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マスター:烏丸優
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/02/24


みんなの思い出



オープニング

●不本意な遭遇


 秋田県能代市。
 除雪された広域農道のまっすぐと伸びた道を、一台の車が走っていた。
 青いミニバンに乗車しているのは、一組の若い夫婦。彼らは秋田市からの逃亡者だった。
 秋田市は天使フェッチーノによる襲撃を受け、不穏な気配が漂っている。この夫婦のように、早々に避難を決めた者たちは少なくなかった。
 幸い、夫婦には隣県である青森に頼れる知人がいた。九魔の危機が去ったばかりで完全に安全とは言い切れないが、それでも現在進行形で攻撃を受けている秋田よりはマシだと夫婦――正確には夫のほうはそう考えていた。
 車を運転する夫の瞳には、焦りと不安、夫としての決意と父としての意地が内包されていた。
「僕らは何としてでも逃げ延びてみせる……! 産まれてくる子供のためにも、必ず……!」
 夫の呟きに、妻が愛しげな手つきで腹部を撫でる。普段は優柔不断で頼りない彼が今回の決断に踏み切ったのは、私やこの子を守りたい一心なのだろうな、と思いながら。
 車がどんどん加速していく。
 対向車も、後続車もない。
 このまま一気に青森まで突き進もう、と考えた直後、運転手である夫は咄嗟にブレーキを踏んでいた。

 遥か前方に、常識ではありえない超大型の蜘蛛を発見したからだ。

 夫の口から、諦めのような声が漏れる。
「嘘だろ、おい……サーバントが、こんなところまで……」
 道路は長い一本道。故に、遠くからでも異変に気づくことが出来た。
 目の前の巨大蜘蛛は、間違いなくサーバントだった。
 しかも、一体だけではない。
 車道を独占している巨大蜘蛛の後ろに、同じく巨大蜘蛛がもう一体。他にも数体のサーバントが奥にいるのが見えた。
 燈篭のような狼に、灯りを手にした修道女。遠目であるのに加えて蜘蛛の巨体に隠れているので正確な数は分からないが、少なくとも八体は確認できた。
 アウルを持たない無能力者ではどうすることもできない、あまりに強大な勢力だった。
 男がステアリングを力任せに叩く。
「せっかく、ここまで来たのに……!」
 天使は、僕たちが抗うことすら許さないというのか。
 逃げ場など何処にもない、と言いたいのか。

 絶望感と無力感に打ちひしがれる夫の肩に、妻の手がそっと添えられる。妻の手は震えていた。
「大丈夫よ、きっと撃退士の人たちが何とかしてくれるわ。彼らがあのサーバントたちを倒してくれる、そう信じましょう。だから自棄になっては駄目。とにかく今は、すぐにここから離れましょう」
「……ああ」
 夫は、力なく頷いた。
 撃退士に頼ることしか出来ない自分が、愛する家族のために戦えない自分が、たまらなく情けなかった。





『能代山本広域農道上で複数のサーバントを発見したとの通報があった。至急、現場に向かい討伐せよ』

 同時刻、秋田県内。
 秋田で散発的に起こるサーバントの襲撃に対処すべく、久遠ヶ原学園の撃退士たちの何名かが現地に派遣されていた。
 追加の依頼を受けたのは、学生たちが弱小サーバントを退治し、学園に帰還しようとしていたまさにその時だった。
『君たちが現場に最も近い。報酬はその分上乗せしておくので、宜しく頼む』
 無線越しに、秋田撃退署職員のオペレーターが続ける。
『通報者からの目撃情報によると、敵は確認されているだけでも鬼蜘蛛が二体、燈狼が二体。それとシスター型の新種サーバントが四体だ。もしかしたらもっといるかもしれない。充分に気をつけて対処に当たってくれ』
 オペレーターの警告は正しいだろう。小ボス格の鬼蜘蛛が二体いるというだけでも厄介なのに、敵数が精確に把握できていないのは痛かった。油断すれば、返り討ちに遭う可能性もある。
 それに、情報不明個体(アンノウン)であるシスター型サーバントの存在も気がかりだ。
 幻想的な光を灯した、純白の修道女。清らかイメージではあるが、果たして本当にそれだけかどうか。
 なんだか、嫌な予感がする。
『敵の目的は不明だが、それを気にしている場合ではない。市民に被害が出る前に、迅速に殲滅して欲しい』

 かくして、撃退士たちが現場に急行していく。
 その先で、撃退士たちを待つものは――。


リプレイ本文




「また襲撃っすか……こうも散発的な襲撃が多いと、こっちも対応に苦慮するというか」
 学生服のように改良されたギリースーツを着た中肉中背の少年、天羽 伊都(jb2199がやれやれと肩を竦めて言った。本日二度目のサーバント退治である。
「威力偵察でもしてきてるんですかね、ヤッコさん達は〜」
 まったく面倒なことになった、と伊都は思う。たしか、ここ以外にも男鹿市周辺の各主要道路にサーバントたちが出現したという報告があった。あるいは男鹿市を外界から切り離そうとしているのだろうか? 何にせよ、対応に追われる撃退士にとっては迷惑な話だ。
「まあ、働いた分はしっかり上乗せさせてもらいますよ〜♪」
「相変わらずデケぇのばっかだが やるしかねぇか!」
 赤い髪紐で後ろ髪を纏めた陰陽師の少年、獅堂 武(jb0906)が拳と手のひらを叩き合わせる。鬼蜘蛛と交戦するのは今回で二度目だった。当然、その強さも知っている。デカくて硬くて火力も高い。まったくもって厄介な相手だ。
「相手にとって不足はないな……」
 小麦色の肌に緑髪の青年、ラグナ・グラウシード(ja3538) が尊大な態度で前を見据える。視線の先では、般若の顔を持つ灰褐色の巨大蜘蛛が蠢いていた。車道を独占する巨体のサーバントが二体。しかもその奥には、灰色の狼や純白の修道女が何体か控えている。
「いつ一般人の方が被害を受けるか分かりませんから、しっかりと倒しておきたいですね」
 猫耳のような髪型と、緑色のリボンを結んでいる後ろ髪が特徴的な可愛らしい少年、鑑夜 翠月(jb0681)が胸の前で小さな握り拳を作って意気込む。
 明確な敵の数が分からないことに加えて、能力が分からない新種のシスター型サーバントもいる。少なくとも、無策で勝てる手合いとは思えない。
「一筋縄ではいきそうにもありませんけど……戦う力のない方々を護るためにも引く事はできませんし、頑張るしかないですよね」
「なんとも厄介な敵ですが、珍しく私がやる気なので!! てきとーにいなくなってもらいましょう?」
 たくさんのフリルに彩られた純白のドレスを着た少女、エリーゼ・エインフェリア(jb3364)がにこにこと天使の笑顔を浮かべて言う。一般人が何人死のうとどうでも良い、という考えの持ち主だが、今回張り切っているのは本当だった。未知の敵がいかに怖いか、しっかり認識していた。
「シスターとやらも十分邪魔だが、狼も数が居るようならこれはこれで邪魔だな、間引くか」
 眼鏡をかけた長身の男、獅童 絃也 (ja0694)が淡々と呟く。強力な鬼蜘蛛や未知数のシスターも危険とはいえ、援護に長けた燈狼を侮ることはしない。燈狼の支援能力を放置すれば苦戦は必至。何かしらの対策が必要なのは確かだろう。


「…………」
 金髪に白い肌をした少女、朱利崎・A・聖華(jb5058)が茶色の瞳でサーバントたちをじっと睨む。堕天使の眼には、強い憎しみが込められていた。
 聖華は実の両親を天使に殺されている。彼女の父母は正義感の強さゆえに天界に背き、結果として粛清された。聖華が秋田に来たのは、両親を奪った天使たちに少しでも復讐する為だった。
(復讐が何も産まないのは分かっておりますわ……でも、私は許せないんですの)
 と、聖華の肩に手が置かれる。
「よぅ、また一緒だな。今回は前みたくならないようにがんばろうな」
 右手首に蒼水晶の腕輪をつけた蒼銀髪の少年、蒼桐 遼布(jb2501)だった。気さくに話しかける遼布の笑みの裏側には、苦い記憶が貼りついている。
「今度こそ、貴方を心より信頼して戦いますわ」
「おう、俺も信じてるぜ。んじゃ、俺は突っ込むんで援護よろしく」
 短い会話を終え、二人が闇の翼、光の翼をそれぞれ展開して飛翔。
 聖華の前を飛ぶ遼布が、眼前の敵に意識を集中する。
「さぁて……通報してくれた人のためにも、さっさと片付けないとな」
 現場である能代広域農道に駆けつけた八人の撃退士が、鬼蜘蛛を先頭に据えたサーバントたちに迫っていく。
 そして、『彼女』と出遭うことになる。

 それはきっと、不本意な遭遇。





 武が阻霊符を発動し、半径五〇〇メートル内における天魔の透過能力を無効化する領域を展開。サーバントたちに物質透過を利用されることを防ぐ。
 続いてラグナが小天使の翼で飛翔。空を飛び索敵しつつ鬼蜘蛛を通り過ぎようとしたところで、それに気づいた。
 ラグナが大声で叫ぶ。
「後方にシスター五体発見! 報告にない個体が一体いるぞ! みんな、気をつけ……」
 言いかけ、ラグナの体に粘性の透明な糸が纏わりつく。鬼蜘蛛の一体が、ラグナに不可視の糸を浴びせていた。
「ちぃっ……小癪な!」
 ラグナが大剣で何とか糸を断ち切る。全長二〇〇センチメートルのツヴァイハンダーFEが奔り、引き裂かれた糸がきらきらと陽光を反射させながら地面に落ちていった。
「後ろに一体何が……?」
 翠月がハイドアンドシークで気配を殺し、慎重に雑木林へと踏み入る。狙いは鬼蜘蛛の後方にいるシスターたち。ただそのまま真正面から向かえば鬼蜘蛛の標的に成り得るので、潜行スキルを駆使して忍び寄ることを選んだのだった。
 敵に気づかれないように、翠月が小声で呟く。
「特にシスターは情報がないサーバントですから、どのような脅威か分かりませんし……真っ先に倒しておきたいですね」
 他方、絃也が凄まじい機動力でサーバントに迫る。絃也はイニシアチブや移動力に長けた前衛職だった。
 燈狼に向かおうとする絃也の前に、鬼蜘蛛が立ちはだかる。八メートル近い巨大蜘蛛は絃也の行く手を阻み、猛然と襲いかかった。
 鈍色の前脚が大きく振り上げられ、絃也を引き裂く、はずだった。

 鬼蜘蛛の爪に落雷が落ちる。

 轟音と共に、衝撃が鬼蜘蛛の全身を揺らした。雷挺の如く放たれたのは、無数の雷剣。光の翼で上空を飛翔するエリーゼが撃った魔法攻撃だった。
 味方の隙を無くす為に、とエリーゼが上空から援護攻撃を続行。白金の指輪を嵌めた白い指が宙を踊る。指輪に改造された雷霆の書から生成された雷の剣がまっすぐと飛び、鬼蜘蛛の動きを邪魔をするように撃ち込まれていく。
「蜘蛛さん、ちょっと相手して貰いましょうか。身体でかいから引っ張ってくのは大変だけど……こいつをお見舞いするよ!」
 同時に伊都が鬼蜘蛛の前に出て、スキル『挑発』を発動。
 鬼蜘蛛に魔法的干渉を行い注目効果を得ようとしたが――失敗。
 その様子を観察していたエリーゼは、鬼蜘蛛のある特徴に気づいた。もしかしたらそうじゃないかなー、とは思っていたけれど。
「私の攻撃を受けた割にびくともしてないですし、これは決まりですね」
 何故こういう系統の敵ばっかり出てくるんでしょう? ダアトに何か怨みでもあるんですか、と天を仰いで言いたい気分だった。
 エリーゼが地上の仲間たちに伝える。
「はいはーい、皆さん注意でーす。この鬼蜘蛛、やっぱり魔法に強いタイプみたいですよー」
「また魔法型かよ! ったく、やりにくいな!」
 武が氷晶霊符を取り出し、生成した氷刃を般若の顔に向けて放った。まっすぐ飛来した氷の刃が、鬼蜘蛛の目の下を掠める。
 灰色の大蜘蛛は頭を動かし氷刃をかわしたが、その隙に絃也が燈狼へと向かっていった。
「皆がサーバントを掃討するまで、ボクが相手をしてあげるよ!」
 伊都が大声で言って、鬼蜘蛛と向き直る。スキルによる挑発が駄目なら、無視できないようにしてみせるまでだ。
 光纏した伊都の全身が、重厚な黒いフルプレートアーマーに覆われていく。黒獅子モード。
(この灰褐色の鬼蜘蛛が魔法に長けた個体だとしたら、物理寄りのシールドスキルは不向き……だけど、絶対耐えてみせるよ!)


 伊都が鬼蜘蛛と対峙している頃。
 空中を飛翔する聖華、遼布、エリーゼ、ラグナの四人が、索敵のために改めて敵全体を見渡した。
 時が止まったように、四人の視線が敵サーバント部隊の最後列で釘付けになる。

 敵陣の最も深いところに、紫の修道女が立っていた。

「綺麗……」
 聖華が思わず呟いていた。画一的な純白の修道服を着た女性サーバントたちも人形めいた美貌を備えているが、それとは次元の違う美しさだと聖華は感じた。
 まず目を引くのは、ひときわ異彩を放つ菫色の修道服だろう。次いで、肩まで伸びた緩やかな銀髪と、おっとりとした優しげな表情が印象的だった。
「まさか……あれは」
 疑念と共に、遼布が菫色のシスターを見つめる。
 シスター型サーバントたちの上位種か?
 否。
 生気を宿した顔つき、そしてこの神々しい雰囲気は――。

「…………」

 菫色の修道服に全身を包んだ聖女は、柔らかな微笑を浮かべて撃退士たちを見上げていた。





 彼女の存在は、すぐに地上の撃退士たちにも伝えられた。

「何者だか分からねぇが、びびってる暇はねぇな!」
 ひときわ目立つシスター姿の女性を警戒しつつ、武が燈狼に近づいていく。撃退士の戦力はサーバント全体に分散していた。未知数のシスターズがひどく気がかりだが、ひとまずは自分の仕事を片づけるしかない。
「なんとか味方の間をつないで、作戦成功させるようにしねぇとな」
「では、確実に間引くとするか」
 同じく対燈狼、絃也が灰色の狼たちに突貫。地面を叩きつけるように強く踏み込み、シュトルムエッジを嵌めた腕を突き出す。破山。山をも打ち砕くと称される重い一撃が、灯りを宿した狼の一体に叩き込まれる。
 技の名のとおり強烈な攻撃だった。カオスレート差も乗って、威力は充分。しかし燈狼は死んでいない。
 唸り声をあげて狼が絃也に反撃する。サーバントは大きく口を開けて脚に噛み付いた。鋭い牙が、絃也の肌に食い込む。
「貰ったぁっ!」
 すかさず武が紅炎村正に持ち替え、妖刀を抜刀。同時に、炎の如き紅色のアウルが刀身から噴き上がる。武はそのまま妖刀を燈狼の横っ腹に叩き込んだ。燈狼が情けない鳴き声をあげながら後ろに吹き飛ぶ。狼は血飛沫を撒き散らして道路に落下。震えるような動きで何とか起き上がり、撃退士を睨みつけた。
「まだ倒れねぇのかよ。こんなにタフだとは訊いてねぇぞ」
 妖刀村正を構え直し、武が言う。
 普通なら、気絶くらいはしても良いはずだが――と、そこで武は異変に気づいた。
 今しがた斬りつけた燈狼の傷口は、すでに跡形もなく塞がっていた。


 地上に降りたラグナが、先頭から二番目の鬼蜘蛛へと刃を振り下ろす。
「お前は私だけ見ていればいい……すぐに何も見えなくなるからな! 来いっ、汚らわしき蜘蛛よ!」
 挑発的な言葉を投げかけるラグナ。これで粗暴な鬼蜘蛛はすぐに攻撃してくると思ったが、予想に反して鬼蜘蛛は静止したままだった。
 まるで、誰かの命令を待つように。

「――構いません。行ってください」

 菫色の修道服を纏う美女が、丁寧な言葉遣いで指示を出す。

 直後、その言葉を待っていたと言わんばかりの勢いで鬼蜘蛛がラグナへと突撃。
 咆哮をあげる鬼蜘蛛の爪が、豪快に振り下ろされる。
 大型サーバントの鋭く太い前脚は、銀色に輝く障壁の表面で完璧に止められていた。
「軽い軽い軽い! 軽すぎるッ! その程度の攻撃で、私の銀の盾を砕けると思ったかッ!」
 熟練の神聖騎士は無傷。桁外れの防御性能を誇るラグナは、鬼蜘蛛の猛攻を銀の盾で一〇〇パーセント無効化していた。
 ラグナが即座に反撃に移る。
「私の一撃は重いぞ! 耐えられるかッ!」
 激しい咆哮と共に真正面から鬼蜘蛛の懐に飛び込み、ラグナが大剣を翻した。下から上へと跳ね上がった刃が、般若の顎に叩き込まれる。その勢いでひっくりかえすことができるか、とも思ったが失敗。この巨大蜘蛛、一筋縄ではいかないらしい。
 鬼蜘蛛の攻撃を銀の盾を連続使用して完全に防御し、再びアーマーチャージで攻撃する。二発目も、大型サーバントは衝撃に耐えてみせた。
 しかし、手強い相手だということは承知の上だ。諦めず、少年騎士は攻撃を浴びながらもスキルを変更、次の一手を繰り出した。
「ならば……これでどうだ!」
 ラグナが己の鋼のような防御力を刃に乗せ、怒りの粉砕撃を鬼蜘蛛に叩き付ける。リア充粉砕撃、凄まじい威力を弾き出す非モテ騎士渾身の八つ当たりだった。鬼蜘蛛の胴体が深く抉れる。
 同じ箇所を狙ってラグナがもう一度粉砕撃を放とうとした時、反撃の爪が降ってきた。連続で浴びるが、軽傷。まだまだ全然倒れる気がしない。
 それは鬼蜘蛛も同じだった。
 あれだけしこたま打ち込んだはずが、鬼蜘蛛の傷はいつのまにか消えていた。

 小気味よい金属音が連続で響く。
 刃のように研ぎ澄まされた巨大蜘蛛の鋭い前脚が、伊都が掲げる盾を滑り抜けて身体に直接命中していた。けれども、ダメージはほとんどない。
 黒獅子の鎧に掠り傷を与えて、攻撃を終えた鬼蜘蛛の爪がすごすご引かれる。再び爪が振り上げられるより早く、伊都は黒剣を振るって反撃に乗り出した。
 闇色の斬刃が閃き、鬼蜘蛛の胴体から血の噴水が湧き上がる。肉体を斬り裂かれた鬼蜘蛛が暴れるように爪を振り乱すが、攻撃を浴びながらも伊都はさらに黒剣を一閃。
「もういっちょ!」
 鬼蜘蛛の体力を奪うべく、同じ箇所を何度も大剣で斬りつける伊都だった。そろそろ倒れて良いはずなんだけど、と思うが鬼蜘蛛は依然として消耗した様子を見せていなかった。
 般若の口から殆ど透明な糸が吐き出される。咄嗟に避けようとした伊都の腕や脚に不可視の糸が纏わりつき、見る見るうちに全身に絡みついていった。
「あちゃ〜、避けられると思ったんだけどな。流石に強敵だね!」
 避けにくい攻撃だとは訊いていたが、なるほど厄介な技だ。まだまだ余裕はあるが、支援してくれる仲間がいないのが少し辛い。
 にしても、鬼蜘蛛のタフネスは異常な気がする、と伊都が考えた時だった。
 さきほど伊都が刻み込んだ傷跡が、柔らかな光に包まれていった。すると傷が急速に癒え始め、まるで再生したようにあっという間に回復していた。
 ただでさえ強靭な鬼蜘蛛に回復能力が加わるなど、最悪以外の何物でもない。
「えぇ〜……そんなのって、アリっすか?」


 鬼蜘蛛や燈狼たちに与えたダメージが次々と回復していく。
 翠月がこの現象は、シスターたちによるものではないかと勘付いていた。
「癒し手のイメージがありますから、それに類する能力を持っている、ということでしょうか……?」
 小さく首を傾げながらも、翠月が純白の修道女たちを見やる。
 シスターたちは皆、幻想的な灯火を宿した燭台を手にしていた。
 聖女たちの持つ幻燈が揺らめいて、それに呼応するかの如くサーバントたちの肉体が再生している、ように見える。
 確証はないが、あの『燈』が回復魔法の機能を備えているのだろうか?
 わからない。情報不足は撃退士にとって切実な問題だ。
 しかし、そんな中においてもエリーゼの微笑みは崩れない。
「未知の能力が怖いですが、この際それは無視します」
 にこにこ笑顔でエリーゼが続ける。掌には黒色の雷がばちばちと迸っていた。
 紅玉を埋め込んだ腕輪をつけた細い手に、漆黒の雷槍が生み出される。槍の先端を、びしっとシスターたちに向けるエリーゼ。天使の笑みはどこまでも明るく、それが逆に恐ろしかった。
 豊満な胸を張って、エリーゼは言った。
「未知の能力が怖いなら――使われるより先に、消してしまえば良いんです」


 盛大な爆音が大気を震わせる。
 破壊天使の剛毅な宣言に続いて、翠月の放ったファイアワークスが炸裂していた。
 ここからがナイトウォーカーの本領発揮。翠月の可愛らしい外見と反比例した極悪極まりない花火が、修道女の間に撃ち込まれていく。鮮やかな炎と爆発の連なりが道路に地獄を生み出す。
 シスターの一体が火炎に呑まれていく。清らかな白いシスターは、火達磨になりながらも灯りを掲げ続けていた。燃え盛る劫火を背に、他の修道女たちも祈りを捧げるように燭台をかざした。
 幻燈の光に照らされ、ファイアワークスの直撃を喰らったシスターの傷が回復していく。殺し切れなかったか。だが、やはり回復手はシスターとみて間違いないようだ。ならば次はない。
 回復される前に消す。
 エリーゼが黒雷槍を投擲し、シスターの身体をブチ抜いた。まだ死んでない。色とりどりの爆炎が晴れ、二本目の雷槍を撃とうとしたところで、ふとエリーゼは気づいた。

「紫のシスターが、消えた……?」

 あれほど目立つ菫色の修道女の姿を、いつの間にか失っていた。周囲を見渡すが、どこにも見当たらない。
 まるで、最初から幻だったみたいに。


「見た目の美しさには惑わされませんわ! あれは敵!!」
 聖華が気合を込めて、ハシュマルボウの矢を放つ。赤炎の魔法矢は、シスターの腹部に突き刺さっていた。燭台が音を立てて地面に落下。シスターが両手でお腹を抑えて蹲る。
 さらに聖華が攻撃を浴びせた修道女に、遼布が容赦なく追撃していく。
「鋼糸active。Re-generete」
 遼布が活性化したグリースの糸が乱舞し、シスターの身体を絡め取った。全身をずたずたに切り裂かれたシスターの白い修道服には、赤色の格子模様が描かれていた。
「勝負あった、か? いや……」
 血まみれのシスターを見下ろして、遼布が言う。
 見たところ、このサーバントは攻撃力を持っていない。もしも回復特化の支援ユニットだった場合、このまま四人の火力を集中して押し切れるが――何となく、嫌な感覚があった。
「……削竜active。Re-generete」
 油断せずに、遼布がゾロアスターを構えたその時だった。

 シスターたちの持つ燭台から、幻燈が消えた。
 それが引き金だったのか、灯りを失くしたシスターたちの姿が次々と変幻していく。
 修道服が全身鎧に、
 頭巾が兜に、
 燭台が武器に変わり、
 純白の聖女は、勇敢な騎士へと変貌を遂げた。
 最早、か弱い修道女とは完全に違う存在だった。
 女騎士の背から、一対の翼が生える。
 純白の全身鎧を纏った聖騎士は空高く舞い、大剣や槍斧の切っ先を撃退士たちに向けた。





 有翼の女性騎士たちが、白雷の如く突撃していく。
 白銀の閃光が舞い、斬られた撃退士たちの身体から血飛沫が噴き上がる。
「一気に攻撃が四つ増えやがったか……! ああくそ、面倒臭いな!」
 騎士化したシスターと鍔迫り合いながら、遼布が毒づく。その背から白い光球が出現。五つの光弾が、一斉に女騎士へと叩き込まれた。
「今度は負けませんわっ!」
 聖華が聖なるリングの魔法攻撃で援護する。その後、遼布にライトヒールを施そうとして――遼布が制止の声をあげた。
「俺は大丈夫だ、あっちの回復を頼む!」
「……わかりましたわ。信じてますわよ」
 聖華が、翠月のほうへと向かっていく。
 翠月は潜行していたのだが、攻撃を仕掛けたことで敵の標的と成り得たのか女騎士の槍撃を浴びて重傷を負っていた。
 少女のように華奢な翠月の体が、アウルの光に包まれる。聖華の発動したライトヒールによって失われた細胞の再生が促進され、翠月の受けた負傷が回復していく。
 復活した翠月が再度ファイアワークスを放った。赤色や青色や黄色や緑色の炎が巻き起こり、女騎士たちを爆殺。カオスレート差も加算され、桁外れの破壊力となった爆炎が撒き散らされる。
 範囲から逃れたサーバントには、蒼い瞳の破壊天使が追加攻撃を敢行。
 いったん高高度まで退避して女騎士の攻撃を免れていたエリーゼが舞い戻り、スキルの射程に敵を収める。
 晴れやかな笑みを浮かべ、エリーゼは両手を前に突き出した。
「厄介なので! おとなしく消えてください」
 エリーゼが宣告と共に、光雨を発動した。天使の小さな掌に、ダイヤモンドダストのような光が煌く。
 出現した微細な光の流星群が、雨のように降り注いで女騎士たちに炸裂。ヴァニタスの魔術を模倣した裁きの雨が、サーバントを消滅すべく広範囲に叩き込まれた。
「他にもスキルを使えるのか、使わないのかは分からないが――これ以上なにかされる前に、終わらせて貰うぜ」
 瀕死の女騎士に、遼布のゾロアスターが振り下ろされる。
 特異な形状の三連複合刃が一閃され、鎧ごと女騎士の肉体を斬り裂き、削り取っていく。


 他方、対燈狼。
 シスターたちが殲滅され、燈狼との戦いは遂に決着を迎えようとしていた。
 絃也が燈狼たちのの足元に注目し、本体と思ったほうを中心に時雨を放った。
 目にもとまらぬ高速の一撃が叩き込まれ、幻影ごと燈狼の実体が吹き飛ぶ。
 まずは一体。
 続いて二体目、陽炎を纏った燈狼が飛び掛り、鋭い爪を生やした前脚で武を引っ掻いた。
 武は怯むことなく、長い鉄数珠を鞭のように振るって反撃。
 横薙ぎの数珠が狼を捉えた、ように見えた。
 灯火を宿した狼がぐにゃりと歪み、鉄数珠が虚空を切り裂く。
「外れたか……だが、今度は外さねぇぜ。纏めてぶった斬ってやる!」
 武が刀印を切り、闘刃武舞を発動。
 戦神の剣が招来され、無数の刃が演舞を始めた。舞い乱れる闘刃が閃き、分身もろとも燈狼たちを斬り刻んでいく。


 ナイフを取り出したラグナが、伊都に絡みついた糸を慎重に切断する。
 鬼蜘蛛二体は、いまだ健在。
 ラグナはリジェネレーションで回復・再生しつつ鬼蜘蛛の攻撃を受け続ける。
 伊都とラグナは、他班が勝利するまで何とか鬼蜘蛛を抑えることに成功していた。
 戦いを終えた仲間たちが、鬼蜘蛛へと駆けつけていく。

「こっちですわ! 私が相手をして差し上げますの!」
 聖華が大声を出しながら、鬼蜘蛛の眼前を飛び回る。
 般若は蝿でも見るような眼で聖華を見上げた。それで良い。上方へと少しでも注意を引きつけることが、聖華の狙いだった。
 味方が、鬼蜘蛛の胴体を攻撃し易い状況を作るために。
「ん〜、我慢した甲斐はあったかな。勝機っすよ、一気に引き寄せます!」
 伊都が黒剣に闇を纏わせ、鬼蜘蛛に突進。至近距離からアウルの濃度を高めた斬撃を放った。滅影の低カオスレート攻撃が、鬼蜘蛛の胸へと叩き込まれる。
 鬼蜘蛛が伊都に反撃するより早く、絃也が烈風突を発動。素早く鋭い、痛烈な一打を浴びせた。
 対天界の大技が次々と鬼蜘蛛の生命力を削り取っていく。最後を飾るのも、やはり冥府の力を高めた一撃だった。
「強力なサーバントが相手ですから、とっておきの切り札を使わせて貰いますね」
 常世の闇を身に纏った翠月が、光を飲み込むグローリアカエルの弾丸を発射。超レベルの暗黒魔弾が、巨大蜘蛛の胴体に直撃する。


 カオスレート変動組を狙って、鬼蜘蛛が首を向ける。
 不可視の糸を放とうとした刹那、光の雨が般若の顔に降り注いだ。
 エリーゼの光雨だった。その隙に、疾走する武が鬼蜘蛛の懐に潜り込む。首の下に腕を突き出して刀印を切り、炎陣球を発動。
 炎の球体が炸裂し、鬼蜘蛛の肉体を焦がす。波状攻撃を意識して、さらに遼布が追撃する。
「騎槍active。Re-generete」
 闇の翼で飛翔し後ろに回りこんだ遼布が、ディバインランスを鬼蜘蛛の背中に突き立てた。死角からの一撃に、般若が絶叫をあげて悶え苦しむ。
「これで……終わりだッ」
 ラグナのツヴァイハンダーを握る手に力が込められる。
 リア充粉砕撃。
 鋼の意志を宿した大剣が振り下ろされ、鬼蜘蛛の胴が縦に裂けた。
 大量の血液が盛大に噴き上がり、巨大蜘蛛の脚部が地面に崩れ落ちる。
 鬼蜘蛛はもう動かない。
 撃退士たちの勝利だった。





 戦闘後。
 遼布と聖華が互いの労をねぎらっていた。
「今度は缶じゃなくて、ちゃんとしたミルクティーが飲めそうだな」
「そうですわね……でも、シスターが変身した時は少し焦りましたわ。未知数の相手と戦うのは、中々に大変ですわね」

「それにしても、あのシスターさんは何者だったのでしょうか。気がついたときにはいなくなってましたし……」
 翠月がちょこんと小首を傾げ、疑念を呈する。
『彼女』は、無機質なサーバントたちとは別格の存在感があった。サーバントの指揮を執っていたことから、使徒か天使なのだろうか。
 だが、だとしても。
「どうして、このような場所に……?」
 まっすぐと伸びた道の正面を眺め、翠月が呟く。わからないことだらけだった。


 伊都が青いミニバンの後部を見送る。
「ま〜、とりあえず無事に終わって良かったっすよ」
 戦いが終わり、通報者の夫婦は撃退士に礼を言って青森へと進んでいった。
 サーバントを殲滅に成功したことで、彼らの逃避行は続行されたのだ。撃退士たちが敗北していれば、彼らは能代市で立ち往生するしかなかっただろう。

 予期せぬ天使との遭遇に不穏なものを感じながら、撃退士たちが彼方に消えていく車を見届ける。
 今回の戦いが、少しでも彼らの幸福に繋がることを願って。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 水華のともだち・エリーゼ・エインフェリア(jb3364)
重体: −
面白かった!:6人

厳山のごとく・
獅童 絃也 (ja0694)

大学部9年152組 男 阿修羅
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
闇を斬り裂く龍牙・
蒼桐 遼布(jb2501)

大学部5年230組 男 阿修羅
水華のともだち・
エリーゼ・エインフェリア(jb3364)

大学部3年256組 女 ダアト
撃退士・
朱利崎・A・聖華(jb5058)

大学部4年142組 女 アストラルヴァンガード