ピクニックに行こう──
相談を受けた学生たちは、沙希と加奈子にそう提案した。
とにかく、学園の外に出よう、とCamille(
jb3612)は言った。家で待つだけじゃそりゃあ思考も暗くなる。もっと外に興味を持ったり、目標を持てるような何かを見つけた方がいい。
「皆でお弁当を持ってピクニックです。……うん、考えただけでも素敵です。きっと美味しい。きっと元気」
2mを遥かに超える巨体を猫背にしながら、ほんわかと微笑む牛図(
jb3275)。それをぼんやり見上げる夜科小夜(
ja7988)。共に見上げた悠奈があんぐりと口を開ける。
「そうと決まれば…… せっかくピクニックに行くんだから、動き易いおしゃれをしなきゃ。節制も大事だけど、たまにはお洒落とか自己投資も大切なんだから」
話が纏まると、Camilleは悠奈を買い物に誘った。モード系ファッションに身を包んだ中性的なおにーさんで、細身のスタイルと所作からは女性的な美しさも見て取れる。
贅沢が心苦しいなら、古着屋とかティーンズ向けの安い店だってあるんだから、と、半ば強引に商業区域へ向かうCamille。悠奈が手を握ったままの小夜ごと、服飾関係の店を片っ端から回っていく。
Camilleは一通り目をやっただけでパパッと服を選択すると、次々と悠奈たちに試着させた。悠奈は文字通り目を回しながら、目まぐるしく変わる自分を鏡に見て、驚いた。服装によってクルクル変わる自身の印象── それまでの人生で全く感じたことのない高揚がそこにはあった。
「お兄さんが危険な場所に行っているのに、自分だけ楽しんじゃいけない…… な〜んて、思ってる?」
買い物を終えて寄ったオープンカフェのテーブルで。二人きりになった機会を捉えて、Camilleは悠奈の核心を突いた。ピタリと動きを止める悠奈。手を拭きながら戻ってきた小夜が空気を察し、少し離れた場所からそれを聞く。
「でも、お兄さんの方は、妹に笑っていてほしい、日々を楽しんでいて欲しいって、思っているんじゃない?」
兄の想いを代弁してみるCamille。男ってのはカッコつけたい生き物なのだ。……大事な人の前では、特に。
「……そうかもしれない。でも、私はお兄ちゃんにも笑っていてほしい。笑うなら一緒に笑っていたい」
●
出発日当日。早朝──
学生たちはその日のお弁当を作る為、家庭科室に集まっていた。
「さぁ、悠奈ちゃん! 勇斗君が戻ってくるまでに、更に料理の練習だよ!」
着物の上に割烹着を着込んだ葛城 縁(
jb1826)が、包丁を持った右手を「えいえいおー!」と突き上げる(←いけません)。その横では、妙に思いつめた顔をした彩咲・陽花(
jb1871)が巫女服に襷がけしながらぶつぶつと何かを呟いている。
一方、手馴れた様子でエプロンを身に着けた月影 夕姫(
jb1569)は、調理場に集まった牛図、フィーネ・アイオーン(
jb5665)らと、献立について手早く方針を確認し合っていた。
「トマトにサラダ、フルーツと…… なら、私はオープンサンドでも作ろうかしら」
持ち寄って来た食材を眺めて、メニューを即決するフィーネ。猫背になった牛図(彼にとって天井は大抵低い)は根菜を手に取り、好物の肉じゃがと、美味しいと噂のコロッケに初挑戦することにした。小夜は油揚げを手においなりさんをアピールしたが、牛図の陰で気付いて貰えず、自ら酢飯を作り始める。
「んー、じゃあ、私はオーソドックスなおかずで攻めようかなー」
夕姫はそう呟くと、焼き物と揚げ物を同時に調理し始めた。手早く唐揚げを油に放り、揚げている間に卵焼きをとんとんと片付ける。油を敷き直し、今度はミニハンバーグ。それを焼いている間に次々とおにぎりを握っていく。
「すごい……」
「夕姫さんはいつも弁当屋さんでバイトしているからね。さ、こっちも負けてられないよー。今日は煮物とかも作るから、悠奈ちゃんにも作り方、教えてあげるね」
そう言って、包丁を持(以下略)「おー!」と突き上げる悠奈と縁。味見する為に各テーブルを回っていたロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)が、顔の間近を通っていった刃(注:危険です)に思わず仰け反る。
調理が終わるまでさらに一周してきたロドルフォは、悠奈が縁に教わりながら作った煮物を味見した。
「……うん、とてもおいしいよ。きっと勇斗も喜んでくれるんじゃないかな?」
褒められるとやはり嬉しい。笑顔で礼を返す悠奈。ロドルフォは「いつでもお嫁さんに行けるんじゃないか?」とべた褒めしながら、さらに隣りの料理に手を伸ばし……
ハッと気付いた縁が止めた時には遅かった。その『料理』を口に運んだロドルフォは、それを咀嚼する前にぼふっ、と吐き出し、崩れ落ちた。
「い……ど……こ……」
「『いったいどうしたらこんな味に』って言ってるわ」
床に蹲り、ぷるぷる震えるロドルフォの横で、冷然と通訳をするフィーネ。「あーあ」と呟く縁の視線。その先で、陽花が絶望の面持ちで包丁を落とす(←)
「うぅ、お菓子ならちゃんと美味しく作れるのに……」
さめざめと泣く陽花の肩をぽんと叩いて。夕姫が「料理、教えてあげるからね」と慰めながら連行する。
縁はそれを引きつった笑みで見送りながら…… 残った『料理』の処理をロドルフォに丸投げした。
そんなー、と通訳するフィーネ。その淡々とした声音からは、ロドルフォの悲嘆は全くと言っていいほど伝わってこない。
そうして何事もなかったかのように皆は調理へと戻っていき…… 後からやって来た牛図が小首を傾げて、陽花の作ったものをもぐもぐ食べる。
フィーネは起き上がったロドルフォの横で、呆れたように溜め息をついた。
「手伝いもせずにつまみ食いばかりしているからですわよ、ロド?」
「……料理は苦手なんですよ、お嬢。……まぁ、桜チップで燻したベーコンとスモークチーズの逸品なら、寮に作り置きがありますが」
「おつまみじゃない。……まぁ、いいわ。それを持って来なさいな。さあ、さっさと動く! あ、あと、タッパの準備。それと、少し柔らかめのフランスパンを輪切りにしておいてくださいね」
●
作り終えた弁当を持参して、学生たちは学園を出発。人工島の外に出た。
駅で降りると、レンタカーを手配したCamilleが皆を出迎えた。バンに乗り込み、そのままのどかな田舎道を目的地へ向かう。
「いい天気になってよかったね! それじゃあ、楽しくピクニックにゴーだよ♪」
到着したのは山道の横の駐車スペース。デザート作りで復権した陽花が音頭を取って、山中へと分け入っていく。……道なき道を行く自然との戦い。だが、さすが撃退士だ。なんともないぜ。
辿り着いたのは、花が一面に咲き誇る高原の草原だった。
感嘆の声を上げる悠奈。見上げれば一面の蒼い空。小鳥の囀りは耳に心地よく、花香る風が草原を渡る中、真っ白な雲だけが蒼空を流れていく……
それは寮と学校を往復するだけの日々では味わうことの出来ない情動だった。世界はこんなにも美しかったのか、と、衝撃にも似た感動を覚える。
目的地に到着した学生たちは、大自然の中、夕姫が持ってきたバトミントンをすることにした。
人界に来てまだ間もない牛図が夕姫にルールを聞いて…… 「あはは〜、いくぞ〜♪」と笑いながらぽ〜んとサーブを放ったロドルフォに対して、羅刹の如き表情でもって、全力で打ち返す。
顔の傍らを弾丸の如き勢いで飛び過ぎていくシャトル。ロドルフォは無言でシャトルを拾うと、また全力で牛図に応えた。本気で打ち合いを始めた二人を見て、フィーネは呆れて溜め息をつく。
全力で『遊び』を終えた学生たちに、夕姫はスポーツドリンクを放った。その内の1本に青汁を混ぜた彼女の可愛い悪戯は、その1本が牛図に当たったことで不発に終わった。
「草っぽい」
と言いながら、一気にそれを飲み干す牛図。牛さんっぽい外見は伊達じゃない。
「……何か悩んでらっしゃるのでしょう? 私たちでよければご相談にお乗りしますわ」
お弁当を食べ終えた後、まず先陣を切ってフィーネが悠奈にそう水を向けた。
「心配でご飯が美味しく食べれない、って聞きました。それはいけません。ご飯は元気の源です」
心配する牛図。なおも相談を躊躇う悠奈を見て、小夜は空を見上げながら、「小夜にも兄様がいます」と話し始めた。
「小夜は、幼い頃から、兄様に助けられてばかりでした。小学生の時、川で溺れかけた小夜は、兄様に助けられ…… 溺れる原因となった同級生たちに、兄様は大怪我をさせました。そんな兄様を悪者扱いする大人たちに、小夜は何も言えなかった…… なのに、兄様は、大丈夫だ、と小夜に笑ってくれて…… だから、撃退士になった時に思いました。これ以上、兄の負担にはなりたくない。もう兄様と離れたくはない、と」
そこで小夜は話を切って…… 悠奈へと視線を移す。
「……兄様がいないと、寂しい、ですね……?」
瞬間、悠奈の目から涙が溢れた。泣いて、泣いて、そうして皆の前で思いのたけを吐き出した。
「……なにやら勇斗様の想いが、かえって悠奈様の重荷になっているようにお見受けします」
「そうだね。勇斗くんは『自分が妹を守らないと』って全部背負っちゃってて、悠奈ちゃんは『守られるだけなのは嫌だけど何も出来ない』って塞いじゃってる感じかな」
フィーネの見立てに頷く夕姫。やっぱり兄妹だなぁ。お互い大切に思っているのに、一人で抱え込むところなんて二人ともそっくりだ。
「……一度、勇斗君にも、妹の立場になって考えさせないとダメかなぁ」
腕を組み、うーん、と考え込む縁。無茶をする肉親を持つ気持ちはよく分かる。
「勇斗くんが帰ってきたら、お互いに腹を割ってぶつかってみたら?」
「そうだね。思ってるだけじゃ、伝わらないことの方が多いんだから」
陽花と夕姫は頷き合うと、悠奈に兄との徹底した話し合いを勧めた。悠奈は苦笑した。でも、兄は自分に何も話してくれないから……
「そうかぁ。……大丈夫。勇斗くんはちゃんと悠奈ちゃんの元に帰ることを覚悟して戦っているよ」
「え?」
戦場での勇斗の様子を悠奈に語り始める陽花、夕姫、縁の3人。悠奈は慌てて割って入った。
「ちょ、ちょっと待ってください。お兄ちゃん、戦闘依頼に…… 実戦に、参加してるんですか……?」
その質問に固まる3人。慌てて互いに顔を付き合わせる。
(ちょ、勇斗くん、そんなことまで隠してたの!?)
(そういえば青森にも『避難誘導』って……)
ぐりん、と振り返る3人。なんか艶消し黒な瞳で呆ける悠奈の姿に、あああああーっ! と頭を抱える。
そんな悠奈の頭に、ロドルフォがポンと手を置いた。
「俺から悠奈ちゃんに伝えられることは…… そうだな。勇斗の選んだ道は平坦じゃねえけど、孤独でもねえってことだ」
ディバインナイトの仕事は仲間を守ること。その為には何より、自身が最後まで生き残らねばならない。話を聞く限り、そこんとこちゃんと分かってる兄貴みたいだし、そう心配することもないだろう。
「……それにな、戦っている連中の帰る場所を守ることだって、立派な戦いなんだぜ? 帰った時、笑顔の一つでもくれりゃあ、こっちはそれで満足なんだ。……いつふらふら飛び出すんじゃねえか、なんて思ってたら、おちおち戦いにも集中できねえよ」
悠奈に言いながら、ちらとフィーネに視線を振る。瞬間、フィーネはカチンと来た。悠奈を奪ってぎゅーっとしながら、半眼で睨めつける。
「……前線に出る方々はいつもそう。後方で心配するわたくしたちの事なんか考えてもいないのですから。守られてばかりでわた…… 女が嬉しがるとでも? 何事も過ぎれば毒ですわ」
ぷいっ、と顔を背けるフィーネ。話が横道に(ある意味、本道ではあるが)逸れたことに気付いたのだろう。ロドルフォはフィーネから目を離して悠奈に言った。
「ともかくな。女の子を守らなきゃ、って頑張りすぎるのは、まあ、男の子の特権みたいなモンだ。だから、なんだ。勇斗にはあんまり厳しくしないで、その、優しく出迎えてやれば、ありがたいんじゃないかなー、と……」
言いながら、言い争いをした事実に気付いたのだろう。ロドルフォがちらとフィーネを見やる。フィーネは、それをじっと見ていた。怖い。なんだかとっても怖いですー。
「……待つことは、辛いです。不安で寝れない時、小夜はいつも布団の中で「兄様なら大丈夫」と口に出します。言霊、というのでしょうか。言うと、少し安心できるんです」
小夜が再び悠奈に言った。
「兄様が帰ってくる日は、大好きなお料理を作って待とう。帰ってきたら抱き締めて、笑顔で『おかえりなさい』と出迎えよう。……小夜たちは互いに寄りかからないで、共に行動していくと決めました。思うことは我慢せず、話し合った方がいいです。我慢はお互いに、辛いばかり、ですから……」
●
日が傾きだす前に、学生たちは帰路につく。
牛図は、事前に先生に教わったピクニックのマナー、『ゴミはちゃんと持ち帰る』を実践していた。加減が分からず、関係ないゴミまでどっちゃり背負ってたりするが。
「ご飯、美味しくなりましたか? ……美味しいご飯作れると、じょしりょく、あがります。じょしりょく上がると、お兄さん、心配で早く帰ります。だから、美味しいご飯、また一緒に作りましょう」
にこにこと微笑みながら、悠奈にそう告げる牛図。デートの誘いか? と茶化すロドルフォに、なにそれおいしいの? と小首を傾げる。
学園へと戻った学生たちは、学園の入り口で解散した。
「ただ守られているだけなのが嫌ならば、前線に出ずとも、後方で人々の為に医療活動を行うのも一つの手ですわよ? そこで学んだ知識と経験は、きっと勇斗様が戦場から戻られた時にも役立つはずですわ」
貴女にしかできないことが、きっとある。そう言って、フィーネがロドルフォと共に去っていく。
「……もう一人で抱え込まないでね。私たちは、その、もう友達だし、妹みたいに思っているんだから」
「これ、メルアド。困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからね!」
夕姫と縁は陽花と共に、そう言ってぎゅーっと悠奈を抱き締めた。
「今度、お泊り会をしようね」
「勇斗くんが居ない時は、女の子だけで遅くまで語り明かそう♪」
和気藹々と騒ぐ女子たちを見て、Camilleはくすりと笑った。
「寂しかったら、友達に頼ったり、甘えたりしてもいい。世界にお兄さんと二人だけ、ってわけじゃないんだから。……あとは、恋をしてみるのもいいんじゃない?」
理想のタイプは? と聞くCamilleに、「お兄ちゃん(みたいな人)」と声をハモらせる悠奈と小夜。普段は大人しい小夜が、同志を見つけたとばかりに悠奈の両手をがっしり握る。
「色んなことに興味を持って、楽しみを見つけなさい。世の中には、貴方たちが知らないことの方がまだずっと多いんだから」