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ひび割れた道路を、三人の撃退士が駆ける。
「さて……焦ってはいけませんが、急がなくてはなりますまい」
子どものような外見に反して、字見 与一(
ja6541)が大人びた口調で呟いた。
併走する鬼道忍軍のサラ・グリフィス(
ja1500)が頷く。
「ええ。今回の任務は救出が最優先ですからね」
「じゃあ、まずは早速この辺りから探してみよっか」
そう言って和装の少女、澄野・歌奏(
jb4451)が敵との遭遇に備えて阻霊符を起動。
撃退士たちが足を止め、周囲を見回す。
眼前には荒れ果てた街が広がっている。
街灯や電柱の類は砕き折られ、建物もほとんどが崩壊していた。
殺風景極まりないが、なかには辛うじて原型を留めている建物がいくつかある。
救助対象が戦場を離脱できないほどの重傷を負っていたとすれば、もしかすると、これらの半壊した建物内に身を隠しているかもしれない。
手がかりらしきものはないか三人が注意深く周囲を確認していると、
瓦礫を踏む音。
全員が一斉に音のした方を振り向く。
撃退士たちの視線の先、廃墟群の影から姿を現したのは、ひとりの美女だった。
ぼろぼろの衣服をまとった女が、千鳥足で撃退士へと近づていくる。
美女は人間ではなかった。
虚ろな表情に、生気を感じられない青紫色の肌。ぼろ衣からのぞく皮膚はところどころ爛れており、筋繊維や骨が剥き出しになっていた。
女性の死体を基に造られた冥魔の眷属。グーラと呼ばれるディアボロだった。
生ける屍が、三人の前に立ちはだかる。
撃退士は即座に戦闘態勢に移行。
与一が下がり、少女たちが前に出る。
鬼道忍軍のサラが先手を取った。
「妖之形問わず、九字真言を以て切断せん。其に難きことやあらむ」
口上を述べて女忍者が光纏。
手の中から生み出したアウルの手裏剣を放ち、グーラの右足へと突き刺す。
死した美女が苦鳴をあげて悶える。
霊符を取り出した歌奏が続く。
「あたしも行っちゃうよー」
陰陽師の少女が雷刃を飛ばした。水平の落雷は腐敗した腹部に命中。
血液や内臓を撒き散らし、グーラがよろめく。
後方の与一が魔法書を開いた。前衛たちに攻撃が当たらぬよう、揺れるグーラに照準を固定。
電光が迸る。
魔術師が放ったのは、一条の細い雷だった。命中精度に優れた稲妻は、的確にディアボロの左胸を貫く。
怒涛の三連続攻撃を浴びて、グーラの体が前かがみに垂れた。
「……やったか?」
サラが確かめるように近づいた瞬間、女の肩が揺れた。
まだ倒せていない。反射的にサラが後方に跳ぶ。
それまでサラが立っていた空間を、生ける屍の腕が薙いだ。
後退した忍者が崩れた建物の上に着地。遅れて、首に巻いていたマフラーが地面に落ちる。
地に落ちた首布は融解していた。
与一がグーラの手元を注視する。爪先からは緑色の液体が滴っていた。
「毒の爪、ですか」
平静を装った声音で、与一が言葉を漏らす。
敵が毒を操るのは知っていたが、これは想像以上の代物だ。
掠めただけでも物質を腐敗させる攻撃など、厄介にすぎる。
再びグーラがサラに向けて腕を振るう。
毒爪を回避しようとサラが動くが、同時に不安定な足場が崩落。
足を滑らせてしまい一瞬の隙が生まれたサラの眼前に、亡者の腕が迫る。
横合いから光。
電撃が弾け、切断されたグーラの手首が宙を舞う。
与一の放ったライトニングが、間一髪で毒爪を阻んだのだ。
魔術師の雷に気を取られたグーラに、槍を構えた歌奏が突進。
後衛に攻撃が行く前に倒さんと、少女が一気に間合いを詰める。
歌奏がグーラの額に槍を突き刺した。槍はそのまま頭蓋を貫通し、穂先が後頭部から突出。
脱力したように、死者の腕が垂れる。
槍を引き抜くと、ディアボロは前のめりに倒れこんだ。さすがに、もう動かない。完全に活動を停止したようだ。
「お二人とも、先ほどは有り難うございました」
戦闘を終えてサラは与一と歌奏に頭を下げた。ひとりではきっと敗北していただろう。
やはり、仲間の存在は心強い。
敵は報告通り、高い生命力と毒性を持つ厄介な相手だった。
他班の仲間たちは、果たして大丈夫だろうか。
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瓦礫や倒壊物のせいで、この街の見通しは良好とはいえない。
だからこそ、より効率的に捜索を行うべく、撃退士たちは策を練った。
「手遅れになる前に……頑張るのですワっ!」
街の北側上空を飛翔する紫髪の少女、ミリオール=アステローザ(
jb2746)が声を張る。その背には銀河模様の双翼が顕現していた。
「なるべく早く見つけないとね」
同じく上空から捜索を行う金髪の少女、ユリア(
jb2624)の背にも翼が生えていた。闇色の骨翼は、黒曜石のような質感と美しさを感じさせる。
彼女たちは、それぞれの事情で人間界に帰属したはぐれ天魔だった。
天魔特有の飛行能力を活かし、二人の少女がゴーストタウンを俯瞰する。
上空から複数のグーラの姿を確認。
四体ものグーラが、ある一点の近くを彷徨い歩いていた。
敵の位置を周囲にいる仲間たちに携帯端末で報告して、二人も捜索班に合流していく。
「この辺りに四体もグーラいるのかー……気をつけよー」
「清水さんを発見したら、敵の殲滅より護送を優先して行動したほうがいいわね」
嵯峨野 楓(
ja8257)の言葉に、併走する桐村 灯子(
ja8321)が応じる。
グーラが集まっているということは、ディアボロを撒けなかった救助対象――清水晴彦が周囲に潜んでいる可能性も考えられる。確証はないが、闇雲に捜索するよりは断然良い。
楓、灯子、ユリア、ミリオールの四人が、半壊したビルに突入する。
この付近で潜伏に適した場所は、ここしかない。
四人で手分けして内部を捜索していく。
しかし、中には誰もいなかった。どうやら外れのようだ。
少女たちがビルを出ると、四体のグーラが建物を囲むように近づいていた。
間隔や動きはばらばらだが、まるで撃退士に吸い寄せられるように屍の群れが迫ってくる。
前方から三体。後方から一体。
少女たちはすぐに対応した。
ミリオールが前方、三体のグーラへと飛び込む。無策であれば自殺行為に等しいが、勿論ただ突っ込んだわけではない。
ミリオールの背から、星雲のような翼が広がる。
「翼部完全展開……出でよ、わたしの世界……ですワっ!」
言葉と共に極光の力場が展開。空間を歪め、グーラたちの動きを阻害していく。
その隙に、残る三人が後方に向かう。
敵は一体。
楓が雷狼を飛ばす。狼はグーラの喉元に勢いよく噛み付いた。
続けざまにユリアが不可視の矢を撃ち込む。着弾と同時に、月色に輝く矢が視えた。
矢が消えるよりも速く、灯子がグーラの懐に入る。
零距離から放たれたのは、暴風の砲弾。
強力な風の噴射は、グーラの胸を大きく抉り取った。
衝撃でディアボロがふらつく。まだ倒れない。
さらに追撃を浴びせる、のではなく、撃退士たちはそのままグーラを放置して疾駆。よろめく屍の横を通過する。
「まともに相手してる時間は無いのですワっ!」
長期戦に持ち込めば、分が悪いのは撃退士側だろう。まして、救助対象を発見する前に消耗してしまうのは失策だ。
最優先目標を見失うほど、彼女たちは愚かではない。
逃げる撃退士たちの後を、束縛の解けたグーラの群れが追いかけていく。
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同時刻。
東方向の捜索を行っていた久永・廻夢(
jb4114)が、足を止めた。
廻夢の視線の先には、半壊した家屋。
違和感のようなものを感じ、廻夢が目を凝らす。
――廃屋の前に、赤い染みのようなものが点々としていた。
「……っ!」
違和感の正体に気づき、少年が走り出す。
染みは、真新しい血痕だった。
おそらくは負傷したフリーランス撃退士のものだろう。
血の水玉は廃屋の入り口にも続いていた。
(お願い、絶対に生きていて……ッ!)
焦燥感に駆られ、廻夢がそのまま廃屋へと踏み込んだ。
不安と焦りを内包した灰色の瞳が、建物内部を横断する血痕を辿っていく。
鮮血は、砕けたガラスやコンクリート片が散乱する床の片隅まで続いていた。
血痕の到達点には、崩れかけの壁にもたれかかるう男の姿があった。
汗と血に塗れた苦痛の表情、荒い息遣い。毒爪を受けたのか、手で押さえた腹部からは血が溢れている。
男が、廻夢に気づいて顔を向けた。体を動かそうとするが、足を怪我しているのか上手くいかない。何かを言おうとして、代わりに血液が口から吐き出る。
慌てて廻夢が駆け寄る。
「む、無理しないでくださいっ。清水清彦さんですよね? 救援に来た久遠ヶ原学園です。いま、助けます」
そう言って清水を抱え起こそうと手を伸ばした時、後ろから男の名を呼ぶ声が聞こえた。廻夢がそちらを振り返る。
声の主は、廃屋に入ってきた枯月 廻(
ja7379)と柊木要(
ja1354)だった。廻夢と同じく東側を捜索する仲間たちだ。
アストラルヴァンガードの枯月が清水に近づき、ライトヒールを発動。
アウルの光を送り込むことで細胞の再生を促進させ、腹の傷口を塞いでいく。
「よう、まだ生きてるか?」
枯月の軽口に、男が苦笑の表情を返す。止血と微回復により、男の顔色は少しだけ良くなっていた。
とはいえ、油断はできない。強靭な肉体を持つ撃退士といえど、これほどの重傷だ。すぐにでも専門の治療を受けさせたほうがいいだろう。
要が清水を助け起こす。傷に障るのか、男が苦悶の表情を浮かべた。
「重傷者には辛いかもしれないっすけど……晴彦さん、少しの間、耐えてくださいっす。すぐに安全な場所へ連れていくっすから」
男を背負いながら、鼓舞するように要が声をかける。
三人は清水を連れて、建物の外に出た。
廻夢が携帯端末で仲間に救出成功の報告と、学園に清水の搬送先を手配するよう要請。
連絡を終えると、全員がもと来た道へと引き返していく。
(……俺は死ぬまで殺し合っても構わないが、他の奴らはそうじゃないだろうしな)
枯月が心の中で呟いた。
大切な人たちを天魔に奪われた枯月にとっては複雑な思いだが、撃退士としての判断を見誤ることはしない。
今回の任務で最優先すべきは、清水を救うこと。それは任務に臨む全員が共有する願いでもあった。
しばらくの間、撃退士たちは荒れ果てた街を駆けていたが、目の前に現れたものに気づき、立ち止まった。
「は……死体は死体らしく、大人しく死んでろよ」
乾いた笑みを浮かべながら、枯月が大鎌を構える。
撃退士たちの前に現れたのは、一体のグーラだった。
要がゆっくりと清水を降ろし、地面に寝かせる。重傷者を無闇に動かしたくないが、そうも言っていられない。グーラに向き直り、銃を構える。
「僕たちが絶対に守りますからね」
庇うように、廻夢が清水の前に立つ。これ以上、彼を傷つけさせるわけにはいかない。
聖騎士が先制。アクアリウムから生み出した光魚をまっすぐグーラに飛ばす。
光の魚が直撃するも、グーラはよろめきながら前進。撃退士たちに迫る。
要と枯月が同時にスキルを発動。
二人の構える武器が、強い輝きを放つ。
彼らの技は、対冥魔戦において大きな力を発揮する。
「俺達は急いでるんでな。貴様如きに時間なんぞかけない」
一瞬で終わらせる。決意と共に、要がPDWの引き金を引いた。短機関銃にも似た個人防衛火器から、光を纏ったアウルの弾丸が発射される。
光弾が死した美女の額に着弾。衝撃でグーラの頭が仰け反った。
グーラが体勢を整える前に、枯月が間合いを詰め終えていた。その手に握る青白い大鎌は、星のような輝きを噴出している。
必殺の刃が一閃。
横薙ぎに放たれた死神の鎌は、ディアボロの胴を真っ二つに両断した。
刎ねられたグーラの上半身が地面に崩れ、一拍遅れて下半身も倒れ込んだ。
スターショットとレイジングアタック。いくら耐久性に優れたディアボロであれど、聖なる力を宿した攻撃を連続で叩き込まれては、ひとたまりもない。
早期撃破に成功した三人が、清水を抱えて再び走り出した。
出口まであと少しだ。
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要たちが清水の護送を完了して数分後。
北に向かっていた四人の少女は、同数のディアボロから逃げていた。
廃墟を駆けながら、灯子が追手を振り返る。グーラの口腔から煙が漏れていた。全身に怖気が走り、灯子が瞬間的にスキルを発動。
グーラが自身の口腔を砲台に、猛毒の奔流を放射した。楓へと放たれた毒息は、少女に到達する直前で霧散していく。
咄嗟に灯子が発動した守護の風により、竜巻が毒息を散らしたのだ。
「ああもう、気持ち悪いわね」
吐き捨てるように灯子が呟く。
グーラの攻撃を振り切り、撃退士たちは広場へと出た。
ちょうど街の中心部にあたる場所だ。
ここで楓は足を止め、グーラへと反転。
楓の顔には、凄絶な笑みが貼りついていた。
すべて作戦通り。予定調和の窮地に過ぎなかった。
「どうやら間に合ったようですね」
左側から落ち着いた声。撃退士たちが視線を向けると、そこには子どものような風貌をした少年、与一が立っていた。傍らには二人の少女――サラと歌奏もいる。
西に向かっていたチームが、仲間の連絡を受けて駆けつけたのだ。
救助対象の護送に成功した以上、残るは敵を殲滅するのみ。
グーラの群れは、仲間と合流しやすいポイントまで誘導されていただけだった。
撃退士側は、総勢七名。戦力としては充分。
ここから先は一方的なワンサイド・ゲームだ。
「みんなまとめて行っちゃうよーっ」
歌奏の可愛らしい宣言と共に火球が出現。炎陣球がグーラをまとめて焼き尽くす。
続けてユリアがムーンライト・バーストを発動。生み出された月光色の光球が爆発し、光の粒子がグーラたちに降り注ぐ。
さらに楓が魔法陣から金色の九尾狐を出現させる。狐が吐き出した灼熱の炎が、亡者どもに襲い掛かった。
炎に包まれたグーラの一体が力尽き、その場に崩れる。
残り三体。
猛火にもがくグーラたちに止めを刺すべく、前衛の少女たちが疾駆。
次の一撃で、屍たちは二度目の死を与えられる事となった。
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その後、無事に清水は病院に搬送され、事なきを得た。
また、旧支配エリアに残っていたグーラ六体が一掃されたことで、復興工事の目途がついたという。
完全な復興には時間はかかるが、さっそく来月から工事の準備が始まるらしい。
いずれも、撃退士たちの活躍があったからこその成果。
些細なことかもしれないが、撃退士たちは小さな街の再生に、大きな貢献を果たしたといえよう。
混沌と破壊の後には、希望と再生が必ずある。
やがて、回復した清水晴彦と、かつてあの街に住んでいた人々から、撃退士たちに宛てた感謝の手紙が届くのだが、それはまだ少し先のことだ。