●純朴青年⇔廃人ガール
朝。
九鬼 龍磨(
jb8028)はあまりの出来事に困惑していた。
まじまじと自分の身体を見下ろす。ちっちゃな手、腰まで伸びたさらさらの銀髪。
「これは……雪子ちゃん?」
龍磨の部屋には、少女の姿になった龍磨と、男の姿になった玉置 雪子(
jb8344)の二人がいた。
「まさかのTSF……先輩と妙なフラグが成立する前に早く戻らなきゃ」
雪子が龍磨の顔で言って、端末を慣れた手つきで操作する。電子掲示板にスレッドを作成。次々と書き込まれていく投稿を見て、龍磨は事の真相を理解した。
「天魔……急いで倒さないと! いろいろ迷惑だし!」
大きな瞳に決意の蒼炎を燃やして部屋を飛び出した、直後に転倒。やはり雪子の体だと勝手が違う。
無視してすたすたと歩いていく男を見て、碧眼の少女は泣きそうな声で叫んだ。
「って、置いていかないでー! 歩幅がー! 歩幅がー!」
そんなこんなで、スライム戦。
無人のロッカールームで蠢く青いスライムを睨みつけ少女が前に出た、までは良かった。
「スライムめ! 僕の怒りが有頂天……って痛ったー!?」
「ちょ、おま、雪子の体が!」
やっぱり雪子の体だと勝手が以下略。いつものように戦おうとしたが、スライムにぺしーんと殴られてしまった。おでこがじんじんと痛む。
少女がしょんぼりと申し訳なさそうに手を合わせる。
「ごめん……後で何でも好きなのおごってあげるから!」
「ん? 今なんでもおごるって言ったよね?」
言質を取った男がフヒヒと笑い、スライムに向き直る。何だかやる気になったようだ。
さっさと終わらせよう、と大剣を振りかざす聖騎士だったが、
「黄金の鉄の塊で出来ているディバインナイトがスライムに遅れを……あれ」
「違う違う雪子ちゃん! 聖火はこうガーッと! ……え? わかんない?」
やはり勝手が違うせいなのか、思うように戦闘が進まない。ぐだぐだと二人が話し合い、そして、
「もうどうにでもな〜れ」
雪子が自棄気味に、銀色の焔を纏った刃を振り下ろす。乱暴な一撃は、しかし雑魚スライムを真っ二つに両断した。
「あ……戻った」
スライムを倒した事で、二人の入れ替わりはあっさりと解除された。
雪子の傷を気遣いながら、龍磨は言った。
「保健室に行こう。後は任せて!」
●ぬっこぬこになりました
「にゃー?(あ、あれ……?)」
志々乃 千瀬(
jb9168)が可愛らしい鳴き声を発する。気がつくと彼女は野良の黒猫になっていたのだが、比較的落ち着いていた。
(え、えと。これが、噂に聞く、入れ替わり、なんでしょうか……)
スライムの存在は知っている。時間経過で元に戻れるなら、何の心配も無い――と考えた所で、ふと重大な事実に思い至った。
(………あれ? そ、そういえば、私が、猫で、じゃあ、私、の、体、に、は……)
黒猫の顔が見る間に青褪めていく。不味い。これは、とんでもなく不味い。
(……探さ、なきゃ……!)
「にゃ……(開かない……)」
数分後、千瀬が暮らす学生寮の一室。その扉の前で、必死に両前脚を上に伸ばす黒猫の姿があった。
(そう、でした、私、猫、でし、た……部屋の、扉、なんて、開けられ、ません、でし、た……)
ぴょんぴょんと飛び跳ねるが、ドアには届かない。そうしている間にも、事態は着実に進行していた。
(この、部屋の中、で、にゃーにゃー、言ってる、のは、私、でしょうか……)
扉の向こうから聞こえてくる『自分』の声に、黒猫が頭を抱える。もしもこの痴態を誰かに見つかったら――。
(こ、こう、なったら……誰かに、見つかる、前、に、スライム、を……!)
確かひっそりした所でしたよね、と千瀬は決意と共にその場を出した。
同時刻。
猫と入れ替わった鈴葉・リインフォース・アイン(
jb9229)は、その姿のまま寮の周囲を散歩していた。
(スライムなんちゃらが原因らしいけど……まぁ何とかなるさ。中々出来ない体験だし今日は猫のままゆっくりしようかな)
寮生にバレないように、と寮長である鈴葉がうろうろと周囲を見上げながら歩いていく。何だか世界が広く感じる。
ふと、近くの路地から猫の鳴き声が聴こえた。
「にゃー!(だれかー!)」
ひっそりとした路地裏に、黒猫の叫び声が響く。
スライムを見つけたものの、千瀬は返り討ちに遭っていた。
(確かに、弱そう、でしたけど……私、猫、でし、た……倒せない、じゃないです、か……)
ぬるぬると動くスライムが、千瀬に迫り来る。
「にゃ……にゃにゃにゃ、にゃぁ……!(だ、誰か、ここ、に、スライム、が……!)」
絶体絶命。
鈴葉がスライムを威嚇するように鳴いたのは、まさにそんな瞬間だった。
「にゃー!」
鈴葉の鳴き声に反応したスライムがにゅるりと振り返る。その隙に、千瀬は急いでその場から逃げ出した。助かった。
同時に、元に戻った龍磨が、雪子の情報を辿って現場に到着。
騎士はスライムへと突進し、黙々とスライムを処理していく。
無事に解決した様子を眺めて、鈴葉は再び散歩へと戻っていった。あえて喋らず、誰にも入れ替わった存在とバレないようにしながら。
その日、久遠ヶ原では困ってる人を助けるちょっと不思議な猫が現れたという。
●狐獣人⇔長身美少女
朝目覚めた狐珀(
jb3243)は、もふもふ尻尾が無い事にすぐに気付き鏡を見て仰天した。
「な……なんじゃこれはー!」
とビックリしたものの、超常現象には慣れている悪魔故か割とすぐに落ち着いた。どうせ噂の天魔の仕業じゃろう、と。
「まさか身体が入れ替わってしまうとはのう……しかしこれは、人間生活を楽しむチャンスなのではなかろうか……?」
鏡の中に映るモデル体型の赤髪少女をじっと見つめ、狐珀が笑う。
「そうと決まれば、楽しまねば損じゃな!」
遠石 一千風(
jb3845)は気がつくと狐珀と入れ替わっていた。
呆然と自分の姿を見下ろす一千風。白くやわらかい毛並みに覆われた体に、もっふもふの尻尾。これに包み込まれて眠ったら、気持ちよさそう。
「…………って」
そうじゃない。これは何? 耳も尻尾も、意のままに動く。何なのこれ?
しかも――
「え? スキップでもしそうな感じで離れていこうとしているのは、私??」
困惑する一千風の遠い視界に、楽しげに歩く本来の『私』が飛び込み、彼女は何かを噴き出しそうになった。ちなみに中に入っているのは、上機嫌の狐珀だった。
「……とにかく、追いかけて確認しないと」
一千風が、自分の姿を走って追いかける。
走るのは得意なのだが、自分と違い過ぎるのがつらい。
尻尾でどうやってバランスを取るのか分からず、服も慣れない和服。それに……少し間違うと豊かな胸が零れてしまいそうだった。
「……っ」
周囲の視線もすごく意識してしまう。羞恥に顔を赤らめながら必死に一千風が進もうとして、ぐいっと尻尾を掴まれた感触に背筋が伸びた。
「きゃぁっ!?」
「ねぇー、しっぽー、ほんものー?」
幼い声に 何事かと振り向くと、そこに居たのは小学生になるかならなかといった年頃の子供達。いつの間にか、好奇心に目を輝かせる少年少女に囲まれていた。
引っ張っちゃだめよ、と諭すが無邪気な子供達は聞いてくれない。どころか、言うことを聞かせようとしているうち、何故か『狐のお姉さん』として子供達と追いかけっこする事になってしまい。
気がつけば夕刻。
狐獣人となった彼女は、先程までずっと子供達の相手をさせられていた。
大変だったが、不思議と気分は悪くない。
遊び疲れ、尻尾を枕に眠る子供達の顔を眺めて、一千風が頬を緩ませる。
「私は一人っ子だから小さい子供とふれあうことが無かったけれど、こういうのもいいわね……」
ふわふわの尻尾で子供達を包みながら、狐が優しい表情を浮かべ、はっと我に返った。
「……って、よくない! 私の体、何処!? もし戻ったらどう取り繕うかしら……」
セリフ突込みを入れる一千風。子供達に気を取られ、すっかり忘れていた。
入れ替わったのが狐珀さんなら、そこまで変な事はしない(茶目っ気はあるが思いやりもある人だ)とは思うけれど……。
一方、その頃の狐珀。
「楽しみじゃなー、一千風殿は美人じゃしナンパとかされたらどうしようかのぅー」
なんて言いながらウキウキと彼女が向かった先は、繁華街だった。
「堂々と人ごみを歩けるなんて新鮮じゃのぅー」
沢山の人が行き交う中、抜群のプロモーションを誇る少女が感動したような声をあげる。いつもは狐な姿のせいで行き辛い場所でも、この姿なら目一杯楽しめそうだ。
気になっていたお店を巡り、ショッピングを楽しんだり流行のスイーツを食べてエンジョイする狐珀。変な所を挙げるとすれば、見るのが湯飲みや彼女が好きな渋めの品ばかりという事か。一千風の趣味からは恐らく逸れる。一千風の知人に見られていない事を祈るばかりだった。
「……しかし尻尾が無いと少し歩き難いのじゃ。耳も動かぬし少し不便じゃな」
狐珀はお尻や頭を撫でながら、やはり慣れ親しんだ我が身が一番だと結論づけた。
「ともあれ、一千風殿のおかげで貴重な体験ができたのじゃ。元に戻ったら礼を言わねばならぬな!」
今はない幻の尻尾をふりふりと揺らし、狐珀は声を弾ませて帰路へと着くのだった。
●イケメン⇔腐女子
洗面所の鏡に映ったのは、因幡 良子(
ja8039)ではなくパジャマ姿のイケメンだった。
噂のスライムだ――と思い出すより早く、良子は条件反射の如く、流れるような手つきでズボンを前に引っ張っていた。
深淵を覗き込んだ美青年が黄色い悲鳴をあげる。
「わーー! (うすいほんで)見慣れたものが……っ!!」
「ふむ……俺がお前でお前が俺でかー……」
とりあえず着替えて朝食を済ませ、改めて状況を把握した良子がおもむろにベッドへと向かっていく。
「よし、まずは定番のベッド下から……無いか。じゃあ次はタンスの奥。あ、いや。今は紙媒体じゃなくてデータ形式って可能性もあるか? 男の子なんだ、一冊くらいあるだろ常識的に考えて」
良子はぶつぶつと呟きながら例の本を探して、そして見つけた。肌色成分が多いページをぱらぱらと捲り、マジックで黒く塗り潰していく。
「やり過ぎたかな……いや、向こうも私のおっぱい位見てるだろうしチャラだ、うん」
一方その頃良子と入れ替わったイケメン大学生が何を見ていたかというと、彼女の枕元に置いてあった腐った女子御用達の本だった訳で、明らかに等価交換は成立していなかったのだが、それはさておき。
「折角だ、ちょっと男の子の格好で外に出てみようか」
「まあ、何だかんだあったけれどたまにはこういう経験もいいかもね、背の高さが違うだけで世の中ってこんなにも違って見えるんだ」
頬を撫でる春風が心地良い。美青年が街を眺めながら、爽やかに微笑む。
「――あ、尿意。立ちションせねば」
ふと真顔に戻った良子が、ささっと男子トイレに駆け込んでいく。一秒前の良い台詞が台無しだった。
後日元に戻った後、弱みを握られたこの美青年は良子に昼飯をたかられる事になるのだが、それはまた別のお話。
●兎(?)狩り
(……?! 何が一体どうなって……)
朝起きたら颯(
jb2675)は兎と入れ替わっていた。何が起きているのか理解できない。パニックになった颯が、ぴょこぴょこと跳び回る。何処まで移動したのだろう。ふと気付けば、頭上に人影があった。
「ウサギ……?」
(あ、あ……や?)
颯の恋人、鴉女 絢(
jb2708)だった。絢は兎をじっと見つめ、何を思ったのかとんでもない事を口にした。
「……今晩はウサギ鍋にしよっかー!!」
(……!!)
恋人の言葉に、まさしく脱兎の如く颯は逃げ出した。食われる。彼女は、マジだ。
「あっ、待ってよー!!」
一狩行こうぜなテンションで、絢がガトリング砲をぶっ放して兎を追う。本気なのだ。クレセントサイスの三日月刃が乱舞しファイアワークスの爆炎が弾ける。本気度百%。 颯も必死に逃げ続けるが、遂に寮まで追い詰められていた。
包丁を取り出した絢が、笑顔で彼氏に迫る。
「捕まえたー! もう逃がさないよ♪」
兎を縛り終え、絢が口笛を吹きながら包丁を研ぐ。大好きな彼氏が兎になっているとも知らずに……。
「いやー、けど颯君がウサギになってるとは思いもしなかったね!」
ツインテールを揺らして、絢が屈託なく笑う。食卓には鍋があり、そして颯の姿があった。
「なかなかできない体験だった……かな」
包丁片手に追っかけまわされるのはちょっと怖かった、と颯。元に戻れたから良かったものの、もしあのままだったら多分鍋の具になっていた事だろう。何はともあれ、助かって良かった。
かくて、恋人達は日常へと戻っていく。
「それじゃ食べよ、颯君。あーんしてあげよっか?」
●金髪美女⇔平凡JK
「魂が入れ替わる……馬鹿な、こんなことが……って、貴方たちはどなたです? は? この子の友達??」
フィオナ・アルマイヤー(
ja9370)は通りすがりの女子高生グループの一人と入れ替わっていた。能力者でも何でもない、普通の子達だ。
「……それはまあ、いるでしょうね。これから遊びに?? あ、いや……私は……」
言いかけ、無下に断るのも不自然かと思い直し、フィオナが決意を固める。
私に普通の女の子みたいな事が出来るのか、と不安を抱きながらも。
「仕方ない。い、行きますか……」
「う、スカートなんてはいたの、何年振りでしょう」
プリーツスカートの短い丈を気にしつつ、フィオナが女子高生に紛れて街を歩いていく。
(それにしても、今どきの女子高生ってどこへ遊びに行くのでしょう……?)
さる名家の出身であるフィオナは、その手の知識には疎い。故に、流されるまま彼女達についていっているのだが。
しかし、良く喋る。
道中、女子の会話は恋愛話に花を咲かせていた。フィオナを置き去りして少女達の会話がどんどん膨張していく。キス、という単語が聴こえた辺りでフィオナは頬に熱を集まるのを感じた。
(こ、これがウワサのコイバナ……な、なんて過激な……!?)
そういった事物に耐性が絶無のフィオナにとっては、刺激的すぎるトークだった。皆がきゃーきゃーと盛り上がる中、一人だけ顔を赤くしてもじもじとしていると、女子の一人が言った。どうしたの、楽しくないの?
「た、楽しくなんか……いや、でも楽し……う、何でもありません」
それから先はあっという間だった。皆でクレープを食べたり、雑貨店に寄ったり。普通の女の子の一日だった。
心残りが皆無かと言われれば無きにしも非ず。否、もしかしたらずっと、こんな生活を心の奥底で望んでいたのかもしれない。
だけど。
「私は私、この子ではないのですから」
醒めない夢はありません、と。フィオナは静かに目を瞑った。
そうして、少し不思議な一日が幕を閉じる。