列車の時間までまだ時間があった為、勇斗は敬一の助言に従い、悠奈への土産を買うことにした。
まだ人の少ない土産物屋のフロアを余裕をもって一周し…… 十分に吟味した後、夫婦茶碗の前で止まる。
「ちょっと待ったーっ! あんた、それを妹さんへの土産にするつもりっ!?」
茶碗の箱を手に取って満足そうに頷いていると、寮の仲間へのお土産を買いに来ていた雪室 チルル(
ja0220)が二つ向こうのブロックから物凄い勢いでスッ飛んできた。チルルもまた避難所帰りだ。昨日の勇斗たちの会話も何とはなしに小耳に挟んでいる。
「ちょっと、それ貰う妹さんの立場になって考えてみなきゃ! あんたがもしそれ貰ったらどうするのよ!?」
「……いや、普通に茶を飲むけど」
「ですよねっ!」
なんか並んでほっこり日本茶を飲んでる勇斗と悠奈の姿(鉄瓶つき)を普通に想像して、チルルはぬおー! と頭を抱えた。いや、確かにこの兄妹なら違和感はないんだけれどっ。
「いや、ほら、一応、妹さんも年頃の女の子なんだし?! おしゃれなお菓子とか!」
ををっ、と納得しかけた勇斗の視線は、だが、数瞬後には『地元感のまるでない前衛的な木彫りの置物(外国産)』に止まり。危険を察したチルルが無理やり視線を逸らさせる。
「そうだ、あれよ! あっちにしよう! なんかキラキラしているし!」
勇斗の手を引っ掴み、置物から引き離しにかかるチルル。
同じく、土産物、というよりは、『自分へのご褒美』を買う為に『都会的な何か』を探しに来ていた竜見彩華(
jb4626)(←場所選択間違い)は、そんな勇斗とチルルを見かけて思わず背景に稲妻を落とした。
「ゆっ、勇斗さんが女の子と二人でいるっ!?」
慌てて棚の陰に隠れ、包装された『前衛的な置物』の袋(←物品選択間違い。購入済み=手遅れ)を手に、そっと二人の様子を窺う彩華。……分かってる。してぃーがぁるはこんなはしたないことはしねぇ。でも、年頃の娘っことしては、ごしっぷはやっぱり気になるべ?
「ん、お鍋に関しては了解。分かった。私はケーキを買っていけばいいんだね? ん、勇斗くんには伝えておく。じゃあ、また後で」
学園にいる友人、葛城 縁(
jb1826)から帰還後に行われる鍋パーティーの連絡を受けて。彩咲・陽花(
jb1871)は携帯をしまいながらフフフ、と小さく笑みを零した。
これは勇斗くんに声をかける良い口実、もとい、きっかけが出来た。いや、なくても一緒に帰るつもりだったけど。
(おねーさんとして、お土産、きちんとアドバイスしなくちゃね! 第一声は…… いきなり後ろからハグしちゃったり?!)
真っ赤になる勇斗を想像しつつ、陽花はぴょんこぴょんこと兎に跳ねて。ハッと我に返って巫女服の襟をピシッと正す。
その視線の先には、棚の陰から何か前方を窺う彩華の姿。陽花は小首を傾げつつ、その背中に声をかけた。
「? なにしてるの、彩華ちゃん?」
「わひゃあ!?」
驚いて跳び上がり、慌てる彩華を他所に。勇斗とチルルに気付いた陽花が背景に稲妻を降り落とす(当社比倍)
「勇斗くんが、買い物を、女の子と、二人きりでっ!?」
そんな陽花に気付かず、土産物を前にあーだこーだと色気のない会話を続ける二人。陽花は「おねーさんとして、ここは負けるわけにはいかない……!」と、勇斗に向かって突撃した。
「勇斗くん! 悠奈ちゃんのお土産選んでいるの? 手伝ってあげるよー♪」
背後から両手を回し、ギュッと身体を押し付ける陽花。まるで恋人同士のような(?)その『攻撃』を前に常人は気を使うところだが、脳筋突撃お嬢・チルルの辞書にそのような単語は載っていない。
「おおっ、丁度いいところにっ!」
なんかそのまま三人で土産物の検討を始める3人。彩華は戦慄した。こっ、これがしてぃーがぁるの本気というやつだべか!(←違います)
そんなこんなで何とか無事(?)に土産物を購入した4人は、そのまま向かい合わせで列車の座席に収まった。
ガタゴトと列車に揺られつつ、お菓子と飲み物を旅の供に他愛もない会話に花を咲かす。
「そう言えば妹さんは元気? あれ以来、会ってないんだけど……」
大上段から切り込んだのは、やはり突撃お嬢のチルルだった。謝らなきゃいけないんだけどな…… と、嘆息して視線を逸らす勇斗に、チルルは「まだ謝ってないんだ……」と呆れ果てる。
「ああー、もう! さっさと謝ればいいじゃん! 男なら真正面から突っ込んでいきなさいよ! グダグダ考えすぎ! 『考える前に突撃しろ。その後のことはその後考えればいい』、よ!」
途中、何かの芝居を混ぜながら、一気にまくし立てるチルル。わかってはいるんだ、と勇斗は軽く両手を上げて降参を示した。……いや、やはりわかっていないのか? だから、今もこうして妹と同じ年くらいの女の子たちに心配をかけている……
「……14歳って勇斗さんが思っているほど子供ではないですよ? ちゃんと色々考えてます。私だって、悠奈ちゃんだって…… あ、勿論、チルルちゃんだって」
答えたのは、彩華だった。
「私にだって色々ありました。学園に来た当初に比べれば、強くなれたと思います。……でも、守れなかったものだって、やっぱりあるんです。悔しくて、悲しくて、足りなかったものは何だろう、ってずっと考えて…… 経験が、思考が、力が足りなかったからって最初は考えて。でも、原因はそれだけじゃなかったって気付くんです。……自分一人でどうにかできたんじゃないか、って思うのは、結局、独り善がりなんじゃないか、って」
前日、深夜。避難所近郊、街灯下──
闇の帳の向こうから浮き出るように姿を現した骸骨戦士に対して、彩華は召喚したティアマトを振り返り、突撃するよう指示を出した。
歓喜の雄叫びを発し、地響きと共に突進する蒼銀竜。体当たりをまともに喰らった骸骨が砕け散り、戦場に沈黙が舞い降りる。
撃退士たちは暫し様子を窺い…… 敵襲がないことを確認するとようやく臨戦態勢を解いた。
勇斗は彩華たちに報告と警戒の継続を頼むと、自身は神棟星嵐(
jb1397)、日下部 司(
jb5638)の二人と、周囲に敵が潜んでいないか見て回ることにした。
「やはり、ただの敗残兵だったようですね」
周回後、どうやらただの遭遇戦だったと結論付けて帰路に着き。避難所へ戻る道すがら、話題は自然、共通のものとなる。
「そう言えば、勇斗くんが青森に来てから結構経ちますね。家に帰る時間もなくて、悠奈ちゃんも心配していたでしょうね」
星嵐がそう水を向けると、勇斗はまた歯切れの悪い返事をした。それを見た司は「まだ謝ってなかったんですか?」と驚き、呆れた。
「妹を守れるくらい強くならなければ…… そう思っているなら、それは違うんじゃないんですか? そんなんじゃ、大切な人は守りきれないと思います」
挑発的な言葉に眉を上げる勇斗。構わず司は先を続ける。
「勇斗さん、そんなに妹さんに『守られる』のは嫌なんですか? 今、勇斗さんに必要なのは、全ての脅威から悠奈ちゃんを守れる絶対無敵の強さじゃない。一緒に歩いていく勇気だ。……貴方がウジウジと一人で勝手に悩んでいる間に、悠奈ちゃんはちゃんと前に進んでますよ。しっかりしてください。悠奈ちゃんは今もその場所から、勇斗さんが来るのを待っているんですよ!」
「俺がみんな悪いのか? 司、お前だって己の無力さに絶望し、守れるだけの強さを求めて苦しんだろうに!」
「ええ、そうですよ! 誰かを守る為に撃退士になったのに、守ることが出来なかった! 俺だってもっと強くなりたい。でも、それは一人で戦う為じゃない。共に歩いてゆく人たちを少しでも助ける為です!」
ヒートアップしていく二人の論争に、星嵐は口を挟まなかった。3人の内、2人が片方の立場に立てば、残された一人は逃げ場をなくしてしまう。
司が敢えて挑発的な言動をしていることは分かっていた。恐らく、感情を昂らせて本音を吐き出させようというのだろう。だから、星嵐は、2人の口論が喧嘩寸前まで盛り上がるのを見極めて、その寸前で冷静に水を差した。
「悠奈ちゃんが撃退士として戦うのがそんなに嫌なんですか?」
星嵐の一言は、勇斗の核心をついていた。冷や水を浴びせられた勇斗が、冷静さを取り戻して本音を零す。
「……怖いんですよ。あいつが戦場に出ることが。でも、戦場に出続ける俺にそれを止める資格はない。あいつも……っ! 言わなくたって分かってくれそうなものなのに」
「……それこそ兄のエゴです。言葉にしなければ伝わりませんよ」
冷静さを取り戻した司の言葉に、星嵐もまた頷いた。……言葉とは不思議なものだ。一度発したそれは、まるで生きているが如く人の記憶にこびりつく。……『言霊』とはよく言ったものだ。どんなに後悔したとしても、一度発した言葉を覆すことはできないのだ。
「……たまに喧嘩をすることは好い事だと思いますよ、自分は。それは、相手を信頼しているからこそ、本音として伝えられるからです」
ただ、それを後悔するのであれば、素直に謝るべきだろう。間違った道へ進んでしまうと、もう二度と、すれ違うことすらできなくなってしまうから──
星嵐はそこで言葉を切ると、司と勇斗を交互に見やった。2人はバツが悪そうに視線を交わすと、謝罪の言葉を口にしながら、互いに拳をコン、と合わせる。
「そういうことです。勇斗君は、悠奈ちゃんが戦う事に反対なら、ちゃんとそれを伝えるべきです。そして、悠奈ちゃんの本音も聞くべきです。互いが互いを護り合う…… それも家族の絆の一つではないですか?」
「……一人の力で出来ること、守れるものには、どうしたって限界があるんです。だから、守りたい人と一緒に強くなっていけるなら、それってとっても心強くて素敵なことじゃないですか?」
勇斗はハッと我に返った。
学園へ帰る電車の中、斜陽が差し込む窓辺の座席── はす向かいに座った彩華が、悠奈の立場に立って言葉を続ける。
「勇斗さんが悠奈ちゃんに傷ついて欲しくないと思っているのと同じくらい、悠奈ちゃんだって勇斗さんに傷ついて欲しくないと思っているんです。きっと」
彩華の言葉に、勇斗はすぐに返事が出来なかった。
兄として強くなければならない── 俺のエゴが全ての原因なのだろうか? だが、それは……
「悩んでいる顔だね。でも、悩むのも好い事だよ」
隣りの席に座った陽花が、優しげな視線で微笑んだ。……悩むのは良い事だ。いっぱい悩んで、つまづきながら前に進んでいけばいい。
「まぁ、悩んだり困ったりしたら、いつでも話は聞いてあげるよ。これでも(見た目は)巫女さんなんだしね。お姉さんに任せなさいだよー♪」
●
「悠奈さん、私が初めて会った時のような、暗い顔をしていました。またご飯が美味しく食べれてないのか、心配です」
昨日、悠奈と共に列車で秋田から帰還した牛図(
jb3275)は、その時の悠奈の様子に心底心配そうな顔をした。
その巨躯を猫背に丸めてしょんぼりする牛図の姿に、悠奈を共通の友人に持つ月影 夕姫(
jb1569)が思案気な顔をする。
「勇斗くん、今日、帰ってくるんだっけ? ……そんな調子じゃまた不安ね。まずはお互い気兼ねなく話せる雰囲気を作らないと……」
どうしたものか、と腕を組む夕姫。同じく、心配そうに何かを考えていた縁がパッと顔を輝かせ、挙手をする。
「お鍋! お鍋なんかどうかな!? 勇斗くんの帰還祝い、ってことで! 最近、寒くなってきたし、お鍋にしよう! ね、ね?」
縁の案に、牛図はポンと手を打った。
「お鍋は一人じゃ寂しいです。お鍋でみんな元気が良いです」
「そうね。みんなでわいわいやれるなら、最初から兄妹二人で緊張もしないですむし…… 水炊きとか味噌煮込みなんてのもいいかな。陽花に南部せんべい買って来て貰えれば、せんべい汁もできるかも」
牛図と夕姫の賛意を受けた縁は、早速、電話で青森にいる陽花に電話をした。鍋パーティーの企画を伝えると共に、ついでにデザートのケーキとおせんべいを買って来るようお願いする。
「じゃあ、それぞれ何を作るかメニューを考えておくように。悠奈ちゃんに話を通すのは…… 今からだと放課後かな? あ、沙希ちゃんと加奈子ちゃんも呼ばないとね」
夕姫の音頭におー! と拳を上げて応える縁。牛図はいそいそとその場を離れると、学校を出て商業区画へ足を向けた。
依頼帰りで奮発できます! とA5ランクの牛肉を塊で購入し。通りかかった魚屋さんの前で、お魚を下ろす大将の包丁捌きに感動の表情を浮かべて立ち止まる。
「お魚が食べ物になる…… すごいです、いつかは僕も……!」
目を輝かせて作業を見学する牛図は周囲の視線にハッと気付いて。手早く買い物を済ませると、邪魔にならぬよう急いでその場を後にした。
「私、ちゃんと強くなれているのかな……?」
放課後、参加した自主訓練の訓練場で。悠奈は、休憩中、隣に座った音羽 海流(
jb5591)にそんな弱音を洩らしていた。
海流は「突然、どうした?」と笑いかけ。存外、真面目な悠奈の表情に、思案気な顔をして視線を逸らす。
体操着姿で並ぶ二人に暫し沈黙の帳が下り…… ふと、海流は思い出した。そう言えば、うちの兄貴が、榊ってディバインナイトに世話になったと言っていた。姉もまた相談に乗ったことがあるその榊という人は、妹の為に随分と無理をしようとしていた、と聞いたことがある。
(なるほど、その兄貴の妹がこの悠奈というわけか)
海流は、どうしてそんな事を聞くのか水を向け、前線で戦う兄の為に少しでも力になりたい、という理由を聞き出した。更に突っ込んだ話を聞き、兄に叩かれたことまで話題を引き出す。
海流は苦笑した。なんというか、似たもの兄妹というか、あの兄にしてこの妹あり、というか。
「強さ、ねぇ…… 俺の周りは、弟妹の方が兄姉より実力が高いパターンが多くてな。でも、自分より弟妹の方が強いからって、心配しない姉兄なんていないと思う」
海流がそう言うと、悠奈は小さく頷いた。たとえどんなに兄が強くたって、妹としては心配なのだ。だからこそ強くなりたいと思うのだが…… 今の海流の話だと、どんなに自分が強くなっても、兄に心配をかけることに変わりはない。
「私、やっぱりお兄ちゃんに心配をかけちゃっているのかな……? でも……」
苦しそうにそう言う悠奈を見て、海流は「本当にそっくりな兄妹なんだな」と感じ、苦笑いを浮かべた。
「海流君、真面目に聞いてる?」
「ああ、勿論。年下の兄弟から見れば、助けになれるように強くなりたい、って感情も分かるしな。……いや、俺、七人兄弟の真ん中だから。君とお兄さん、どっちの感情も分かるんだ」
七人兄弟の話をすると、悠奈は驚いて目を丸くした。その様な反応に海流は慣れていたが、「じゃあ心配も私の6倍だね! 大変だ!」と悠奈が言ってきたのにはさすがに笑った。
まぁ、そうだね、と真摯な表情で空を見上げる海流。正義感に燃える弟に、復讐心が顕著な義弟らを思い出し…… 彼等が持つ危うさを改めて危惧してみたりする。
そうこうしている内に休憩時間が終わり。集合を指示する教師の声に、海流は芝生から身を起こした。パンパンとお尻についた芝を払う悠奈に向き直り、最後にこう付け加える。
「まぁ、お兄さんに叩かれたことはショックだろうけど…… 君の方はそんなに気にしなくていいよ。そっちはお兄さんの問題だ。……だから、いざ顔を合わせれば、案外上手く行くと思うよ? だって、兄妹って、そういうものだろう?」
自主訓練の時間を終えると、悠奈は着替えて寮への帰途へとついた。
海流の言葉に大分気が楽になったので、覚悟らしきものを固めてみようと思ったのだが…… なかなか思い切ることが出来ず、自分の心がこうも思い通りにならにかともどかしく思ったりもする。
のろのろと重い足取りで学園内を歩いていると、スマホの呼び出し音がなり…… 悠奈は歩きスマホにならぬよう、急ぎ近場のベンチに座ってから通話を始めた。
電話は縁からのものだった。皆で勇斗の帰還を祝う鍋パーティーを榊家で開きたいので、その許可を求むというものだった。悠奈は「ありがたいです、是非!」と渡りに舟とばかりに了承し。電話の向こうの縁を苦笑させた。
「悠奈ちゃん、焦っちゃダメだよ? 最初から上手く出来る人なんて、本当に一握りの人たちだけなんだから。私たちは失敗を繰り返し、反省しながら少しずつ前へと進むしかないんだよ」
縁は言う。本当に怖いことは3つ。失敗を知らずにいること。失敗をしても反省をしないこと。そして、失敗した後もずっと後悔し続けることだ。
「反省できなければ同じ失敗を繰り返すし、後悔だけ繰り返していてもいつまでも前には進めない…… 一人で抱え込んだりしたらダメだよ? 悠奈ちゃんは一人じゃない。ちゃんと先輩や友達、勇斗君を頼らなくちゃ!」
縁の言葉に、悠奈は涙を浮かべて礼を言った。その涙声に、縁が電話越しにわたわたと慌てる。
隣りのベンチに座って恋人を待っていたポニーテールの少女、藤咲千尋(
ja8564)は、聞くとはなしにその話を聞いてしまい…… その内容から、お兄ちゃんについて悩んでいるのかな、と察しをつけた。
(お兄さんの為に、強くなろうと頑張っている……? でも、ちょっと焦っちゃっているのかな……?)
チラと悠奈を窺う千尋。ホッと電話を切った悠奈が、その視線に気づいて振り返る。
(目が合った……っ!)
その瞬間、千尋は慌てた。一見、明るく、元気で、人懐っこく見える千尋も、その実は極度の人見知りだ。
こういう時の解決法は決まっていた。千尋はバッと席を立つと…… 悠奈のベンチへ歩み寄り、その隣りに腰をかけた。
「お兄ちゃんの事で悩んでいるの? わたしにもお兄ちゃんがいてね、今は離れて暮らしているんだけど、大好きなお兄ちゃんなんだ!」
千尋の解決法── それは即ち、その人見知りの対象とガンガン距離を詰めることだった。友達になってしまえば人見知りしなくて済む── 千尋は、限りなくアグレッシブな人見知りだった。
「学園に来たばかりの頃は、家に帰りたくって仕方なかった…… でも、本格的に戦闘依頼に出るようになって、もっとちゃんと強くなりたいって思うようになったの!」
そこまで一気に話し掛けて…… 千尋は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている悠奈に気付き、「あ……」と怯んで言葉を止めた。
悠奈は首を横に振り、千尋に言った。「続けてください。もっとお話が聞きたいです」、と。……千尋さんが戦う理由は、きっとお兄ちゃんのそれと同じだ。そして、恐らくは将来の自分とも。
千尋は一瞬、涙ぐむと、笑みを浮かべ、少し落ち着いた調子で話を続けた。
「お兄ちゃんや、お父さん、お母さん、妹、友達…… それにすわくんとか(照)…… 自分が大切に思う人たちが、みんな穏やかに、笑顔で暮らしていけるように。自分に出来ることは全部一生懸命やって、それで自分に出来ることが今よりもっと増えたらいいな、って、そう思うよ、私」
一人一人を脳裏に思い浮かべて、実感と共に振り返る。
悠奈は泣いていた。まったくもってその通りだと思いますっ! と千尋の手を両手で握り、頭を下げる。
「でも、焦っちゃダメだよ! 電話の人も言ってたでしょ? 私だって、今、目指してたところまでちゃんと強くなれたか、って言われたら、まだちょっとわかんないんだからね。今すぐ強くなって、大事な人みんな私が守れたらいいのにー! って思ったりもするけど…… でも、急に一人で何でもかんでも出来るようになんてならないし、ちょっとずつ自分に出来ることを増やしていけたらいいんだと思う」
一つのベンチの上で互いに正座しながら、両の手を握り締めて語り合う二人。
そんな二人の傍らに、いつの間にか櫟 諏訪(
ja1215)が立っていた。腰を折り、握り締められた両手を見て「ほほー」と呟く諏訪。ポニーが逆立つほどびっくりした千尋が、顔を真っ赤に染めて諏訪に尋ねた。
「す、すわくん……! い、いったいいつから……?」
「んー、殆ど最初からですよー?」
にっこり笑う諏訪の返事に、さらに汗だくで顔を沸騰させる千尋。諏訪はニコニコ笑いながら、悠奈の方を向いて語り始めた。
「いやー、千尋ちゃん、頑張ってましたものねー! 同じインフィルトレイターということで、ちょっと照れ臭いですけど自分を目標にしてくれていて、だからこそ自分も頑張りたいっていうのがあったので、悠奈さんも自分の気持ち、こうなりたい自分、っていうのを素直にお兄さんにぶつければいいんじゃないかなー、って思いましたよー? 自分も、千尋ちゃん、大好きですよー、って良く言っていますしねー」
「きゃああぁぁぁ……っ?!」
諏訪のセリフの後半は、わたわた両手を振った千尋の叫び声によって掻き消された。ぜいぜいと息を荒げる千尋の様子を微笑で見やりながら、悠奈は諏訪に「千尋さんの恋人さんですか?」と小首を傾げた。
諏訪は、にっこり笑って答えた。
「初めましてー! イチイ スワと言いますよー。お悩みがあるようですね。話してみたら楽になるかもしれませんよー♪」
「お兄さんの気持ちは分からないでもないですねー。自分に兄弟はいませんが、何よりも大事な千尋ちゃんには怪我してほしくないですしねー」
三人でベンチに並んで座り、惚気る度に顔を真っ赤にして慌てる千尋を心底愛おしそうに見やりながら、諏訪はニコニコと悠奈に頷いた。
「もちろん、撃退士である以上、怪我しないなんてわけにはいかないですけど、それでも、守れるのならば守りたいですよー」
その真摯な表情に千尋は一瞬、ドキッとして。次の瞬間には常の笑顔に戻った諏訪が続ける。
「海流くん、でしたっけー? 彼の言う通り、叩かれた事は気にしなくても良いと思いますよー。自分が思うに、お兄さんは悠奈さんを危険に晒した自分に一番怒っていたんじゃないかなー? 何で分かるかって? それはまぁ、自分も一応男ですしー?」
キリッと表情を引き締める諏訪に、もう騙されないんだから、と呟きつつも顔を赤くする千尋。
二秒後にヘロッ、と表情を戻した諏訪を他所に、悠奈がこちらにとぼとぼと近づいて来る人影(巨漢)に気付いてそちらを見る。
それは、両手にスーパーの買い物袋を提げた牛図だった。そう言えば縁さんたちとここで待ち合わせをしてたっけ、と悠奈が思い出す。
「悠奈さん…… 僕、大変なことをしてしまいました」
どんよりと落ち込む牛図に、悠奈が慌ててどうしたのかと立ち上がる。牛図は絶望の表情で頭を抱えた。
「お鍋の…… お鍋の材料をつい買ってしまったのです。どうしましょう。お相撲さんなら一人でもお鍋だけど、僕は違うので困ります。あぁ、一人じゃなかったら食べ切れるのに。悠奈さん、最近、ご飯、美味しくないですか? でも、きっと皆で食べれば美味しいです。お鍋、一緒なら、僕も食べれて幸せです。だから、一緒に食べてくれませんか?」
お相撲さんよりも大きな身体をゆっさと揺らしながら、不器用に悠奈を鍋に誘う牛図。悠奈はそんな牛図の腕を(肩はとどかなかったのだ)をポンと叩いた。
「……いいんだよ? お鍋パーティーのお誘いなら、もう縁さんから連絡を受けてるから……」
そう言われてちょっぴり落ち込む牛図の陰から、縁と夕姫が(牛図をポンと慰めつつ)出てきて悠奈をパーティーの買い物に誘う。牛図は再びショックを受けた。自分、もう一人でお鍋の材料買ってきてしまいましたヨ?
「ほぅ、鍋パーティーですかー」
とぼとぼと先に榊家へ向かう牛図の背を見送りながら、諏訪がそう独り言ちた。ちなみに、千尋のアグレッシブ人見知りが発動した為、縁も夕姫も既に『お知り合い』だ。
「お鍋かぁ…… 料理はすわくんの方が上手いから、私はお手伝いかなぁ」
千尋のその呟きに、お弁当屋でバイトをしている夕姫がキランと目を輝かせる。
「……へえ。貴方、料理はイケるクチ?」
「どうでしょうー。まぁ、人並みならー」
それなら手伝ってもらおう、と夕姫が諏訪と千尋をパーティーに誘い。縁が「それじゃあ、材料の買出しにしゅっぱ〜つ!」と、悠奈の手をとって商業区画へと進み出す。
大型スーパーに到着した一行は、地下の食品売り場でそれぞれ食材を集めにかかった。
悠奈もまた材料を集めて奔走し…… 冷蔵庫の豆腐を取ろうとして、横から伸びてきた手とぶつかりそうになる。
「あっ、すみません、どうぞ」
最後に残った豆腐を悠奈が譲ると、その手の主、アネモネ(
jb7743)は遠慮なくそれを手に取り…… 悠奈のカートにチラと目をやった。
「……鍋なのね」
「えっ!? あ、はい、そうですけど」
「……お料理は上手じゃないけど、素材選びだけは手馴れているの。活き活きしている食材を見てると、幸せなの」
「はぁ……」
悠奈が戸惑っていると、アネモネはその横について一緒に食材選びについて回った。困惑する悠奈に対して「豆腐のお礼」とだけ呟く。
「お鍋…… 一人で食べるの?」
悠奈に向かってアネモネは訊ね。事の顛末を聞いて一人、ああ、だから…… と納得した。
「あたしも兄はいるのよ…… 多分。歳が離れすぎていたせいで、喧嘩は一度もなかったけれど。でも、お兄ちゃんみたいな幼馴染はいる…… と思うの。こっちの幼馴染とはよく喧嘩をしたんだけど」
そう言って思い出したように笑うアネモネに、悠奈は怪訝な顔をした。多分? 思う? それにしては随分はっきりした物言いだけど……
「ああ、あたし、なぜか別世界の記憶があるの。でも、この世界のことじゃないから、あたしの覚えていることが本当なのかどうか、わからないんだけどね」
そう言って悟り切ったような、吹っ切れたような笑みを浮かべるアネモネ。話を聞いた悠奈は、「ごめんなさい」と謝った。聞いてはいけない辛いことを、聞いてしまったと思ったからだ。
「そう、その『ごめんなさい』! さっき、幼馴染とよく喧嘩したって言ったでしょう? その『ごめんなさい』より良く効く、仲直りする魔法の言葉、私、知ってるの」
「えっ!?」
「ふふっ、知りたい? それはね、『ごめんね』じゃなくて、『ありがとう』なの。最初はびっくりされるけど、大体、それをきっかけにまたしゃべってくれるようになるのよ」
そう言いながら一通りの食材を選び終えると、アネモネは簡単なレシピを伝えてその場から離れていった。礼を言い、お鍋をごいっしょしませんか、と誘う悠奈を振り返り、謝辞しつつ最後に付け加える。
「悠奈さん。あんたならきっと、お兄さんと仲直りできるよ。勘だけで保障はないけど、きっと大丈夫。……あたしもね、いつか強くなりたいの。お互い、頑張りましょうね」
食材を買い終えて榊家へとついた一行は、早速、調理にかかった。
縁は割烹着を重ね、さらに襷がけをして調理に臨む。陽花から伝えられてくる勇斗の予定帰宅時刻を睨みながら、ガチモードで料理を始める夕姫に、千尋に手伝って貰いながらデザートのカボチャ入りスイートポテトを作る諏訪。縁は悠奈に味付けのコツを教えながら料理の楽しさを悠奈に伝え…… 下拵えを終えた牛図がその身を屈めながら鍋や食器をテーブルへと運んでくる。
「戦う理由? そうね、誰だって戦う理由はあるわ。それが他人から見たらどんなにちっぽけでも、本人にとってはとても重要なことがね。……悠奈ちゃんが戦うって決めた時、悩んで、苦しんで、考え抜いた末に決断したんでしょ? だったら、それを自分で『浅はか』なんて思っちゃダメ。それは自分自身への裏切りよ」
テーブルに並んだ料理を示しながら、夕姫が悠奈にそう告げる。この鍋料理だって、色んな食材があるから美味しくなる。皆で協力したからこそ、ここまでの準備ができた。食べるのだって、みんなで食べるからこそもっと美味しくなるものなのだ。一人で鍋はしょんぼりだった、と、牛図も証言してるじゃないか。
「ほんと、喧嘩するほど仲が良い、ってね。前の時もそうだったけど、今度もちゃんと互いの想いを話してみたら? ……いっそ、一回叩き返してみるとか」
最後の冗談に慌てる悠奈に、夕姫がクスリと笑う。陽花の繋ぎっぱなしの携帯を聞いていた縁が、勇斗の帰還を報せ…… 息を潜めて待ち受けた一行が、室内に入ってきた勇斗を歓声と共に出迎える。
「ほら、悠奈ちゃん。こんな時、家族に言うべき言葉があるんじゃないかな?」
縁に背を押され、気まずそうに相対した悠奈が「おかえりなさい」と微笑を浮かべ。どこかホッとしたような勇斗が「ただいま」と口にする。
後はもう盛大に鍋パーティーが行われるだけだった。サプライズの為、一時、別行動を取っていた青森組が合流し。深刻な話題はもう終わりとばかりに鍋パーティーを満喫する。
「ん、それじゃあそろそろ解散かな? 勇斗くん、悠奈ちゃん、お邪魔しましただよ♪」
二時間程楽しんで、宴は終わりを迎えた。片づけを済ませて帰る段になって、陽花が勇斗にウィンクし…… 後は二人で、ね? とその背中をポンと押す。
夕姫もまた「仲直り、頑張ってね」と悠奈に囁き、帰り際に勇斗の方へと押し出した。
「お見送りは結構だよー♪」
と扉の陰から手を振りながら、最後に縁がドアを閉める。
「仲直り、できるといいな……」
榊家のマンション寮の表の道路を歩きながら、千尋が後ろを振り返り…… その手をそっと握りながら、励ますように諏訪が言った。
「後は本人たち次第ですねー。でも、きっと大丈夫ですよー」