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真っ先に前に出たのは、カウボーイハットを被った青髪の少女だった。
「Carrier……幾ら悪魔にも背負ってるモノがあるとはいえ、……ヒトを材料みたいに刈り取るのは、違うと思うのだっ」
フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)が声を荒げる。
人間界へと侵略してきた、人外の天魔たち。その思想はわからないが、彼らにも信念があり、それを果たす為に戦っているのだろう。
だとしても、人も悪魔も同じ存在だと考えているからこそ、この暴虐はあまりに許し難い。
「……キミたちに、誇りはないのだッ!?」
眷属を放った九柱の悪魔にも届かん勢いで少女が叫ぶ。フラッペの青い瞳は怒りに染まっていた。
咆哮をあげて、光纏したフラッペが疾走。蒼い光の奔流を身に纏い、烈風の如く駆け抜けていく。
円を描いて接近する少女の足下に蒼き風が集中し、一枚の板を精製。ボードに乗ったフラッペが、アウルを爆発させて更に加速度を上昇させる。
蒼い光の尾を引いて滑走するフラッペの速度は、『最速』の名に恥じないものだった。
前衛を迂回し、後衛の側面に回りこんだフラッペがスナイパーライフルを召喚。駆けながら狙いを定めて、デビルキャリアーめがけて発砲した。
太い蜘蛛脚の一本を銃丸が貫通。体液を噴き上げてデビルキャリアーが悶える。
初手からデビルキャリアーが攻撃されたことで、護衛であるブラッドウォリアーたちの動きが惑った。遠距離から狙撃してきたフラッペを迎撃しようにも、近接攻撃しか出来ない戦士たちでは即座に対応できないのだ。
フラッペが二射目に備えて小銃を構える。このまま速度を活かして敵を霍乱しようと思ったところで、
地面に杖を打ち立てる音が響いた。
うろたえる戦士たちを御するように、ブラッドロードが指示を飛ばす。乱れかけていた前衛が静まり、そして一斉に動き出した。
デビルキャリアーを撃ったフラッペに、ではなく、真正面の撃退士たちに向かって。
最速のガンマンがデビルキャリアーを再度銃撃。被弾したデビルキャリアーの脚が震えるが、非情なる指揮官は無視。戦士たちを突撃させていく。
まるで、たった一人の攻撃など恐れるに足りない、とでもいうように。
物理性能に優れたクリムゾンナイトと魔法性能に優れたブラッドウォリアーが、それぞれ進撃する。
だが、月影 夕姫(
jb1569)は動じていなかった。
「数が多いから、一体ずつ確実に削っていくわよ」
御神影月流真闘術の使い手である彼女は、あくまで冷静だった。敵の統率が強固なのは最初からわかっていたこと。怯える必要などない。
夕姫の周囲に、虹色の魔法球が浮かび上がった。虹のリングから召喚された五つの魔弾が、真っ直ぐ敵に飛来。夕姫の放った魔弾が、大剣を掲げたクリムゾンナイトの肩や脚を撃ち抜いていく。
体勢を崩した鎧騎士に、亀山 淳紅(
ja2261)がブラストレイを発動。放たれた一直線の炎が、真紅の鎧騎士を焼き尽くした。
火だるまと化したクリムゾンナイトが、それでもなお大剣を振るおうともがく。
「しつこいなぁ……おとなしく死んでよ」
無邪気な死刑宣告と共に、風花護符を手にしたエリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)が魔力の流れを研ぎ澄ませる。精製された風の魔刃が、猛火に溶かされるディアボロの胴を貫通。
怒涛の三連撃でクリムゾンナイトを沈めた仲間たちに、丹下 あかり(jz0162)が感嘆の声を漏らす。
「す、すごいですわ……!」
この調子ならば敵を全滅させることも不可能ではない、とあかりは思った。
まだ、その時は。
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右手に片手槍を構え、高虎 寧(
ja0416)はブラッドウォリアーへと向かった。
現在の東北にもたらされた惨状を、許すわけにはいかない。
暗殺技術を磨きし鬼道忍軍が、目隠しの靄をこめた突きを放つ。が、ブラッドウォリアーはぎりぎりで回避に成功。流れ込むように反撃の刃を翻す。
強烈な破壊力を持つ魔法剣が、寧の胸に突き立てられた。
「……ッ!」
刃が振り切られる寸前で、寧が後方へと跳躍。鮮血の尾を引いて後退していく。
寧が手で胸を押さえる。致命的ではないが、傷は深い。もう一度これを喰らえば、おそらく気絶するだろう。
敵はそれなりの経験を積んだ撃退士である寧と同等か、一段上の強さを誇っていた。初見で剣筋を見切るのは難しい。
寧の横合いから光。
鋭さと力強さを向上させた一撃が、落雷の如くブラッドウォリアーの腹部を穿つ。
「ああ、戦の匂いがする。血と脳髄が焼ける匂いだ」
雷遁を発動した鷺谷 明(
ja0776)が、陶酔したような表情を浮かべる。明の理知的な顔立ちには、闘争に狂う笑みが貼りついていた。享楽主義者の彼にとっては、この戦いも愉しみの一つなのかもしれない。
麻痺した魔法戦士の横を抜け、二体目のブラッドウォリアーが明に斬りかかった。意趣返しのつもりか、真紅の大剣が青年の脇腹を抉り取っていく。
明が苦鳴をあげたが、ソレはすぐに笑い声へと変換された。
血飛沫をぶち撒けながらも、明は笑みを崩さない。
そんな明に、赤き死神がとどめの兇刃を振り下ろそうとして――飛来してきた矢を弾くために大剣を返す。
援護射撃は、朱塗りの和弓から放たれていた。
「援護するっ……動きを封じさせてもらうぜ」
そう言って久遠 栄(
ja2400)がデスペラードレンジを発動。無数の弓矢を猛射する。
矢の雨を回避し、ブラッドウォリアーが栄に向かって突撃する。巨大な魔法剣の切っ先が、栄の喉元に突きつけられた。先の二人同様、喰らえば大打撃は免れない。
ブラッドウォリアーの頭上に隕石が降り注ぐ。
魔剣が青年の首を裂くよりも早く、Rehni Nam(
ja5283)はコメットを発動していた。
レフニーの放ったアウルの彗星が、ブラッドウォリアーにのしかかる。
思い通りの一斉攻撃は出来なかったが、効率的に突撃してくる前衛たちに対し、いくつかの有効打を当てることには成功していた。
傷ついた兵士たちを癒すべく、ブラッドロードが回復の杖を振り上げる。
掲げた杖の先。蒼穹から銃声が飛んだ。
「好き勝手にはさせねえぜ!」
上空の宗方 露姫(
jb3641)が、アサルトライフルでブラッドロードを狙撃する。回復を妨害され、蛸頭の司令塔が忌々しげに天を睨む。
撃退士たちは、ブラッドロードとも間合いを詰めていた。
道は開けていないが、神月 熾弦(
ja0358)はすでに敵将を射程に捉えている。
熾弦の白磁のような掌に、薄く輝く半透明の小さな羽根のようなアウルが集中。アウルが美しい白鳥をかたどっていく様に、ブラッドロードが戦慄の表情を浮かべた。
強力な攻撃が来ることを、本能的に理解したのだ。
(――今回は四国の時のように、負けるわけにはいきません)
ル・シーニュ。硝子の翼をもつ白鳥が力強き飛翔し、真っ直ぐに敵陣へと放たれた。
直線上にいたブラッドウォリアーを貫き、ブラッドロードへと迫る。
しかし銀翼は、咄嗟に身を反らしたブラッドロードの傍らを通り過ぎていくだけだった。
ディアボロが反撃に移る。
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デビルキャリアーが空に触手を伸ばしていく。触手は露姫の肢体に絡みつき、悪魔娘の身動きを封じた。
否。露姫はわざと触手を受けたのだ。自分を犠牲にすることで、デビルキャリアーを狙う仲間の攻撃を、確実に通すために。
フラッペが、三発目の銃弾を蜘蛛脚に撃ちこむ。
デビルキャリアーは苦しげに触手を揺らすが、まだ倒れない。
着実にダメージを与えているが、生命力を削り切るには至らなかった。脚部の破壊も、一人で狙うには少々難がある。
無論、フラッペが弱いわけではない。彼女の攻撃力は目を見張るものがある。もしもデビルキャリアーではなくブラッドロードを狙っていれば、一、二発で撃破できていたかもしれない。
けれど、フラッペのデビルキャリアーへの攻撃は決定打になり得ないと断じ、ブラッドロードは目先の敵に杖を向けた。
魔杖の先端に出現した火球が飛び、束縛された露姫に直撃。火球が爆発し、炎が飛び散る。
小さな炎の礫が地上の撃退士たちにも降り注ぎ、火球をもろに喰らった露姫と、範囲内にいた寧が倒れていく。
火の粉の中を、幼い魔術士が全力で駆け抜ける。
全力移動したエリアスが、ブラッドロードの後ろに回りこんで風刃を放った。エリアスの魔法攻撃が暗赤色のコートに吸い込まれるが、ほとんどダメージはない。魔法を操るブラッドロードは、当然ながら魔法への耐性も充分にあった。
エリアスの攻撃を無視し、血染めの指揮官が鎧騎士に突撃指示を飛ばす。
クリムゾンナイトの標的は、強大な天の力を宿す少女――熾弦。
真紅の連撃を浴びて熾弦が倒れる。初手から大技を狙った彼女は、ブラッドロードから見れば隙だらけだったに違いない。
熾弦に回復を施そうとしたレフニーを、二体のブラッドウォリアーが挟撃。左右から放たれた冥魔の刃が、前に出ていた聖なる癒し手を斬り倒す。
優秀なアストラルヴァンガードである二人が攻勢に回ったのは失策だった。護衛ディアボロたちに天冥の差が加われば、その剣はまさに強力無比。高い攻撃力を誇る戦士の前では、彼女たちの支援無くして戦線を維持するのも難しいだろう。
「くそっ……せめてあいつだけは……!」
栄がデビルキャリアーに矢を放つ。青年の矢は蜘蛛脚を貫いたが、即座に傷口が塞がっていく。ブラッドロードが回復魔法を発動したのだと、すぐに栄は理解した。
同時にブラッドウォリアーたちの傷も癒えていた。状態異常こそ掛かったままだが、先ほど与えたダメージはほとんど回復しているようだ。
もっと集中攻撃を浴びせていれば、と後悔する栄に、ブラッドウォリアーの魔法剣が振り下ろされた。
鮮血が地面を濡らす。
混濁する意識の中、デビルキャリアーが逃げ遅れた一般人に触手を伸ばしているのが見えた。
目の前で誰かを連れて行かれるのは、もう沢山なのに。
――また、助けられなかった。
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轟音。
フラッペのしなやかな体が、ブラッドロードの放った火球の爆発で吹き飛ぶ。
「くっ……! 弱っている奴から集中するわよ!」
どんなに苦しくとも、彼女の心は折れない。
夕姫が放った虹色の魔弾が、エリアスが振るったフォトンアックスが、ブラッドウォリアーに叩き込まれる。しかし、いずれの攻撃も身に纏う外套に半減され、ほとんどが無効化された。
血染めの戦士が剣を突く。
「――『Io canto ‘velato’』!」
夕姫へと迫る大剣は、五線譜で出来た帯状の盾が受け止めていた。寸前で割り込んだ淳紅が、続いてスリープミストを発動する。
眠りを誘う霧がブラッドウォリアーを包み、魔法戦士が睡魔に堕する。魔法力同士の対決は拮抗したが、かろうじて成功した。
淳紅がざっと戦場を見渡す。
この時点で立っていた撃退士は、夕姫、エリアス、淳紅、明、あかりの五人。
そして敵は、未だ七体が健在。おまけにブラッドロードはまだ攻撃も回復も使えるようだった。
「……これ以上は、無理やな」
熟練の魔術士である淳紅がつぶやく。ブラッドウォリアーにこちらの魔法攻撃はほとんど通用せず、相性最悪のクリムゾンナイトは一体残っている。しかも、ブラッドロードの範囲魔法攻撃が降り注げば、倒れている仲間たちも致命的なダメージを受けてしまう。
「ふむ、こんなところで死ぬのは割に合わんな」
明が懐から無数の発煙筒を取り出す。軍事用の発煙弾ならいざしらず、調達できた市販品では逃走の補助になれば良いほうか。
あかりもナイトアンセムを発動。周囲を深い暗闇に包む。
煙と闇が視界を遮っている隙に、負傷した仲間たちを抱えて撃退士たちが走る。
逃げるために。
その後、何とか戦場を離脱することはできたが、彼らの胸には深い敗北感と無力感が刻み込まれていた。
敵を甘く見ず、デビルキャリアーだけでも確実に撃破できるよう作戦を組み立てておくべきだったのか。
私情に流されず、自分に合った敵に対応するべきだったのか。
一体一体を確実に倒せるよう、より火力を集中すべきだったのか。
初手で制圧できるよう、突破力を極限まで高めるべきだったのか。
何が最善の一手だったのか。自責する撃退士たちに追い打ちをかけるように、続報が耳に入った。
彼らが敗北した血色の兵団はその後、沢山の一般人を捕獲し、どこかへと去っていったのが目撃されたらしい。
おそらくは、ザハーク・オルスのゲートへと運ばれたのだ。
ザハーク・オルス。すべての元凶である奴を倒すことができれば、囚われた人々を救うこともできるかもしれない。
その時こそ、必ず――。