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冬空の下、八人の撃退士は戦場に到着していた。
真っ暗で狭い、雪に埋め尽くされた山道。夜風が吹き荒ぶ酷道は、寒々しい静寂に満ちている。敵サーバント部隊は、まだ近づいて来ていないようだ。
「きゃはァ、気分はナイトホークって所ねェ……♪」
黒衣を纏い肌を黒く塗ったハーフデビルの少女、黒百合(
ja0422)が笑声をあげて陰影の翼を発動。ふわりと羽ばたき、雪が降り積もり動きにくい道路上から崖の上へと移る。
黒百合は夜間でも視界を確保できるナイトビジョンを装着していた。悪戯好きな猫みたいな金色の瞳が、愉しげに真下を見下ろす。獲物がやってくるのを待つ少女の口許には、艶やかな笑みが浮かんでいた。
他方、黒百合の後ろでは、残る七名の撃退士も交戦に向けてそれぞれの準備を始めていた。
平凡な外見の少年、鈴代 征治(
ja1305)が逆さに開いたビニール傘を雪の中に突き刺す。そこにフラッシュライトを入れ、道路脇に設置。暗闇でも戦えるように光源となる仕掛けを用意していた。ただし、灯りはまだ点けない。傘とライトを置き終え、次に征治は雪かきを始めた。
「本格的な部隊と積雪での交戦経験は少ないですが……やれるだけやってみましょう」
和の趣きも感じさせるメイド服風チャイナドレスを着た黒髪の少女、支倉 英蓮(
jb7524)が決意を込めて小さな拳を握り締める。銀色の猫目には、覚悟と僅かな緊張が宿っていた。
「うぅ……とにかく寒いのですよぅ……」
ががたがたがたがた、とかんじきを履いた青髪の女性、鳳 蒼姫(
ja3762)が英蓮のそばで震える。蒼姫は寒さに耐えかねたように、近くにいた英蓮をぎゅっと抱きしめた。
「猫妹にゃー……えーちゃん、あったかいのですよぅ」
「お、お義姉様……?」
突然のハグに少し驚いたような声をあげた英蓮だったが、抵抗はしない。二人はいわゆる義姉妹だった。鳳夫妻の飼い猫にして自称メイドの英蓮は、大好きな義姉に抱きしめられたからか、少しだけ表情が和らいでいるように見えた。
(……だいじょうぶ。お義兄様とお義姉様もついてます……きっとやれます……!)
紫色の髪と眼をした青年、鳳 静矢(
ja3856)は、ハンズフリー状態の携帯電話から漏れ聞こえる二人のやりとりに微笑みながら雪かきを進めていた。
事前に用意しておいたスコップで狭い道路に積もった雪を取り除いていく。接敵前に少しでも自軍の足場を確保しておきたい。積雪の下は、敵が潜むには絶好の場所。これも重要な作業だ。仲間たちと共に、除雪を続ける。
(相手の目的は仙北市の制圧か、それとも……)
女性と見紛う顔立ちをした銀髪のハーフエンジェル、志堂 龍実(
ja9408)がまだ見ぬ敵の目論見に思案を巡らせる。敵の目的がはっきりしない、と出発前に静矢も言っていた。何か、違和感がある。
「……いずれにせよ、此処を譲る訳にはいかない。少しでも可能性を護る為に」
ここをサーバント部隊に突破されれば危ないのは純然な事実だ。後ろに護るべきモノがある。ならば今は全力で挑むのみ。
意気込み、龍実がナイトビジョンをかけて視界を確保する、手にしたフラッシュライトは仲間に倣ってまだ点けない。作戦の成功率をあげる上で、これもまた大切なことだろう。
『はぐれ悪魔界のスーパースター目指すなう( ´∀`)』
金色の髪と眼に白い肌の女悪魔、ルーガ・スレイアー(
jb2600)がスマートフォンを弄りミニブログ上で呟く。その身体にはライトがくくりつけられていた。
『できれば、でっかい羽とかもつけたいけどぉ(*´∀`)』
もっと派手な、豪華絢爛な衣装を準備したかった、とルーガ。物珍しいものは何でも試してみたい性分なのだ。スマートフォンに熱中している様子からも遊んでいるように見えるが、無論、戦士としての本分を忘れているわけではない。
「仙北市、守らせて貰うよ」
黒髪青眼の小柄な少年、キイ・ローランド(
jb5908)が戦闘用の思考に切り替え、怪異剣『志屍御陵』を抜き放つ。征治や静矢と雪かきを行っていた時の明るい雰囲気はすでになく、青白いオーラが全身から立ち昇っていた。感覚を最大まで研ぎ澄ませ、敵の気配を察知できるよう警戒に余念がない。
ライトを手際よく肩に取り付けながら、キイが大人びた口調で呟く。
「やっと冥魔から解放されたんだ。それを天使に奪わせるわけにはいかないね」
やがて、道路一部の除雪を済ませた静矢が前方に視線を向けた。暗い雪道の奥深くを、紫の双眸が冷静に見据える。
天に従う黒き影は、すぐ側まで迫って来ていた。
●
「来たんだぞっ」
反射的に、ルーガは叫んでいた。同時に、光纏した蒼姫がトワイライトを発動。
「待ってたのですよ!」
蒼姫の掌にアウルが集まり、淡い光が灯る。生み出された光球が小さな太陽となり、周囲一〇メートル程を明るく照らしていく。
キイも合図を受けると同時に、携帯照明器具を点灯。フラッシュライトが輝き、比較的広範囲が照らし出される。さらにタイミングを見計らっていた征治も、道路脇に仕掛けたフラッシュライトに灯りを点けた。
いくつもの光が放たれ、無数の光源が闇に溶け込んでいた漆黒のサーバントの姿を暴く。
夜闇に浮かび上がったのは、漆黒の大蜘蛛だった。鬼蜘蛛。狭い道路を独占するほど巨大な――といっても通常種よりは小さい――蜘蛛の頭部は、鬼女の能面に酷似している。
般若の目は、眩い灯りではなく道路を囲む木々のほうを見つめていた。
「阻霊符、起動します!」
木陰で待ち伏せていた英蓮が、戦闘開始に伴い阻霊符の効果を発動。天魔の物質透過能力を無効化する領域を、半径五〇〇メートルに渡って展開した。その効力によって、崖の壁面を透過していた鬼蜘蛛の太い脚が地表に押し出される。その巨体の後ろでも雪が崩れる音が続く。恐らくは他のサーバントたちも阻霊符の力で透過能力が使用できなくなり、雪に脚や身体の一部を沈めたのだろう。
「……よし、防衛線を抜けたものは居ないな」
静矢は敵が雪中や崖内から現れないことを確認すると、紫の霧を纏ってリボルバーCL3を具現化。回転式拳銃の銃口を鬼蜘蛛へと向け、引き金を絞る。
想いを込めた銃弾が、辿り着くべき高みを見据えた一撃が、巨大蜘蛛の肉体に命中。黒い胴体から血飛沫が勢いよく噴き上がり、真っ白な道路を赤く汚した。静矢の攻撃はまだ終わらない。
「力を貸してくれ、蒼姫」
妻との絆を力に変え、静矢は攻撃を続行。絆・連想撃。再び銃撃が炸裂し、雪の上に鬼蜘蛛の血液が飛び散る。初手から容赦ない連続攻撃だった。
「流石お義兄様……! わたくしも続きます!」
頭にライトを取り付けた英蓮が陰影の翼を発動し、木陰から飛び出す。他サーバント優先だが今は間合いの外、静矢と同じく鬼蜘蛛を標的に変更した。鬼蜘蛛の太く強固な脚部を狙って、ワイヤーを奔らせる。
対摩擦手袋とアウル増幅式高速射出・巻上げ機構を組み込み一体型ギミック化したジルヴァラの美しく鋭い糸は、鬼蜘蛛の足元の雪を切り裂いていた。下から繰り出された銀月の如き鋼糸が華麗な軌道を描いて、鬼蜘蛛の前脚に叩き込まれる。般若は何とか攻撃に耐え、空中の英蓮を苛立たしげに睨みつけた。
反撃が来る、と思われたが、
「こっちだ、鬼蜘蛛!」
叫び、挑発スキルを発動した征治が前に出る。敵の注目を集めようとしたが、失敗。征治の魔法攻撃力も低くはないが、魔法に長けた黒鬼蜘蛛が相手では少々分が悪かったようだ。しかし征治は諦めない。
「お前の相手はここに居るぞ! 来い!!」
挑発的な言葉を繰り返す征治に、般若が鬱陶しげな顔を向ける。鬼蜘蛛のヘイトを稼ぐことに、何とか成功していた。
漆黒の巨大蜘蛛は、英蓮よりも征治の始末を優先。巨体を動かすには狭過ぎる道路を這いずり、盛大に雪を撒き散らしながら征治へと襲い掛かった。
死神の鎌のように鋭い前脚の爪が、連続で振り下ろされる。
征治は双魚の盾を緊急活性化して受け防御を試みたが、シールドでは魔法攻撃を受けるのに不向きだったのか直撃した。しかし根性で耐え抜き回復、気絶寸前から立て直す。
「この程度では倒れません!」
征治が一歩下がり、槍の間合いへと移る。再び鬼蜘蛛が爪を振るうが、征治と入れ替わるように小さな影が前に出ていた。
キイだった。レギンレイヴアーマーで全身を覆った神聖騎士が、サーバントの猛攻をその身で防ぐ。硬い。強固な防御力を誇るキイには、掠り傷程度のダメージしか入っていなかった。
怪異剣を構え、鬼蜘蛛のほうを向いたままキイが告げる。
「今のうちに回復を。追撃は任せた」
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闇の翼で暗闇を飛翔するルーガが、空からサーバント部隊に接近していく。
『ああ〜今の私の姿、写メにとってTwitterしたいぞー( ´∀`)! 』と思うルーガだったが、空気を読んで口には出さない。代わりに、闇に潜もうとするサーバントたちの姿を炙り出すように、ルーガは身体につけたライトで地上を照らす。
敵は鬼蜘蛛だけではない。ある意味では鬼蜘蛛以上に厄介な連中が、後ろに控えていた。
照らし出されたのは、黒い人影。シャドウストーカーだ。その脚は雪に埋まっている。透過を封じられ、身動きが取れなくなっているのか?
蒼姫が鬼蜘蛛の脇、道路左側を伝ってシャドウストーカーへと迫る。トワイライトの灯りによって、夜闇に隠れていた他の人影もすぐに浮き彫りになった。
「……さて、行くですよ」
消えない闇を見定め、蒼姫がマジックスクリューを発動。シャドウストーカーの腹に激しく渦巻く魔法の風が炸裂した。サーバントの黒い身体が、霧のように散っていく。幻影だ。
すぐにハッとした蒼姫が、ライトで別の部分を照らす。浮かび上がった黒い狼は、赤い瞳で蒼姫を睨みつけていた。燈狼。体内に宿る燈りが、仄かにゆらめいている。
黒狼が飛び跳ね、蒼姫は咄嗟に左腕を掲げていた。蒼姫の細い腕に、喉を食い破ろうとした狼の牙が突き刺さる。並の後衛職には浅くない一撃。だが蒼姫が受けたダメージは驚くほど浅かった。可憐な外見に反して、蒼姫の硬度はダアトとしては凄まじく高い。
燈狼を振り払い、蒼姫は再びマジックスクリューを撃ち込んだ。放たれた水平の竜巻が炸裂し、白雪が波打つように吹き飛ぶ。
黒い衝撃波が、上空のルーガへと叩き込まれる。
ルーガが攻撃の放たれた方向を見下ろす。ライトを浴びて、槍を上に突き出した漆黒鎧の女が闇の中に浮かび上がっていた。
「…………」
金髪に翡翠色の瞳をした美貌の戦乙女、ダークヴァルキリアは冷たい眼差しをルーガに向けていた。凍えるような殺意が、ルーガを射抜く。
けれど、ルーガは動じない。空飛ぶ光源である自分が狙われるかもしれない、と最初から予測していた。剣魂で傷を癒し、更に十メートルほど高度を上げていく。敵の注目を、可能な限り自分に引きつけるために。
「今のうちに、こいつらのケツに攻撃刺しちゃってー( ´∀`)!」
龍実が蒼姫に倣って木々のほうを通り、鬼蜘蛛の巨体を避けて後ろに出る。武器を機甲弓に切り替え、上空に意識が逸れている漆黒のヴァルキリアを攻撃する。
射出された鉄の鏃は、不自然に歪む戦乙女の傍らを切り裂いた。
「くっ……燈狼の能力か!」
陽炎のように揺らめくヴァルキリアの姿に、龍実が悔しげに呟く。燈狼による支援は想像以上に厄介だった。
鎧姿の女は黒槍を構えて突進。雪道を突き進み、龍実に刺突を連続で繰り出す。龍実の肩や腹を抉るように槍撃が打ち込まれていく。が、深手を負いながらも、外殻強化で防御性能を向上させていたカオスレートゼロの阿修羅は倒れない。
「……今だっ!」
猛攻を凌いだ龍実が、双剣に持ち直して反撃。黒白の剣刃が閃き、斬撃がエックス字を描いて戦乙女の胴に叩き込まれる。
意識を刈り取られたヴァルキリアの体勢が崩れるが、龍実は下手に追撃せずレストアを発動。自身の氣とアウルを融合させて生命力を回復し、半身の構えを保つ。
「よし……まだいける」
最近は以前よりも自身が強くなっている事を、龍実は実感していた。格上の強敵と互角に戦えている事に、喜びを感じる。
これまでずっと、とある憧れに追い付く為に勝っても負けても上を見続けてきた。これからも、恐らくそれは変わらないだろう。
(……この戦いで勝ち、自分の大切なモノを必ず護り抜く――!)
他方、黒百合。
味方から離れた場所にいる鬼道忍軍の半魔少女は、狙撃銃を構えていた。高精度狙撃スコープの照準が捉えているのは、戦乙女の背中だった。夜間迷彩を施した黒百合は敵の背後へと回り込むことに成功していた。
黒百合はさらに遁甲の術を発動し、気配を遮断。潜行しつつ、闇に紛れたスナイパーが静かにサーバントに狙いを合わせる。
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刃物のように研ぎ澄まされた鬼蜘蛛の前脚が、至近距離から振り下ろされた。
キイは臆することなく怪異剣を振るう。志屍御陵の鈍色に輝く剣身で、鬼蜘蛛の爪を弾いていく。負傷度合いは未だ五割未満。攻撃を捌きながら活性化スキルの交換し、重たい攻撃に備える。
「まだまだ行けますよ!」
キイの一歩後ろでは、征治が剣魂で傷を癒していた。言葉通り、まだ戦える程に回復している。
鬼蜘蛛の苛烈な攻撃を阻む前衛たちの後方で、静矢が日本刀を抜き放つ。
露わになったのは、冴え冴えと輝く蒼色の刃。友人より譲り受けた愛刀『不破』だった。
静矢は渾身のエネルギーを込めると、一気に刀を振り抜いた。大きな鳥の形をした紫色のアウルが勢い良く飛び出し、鬼蜘蛛へと放たれる。
紫鳳翔。
まっすぐと羽ばたく鳳凰が、衝撃波となって巨大蜘蛛の肉体を貫く。
「手応えは充分……しかし、流石にそう簡単には倒れてくれないか」
静矢は順調に鬼蜘蛛の生命力を削っていた。鬼蜘蛛は何とかして反撃したいのだろうが、キイと征治が壁になっていて遠距離にいる静矢には近づくことすら出来ない。
回復した征治が攻撃に移項。ルーメンスピアを突き出し、般若の頬肉を削ぎ落とす。
征治の目的は、あくまで牽制。自分が最後まで立って敵を引き付けることこそ意味がある、と槍を振るう。
鬼蜘蛛は頬から血を流しながら鬱陶しげに征治を睨むと、糸を吐いて応戦した。吐き出された不可視の糸が、征治の全身に絡みつく。体勢を崩して倒れそうになるのを寸前で堪える。
キイはぎりぎりで不可視の糸を避けていた。というよりも、ぎりぎりで範囲から逃れていた。味方との位置を気を付けていたことが功を奏した形だ。
糸で縛られた征治の脇腹に衝撃が走る。シャドウストーカーの一体が、刃のように尖った腕を突き立てていた。幻影を囮にして、壁を伝って来たのか。
だが、奇襲を受けても征治は倒れない。根性で粘り、剣魂で回復していく。戦いが終わるまでは倒れない、倒れるわけにはいかない。
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蒼姫の放った激しい風の渦が、シャドウストーカーを呑み込む。
螺旋状の魔法攻撃を浴びて、人影のような形のサーバントは真っ赤な血霧を噴き上げて引き裂かれた。
漆黒の燈狼が蒼姫に飛び掛る。燈籠の如き黒狼に噛み付かれ、しかし蒼姫は軽傷。最硬を目指すダアトはまだ落ちない。
「お義姉様にはそれ以上近づかせませんっ!」
光纏して完全な白髪と化した英蓮が、白雷のようなオーラを纏って燈狼へと迫る。その手には、エネルギーブレードの柄が握られていた。アウルを刃に変換した緑色に輝く刀身が現れ、非実体剣が高速で振り下ろされる。
英蓮のエネルギーブレードは、陽炎のように揺らめく燈狼に命中した。深手を負った狼が、苦悶の咆哮をあげて反撃。鋭い爪で英蓮の柔肌を引っ掻き、三条の爪跡を刻み込んだ。
他方、狭い雪道の奥では金髪の戦乙女と銀髪の双剣士が切り結んでいた。
ダークヴァルキリアの全身から黒い光が吹き荒れ、黒槍へと集まっていく。すかさず龍実が至近距離へと踏み込むが、漆黒の女騎士は動作を止めない。アウルを集中した槍が、まっすぐと前に突き出される。
放たれた黒い衝撃波は、龍実を越えて直線上のすべてを薙ぎ払った。鬼蜘蛛をも巻き込み、英蓮、征治、キイにも命中していた。
「魔術的攻撃はほんっとに……効きますわね……あたた」
口から血を零しながらも、阿修羅ハーフデビルの英蓮は何とか耐えた。『黒鬼灯』を使った直後を狙われていたら耐えられなかったかもしれない、と思いつつ戦友らを振り返る。どうやら、他の仲間たちも無事のようだ。
征治は根性で、キイは銀の盾でダークヴァルキリアの直線無差別攻撃を凌いでいた。
銀色の光の障壁を展開し、衝撃波を完全に受け切ったキイはノーダメージ。巻き込まれた鬼蜘蛛が哀れに思えるような絶対防御だ。
鬼蜘蛛の巨体がよろめく。漆黒の巨大蜘蛛は既に血まみれだった。
そろそろ倒れるか? と静矢は再び紫鳳翔を発動した。刃から紫の鳳凰が飛び、大型サーバントに到達。アウルの塊が、縺れた片脚ごと鬼蜘蛛の胴体を豪快に薙ぎ払った。
攻め時と判断し、キイが静矢に続いて突撃。少年騎士は鬼蜘蛛の懐に踏み込むと、怪異剣を突き出した。血色に穢れた布がはためき、妖しく輝く刃が夜闇を切り裂く。
アーマーチャージ。鎧の硬さや重さを乗せた突進の一撃が、般若の胸に突き刺さる!
「ルーガちゃんのドーン★といってみよーう!」
静矢、キイに次いで、上空のルーガが高度を下げて封砲を発射する。他サーバント優先だが、手負いの相手から先に確実に殺したほうが良いと考えていた。鶺鴒の弓に渾身のエネルギーを溜め、一気に振り抜いて黒い光の衝撃波を撃ち放つ!
空から降りた封砲の黒い閃光は、般若の頭を貫いていた。
脳漿をブチ撒けた鬼は、悲鳴すら上げられない。
ついに力尽きた漆黒の戦鬼が、崩れるようにして地面に倒れる。
撃退士たちは、徐々にサーバントを追い込んでいた。
鬼蜘蛛の死体の奥、燈狼やシャドウストーカーやダークヴァルキリアの、さらに後方。狙撃点を確保した黒百合は、闇色のアウルを纏っていた。
美貌の戦乙女の横顔を眺め、黒百合が恍惚とした声音で呟く。
「綺麗ねェ……まるで芸術品みたいィ……きゃはァ、そういう綺麗なのをぶち壊すの大好きなのよォ……♪」
闇夜に映える金色の髪も、宝玉めいた翡翠色の瞳も、漆黒の鎧に包まれた陶磁器のような肌も、全部――滅茶苦茶に壊す。
薄く笑い、黒百合は狙撃銃を握る指先に力を込めた。
闇遁・闇影陣。スナイパーライフルの長い銃身から吐き出された黒死の弾丸が、寸前で振り向いた戦乙女の左胸に命中。カオスレートを極限まで低めた弾丸を喰らった衝撃で、サーバントの鎧が粉々に砕け、血肉が弾ける。銃弾は戦乙女の内臓を暴れ回って蹂躙した後に背中を貫通。虚空へと消えていった。
恐るべき威力だった。しかも、まだ悪夢のような攻撃は終わっていない。
黒百合はすぐさま第二射を発砲。
闇を纏った破滅の弾丸が、威力精度約二倍のまま今度はダークヴァルキリアの脳天めがけて連続で放たれる。合計火力は神器を使った一撃にも匹敵しかねない、超領域の攻撃だった。
まず避けられない攻撃。
しかし、銃弾はダークヴァルキリアの耳朶を掠めるに終わった。致命的成功(クリティカル)。運命の女神は、黒百合ではなく戦乙女のほうに微笑んだ。
「……」
即死の二連続攻撃を奇跡的に生き延びた金髪の女は、思考を素早く巡らせ方針を決定。龍実とは逆方向へと全力で疾走、黒百合のほうに向かって雪道を駆ける。
カオスレートを極端に変動させた今の黒百合なら、充分に仕留められる。否、ここで殺さないと次の攻撃で自分が死ぬと判断したのか。いずれにせよ一撃ですでに気絶寸の重傷を負っているのだが、ともかくダークヴァルキリアは槍を突き出し黒百合に黒閃で貫いた。そのはず、だった。
「きゃはァ、こっちよォ……♪」
愉しげな笑い声が上から響き、血塗れた戦乙女が空を見上げる。そこにいたのは、スクールジャケットを身代わりにして致命傷を実力で回避し、陰影の翼で空中へと退避した黒百合だった。
ライトを投下しながら離脱し、黒百合は再び遁甲の術を発動。闇に潜り、次の好機を窺う。
他方、対シャドウストーカー・燈狼。
重傷を負った英蓮が、武器をフェイルノウトに切り替えて援護に回っていた。
純白の長弓を引いて、英蓮が矢を放つ。アウルの矢はトワイライトに照らされる燈狼にまっすぐ突き刺さった。仕留められたサーバントが鳴き声をあげて雪の中に身体を沈める。
「これでとどめなのですよ!」
蒼姫が撃ち放った四発目のマジックスクリューが、燈狼を雪に葬った。その右側面から、隙を窺っていたシャドウストーカーが飛び出し尖った腕を振るう。けれどもその攻撃は、盾の表面で阻まれていた。
「大丈夫か、蒼姫」
割り込んだ静矢だった。白銀のアウルを纏ったスクリプチャーシールドを携え、蒼姫を庇っていた。
ルーガの封砲が再び上空から放たれ、直撃したシャドウストーカーが轟沈。強力な鬼蜘蛛も、厄介な燈狼ももういない。征治、キイも加勢し、ここからは数で押していける。
「さっきみたいなラッキー、もう通用しないわよォ……きゃはァ♪ 貴女はここからどうやって私を愉しませてくれるのかしらァ?」
闇を纏った黒百合が、再び狙撃銃を構える。戦乙女は冷たい表情を崩さぬまま荒い息を吐いていた。手下を失い、ダークヴァルキリアに最早逆転の手段は残されていなかった。
「残念ねェ……それじゃあ、ここで終わりにしましょう。滅茶苦茶にしてあげるゥ♪」
艶やかな笑みに唇を歪め、黒百合は銃の引き金を絞った。
高速で射出される闇遁の弾丸を、金髪の女は、避けれない。
肉が潰れる音が響く。
それが、この戦いの終曲となった。
●
戦闘後。
「……どうにも、釈然としないな」
緊張を解かないまま、龍実が言った。言葉に出すと、違和感はより鮮明になった。
「確かに敵は手強かった。自分たちじゃなければ負けていたかもしれない。だけど、仙北市を落とす戦力が本当にこれだけなのか? 肝心の使徒――真宮寺涼子はどこで、何をしている?」
敵は撃退署の防衛力が落ちた絶好の機会を狙って、攻め込んできている。だとすれば――この程度のはずがない。もっと戦力を投入してきても良いはずだ。
敵の真意は見抜けないが、仙北市を護る戦いはまだ終わっていない。そんな予感がした。
「だが……何とかここは、突破されずに済んだな」
陸上サーバント部隊は殲滅した。仮に真宮寺涼子が二重三重に策を巡らせているとしても、戦力の一部を削り取ったことは大きいはずだ。
「他班も無事に成功したみたいだよ」
携帯端末を片手に、キイが告げる。航空サーバント部隊も殲滅したらしい。二班あわせると、結構な数のサーバントを仕留めたことになる。
「これで、諦めてくれると良いんだけどね」
言いながら、そんなに甘くないよねと思うキイだった。すぐに次の手を打ってくるに違いない。追い詰められていれば、なおさらだ。
「まだまだ油断できないし……今は警戒を怠らずに、天使たちの動向に注意しておこう」
こうして撃退士たちは、闇を往く天の従僕から仙北市を護り抜くことに成功した。
だが、仙北を巡る天界との戦いは、まだ終わっていない。