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(ああ、反吐が出そうだ)
戦地へと赴く君田 夢野(
ja0561)は、デビルキャリアーを引き連れて人々を襲う冥魔どもに強い憤りを感じていた。
撃退士になってから、ここまでの怒りを感じた事は無い。
掠奪の如き暴虐は、人の魂への侮辱に等しい。
だからこそ。
今は熱くなってはいけない。冷静に在らねばならない。冷たい刃の如く、感情を静かに研ぎ澄まそう。
返す一太刀で、奴らを両に断つ為に。
「人間、嘗めてんじゃねぇぞ冥魔風情が……ッ!」
夢野ら久遠ヶ原の撃退士が、市街地を駆け抜ける。目指すは人々を濫獲し、帰還を目論む異形の運び手。
撃退士たちの眼前に敵影。
蠢動する巨大な肉塊と、それを取り囲む骸骨の兵隊どもが視認できた。
「随分好き勝手してくれたものだ」
戸次 隆道(
ja0550)の赤みを帯びた瞳には、静かな闘志が燃えていた。
「――蹴り崩させてもらうぞ、その目論見」
銀色の脚甲を召喚した隆道が、冥魔の眷属どもに宣告する。
隆道の言葉に呼応するかのように、骸骨兵士の群れが剣を構えた。
デビルキャリアーの帰還を阻むべく、撃退士たちが矢のように駆けていく。
先手を打ったのはソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)。
「速攻で行かせてもらうよっ!」
敵に向かって走りながら、快活な少女魔術士が掌をかざす。
放たれた無数の花びらが螺旋軌道を描き、デビルキャリアーの前面を護る骸骨兵士へと殺到。
ソフィアの先制攻撃が直撃し、スケルトンが朦朧となった。
鑑夜 翠月(
jb0681)が弱ったディアボロに攻撃を畳み掛ける。
デビルキャリアーへと接近する為にも、増援を呼ばせない為にも、一刻も早く邪魔なスケルトンを撃破したかった。
そして何よりも、囚われた人達を確実に救い出す為に。
翠月が光纏し、パンデモニウムを開く。
少女のような外見に反して、翠月が禍々しい刃を練成。魔剣をあやつり、スケルトンの頭蓋を粉砕した。
頭部を喪った骸骨兵が地面に倒れる。
前面が開いたことで、ユーノ(
jb3004)が一気に疾駆。デビルキャリアーへと間合いを詰め、スキル『壊雷』を発動した。
ユーノの周囲に、微かな電光が迸る。
自身を中心に発生させた電界によって敵の意識を掻き乱そうと試みたが、異形の運び手はユーノの干渉をはねのけた。
予想以上に敵の特殊抵抗力が高いのは誤算だった。けれど、この程度で諦めるわけにはいかない。
「そう簡単に、魂の輝きを消せるとは思わないでくださいませ」
ユーノに続き、紅鬼 姫乃(
jb3683)がヴィクティムロッドを振りかざす。
不気味なアウルを纏った灰色の杖から、色とりどりの炎が出現。
爆炎が花火のように舞い散るが、ディアボロたちには当たらない。運良く回避したデビルキャリアーとスケルトンが散らばっていく。
ファイアワークスは外れたものの、姫乃はすぐにデビルキャリアーを目で追った。猫のような瞳は、残虐な笑みを象っていた。
「……わかったぁー! 鬼ごっこなの! 逃げられないように切断しなきゃ♪」
デビルキャリアーを追う姫乃の傍らで、不動神 武尊(
jb2605)もティアマットを高速召喚。
凶暴な天獄竜を使役し、デビルキャリアーを迫いかけさせる。
威貌の竜が赤黒い腕を振り回し、デビルキャリアーを吹き飛ばす、はずだった。
ティアマットの前に、骸骨兵士が立ちはだかる。
スケルトンが腕に力を溜め、一気に剣を振り抜いた。放たれた衝撃波が、風刃となってティアマットに飛来。
天の力を有するティアマットには、ディアボロの攻撃は大きな痛手となりうる。
天獄竜は咄嗟に飛び退き、スケルトンのソニックブームを寸前で回避。
辛うじて直撃を免れたが、さらに別のスケルトンもティアマットへと突き進む。
突進するスケルトンの足元に光。
森浦 萌々佳(
ja0835)の放った光の波動が、天獄竜に向かう骸骨兵士を牽制した。
炎熱の戦槌を手にした萌々佳が、スケルトンの前に出る。
のんびりとした口調で、しかし語気に戦意を滲ませながら、萌々佳が言う。
「仲間がデビルキャリアーを倒すまで、骨さん、あたしの相手をしてもらいますよ〜?」
萌々佳がスケルトンを引き付けている間に、カジハラ(
jb4691)はデビルキャリアーに回転式拳銃の照準を定めていていた。
「人間界に手を出すとは……気に入らんな。貴様らの目論見、崩してやろう」
深々と被ったフードの奥から、はぐれ悪魔がデビルキャリアーを睨む。
カジハラの狙いは、イソギンチャクのような肉塊を支える蜘蛛の剛脚。
銃声が轟く。
デビルキャリアーの前脚に、カジハラが撃ったアウルの弾丸が命中。銃弾は皮膚を突き破り、体液を噴出させた。
身を貫く激痛に悶えているのか、デビルキャリアーの無数の触手が蠢く。
「こんなにおぞましいものに襲われた人たちは、どんなに怖かっただろう……」
吐き気を催す邪悪な異形の姿に、久永・廻夢(
jb4114)が悲痛な面持ちで呟いた。
廻夢の顔に辛そうな表情が浮かびかけるが、強引に振り払う。
人々を恐怖と絶望から救うだけの力が、自分たちにはある。ならば、力を尽くして敵を倒し、彼らを助け出すのみ。
救済の決意を込めて、廻夢がフォースを放った。
狙うはカジハラが傷つけた前脚の一本。
光の波が、デビルキャリアーの脚部へと押し寄せていく。
けれど、廻夢のフォースは地面を穿った。
デビルキャリアーは反射的に真横に退き、ぎりぎりで回避に成功したのだ。
攻撃をかわしたデビルキャリアーが、そのまま高速で地面を駆け抜けていく。
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逃亡を図るデビルキャリアーの進路に、少女が飛び出した。
「逃がさないよ!」
いち早く反応したのはソフィアだった。
デビルキャリアーの帰還を阻止すべく、二発目の『ラ・スピラーレ・ディ・ペータリ』を発動。
ソフィアの掌から吹き荒れる花びらの渦が、デビルキャリアーへと直撃する。
熟練の魔術士であるソフィアの魔法攻撃は当然、強烈だ。
だが、高い生命力を誇るデビルキャリアーの猛進は止まらない。
デビルキャリアーが、攻撃用の触手をソフィアへと叩きつける。大した威力ではないが、ソフィアは思わずひるんでしまった。
一瞬の隙を突いて、デビルキャリアーに寄ったスケルトンがソニックブームを撃ち込む。
飛来した斬撃を浴びて、ソフィアの小麦色の皮膚が切り裂かれていく。
全身から鮮血を噴き出し、意識を失ったソフィアが地面に倒れる。
「ソフィアさんっ!」
フォローに入ろうとする翠月の前に、スケルトンが立ちはだかった。
スケルトンが力任せに剣を振るうが、小柄な翠月は身を屈めて刃を回避。
反撃に氷の夜想曲を発動し、骸骨兵士の体を凍らせていく。
眠りに堕ちたスケルトンを放置してソフィアへと駆け寄ったところで、異変に気づいた。
――遠方から、スケルトンの群れが近づいてきている。
増援が到着したのだ。
呼び込まれた無数のスケルトンが、デビルキャリアーを追おうとする撃退士たちの邪魔をする。
スケルトンをどうにかしないと、デビルキャリアー攻撃組は接近することもできない。
「骨さんこちら〜!」
ふんわりとした声が、逆境の撃退士たちの耳に入った。
「あたし、参上です〜!」
スケルトンを引きつけるために、萌々佳が『乙女参上』を発動。
七色の光を纏った少女に惹かれ、骸骨どもが群がってくる。
萌々佳のもとに集まってきたスケルトンの一体に、隆道が距離を詰めていく。
修羅の青年が駆ける。
鬼神羅刹を発動した隆道は、さながら鬼神の如き闘気を纏っていた。
「はああぁぁっ!」
骸骨兵士の頭蓋めがけ、戦鬼が強烈な突きを繰り出した。
隆道の突きを喰らい、その凄まじい威力にスケルトンが後方へと弾き飛ぶ。
吹き飛んだスケルトンが、後ろに居た骸骨兵士に激突。衝突した弾みに、二体のスケルトンが転倒する。
隆道のアシストを受け、夢野が刃無き剣を敵に構えた。
この間合いならば、『とっておき』が使える。
「ティロ・カンタビレに頼りっきり、ってのも面白くは無いがな……まぁいい、憂さ晴らしには大声で歌うのが一番だし、さッ!」
魔砲が轟く。
夢野の放った音の爆流が、骸骨どもの空虚な体を蹂躙する。
ディアボロを一蹴した後には、荒れ狂う歌声のような破滅の音色が残響していた。
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萌々佳が誘引したスケルトンを隆道や夢野が倒している間に、他の面々は何とかデビルキャリアーに追い縋っていた。
ユーノが八卦石縛風を飛ばす。
石化の邪風が脚を掠めるも、やはり耐性があるのかデビルキャリアーには通じない。
反撃することもなく、異形の運び手が駆け逃げる。
「ガルル……予想以上に速い……!」
姫乃が唸り、ファイアワークスを再度発射。
放たれた炎の華は、今度こそデビルキャリアーに命中した。
巨大な肉塊が灼け焦げる。
しかし、デビルキャリアーはまだ倒れなかった。
カジハラ、ソフィア、姫乃の攻撃を受けて、既に相当なダメージを負っているはずだ。おそらく満身創痍に近いのだろうが、あと一手が届かない。
道を砕きながら、デビルキャリアーが彼方へと消えていく。
これ以上距離が開けば、たとえ撃退士の脚力を持ってしても追いつくことはできないだろう。
だが、撃退士たちはまだ諦めてはいない。
「――絶対に逃がしません……ッ!」
すべての行為を犠牲にして、廻夢が全能力を移動のみに集中。
一陣の疾風となって、デビルキャリアーを追い駆けていく。
廻夢がデビルキャリアーに肉迫する。
「……っ……!」
少年の体は、全力移動の代償で悲鳴を上げていた。
それでも全身全霊の力で跳躍し、デビルキャリアーの側面まで到達。
廻夢が吼える。
「いっっけええええぇぇぇぇっ!!」
白色の大鎌を振り上げ、渾身のフォースを撃ち飛ばす。
威力も命中精度も、大きく落ちた一撃。普通なら当たるはずもない、弱い攻撃。
しかし相手は深手を負った冥魔の眷属。そして廻夢は、天の力を得た聖なる騎士ディバインナイト。
裁きの光が波濤となって、デビルキャリアーへと迫る。
アウルの閃光が異形の片足で炸裂。
連動するように巨大な肉塊が痙攣して、やがて完全に静止した。
デビルキャリアーを撃破したことに安堵したのか、力を使い果たした廻夢が脱力して倒れこんだ。
「残るはスケルトンだけか」
闇の翼で飛翔するカジハラが、夢野と切り結ぶスケルトンを後ろから銃撃していく。
スケルトンがソニックブームを放つが、上空のカジハラには届くはずもない。
スケルトンを殲滅すべく、ユーノも『壊雷』を発動する。骸骨兵士たちには、ユーノの幻惑攻撃は抜群に効いた。
同士討ちするディアボロどもを、武尊がティアマットと共に急襲。連撃を叩き込み、スケルトンを屠っていく。
守るべきものを失った護衛を掃討するのには、そう時間はかからなかった。
最後の一体となったスケルトンを、隆道が易々と蹴り殺す。
一時はデビルキャリアーに逃走を許しかけたが、戦いは撃退士たちの圧勝で幕を閉じたのだった。
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戦闘後。
デビルキャリアーの体内に満ちている体液には生命維持の効果があるのか、人々は重傷こそ負っているものの、全員の生存が確認できた。
女性や子供も、幸い命に別状はない。
しかし、体外に出た時点で生命維持機能は失効するらしく、解放された多くの人々は早急な手当てが必要であるとのことだった。
「……畜生」
傷ついた人々が運び出される様を見て、夢野の胸に怒りが再燃する。
こんなにも腹の立つ相手を下す事が出来れば、どれほど気分が晴れやかになるだろうか。
夢野が拳を握り締める。いつか、自らの手で倒せることを強く願って。
「いつまでも嬲る立場でいられると思うなよ――――冥魔め」
東北地方で起きた災厄の幕開け、九魔侵攻。
その被害を多少なりとも減らすことが出来たのは、久遠ヶ原学園の生徒たちの活躍があったからこそだろう。
五〇人の尊い命を魔の手から救った、彼らの功績は大きい。