藤堂が笑顔だったから、雀原 麦子(
ja1553)もまた笑顔で手を振り返した。学園より転移して直後のことである。
すぐにその違和感に気付いた。藤堂はつい今しがた、戦友たちを亡くしてきたばかりのはずなのだ。
「……無理に笑顔を見せているんでしょう。僕たちが戦力として必要だから」
麦子の傍らで、黒井 明斗(
jb0525)が呟いた。でなければ笑えるはずがない。明斗も麦子も、藤堂ら『笹原小隊』の面々が今の学園に対して抱える複雑な感情を知っている。ましてや……
「藤堂殿、杉下殿。わしらも共に行かせてくれ! 怪我ならばもう十分回復した。今度こそ上手くやる!」
分隊長2人が下車する直前の車中で、白蛇(
jb0889)は縋るように2人に訴えかけていた。
わしらの作戦の拙さが8人の兵を殺した── 血を吐くような白蛇の言葉に、鴉守 凛(
ja5462)と月影 夕姫(
jb1569)もその顔を俯かせる。
だが、藤堂は頭を振った。学園の撃退士たちが救出に来てくれたからこそ、藤堂や杉下たち、8人の命が助かったのだ。
部下たちを失った責任は、指揮官たる自分たちにある。それが戦場に立つ者の『覚悟』だと、藤堂は信じている。
「それは理屈です。でも、感情は……」
明斗が小隊の面々に会ったのは一度だけ。それでも、在りし日の彼等を思えば胸が痛む。
自分ですらそうなのだ。共に死線を越えてきた藤堂たちなら、それはいかばかりのものか……
「随分と好き勝手をしてくれたようじゃな、敵は…… その礼はしっかりしておかなくてはのう」
斜面を下りてきた夕姫や白蛇らの顔を見やって、リザベート・ザヴィアー(
jb5765)は呟いた。
藤堂の部下たちの仇討ち── だが、それ以上に、ここで敵の頭を潰しておくことは重要だ。頭さえ潰してしまえば、大群も烏合の衆に成り下がる。
「ここであの指揮官を倒せるかが、今後のこの戦線の鍵になりそうね」
「……あやつはここで仕留めてくれる。これ以上、失ってなるものか」
伏撃場所──道路両脇の斜面に生えた下生えに身を隠しながら、夕姫と白蛇が決意を新たにする。
「行動で、返します……」
凛は分隊長たちに頭を下げると、斜面を下へと駆け下りた。
口下手な彼女が辛うじて搾り出したその一言に、込められた想いは嘘ではない。だが、同時に彼女の心の中では、敵に対する破壊欲求と眼前に迫った戦いへの昂りが心の底から滲み出し。抑えきれずにさざなみとなって、口の端に笑みをたゆらせる……
「つまり、色々と無理をしているってことよね。藤堂ちゃんは」
麦子は、こちらに下りて来る藤堂に歩み寄ると、その両手をがっしと握り、その顔を近づけた。
「きっちり敵将の首を取って、まずは送り狼にご退場願いましょう。んで、帰ったらビールで女子会ね。言いたいことはぜーんぶ聞いてあげるから」
藤堂は戸惑った。撃退士はアルコールがすぐに分解されてしまうから、いくら飲んでも酒には酔えない。
「ダメダメ。そんなだから色々溜まっちゃうのよ。……撃退士はね、アルコールじゃなく雰囲気で酔うの。そこんとこ、後でみっちり教えてあげるから!」
●
撃退士たちは班を手早く二つに分けると、道路脇の斜面に生えた木立や下生えの陰に身を隠した。一班が敵の頭を抑える間に、別班が敵の退路を塞ぎつつ、敵指揮官を直撃する作戦だ。
山里赤薔薇(
jb4090)はその身を河川敷側の斜面に生えた草叢の下に潜り込ませると、そのまま身じろぎもせず待機の姿勢に入った。
だが、することがなくなると、途端に不安が押し寄せてきた。優勢な敵に対する待ち伏せは、待ち伏せる側にも心理的な負担が大きい。ましてや、赤薔薇にとって、このような奇襲攻撃は初めての経験だ。
(『敵指揮官を攻撃するには、まず敵隊列前半をやり過ごす』…… でも、もし、隠れてるのがばれてしまったら……? 敵の全力が私たちに……?)
怖い。正直、もう帰りたい。早鐘の様に鳴る心臓、噴き出す汗── 魔具を持つ手の震えが止まらない。
と、すぐ横に伏せた明斗と目が合って。明斗は、自身も震える手を赤薔薇に見せた。
(大丈夫。落ち着け。冷静に、正確に、なすべき事をなす…… 狙いは指揮官、それだけだ……)
赤薔薇に深呼吸を促しつつ、自身にそう言い聞かせる明斗。一方、これが始めての本格的な戦闘依頼となるエルリック・リバーフィルド(
ja0112)は、不安とは別の意味でその心臓をドキドキさせていた。
(遂に初めての戦闘依頼で御座るな……! 足手纏いにはならぬようせねば……!)
武者震いに感動しつつ、敵の到着を待つ金髪娘。勿論、不安もあるのだが、未知の経験に対する期待と興奮も少なくない。
生真面目に装具の再点検をして、ふと自らの香水の香りに気付き。の草の葉を千切って自身にすり込み、コロコロと地面を転がり、匂いを消す。
そのまま大地に伏せたエルリックは、大きく息を吸い込みながら『遁甲の術』で気配を消した。空を渡る風の音に、遠くに聞こえる鳥の歌声── そのまま耳を地面にくっつけ、狼騎兵の足音探しにその意識を集中する……
「来たわね…… 敵指揮官を含む本隊9騎。道路上をこちらに向け、進行中。隊形は単縦列。指揮官の左右のみ、1騎ずつ護衛が併走している……」
双眼鏡ごと上着を被って地に伏せた夕姫が、無線機にそっと状況を囁く。
通常の騎兵と比べると恐ろしく静かに迫り来る狼騎兵。裸足で地を駆けるような多数の足音が、緊張し、息を潜めるエルリック、赤薔薇、明斗、麦子の頭上と眼前を駆け抜けていく……
リザベートは、周囲に潜む凛や夕姫を視線を交わすと、白蛇と共にタイミングを計り、敵の進路上──道路の上へと二人してその身を晒した。
「来るのじゃ、『司』!」
片手を挙げ、『堅鱗壁(ストレイシオン)』を召喚する白蛇。突如、進路上に出現した敵対勢力の登場に、敵騎兵隊は一旦、速度を緩め、突撃の為の3列縦隊へ隊列を変換しようとする。
だが、撃退士たちの初撃は、正面からではなく、側面からだった。
隊列転換中の敵騎兵側面へ向けて、木立の中に立ち上がった夕姫が砲身の如く伸ばした右腕── その右手に嵌めた5連の指輪から5発の光弾が生み出され、ほぼ零距離で撃ち放たれる。
タイミングを完璧に合わせた一撃を側面にまともに喰らい、左翼側の骸骨1匹、たまらず狼から転げ落ちた。それを避け、慌てて速度と隊列を乱す後列。突出する形となった右翼の1騎に対してすかさずリザベートが書を開き。手をかざし、頁から空中に現出させたハート型の矢を、手を振り、敵へと投射する。
更に右側から凛も飛び出し、敵隊列に突撃を敢行した。無言で草叢から飛び出し、光の波動──『フォース』でもって、敵指揮官の前方の護衛の1騎を吹き飛ばす。その空いた隊列の只中に、凛はその身をねじ込ませた。眼前に飛び出してきた敵に、思わず急停止する敵指揮官と護衛たち。息つく間もなく、凜は『タウント』を発動させた。口上で注目を浴びるのは苦手なので、行動で示すことにする。大見得を切るように槍斧をぶん回し、そのまま地面へ勢いよく振り下ろして、ここは通さぬと言う意志を知らしめる。
敵中に飛び込んだ凜は、隊列に打ち込まれた楔の如く、敵を中央から分断していた。当然、敵中に突出、いや、孤立した形の凜に敵の反撃が集中する。
前後左右から繰り出される槍の穂先。無防備な背中に突き出された槍先は、だが、凛の身を包む蒼い燐光によって阻まれた。それは白蛇が召喚獣に使わせた『防御結界』の光だった。豪雨の様に振り下ろされた槍の穂先はその殆どが燐光の壁に阻まれ、凛の身体まで届かない。
「『司』よ、皆の守護は任せた。わしは敵騎兵の行動を阻害する!」
白蛇の言葉に応じるように、その翼を広げてみせる翼竜。その横で、リザベートは傍らに立つ木の幹に阻霊符をぴしゃりと張り付けた。これにより、道の両脇に生えた木々や草々は全て敵騎兵を道路上に封じる檻と化した。いかに狼騎兵と言えど、助走するスペースがなければ斜面の木々は飛び越えられない。
「足自慢じゃというのならば、それを徹底して妨害するまでのことよ」
幼い顔立ちに傲岸(っぽい)表情を浮かべながら、リザベートは、凜に正対してこちらに背を向けた騎兵にアウルの矢を放った。後方から射掛けられ、思わず乗り手を落とす狼。射撃に気付いた騎兵の1がリザベートを排除すべく突撃へ移り。それを翼竜が雷撃でもって迎撃する。
凛はそのまま槍斧を縦横無尽に振るって敵前衛の封じ込めにかかった。夕姫もまた敵が攻撃目標を定める度に腕を振り向け、光弾を速射してやることで敵を混乱させ続ける。
前衛を分断された敵指揮官は、後衛に混乱が波及せぬよう、一度距離を取ろうとした。縦深さえ確保できれば、射撃するにも突撃するにも、或いは逃走するにも行動の自由度が高くなる。
だが、勿論、撃退士たちはそれを許さなかった。後方、退路の道の上には、既に明斗と赤薔薇の二人が飛び出している。
「逃がしませんよ! まずは……っ!」
星の指輪を嵌めた手を振りかざし、明斗が空中に生み出した無数の小彗星を一斉に直上から撃ち下ろす。斜めの尾を曳き、次々と降り注いだ流星の群れが、敵中で砕け、炸裂し、直撃し、敵指揮官と護衛の騎兵たちを薙ぎ払う。
その流星の猛威が炸裂する傍らのギリギリを見極めながら、赤薔薇は出来うる限り敵へと近づき、敵指揮官と周囲に対して毒の霧を浴びせかけた。地から沸き立ち、滞留する毒霧の中から、てんでばらばらに逃げ出す敵。そこに明斗が再度、流星雨を叩きつける。
二度目の攻撃は、敵指揮官を効果範囲の端へとずらしていた。毒の霧から逃れて孤立した敵指揮官へ向けて、味方が走り込むスペースに彗星を落とさぬ為だ。
「その首、なんとしても置いていってもらうわよ!」
髪に幾本もの枝葉を絡ませながら、ポン刀片手に飛び出していく麦子。その後ろについて行きつつ、エルリックが巻物を取り出し、生み出した風の刃を敵指揮官が乗るダイアウルフへ放つ。……巻物を口に咥え、両手で印を結んだのは、幼い頃に見たニンジャ映画(白黒)の影響だろうか。ともあれ、爆砕する土煙の中から飛び出して赤薔薇に槍を突き入れようとしていた敵指揮官の足が、その風刃をかわすためにたたらを踏んだ。その隙に槍の届かぬ後方へと下がりつつ、手の平の上に炎の塊を生み出す赤薔薇。そのまま適度に距離を取りながらも敵の退路は塞ぎつつ、手を振り、炎を敵へと投射する。
その隙を逃さず、側面から孤立した指揮官に麦子が突っ込む。気付いた周りの護衛が側面に回り込もうとしているのも気にしない。雑兵は無視して頭を狙う。多少の怪我は覚悟の上だ。取れば勝ち、取らねば負けよ。その気迫を込めて狼上の骸骨指揮官を睨み据え……
直後、麦子は狼上から突き出された槍を前転でゴロリと避けると、指揮官ではなく、目の前のダイアウルフを膝立ちの姿勢で『薙ぎ払った』。
「将を射んとすればまず馬から、ってね♪」
ニヤリと笑う麦子の肩を、後から続いたエルリックが踏み台にして跳躍する。その手に活性化した双剣を頭上に振り上げるエルリック。そのまま自身の速度と質量を乗せて骸骨指揮官の頭へと振り下ろす。
そのエルリックの『兜割り』を、敵指揮官は頭を傾げてどうにか凌いだ。鎖骨に打ち込まれた双剣もそのままに、槍を振るって敵を払う。
身を捻って着地したエルリックは、そのまま一度地を蹴って槍の範囲から離れた。その間も刀を振るい、狼を斬りつける麦子。『返す刀』で振るわれた槍を「きゃー!」と笑顔で受け逃げる。
敵指揮官は散り散りになった周囲の護衛に『声』を掛けると、近接する麦子とエリックを牽制しつつ、退路の上にいる明斗と赤薔薇、そして、藤堂に対する圧力を強めさせた。
機首を並べて狼上から3本の槍で圧力をかけてくる敵。それを藤堂と共に前に出た明斗が槍で打ち合い、一歩も下がらず受け凌ぐ。──自らが受けるダメージは考慮しない。たとえ自分が傷つこうとも、この骸骨指揮官をここで倒せるのなら許容する……!
だが、敵は、二人が守る6m(3スクエア)の『壁』の間を無理やり割り込みにかかった。明斗と藤堂の間に強引に1騎をねじ込み、半包囲の形から藤堂に攻撃を集中する。
支援攻撃に徹していた赤薔薇が自ら前に出る覚悟を決めた時── 上空から撃ち下ろされた攻撃が、藤堂を狙った骸骨の得物を持つ右腕を撃ち貫いた。
それは、『司』(千里翔翼=スレイプニル)に乗った白蛇と、『闇の翼』で宙に舞ったリザベートが放ったものだった。前衛4騎の骸骨狼騎兵を屠り、こちらに駆けつけてきたのだ。
「頭を潰せば、というのはこちらも同じこと。優秀な指揮官をやらせるわけにはいかぬ。藤堂殿と杉下殿── ここで失うには惜し過ぎる人材じゃ」
告げるリザベートに止めを放たれ、騎上から崩れ落ちる骸骨騎兵。事ここに至って、骸骨指揮官は完全にその戦意を喪失した。残存する味方に盾になるよう命令しながら、撃退士のいない側方──木立を抜けて逃れようとする。
山の斜面からレティクル越しにそれを確認した杉下が、支援射撃を中断して新たな阻霊符を展開する。
エルリックは双剣を手に、狼のみになった護衛の一騎に組み付き、短剣を突きたて、拘束した。その脱落した隊列の空白へ向けて。いつの間にかそちらに回り込んでいた夕姫が木立の間から飛び出し、狼上の指揮官に対して側面から零距離で『フォース』による一撃を見舞う。
明斗の流星群に紛れて再び姿を隠していた夕姫は、斜面の下、木立の陰を渡りながら、再奇襲の機を窺っていたのだ。
光の衝撃波をまともに受け、骸骨指揮官が『馬上』より落馬する。狼指揮官たるダイアウルフはそれを見捨てて、河川敷からの戦場離脱を試みた。だが……
「逃がすわけないでしょ!」
強弓を引き絞った麦子が、その闘気を一気に解放しつつ、狙い絞った一撃を逃げる狼の背に放った。首の後ろに矢を受け、倒れる狼。それを見た麦子はホッと息を吐いた。この時の為にちくちく狼を削ってきたのだ。地味に毒のダメージが続いたのも大きかったかもしれない。
「『司』!」
『騎馬』を失ってなお逃げようとする骸骨指揮官を、白蛇は召喚した神威──ティアマットでもって踏みつけた。
「さあ、止めを、藤堂殿」
そう白蛇とリザベートに促され、藤堂は戸惑った。一度、杉下を振り返り、頷かれて好意に甘えることにする。
拳銃を手に、地べたとの接吻を強要された骸骨指揮官の傍らに立つ。藤堂自身は自身の策で敵が滅べばそれで十分だったのだが…… 骸骨の、なんの感情もない虚ろな顔を見て、急に怒りが湧き上がった。
「部下たちは、怒りと恐怖の中で死んでいった。だというのに、貴様は……!」
3度、銃声が戦場に鳴り響き──
骸骨指揮官に対する奇襲は、こうして終わった。