。結果は…… 縁が小吉。陽花が末吉。夕姫だけが大吉だった。三人は互いの結果を見比べながら、なんか分かる気がすると思ったとか思わなかったとか。
途中、学園ゲート方面から出張って来た『サンタ型サーバント』に遭遇したりしたのだが、周り中、場慣れした撃退士ばかりだったのであっという間に倒された。
「ヒヒイロカネ、持ってきておいて良かったわね。っていうか、なんか微妙にデジャブ……」
「厄払い…… うん、厄払いなんだよ」
倒れたサンタ型を見下ろしながら、疲れた様に呟く三人娘。フィーネはホッと胸に手を当てて…… ふと巾着の中に持参してきたデジカメに気付き、皆に向かって声を上げた。
「そう言えば、皆様、新年の記念写真などいかがでしょうか?」
「……そうだ、悠奈ちゃん。そのお着物姿、勇斗さんに写メ、送ってないよ!」
あけおめことよろで手を振って召喚獣を送還し終えた彩華が、フィーネの声を聞いてポンと手を叩く。大丈夫、大丈夫。恥ずかしいならみんなで一緒に撮ればいいよ……!
「では、いきますよ」
撮影役を引き受けた星嵐は、白ばみ始めた空の下、着物姿の女性陣を写真に収めた。
初日の出の空の下、帰路途中に更にスナップ写真を何枚か。彩華はそれを自身の携帯に転送すると、悠奈が止める間もなく、添付したメールを勇斗のスマホに送信する。
「今年は最初から随分と賑やかになったわね。去年よりもっとドタバタした年になりそう」
榊家の部屋に帰ってきてようやく腰を落ち着けながら、夕姫は嘆息交じりに苦笑した。
朝飯に皆でおせちをつつく。と、配膳されたお雑煮をすすった星嵐が、何の前触れもなくテーブルに突っ伏し、痙攣しながら倒れ込んだ。
皆の視線が陽花に集中する。陽花は怯えた様子で皆を見返しながら…… 小さく一つ、頷いた。
「ホント、バタバタした年になりそうね……」
己が椀を見下ろし、ゴクリと唾を飲み込む夕姫。青ざめた顔をした縁が、なんてこと…… とだけ呟いた。