●
「情報収集、か……あまり無理強いはしたくないモノだな」
志堂 龍実(
ja9408)がそう呟きながら、思考を巡らせる。
今回のターゲットであるヴァニタス・ネアは、おそらくサバクにとって友人のような存在なのではないだろうか。
だとしたら無理に口を割らせるというのも気が引ける。
それに、 裏切りが露見すればサバクは粛清されるかもしれない。
情報を撃退士に漏らしたことが、もしも冥魔陣営に気づかれたら。
依頼とはいえ、どこまで踏み込んで聞き出すべきか。
「にしても……なんで教会に?」
そういえば、以前にもサバクとは教会で会ったことがあったな、と龍実が過去を振り返る。
あの時は敵としてだった。
だが、今は――違う。
●
「ミズカさん久しぶりですねー!! サバクさんもおひさーー!!」
ばーん! と教会に入るなり、エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)がハイテンションで言った。
にこにこと笑顔を浮かべるエリーゼの視線の先には、見慣れた少女と青年の姿。
「よぅ、元気にしてたか?」
サバクと再会した蒼桐 遼布(
jb2501)が、ぐっと拳を突き出す。
「お姫様との愛の巣にこもりたいのはわかるが、たまにはダチに顔見せろや」
心配するだろ、と遼布。
便りがないのは無事な証拠、とよく言うが、サバクの場合はそうも言い切れない状況だ。
とりあえず元気なようなので、一安心ではあるが。
「よしよし、お姫様も元気そうだな」
ミズカの目を見て、遼布はそう確信した。
いつかとは全然違う目をしている。
ところで、とミズカの頭をクシャッと撫でながら遼布が訊ねた。
「――どうだ? サバクとはどこまでいったかな?」
「いきなり何訊いてやがるリョウフ」
すかさずツッコむサバク。
「えっと、実は……」
「ミズカも律儀に答えてンじゃねェ!」
「何々……え? そうなのか? マジで?」
サバクが慌ててミズカと遼布を引き離すが、時すでに遅し。
ミズカはすべてを話し終え、遼布は少し引いていた。
――ダチ公、ヘタレすぎだ。
「キスもまだしてねーのかよ!?」
話を聞いていた宗方 露姫(
jb3641)が、思わず叫んだ。
イマドキ小学生だってもっと進んでいるだろうに。
「全く、1年ぶりかと思えば……」
さらにアスハ・A・R(
ja8432)が、「貴様それでもオトコか」的な視線をサバクに向ける。
既婚者としては呆れて言葉も出ない。
「1年もいっしょに暮らしていて何も――本当に何もしていないというのはどういうことだいサバク君。そんなだからロリコンだ不死王(笑)だと言われるんだ」
このヘタレ根性なしめ、とハルルカ=レイニィズ(
jb2546)が、辛辣な言葉をサバクに突き刺す。
――彼のことだから、ミズカ君と一緒に居られるだけで満足してしまっているのだろうけれど。
そろそろ本気で、ちゃんと『教育』したほうがいいかもしれないと思うハルルカだった。
「なっ……なんだテメェら、よってたかって」
過去最高の集中砲火を浴びて気圧されたのか、よろめきかける不死王。
そんなサバクを可哀想に思ったミズカが、助け舟を出すように言った。
「だ、だいじょうぶ。サバクには、その……ちゃんと、してもらうから。…………、結婚式で」
「結婚式!? ついに結婚なの!??」
びっくりしたような声を上げたのはエリーゼだ。
聞けば、ミズカのお願いで結婚式を挙げることになったという。
「おめでとうございますー!!」
「……結婚、おめでとうですの。サバク、ミズカ」
エリーゼに続いて、橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)が祝福の言葉を述べる。
「えへへ、ありがとう2人とも」
照れ臭そうに笑うミズカを、アトリアーナがさっそくデジカメで撮影。
「……せっかくの式ですの。こういうのは、ちゃんと形に残しておくべきだと思いますの」
と、そこでようやく。
サバクは恐ろしいことに気づいた。
こいつらと、このタイミングで再会したってことは、つまり……。
「いやぁ、まさかてめぇらの初キス見る機会に恵まれるとはなぁ」
「 」
露姫の言葉に、絶句するサバク。
当然のごとく撃退士たちは2人の結婚式に参加する気満々であった。
――こいつらが見てる前で、やれってのか?
「折角ですし、記念に撮っておきましょう」
森林(
ja2378)がカメラでミズカを撮影しながら、邪気のない微笑みを浮かべる。
「いい結婚式になればいいですね」
「うん。ありがとう森林さん」
と、まぁ、そんな感じで。
撃退士たちによる結婚式の準備が始まる中、露姫が気合を入れたように声を張る。
「よっし、今日はやれること全部やっちまおうぜ、御二人さんよ!」
かくして、不死王の公開処刑(けっこんしき)が幕を開けたのだった。
●
エリーゼがコスメセットを取り出して、ミズカに訊ねる。
「ミズカさん化粧します?」
「えっと、実はお化粧したことなくて……」
「大丈夫です! わたしがしてあげます!」
「あ、俺も持ってきてるので、よかったら使ってください〜」
そう言って、森林がメイクセットをエリーゼに渡す。
そして再び、教会の掃除と飾り付けに戻る。
周囲から聞こえるミズカとハルルカの会話に、内心ドキマギしながら。
「――いいかいミズカ君。サバク君はヘタレで根性も甲斐性も無いから、待っているだけじゃ駄目だ。キミの方から奪い、襲っていくくらいじゃないとね」
「お、襲っていく……っ!?」
赤面するミズカに、ハルルカはにっこりと悪魔の笑みを浮かべる。
「今日のメインイベントでもヘタレるだろうから、キミから不意打ちしてあげるといい」
本気なのか冗談なのか、まるで信用されていないサバクだった。
「……聴こえてンぞ、ったく」
不機嫌そうに呟くサバク。
そこにアスハが、小さな箱を渡す。
「少し早い、が、祝儀代わり、だ」
何気なく差し出された箱を開けて、サバクの表情が硬まった。
箱の中に入っていたのは、高級そうな指輪だった。
この手のモノに疎いサバクでも、安物ではないと分かる。
「……結婚指輪がなくては、盛り上がらん、からな。ミズカの分もある、ぞ」
「これは私たちからのお祝いさ。受け取っておくれ」
「わぁ……綺麗……!」
ハルルカから指輪を貰ったミズカが、思わず感嘆の声を漏らす。
リースブーケをモチーフにした指輪が、小さな箱の中で輝いていた。
アスハがサバクに渡したのは『ETERNAL BRIDE』 、ハルルカがミズカに渡したのは『ETERNAL GROOM』 。いずれも立派なお値段である。
「……受け取れねぇよ。よくわかんねェけど、スゲー高いんじゃねェのか、コレ」
と、現在ニートの不死王はさすがに固辞。
タダで貰うわけには、というサバクにアスハが告げる。
「では……対価として此方の仕事に協力してもらおう、か」
そう言って、包み隠さずに事情を説明するアスハ。
一応、撃退士たちは今回、ネアの情報を得るために此処に来ているのだった。
「友人を売る格好になる、が……少なくとも、ソチラを有益だと思わせる価値にはなる」
アスハの言葉に、不死王は即答した。
「わかった。アイツのこと話せばいいんだな?」
「……サバク、いいのか?」
と、確認する龍実に対して、
「別に構わねェよ。元々テメェらには馬鹿でけェ借りがある」
これくらいで役に立つなら安いモンだ、とサバク。
「それに、ネアとテメェらなら――俺はテメェらを選ぶ」
俺だって、テメェらには幸せになって欲しい、と。
「……わかった。なら、教えて欲しい」
サバクからの聞き取りは、主に龍実が担当した。
「最近になってネアが活発に動き始めた、ということだが……」
「アイツ、けっこう前に撃退士にボロ負けしてンだよ。それで、撃退士をブッ倒すくらい強いディアボロ軍団を創りてェんだと」
「ディアボロ作成のために人間を誘拐している、と……」
龍実とサバクが話している傍ら。
アスハは、サバクの携帯電話を確認していた。
「……ネアからの着信が殆ど、だな」
改めて、サバクの交友関係の狭さを目の当たりにしたアスハだった。
特に収穫だったのは、ネアがサバクの協力を強く求めていることを知れたことだ。よほどサバクを頼りにしているのだろうか。
アスハが携帯チェックを終える頃、龍実はサバクからこんな話を聞いていた。
「――俺も詳しくは知らねェけど。ネアの奴、なんか色んなとこのフリー撃退士に目ェつけてるらしい」
「『撃退士』に……?」
人間を誘拐する以外にも、ネアは水面下で何やら動いているようだ。
どうにも一筋縄ではいかない予感がする。
ともあれ、大枠の情報を掴むことができた。
人類側勢力としては、当面は目下の脅威であるネアへの対処に注力することになるだろう。
「にしても、サバクを放置している悪魔の思惑も気になるな……」
ネアに関する話が落ち着いたところで、龍実がふとそんなことを口にした。
本当にサバクの裏切りに気づいていないのか?
それとも、何か狙いがあるのか?
あくまで推測だが、もしもサバクの主たる悪魔が、フリー撃退士の復讐心すら利用しているとしたら。
『ミズカが撃退士の手にかかり、サバクが冥魔陣営に戻る展開』を確信しているのだとしたら――。
龍実がそう話すと、「あのクソ悪魔ならあり得るかもしれねェ」とサバクは答えた。
しかし一方で、ネアはサバクを引き戻そうとしてもいる。
「ふむ。では確かめてみようか。サバク君、電話を貸してくれないかな」
「あァ? 何する気だ、ハルルカ」
「ま、これも情報収集の一つということで」
そう言って、ハルルカが電話をかけた先は、
『……もしもし』
「やぁ、ご機嫌ようボウヤ。今からキミのお友達の結婚式なんだけれど、参加してはくれないのかい?」
ネアだった。
●
『……ああ、そう……そういうこと』
しばしの沈黙の後。
状況を理解したのか、ネアが口を開いた。
『それで「そこ」に居るわけだね。誰だか知らないけど、サバク君に代わってくれないかい』
「おや、出欠の返事がまだだよ」
『誘えばボクが来ると本気で思ってんの? 行くわけ無いじゃん』
「ふむ。では不参加ということで。友人代表のスピーチはどうやら私が務めるしかないようだ」
飄々と受け流すハルルカに、これ以上の会話は無意味だと思ったのか、ネアは少し間を空けて、
『……キミが何を考えてるのかわからないけど、サバク君に何かを期待しても無駄だ、とだけは言っておくよ』
それだけ言って、ネアは電話を切った。
「ボウヤに言われるまでもないさ。ヘタレの彼に期待することなんて何一つないからね」
主に、恋愛的な意味で。
情報収集の間に教会内を探索していたアトリアーナが、異常がないことを報告。
ネアの口ぶりから、何か仕掛けてくるような雰囲気もあったが、少なくとも教会内に罠があるということはないようで一安心だ。
しかし念には念を、とアスハは教会の外に出て見回りを行うことに。
「……せっかくの式なので、これもですの」
探索を終えたアトリアーナは、花嫁のヴェールをミズカ(エリーゼによるメイク済み)に手渡した。
かくしてやるべき仕事も終わり、準備も整った。
ようやくここからが本番だ。
ハルルカが過去最高級のいい笑顔を浮かべる。
「さぁ、結婚式を始めよう!」
花で飾り付けられた教会の中、楚々とした天使が舞う。
光の翼で翔ぶエリーゼは、さならが恋のキューピッドのようだった。
「――あなたはこの者と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています」
神父のように、エリーゼが少女と青年に向かって誓約の言葉を述べる。
「あなたは、その健やかなときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを約束しますか?」
「えー、汝ら、サバクとミズカは、病める時も、健やかなる時も、えー、槍が降ろうが鉛玉が降ろうが、周りにとやかく言われようが! 死ぬまでお互いを想い、絶対に幸せになるとここに誓って行きな! 拒否権ねぇからな!」
と、こちらは露姫。彼女らしい誓いの言葉に、思わずミズカが微笑む。
「はい、誓います」
「…………おう。必ず守る」
素直な花嫁に対して、頑固な花婿はしばらく口を固く引き結んだままだったが、やがてそう言って頷いた。
サバクの言葉を聞いて、ミズカは花が咲いたような笑顔になった。
その様子をアトリアーナやハルルカ、森林が友人席から見守っている。
「何気に結婚式って初めて見るかもです」
森林が小さな声でつぶやく。
「なんだか、こっちまで幸せになっちゃいそうですね」
ミズカの笑顔を見ていると、そう思う。
「よし、誓いの言葉も済んだし、お次はあれだな」
露姫が言って、不死王が固まる。
「あれ、って、何だ?」
「キスです」
決まってるじゃないですか、とエリーゼが有無を言わせぬ笑顔で迫る。
「魚の鱚じゃないですよ? 誓いのキスです! ほらぶちゅーっと!! ぶちゅー!! さぁ! さぁ!!!」
「クソッ……! やっぱりやんねーと駄目なのか……ッ!」
露姫とエリーゼに煽られ、不死王が意を決してミズカの肩を掴んだ。
が、案の定、そこから先になかなか進まない。
撃退士たちに見られながらの、というのはやはりハードルが高かったようで、
――サバク君はヘタレで根性も甲斐性も無いから、待っているだけじゃ駄目だ。
真っ赤な顔でサバクと見つめ合っていたミズカが、事前にハルルカと交わしていた会話を思い出していた。
私からいったほうがいいのかな、とミズカが思った次の瞬間、
唇が重なり合った。
「――っ!?」
思わずミズカが声をあげようとしたが、唇を塞がれているので叫びにはならなかった。
キスされている。
そう自覚した少女の顔がさらに紅潮していった。撃退士たちに見られてる&撮られていると思うと、自分から望んだことのはずなのに、心臓が爆発しそうだった。
ミズカ的にものすごい長い体感時間の後、青年の顔が離れていく。
「……これで文句ねェだろ」
と、撃退士たちに向かって赤くなった顔を向ける不死王。
誓いの言葉を封じ込め、永遠のものとする。
それが、結婚式でのキスの意味だという。
撃退士たちが見届けた、この誓い。違われることはきっとないだろう。
「サバク君にしては頑張ったね。ではご褒美に、今度はミズカ君からしてあげるといい」
「しなくていい! これ以上恥ずい姿見せられっか――!!」
ハルルカがミズカをけしかけ、サバクが騒ぎ立てる中。
見回りのために、森林は教会の外に出ていた。
ふたりのキスにはちょっとドギマギしてしまったな、と思いつつ、森林が周囲を索敵。
――ふと、違和感に気づいた。
何かが、来ている。
遼布から敵襲の連絡が来たのは、まさにその時だった。
●
教会屋根に上がって周囲を警戒していた遼布の視界に、それは飛び込んできた。
上空を羽ばたくのは、質素なメイド服を着込んだ赤髪の竜娘たち。その手には炎剣や炎槍が握られている。
ドラゴンメイドたちは、教会に向かってきているように見えた。
「しかし、敵も龍系とはね」
嫌な偶然だ。
確かネアは、ドラゴン型ディアボロがお気に入りだったか。龍族の末裔たる身としては複雑な気分になる。
とはいえ、手加減するつもりはない。
『ダチ公の幸せの邪魔する奴は許さねぇ』
闘気を高め、〈龍血覚醒〉を発動。血脈の底に眠る龍体を強引に呼び起こす。出血と共に、右腕を中心とした肉体の一部を禍々しい龍体へと変質させていく。
敵襲を仲間に伝え、自身は光翼を展開。空中へと飛び上がり、竜娘の前方に出る。
『さて、招待してないお客さんにはお帰り願おうか』
遼布が空中で宙返りして急降下。痛烈なキックを竜娘へと打ち込んだ。雷打蹴を喰らったドラゴンメイドが吹き飛ぶ。
行く手を阻む遼布を排除すべく、竜娘はすかさず反撃。炎を纏った剣を振るうが、刃が遼布を斬り裂く刹那、無数の笹の葉が横合いから流れ込んできた。
遼布を包む笹葉に阻害され、ドラゴンメイドの刃の軌道が逸れる。
回避を支援したのは、森林の流草だった。
「あの二人の邪魔はさせません……!
森林が重籐の弓を構え、上空へと矢を飛ばす。
念の為に、と教会外の見回りをしていたメンバーは、みな即座にドラゴンメイドに対応できていた。
アスハが魔銃を発砲し、空中のドラゴンメイドに光弾を撃ちこんでいく。
――教会にはサバクとミズカが居る。他の仲間たちが護衛に残っているとはいえ、可能な限りは外で迎撃しておきたいところだ。
アスハが様子を観察した限りでは、相手は並程度のディアボロといったところ。常時飛翔というのが厄介だが、どうやら武器に纏っている炎は自然現象を再現したものではないようだ。
森林、アスハの射撃から身を守るように、竜娘が炎剣を盾代わりにして凌ぐ。
と、矢弾を浴びて消耗したドラゴンメイドに、遼布が一気に攻撃を畳みかけた。
『覇断active。Re-generete。同種のよしみだ。こいつで相手してやるぜ』
遼布が大剣を召喚し、強化した膂力で豪快に一閃。
ヴィシュヌの巨大な刀身を振り下ろし、ディアボロの肉体をぶった斬る!
まずは1体を撃破。
その間に別の竜娘が教会へと急接近しようとしたが――
そこに巨大な棘付き鉄球が飛んだ。
ぐしゃっ、と鉄球が顔面に命中し、竜娘が叩き落とされる。
ドラゴンメイドを迎撃したのは、すぐさま教会から出てきたアトリアーナだった。
「……人の恋路を邪魔するのは、馬に蹴られるように吹き飛ぶといい」
銀髪青眼の小柄な少女が放ったギガントチェーンの、なんと恐ろしい破壊力か。
アトリアーナが加わり、さらに戦闘が続く。
空中では、頑なに教会に突入しようとする竜娘を、遼布が食い止めていた。
炎槍による刺突を受けながらも、遼布は武器を持ち替えて対応。
「鋼糸active。Re-generete。お前らに飛ばれると面倒だから、翼もがせてもらうぜ」
極細のワイヤーを活性化させ、遼布が翼狙いで攻撃を開始。
森林も同じ狙いだった。
精度を高めた鋭い矢を放ち、竜娘の翼を撃ち抜く。
集中攻撃を受け、竜娘の態勢が崩れたところに三日月の蒼刃が襲いかかった。
アスハの手から放たれた死刃蒼月が、ドラゴンメイドを斬り裂いていく。
と、戦闘の傍ら周囲を警戒していた森林が気づいた。
「別方向から新手です!」
新たに出現した無数のドラゴンメイドたちが、他方面から教会へと近づいていく。
敵の狙いはやはり、サバクとミズカか。
「……此方は任せましたの」
そう言ってアトリアーナはグラビティゼロに持ち替えながら、アスハと共に教会へと急いだ――。
●
「あん時のガキのおもちゃかよ……って何だありゃ」
俺のパチモンみてぇなんだけど、とドラゴンメイドを眺めながら呟く露姫。
自分と微妙にコンセプトが似ている気がして、あまり良い気分はしない。
いや、似ているだけならまだマシだ。
露姫の視線はメイドの胸に注がれていた。
「……………………おい。なんであんなでけぇんだ、奴ら」
それは、もはや喧嘩を売ってるとしか思えないレベルで。
元々邪魔者が乱入してくれば徹底的に排除するつもりではあったが――巨乳が相手となれば尚更である。慈悲はない。
「全力でブッ潰す!!」
巻き込まれねぇように下がってろ、とサバクとミズカに指示を出しつつ、露姫はヘルゴートを発動。冥府の風を身に纏い、攻撃力と命中力を増幅させる。
教会内に這入ってきたドラゴンメイドたちが、ミズカに向かって迫っていく。
――が、それは読めていた。
「はーい、近づいちゃダメですよー」
エリーゼがスリープミストを設置し、竜娘の動きを制限する。眠りを誘う魔法の霧は致死へと至る罠だ。さすがにこれには迂闊に飛び込めまい。
漂う霧を迂回し、1体がミズカへと最接近。しかし死角は雨の悪魔が補っていた。
「花嫁を攫いに来るなんて、あのボウヤもいい演出をするじゃないか」
ハルルカが傘を模した優美な盾を掲げ、竜娘の炎槍からミズカを守る。
「――けれどまあ、招かれざるお客様にはご退場願おうか」
そう言って朱の雷を放ち、ミズカへと突っ込んできた竜娘を迎え撃つ。
ディアボロが牽制の朱雷に怯んだ隙を突いて、潜行していた露姫が狙撃。88mm魔導ライフルから放たれる大口径の銃弾が、ドラゴンメイドの厚みのある胸部装甲を貫いた。
「完全にミズカさん狙いですねー。サバクさんには全然興味ないみたいですし?」
エリーゼの言葉に、やはりミズカを誘拐することが目的か、と龍実が警戒を一層強める。
「離れないでくれ……サバクとの約束が守れなくなる」
ミズカを背に庇いつつ、双剣を構えて護衛にあたる龍実。
――サバクは冥魔陣営を抜け、ミズカと共に生きていくことを決めた。
「サバクが今を生きたいというのならば。自分はそれを助けよう」
エリーゼがスリープミストの範囲外に黒雷槍を投擲し、ドラゴンメイドをブチ抜く。
カオスレートが爆裂した漆黒の雷槍に続けて、露姫がアハト・アハトで追撃。ミズカに近づかせることもなくドラゴンメイドを抹殺することに成功した。
純粋な戦闘力では、撃退士側が明らかに優勢だった。
だが、敵の目的はあくまでミズカを捕まえること。
そしてミズカがネアの手に渡れば、現状は間違いなく一変する。
残ったドラゴンメイドたちが、なりふり構わずに全力で突撃。サバクを無視してミズカを捕まえようとするが――それは最終防衛線であるハルルカと龍実に至る前に阻まれた。
身を挺して壁となった、アスハとアトリによって。
「……この程度、か? 所詮は雑兵、だな……」
包帯を纏った右腕で炎剣を防ぎ、アスハがつまらなさそうに竜娘を一瞥する。ルドラのほうが百倍楽しめたぞ、という感じの冷たい目だった。
アトリアーナは炎槍が直撃して負傷したものの、動じずに攻撃に転じた。バンカーを地面に突き立て、死牙を発動。アウルによって生み出された巨大な獣の頭部がドラゴンメイドに噛み千切るように喰らいつく。
貪欲な獣の牙が吸収した生命力分、主たるアトリアーナの受けた傷が回復。即座に全快に戻る。
と、そこで外のドラゴンメイドを倒した森林と遼布も援軍に駆けつけた。
「逃げ場はありませんよ」
「結婚式場を荒らした責任は取ってもらうぜ?」
竜娘には、もう打つ手がなかった。
ミズカは撃退士たちによってがっちり守られており、隙はない。
サバクもほんの少しだけ、ドラゴンメイドに同情する。
「これで、終わり、だ」
「それじゃ、これはおしおきということで!」
そう言って、アスハが蒼刻の光雨を、エリーゼが裁きの光雨を、それぞれ発動。
教会の中に、怒涛のW光雨が降り注ぐ――。
●
「これで全員治りました」
治癒の葉で応急手当を終え、森林が息をついた。
軽傷の者が多く、負傷者は完治できた。結果的には、実質ノーダメージでドラゴンメイドの襲撃を乗り越えたことになる。
「……テメェらには、また世話になっちまったな」
もしも今回集まった撃退士たちがいなかったら、と思うと肝が冷えるサバクだった。
この借りは、必ず返す。
「なぁ、ダチ公。今回みたいにヤバそうなことになったら連絡しろよ。いつでも手ぇ貸すぜ。もちろん、遊びの誘いでも構わねぇけどな」
冗談混じりの遼布の言葉に、不死王は素直に頷いた。
また遼布たちと遊びたい、と思ってしまう自分は軟弱になったなと感じながら、しかしそれは不快な感覚ではなく、むしろ――。
中断されていた結婚式が再会し、今度は遼布やアスハも参列した。
不死王のキスシーンはみんなの手によって保存されており、絶好のいじりネタとなった。
終盤、ミズカがブーケトスを行った。
花嫁が投げた花束を受け取ったのは、アトリアーナだ。
こうして結婚式は大成功となったのだが、今日のようにネアがまたちょっかいを出さないとも限らない。
「……困ったときは、力になりますの。おともだちとして」
いざという時は助けにいく。
そうミズカと約束を交わし、アトリアーナは連絡先を渡した。
「……写真もできたら、渡しにいきたいので」
付け足すように言うと、ミズカは嬉しそうに笑った。
「ミズカさん、『サバクさん』、お幸せに〜」
別れ際、森林はそう言って2人を祝福した。
森林の中では、今のサバクはもうヴァニタスではなく人間の扱いだった。
不死王と少女が共に寄り添いながら、ふたたび人里離れた辺境の地へと去っていく。
その左手の薬指には、アスハとハルルカから貰った結婚指輪が輝いていた。
物語の終わりを、ハルルカが告げる。
「――こうして不死の王は花嫁を手に入れ、二人で静かに、そして幸せに暮らしましたと、さ」
願わくば、永遠に。
不死王と花嫁の幸福を願って、撃退士たちは2人の後ろ姿を見送った。