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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/12/10


みんなの思い出



オープニング

 榊勇斗が妹、悠奈と共に久遠ヶ原学園に編入してより、既に3週間が経過していた。
 勇斗にとっては、ただ目まぐるしく過ぎ行くばかりの3週間であった。一学生として通常の授業を受けつつ、新人の撃退士として修練をこなす日々── 撃退士の育成を主目的する久遠ヶ原学園での生活は、やはり他のどの学校組織とも(色んな面で)異なっていた。一言で言うなら『平穏無事とは最も縁遠い学生生活』といったところだろうか。毎日、学園のどこかで必ず何かしらのトラブルが発生する日常というのは、先月まで平凡な一学生として生きて生きた勇斗にとって、容易に適応し得るような環境ではなかった。
「もう3週間か、まだ3週間か……」
 朝、目を覚ましてカレンダーを見やり、寝ぼけ眼で苦笑する。
 3週間という時間は勇斗にとって、この学園に慣れ切るには決して長い時間ではなかったが、それでも少しずつ前には進めていると実感できた。編入による授業の遅れはほぼ取り戻せたし、休み時間に退屈しない程度に会話を交わせる級友もできた。訓練では肉体的な強度はともかく、戦闘行動に特化した判断がこなせるようになってきたし、朝にはどんなに身体が疲れ切っていたとしても、目覚ましなしで起床できるようにはなった──今朝の様に。
「お兄ちゃ〜ん? 起きてる〜? そろそろ動かないとまた時間なくなるよ〜?」
 妹、悠奈が廊下を渡るパタパタという音が聞こえてくる。ノックも無しに扉が開けられ時には、勇斗はもう着替えを終え、ボサボサの頭でタイを締めていた。それを見た悠奈が驚き、「わ、今日は早いね!」と目を丸くする。
「朝ごはん、もうできるよ! 先に顔洗って来ちゃってね!」
 制服にエプロン姿の悠奈が踵を返し、再びパタパタとキッチンへと帰って行く。その後を追ってのろのろと部屋を出た勇斗は洗面所へと入り、冷水で顔を叩いてその表情を引き締める。
 最後に寝癖を直して居間に行くと、テーブルの上にはご飯と味噌汁、牛乳、野菜炒めとハムエッグが並んでいた。全て悠奈の手作りだ。ここで暮らし始めた当初は料理も勇斗が作っていたのだが、勇斗が毎日疲れて帰ってくるのを見て、悠奈が自ら応分の家事を引き受けるようになった。正直、料理の腕はまだまだ甘いが、味噌汁の味に拘り始めた辺り、将来有望であるように勇斗には思われる。
「お、今日は卵が二つか」
「うん、スーパーで卵が安かったからね! 奮発したよ! お一人様2パックまでだったけど!」
 その代わり、悠奈もだいぶ所帯じみて…… いや、生活力に逞しくなってきた。自らの不甲斐なさにお兄ちゃん、目尻の端を押さえたりもするけれど。
「いただきます!」
 それでも、両手を合わせ、年相応に屈託無く笑う悠奈の笑顔を見れば、また頑張ろうという気になれる。
 この学園にきて3週間。悠奈のこんな笑顔が見れるようになったことこそが、勇斗にとっては最大の前進だった。
 学園で過ごす日々はまだ色々と大変だけど。叔父夫婦の家で疎まれながら肩身の狭い思いをしてきたことに比べれば、よっぽど居心地の良いものだった。


 ──とは言え、兄弟二人きりで生きていくには生活費をどうにかしなければならない。
 寮を出て、中等部へ向かう悠奈と別れて後、教室に入った勇斗は席に着くなり家計簿を広げ、シャーペンを咥えたまま頭を悩ませた。
 遅れてきた前の席の男子が、そんな勇斗を見て目を瞬かせた。
「えっと…… 何をしてるんだ、榊?」
「家計簿をつけている」
「えっと………… なんで?」
「新生活は何かと物入りなんだよ。家具も家電も揃ってないし…… ……やっぱり収入が足りないな。仕送りを期待できる身分でもなし…… どうしたもんかね」
 また随分と所帯じみてるなぁ、と級友は思った。まぁ、無理もないか、と思い直す。妹と二人、マンションタイプの寮に暮らす榊には自立した生活が求められる。男子寮で食事も出る一人暮らしの自分とは、また違った気苦労もあるのだろう。
「装備を売るのは? 毎日出る支給品、あれ売るだけでもそこそこ金になるぜ?」
「そっちは武装を整える資金にしたいんだよな。実戦に出る前に一通り装備は整えておきたいし…… 報酬の出る依頼を受けれるようになればまた違うんだろうけど、まだ訓練生の身だしなぁ……」
 やはり、バイトをするしかないか。そう言って勇斗は嘆息した。最近、ようやく学園での生活にも慣れ始めてきたことだし、どうにか時間を捻出することも出来るだろう。
 それを聞いた級友は驚き、慌てて反対した。榊は無理をし過ぎている、とただでさえ級友は感じていた。これ以上のハードワークは無茶を通り越して無謀だ。身体より先に余裕をなくした心が参ってしまう。
「おい、ちょっと待てよ、榊! お前、放課後に松岡先生の戦闘訓練も受けているんだろ!?」
「ああ。でも大丈夫だよ。最近、ちょっと慣れてきたし。それに、訓練は夕方には終わるから、夜中までに終わるバイトならどうとでも…… あ、休み前なら徹夜仕事も入れれるか。こいつなら稼げるな」
 なぜそこまで、と級友は勇斗に訊ねた。前からストイックな奴だとは思っていたが、このやりようは常軌を逸している。
「なるべく多く貯金はしておきたいんだよ…… いつ俺が天魔との戦いで倒れても、悠奈が一人で生きていくのに困らない程度には」
 その答えを聞いた級友は絶句した。やはりこいつはストイックだ。俺とは比べ物にならないものを背負っちまっている。
 だが、それではダメなのだ。自分では上手く言えないが……
 級友はバリバリと頭を掻くと、苛立たしげに席から立ち上がり…… 飢えた肉食獣の様にうろうろしてから、座った勇斗の肩を掴んだ。
「お前にも何人かは他に友人とかいるだろう? 訓練とか、寮とか…… その人たちにも相談するんだ。俺からも、バイトしている何人かに声をかけてみる。決して一人では決めるな。いいか、まず自覚しろ。お前の覚悟は度が過ぎている」
 級友はそう勇斗に告げると、早足で電話をかける為に廊下に出た。さらに休み時間の度に、どこからか調達してきた求人広告を手に、勇斗の判断にダメ出しをする。
 昼休みになると、勇斗と級友から連絡を受けた学生たちが広場に集まって来た。彼等に向かって、級友は疲れた顔で事情を説明した。
「というわけで、こいつに適度なバイトを見繕って紹介してやってください。俺はもう匙を投げました」


リプレイ本文

 腰まで届く黒髪が、傍らを通る風にそよいだ。
 流れる髪に手を添えつつ、音羽 紫苑(ja0327)はその風の主──傍らを駆け抜けた杠 翔輝(ja9788)を見送った。
 芝生の上に車座になって座る学生たち。翔輝がその中の一人に負ぶさり、冷えたコーラの缶をその学生──勇斗の頬に押し付ける。いったい何の集まりだろう、と紫苑は興味を引かれた。いや、本当に気になったのは、あの振りに振られた炭酸飲料の缶だったりするのだが。
「初めまして。大学部1年、月影 夕姫(jb1569)よ。同じディバインナイトね。よろしくね」
「高等部2年、榊勇斗です。今日はなんか自分のバイトの件ですみません」
「高等部2年、ジェニオ・リーマス(ja0872)だよ。……いや、妹さんを守る為にこの学園に来て、その上、頑張ってアルバイト…… 凄いよ。まるで10代の頃の僕を見ているようで放っとけないよ」
 その言葉に紫苑は足を止めた。榊という学生の話が自分や友人たちと似た状況にあったからだ。
 勇斗もまた、ジェニオの言葉に驚いていた。
「え、リーマスさんも?」
「うん、ちょっとね。……昔、色々と無茶してきたから、今は静養中なんだ。ほら、美味しいものを食べないと元気がでない身体になっちゃって」
 まるで日向に咲く蒲公英のようにほんわかと微笑を浮かべるジェニオ。なるほど、と勇斗は頷いた。ジェニオが手に持つパンは、商店街でも美味と評判のベーカリーのデザート系菓子パンだった。
「高等部3年、青木 凛子(ja5657)よ。あたしも色んなパートで家計を支える時期があったわ……。勇斗ちゃんに合ったバイトを探すために、少しでもあたしの経験が役に立ててね」
 上品なミルクティーを思わせる薄茶の髪をウェービーに流した若い女性がそう勇斗を励ました。なぜか亡き母の面影を重ねてしまう。勇斗は心中で「失礼だろ」と頭を振った。
「皆さん、苦労なされてきたんですね…… 僕とそんなに年齢変わらないのに」
「あらやだ、勇斗ちゃんたら、おじょーず! ……って、今は見た目若いんだっけ」
「?」
「なんでもないわ! さあ、勇斗ちゃん、まずは家計簿をチェックするわよ!」
 首を傾げた勇斗の疑問を振り払うべく、凛子は勇斗から家計簿を受け取ると、その中身を改めて精査し始めた。
 日付ごとに食品、雑貨と分類しつつ、毎月の固定支出と食費・消耗雑貨の支出額から『ひと月の平均支出』を算出する。
「支出はもっと減らせるわ。特売日の買い溜め方法、食事を作り置きするテクとか…… 妹さんもいればね。直接、主婦としてやり繰りをアドバイスできたのに」
「主婦?」
「なんでもないわ!」
 ともあれ、勇斗と悠奈、二人が生活していく上で大体必要な額は算出できた。その額を元に、ジェニオが勇斗のスケジュール表から余分なバイトを弾いていく。
「いい、勇斗ちゃん。働きすぎはダメ。睡眠時間はちゃんと確保すること。……無理に働こうとはしないで。倒れてバイトが長続きしなかったら意味がないし、なにより妹さんが心配するわ」
 勇斗は了承したが、それが空返事に過ぎないことを凛子は看破した。……この年頃の子には言っても無駄か。本人が自覚しなければ意味がない。
「で、どんなバイトが皆さんのオススメですか?」
 勇斗の言葉に、凛とした佇まいで夕姫がひとつ頷いた。
「お金を稼ぐ、って簡単じゃないから。それが学生なら尚更ね。自分のできることからやっていくのがいいんじゃないかな」
 様々な意見が出た。基本的には、勇斗が無茶をしないで済む、体力をあまり使わないもの。その上で、余りもののお惣菜を入手できる、とか、学園周辺の地理に詳しくなれる、などのメリットがあるもの、撃退士の身体能力を活かせるものが勧められた。具体的には、スーパーやコンビニのレジ打ちや早朝の新聞配達などだ。
「ちょっと待った。戦闘訓練を受けている、ってことは、戦闘依頼に出る心算なんだろう? 戦闘だと重傷を負う事もあるし、そうでなくても日数を拘束される。代替を誰かに頼めるバイトの方がいいんじゃないか?」
 その意見は車座の外から発せられた。何事かと振り向いた学生たちの視線の先に、片手を上げて発言した紫苑の姿。あー、ごほん、と咳払いをする紫苑。思わず口を出してしまった。
「……いや、私は短期集中型のバイトしかやったことないから、あまり参考にはならないかもしれないが…… 榊、だっけ? 学園に来てからまだ3週間なんだろう? まずは最短時間で雇ってもらって、様子を見てから勤務時間なり日数なりを増やせばいいんじゃないか? 稼ぎが欲しけりゃ、単価の高い土日祝日早朝深夜を狙うとか」
 紫苑の言葉に、巫女服姿の彩咲・陽花(jb1871)が同意を示した。勇斗とは共に戦闘訓練に参加する間柄だ。
「そうだね。依頼に拘束されることを考えると、時間に融通が利く方が良いかもね」
「……となると、やっぱり撃退士の活動に理解のある雇い主さんの方がいいのかなぁ」
 陽花の言葉に、葛城 縁(jb1826)がうーん、と胸の前で腕を組んだ。縁と陽花、そして、翔輝と秋武 心矢(ja9605)の4人は同じ訓練に参加しており、勇斗の『放っておくと無茶をする』性格も承知している。
「えっと…… じゃあ、皆さんは今、どういうバイトをしているんです?」
「バイトか…… 公務員は基本、アルバイトが禁止されてたから、正直、よく知らないんだよな……」
 それまで口を出せずにいた元警官の心矢が、ポリポリと頭を掻きながら勇斗に向き直った。
「撃退士になってからは、職歴を活かして『探偵』をしているが…… どうだ、探偵は? 色々と噂を拾うのも早いんだぞ?」
「定収ですか? 勤務時間は不規則じゃありません?」
「……タバコが手放せない生活ではあるかなぁ」
 続けて、縁と陽花が数冊の雑誌を勇斗に差し出した。見てみて、と言われてページを捲る。縁と陽花が写っていてびっくりした。モデルであることは知らされていたが、こうして直に目にするとその衝撃は大きかった。
「どれどれ……」
「ほぅ、これはなかなか……」
 勇斗の周囲に男性陣、そして、女性陣も集まってくる。中にはファッション関係だけでなく、グラビアの仕事もあった。水着姿のきわどいものもあったが、二人は照れる様子もない。その姿に勇斗はプロ意識を感じた。
「そうだ。榊、お前もモデルやれよ。冬の新作オフショルダー、カレシをノーサツミニスカサンタ! で」
「マジっすか」
 そんな翔輝と勇斗に苦笑しながら、縁は、勇斗がモデルをやることには反対した。こう見えて下手な肉体労働系よりも体力を使う仕事である。似合う、似合わないは別にして(苦笑)、今の勇斗にこなせる仕事とは思えない。
「私のバイトは、弁当屋での仕出し弁当の詰め作業。朝が早いけど、その分、時給は良いわよ? 短時間の拘束だし、余った具材でお昼のお弁当も作れるし、料理が出来るならオススメよ?」
 確かにそれは良いかもしれない。夕姫の言葉に頷きながら、勇斗はコーラの栓を開けた。


 皆の意見を聞いた勇斗は、教師松岡を通じて複数の就業体験学習を申し込んだ。
 最初に受けたのは新聞配達だった。まだ日が昇る前に家を出て販売所へと向かう。そこで勇斗が見たのは、集まったジェニオ、心矢、翔輝の姿だった。
「バイト、手伝うよ。そんな顔色の君を放っておけないよ」
「これも良い経験さ。ほんとは面倒くさいんだが…… 勇斗くんの手伝いも兼ねてやってみようか、と」
「俺は『運び屋』やってるからな。土地勘掴むにもいーんじゃねーの?」
 そんな男たちの友情に感激し。勇斗が頭を下げて涙を隠す。
 新聞を抱えて外に出る。撃退士の4人は同じ班。本当ならルートに慣れるまで先輩と一緒に回るのが普通なのだが、みな撃退士ということもあり、先行が認められた。
「そいじゃ、いくぜ? 俺についてこれるかい?」
 そう告げるや否や、翔輝は頭上の木の枝を掴んでクルリと一回転して飛び乗ると、そのままアパートとアパートの間のブロック塀の上を走り出した。慌てて後を追う3人。その時には既に翔輝はアパート2階の手摺を乗り越え、次々とドアに新聞を差し入れている。
「すごいよ、榊くん! こんな道があったなんて!」
「いや、リーマス君、これは道っていうか……」
「野郎、見てろよ。こう見えても追いかけっこは得意なんだ」
「秋武さん、それは刑事時代の?」
「いや、猫探し」
 その日の昼。新聞配達の次に行ったのは、スーパーの販売員のバイトだった。その場には凛子もいた。一緒についたパートのおばちゃんもびっくりする手際でレジ打ちをこなしていく。
「いらっしゃいませー! ご利用ありがとうございまーす♪」
 普段からは考えられないくらい明るくハキハキと、レジで接客をする心矢。あっけに取られる勇斗に「フッ…… 元刑事のスキルを侮っちゃいけないぞ?」とニヒルに笑う。
 レジを終えて休憩に向かうと、ダンボール箱を両肩に乗せた翔輝がバックヤードから出てきて品出し作業をしていた。ジェニオは試食コーナーの販売員だ。切って焼いたタコさんウィンナーを自ら食べて「おいしい〜! これ本当においしいですよ!」とほっこりスマイル全開でおばさま方に呼びかける。その笑顔に釣られて集まった人だかりに、責任者のおっちゃんが「試食品食べるな」と注意も出来ずに笑顔を引きつらせる。
 苦笑しながら勇斗が休憩室に入ると、先に休憩に入っていた心矢がタバコを燻らせながら、先程までの笑顔が嘘の様にがっくりと疲れ果てていた。
「刑事も大概大変だったが、他の仕事も結構大変だな…… 社会人の苦労がよくわかる……」

 数日後。登校路。
 全身に疲労を乗せて歩く勇斗は、前方に同様に疲れ切ったジェニオの姿を見つけた。
「バイト……久しぶりだから……連日は体力(やる気)が持たないかな……」
 疲れた笑顔で挨拶を交し、どんよりとそれぞれの教室へ向かう二人。
 同日、体育の授業中。疲労困ぱいの勇斗は集中力を欠き、脳震盪を起こして倒れた。昼休みまでには回復したが、皆には物凄い勢いで怒られた。
「勇斗くん! 最初に会った時からそうだったけど、気負いすぎ! 無茶して身体壊しちゃったら、本末転倒だよ!」
 本気で怒り、心配する陽花に、勇斗は心底恐縮する。
 その陽花の隣に立つ縁もまたぴるぴると身体を震わせていた。縁にとっては、デジャブを感じる光景だった。かつて勇斗と同じ様に無茶をして、陽花に怒鳴られた事がある。
「勇斗君。『急がば回れ』だよ? 悠奈ちゃんに心配かけたくないでしょ?」
 縁の言葉に声もない勇斗。それまで壁に身を預けて聴いていた紫苑が、目を開けて勇斗に告げた。
「……私にも妹や従兄と同居している友人たちがいる。彼等が言うには、『兄妹が自分の為に無理をするのは心苦しい』そうだ。……私にも弟がいるから勇斗の気持ちはよく分かる。だが、無理をするお前を見て妹が『お兄ちゃんが頑張っているんだら、私も』と無理をするのは本意ではないだろう?」
 端から無茶だったのだ。勇斗はようやく理解した。だが、無理であろうと、無茶であろうと、やらねば悠奈が路頭に迷う……
 ぱんぱん、と手を叩く音がして、勇斗はハッと顔を上げた。進み出たのは凛子だった。
「お説教はもう終わり。今日は勇斗ちゃん家でお鍋にしましょう。レタスと豚バラのお鍋って、安くてとっても美味しいの。悠奈ちゃんに直接伝授したいテクもあるし」
 凛子の提案に夕姫も乗った。正座する勇斗に歩み寄り、その手を取って立ち上がらせる。
「そうと決まったら、スーパーでお買い物よ。荷物持ちはお願いね」
 悪戯っぽく笑ってみせる夕姫。勇斗の立場は理解する。けど、ちゃんと休まないと。要はバランスとメリハリ。学園生活は楽しむべきだ。何事も気を張りすぎればすぐに切れてしまう。
「じゃあ、僕も手伝うよ。……なんだかとってもおいしい料理を作りたい気分なんだ」
 勇斗以上に草臥れたジェニオがゆらりと立ち上がる。勿論よ、と夕姫とは答えた。
「手伝って貰うわよ。勇斗にも、妹さんにもね。みんなでおいしい鍋を作りましょう」


 体験学習最終日。
 最後の新聞配達を終えた勇斗たちは、朝靄に煙る公園の一角でコーヒーを飲んで休憩していた。
 3人とは離れた所で煙草を燻らせる心矢。ジェニオは公園の遊具の中にいた猫たちに構っている。
「なぁ、榊。お前が金を稼ぐのって何の為だ?」
 翔輝がいつになく真面目な表情で訊いてきた。
「妹に苦労をさせねー為、ってのは分かる。でも、その妹はお前が無理して頑張るのは望んじゃいねー、ってみんなも言ってっから分かってんだろ? もし、お前が倒れたりしたら、妹、怒るぞー? なんで自分に相談しなかった、ってな。そして、そこまで兄を追い込んだ自分を許せず、気負うんだ」
 沈黙する勇斗。そこに猫と遊び終えたジェニオが戻ってくる。
「じれったくても、少しずつ自分を変えていくしかない── そこに近道はない。ここは仲間が集う場所── 一緒に頑張ろう、って、僕は君に伝えたいな」
 微笑と共に小首を傾げて、勇斗にそう伝えるジェニオ。翔輝が拳で勇斗の胸をドンと叩いた。
「まずは妹と腹割って話してこいよ。……『一緒に』生きていくんだろ、お前等は」

 かくして、就学体験学習の全てが終わった。
 自分で働いて得た初めての給料を手にして、感慨深そうに佇む勇斗。どこで、何をして働くか、まだ決まっていなかった。ただ、倒れるような無様は晒すまい、と誓う。悠奈の為に。
「学園の依頼斡旋所で働くという手もあるぞ? 色んな事例に触れられるし、人手があって困る事もないみたいだし」
「学園内にも幾つか募集が出てるわね。購買とか売店、食堂の店員とか」
 紫苑と夕姫がもってきてくれた情報を手に、一人、屋上で頭を悩ませる。そこへ心矢がやってきて、バイトで稼いだ給金の半分を勇斗に渡そうとした。
「勇斗くんはまだ色々と入用だろ? 俺はもうある程度貯蓄はあるし、良い経験もさせてもらったしな」
「死んだ父が言ってたんです。お前がもし友人を大事に思うのなら、金のやり取りだけは絶対にするな、と…… 僕は秋武さんの、その、おこがましいですが、友人、でいたいので……」
 その話を聞いて、陽花は縁と目を見合わせた。そして、微苦笑と共に自分の連絡先を記した紙を勇斗に渡す。
「何か困ったことがあったら、いつでも連絡してくれていいからね? 先輩なんだから、頼ってくれていいんだよ」
 驚く勇斗に、困ったような笑顔を見せる陽花。その背に縁が圧し掛かり、なんとも言えない表情で勇斗に言った。
「わぅ。気にしなくていいよ。おねーさんとしては頼られた方が嬉しいんだよ。ねー、陽花さん?」
「……撃退士経験はあんまり変わらないけどねー」
 縁に同意を求められ、陽花は答えつつも苦笑した。

 その日、帰宅した勇斗は、出迎えた悠奈に切り出した。
「なあ、悠奈。兄ちゃん、バイトでも始めようかと思うんだけど……」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

撃退士・
音羽 紫苑(ja0327)

大学部4年163組 女 アストラルヴァンガード
星降る夜の願い人・
ジェニオ・リーマス(ja0872)

大学部4年23組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
青木 凛子(ja5657)

大学部5年290組 女 インフィルトレイター
思いの護り手・
秋武 心矢(ja9605)

大学部9年164組 男 インフィルトレイター
撃退士・
杠 翔輝(ja9788)

大学部5年61組 男 鬼道忍軍
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー