「……悠奈ちゃんのこと、聞きました。元気の無い彼女を見ると、私も、その、心配で……」
状況開始の少し前──
進行する亀型の進路上に回り込むべく、森の中を急ぎながら── 竜見彩華(
jb4626)は傍らの勇斗にそう声をかけた。
勇斗は微笑を浮かべ、ありがとう、と礼を言った。これからも悠奈の事を、友人として気にかけてくれるとありがたい。
「でも、今は…… あの亀型を何とかしなければ」
表情を引き締め、告げる勇斗。月詠 神削(
ja5265)は頷いた。
(一般人が優先…… 解っているじゃないか)
──亀の進路上には町。避難は完了していない。遅滞戦闘を行うにも敵の情報は無きに等しく、その任に堪え得るだけの戦力が自分たちにあるかも分からない。
故に、勇斗は妹の元には戻らず、貴重な戦力としてここに残った。……後輩が気を張っているのだ。自分もしっかり頑張らないと。
(悠奈ちゃんのこと、本当は気になって気になってしょうがないはずなのに。なのに、自分の責務をしっかり果たして……)
やっぱり強いな、と葛城 縁(
jb1826)は勇斗を見た。ちゃんと男の子してるんだね、と優しい微笑でそう思う。
「……よぉーし! 勇斗君が早く悠奈ちゃんの元へ帰れるように、おねーちゃんたちも頑張らないとだね!」
「そうね。今は出来うる限りの情報を集めて、本部が対策を立てられるようにしないと…… 悠奈ちゃんのことはそれが終わってから話しましょう」
改めて気合を入れる縁の横で、月影 夕姫(
jb1569)が励ますように勇斗の背をポンと叩く。
「……でも、困った時はちゃんと私たちに相談してね。何でもかんでも一人で抱え込まないでいいんだからね」
彩咲・陽花(
jb1871)が振り返って心配そうにそう言った。……勇斗は悠奈の事で悩んでいる。それが焦りに繋がらなければよいのだが……
撃退士たちが辿り着いた襲撃予定地点── そこは道沿いの森が少し開けた場所だった。道の北側には雑草まみれの畑が広がり、南側には閉鎖された直売所の建物と砂利敷きの駐車スペースが広がっている。
「『ジークフリート線』はここか…… なら、易々と抜かれる訳にもいかないわね」
「東の小川が『ライン川』、ですか? 確かに洗濯日和ではありますけど」
戦場を見渡し、皮肉気に苦笑する常木 黎(
ja0718)に、敬一がそんな事を言い。黎は「お、いけるクチ?」と笑いながら、縁、陽花、彩華と共に、北側の畑に身を伏せ、隠れる。
「勇斗くん。初めは防御重視。情報収集も兼ねて敵の初撃は受け流すわよ」
道路上に進入しつつ、傍らの勇斗に告げる夕姫。その反対側には大鎌を一振りした神削が陣取り。その3人の支援に敬一が後衛に入る。
一方、南側の建物の陰には、御神 優(
jb3561)と陽波 透次(
ja0280)の2人が伏撃の為に潜伏した。
「人数足らんからわいら2人だけで追い込みをかけなならんとか…… マジで勘弁して欲しい状況やな」
外の様子を窺いながら、愚痴を零す優。透次は「確かに」と頷いた。敵はどんな強力な攻撃をして来るかも分からない。下手をしたら一撃で死ぬかもしれない。
そう思った瞬間、ブルリと震える透次の身体。その表情には、しかし、(未知の敵とか、スリル過ぎる……!)と、恐怖ではなく、愉悦が浮かんでいる。
「……敵に突進する時には、僕が先頭に立ちます。御神さんは少し遅れて、後からついて来てください」
「……ありがとな、陽波はん」
涙を隠し、遠い目で空を見上げる優。攻めは強いが守りはあかん── そんな自分の為に、透次は囮を買って出てくれている……
●
「敵亀型、視認しました。進路変わらず。敵速に変化なければ2分後に接触します」
召喚したヒリュウをもふっと抱き締めた後、両手で空へと上げ放ち── 必死でぱたぱた羽ばたくそれと感覚を共有した彩華が、迫り来る亀型を見つけて皆にそう報告した。
道路上、緩やかなカーブを越えて姿を現す親子亀── それを確認した神削と勇斗は、それぞれ『挑発』と『タウント』で敵の注意を惹こうとする。
亀の歩みは変わらなかった。気付いているのかいないのか、或いは、あれが最高速か…… 頷き、魔具を大剣へと変更して構える神削。その横で、夕姫が右手を亀へと突き出しながら、5連の指輪から生み出した5つの光弾を立て続けに投射する。
アウルの光弾は親亀の四肢関節、首、頭へと飛び、命中しては次々と弾けて散った。見た目通り、四肢も頭も硬いみたいね…… と、半ば呆れながら夕姫が呟く。
反撃が来た。親亀の上に乗る2体の子亀が甲羅をぺたぺた前へと進み、砲口に赤光を灯して放つ2発の炸裂弾。それは盾と大剣を構えた撃退士たちの只中に着弾すると、周囲に礫と爆風とを撒き散らした。その爆煙の中から飛び出し、大剣を打ち下ろす神削。敵を誘引すべく北側へと回り込むも、親亀はそれを無視するようにひたすら前へと進み続ける……
「……子亀はやはり砲だったな。あの気持ち悪い四肢で甲羅の上を自由に行き来し、砲塔の役割を果たしている」
「親亀の進路、進行速度、共に変化なしですね…… 戦闘よりも前進が優先なのかも」
一方、戦闘を開始したA班と亀の戦いを、畑に伏せたB班はじっと観察し続けていた。黎は土塁の陰から手鏡で様子を窺い、彩華はヒリュウの視界を通じて、別角度からそれを見下ろす。
戦場では、親亀がその首を伸ばし、その硬いハンマー状の頭部でもって、前方を扇状に薙ぎ払っていた。その一撃を、神削たちは避けずに魔具で受け凌いだ。回避する事もできたが、その拍子に敵の突破を許してしまう恐れもある。進路は塞ぎ続けなければ。最悪でも、一般人の元へは向かわせない……!
正面との接敵により、亀の前進速度は大きく低下を余儀なくされた。それは即ち、北側からの『陽動攻撃』を仕掛けるタイミングでもあった。
「待ってました、だよ。行くよ、陽花さん!」
「ん。おいで、スレイプニル! 縁に合わせて、派手に行くんだよー!」
縁は陽花と頷き合うと、散弾銃を活性化しつつ畑の『塹壕』から飛び出した。お百姓さん、ごめんなさいー! と叫びながら雑草だらけの畑を突っ切る縁。その後方を、馬竜──スレイプニルを召喚した陽花が共に続く。
黎もまたうつぶせに転がると、畝の上に左腕で保持した突撃銃を乗せ、支援射撃を行った。狙うは親亀の頭部。装甲化できないはずの眼窩── リズミカルな銃声と共に閃光が銃口から迸り、放たれたアウルの銃弾が立て続けに親亀の頭部に弾け飛ぶ。
キィン、と甲高い音がして、黎は銃床から頬を離した。……なんだ? 当たっていないのか……? 今のは眼球に叩き込んでやったと思ったのに……
「これなら、どうかな……!」
「スレイプニル!」
亀の側方6mまで距離を詰めた縁が、親亀の後肢に銃口を向けて腰溜めに『ナパームショット』を放った。着弾し、爆発的に燃え広がる炎の渦。同時に馬竜が放った『ボルケーノ』が亀の上部で炸裂し、衝撃が周囲の空気を震わせて陽花の巫女服をはためかせる。
「……っ!? 今のは……」
その様子をヒリュウで上から観察していた彩華は驚いた。縁と陽花の攻撃が亀に当たる直前、何かに阻まれたように見えたのだ。
案の定、爆煙が晴れた時、亀の甲羅には傷一つついてはいなかった。亀の周りを吹き荒ぶ魔法の風が、撃退士の攻撃を『受け』ていたのだ。驚くべきはその能力。元から甲羅も硬いのだろうが、普通、撃退士が攻撃すれば傷(1d6)くらいはつけられるのだが……
「……見つかった」
「え?」
照準越しに子亀の砲口がこちらに指向するのに気付いて、黎は傍らの彩華の肩をポンと叩くと、ここから離れるように言いながらゴロゴロと地面を転がった。ええーっ!? と悲鳴を上げながらわたわたと駆け去る彩華。直後、蒼い光を讃えた子亀の砲口から青色怪光線が迸り、畑に設けられた小さな土塁を直線状に消し飛ばす。
「縁、下がって!」
光線は、別の1匹によって縁と陽花たちにも放たれていた。飛び乗った馬竜から眼下を見下ろし、叫ぶ陽花。熱量に身を焼かれた縁が傍らの水路に転げ落ち。泥塗れになりながらも涙目で水路の底を這い進んで位置を変える……
「行くでっ、陽波はん!」
子亀がB班に喰いついたのを確認して── 南側に潜んでいた優と透次は一気に建物の陰から踊り出した。優の前に出て加速し始める透次。気付いた子亀の1体が、『人の腕』でもう1体の『肩』を叩いてそれを報せる。
「危険は…… 快感だ──ッ!」
砲口がこちらに指向するのを見て、透次はその身を横へと転がし。直後、放たれた青光が直線状に薙いで砂利をガラスへと溶融する。
「こうなりゃ自棄や! 思いっきりどつき倒したるわい!」
その隙に、一気に亀へと接近した優が親亀の足元へと肉薄し。『白帝戦吼撃』──突き上げるような掌底で親亀の前肢を打ち上げた。相手に後退を強いる轟撃もデカブツ相手には通じない。だが、上げた足の1本を掬うくらいの事なら出来る。
「今や!」
優の合図に応じて、透次は『紅爪』──鉤爪付きの鎖を投射した。打ち上げられたままの脚に絡まり、拘束していく鎖の群れ。赤く紅に発行する鎖に地面へ縫い付けられて、初めて亀が歩みを止める。
優は体勢の開いたその亀の腹に肉薄すると、低い姿勢から伸び上がるようにその拳を突き上げた。腹なら柔らかいかもしれない── だが、その一撃も『風』によって阻まれる。
「こんな所もかい!」
ツッコむ優の周囲で風の音が唸りを上げ…… 巻き上がった『砂塵』が南側へと叩きつけられた。砂が目に入り、一旦、距離を取る優。風の音に危険を感じて飛び退いていた透次を子亀の砲口が狙い定め── 放たれた白色散弾を、透次がアウルの限界を越えた爆速でもって斜め前方へ回避する……
●
紅の鎖を引き千切って前進してくる親亀── その首の横へと入り込み、神削はその首目掛けて手にした大剣を振り下ろした。
その一撃は、だが、見えざる風の盾に打ち弾かれ。押し出されてくる亀の前肢に踏み潰されぬよう、後ろへと離脱する……
夕姫、神削、勇斗の前衛3人は、敬一の支援を受けつつ、よく敵を抑えていた。その前進を押し止めることこそできなかったが、敵の進行速度を大きく遅滞し続けている。
放たれる砲撃をかわしながら走り続け、ステップを踏むように首、足、尻尾と古刀で切りつけていく透次。その横で優は四門からアウルを開放しつつ、亀の弱点を見つけるべく手当たり次第に攻撃して回る。
だが、その攻撃も、亀の『風』の防壁の前に悉くが弾かれた。どんだけ硬いねん! と叫ぶ優に放たれる亀の反撃。黎と縁、2人の銃手がその砲口に銃撃を加え、その回避を援護する。
「恩田さん、南側の援護に回ってください……!」
彩華は無線でそう指示を出しながら、自らもヒリュウを南側へと飛翔させ、『インパクトブロウ』を放たせた。拳を出して突っ込んでいくヒリュウ。だが、見えざる壁にぶつかり、ぽよんと跳ねる。
「子亀も守れるの!?」
叫ぶ彩華の横で膝射姿勢を取り『アシッドショット』を放つ黎。弾丸自体は風に弾かれたものの、装甲劣化効果は本体に及んだ。だが、それも束の間、その効果が継続する前に亀が抵抗、消散する。
「Damn…… 中々手強いわね」
それならば、と黎は親亀の関節を狙って『ピアスジャベリン』を放った。可動部分である以上、関節は装甲化し難い。それに風の内側まで入り込む直線攻撃であれば、内部のダメージまでは『受け』れまい……
放たれたアウルの貫通弾は『風』を貫き、本体の反対側へと突き抜けた。
だが、亀の動きは変わらない。「ポーカーフェイスにもほどがある」と呆れたように呟く黎。抜けた以上、中にはダメージが通っているはずだ。或いは本体は再生能力まで持っているのか。
「こんなの、どうやって……!」
半ばやけくそになりながら、縁は甲羅、四肢、突起、頭部と、手当たり次第に撃ちまくった。
と、展開されていた一つの『風の盾』が、急に乱れて強さを弱めた。「え?」と驚き、発砲する縁。だが、風は何事もなかったかのように復活し、再び散弾を受け散らす……
「陽花! 縁! 子亀を落とすわ。落ちたら集中攻撃で倒すわよ!」
せめて子亀くらいは倒しておこうと、夕姫は上部に攻撃を集中させた。斧槍を手に馬竜に降下を開始させる陽花。支援射撃を行った縁の散弾の一つが再び甲羅上の突起に当たり、瞬間、その周囲の風圧が弱くなる。
「……っ!?」
その瞬間、夕姫が放った光弾がその隙間から飛び込んだ。甲羅の斜面に張り付いていた指が数本、弾け飛び、たまらず転がり落ちる子亀。すかさず陽花がその傍らへと走り込み、槍斧の斧部でその子亀を殴り飛ばす。そのまま、引っくり返った亀の腹を槍斧の穂先で突く陽花。その硬さに眉を潜めつつ、今度は亀の『手』を貫き、縫い止める。
そこへ走り込んで来た夕姫が、手の平の上に浮かべた光弾を子亀の砲口へと投げ入れた。内部に直撃を受けた子亀が暴れまわって引っくり返る……
「何が起こったの!?」
風の盾が弱まるのを見ていた彩華は、状況を再現すべくヒリュウにブレスを放たせたが、それは突起物に当たる前に風の盾に弾かれた。
突起が傷つけば風が弱まる。だが、その突起自体、風によって守られており…… 偶然に頼らず直撃するには、いったいどうしたら良いのだろうか……?
(ならば……!)
神削は敵の隙を見て取ると、『全力跳躍』で地を蹴った。
子亀が1体落ちた今、甲羅の上には飛び乗るのに十分なスペースがある。子亀が甲羅上に居られる以上、そこには風はないはずだ。親亀の上へと飛び乗り、近接攻撃であの突起物を破壊する……!
慌てた様に砲を振り上げる子亀。遅い。大剣を振り下ろしつつ着地体勢に入った神削は、だが、次の瞬間、亀の周囲に吹き荒れた暴風によって側方へと吹き飛ばされた。
「『風』に『投げ』られたっ!?」
「嫌な予感……」
呟く夕姫の視界の中で、ヒリュウと陽花もまた遠方へと飛ばされる。夕姫は勇斗に下がって防御するよう叫んだ。腰を落とし、自分たちを『投げ飛ばそうと』する風の乱流を『受け』凌ぐ。
だが、その暴風は収まるどころかますますその風力を増していき…… ついには、親亀がゆらりと僅かに宙に浮き始めた。
「浮遊した……っ!?」
風の中、叫びにならない叫びを上げる夕姫をよそに、四肢で地を蹴る親亀。エアホッケーの如く宙を滑った敵は一気に25mほど前へと進み…… それが限界なのか、着地し、再び四肢で歩き出した。
●
「ここまで……かな?」
進む亀を見送りながら、撃退士たちは足を止めた。これで悠奈ちゃんにメールが送れるね、と笑う縁に、だが、勇斗は首を振る。
「いえ、敵の目的がまだ…… せめて、後続に引き継ぐまでは」
スキルを自己回復に変更し、追跡を継続する勇斗。陽花たちは心配そうにその顔を見合わせた。