『それぞれの桜祭り』
●正義×桜花
「…………」
桜祭り当日。
染井 桜花(
ja4386)は、学生寮で弁当を作っていた。
大切な人といっしょに食べるための、お弁当を。
無表情のまま黙々と、桜花が重箱に料理を詰めていく。
どの料理も美味しそうだが、卵焼きや煮物といったおかずの数々は一段と映えていた。見栄え相応の味であることは想像に難くない。
所望されたサンドイッチをバスケットに入れ、 飲み物を水筒に注ぎ終えたところで、桜花は満足そうに息をついた。
「……これでいい」
弁当の準備は整った。
主様は、喜んでくれるだろうか?
愛する主人の笑顔を想像して、寡黙な少女は微かに口元を綻ばせた。
出発までもう少しだ。
桜の花びらが風に舞う。
大浦正義(
ja2956)は、従者であり恋人である桜花と共に、大きな桜の木の下で花見をしていた。
芝生に敷物を敷き、桜花と対面するような形で座り、弁当を広げている。
正義の視線は、満開の桜ではなく桜花へと向けられていた。
「……どうしたの?」
主人の青い瞳が自分に向けられていると気づいた桜花が、正義を見つめ返す。
正義は柔らかな微笑みを浮かべていた。
「桜と一緒に見る桜花も、綺麗だなって思って」
「……ん」
唐突な賛美を受け、桜花の白い頬がほんのりと桜色に染まった気がした。
正義の言葉は決してお世辞などではない。
無数の桜の花弁が舞い散るなか、黒い花柄の着物に身を包んだ恋人は、彼の目にはいつもより美しく見えた。
正義が補足する。
「もちろん、いつもの桜花も大好きさ。僕は幸せ者なんだろうね。こんな彼女がいて」
「……ありがとう」
相変わらず表情の起伏は乏しいが、どこか照れたような雰囲気になる桜花。
ほどなくして、桜花が重箱に箸を伸ばした。
お返しと言わんばかりに、つまんだおかずを恥ずかしそうに正義へと向ける。
「……あーん」
今度は正義が照れる番だった。
少し照れくさそうな顔をしながらも、正義は差し出されたおかずを食べた。
「……どう?」
桜花がおずおずと料理の出来栄えを問う。
不安げな赤い瞳に見つめられて、咀嚼し終えた正義は笑った。
「もちろん美味しいよ。ありがとう、桜花」
二人が花見をしながらの食事を終えた後。
桜花は、桜の木に寄りかかって午睡をしていた。
その寝顔は、どこか嬉しそうにも見える。
眠りについた恋人の黒髪を撫でながら、正義が万感の想いを込めて呟いた。
「――これからも、よろしく」
●千早×花月
花を観にいくと聞いて鈴木千早(
ja0203)が真っ先に思いついたのは、友人である苑邑花月(
ja0830)だったという。
(何だか、とても……嬉しい、です)
憧れの千早に誘われて、花月は自分でもよく分からない胸の高鳴りを感じていた。
満開の桜を眺めながら、二人が並木道を歩いていく。
ふと千早が訊ねる。
「花月さんは桜、お好きですか?」
「桜……です、か? ええ、好き。です」
そう答える花月だが、満開の桜は少しだけ苦手だった。咲き誇っている様子が我が物顔で、あまり好きにはなれない。
桜は咲き初めが一番美しい、と花月は思う。沢山の希望が詰まっている、あの瞬間が。
花月のそんな思いなど知るよしもなく、千早が言う。
「よかった、俺も桜が好きなんですよ。満開の桜って綺麗ですよね……あ」
話している途中で千早の足が止まる。
立ち止まった千早は、一本の桜の木に視線を向けていた。
まだ開花したばかりと思われる、遅咲きの桜に。
千早が微笑む。
「俺は咲き始めが特に好きなんです。まだ蕾が残っている桜。あの綺麗な花が詰まっていると思うと……って花月さん? どうかされました?」
「いえ……花月も。同じことを、思っていたのです、わ」
くすくすと上品に笑い、花月はそう告げる。
楽しそうに笑う彼女の横顔を、千早はしばしの間、思わず魅入ってしまった。
柔らかな風が吹く。
広大な公園内を歩いていた二人は、やがて静かな場所へと出た。
ちょうどお昼時。賑やか過ぎるのが苦手な千早でも、ここならば落ち着くことができるだろう。
二人は手ごろなベンチに座り、どちらからともなく切り出した。
「「お弁当を……」」
二人の声が重なる。
一瞬だけ呆けたような顔になり、二人は笑い声をあげた。
「考える事は一緒ですね」
微笑みを浮かべながら、千早が作ってきた弁当を広げていく。
二人ともが、弁当を作ってきていた。
気になる相手に食べてもらうために、と。
喜んでもらうために、精一杯心をこめて。
「折角ですし、どちらも食べましょう。花月さんのお弁当はとても華やかですね」
千早が、花月の作った弁当に箸をのばす。
その様子を、花月はどきどきした思いで見つめていた。
(……伝わると、いいな)
●雅紀× 沙紅良
桜祭りには、桜にちなんだ菓子や料理を露店で販売している。
香月 沙紅良(
jb3092)が、目を輝かせて言う。
「雅紀様、桜餅が御座いますわ。あちらには桜のケーキがっ」
次々に甘い物を購入しては、ぱくぱくと食べる沙紅良。その細い体のどこにおさまるのかは謎である。
「け、結構食べるね。あ、ぼ、ぼくはいいや」
いっしょに出店を巡る須藤 雅紀(
jb3091)が唖然とする中、沙紅良は凄まじい量の甘味を完食していった。
「美味しゅう御座いました」
大好きな甘い物を食べ終え、沙紅良が至福の表情を浮かべる。
普段のクールさを微塵も感じさせない沙紅良の姿を、雅紀は暖かい眼差しで見つめていた。
その後。
桜の木の下に移動した二人は、遅めの昼食をとることにした。
弁当は、冷静さを取り戻した沙紅良の手作りだ。
「お口に合えば宜しいのですが……」
緊張した面持ちで、沙紅良が桜色の風呂敷を広げていく。
現れた綺麗なお重の中には、和風のメニューに加えて、唐揚げやミートボールなど中高生が好みそうな料理がぎっしりと詰まっていた。
思わず雅紀が声をあげる。
「……おぉ、凄い。女の子のお手製の弁当とか初めてだ。……あ、おいしい」
本当に美味しそうに料理を口に運ぶ雅紀を見て、沙紅良はようやくホッとしたような顔になった。
弁当を食べ終え、食後のお茶を飲んだり、のんびりと歓談したりしている内に、雅紀が敷物の上で転寝を始めた。
そんな雅紀をいたわるように、沙紅良は自分の膝に彼を寝かせる。
「やはり、まだ疲労が残っていらっしゃいましたのね。……お傍に居ります故、ゆっくりお休み下さいませ」
そう言って沙紅良は彼の頭をそっと撫で、もう片方の手を雅紀の手に重ねた。
それから長い時間、沙紅良はずっと雅紀の寝顔を見つめていた。
重ねる手に、わずかに力が入る。
脳裏をよぎるのは、四国での一戦。
「貴方を失う事はきっと耐えられません……」
先の戦いで、雅紀は沙紅良を庇って重傷を負った。
そのことに責任を感じ、落ち込んでいた自分の気を晴らそうと、彼は今日の桜祭りに誘ってくれたのだ。それは沙紅良も理解している。
雅紀の気遣いと、己の名と同じ桜は、充分に彼女の心を癒してくれた。
安らかな寝息を立てる彼に、沙紅良が心からの微笑みを向ける。
「……有難う御座いました、雅紀様」
●カルマ×ウィズレー
「桜ですか。綺麗な花ですね」
「えぇ、本当に華やかで素敵な花ですね」
カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)の言葉に、春色のカーディガンを着たウィズレー・ブルー(
jb2685)が応じる。
桜を眺めながら、二人は露店を巡っていた。
人の造形物に関心が強い堕天使ウィズレーは、出店の屋台群にも興味深々といった感じだ。
「簡単な造りにみえますが、しっかりしていますね」
屋台の骨組みを触ろうとしてカルマに窘められていると、ウィズレーの鼻を香ばしいソースの匂いがくすぐった。
「とても気になる匂いが……」
ふらふらと気の赴くままに動くウィズレーを確保しながら、カルマが出店で食事を調達。
近くの桜の木の下に陣取り、桜を見ながら昼食をとることにした。
屋台で購入したたこ焼きや桜菓子のほかにも、ウィズレーが作ってきたサンドイッチが並んでいる。
サンドイッチを食べるカルマにウィズレーが訊ねた。
「お口に合います?」
「ええ、おいしいですよ」
カルマの反応は上々。安堵したような声を漏らし、ウィズレーが桜色の兎饅頭を口にする。中には桜あんが入っていた。
「この桜のお菓子は本当に目にも楽しくて、そして美味しくて素敵ですね」
花見と食事を楽しみ、二人の会話も弾んできた頃。
話題は、前回の大規模な激戦に移行していた。
「先日の四国ではお付き合いして頂き、有難う御座いました」
「いえ、久しぶりに君の本気を見た気がします」
カルマの言葉に、ウィズレーが苦笑する。
「……本気……ですか。確かに……あそこまで感情が昂ったのは久しぶりな気がします」
悪魔を倒した事に後悔はない。
だが、自分の感情論にカルマを突き合わせた様な気がして、どこか申し訳ないとウィズレーは思っていた。
カルマは、あのことを一体どう思っているのだろう。
やがて日は落ち、ライトアップされた夜桜を二人で並んで鑑賞することになった。
夜闇に浮かぶ幻想的な桜を見上げながら、ウィズレーとカルマが呟く。
「本当は……こういう風に過ごすだけで生きていければ、一番良いのですけれどね……」
「……平和が一番。そう感じるのは人も天魔も、変わりないのかもしれませんね」
●鬼咲(梓遠)×姫架
紀浦 梓遠(
ja8860)――否、鬼咲は、恋人とのデートに内心わくわくしていた。
彼女である柚祈 姫架(
ja9399)がいつも以上に可愛いのも要因の一つだ。
レースがついた桜色のシャツの上にカーディガンを羽織っていて、水玉模様のミニスカートからのぞく太ももは、膝上までをニーソックスで包み込んでいる。
まさに桜花爛漫。美しい、というよりは可憐といった形容が相応しい立ち姿だった。
女の子らしい格好をした姫架が、隣を歩く鬼咲の腕にしがみつく。
「今日は大好きな人とたくさん一緒にいられるから、いっぱい楽しまなきゃね」
組んだ腕に頬をすり寄せて、少し甘えたような声で姫架が言う。
その言葉と仕草に鬼咲が真っ赤になり、姫架の腕を強引に振り払った。
「あ、歩きにくいから離れろって!」
嘘だ。本当は嬉しいが、恥ずかしさから、ついツンツンした態度をとってしまった。
姫架が泣きそうな顔になる。
「ごめん……」
拒絶されたと思い、寂しそうな表情になった姫架を見て、鬼咲はがしがしと頭を掻いた。
そして。
「……こういうときは、普通こっちだろぉが」
恋人から視線を逸らしたまま、鬼咲が手を伸ばす。
姫架の顔に笑顔が戻った。
「うんっ!」
手を繋いだ姫架と鬼咲が、桜の花びらが舞い散る並木道を歩いていく。
「桜、満開で綺麗だねっ♪」
咲き誇る桜を、二人は木の下から見上げていた。
桜の木の下にシートを敷いて、姫架が作ってきたお弁当を広げる。
重箱を見て鬼咲が突っ込む。
「これ、多すぎねぇ?」
「えへへ。張り切って作りすぎちゃった」
姫架が取り出した重箱の中には、事前に訊いた恋人の好きなものばかりが、全段に余すところなく詰められていた。二人で食べるにはけっこうなボリュームである。
「はい、鬼咲。あーん」
姫架が鬼咲に卵焼きを差し出す。これも鬼咲の嗜好に合わせて甘めに作ってあるものだ。
「……別に嬉しくねーしぃ」
そう毒づきながらも素直に姫架に食べさせてもらう鬼咲は、とうぜん耳まで真っ赤になっていた。
「鬼咲かわいい……」
「うるせぇよバァカ!」
鬼咲ことツンデレ彼氏が吠える。
食事を終えた後は散歩をしたり、露店を巡ったり、夜桜を眺めたりした二人だったが、帰り時までずっとこんな感じでいちゃいちゃしていたのはもはや言うまでもなかった。
●敦志×ひなこ
「桜を見るサクラねぇ…そんなことしなくても客は集まると思うけど」
綺麗な桜を眺めながら、如月 敦志(
ja0941)が苦笑する。
とはいえ、春といえばやはり花見だ。存分に楽むとしよう。
「折角だしボートに乗ってみないか?」
恋人の栗原 ひなこ(
ja3001)に手を伸ばす。
「えっ、ボート? う〜ん、揺れたりしないかなぁ……」
差し出された敦志の手を、おどおどと握るひなこ。
ひなこの手を引きつつ、敦志は河畔に浮かぶボートへと乗り込んだ。
ボートを進めながら、敦志が笑う。
「川からだと、水面も花びらでいっぱいで綺麗だろ?」
「うん、凄く綺麗!」
最初は怖がっていたひなこだったが、水上からの景色はそれを忘れさせるほど素晴らしかった。
(こういうのんびりした時間も嬉しいな。デートとか、まだ沢山はしてなかったしね)
水音と共に、ゆったりとした時が流れていく。
しばらく他愛もない話をしていた二人だったが、昼食の頃合になって敦志が弁当を取り出した。
「ご所望の甘い卵焼きを入れてきましたよ」
そう言ってひなこの分の弁当を手渡す。
彼女のために気合を入れて作ったというそれは、かなり洗練された代物だった。日頃の経験の賜物か、あるいは入念な下ごしらえのおかげか、おかず一品一品の完成度がとても高い。
「あっ、甘いのちゃんと作ってくれたんだ。えへへ、嬉しいなっ。ありがとっ」
美味しそうに卵焼きを頬張るひなことは対照的に、敦志は苦笑して弁当を食べ進める。
「いつもは暖かいものを提供しているからな。冷えても美味いってのはあまり解らなくて、ありきたりな物になっちまった」
「そんなことないよっ。みんな好きな物だし、どれも美味しいもん。料理上手な彼氏であたしは幸せだよ〜」
水上での花見と食事を終えた後。
日が落ちてから、二人は夜桜を鑑賞することにした。
「桜って本当にライトアップが似合うと言うか……」
満足そうに枝垂れ桜を見上げる敦志。
「そういえば桜が綺麗なのって桜の下に死体……いやなんでもない」
隣にいる恋人の物言いたげな視線を受け、敦志は苦い笑みと共に話を中断した。
敦志の服の袖を掴み、ひなこが泣きそうな怒ったような声をぶつける。
「もぉ、あたしが怖いの嫌いなの知ってるでしょぉ〜!」
「悪い悪い」
涙目で睨むひなこの頭を、敦志が優しく撫でる。
「うぅ……敦志くんなんてハゲちゃえ〜」
ぷいっ、とひなこがそっぽを向いた拍子に、首に提げた彼からの贈り物である指輪がかすかに揺れた。
●アスハ×メフィス
依頼で重傷を負ってしまい、病院に入院していたアスハ・ロットハール(
ja8432)は、退院してすぐに妻のもとへと駆け寄った。
心配をかけたお詫びに、妻メフィス・ロットハール(
ja7041)を花見に誘うことに決めたのだ。
「……その、どうかな、メフィス?」
ふだん無茶をする旦那の意外な申し出に、妻は首肯で応じた。
かくして、ロットハール夫妻の桜祭りが幕を開ける。
各所で満開の桜が咲き誇っている公園内を、赤髪の夫婦が散策していた。
「桜の季節、やっぱり綺麗ねー」
あちこちに咲く桜を見上げ、空色のストライプ柄ワンピースを着たメフィスが感嘆の声をあげる。
「こうして誰かと一緒に花見をするなんて、想像してなかったが……本当に綺麗、だな」
黒いドレスシャツの上にジャケットを羽織ったアスハが相槌を打つ。けれど彼の視線は桜ではなく、愛妻へと向けられていた。
アスハにとっての一番は、花でも団子でもなく奥さんなのだ。
「あ、これおいしそうじゃない?」
桜を見ながら露店を巡り、二人で焼きソバやたこ焼き、デザートの桜餅などを買っていく。
「っと、この辺でいいかな」
それから手近な桜の木の下まで移動し、二人はそこで昼食をとることにした。
メフィスが手作りの弁当を取り出す。中にはシンプルながらも形の良い稲荷寿司や、田舎巻き風の海苔巻きが入っていた。
ちなみに、弁当の中身をアスハは教えてもらっていなかった。
「アスハがつまみ食いするからいけないのよ」
「……すまない」
つまみ食いの件で再度怒られつつも、アスハがメフィスに料理を差し出す。
互いに食べさせ合うためだ。
「ほら、口を開けて、メフィス……」
「あ、あーん……」
恥ずかしそうにしながら、口を開けたメフィスがおかずを啄ばむ。
頬を紅潮させた妻を見て、夫が呟いた。
「照れてる顔も、可愛い、な」
「うぅ……」
そんなやり取りを繰り返し、昼食の時間が流れていく。
昼食後そのまま休憩していると、アスハが小さな欠伸を漏らした。
「依頼から帰ってきたばかりだし、まだ疲れてるのね」
「流石に……無茶が響いている、かな?」
疲れてるであろうアスハに、メフィスが膝を貸した。誘われるままアスハが頭を乗せる。
よほど疲労が溜まっていたのか、アスハはすぐに眠りについた。
寝入った夫の頭を、愛おしそうにメフィスが撫でる。
「……お帰り、アスハ」
できることならば、この言葉をこれから先も何百回、何千回と言えたらいいなとメフィスは思った。
危険な依頼で無茶をする彼に、あと何回言えるのだろうかと同時に思い、赤髪の妻が寂しそうな顔になっていく。
春の陽気に誘われたのか、アスハの頭を撫でたまま、メフィスもまどろみの中へと沈んでいった。
二人が目覚めたのは夕方頃だった。
どうせなら夜桜まで見ていこう、という妻の提案で散策しながら時間をつぶすことになった。
冷えた風がメフィスを過ぎ去る。
「むぅ、油断したわね。春だけどまだ夜は冷えるのね」
上着を持ってこなかったことを後悔していると、メフィスが寒そうなことに気付いたアスハがジャケットを脱いだ。
「もっと早く気づくべきだった、な」
メフィスの後ろから、アスハが自分のジャケットを妻に着せる。
「あ、ありがと」
唇をすぼめ、メフィスが気恥ずかしそうに礼を言う。
やがて桜がライトアップされ、幻想的な夜桜が暗闇に浮かび上がった。
「綺麗……」
夜桜に見惚れるメフィス。
そんな妻に、ふとアスハが声をかけた。
メフィスが桜から視線を外し、夫のほうを振り向いた。
――振り返ったメフィスの唇に、アスハの唇が重なった。
突然のくちづけに、メフィスが目を見開く。
不意打ちのキスを終えてメフィスから離れたアスハは、口元に穏やかな微笑を浮かべていた。
「……タダイマ、メフィス」
二人の指に填められた結婚指輪が、夜の明かりを浴びて輝いたように見えた。
●伊月×すみれ
「すーちゃ……じゃなくてすみれと花見か……今度こそ必ず…」
雨鵜 伊月(
jb4335)は、菊開 すみれ(
ja6392)が作った手作り弁当を共に食べていた。
弁当は前回のように失敗したものではなく、ちゃんと美味しいものだった。
いわく、レシピ通りに作ったとのこと。
「おいしいよ」
桜の木の下、伊月がさりげなく弁当の味を褒める。
気を良くしたすみれが差し出したお茶に、舞い散る桜の花びらがたまたま入った。
すみれが微笑み、伊月も笑みを浮かべる。
「これって花見茶って言うのかな? はい、どうぞ」
二人とも、今回は成功させると意気込んでいた。
デートプランは、今のところ順調に進行している。
「桜の香りって素敵だな……こんな時間がいつまでも続けば良いのに」
白を基調としたワンピースを着たすみれが、レンタルボートで水上から桜を眺める。
水面に映った桜って凄く幻想的だよね、とすみれが呟く。
昼食を済ませた二人は、水上からの花見を楽しんでいた。
「ちょっと冷たい風が心地よくて……なんかここだけ別の世界みたい」
すみれと一緒にボートに同乗している伊月が応じる。
『水面に映った桜も綺麗だけど、すみれの方が綺麗だよ』
……とは流石に言えず、伊月は「そうだね」と、もそもそした微妙な返事を返すことしかできなかった。
水上での花見の後は、ライトアップされた夜桜を二人で見ることにした。
はぐれないように手を繋ぎ、二人で夜道を歩いていく。
「んっ……風が気持ち良いね。ほら、桜もあんなに綺麗」
「そ、そうだね」
伊月は平常心を装っているが、内心すごくどきどきとしていた。
夜桜を眺めながら、その場の流れでどんどん静かな場所へと向かっていく。
やがて、人々の喧騒からは遠退き、気付くと回りはカップルばかりになっていた。
突如として発生したロマンチックな雰囲気が漂う空間に、すみれが思わず聞き耳を立てる。
少女撃退士の鋭敏な聴覚が聞き取ったのは、恋人たちの歯の浮くような甘いやりとり。
「きゃー!」
つい恥ずかしくなり、すみれが手を放した。
なんだか変に緊張してしまい、その場から走って逃げ出していくすみれ。
「すーちゃんっ!?」
急に手を放され、伊月がうろたえる。自分が何かしてしまったのかなと少しの間おろおろとしていたが、すぐに立ち直った。
「とにかく、まずは追いかけて話を聞こう……!」
暗闇の中に消えたすみれを追って、伊月もその場を駆け出した。
恥ずかしさから、すみれが思わず逃げてしまったその直後。
我を取り戻した彼女は、一人不安そうに歩いていたところを、柄の悪い男に絡まれてしまっていた。
酔っ払っているのか、ろれつが回っていない口調だったが、男はすみれを口説いているようだった。
本人にしてみればただのナンパのつもりかもしれないが、薄暗さや自分の数倍もがたいのいい男の存在に、すみれはすっかり萎縮していた。
体格の良い男が、すみれの華奢な肩を強く掴む。
強引に連れて行かれそうになった所で、男の後ろから声がした。
「俺の彼女に何か用?」
駆けつけた伊月が、紳士然とした態度で、それとなく酔っ払いを威圧。
撃退士の気迫に酒精が飛んだのか、柄の悪い男は捨て台詞を吐いてその場から立ち去っていった。
「すーちゃん、だいじょうぶ?」
男が消えたのを確認した後、伊月がすみれに無事を問うた。
恐怖から解放された安心感からか、すみれが伊月に抱きついた。
「いっくん……っ!」
泣きついてきたすみれを抱きしめて、優しくなでる伊月。
(……本当は、どうしてさっき逃げたのか訊きたかったんだけど、今はまぁいっか)
彼女が泣きやむまで、このままでいさせてあげよう。
そう思い、泣いて自分に抱きつくすみれの背中を、軽くさすってあげる伊月なのだった。
●
こうして、それぞれの桜祭りが終わり。
「……以上が、今回の桜祭りに参加した学園生たちの感想ですわ。みなさん一様に『楽しかった』『また来たい』とおっしゃってましたわ」
丹下 あかり(jz0162)からの報告を受け、クライアントは満足そうに頷いた。
このイベントの主要層であるカップルたちに喜んでもらえるのなら、きっとこの桜祭りは成功する。そう確信しているようだった。
「もし来年もイベントを行うようであれば、いつでもご連絡くださいなのですわ。きっとみなさんも、それを望んでいるでしょうし」
そう言ってあかりが微笑む。
来年もまた、彼らがこの街の桜を同じ人と眺めることができるとしたら、それは素敵なことだと思えた。
「絶対にまた来ますわ」
そう言い残して、丹下あかりは去っていった。
依頼に参加した他の学園生たちも、いまごろ帰路につく頃だろう。
また過酷な戦いの日々がはじまる。だけど、大切な人といっしょなら乗り越えられる。そんな気がした。
桜の花びらが風に舞う。