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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/19


みんなの思い出



オープニング

 11月付けで久遠ヶ原学園高等部に編入することになった榊勇斗は、その日、自らが住むことになる寮の自室に初めて足を踏み入れた。
 今風に洗練された、洒落た感じのマンションタイプの寮だった。エレベーターを上がって廊下を渡り、鍵を捻って扉を開ける。瞬間、目に入ったのは、沈みゆく赤い斜陽と床に落ちる長い影だった。……西日の当たる部屋らしい。窓から差し込む陽光が、荷解きもされぬまま放置されたダンボール箱ごと室内を真っ赤に染めている。
 その光景に一瞬、勇斗は目を眩ませて…… 小さく頭を振って嘆息すると、靴を脱いで中へと入った。2LDKという間取りは、17歳の少年たちが暮らすにはいささか広すぎるように感じられたが、まぁ、それは贅沢と言うものだろう。勇斗一人であれば普通の男子寮でも一向に構わなかったのだが…… 思春期を迎える若い娘と同居するとなれば、少しは気を使わねばなるまい。
「わぁーーーっ! ねぇ、見て、見て、お兄ちゃん! 私たちの通う学園が見えるよ! ……うっわー! 空も何もかも真っ赤だよー!」
 部屋に入るなり、真っ先にベランダへと飛び出した妹、悠奈が、誰もいないリビングを振り返って叫んだ。兄の都合には頓着しない。それはいつものことではあったが、この日は特にはしゃいでいるように見えた。
 勇斗はやれやれと苦笑交じりに嘆息すると、荷を置き、居室から出てベランダへと足を進めた。気づいた悠奈が振り返る。その笑顔を見るのも久しぶりだ、と勇斗は薄く目を細めた。

 この4つ年下の妹と自分に、共に撃退士の素養があると判明したのは3ヶ月前。まだ夏も盛りの頃だった。
 それを聞いた叔父叔母夫婦は、国からの補助金目当てにあっけなく僕らの学園への編入を認めた。それが何を意味しているか、勿論、承知した上で。
 久遠ヶ原学園は、撃退士の育成を目的として運営されている学園だ。撃退士──その任務は天魔を相手に戦うこと。常に死と隣り合わせの、危険極まりない生活が待っている。
 正直なところ、まだ幼い悠奈をそんな所に連れて行きたくはなかった。だが、この叔父叔母夫婦の家に悠奈一人を残していくのも、それと同じくらいには忍びなかった。
「いや、学園に入ったからと言って、その生徒全てが戦闘に出るわけじゃないさ。普通の…… ええ、まぁ、うん。『普通』の学園生活を送っている生徒もたくさんいるヨ?」
 叔父叔母夫婦の家に説明にやって来た役所の担当者(学園OBであるらしい)の言葉を聞いて、勇斗は編入を決断した。……或いはこれは、兄妹そろってこの家を出るまたとない機会なのかもしれない。
 わかりました、と勇斗が言うと、叔父叔母夫婦は内心で歓喜した。妹も連れて行く、と続けるとそれを隠す気もなくなった。「偉いぞ」とか「榊家の誇りだ」とか言う彼らの言葉は耳から流し、どこか沈痛な面持ちをした担当者に膝を向ける。
「……いいのか?」
「はい。その代わり二つ、お願いがあります」
「僕に出来る範囲であれば、可能な限り斟酌する」
 担当者の言葉に勇斗は頷いた。大人の顔色ばかり窺って生きてきたから、人を見る目はある気がしている。この人は信頼できそうだった。
「ひとつは、僕と悠奈を同じ寮の同室とすること。
 もう一つは、可能な限り悠奈を戦闘には出さないこと。……戦うのは僕だけでいい。僕が悠奈の分まで戦います」

 ……ベランダに並んだ兄妹二人は、そのまま日が暮れるまで飽きもせずに空を眺め続けた。夕日に染まる街並み── 空が紅から藍へと変わる。
 くしゅん、と悠奈が小さくくしゃみをして、二人は部屋の中へと戻った。山の様なダンボールが勇斗を現実に引き戻す。
「おい、悠奈。先に晩ご飯、食べてていいぞ? 悪いが今日は弁当な。下にコンビニがあったろ? 好きなもの買って食べてろよ」
「お兄ちゃんは?」
「俺は後でいいよ。まずはこの荷物をなんとかしなくちゃなぁ……」
「だったら私も後で良いよ。手伝う。お弁当、一緒に買ってきちゃうから何がいい?」
 おつかいを託された悠奈が、兄に渡された上着を着込んで、財布を手にぱたぱたと玄関へと向かう。
 その悠奈がはたと足を止め、リビングの扉の影から顔だけを覗かせた。
「……やっと家族水入らずだね、お兄ちゃん」
「ばか。さっさと行ってこい」
 笑いながら出て行く悠奈。勇斗はやれやれと嘆息しながらそれを見送って……
 リビングの片隅に小さなテーブルを一つ寄せると、その上に両親の位牌をそっと置いた。


 11月に入り、勇斗が通い始めた久遠ヶ原学園は文化祭の期間を迎えていた。
 中等部1年に編入した悠奈は早速友達も出来たようで、朝、出掛けの話では、今日はその友人たちと一緒に出店を回るという話だった。
 対する勇斗は級友たちの誘いを全て断り、文化祭のメイン会場から離れた小さな運動用スペースに向かっていた。その手には一枚のガリ版刷りのチラシが握られている。内容は、撃退士初心者を対象とした初歩的な訓練教室の開催を報せるものだった。
「楽しい文化祭期間中ではあるが、同時に、今年のこの11月は多くの生徒が新たに学園に編入・転入してくる時期でもある。そんな彼等の為、実際に天魔と相対する時に備えて、簡易ながら初歩的な戦闘訓練を実施する」
 勇斗にとってはまさに渡りに船だった。一刻も早く天魔と互角に戦えるだけの力が欲しい──ただそれだけを希求する。今の勇斗に己の弱さは罪だった。自分が死んでしまえば、悠奈を一人ぼっちでこの世界に残すことになる。
 チラシで指定されていた運動場には──といっても、雑草を抜いただけの野ざらしの地面だったが──、既に何人かの生徒が集まっていた。勇斗がその端に加わった直後、ジャージにタンクトップ姿の、スキンヘッドの中年男がゆっくりと歩いて来て、集まった生徒たちを見やり、ニヤリと笑った。
「俺は体育教師の松岡だ。本日はよくもまぁ、こんな華のない訓練に参加してくれて礼を言う。……しかし、暗い青春の出始めだなぁ、おい。世は祭りだぞ? 異性とお近づきになるチャンスだぞ? そんな機会を捨ててまでこんな訓練に参加しようというお前たちを、俺は誇りに思う。いや、わりかしマジで」
 教師・松岡の砕けた言葉に、幾人かの生徒が乾いた笑いを上げる。勇斗は笑わなかった。戦場に出る。その為の訓練だと既に覚悟は決めている。
「全員、自己紹介だ。一人ずつ名前とジョブを言え。その後は……そうだな。最初ということもあるし、まずは模擬戦で現状の力を確認しようか。俺が天魔役をやる。お前たちは連携して撃退しろ」
 松岡はそう言うと、自らの白いタンクトップに黒マジック(油性)で大きく『天魔』と記した。どうやら天魔役という事を表記したらしい。……まったく意味はないが。
「いいか。この訓練においては、個人の戦闘能力は重視しない。仲間と連携して敵に対処する方法を考えろ」
 実戦も、依頼を受けてその場に集まった人員で対処するのが殆どだ。松岡がそう言いながら距離を取り、首と手首と足首とを柔軟代わりにグリグリ回す。
 勇斗は訓練用の武具を手に取ると、『仲間』たち──同じ訓練を受ける生徒たちに歩み寄った。
「榊勇斗。ジョブはディバインナイトです。現状、追加スキルも装備も未購入。強くなる為にここに来ました。今日はよろしくお願いします!」


リプレイ本文

「……ぁ、何? 訓練? 穴場の出し物じゃねーの? マジかよ。珍しいもん売ってるんじゃねーんだ……もやしプリンとか」
「もやしプリン」
 それは燃やしたプリンなのか、それとももやしのプリン体か。
 ともかく、訓練生の中で勇斗が最初に仲良くなったのは、同年代の同性、鬼道忍軍の杠 翔輝(ja9788)だった。
 改めて参加者たちを見渡す。
 年上の女性たち── 大学部の葛城 縁(jb1826)と彩咲・陽花(jb1871)(なぜか巫女服を着ている)の二人は、少し離れた所で会話に華を咲かせていた。バイト先の友人同士で、互いが撃退士であることも今初めて知ったらしい。離れた場所では、防火服姿の灰里(jb0825)が黙々と模擬戦の準備を進めながら一人、孤高を保っていた。どこか人を寄せ付けない空気感── その張り詰めた雰囲気はどこか勇斗に似ている気がする。
 初等部5年の三神 美佳(ja1395)、中等部1年のシャリア(jb1744)、そして、同じ高等部の制服を着た八尾師 命(jb1410)の3人は、さらに離れた場所にポツポツと立っていた。目が合うや慌ててわたわたと視線を逸らすシャリアに、おどおどと必死に遮蔽物を探す美佳。初依頼に緊張する命はさっきからずっと動かない。
「大丈夫! 訓練、ただの訓練だからー! みんな、もっと気楽にいこー!」
 友人との会話で自らの緊張を解した縁が、年上のおねーさんとして皆に声をかけて回る。
 シャリアはハッと我に返り、ふるふると頭を振った。しっかりしないと、です。ただの訓練でこんなことじゃ、いつまで経ってもにいさまのお役に立てないのです……っ!
「インフィルトレイターのシャリアなのです! 今日はよろしくおねぴゃ……っ!」
 噛んだ。
 そのまま体育座りになって落ち込むシャリア。それを縁がわたわたと慰める。
 その光景に緊張を解いて笑う勇斗の視線が、陽花のそれとぶつかった。微笑でペコリと頭を下げる陽花。頬を赤くした勇斗が慌ててそれに倣う。
「なんだ、お前。巫女属性か?」
「そんなんじゃないって」
「という事は、単に年上の女性に気後れした、と…… 君、妹とかいるだろう? それも仲の良い」
 最後のは翔輝の台詞ではなく、いつの間にか背後に立っていた青年、大学部の秋武 心矢(ja9605)のものだった。わぁ、と驚き、跳び退さる勇斗と翔輝。心矢が淡々と自己紹介を続ける。
「俺は秋武心矢。元刑事の新米撃退士だ。よろしくな。……一応、実戦は経験済みだが、素直に文化祭を楽しむ年でもなし…… ここはめんどくせぇけど訓練しかないかなぁ、と」
「はぁ……(そうか。社会人でも撃退士の素養があれば、この学園に来る人はいるんだ)」
 思い、勇斗は改めて美佳やシャリアに目をやった。……彼女たちも悠奈と同じ位か年下だ。
「撃退士としての実力に年齢は関係ないぞ。ランドセルを背負っちゃいるが、こう見えても三神はお前たちの中で誰よりも実戦を経験している」
 そう言ってニヤリと笑う体育教師・松岡。注目された美佳は慌てて松岡の陰に隠れながら、咳払いと共に皆に告げた。
「あ、えっと…… 皆さん、まずは訓練用の武具を選んでください、です。射程とか確認しておかないと、細かい作戦とか立てれませんので……(ごにょごにょ)」
 おおー、となんか感動の声を漏らす撃退士たち。赤くなった美佳が「うみゅぅ」と汗を飛ばす。
 灰里は無言で武具置き場に向かうと、迷う事なく槍を取った。その横でシャリアが松岡に質問すべくシュピッと手を上げる。
「はい、先生! 私、武器は弓を借りたいのですが!」
「弓はそっちの端にある。それ以外の飛び道具はエアガン(ペイント弾)で代用してくれ」
「センセー、杠ッス。俺、戦闘スタイル固まってねーんで色々試したいんスけど、お勧めとかあるッスか?」
「見ての通り、俺も徒手空拳の輩だからなぁ。他は余り詳しくないが…… 鬼道忍軍はその機動力が最大の武器だろう。突っ込むにせよ、アウトレンジにせよ、遠近両方使える方が便利かもな」
 まぁそれも戦場の広さや足場によるのだが、と相談に応じる松岡。縁は数ある得物の中からごついショットガンを手に取った。
「武器なんて持ったことないけど…… なんだろう、これが妙にしっくりする気がするんだよねー。勇斗君は?」
 よく分からないので取り合えず盾と剣を取ってみた。アストラルヴァンガードの命も同じく剣と盾を手にしたが…… 彼女が持つのはなぜか銀色のトレイだった。
「八尾師さん、もしかして緊張してる……?」
「はい、勿論ですよ〜。訓練とはいえ初依頼ですからね〜。ガチガチに緊張してますよ〜」
 ほんわかと笑う命に、全然そうは見えないと苦笑する勇斗。その装備を見た心矢がほぅ、と呟いた。
「ディバインナイトか…… 時には身体を張って味方の盾にならなければならない立場だな。……少年。痛みに負けない覚悟はあるか?」
 勇斗は迷う事なく頷いた。このジョブを選んだ時から、いや、撃退士になると決めた時から、既に覚悟は出来ている。
「誰も死なない。死なせない。ここに必ず生きて…… 皆で帰ってくることが、僕の戦う目的ですから」
 勇斗の言葉を聞いた命は軽く目を瞠った。
 この人は自分と同じ目標を持って戦場に臨むと決めている。そして、流されてばかりの自分と異なり、この人はきっと無茶をする。
「榊先輩」
「ん?」
「私、今日は頑張りますよ〜。一生懸命、フォローしますからね〜」
「……フォロー?」
 気がつけば、いつの間にか勇斗は最前列に位置していた。同じ前衛であるはずの翔輝と灰里も一歩後ろに下がっている。
「先生の足止め役は任せます」
「え?」
「私、得物が槍なんで」
 いや、覚悟はしてたけどさ。そう言いながらもなんとなく涙目になる勇斗。その隣りにバハムートテイマーの陽花が進み出て、にっこり笑った。
「大丈夫。私も一緒に壁になるから」
「あ、V兵器で『受け』るには特別な技能が必要ですから。でなければ盾を持たない限り『受け』れませんよ」
「はい?」
 美佳の指摘に陽花が問い返す間もなく、松岡教師が笛を鳴らし、模擬戦の開始を告げた。
 シャリアの心臓がドクンと跳ねる。落ち着いて思い出すのです…… にいさまに教えて貰ったことを……っ!
「ぜ、前衛は先生の足止めを! 後衛は両翼に開いて十字砲火なのです!」
 シャリアの作戦提案を受け、動き始める訓練生たち。だが、殆どの生徒が訓練すら初めてでいきなり思うようには動けない。
「ん、訓練とは言っても実戦形式だし…… いくよ、スレイプニル、召……」
「とぉりゃあぁぁ!」
 前衛で召還獣を呼び出そうとした陽花は、だがその前に烈風の如く突っ込んできた松岡の突きを喰らった。後方にいた美佳を巻き込んで吹っ飛び、運動場に仰臥する。
「『気絶判定』だ。無理だと思ったら少し休んどけ」
「……きゅぅ(ダメでした)」
「高レベル阿修羅(レート補正付き)痛ぇ! ってか、ルーキー相手に大人げねぇぞ、おっさん!」
 叫ぶ翔輝の影手裏剣(訓練代替)をかわし、開いた『壁』の穴から突入を図る松岡。させじと灰里が繰り出した槍の穂先を掻い潜って前に出る。肉薄された命が「わきゃあ」とトレイを掲げ。そこへ横から割り込んだ勇斗が松岡に反撃の剣を振り、逆にその手首を捻られ、投げ転ばされる。
 前衛が崩れた瞬間、後衛の心矢がナイフを抜いて前に出た。その腕と襟を取ろうとする松岡。心矢がその手を振り払う。
「お?」
「昔取った杵柄ってやつだな。まぁ、ジョブ的に殴り合いは向いてないんだが…… これも俺がやり方だからな!」
 互いに組み手を切り合う心矢と松岡。夢中になって『柔道の』応酬を繰り返した二人は、ふと気づいて動きを止めた。
「なぁ。俺たち意味のないことしているな?」
「ああ。天魔、人型でないのも多いし。てか、透過されたら掴めんし」
 動きを止めた松岡に、両翼に展開した縁とシャリアが手にした飛び道具の狙いを定める。
「陽花さんの仇! ファイア!」
 弦から放たれる模擬矢とドカンとばら撒かれるペイント散弾。半包囲で射撃を受けた松岡は「痛い痛いピチピチ痛い!」と声を上げながらも乱戦に持ち込み射撃を防ぐ……

「お昼休みだよー♪ お昼ごはん食べながら前半戦の反省会だよー」
 みんなにご馳走するべく、早起きしてお弁当(重箱級)を作ってきた縁が、車座になって座った訓練生たちに箸とお茶とを配って回った。パンでも買おうと思っていた灰里も「そんなんじゃ力が出ないよ!」と半ば無理やり座らされる。
「はい、勇斗君も! たくさん食べてねー!」
「あ、いや、妹が作ってくれたのがあるんで……」
 眼前でたゆんと揺れる縁の胸から目を逸らしつつ、勇斗は自前の弁当を出した。
「へぇ〜、勇斗君、妹さんいるんだぁ」
「それは一度会ってみたいなぁ♪」
 そう言ってくれる縁と陽花に、勇斗は是非にと頭を下げた。悠奈は前からお姉ちゃんを欲しがっていた。年頃だし、同姓の方が話しやすいこともあるだろう。
 食事が終わると、訓練生たちは地面に絵図を書いて先の模擬戦の反省点を話し合った。最も真剣だったのは、灰里、勇斗、シャリアだった。
「思いのほか先生に避けられましたね。十字砲火の角度が甘かった……? 流れ弾は怖いけど、やはり視界の外から狙った方が……?」
 真剣に語るシャリアたちを見て、翔輝は「なんで?」と訊ねた。ぶっちゃけ、翔輝は天魔とか平和とかあんまり興味はない。撃退士もやってみたかったからやってるだけだ。翔輝は勇斗たちに、学生らしくない、追い込まれたケモノの様な臭いを感じていたが、なぜそこまでして戦うのか。
 シャリアは答えた。私は、私を救ってくれた人の為に、その力になりたいのです……っ!
 灰里は答えなかった。……より多くの天魔を狩る。その為にはもっと力をつけないと……
「妹と二人で生きていく為に。僕は強くならなくちゃいけない」
「なんで? 妹をひとりにしない為、ってんなら、お前も戦わねーようにしてりゃいいじゃん?」
 勇斗は口をつぐんだ。
 今はそれでもいい。だが、もし、戦況が悪化して全生徒が強制徴集されることになったら? 僕まで弱いままだったら、ここから逃げることもできないじゃないか──

 午後の訓練が再開された時、訓練生たちは班を二つに分けていた。松岡がどちらに攻撃を仕掛けても、すぐに挟撃を仕掛ける為だ。状況によっては包囲も出来る。
 その有効性を松岡も認めた。1人では対抗し切れない(=訓練にならない)と判断した松岡は、美佳と翔輝を引き抜いた。訓練は、A班:命、縁、陽花。B班:心矢、灰里、シャリア、勇斗で臨む。
「杠。A班の側面に回り込め。後衛に飛び込むそぶりを見せて牽制しろ。実際に突入するか判断は任せる。三神は火力支援。B班に『ファイヤーブレイク』を叩き込め」
 松岡の指示に従い、美佳が大きな水風船をB班へと投げ入れた。破裂する水風船、飛び散る色水。混乱しかけたところを松岡が突撃する。
 勇斗は反撃を諦めて最初から防御に専念した。『シールド』で攻撃を受け止め、後ろに抜かさぬことだけに集中する。
「対応したか。だが、それではすぐに『気絶判定』だぞ?」
「させませんよ〜。榊先輩に『ライトヒール』です〜」
 実際にスキルは使わず、勇斗の回復を宣言する命。その背後では、ちゃんと盾を装備した陽花が剣を片手に、突入しようとする翔輝を牽制している。
「後衛には近づけさせないよ。スレイプニル、お願い!」
 自らは壁として残り、機動性の高いスレイプニルを前へと送り出す陽花。一撃離脱で挟撃態勢を取られては翔輝もうかつに近づけない。そこへ縁がドカンと放つ散弾銃。翔輝は一度距離を取って機会を窺う。
「今だよ! 先生に十字砲火だよ!」
 背中は陽花に任せ、ガシャリと次弾を装填しながら縁が背後を振り返る。呼応した心矢とシャリアが勇斗の後方から大きく左へと展開。その背後を気配を消した灰里が駆け抜け、回りこんで美佳へと突進する。
 後衛にいた美佳はその動きに気づいた。だが、その時には既に内懐まで入られている。
「……ファイヤーブレイク……ファイヤー……『火』!」
「っ! 風さん!」
 槍の穂先と空気の渦(訓練代行)が二人の眼前で交差し、互いを『気絶判定』まで持っていく。
 松岡にも十字砲火が浴びせられた。視界外からエリアを制圧するように浴びせられた攻撃に、松岡の全身は瞬く間に赤く染まった。

「きょ、今日はありがとうございました! せ、先生もお疲れ様なのです。これ……どうぞ!」
 夕方。訓練が終わり、(離れた所から)挨拶を終えたシャリアは、そっと差し入れの栄養剤を置いてぴゅー、と松岡から離れた。その背に「おう、お疲れ!」と声をかける松岡。そこに美佳が近づいていく。
「勇斗くんもお疲れ様、だよ。訓練とはいえ結構疲れたね」
 陽花の言葉に勇斗は頷いた。強くなった実感などまだないが、それでも晴れ晴れしい何かが心の中に染みるようだ。
「まだ時間はあるか…… どうする? これから屋台でなにか食うか? 奢るぞ?」
 心矢はまだ明るい空を見上げ、腕時計に目をやり言った。反応したのは縁だった。焼きそば、たこ焼き、お好み焼きー! と目を輝かせ、陽花に「さっきあれだけ食べたのに」と突っ込まれる。
「いや、私は……」
「妹が待ってるんで……」
 断ろうとした灰里と勇斗の肩を、後ろから翔輝ががっしり掴んだ。
「お前等、よゆーが無さ過ぎんだよ。こんな訓練に一人で来るなんて友達いねーだろ? 肩の力を抜けよ。まずはちゃんと『学生』やろーぜ!」
「そうですよ〜。せっかく皆さんとご一緒できたんです。もっと色々とお話したいですよ〜」
 二人を見上げながら命がそう引き止める。困ったように顔を見合わせる勇斗と灰里。それを見て心矢が笑った。
「こう言う交流も撃退士の仕事の内、さ…… 戦ってばかりだと疲れ切って実力が出せないぞ……?」
 なんなら妹さんも呼べばいい、と言われて、勇斗は苦笑しつつ参加を決めた。
「じ、実戦に出る前に皆さんとご一緒できて、本当に良かったのです。い、いきなり天魔の相手はちょっと怖かったです、し……」
 照れたように俯き加減で皆にそう告げるシャリア。僕もだよ、と勇斗は言った。これまで悠奈と二人きりで生きてきた。戦友と呼べる存在がいるというのはひどく頼もしい。
「うん、そう……なのかもしれませんね〜」
 命は沈思した。この学園には流されるまま入学した。自分でも撃退士に向いているとは思えない。でも、自分で一歩踏み出せるのなら、或いは何か出来ることもあるかもしれない。
 シャリアは頷いた。学園生活はまだ不安だが、自らが拠って立つべき何かをここで見つけられるかもしれない。
「とりあえず、文化祭はまだ終わりじゃないのですっ! ゆっくり休んで、これからは遊ぶのですよ……!」


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:13人

名参謀・
三神 美佳(ja1395)

高等部1年23組 女 ダアト
思いの護り手・
秋武 心矢(ja9605)

大学部9年164組 男 インフィルトレイター
撃退士・
杠 翔輝(ja9788)

大学部5年61組 男 鬼道忍軍
煉獄の炎を魂に刻みて・
灰里(jb0825)

大学部4年17組 女 ナイトウォーカー
翼の下の温かさ・
八尾師 命(jb1410)

大学部3年188組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シャリア(jb1744)

高等部3年25組 女 インフィルトレイター
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー