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「あたい知ってる! あんたみたいなのを中二病って言うのよね?」
雪室 チルル(
ja0220)が黒衣の少女の正面に立ち、ストレートに挑発する。
「ディアボロなんかに頼らず、真正面からかかってきなさい! 正々堂々と勝負よ!」
注意を引くために、ガンガン煽っていくチルル。
「ディアボロがいないと何もできないの? この臆病者!」
「安い挑発だわ」
そんなチルルの提案を一笑に付し、ディアボロを従えるゴス少女が淡々と言葉を返す。
「わたしがそんなものに引っかかる馬鹿に見えたのかしら。だとすればとんだ侮辱ね」
少女は斬首剣を召喚し、切っ先をチルルに向けた。
「あなたに救いは必要ない。今ここで、殺してあげる」
突出してこない少女を見て、チルルは内心で溜息をついた。戦闘狂や決闘好きの天魔なら割と乗ってくれるものなのだが。
「腐っても人間、狂っても人間ってことかしら? まぁいいわ。だったら、あたいから仕掛けてあげる!」
クリスタルの直剣を構え正面からチルルが突撃した。いきなり全力の刺突を放つ。が、それは少女の正面に浮遊する黒い箱に阻止された。少女がすかさず反撃。繰り出された首狩りの斬撃を咄嗟に刃を戻して防ぎ、チルルは叫んだ。
「今よ!」
覚醒者の左右から刃が迸る。郷田 英雄(
ja0378)とアルド・ファッシ(
jb8846)の側面攻撃だった。少女の左右に箱が回り込み鈍い衝撃音が生まれる。攻撃はいずれも箱によって防がれていた。
「覚醒者の少女、なぜ死に急ぐ」
蛍丸で箱を斬りつけながら英雄が問いかける。この娘が会話の成立しない相手なら叩き斬るつもりだったが、
「それはわたしの台詞よ。あなたちこそ、どうしてそんなに死に急ぐの?」
チルルと刃を交わしたまま、黒衣の少女が続ける。
「あなたは疑問に思ったことがないの? それだけの力を持ちながら、無能力者のために戦っている現実を。ねぇ、そこに転がってる死体は、わたしに逆らった国家撃退士たちの末路よ。人間を護るために戦って、無様に死んで。まったくもって愚かだと思わない?」
「おめでたい頭を持っているらしいが……愚かなどと言われる筋合いはないな!」
アルドが吼え、カットラスを翻した。湾曲した刃が黒い立方体の表面で静止し、青年が舌打ちする。
「チッ、厄介な箱を連れて来やがって……」
三つの盾に対して、剣も三つ。前衛たちの攻撃は完全に阻止されていた。少女にダメージが通らない。
「おとなしくわたしたちに従いなさい。そうすれば聖女様が永久の幸福を与えてくださるわ」
アルドが武器にアウルの力をこめ、スマッシュを箱に叩き込む。
「誰が貴様らみたいな連中に従うかよ!」
「そう、残念だわ」
箱で撃退士たちの猛攻を阻みながら、少女が大剣を振りかざす。
「従う子羊たちには永遠の幸福を。逆らう豚どもには死を」
宣告と共に少女が斬首剣を一閃。薙ぎ払い、スタン攻撃を直に喰らったしたチルルの意識が刈り取られる。
『待て』
少女の脳内に直接響く声。他の撃退士が少女やディアボロに攻撃する中、重体状態のレアティーズ(
jb9245)が遅れて遠距離から意思疎通を発動していた。
『従え、傅けと言いながら、そのように剣を振るわれては、お前の言う崇高な思想とやらを理解することはできない。まずは説明してもらわねば、賛同することもできない』
あくまで尊大な物言いで、少女に訊ねるレアティーズ。戦闘に参加することが難しい以上、頼れるのは己の舌先しかない。主導権を握るには心もとない状態だが、少しでも時間を稼ぎたかった。
少女が答える。
「わたしたちアウル覚醒者こそ、選ばれし存在。そのことを聖女様が気付かせてくれた。無能な人間どもを護るために戦うなんて下らないわ。あなたたちもそう思うでしょう?」
同意を求めるように少女が言うので、思わずホイットニーの宝箱(
jb2990)は吹き出した。なんて幼稚な選民思想。理解できない。
ケラケラケラ、と青髪の美女が嗤う。ひとしきり嗤った後、美女――宝箱は言った。
「で、せーじょさまって誰? というか何?」
不躾な質問。しかし少女は、恍惚とした表情で語り出した。
「教主ツェツィーリア様、あの御方こそ、我らを楽園に導いてくださる救世主……この世界を統治し救済する新たなる神」
狂信を孕んだ少女の瞳と声はどこまでも澄んでいて、だからこそ不気味だった。
「あなたたちは、一体何者なの?」
遠距離から火の玉を放って攻撃を放ちつつ、蒼波セツナ(
ja1159)が問う。強い探求心を持つセツナは、この少女の思考や目的に興味があった。
箱でセツナの攻撃を防いだ黒衣の少女が両手を広げ、高らかに宣言する。
「我らは『恒久の聖女』。この世界の真の支配者なり」
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「……聖女様だあ? おいおいマジで言ってんのかよ」
嶺 光太郎(
jb8405)が、黒衣の少女を一瞥して嘆息する。
「噂に聞いちゃいたが、胡散臭ぇ連中だな。しかも人殺し推奨たあ、相当イカレてやがる……面倒くせえ……ああ面倒くせえ」
気だるそうに頭を掻く光太郎。その頭髪の先が静かに朱色に変化していく。光纏。
「面倒くせえから、とっとと片づけちまわねえとな」
背中から赤黒い紅翼を噴き上げ光太郎が飛翔、もうひとつの敵、飛竜へと向かっていく。
「ほぅら来てやった……ほれこっち向けって」
正面から放たれた光太郎の蹴りを、飛竜は羽ばたき難なく回避した。
「やっぱ早ぇな、だが本命は俺じゃねぇぜ」
即座にリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)が側面から斬りかかる。咄嗟に逃げる飛竜の尾を、ヴァーミリオンが掠める。ぎりぎりでかわされた。
「む……外したか」
「気にすんな、もう一回いくぞ」
飛竜班は光太郎とリンドの二人だけだった。たった二人では回避に長けた飛竜四体を倒し切るのは難しい。今回の編成なら先に少女を狙ったほうが良かったか? 二人がそう思った矢先、飛竜たちの口から黒炎が溢れ出した。火球。地上班を焼き尽くす広範囲攻撃。
眼前の飛竜が火球を放つ刹那、リンドは大剣を突き出していた。ショットガンに換装する時間はない。火球を阻害するための苦渋の代替行動だった。誤爆した火球が炸裂し飛竜とリンドが火炎に巻き込まれる。が、地上への爆撃を防ぐことには何とか成功した。
光太郎も瞬時に行動していた。火球を放つ寸前の飛竜に単身突撃し、蹴りを放つ。しかし蹴撃は虚空を切り裂いた。よけられた、と光太郎が気づいた時には黒炎が地上に向かって吐き出されていた。
下にはアルドと、スタン状態のチルル。
当たる、はずだった。
高速移動する火球に光の槍が突き刺さる。宝箱が咄嗟に放った光槍だった。撃ち落された黒炎は宙空で爆ぜて四散した。
爆煙が舞う中、第三、第四の火球が撃ち込まれていく。レアティーズが撃墜を狙って構えるが、遠過ぎる。この体では間に合わない。
少女の指示に従って放たれた火球は、いずれも撃退士前衛を標的にしていた。英雄、チルル、アルド、いずれも火球への警戒は薄い。火球は全て直撃し撃退士たちを業火が包み込んだ。
黒煙を切り裂き、英雄とアルドが刃を振るう。しかし箱が庇い少女は無傷。再び飛竜の爆撃が行われる。宝箱とショットガンに切り替え終えたリンドがそれぞれが妨害を試みたが狙いは逸れ、火球は地上へと着弾した。
「ちっ……!」
光太郎が再度、火球を放とうとした飛竜に飛び込む。これ以上、被害を拡大させるわけにはいかない。突進の勢いのまま飛竜の腹を蹴り飛ばす。火球は被弾の衝撃で飛竜の口腔内で誤爆し、光太郎を巻き込んで炸裂した。先のリンド同様に飛竜と痛み分けに終わったが、地上班の被害を軽減することには繋がった。ちなみにあと二発火球が落ちていれば地上班はきっと壊滅していた。
撃退士は飛竜の火球への対策を考えていたが、手数が足りず完全には捌き切れなかった。前衛たちがほぼ無警戒だったこともあり降り注いだ火球は直撃し、全体にダメージが広がっていた。
さらに前衛が三人しかおらず近接攻撃は三体の箱に阻まれ続け、前衛間・後衛間との連携も乏しく援護射撃すらアウル覚醒者の少女には届いていない。一方的に撃退士が追い詰められていた。
少しでも少女の攻撃を止めようと、レアティーズが意思疎通で語りかける。なぜ人間のお前がディアボロを従えている? 悪魔の協力者がいるのか? 少女は答えない、止まらない。箱を盾に斬首剣でチルルに執拗に攻撃を重ねる。
集中砲火を浴びたチルルは辛うじて耐えていた。熟練の氷剣士はタフだ。そう簡単には倒れない。英雄、アルドも気絶寸前だが粘っている。
薙ぎ払いが厄介だが、少女自体は常識外れというほどの強さではない。撃退士でいえば阿修羅系統。ランクは低級か、せいぜい中級程度。武装も強化されている様子はない。邪魔な盾さえ破れば、勝機は見えてくる。
「はッ。雑魚の分際で……調子に乗るなァ!」
英雄が叫び、左眼の一点に集中したアウルを射出。少女、ではなく黒い立方体を吹き飛ばした。ノックバック。一瞬でもいい、隙を生み出せれば充分だった。
「にがしはせぬぞー」
何故か時代劇口調の宝箱が、がら空きになった少女の側面に向け光槍を発射。無防備な脇腹を、アウルの槍で深く抉った。少女の口から血反吐が吐き出される。少女は振り返ると青髪美女を強く睨みつけた。
大剣を振りかざす少女の反対側から轟音。アルドの刃とセツナの火炎魔法が、逆サイドから殺到していた。
攻撃は箱に阻まれはしたものの、ダメージは確実に蓄積している。漆黒の立方体はひび割れ、もう一押しで砕けそうだった。
正面からはチルルが突撃を繰り返していた。細く鋭い水晶の刃を少女へと伸ばす。宙を舞う箱が、自身の肉体で少女への攻撃を受け止める。
チルルは氷塊――ウェポンバッシュを活性化していない。余裕があればノックバックを狙うつもりだったが、スキル入れ替えの隙を晒すのは惜しい。迷ったが全力で攻撃すること選択した。疲弊を気にせず、ばしばし撃ち込む。盛り返し出した撃退士たちの猛攻に、少女は不快げに眉根を寄せた。
「飛竜ども。聖女様に逆らうこの愚か者たちを、はやく始末しなさい」
少女の命令に、火球を撃ち尽くした四体の飛竜が一斉に降下していく。火球で自爆した瀕死の二体と、残る無傷の二体が一気に地上の撃退士たちに襲いかかる。
宝箱、飛竜に攻撃されるが無視。よほど命中に秀でてない限り、単独で飛竜を仕留められるとは思わない。味方の援護を待ちながら、味方の援護を続行する。
「あー……手前の相手はこっちだよコッチ。間違えてんじゃねえ」
宝箱を狙う飛竜の頭上から声と衝撃。落雷の如く放たれた光太郎の鋭い蹴りが、爬虫類然としたディアボロの脳天に命中した。侵食。攻撃を通じて、光太郎のアウルが飛竜の体内に流れ込んでいく。朦朧のバッドステータスがキマっていた。
朦朧状態となった飛竜を撃ち落すのは容易い。
リンドから体内でアウルを練成し、高密度エネルギーに変換した光線を口から発射。真上から放たれた驚天動地の雷光が飛竜を爆砕する。
しかし、二人が上方からの集中攻撃で一体目を撃破している間にも、残る三体の飛竜は地上班へと攻撃を繰り出していた。
雄叫びをあげて飛竜がアルドへと突進する。注意を払っていたアルドは即応。カットラスの剣身にエネルギーを収束し、上空へと一閃。迫り来るワイバーンを、ソニックブームで迎撃した。荒れ狂う風の衝撃波が、飛竜の翼を掠める。翼。アルドが持たないモノ。厄介だが、けれど諦める気は毛頭ない。たとえ、手強い相手だろうと。
「翼が無いからと言って、ただ引き下がるなんて事はしたくないんでな!」
他方、セツナにも飛竜が襲い掛かってきていた。
突出しないよう気をつけていたセツナ。前衛とは離れていたため火球に巻き込まれることはなかったが、接近戦に切り替え突撃してくる高機動の飛竜から逃れることは難しい。
「終盤に向けて温存しておいたけど、頃合いのようね」
セツナが残虐なる火刑(ギルティフレイム)の呪文を詠唱し、巨大な火球を召喚。少女へと撃ち込む。
呼応するように箱が透明な結界を展開。見えない障壁に阻まれた焔が、拮抗の末に消失していく。
「例の範囲攻撃無力化ね。でも、次は当てるわよ」
命中に長けた黒魔術師が宣言し、再び呪文を唱え始めた。
同じ頃、黒衣の少女との戦いは終わりを迎えようとしていた。
雪のように白く輝く軌跡を描いて、氷剣が箱を真っ二つに切断する。
度重なる攻撃を経て、遂にチルルは少女を守る箱の破壊に成功した。が、少女の注意を引きつけていたチルルも最早気絶寸前まで削られていた。
少女が冷たい微笑を浮かべ、首狩りの大剣を掲げる。
「愚か者には罰を」
そう言って斬首剣を振り下ろそうとした瞬間、少女の足もとに光槍が飛来。舌打ちして少女が飛び退く。宝箱の牽制攻撃だった。とどめを刺しそびれた狂信者の娘が再度大剣を構える、より早く、元隻腕の男が一気に肉薄した。
「この距離なら、自慢の盾も役に立たんなァ!」
闘気解放した英雄は少女に吶喊すると、アウルを纏わせ義手の左腕を勢いよく振り抜いた。徹し。少女が盛大に吹き飛び、ビルの壁面に激突する。
よろめく少女は――まだ、倒れない。
だが、その一合で決着はついた。
「……この辺りで退いたほうが良さそうね」
紅の魔法陣を展開するセツナをちらと見て、少女が淡々と言う。ディアボロを複数撃破され自身も深手を負った覚醒者は、引き際を悟っていた。
撃退士たちも大半が気絶ないし気絶寸前の重傷を負っている。殺し合いに持ち込めば一人くらい道連れにできそうだが、こんなところで命を捨てる気はない。力を見せ付けることは充分に出来たし、今日のところはこれでいい。
聖戦は、まだ始まったばかりなのだから。
「あなたたちを殺せないまま引き上げるのは残念だけれど、仕方ないわ。あなたたちの始末は次の機会にしましょう」
大剣をヒヒイロカネに納め、傷だらけの少女が撤退を宣言。生き残ったディアボロたちを連れて全力で逃走していく。
「逃がすわけにはいかんな。俺は人殺しではないが、意趣返しはさせてもらう!」
少女と同じく全力移動を使用し英雄が追撃。拘束しようとワイヤーを繰り出した。しかし英雄の斬糸から少女を庇うように、箱が前に出る。
「ちッ……邪魔だァ!」
追跡を試みる英雄を、ディアボロたちが妨害する。その間に少女の姿が彼方へと消えていき、やがて見失った。
結果的に、撃退士は少女を取り逃がした。
敵勢力の撃退には辛うじて成功し、破壊活動を食い止めることができたものの、対応が最善だったとは言い難く、交戦した撃退士の多くは重傷を負った。
「くそったれがァァァッ!!」
吐き出された英雄の咆哮が、荒れ果てた街の空に響き渡った。