敵がデビルキャリアーだけでなく、護衛も伴っていると耳にして。
『新兵』たる夢前 白布(
jb1392)は一瞬、己が耳を疑った。
(そんな…… いったい、どうすれば……)
全身から汗を噴き出し、視線にうろたえの色を見せる白布。その横で、比較的年長の『熟練兵』、龍崎海(
ja0565)は、青葉に対して自らの意見を具申した。
「キャリアー単独なら、元々、松岡班で抑えられたはず。なら、我々で予定外の護衛を受け持てばいいのではないでしょうか?」
そうすれば『キャリアーの突破』という最悪の事態だけは避けられる。「……できるか?」との青葉の問いに頷く海。護衛は触手にぶら提げられていて動き難いはず。奇襲であれば充分に数が減らせるはずだ。
「松岡班の不意打ちでキャリアーが停まったところを、護衛狙いで襲撃、だね」
「最初の奇襲でどこまで敵を削れるか、それが決め手になりそうね」
同じく安原班の彩咲・陽花(
jb1871)と月影 夕姫(
jb1569)が海の案を聞いて頷き合う。その表情にはもう不安はなかった。既に変化した状況への適応を済ませている。
そんな先輩たちを見て、白布は撃退士に対する畏敬の念を新たにした。「自分だって」と震える拳に力を込める。……本当は怖い。とても怖い。でも、こんな所で震えていたって、強くなんてなれないから……!
「……さて、そろそろだね」
陽花は馬竜──スレイプニルを召喚すると、滾る相棒の蒼白煙のたてがみをそっと撫でた。
「初手はキミにお願いするからね。……まだみんな、前線で他の敵と戦い、頑張っている。キャリアーを孤立させてくれた彼等の為にも、私たちも頑張らないと」
「これはまた…… 予想外のことが怒ったもんやな」
一方、道路北側の建物の陰に伏兵する松岡班──
迫り来るデビルキャリアーとぶら提げられた護衛を見やって、御神 優(
jb3561)はどこか呆れたように呟いた。
「想定外は仕方ないさねぇ。とは言え、言い訳が通用する事態でもないし…… ここはその場凌……もとい、臨機応変にでも、結果さえ良ければ……ねぇ?」
そう言って頭を振る九十九(
ja1149)。撃退署の立てた作戦が完全に裏目に出た。その尻拭いをする現場の負担は大きいが、後方に避難民がいる以上、敵の突破を許すわけにはいかない。
「大丈夫。悲観してもしょうがないです。楽しんでいきましょう♪ むしろ遊べる相手が増えて面白いじゃあないですか」
重苦しい空気の中で、天使のエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)はむしろ心底楽しそうにそう言った。きょとんとした顔で見返す優と九十九。「変でしょうか?」とエリーゼが小首を傾げて見せる。
「……ま、なんにせよ、わいのやることは何も変わらへんしな。殴って、殴って、殴り倒したるわ!」
苦笑しつつも不敵に拳を握って見せる優。そこへ青葉から作戦の続行を告げる通信が入り、それを聞いた優はまたニヤリと笑った。──さすがは青葉ちゃんとこや。やるべきことがちゃんと分かっとる。
「敵が来ます。攻撃予定地点まで、目測であと20秒」
塀の陰に張り付いてずっとキャリアーの動きを確認していたRehni Nam(
ja5283)が、敵から目線を外す事なく報告する。
松岡班は淡々と、奇襲の準備を整え始めた。
●
蜘蛛の様な八本の足を生やした巨大なイソギンチャク── デビルキャリアーを言い表すとそのようなものだった。
ガシガシと高速で脚を前後させるその姿は何ともグロテスク。護衛たちを触手でぶら提げ、ブランブランと振り揺らして走る様は、滑稽を通り越してシュールですらある。
そのキャリアーを物陰から覗いてニコニコ笑うエリーゼは、敵が攻撃開始地点を越えたことを確認すると、他の松岡班のメンバーと共に、隠れていた廃屋から飛び出した。
「では、『ファイアブレイク』、いきますよ〜♪」
広げた両手の間に巨大な火球を生み出すエリーゼ。九十九は流れるような所作で洋弓にアウルの矢を番えると、静かに弦を引きつつ蒼き光を矢に纏わせる。
「蒼天の下、天帝の威を示せ! 数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊!」
弦の鳴る音も高らかに、蒼光のアウルの矢が迸るエネルギーの奔流と化して放たれる。聖なる力を付与された九十九の一撃は、魔の眷属たるキャリアーに対して強かにその威力を発揮した。矢はキャリアー右脚の1本を直撃し、激烈な破砕音と共に叩き折る。
反動で宙高く舞い上がる蜘蛛の脚。そこへエリーゼは膨れ上がった巨大な火球を思いっきりキャリアーへと投射した。まるで小さな太陽の様に真っ赤に燃えて、宙を飛ぶ火炎球── キャリアーの右側面を捉えたそれは直撃と同時に炸裂し、触手に提げられていたウォリアーと悪鬼の1匹を巻き込んだ。爆炎に呑み込まれ、まるで水風船のヨーヨーの様に宙を乱舞するウォリアーと悪鬼。その身を焼かれて咆哮する悪鬼とは対照的に、対魔障壁のマントを持つウォリアーに殆どダメージは見られない。
「……ホントに魔法攻撃、効かないんですね。むー、なんだかちょっと負けた気がします」
ちょっぴりむくれて呟くエリーゼの視線の先で、脚1本失ったキャリアーがつんのめり、激しい火花を撒き散らしつつ、擱座する。残りの脚をがしゃがしゃ動かし、立ち上がろうとするキャリアー。無論、撃退士たちはそんな時間は与えない。
「おらおらーっ! これ以上好き勝手やらさへんで!」
敵前へと駆けながら右手に白き光を纏った優は、立ち上がろうとするキャリアーの傍らまで一気に肉薄すると、敵の『軸足』目掛けてダンッ、と一歩踏み込んだ。そのまま腰を入れつつ、アッパー気味に放つ掌底。その衝撃に一瞬、ぐらりと揺れた所へ更に、白色のアウルを纏った優がさらに一歩踏み込み、獅子の咆哮と共にその半身を叩きつける。
「くそっ、倒れんか……っ!」
天覇御神流『白帝戦吼撃』── 其をもってしてもなお、大型種たるキャリアーに対しては足をすくうのが精一杯だった。
「こないだみたいな思いは、もうごめんです…… 絶対、ここで阻止して見せます……!」
優と共に突進しつつ左手に短剣を活性化させたRehniが、そのままキャリアーの前方4mの位置まで走り込みつつ、右手に『審判の鎖』を現出させる。そのまま、優の一撃で体勢を崩したキャリアーに向かって鞭の様に振るうRehni。脚の一つに絡まった聖なる鎖が敵を大地へ繋ぎ留め。その喰い込み、締め上げる『鎖の茨』から逃れようと、もがき始めるキャリアーを見やりながら、Rehniは『アウルディバイド』で鎖の再装填をする……
(作戦の手足でなく耳目となる…… 攻撃は華だけど、その華を支える茎の役割も必要さねぇ)
九十九は最初の攻撃の後、矢を番えたままの姿勢で戦場を見渡し、後方から冷静な目で状況の把握に努めていた。情報面で仲間を支援する為だ。
初撃の奇襲は上手くいった。松岡班の攻撃により、敵は完全にその足を止められた。奇襲の効果か、敵の反撃はない。そして、斜めに土手を駆け上ってきた安原班が、今、次々と土手の上へ──戦場へ飛び出して来る。
それを見た九十九は、自身もまた弦を引き絞り、アウルの矢を禍々しき血色へと変化させた。
「纏うは大地を殺す腐毒。貪り喰らい尽くせ荒ぶる九頭の大蛇、相柳!」
放たれた矢は錆色の風と化して、鎖でつながれたキャリアーに襲い掛かった。そして、その身に染みこむ様に、広く『腐毒』が侵食していく。
「リーダーごと…… みんな纏めて、吹き飛んでしまえっ!」
そこへ白布が、土手の上から眼下に見下ろすキャリアーに向けて、ロードを巻き込むように狙いをつけた『クレセントサイス』を全力投射した。
更に、光の槍をその手に生み出した海が、ロードへ向け大きく振り被って投擲し。夕姫は突き出した右手に生み出した五連の光弾を偏差射撃で速射する。指示出す陽花と、嘶く馬竜。放たれたアウルの力はキャリアーを中心に爆発的に猛威を振るい、力の奔流がキャリアー本体と護衛たちを激しく揺さぶる。
だが、それらの攻撃は、殆どロードには当たらなかった。触手にぶら提げられた敵は攻撃と急停止で激しく揺れており、狙いをつけるのが難しかったのだ。集中攻撃の中、有効打は海の投擲した光の槍のみ。夕姫の虹弾もまたロードの身体を捉えはしたが、命中したのが5弾の1ではマントの障壁は破れなかった。
「外したっ!?」
「慌てないで。第二次攻撃!」
驚愕する白布に声を掛けつつ、自らも再び光の槍を生み出す海。反撃が来た。悪鬼を土手へと放り投げつつ、自らも鞭の様に迫る触手。驚き、後ろへ跳び退さる白布。慌てて放った反撃の矢はあさっての方向に飛んでいく。
(しっかりしろ! 慌てちゃダメだ! ここを乗り切らなくちゃ、もっと多くの人が苦しむ。なんとかして、僕たちが止めるんだ──!)
「夢前白布! 第3射、いけます!」
力強く声に出しながら、矢を番えて一歩前に出る。突進して来る悪鬼に一瞬、怯えを見せながらも、不可視の矢で迎撃する白布。……自分に出来ることをやる。僕の矢数が味方の支援になるのなら……!
「その意気よ、白布! ……陽花! ロードを地面に叩きつけられる!? 落下直後を攻撃するわ!」
突進して来る悪鬼に対して立ちはだかりながら、陽花に要請を出す夕姫。陽花は「ん。やってみるよ!」と答えると、再び馬竜に指示を出した。もう1体の悪鬼を放る触手の直上を、宙を駆けて進む馬竜。キャリアーの直上に到達した馬竜は見えざる壁を駆け上がり。そのまま逆落としに降下攻撃を仕掛けて今度こそ命中するも、体当たりの衝撃は再びサスペンション代わりとなった触手によって減衰される……
奇襲で混乱していた敵は、早くも立ち直りを見せ始めた。
敵はまず悪鬼の内2匹を土手上の安原班に向け投入した。もう1匹の悪鬼は、後衛に位置するエリーゼと九十九に突っ込ませる。慌てて『光の翼』で上空へと逃れるエリーゼ。弓で迎撃する九十九に、火傷と矢傷に血塗れになりながらも悪鬼は肉薄して戦槌を振るう。
近場に位置するRahniに対しては、キャリアーの触手で反撃に出た。肉薄した優に対しては、その背後にウォリアーを下ろす。『四門開放』を始めた優に背から切りかかるウォリアー。魔法的な刃でざっくりと背を斬られた優に、Rahniからすかさず回復が飛ぶ。
それらの指示を出したロードは自らとキャリアーを回復しながら、自身をキャリアーの上に下ろすよう命じた。そこには広い視界と、下から射線の通らぬ『稜線』、近接戦を避けられる安全地帯がある。
だが……
キャリアーの背に乗った直後、空飛ぶエリーゼと目が合うロード。互いに暫し硬直し……
「えい♪」
と、エリーゼが放った火球がキャリアーの上で炸裂する。
「今ですっ!」
うろたえるロードを見て、再び光の槍を投擲する海。土手の上からならキャリアーの上にも射線は通る。白布も今度は落ち着いてしっかりと敵に矢を放ち。夕姫もまた5つの虹弾を纏めてロードに叩きつける。
肩口を矢に貫かれ、光弾にマントごと乱打されたロードの胸部を、海が放った槍が刺し貫き…… 集中攻撃を喰らった敵は今度こそ、絶命して地面へ落ちていった。
「ちょいと待ってろ。今、本命に止めを刺してやっからよ!」
背後を振り返らずに叫びながら、四門の開放を始める優。ウォリアーなど無視するように「蒼帝門、炎帝門、白帝門、玄帝門!」と4つの型を繰り出し、気を練り上げ……
「天覇御神流が奥義、四門解放・白帝戦吼撃っ!」
白いアウルを爆発的に噴出しながら、眼前の巨体に対してその身ごと叩きつけた。
回復役を失い、緒戦から立て続けに攻撃を喰らっていたキャリアーはその一撃に耐えられなかった。ガクリ、と崩れ落ちる蜘蛛脚。触手がしなしなと力をなくし、イソギンチャクをしぼませながらキャリアーが地に倒れる。
「目標の撃破を確認! 残る護衛を掃討します!」
ロードとキャリアーを倒されて狼狽する悪鬼に向けて、海は十字槍で文字通り横槍を突き入れた。夕姫と戦闘中だった悪鬼は、横合いから突き出された海の十字槍に仰け反り、よろめいて。瞬間、海は手の中で槍の柄を回すと、槍の横に張り出した十字刃を敵の方に立てて引き戻した。行き過ぎたはずの槍の刃に喉元を切り裂かれ。悪鬼は噴水の様に血を撒き散らしながら、土手の斜面を転がり、動かなくなる。
直後、土手下へ向かって駆け出す夕姫。もう1匹の悪鬼は、盾を構えた陽花に邪魔され夕姫の進行を止められない。背後に接近した馬竜のいななきに慌てて後ろを振り返る悪鬼。その隙に魔具を盾から斧槍へと変えた陽花が、その穂先を喉へと突き入れる。
走り出した夕姫の向かう先には、キャリアーへの攻撃で全力を放った優の背に向け、大剣を振り上げるウォリアー。間に合うか、と唇を噛む夕姫の頭上を、白布が最大射程から放った矢が飛び、優に手痛い一撃を与えようとしていたウォリアーの肩口に突き刺さる。(間に合った……!)と心中に叫んだ夕姫は、走りながら虹のリングを本へと換装し…… 両手に振り被ったその本で、ウォリアーの横っ面を思いっきりぶん殴った。
「本はね、こうも使えるのよ!」
血の滴る金属本を手に息を荒げながら、どや顔でウォリアーに言い捨てる夕姫。信じられないようなものを見るように振り返ったウォリアーの目に、空中を真正面から飛翔してくるエリーゼの姿が映り……
「魔力増強完了! というわけで対魔障壁に全力リベンジです♪ 目には目を、歯には歯を。天魔には、天魔の力を! 天魔槍・『グングニル』♪」
細氷の様な魔力の煌きを周囲に曳きながら、敵真正面から放つエリーゼの光の槍。障壁を振り上げてそれを受け止めるウォリアーの手が光に焼かれ…… 直後、背後からRahniが放った聖なる槍が、あっけなく背から胸へと貫き、ウォリアーを絶命させた。
眼前に迫った悪鬼の戦槌をかわしながら、九十九は路上へと移動した。血を曳く戦槌を手に追随してくる悪鬼。そこへ真っ先に駆けつけた陽花の馬竜が敵の頭上を前足で上げる。
思わず怯んだ悪鬼に対し、九十九は弓で悪鬼の目を叩くと、一歩跳び退さって矢を放った。その日、何本目かの矢に貫かれ、最後の敵が絶命する。
「大丈夫ですか?」
海は九十九に対して回復を飛ばすと、キャリアーの死骸を確認するRehniに歩み寄った。どうやらこのキャリアーに捕まった一般人はいなかったらしい。二人してホッと息を吐く。
連絡を受けた前衛部隊は、目標たるキャリアーの討伐を確認すると、戦闘を中止して引き上げ始めた。キャリアーさえ潰してしまえば、わざわざ他の敵を相手にして戦力を消耗する必要もない。
「この青森も…… そろそろ反撃といかないとね」
土手から下りてきた陽花や白布と合流しながら、金属本の活性化を解いて呟く夕姫。
松岡と安原が状況の終了を宣言し、敵が押し寄せて来る前の撤収を指示した。