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マスター:烏丸優
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/22


みんなの思い出



オープニング



 飛来したアウルの矢が、太い樹木に突き刺さる。
 木々が鬱蒼と生い茂る森林内、矢が刺さった立ち木の奥には、青みを帯びた肌と紅色の髪。
「しつこいわね。そんなに私の首が欲しいのかしら?」
 額に一本角を生やした異貌の青き美女が、やはり蒼色の細い手指で己の首筋をなぞり、前方に冷めた視線を向ける。女悪魔の視界には、密集した樹木と、長弓を構えた男達の姿が映っていた。
 久遠ヶ原学園の追撃部隊は、山中に逃げ込んだリザベルを追い詰めていた。だが、当のリザベルの表情は涼しい。
 射手達が再び弓矢を射る。木々の間を縫って放たれた矢は、リザベルの前方にいる四体の騎士が、盾を掲げて代わりに防いだ。
 無駄に艶めかしい溜息を吐いて、リザベルが撃退士達に告げる。
「いい加減に諦めて帰りなさい。面倒だし、今なら特別に見逃してあげる……あぁ、人間如きにまた情けをかけるなんて。今日の私はなんて心が広いのかしら。寛大なリザベル様の慈悲に感謝する事ね。何なら崇め奉ってもよろしくてよ? ご褒美に踏んであげるわ」
 まるでやる気のない、適当な声。冗談など言う性質に見えない彼女だが、こんな事を言う程度には気力が低下しているのだろう。
「ねぇ、そこの貴方。ちゃんと聞いてた? これ以上、無駄な戦いはしたくないのよ。貴方達も、まさか本気で私を倒せると思っているわけじゃないでしょ。分かったらさっさと――」
 リザベルの声を掻き消すように銃声が響く。スナイパーライフルを構えた青年が女悪魔を狙って発砲していた。が、射線が悪い。アウルの弾丸は途中の木に当たり、木々の奥に隠れたリザベルには届かない。
「あら、まだいたのね。でも無駄よ。これだけ遮蔽物が多い場所で、そんな離れた所から当てられっこないわ。こんなふうに」
 軽く腕を振り、リザベルが魔法を紡いだ。放たれた小さな青い魔法弾が真っ直ぐと飛ぶが、狙撃銃使いの手前にある木に炸裂した。樹木は半ばから粉砕され、青年は衝撃で尻餅を突いたものの無傷。怪我はない。
「最後の忠告よ。退きなさい。貴方達程度じゃ私には傷一つ付けられないわ」
 警告を無視して、大太刀を抜いた四人の少女達が散開、突撃。木々を避けながら散らばって前進していく。
 リザベルの正面、左右、後方から接近した四人の刃が、一斉に振り上げられた。同時包囲攻撃。呼吸を合わせた四本の大太刀が振り下ろされる。
 空振りした曲刀同士が噛み合い、虚しい金属音が弾けた。
「遅過ぎよ」
 声に気づいた少女達が頭上を見上げる。背中の翼で飛翔する青肌の女悪魔が、地上へと右手を向け、未熟な少女達を嘲笑うかの如く見下ろしていた。真っ赤な唇には余裕の笑みが刻まれている。ぞっとするほど、美しい笑みだった。
「残念だけど、そう簡単にくれてやるほど、この首安くはないの。人形達も来たようだし――そろそろ遊びは御仕舞いにしましょうか」
 先ほどまでとは違う、氷を思わせる冷たい声が放たれる。リザベルの瞳に宿りしは、凍えるような殺意の焔。
 迫り来る死の恐怖に少女達は叫ぼうとしたが、声が出ない。ついでに全身にも力が入らない。何故だか分からないが、恐ろしく眠い。
 恐怖すら凌駕する、抗えない眠気に侵された少女達が、次々と意識を失ってその場に倒れていく。
 次いで、眠りに堕ちた少女達の周囲、茂みからがさがさと葉擦れの音が鳴った。けれど、安らかな寝顔を晒している少女達は勿論気づけない。
 現れた四体の豹獣に向かって、リザベルは言った。
「あぁ、その小娘達は食べていいわよ。ここにいる人間は、全員殺していいわ」
 あくまで撤退が目的とはいえ、このまま鬱陶しい追撃を受けて、消耗するのは避けたい。撃退士が退けば無理に深追いする気は無いが……折角だ。『この状況』の作成に成功した以上、殺せる分は殺しておくのも良い。
 もっとも。全員が全員、このまま簡単に殺されるような甘い相手ではないはずだ。
 リザベルは知っている。追い詰められた時こそ、人間達が予想外の力を見せる事を。それは、嫌というほど味わってきた。
 果たして今回はどう出るのか。
 自身のそばで待機している騎士と豹獣、上空で羽ばたく大蝙蝠、そして最後に弓使いと銃使いへと視線を向けて、リザベルは息を吐いた。
「……さて。それじゃあ、そろそろ反撃しまょう。貴方はどんな夢がお望みかしら?」




 ――御機嫌よう、良い夢を。
 バロネス・リザベルはそう言い残して、速やかに戦場を後にした。
 だが、久遠ヶ原学園は彼女をむざむざと逃がすような真似はしなかった。
 学生達に与えられたのは、強敵リザベルの追撃依頼。
 九魔壊滅以降、冥魔連合軍総大将ルシフェルの支配地域がある北海道で影を潜めていたリザベルが、今回久しぶりに表に出てきた。『恒久の聖女』も脅威だが、リザベルは冥魔連合軍指揮官の一柱。深追いは下策かもしれない、しかしこのまま見失うのもあまりに惜しい。
 かくして、集まった志願者達は即席の追撃部隊を編成。夢魔の女王を追うべく動き出したのだが――。


「……まんまと嵌められたな」
 あなたたちと同じく追撃部隊の一員として同行している少年、桜庭俊樹が呟く。同時に、森の各所で轟音と悲鳴が響き渡る。血の匂いすら感じられそうだった。
 追撃部隊の多数は、あの後散り散りになって逃げたドール分隊ではなく、リザベル本隊に狙いを絞り、彼女が逃げ込んだ山林へと入った。しかし、それは悪魔の罠。追っ手を断つ為に策は確りと用意されていた。
 追撃部隊がリザベルを追って山の中に入った直後、散り散りになって逃げたはずのディアボロ達が合流。包囲と苛烈な反撃が開始され、撃退士は窮地に立たされていた。敵の数が多すぎるのだ。
 現在、多数の人形達、あの騎士と豹獣によって追撃部隊は完全に囲まれている。見晴らしが悪いこの森で、だ。
『これ以上の深追いは危険』
 その判断は、すぐに下された。けれど、逃げたくても逃げられない。退路を確保するには、まだ時間がかかる。
 そこで、あなたたちと桜庭は、他班の撃退士から『突破口を開くまでの間、リザベルを何とか抑えて時間を稼いで欲しい』と頼まれた。リザベル本隊の追撃を阻止し、部隊撤退の掩護をして欲しい、と。
 時間稼ぎに徹して、背を向けた仲間達が逃げ道を作るまでリザベルの追撃を食い止めるか、或いは何らかの手段でリザベルに消耗を与え、追撃を諦めさせるか。方法はあなたたちに任せるとの事。
 リザベルはあなたたちの現在位置からそう離れていない所にいるらしい。更にリザベルの周囲には五体の騎士と五体の豹獣がいるようだ。放っておいてもすぐにドールが襲ってくるだろう。あなたたちだけでこれを止めるか、倒す必要がある。
 本当は当初の予定通り、今後へと繋がるような痛手をリザベルに与えるのが望ましい。しかし相手はかなりの実力者と練度の高い部隊。そう簡単ではない。実際、リザベルを追って先行していた分隊の一つは返り討ちに遭って全滅した。時間稼ぎだけでも相当に難しいだろう。
 よく考えてから行動しよう、と桜庭が言った。何も考えずに挑めば、逸った先行部隊の二の舞だ、と。
「できればせめて痛み分けに持っていきたいが、既に作戦は半ば失敗してる。これ以上の犠牲を出さずに撤退したいのは、俺たちもリザベルも同じだ」
 そう。これは逃げる為の戦いなのだ。
 逃走の為の闘争が、幕を開けようとしていた。


リプレイ本文




 葉擦れの音を立てながら、桃色の髪をした少女が深い森の中を駆ける。
「見えた……!」
 声を発した夏野 雪(ja6883)が見据えるのは、鬱蒼と生い茂る木々の奥。四体の鎧騎士が、乱立する樹木の間を縫って、雪達の方へと接近してきていた。
 先行した撃退士達の死体を踏み潰しながら、片手斧と盾を携えた騎士達が迫り来る。
 御堂 龍太(jb0849)は、無惨に踏み躙られる同胞達の姿を目にして、思わず立ち止まった。
「あたし達がもう少し早く着いていれば、もしかしたらあの子達は……」
 殺されずに済んだのではないか。その言葉を、龍太はぐっと呑み込んだ。
「いや、違うわね。今は喪くしたものを数えて悔やむ時じゃない」
 想いを振り切り、前を、敵を見る。脅威はすぐそこにある。状況は絶体絶命。感傷に浸る事すら、この悪魔達は赦してくれない。
「今は、これ以上犠牲を増やさないために――戦う時よね」
 龍太の言葉に、雪が頷く。
「この手に届く人だけは、守ってみせる……! 介入します!」
 命が理不尽に奪われるなど、あってはならない。全力で、抵抗してみせる。
「……私は盾。その兇刃を、自由にさせてはならない」
 冷たい声で、雪が呟いた。同時に、纏う雰囲気が氷の様に研ぎ澄まされる。秩序を乱すモノに、慈悲など不要。
「私は盾。その意を、示さねばならぬ」
 優先すべきは人命。たとえ悪意がありふれていようとも、その先の命の光を信じて。
「私は盾。全てを征し、そして守る。人々と、秩序を護る、戦場の調停者!」


「……東北での借りを返してやろうと思っていましたけれど、この状況ではそうも言っていられませんわね」
 雪の後方。銀髪碧眼の小柄な少女が、正面から近づいてくる騎士達と、後方で悠然と構えているリザベルを交互に見る。
 シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)がリザベルと対峙するのは、今回が初めてではない。第六位級の大物だけあり、苦汁を舐めさせられてきた。
「ここで因縁に決着をつけられれば理想ですが……まあもう暫くは持越しでしょうね」
 そう言って溜息をついた銀髪の少女は、Rehni Nam(ja5283)。流石にこの状況下でリザベルを仕留めるのは至難だと判断している。だが、これまで逃してきた相手だ。やられっ放しで終わる気もない。中衛であるレフニーの視線が前衛、紫髪の男の後ろ姿に向けられる。
「久しいな……リザベル」
 鳳 静矢(ja3856)が、紫電の眼光で青肌の女悪魔を睨む。遭うのは何時振りだろうか。本音を言えば、すぐにでも斬りかかりたい。最も、感情に任せて飛び出すなど冷静な彼に限っては有り得なかった。
 敵はリザベルだけではなく、此方には護るべき仲間も居るのだから。
「味方の人命には代えられませんもの。致し方ありませんわ」
 ミーミルの書を開いたシェリアが、リザベルではなく、接近してくる騎士の一体に狙いを定める。
 己の誇りよりも、仲間の命を優先させた。根っから負けず嫌いの彼女だが、大切なモノの価値を知っているからこその選択だった。
「それでは……いきますわよ」
 光纏したシェリアの長い銀髪が黄金色に染まって、眩い光を放つ。
 輝きと共に魔法書から生み出されたのは、水の刃。真っ直ぐと射出された魔法刃が迸り、騎士の胴部へと叩き込まれる!





 金色に靡く髪が樹木の陰に隠れる。同時に、轟音。
 騎士に攻撃した後、シェリアが咄嗟に弾除けにした木が、一瞬で爆砕していた。リザベルの魔法攻撃が飛んできたのだ。しかし、シェリアは無傷。
 バロネスの反撃をかわした少女が、胸を張って不敵に笑う。
「リザベル、さっさと退いたら如何? 大事な手駒をこれ以上減らされたくはないでしょう?」
 相変わらず口の減らない小娘達ね、と青肌の女は怠そうに言った。
「そうね、貴女たちが無駄に粘るようだったら、面倒だし退いてあげるかもしれないわね。私とこの子達を相手に、耐え凌ぐ事が出来ればの話だけど」
 騎士達が淡々と撃退士との距離を詰めていく。当然、遠距離攻撃を警戒しながら。続くシェリアの攻撃は、邪魔な木枝に阻まれて中々届かない。


 他方、撃退士前衛。
 接近した騎士が、祝詞をあげて魔法性能を強化した龍太めがけて、全力で片手斧を振り下ろす。命中。
 衝撃で背後の木まで吹き飛ぶが、陰陽師の傷は浅い。龍太は祝詞の他に四神結界を展開し、物理防御も強化していた。この程度では倒れない。
 だが直後、更に側面から黒い影が一気に近づいた。豹獣だ。
 隙を狙っていた高機動の襲撃者が、龍太の喉を食い破るべく飛び掛かる。否、飛び掛かろうとした。
 それを遮ったのは、濁った赤い陽炎に全身を包み、肩まで伸びた黒髪をリボンで纏めた女。
 見事に奇襲を読んでいた雨野 挫斬(ja0919)が、嬉々と笑ってワイヤーを乱舞させる。
「フフ、ばればれなのよ! さぁ、おいで! 解体してあげるわ!」
 斬糸による薙ぎ払いが、突き出された豹獣の前脚をバラバラに斬り刻んだ。スタンが決まり、豹獣の動きが止まる。
「アハハハ! 今よ!」
 絶好機に、アスハ・ロットハール(ja8432)は跳躍した。
「……この程度、慣れた鉄火場、だな。そちらの思惑ごと……蹴り破るだけ、だ」
 禍々しい脚甲を纏った赤髪の青年が瞬迅刻を発動し、紅い残像を描いて高速落下。無防備な豹獣の横っ腹に、強烈な飛び蹴りをブチ込んだ。爆砕した豹獣の血飛沫が弾け、肉片が辺りに飛び散る。
 すかさず二体目の豹獣がアスハへと突撃していく。が、誓いの闇に包まれた青年は、その側面からの攻撃を予期していた。飛んできた豹獣の突進をかわしながら射線を開け、味方の追撃を促す。
 隙を窺っていたのは、歌謡いの青年、亀山 淳紅(ja2261)。
 淳紅は魔法の竜巻を放ち、豹獣へと撃ち込んだ。マジックスクリューが直撃し、二体目の豹獣が爆散していく。
 序盤から豹獣を連続で仕留められたのは大きい。更に流れを此方へと引き込むべく、淳紅が首を傾げて味方を鼓舞できるような歌を思案する。
「歌うなら『後宮からの逃走』とかがええかな。でもあれ捕まって死にかけるしなー……ほな、やっぱマーチでいこかー♪」
 Sanctusで衝撃波を飛ばしながら、淳紅が歌う。


 再び、撃退士前衛。
 淳紅の歌声を背に、雪は騎士二体の連撃を浴びていた。だが、
「活目して私を見ろ! 我が盾ある限り、貴様らの刃が自由に及ぶと思うな!」
 雪は正面から降ってきた斧をシールドで受け、背後から放たれた攻撃をも防いだ。硬い。
「どうした! その程度で私の意思は砕けないぞ!」
 挟撃を耐え切った雪が反撃に出る。審判の鎖を放ち、正面の騎士を鎖で締め上げ、一瞬の間だけ動きを封じる事に成功。しかし、その隙に動ける味方が近くに居ないのが惜しかった。
 静矢は騎士と豹獣の挟撃を喰らっていたが、やはり耐えている。負傷率四割六分。護法で二体の攻撃を捌き、朦朧すら1ターンで復活していた。 
 レフニーはコメットを紡ぎ、無数の彗星を豹獣へと降り注ぐ。周囲の木々を圧砕しながら、豹獣撃破を狙う。カオスレート差もあり高精度だが、惜しくも外れた。しかし、浮き足立った所を追撃して貰う準備は整っている。
「シェリアさん!」
「ええ、当ててみせますわ!」
 宣告通り、魔術師の少女がマジックスクリューを命中。敵攻撃の主軸たる豹獣の三体目を撃破した。
 前列に残る豹獣は、一体。




「……ここまでやるなんてね。ちょっとだけ、びっくりしたわ」
 撃退士を見下ろすリザベルの声には、微量の驚愕が含まれていた。
 ――やはり、撃退士は侮れない。
「それなら……こんなのはどうかしら」
 リザベルが指を鳴らし、同時に大蝙蝠が羽ばたく。その挙動に咄嗟に反応できたのは二人。即ち龍太とアスハだけだった。
 超音波が飛んで来ると予想した二人が、その場から全力で離れた。
 続いて範囲睡眠が発動されると予想した挫斬が警告を発し、シェリアは味方から距離を取ろうとしたが、間に合わなかった。龍太とアスハを除く全撃退士が、強烈な睡魔に屈し眠りに堕ちていく。
 最初に狙われたのは雪だった。
 安らかな寝顔を晒す少女の太股に、豹獣が喰らい付く。その牙に宿るのは朦朧効果。更に麻痺を解除した騎士が、渾身の一打を雪へと振り下ろす。相手を確実に殺す為の連撃、だが盾の娘は気絶程度で済んでいた。とはいえ一時、戦闘不能。
 次の標的は挫斬。騎士から斧で肩を斬り裂かれ重傷を負ったものの、ダメージにより意識を取り戻した。
「アハハハ! いったーい! でもいい気付けね!」
 血塗れになりながらも女が明るく笑う。即座に次の行動に移っていた。眠っているヴァンガードの青年、桜庭に近づき顔を寄せる。
「目覚めのキ〜ッス! なんちゃって! きゃはは!」
 魔法攻撃を喰らわせて起こすつもりだったが、寸前で思い直し、ひとまず手加減して顔面を殴ってあげた。それで最低限のダメージは入ったのか、桜庭は鼻血を出しながらも睡眠魔法から覚醒した。
 最後に騎士達から攻撃を浴びたのは静矢だ。だが、まもなく学園最高峰レベルに到達する勢いの熟練剣士は倒れなかった。目覚めた後は根性で立ち上がり、振り下ろされた斧は愛刀で受け止める。
 と、睡眠魔法を回避していたアスハが加勢に回った。紅い蹴りが閃く。それは敵の隙を誘い、味方の追撃成功率を高める為の攻撃だった。
 静矢にとどめを刺そうとした豹獣が、アスハの蹴りを飛び退いて回避。直後、静矢が一気に踏み込んだ。一体ずつ、確実に倒す。瞬翔閃。アウルの力を腕脚に集中させた神速の刃が、前列最後の豹獣を両断していく。
 撃退士は何とか持ち直していた。桜庭に回復を施された雪が、シェリアをクリアランスで解呪し、レフニーは睡眠魔法から自力で復活。恋人の淳紅を手加減して殴り、目覚めさせる事にも成功した。
「あとは人形使、だな……」
 アスハは早い段階から人形使が後列にいると判断していた。ならば、とシェリアが後列でリザベルに付き従う騎士に水刃を飛ばす。やはりというべきか、最初に攻撃を当てた騎士とは損傷率が大きく違った。動きも鈍い。
 恐らくはこの騎士が、人形使。





「ここまで来たら、一気に畳み掛けるわよ!」
 龍太が石縛風を活性化させつつ、人形使へと向かう。このままうまく撤退に追いやれれば、誰も重体者を出す事なく帰還できるかもしれない。自然と声に、気合が入る。
「これ以上、あんた達の好きにはさせないわ!」
 龍太が砂塵と共に生み出したオーラが、騎士に扮した人形使を包み込んでいく。ディアボロ達を統率し強化している人形使の体は、徐々に足元から石化していた。
「よっしゃ! これならいけそうやな!」
 歌声を魔力変換し、淳紅が人形使に次々と衝撃波を浴びせていく。流石にタフだが問題ない。もうすぐ、倒せる。
「リザベルは任せたで、レフニー!」


 淳紅の声援を受けながら、銀髪の少女がヴァルキリージャベリンを構える。それより早く赤髪の青年が動き出していた。
 リザベルの側面に回ろうとするアスハを、護衛の豹獣が迎撃。だがその突撃の軌道は読めている。纏った黒羽で勢いを削いで回避。そのまま紡いでいた魔術を発動する。
 アスハの片掌から放たれた光槍が、女悪魔へと迫る。同時に、カオスレートを爆発的に高めたレフニーが天槍を投擲。
 鬼札と切札。二本の槍が、正面と真横からリザベルに向かっていく。
 槍の十字架の交点で血飛沫が舞い上がった。同時に、女の押し殺したような呻き声。苦痛に眉を歪めた青肌のデビルが、反撃に強烈な魔法弾をレフニーに叩き込む。それは、本来のレート差ならば致命傷となる一撃、だった。
「何とか、間に合ったようだな」
 静矢は寸前の所で、リンクシェアリングをレフニーに発動する事に成功していた。カオスレートを中和する事により、リザベルの反撃を大きく和らげたのだ。
 更に雪がライトヒールを発動。レフニーの傷を癒し、回復させる。
「前は一撃で倒れましたが……今回は、そうはいきませんよ」
「……どうやら、まだお仕置きが足りないみたいね」
 リザベルが更に反撃しようとするが、撃退士の攻撃はまだ終わらない。
「キャハハハ! 今度こそ解体してあげるわ!! さぁ! アタシと一緒に死にましょう!! アハハハハ!!」
 狂ったように笑い、挫斬が突撃。死活で痛覚を切った女が狂気を撒き散らすかの如く大剣を振り回した。上空に逃れようとしたリザベルの艶めかしい脚に、刃が触れる。降り注いだ血の雫が、恍惚とした表情を浮かべる挫斬の顔を汚していく。
 駄目押しに、茂みに隠れたシェリアが上空へと水刃を飛ばした。不意を突いた死角からの魔法刃は、リザベルの頬を引っ掻いた。青い肌に紅い筋が浮かぶ。
「まだ続ける気かしら?」
 姿を隠したまま、シェリアが言葉を投げかける。時同じくして、龍太と淳紅の攻撃を浴びまくった人形使が撃沈。残る騎士四体と豹獣一体の足並みが乱れ始めていた。
「………はぁ」
 精々粘られる程度だと思っていたが、この状況で半数ものディアボロが撃破され、自身も傷を負わされる事になるとは。
 リザベルにしてみればこの結果は、完全に想定外。これが、撃退士の潜在能力なのか。だとすれば――
「……やっぱり、来るんじゃなかったわね」
 引き上げるわよ、とリザベルがディアボロ達に伝達する。
 撤退していくリザベル達を、撃退士は追わない。追えない。既に被害甚大で、シェリアとアスハを除いて多数は重傷を負っている。リザベル側もだいぶ戦力が削れたから、痛み分けと言った所か。互いにこれ以上深追いする余力は無い。
 だから、最後に静矢が放ったのは、致命傷を狙う事とは、別の意味合いを持つ。
 肩を撃たれたリザベルが振り返る。静矢は発砲した狙撃銃をヒヒイロカネに戻し、愛刀『不破』を召喚した。
 刃の切っ先を彼女へと向けて、静矢が宣言する。
「……次に戦う時には、銃弾では無くこの刃をその身にくれてやろう。その日を楽しみにしているぞ、リザベル」


依頼結果