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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/05/14


みんなの思い出



オープニング

 2013年、4月下旬──
 悪魔子爵ザハーク・オルスが始めた『人刈り』は、青森県内の人々を恐怖のどん底へと叩き落していた。
 悪魔勢力は、人間をかり集める為に、『デビルキャリアー』と呼ばれる捕獲専用のディアボロを投入していた。より多くの人間を、より速く、効率よく捕らえ、移送することに特化した敵だ。
 それに対抗する為、久遠ヶ原学園の学生たちにも緊急招集がかけられ、多くの志願者たちが対『デビルキャリアー』戦の主力として次々と青森各所の戦場へと投入され始めている。

 訓練生から脱したばかりのルーキー(新兵)、高等部2年の榊勇斗もまた学園の徴募に応じ、他の新兵たちと共に青森へと向かっていた。
 その任地は戦線後方── 逃れてきた市民に対する避難誘導が、勇斗たち『新兵』に与えられた任務だった。


「どうせなら避難誘導なんかじゃなく、その『デビルキャリアー』ってのをぶっ飛ばしたかったぜ」
 青森へ向かうトラックの荷台で、同乗者のそんな言葉を耳にして── 勇斗は振動に身を委ねながら、ちらとそちらへ目をやった。
 あれは中等部の男子だろうか。このトラックに割り当てられた学生の中では最も若い撃退士たちだった。恐らくはこの4月に編入してきたばかりの生徒なのだろう。自分たちは特別で、できないことなどないと信じている。
 羨ましいことだ、と勇斗は心中で苦笑した。昨年11月の編入以来、勇斗には4度の実戦経験があるが、こうして学園の外に出て任務を受けるのは初めてだった。小さく震える右手を見やり、ギュッと拳を握り締める。
「軽口を叩くな、『新兵』ども。その避難誘導に俺たちが失敗すれば、百人単位で市民に犠牲を出すことになる」
 この『新兵』集団を『引率』する体育教師・松岡が、『はしゃぐ』中等部集団に釘を刺した。勇斗にとって松岡は放課後に行われている自主訓練──通称『松岡教室』の教官でもある。全く知らない誰かに『引率』されるよりよっぽど安心感がある。
 とは言え、意気消沈させたままではまずい、と考えたのだろう。松岡は揺れる荷台に立ち上がり、避難誘導の意義について熱く語り始めた。即ち、一人でも多くの市民を安全地帯まで逃がすことは、人命尊重は勿論の事、敵の目的を挫き、味方に行動の自由を与えるという観点からも重要云々──
 と、唐突にトラックが急停車して、松岡は荷台に引っくり返った。バツが悪そうに頭をさすりながら、「何があった?」と運転席を覗き込む。
「事故です。側道から強引に割り込もうとした車が玉突きを……」
 前方を覗く松岡の目に、暴走した車が電柱に激突し、炎上しているのが見えた。多くの避難民たちがこちらの道路上に──緊急用に指定された下り車線にまで溢れて来てしまっている。
「この道は、もうダメだな……」
 松岡は運転手に本部への状況報告と予定変更の連絡を頼むと、学生たちに降車を指示した。立ち往生したトラックの車列から、困惑した学生たちがわらわらと路上に下りる。
 勇斗もまた隣りに続き、荷台から飛び降りた。
 まず目に入ったのは、絶句し、立ち尽くす若い学生たちの姿だった。その視線を追って振り返り…… 勇斗もその身を硬直させる。
 眼前には、必死に逃げる人々の姿── 渋滞して動けなくなった車が何台も列を成し、その隙間を、大荷物を抱え、子供の手を引いた避難民たちが、クラクションに追い立てられるようにしながら、一心不乱に、ただ安全な場所を求めて歩き続けている……
「何をしている! 整列をしろ、撃退士ども! 各班長は点呼を取って報告。急げ!」
 呆然とする学生たちに、松岡はまず指示を出した。反射的に従う生徒たち。撃退士と聞いて、避難民たちの期待に満ちた視線が集まる。
「1班、2班は直ちに前進。国道沿いに展開し、ディアボロに対する警戒線を張れ。3班は事故車の消火と負傷者のトラックへの搬送。4班、5班はこの道沿いに展開し、避難誘導。助けが必要な者には手を貸せ。安心感を与えるよう心がけろ。車に残っている人には徒歩での避難を勧告するように。以上、かかれ」
 松岡の指示に従い、学生たちが動き出す。勇斗もまた道沿いに歩きながら、人々に秩序ある避難を促し始めた。

 避難誘導を始めてから暫くして──『それ』は唐突にやって来た。
 湧き起こる悲鳴と怒号。避難誘導に当たっていた勇斗が弾かれた様に現場へ走り出す。
 『それ』は巨大な『クラゲ』であった。……少なくとも勇斗にはそう見えた。その全長、直径は6m──二階建ての家屋にも匹敵するだろうか。高度30mをフワフワと、その実、結構な高速で飛来してきたそのクラゲは、まるで魚網が魚を掬うが如く急降下し、車列の上空を通過しながら、透過した8本の触手で底引き網の如く地を掻いた。再び上昇へと転じるクラゲ。その触手には、いつの間にか8人の避難民が捕らえられている。
 高度30mの『高み』へ再上昇しようとするクラゲに対し、飛びかかった松岡が触手の一を切り飛ばした。地に落ち、跳ね回る触手。助け出した避難民を地に下ろしつつ、引き抜いた銃を発砲する松岡。もう1本の触手を撃ち千切り、車の屋根に落としてもう一人を救出する。
 2本の触手と2人の『獲物』を失った巨大クラゲは、触手を再生しつつもそれ以上その場に留まらず、高度を上げつつ敵の本隊──デビルキャリアーがいると思しき方向へ向かって飛び始めた。
 後に残されたのは、触手に薙ぎ倒されて路上に倒れた多数の負傷者と、パニックを起こして逃げ惑う人の群れ……
「これが……天魔……!」
 初めて『戦場』を目の当たりにして、勇斗は怒りに身を震わせた。
 人を、まるで家畜か何かの様に蹂躙する存在。それを天魔というならば。我々に負けは許されない。でなければ、人という種は未来永劫、天魔に搾取されるだけの存在となってしまう……
「榊! 俺はあのクラゲにさらわれた人々を救出してくる。ここは任せたぞ。新手への警戒も怠るな!」
 松岡は勇斗にそう声をかけると、逃げたクラゲを追って走り出した。
 勇斗もまた走り出す。パニックの沈静化、倒れた人々の救助、搬送── やるべきことはいくらでもある。
「な、なんだ、あれ…… なんであんなモノがこんな所に出現するんだ……? ここは戦線のずっと後方じゃなかったのかよ……?」
 初めて見る巨大なディアボロに腰を抜かして、中等部男子が呟く。勇斗は推察した。恐らくあのクラゲは、飛行できるという高い機動性を活かし、本隊から離れた場所にいる人間を刈り集めるディアボロなのだろう。集団運用の話は聞いたことがないから、恐らくは何かの転用型。であれば、その数は多くない……
 そんな事を言ってる側から、空中に2匹目がやって来た。見つけた中等部男子が上ずった声を上げる。
「どうする……? ねぇ、どうします?!」
 知ったことか、と返したくなるのを我慢して、勇斗が中等部に落ち着くよう言い聞かせた。確かに先輩ではあるが、勇斗だって新兵だ。こんな事態、誰かに丸投げしたくなりもする。だが……
「僕たちで、何とかするしかないだろう……?」
 泣きたくなるような表情で…… それでも、笑みを浮かべながら勇斗は言った。
「僕たちが前に出る。君は下がって阻霊符の展開を。先輩たちが駆けつけてくるまで、僕たちでアレを抑えるんだ」


リプレイ本文

「これが本物の戦場…… 本物の、戦い……」
 避難民でごった返す街中の道の上。火の粉を孕んで風の舞う中、竜見彩華(jb4626)は息を呑んだ。
 前方の空には巨大なクラゲ型── 絶句し、息を呑む彩華の背を、恐慌を来たして我先に逃げ始めた人々の悲鳴と怒号が叩く。
「パニックを起こすと敵に狙われます。皆さん、落ち着いて避難してください!」
 5班で人々の避難誘導に当たっていた音羽 聖歌(jb5486)がガードレールに飛び乗り、警笛と共に呼びかける。だが、既にパニックに陥った人々の耳には、いや、意識には届かない。
「こんな…… お兄ちゃんも、先生もいないのに…… 大丈夫かな……」
 4班、福島 千紗(ja4110)は魔法書を活性化してみたものの…… 家ほどもあるクラゲの大きさに不安そうに声を洩らす。
 敵の初手は聖歌の予想通り、先程のクラゲと同様、8本の触手による『底引き網』のようだった。振り子の錘の様に振り下りてくるその様は、まるで巨大なハンマーだ。
「来るぞ! 阻霊符の準備はいいか!」
 聖歌は中等部男子に声をかけると、自らも阻霊符を傍らの電灯に張り、力を込めた。
 クラゲは道路上へと降下しながら道幅一杯にその触手を提げ下ろし…… 透過能力が無効化された電柱、立ち木にそれを引っ掛け、糸を引っ掛けた凧よろしくつんのめって地面へ激突する。
 巻き起こった突風に手をかざし、千紗はハッと我に返った。乗り捨てられた車が並ぶ道の上。かざした指の隙間に、気絶した避難民たちの姿が見える。
「は、早く助けないと……っ!」
 覚悟を決め、足を前へと踏み出す千紗。彩華もまた覚悟を決める。……本当は怖い。とても怖い。怖くて、怖くて仕方ないけど、助けるべき人たちを見捨てて逃げるなんて、それ以上にありえない。
「だって、私たちはもう守られる側じゃない。守る為に撃退士になったんだから!」
 彩華はスレイプニルを召喚すると、傍らの彩咲・陽花(jb1871)にも呼びかけた。それに応じ、自らも馬竜を召喚する陽花。馬竜は『追加移動』の能力を持っている。離れた場所に倒れた人を助けるのにも有用だ。
「ん、まずは倒れている人たちの救出だね。スレイプニル、お願い。一番遠くで倒れている人を安全な後方まで運んでね」
「勇斗さんも、気絶した人の救出からお願いします!」
 彩華の声を受け、中盤に倒れた人を助けに走る勇斗。聖歌もまた周囲の味方に救出対象が被らぬよう声をかけつつ、近場の要救助者に向けて走り出す。
 2頭のスレイプニルが横を通り過ぎる傍らで、倒れたサラリーマンに肩を貸す千紗。本当はおにいちゃん以外の男なんて触りたくもないが、今はそんなことなど言ってられない。
 前線まで辿り着いた2匹の馬竜は、地に墜ちて蠢くクラゲを背景に負傷者を咥え上げると、電光の如く踵を返して疾風の様に走り出す。召喚主たる彩華と陽花は逆に中盤を越えて前進し、倒れた人を守りつつ馬竜が戻ってくるのを待つ。
「なんや、またキモイのが出て来おったなぁ。まぁ、ええ。倒れた連中の救助が完了するまで、わいらはそのサポートや!」
 そんな馬竜とすれ違いつつ、『番長』御神 優(jb3561)がクラゲに向け突っ込んでいく。犬耳悪魔アルクス(jb5121)も犬尻尾を振り回しながら、一緒にその後へと続く。
「僕も行くよ! 僕なんか見た目でどうしても悪魔だってわかっちゃうし、はぐれ、って言っても、救助に回ったらパニックにさせちゃいそうだもん」
「……はぐれも色々大変やなぁ」
「そうなのかなー? あ、クラゲの足止めには参加するけど攻撃を避けるのは無理そうだから、僕は優くんの後ろについてくね!」
 アルクスに毒気を抜かれつつ、「しゃーねーな」と兄貴気質で前に出る優。
 体勢を立て直したクラゲはまず、その優と、陽花に触手を向けた。
「早速かい。鬼さんこちらやで!」
 優は迫り来る触手に気付くと、車のボンネットに背を乗せ、クルリと反対側へ身を転がした。さらに襲い来るもう1本をステップでかわしつつ、『車の迷宮』の只中へとその触手を引っ張り回す。
 と、追いかけてきているはずの触手が消え…… 直後、車の下から飛び出してきた。優はその一撃をとっさに受け弾くとそのまま手で引っ掴み、「こういうんは喧嘩で慣れっこやで!」と活性化した脚甲で踏み千切る。
 一方、陽花は、狭い車間を抜けてくる触手に対して片足を一歩前に出し、斧槍を薙刀の如く下段に構えた。足元に飛び迫る触手を捌いて後、薪割りの如く振り下ろす。ダンッ、と刃が落ちた瞬間、切り飛ばされて宙を舞う触手。陽花は1人目を運び終えて戻ってきた馬竜に新たな救助の指示を出し……
 背後を振り返ったその一瞬の隙。切られて動きを止めたはずの触手がずるりと再生し、陽花に飛びつき、巻きついた。
「なっ……!?」
 そのまま高く持ち上げられる。驚いて主人を見上げる馬竜に、陽花は救助活動を継続するよう指示を出し。触手の強い締め上げに小さく呻き声を洩らす。
 状況を確認したアルクスは車の間を縫うように駆け抜け、ボンネットから屋根へと駆け上がって一気にそちらへ跳躍した。そのまま白き大鎌を下から振り上げ、陽花を捕らえた触手を切り飛ばす。
「おねーさん、無事!?」
「気をつけて! 再生するよ!」
 へ? とアルクスが目を瞬かせた瞬間、再生を終えた触手が、今度はアルクスを捉えた。足首を掴まれ、ちゅうぶらりんになったアルクスは一瞬「おぉ」と喜んで…… 直後、歩道に面した店のシャッターに一直線に投げつけられた。……まるで邪魔な物体を進路上から除けるように。
「ちょ、おい、こら。よそ見すんなや。お前の相手はわいらだろうが!」
 そのまま撃退士たちを無視するように、避難民へ向け前進を始めるクラゲ。負傷者を運び終えて戻った千紗は、「うぅ、ウネウネ気持ち悪い……」と呟きながら、魔法書を開いて手をかざし、生み出したアウルの剣を投射した。1本、2本と突き刺さる光の剣。だが、それでもクラゲは怯まず、その前進は止まらない。
 逃げ惑う避難民たちもそれに気付いた。「こっちに来るぞ!」との叫びが上がり、ますます恐慌を来たして混乱する。

「落ち着いて! 慌てず、騒がず、避難をお願い! 無駄な怪我をして動けなくなったりしたら……!」
 前衛4班から搬送されて来た負傷者たちの傍らで、風間 銀夜(ja8746)は警笛を吹き鳴らしつつ、懸命に呼びかけた。
 だが、恐慌を来たした人々は耳を貸さない。否、耳を貸す余裕がない。いくら撃退士と言ってもその見た目はただの学生──若造の集団としか見えない。
(ダメだ。まずは俺たちを信頼して貰わねぇと…… 撃退士としての力か、その力を象徴する何か……それもインパクトのあるものを示せれば……)
 普段のオネェ言葉も忘れて思案する銀夜。そこへ負傷者を運んで来た彩華と聖歌、そして馬竜とが現れて。
 それを見た銀夜が満面の笑みで、何かを思いついたようにポンと手を叩く。

 かくして、逃げ惑う避難民たちの頭上を、馬竜がゆったりと走り抜けた。
 一瞬、パニックになりかけた人々も、その馬竜が一人の少女──彩華の傍らに舞い降り、かしずく姿を見て呆気にとられた。彩華は優雅に、その実、内心どきどきで和むように馬竜を撫でると、注目が自分に集まったのを確認してから、人々に呼びかける。
「私もこの子と一緒に皆さんを守ります。どうか私たちを信じてください!」
 そこまでが限界だった。シティーガール途上の彩華。注目されるのはまだ苦手だ。
「勇斗さんの、皆の命を大切にしたいという想い…… 決意を伝えてあげてください」
 で、拡声器を押し付けられた。勇斗は暫し戸惑うと、躊躇いがちに「負けないで」と口にした。
「僕らは負けない。あのクラゲは必ず喰い止める。だから、あなたたちも負けないで。恐れたり、泣き喚いたり、諦めたり…… それこそ天魔の思う壺だ。奴等は人間を家畜程度にしか思っていない。だけど、僕は知っている。人間が持つ気概を、尊厳を、その強さを。僕は知っている。貴方たちは人間だ。決して弱い家畜なんかじゃない」
 勇斗はそれだけを叫ぶと、『抜剣』しつつ踵を返した。
 銀夜と聖歌は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。すかさず落ち着いた声音で人々に呼びかける。
「では、皆さん。慌てず、騒がず、避難を開始してくださいな。アタシは守りに特化しているの。だから、いざという時はアタシが何があっても貴方たちを守るわ」
「お子さん連れの方は手を放さないように。歩ける方は歩いてください。逸れた方は私たちが避難所まで送り届けます。私たちの手が必要な方は遠慮なく申し出てください」
 そして、人々が完全に落ち着いたのを見て取ると、二人は誘導を彩華と他の撃退士たちに任せ、自らは得物を手にクラゲへ向け歩を進めた。
「アタシより年下の子が頑張ってるんだもの。アタシも頑張らないと」
 斧槍を活性化しつつ、呟く銀夜。勇斗とは妹がいるということで意気投合した仲でもある。『妹の為にも生きて帰る』ことを互いに確認し合いもした。まぁ、途中からは銀夜の独演会になってた気もするが。
「姉貴や悪友なら、こんな事態でももう少し上手く対応できるんだろうな、と。ずっとそんな事ばかり考えていた。……俺は、俺なりに頑張るしかないのにな」
 巨大な戦斧を手に、銀夜と共に駆け出す聖歌。彩華はそんな二人の背を見送りながら『ストレイシオン』を召喚しつつ、人々に呼びかける。
「怪我人、子供、お年寄り、妊婦さんを優先して、できれば手伝ってあげてください! 全員が無事に避難するには、皆さんのお力が必要です! ご協力をお願いします!」


 クラゲ出現の報せを受けて戻ってきた叶 心理(ja0625)は、戦場の状況を確認すると、まず真っ先に、負傷者のいる3班の所へ駆け寄った。
 クラゲが柔らかかったためか、命に関わるような重症者は意外と少なかった。それでも、弾かれた拍子に車や地面にぶつかって大怪我をした者も少なくない。
 3班員の説明を聞くと、心理は怪我の重い者から『応急手当』を施していった。心理のその行動に、3班員は驚きを隠さなかった。
「いいんですか? クラゲと戦う撃退士にこそ、回復は必要でしょうに」
「……目の前で誰かに死なれるのはもう御免だ。全てを救えるとは思っていねぇよ? だけどよ、手の届く範囲の命くらいは守ってみせてやりてぇじゃねぇか」
 心理の手当てを受けた負傷者の表情が、苦しげなものから安らかなものへと変わる。心理はホッと息を吐くと、負傷者の治療に全力を注いでから、洋弓を活性化し、立ち上がった。
「それによ、心配する必要もないみたいだぜ? 上手くやっているよ、後輩たちは」

 千紗が放つアウルの剣が、次々とクラゲに突き刺さる。
 その支援を受けつつ、前衛の撃退士たちはクラゲに向かって突進し、前進を続けるクラゲに対して全周から攻撃を開始した。
 正面から突っ込んだ銀夜と聖歌は、手にした得物に銀色の炎を纏わせると、クラゲの前進を阻むべく正面の触手を切り払った。大きく振り払われた斧の刃。派手に触手が切り飛ばされる。
 クラゲは即座に触手を再生させると、二人に対して反撃に出た。銀夜と聖歌、二人が展開した『シールド』ごと巻き込みにかかる敵。聖歌は得物を剣に変更すると、触手の隙間に刃をねじ込み、捻って触手を斬り千切る。
 銀夜は敢えてそのまま触手に捉われると、その笑みに愉悦を隠さず、ディアボロへの憎悪を吐き出した。
「これで暫くテメェの相手をできるってわけだ。刻んでやるよ、クラゲ野郎……!」
 絡まれたまま、目の前の本体に向けてアウルの槍を投射する銀夜。1発、2発と突き刺さる光の槍。だが、クラゲは何事もないように銀夜への締め付けを強くする。
 それを助けようと前に出た千紗に向かって、振り下ろされるクラゲの触手。瞬間、目を見開いた千紗の眼前で、後方から飛来したアウルの矢がその触手を撃ち弾く。
「よう、宴もたけなわだな。手ぇ貸すぜ」
 振り返ればそこには洋弓を手にして車上に立つ心理の姿。矢で触手の殴打を逸らした心理は、そのまま流れるような所作で次発の矢を番えて、放つ。
「デカイ的だ…… ブヨブヨしてて、普通の矢はあまり有効そうじゃねぇな。だが……」
 静かに息を整え、精神を集中させる心理。その横では、陽花とアルクスがクラゲの微妙な変化に気付いていた。
「あれ……? もしかして、クラゲの本体、萎びてない?」
 無限の回復などありえない。触手の再生は本体の生命力を削っていたか。
 陽花とアルクスは頷き合うと、その場を離れて左右に回った。陽花は避難民搬送を終えたスレイプニルに指示を出し、クラゲの背後に回るように空中を駆けさせた。陽花の陽動に気を取られ、背後を空ける敵。上空から逆落としに降下した馬竜が敵本体に『ブレス』を放つ。
 アルクスもまた跳躍して『闇の翼』で空へと駆けた。手にした鎌を白から漆黒へと変え、その腕に纏った闇の力を刃に乗せて触手の根元へと振り放ち。纏めて数本の触手が千切られ、本体が一層やせ細る。
「さぁ、このまま一気に決めにかかるよー! ……キミもご主人様の所に人間を届けるのがお役目ってことなんだろうけど、届け物を大切にしないような奴に渡すわけにはいかないよ!」
 先ほど雑に投げられたことを根に持ったのだろうか、クラゲにそんな言葉を投げかけるアルクス。その頭上、ビルに上った優がクラゲの本体へとダイブする。
「わいの一撃は効くでえぇぇぇーっ!」
 本体の上でボヨンと弾んで、そのまま気を練り、白光の拳を打ち下ろす優。クラゲの軟体がその衝撃を受けてたゆんとたわみ、跳ね飛ばされた優が地に落ちる。
 だが、同時に撃ち込んだ気──アウルの力は、クラゲにダメージを与えていた。そこへ、弓を引き絞った心理が『闇払』を打ち放ち。蒼き破魔の稲妻を纏いし矢の力がクラゲを大きく撃ち貫く。
 その間、千紗が放った電気によって触手から解放された銀夜が、再び得物を斧槍に変えて触手に向かって猛進し。聖歌もまた『小天使の翼』で車上から宙に舞うと、敵本体を周回しながら炎状のアウルを浴びせかける。
 多数の撃退士に纏わり付かれて、クラゲは心底辟易したようだった。そして、戦況に利あらぬことを判別できるまでに追い詰められていた。
 クラゲはその傘を大きく『羽ばたかせ』て30mまで上昇すると、誰ひとり人間を捕まえることもできないまま、前線方面に向けて撤退を開始した。

「逃げた……?」
 撃退士たちより早く状況を察して、避難民たちから歓声が上がる。張り続けていた気が緩んで、彩華はぺたりと座り込んだ。
「ま、守れた……んだよね、私たち…… よかった……! 怖かった、怖かったんだよぅ……っ!」
 緊張から解放され、泣きじゃくる彩華。感極まった陽花は思わず勇斗に抱きついて。初心な勇斗は照れてその顔を赤くした。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

不屈の魂・
叶 心理(ja0625)

大学部5年285組 男 インフィルトレイター
撃退士・
福島 千紗(ja4110)

卒業 女 ダアト
君を想いて・
風間 銀夜(ja8746)

卒業 男 ディバインナイト
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
撃退士・
御神 優(jb3561)

大学部3年306組 男 阿修羅
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー
撃退士・
アルクス(jb5121)

高等部2年29組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
音羽 聖歌(jb5486)

大学部2年277組 男 ディバインナイト