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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/06


みんなの思い出



オープニング

 榊悠奈は進級し、中等部2年になった。去年、同じクラスだった二人の友人──堂上加奈子と早河沙希も、また同じクラスである。
 悠奈はそれが何よりも嬉しかった。去年、一般校から転入してきたばかりで不安で一杯だった悠奈に、最初に声をかけてくれたのがこの2人だった。以来、休み時間に駄弁ったり、放課後に寄り道したり…… 戦場では互いに背中を預け合い、実生活では深刻な悩みも真摯に相談し合う── 戦友であり、親友だ。
「見てたよ〜。お兄さんとのらぶらぶ登校風景♪」
「らぶらぶって…… ただ一緒に並んで来ただけだけど……」
「……ちゃんと仲直りできたんだね。よかった」
 加奈子の言葉に頷くと、悠奈は姿勢を正し、改めて二人にお礼を言った。
 戦場で、不注意により自らを危険に晒した悠奈に対し、兄の勇斗は頬を張った。以来、兄妹の間には気まずさが残っていたのだが、相談に乗ってくれた多くの人たちのお陰で、互いに素直に謝ることができた。
「色々な人たちに助けられて私たちは生きている── 改めてそう実感したよ。今回の件でお世話になった先輩たちにも、改めてちゃんと御礼を言わないとね」
 兄妹に関わった人たちの顔を一人一人思い浮かべて悠奈が言う。
 その中で、ふと、悠奈の心に引っかかる顔があった。
 それは秋田の戦いで出会った、一人の少年撃退士の顔だった。

 山中に逃げ込んだ熊型サーバントを追って山狩りを行った撃退署と学園の撃退士たちは、そこで遭遇した新手の巨人型のサーバントに蹴散らされた。
 負傷者救出の為、山に入った悠奈はそこで、その少年──藤代徹汰と出会った。
 岩場の洞穴へ逃れたものの、出口に巨人に居座られ…… 閉じ込められた形の悠奈たちは、助けが来るまでの間、狭い洞穴内で身を寄せ合うようにしながら語り合った。
 喧嘩をしたばかりの兄の話題を振ると、少年は淡々とこう答えた。
「僕には血を分けた家族はいないから…… そういうのは、分からないなぁ」
 慌てて謝る悠奈に、特に気にした様子もなく。少年は話を続けた。
「家族じゃないけど、姉の様な存在はかつていた。……冥魔との戦いで死んじゃったけどね。……兄の様な存在は、今もいる。傲慢で鼻持ちならない、嫌な奴さ」
 その『兄の様な存在』の話題になると、少年は急に饒舌になった。そして、皮肉気に悠奈に言った。
「お兄さんが君を叩いた理由って、君が自分の言う事を聞かなかったからかもよ? 自分の思い通りにならないから、苛立って叩いたんじゃない?」
「そんなことないよっ!」
 思わず大声で叫んで後。悠奈は慌てて声を潜めながら、改めて少年の推論を否定した。たとえ喧嘩の最中であっても、それだけの信頼が悠奈にはあった。
「なんだ、答えは出ているじゃないか」
 少年は自嘲するように言った。
「お兄さんは君が憎くて叩いたと思うかい? ……なら、それが答えだよ」
 やがて、救援がやって来て── 巨人がいなくなった洞穴から悠奈たちは外に出た。
 少年は、天使だった。
 輝く翼を羽ばたかせ、負傷者を麓へ搬送していくその背中を── 悠奈はどこか眩しそうに見送ったのだ……

「ほほぅ……」
 悠奈の話に、いつの間にか、興味深げにずずいと顔を寄せてくる沙希と加奈子。それぞれの表情で頷き合いつつ、それは初耳ですなぁ、とニタリと笑う。
「で? 帰って来てから会いには行ったの?」
「うぅん。聞いてたのは名前だけだったから…… 一応、探しには行ってみたんだけど、ほら、この学園って人数が半端ないし……」
「ほほぅ…… 探しに、ねぇ」
 意味ありげに頷く沙希と加奈子。悠奈は、そんなんじゃないから、と慌てて手を振った。


 数日後。悠奈たちは依頼を受け、前線の撃退署へとやって来ていた。場所は秋田。最近、サーバント出現率が増加傾向にあるホットゾーンの一つである。
 現地の撃退署の仕事を補完するのが任務であるが、まだ実力の低い3人は予備隊の所属。撃退署の署員や先輩たちの後ろについて、それぞれ支援に徹するだけだ。それでも腐らず、3人は自分たちに出来ることを、一つずつ確実に遂行していく。
「1人、帰って来ていない?」
 その日、悠奈たちが巡回を終えて帰って来ると、本部の指揮所は騒然としていた。斥候に出した班の一つが帰還した際、その内の1人がいつの間にかいなくなっていたというのだ。
 隊列を見失って逸れたか、或いは、天魔の策略か── すぐに捜索隊が組織され、前方へと派遣された。巡回から帰ったばかりの悠奈たちは捜索を免除され、本部の長テーブルで弁当を食べながら状況を見守ることとなった。
 状況が動いたのはその少し後── 捜索隊の一つが待ち伏せを受け、敵との戦闘に突入した。交戦を報せる報告は加速度的に増えていき── それから5分としない内に、前方に展開した各班の殆どが戦闘に巻き込まれていた。
 撃退署の指揮官は冷静だった。各班に、無理な戦闘は避け、可能な限り情報を収集するよう指示を出しつつ、地図を見下ろしながら順次、各班に対して後退する場所とタイミングを伝えていく。
 同時に、予備隊を前進させ、指揮所の前面に防衛線を構築する。悠奈たちもまた指示に従い、指揮所を飛び出した。
「……なんか肝試しみたいだね」
 次々と照明弾が打ち上げられる夜空の下── 沙希がそんな軽口を叩く。
 その声に呼応した訳ではなかろうが── 前方の闇の中に、ぼぉっ、と灯篭の明かりのような柔らかな光が灯った。
 悠奈たちは素早く身を伏せると、物陰からそっと前方の様子を窺った。一つ、また一つ、と増えていく灯り── その正体は、中型犬から大型犬くらいの大きさの黒い狼型サーバントだった。その光源は胴体の中か。まるで提灯の様な柔らかな光が、まるで蛍の様に明滅している。
 闇の中に現れては消える灯りの群れはとても美しく幻想的で…… 沙希と加奈子の二人は魅入られたようにそれに見入った。
 その横で、悠奈は一人、正気を保った目で『燈狼』の群れを見やった。明滅する灯りの只中に、浮かび上がる一つの人影── 微笑を浮かべてぼうっと立つその人物に、悠奈は見覚えがあったからだ。
 それは、かつて洞窟の中で語り合った少年、藤代徹汰、その人だった。
「加奈子ちゃん! 本部に増援要請! 沙希ちゃん、ほら、しっかりして! あの人を助けるよ!」
 悠奈はすぐに立ち上がると、敵中で孤立した徹汰の元へと駆け出した。正気に戻り、「ほえっ!?」と驚愕する沙希。無線機を手に接敵を報告する加奈子と共に慌てて悠奈の後を追う。
「いいの? 恐らくは『友釣り』だよ?」
「それでも、助けに行かないわけにはいかないよ!」
 迷う事なく答え、突進していく悠奈。気付いた徹汰がハッとした。
「君は……榊さん?! ダメだ、こっちに来ちゃいけない!」
 叫んだ時には、悠奈たちはもう徹汰の元に辿り着いていた。乾いた血がこびりついた制服姿の徹汰を守るように悠奈たちが円陣を組む。
「なんで……」
「大丈夫! すぐに助けが来るから! みんな、それまで保たせるよっ!」
 困惑する徹汰にそう返しながら、盾を活性化させて構える悠奈。闇の中、グルリと取り囲んだ大量の灯りが一斉に明るさを強くする。
 ぼんやりと明滅しながら闇の中を迫り来る灯篭の群れ── 獲物を見つけた狼型の身体の周りで、ゆらりと空気が揺らめいた。


リプレイ本文

「助けないわけにはいかない、か…… 悠奈ちゃんも一皮剥けてきたよね」
「ん。お兄さん以外で初の気になる異性の登場かな? お姉さん、気になるよっ!」
 悠奈たちと共に徹汰の元へと駆けつけて── 葛城 縁(jb1826)と彩咲・陽花(jb1871)はそれぞれ散弾銃と槍斧を活性化しながら、生暖かい笑みで悠奈を振り返った。
 そ、そ、そんなんじゃないですからっ! と、慌てて手と首を振る悠奈の横で、きょとんと小首を傾げる徹汰。そんな彼等の周囲には、全周でこちらを取り囲んだ『燈狼』の発する光── その数は西に6つと、南北に4つずつ。東側が2つと最も少ない。
「さて。合流できたのは良いけれど、完全に囲まれてしまったのだわ。こうなると次の一手は『包囲突破作戦』と言うやつかしら?」
 危機的な状況にもかかわらず、落ち着いた態度で嘯く卜部 紫亞(ja0256)。他に手はなかった。このまま包囲されてしまえば、後はタコ殴りでジリ貧だ。
 縁は陽花と頷き合うと…… 敵の包囲網を突破すべく、『最も数の多い西側』への強襲を提案した。
 黒井 明斗(jb0525)は、なるほど、と頷き、その意図を了解した。
「包囲の薄い地点には敵の伏兵がいる…… そういう事ですね。敢えて分厚い部分を破る、と」
 縁は頷いた。囲いの薄い東側には、十中八九、何かしらの罠がある。陽花は悠奈たちを振り返り、「露骨よね」と笑いかける。
「突破できなければその伏兵に後背を晒すことになります。それは了解していますか?」
「火中の栗を拾う、だよ。『火傷』には十分注意しなきゃ、だけど」
 明斗の懸念に頷きながらも、縁は手の中の散弾銃をギュッと握り締めつつ、それでも、と言葉を重ねた。
 明斗は頷いた。突破の先陣を味方に預け、自らは殿を受け持つべく、東側へと移動する。
「落ち着いて。熱い心と、冷静な頭脳…… それさえあれば、僕らは負けません」
 途中、緊張した様子の悠奈たちに声をかける。返事は元気なものだった。彼女らは緊張はしていたものの、怖がってはいなかった。
(勇敢な女の子たちだ)
 明斗は笑みを浮かべ、改めて気合を入れた。九州男児たるもの、後れを取るわけにはいかない……
「さて、それじゃ、精々相手を蹴散らして、勇猛果敢に逃げ出すこととしましょうか」
 紫亜は最後にそう呟きながら── 視線をチラリと徹汰に向けた。

 闇の中、全周より迫る燈狼の群れ── その中でも最も数の多い西側に向かって、撃退士たちは突っ込んだ。
 先陣は、スレイプニルを高速召喚した陽花。その後ろを加奈子の援護の下、『抜剣』した沙希が続く。
「縁、タイミング合わせていくよ! スレイプニル、お願い!」
 陽花が先頭で袖を振り、馬竜に攻撃の指示を出す。命に従い、嘶きと共に、口前に発生させた爆発的エネルギーを正面の敵へと叩きつける馬竜。先頭2匹の燈狼の眼前に着弾したそれはさらに後方の2匹を巻き込んで炸裂し。同時に、縁が後方から撃ち放った『ナパームショット』が、着弾と同時に炎の嵐と化して中央と後方の3匹を呑み込む。
 その『爆炎の庭』へさらに放たれる明斗の『コメット』── 空気を切り裂く甲高い音と共に降り注いだ流星雨は無数の小爆発を引き起こし、燈狼たちを薙ぎ払った。
 陽花たちが敵中へと踊り込んだ時── 6体見えていた燈狼は3体しかいなくなっていた。何か違和感を感じながらも、陽花は先頭の燈狼に向かって槍斧を横へと振り払った。バックステップでかわした敵に対して、横撃の勢いそのままにクルリと身を回し。流れる様に肩上へ斧槍を振り上げつつ、一歩踏み込み、振り下ろす……
「南北と東の敵、来ます!」
 敵とぶつかり、速度の落ちた撃退士たちの後方へ、背後の燈狼たちが追い縋る。明斗は警告を発した悠奈に回復役を任せると、自身は追撃を防ぐべく背後へと向き直った。
 前方、扇状に迫る灯りを見据えて『生命探知』を実行する。探知できた反応は── だが、目の前に光る灯りの数とはまったく違っていた。南と北側から迫る灯りは4つずつ── なのに、反応は2つずつしかない。逆に、東側の光は2つなのに、反応は4つもある。
「明かりを!」
 明斗の叫びに応えるように、紫亜が活性化させた『トワイライト』を手の平に生み出し、闇のベールを後退させた。
 反応が2体ずつしかなかった南北側には、燈狼が4体ずつ照らし出された。反応が4つあった東側には2体の燈狼と…… 音も無く草の上を這い進む3体の牙虎──サーベルタイガー型の姿が明らかになる。
 直後、縁が追撃してくる敵の一翼、北側の燈狼に向かって2発目のナパームショットを放った。爆炎の輪舞が再び敵中に巻き起こり…… それが消えた時、4体いたはずの燈狼は2体しかいなくなっていた。ただの一撃で消し飛んだ? まさか。では、あれは──
「幻影ね。死骸もないし。『蜃気楼』といったところかしら?」
「燈狼の半分がソレか…… そして、東側には、やはり」
 来ましたね、と呟く明斗の頭上でバンッと輝く照明弾。それを合図にしたかの様に、敵が一気に距離を詰める。
 明斗は斜め前方の燈狼にも気を配りつつ、正面より迫る3匹の牙虎に集中した。跳びかかってきた燈狼の牙を聖槍で受け弾き。宙返りで着地する敵にクルリと回した槍を突き入れようとして。直前、襲い掛かってきた牙虎の鉤爪に、明斗は攻撃を取り止め、急遽、活性化した『シールド』で受け凌ぐ。そのまま体重をかけて押し潰そうとする敵を後ろ足を引いて受け流し。素早く突き入れる反撃の穂先を、牙虎が牙で受け挟む……
「邪魔なのよねぇ…… 少しじっとしてなさぁい」
 そんな明斗の後ろへひょいと跳び下がった紫亜は、光球を放り投げつつ、手の平に電撃を生み出した。それを剣の如く引き出し、横から明斗に迫らんとする燈狼に対して鞭の如く振るい、打ち据える。
 その一撃に一瞬、動きを止めた敵を、すかさず明斗が貫き通す。
 紫亜は倒れた敵には見向きもせずに顔を上げると、全体の戦況を見回した。
 東側では、明斗が半包囲を受けながら牙虎3体の攻撃をどうにか受け凌いでいた。『シールド』がまるで壁の様に煌き、見る間にも消耗していく。
 焦燥と共に振り返る。西側では丁度、陽花が沙希たちと共に最後の燈狼を打ち倒したところだった。
「突破するよ! 今は敵を倒すことより、無事に帰ることを優先しないと!」
「今は君たちと遊んでいる場合じゃないんだよ〜!」
 西へと進み退路の確保を計る陽花と沙希。縁は散弾銃を乱射しながら、悠奈の回復を受けつつ後退してくる明斗と紫亜たちを加奈子と共に支援する……


 その少し前。戦闘開始直前──
 戦場で怪我をし、後方の本部指揮所で待機していた日下部 司(jb5638)は、加奈子から危機的な状況を知らされ、その表情を硬くした。
「敵襲を受けているんですね? すぐに応援を派遣します。加奈子ちゃん、今はとにかく包囲を抜けることに集中して……」
 加奈子たちの班には、明斗や悠奈をはじめ、多くの友人知人がいる。司は逸る気持ちを抑えながら、最も近い捜索班を通信機でコールした。
 焦れる間もなく、反応があった。応答したのは、同じく戦友の神棟星嵐(jb1397)だった。

「はい…… はい…… 燈狼に包囲…… 敵数は…… 西に6…… 東に2……」
 悠奈たちが置かれた状況を無線で司に知らされながら、星嵐は廃車のボンネットに地図を広げ、彼我の大まかな配置を書き込んでいった。
 報せを受けた月影 夕姫(jb1569)はすぐに縁と陽花の携帯に電話を入れたが、答えは無く、すぐにそれを切った。
「駄目、通じない。おそらく、もう戦闘に入っている」
 星嵐たちにそう告げながら、夕姫は焦燥に唇を噛んだ。──行方不明者の捜索に、大規模な敵の待ち伏せ。もしかして、私たちは嵌められた? 思えば、巨人型に待ち伏せされた時も似た様な状況だったけど……
「……恐らく、味方は西側から包囲網を脱出するだろうな」
 星嵐の傍らでジッと地図を見下ろして何かを考え続けていたリーガン エマーソン(jb5029)は、そう言って地図上、包囲態勢下にある味方の記号に、西向きの矢印を書き加えた。
「わざと手厚い方から突破、ね。敵の裏を掻くってこと?」
「敵の数の少ない東側は、そちらに誘い込む為の罠だ。敢えて西側に攻撃を集中し、突破を試みるだろう」
 縁はリーガンに頷きつつ、微妙な顔をした。陽花や縁が一緒だから大丈夫だとは思うが…… もし、東に突っ込んじゃってたらどうしよう?
「その時は西側の敵を背後から急襲し、味方の突破を援護する。……勿論、それまで彼等が持ち堪えられたらの話だが」
 それしかないか、と頷く夕姫。星嵐は地図を見下ろすと、敵包囲網の西側へ回る最短のルートを検索、地図上に線で記す。
 方針が定まると、彼等3人は1秒も無駄にしなかった。星嵐が定めたルートに従い、戦場の西側へと回り込む。
「そう言えば……」
 ふと夕姫が、横を走る星嵐に呟いた。
 司に確認しておいてほしいことがある── それを聞いた星嵐は訳知り顔で頷いた。
「ええ、分かっています。最初に行方不明になった学生の、名前と外見的特徴ですね?」

 闇の中から響いてくる、剣戟の音と、銃声と、炸裂音──
 3人は無言で頷き合うと、一旦、進路を外れて脇道へと入った。
 夜戦だ。正面から迎えに行けば同士討ちの恐れもある。味方はどうやら敵の包囲を抜けたようだ。ならば、追撃する敵の側面を衝いて勢いを挫いた後、合流して離脱する──
「よし、Goだ!」
 リーガンは味方の通過を確認すると、物陰から半身を出し、敵の側方から、両手で構えた自動拳銃を照準、速射した。重い金属の塊から一定の発射間隔でリズミカルに放たれたアウルの銃弾が牙虎の横腹に弾け、穿たれた破孔から飛び散った体液が地を叩き、白光に照らされた世界に色を添える。
 夕姫は、後退する味方に追走するように両翼を伸ばす燈狼に狙いを絞ると、指に嵌めた五連の指輪から光弾を生み出し、立て続けにそれを投射した。ゆらりと『陽炎』を揺らしてその光弾を回避する燈狼。──空気の揺らぎによる錯覚か、と看破した夕姫は、今度は5つの光弾をばら撒くように投射した。多くの玉がすり抜ける中、数発が本体を直撃し、燈狼がくの字にその身を曲げる。
 そんな2人の支援の下、飛び出した星嵐は大胆にも敵中に踊りこむと『氷の夜想曲』を放って周囲へ冷気を放射した。凍結したアウルの水蒸気が同心円状に周囲へ伝播し、それに飲み込まれた牙虎と燈狼が1体ずつ、強制された眠気に堪えきれずに地面へと倒れていく……
 新手による突然の襲撃に、敵勢は瞬間的に追撃の勢いを失った。一旦、距離を取り、状況を再構築しようとする。
「撃破に拘る必要はない。俺たちの役目はここまでだ」
 リーガンは一時後退する敵を銃撃で送り出すと、素早く周囲に視線を走らせ、全ての敵が一定の距離を取った事を確認。一気にその場から離脱を図った。星嵐もまた混乱する敵の渦中から反撃を受けつつも疾く離脱。闇の十字を置き土産に放ちつつ、近場の茂みの中へと飛び込む。それを追おうとする敵の脚部へ光弾を放ちつつ、夕姫は殿に立って敵を警戒しながら、後退する味方を追って一気に戦場から撤収する。
 態勢を整えて再び追撃態勢に入った敵は、本部の味方を連れて前進してきた司の伏撃によって蹴散らされた。
 こちらの態勢が整ったことを敵の『指揮官』は悟ったのだろう。敵は全面に渡って攻勢を中止。後退を開始した。


「全員無事、損害なし…… 皆、よく頑張ったな」
 味方の防衛線の内側まで後退し終えて── リーガンはようやく一つ息を吐いて銃を仕舞うと中等部の3人に声をかけた。
 互いに顔を見合わせて、ようやく笑顔を見せる3人。怪我だらけの明斗が崩れ落ちるようにその場に座り、3人に対して怪我はないかと微笑みかけ。完全に敵が撤収したことを確認した夕姫がようやく、友人の縁、陽花とハイタッチを交し合う……
 そんな中、司は目立たぬよう、一人一人に声をかけて回った。その『情報』を聞いた紫亜がさりげなく立ち位置を変える。
 悠奈たちを遠目に見ながら安心したように息を吐き、立ち去ろうとする徹汰を星嵐が呼び止めた。
「『藤代徹汰』さん。あなたに聞きたいことがあります。……いったいどのような状況から、燈狼に取り囲まれるような事態に陥ったのですか?」
 その瞬間、空気が変わった。それまでの和やかな空気が急に張り詰めたものとなり、3人娘が戸惑った視線を交わす。
 徹汰は星嵐に視線を返し、どうしてそんな事を聞くのか、訊ねた。
「なんというか…… 最初から、怪しい、って思ってたのよねぇ」
 いつの間にか徹汰の背後に回り込んでいた紫亜が、飄々とした調子で、その実、全く油断のない瞳で徹汰を見やりつつ、言った。
「彼が天使だからですか?! それって差別じゃないですか!」
 反駁したのは、徹汰ではなく悠奈だった。紫亜は冷たい笑みを返した。そう言われればそうである、としか答えようがない。天使や悪魔には個人的に……というか、一族的に恨みがある。
「証拠は…… というか、理由はあります」
 星嵐の視線を受けて、夕姫はちらと悠奈を見た後、嘆息混じりに徹汰に告げた。
「行方不明になっていた学生の名は『藤代徹汰』ではなかった。ついでに言えば、今回、任務に参加した学生の中にもその名はなかった。……なぜ、あなたは理由もなく、あんな所に一人でいたの?」
 沈黙が場を支配した。
 明斗が再びその場に立ち上がり。リーガンが静かに姿勢を変える。陽花は悠奈の側に立ち、震えるその手をギュッと握った。司は思う。「悠奈ちゃんに、親しい男の子だと……!?」と驚愕したのはついさっき。勇斗に彼の存在をメールで報せてやろうと企んでいたのに…… 今ではもう、笑えない内容になろうとしている。
「学生証を見せて欲しいな」
 徹汰に一歩、近づきながら、縁が片手を差し出してみせた。その『ポーカーフェイス』な表情からは、その内心は窺い知れない。
「ほら、私たちの誤解かもしれないし。X組の担任は松岡先生だったっけ? あまり心配をかけたら駄目だよ。怒られちゃうんだから……」
 悠奈は気付いた。学園の体育教師・松岡は担任を持っていない。
 徹汰は無言で胸ポケに手をやると、ゆっくりと学生証を取り出し…… それを素早く縁に投げた。
 同時に光の翼を展開し、直上30mへと飛び上がる。間髪入れず放たれる紫亜の暗黒の雷。一撃を受けた腕を押さえた徹汰は最後にチラと悠奈を見下ろすと、全力で南へと──鳥海山方面へと去っていく。
 縁は地面に落ちた学生証を拾い上げた。学生証の名は『藤代徹汰』。貼られた写真は── 別人だった。
「そんな……」
 去ってゆく光の翼は夜の闇に溶けて消えゆき……
「……哀しい再会に、なっちゃったね」
 それを見送る悠奈の耳に、誰かが洩らした呟きは遠かった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

原罪の魔女・
卜部 紫亞(ja0256)

卒業 女 ダアト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
戦いの中で戦いを……・
神棟星嵐(jb1397)

大学部6年70組 男 ナイトウォーカー
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
徒花の記憶・
リーガン エマーソン(jb5029)

大学部8年150組 男 インフィルトレイター
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド