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マスター:烏丸優
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/14


みんなの思い出



オープニング

●不死王と隷従の少女

 砂のようにざらざらした男の声と、抑揚のない少女の声が交わる。
「ミズカ、サーカスに行くぞ」
「どうしたの急に」
「知り合いに誘われたンだよ。たまにはそういう馬鹿騒ぎも悪くねェだろ。今回の目玉は火の輪くぐりとナイフ投げ、トランポリンの三本らしいぜ。面白そうだろ?」
「……別に興味はないけど、いいよ。行く。あなたに置いて行かれたら、私、困るもの」
「じゃあ決まりだな。おら、行こうぜミズカ」
「……なんか、こんな話をしていると、普通のカップルみたいだね、私たち」
「ハッ、何アホなこと言ってやがんだ。テメエなんざせいぜいペットだっての」
「……うん。そうだよね……」
「あァ? なんか言ったか?」
「なんでもない。……サーカス、楽しみだね」


●Devil Circus(悪魔のサーカス)への招待状

『――ダルい前置きは抜きだ。テメエらには、俺様が用意したルールに従って『火の輪くぐり』を演じてもらう。
 悪魔の家畜(エサ)にもなれねェ撃退士には似合いの役だろ? 獣の代わりに、せいぜい惨めに飛び跳ねやがれ。
 指定した時間までにテメエらが来なかった時は、仕方ねェ。観客として集めた人間どもに、『代役』を頼むとするぜ。
 人質を見殺しにするか、ノコノコ殺されに来るか、好きな方を選びな。
 期待してるぜ、ヒーロー気取り』


「ふざけやがって……!」
 怒りを露にした声音で、依頼斡旋所の男性職員が呟く。
 DC――悪魔のサーカス。狂気の舞台の幕が、また開こうとしている。撃退士や、罪なき人間たちをも巻き込んで。
「差出人はサバク……あのミイラ男か。しかし今回は奴の討伐よりも、人質の無事が最優先だ。下手な真似はできん。向こうのルールに従わざるを得ないだろうな……くそっ」
 サバクの言う『火の輪くぐり』とは、どうやらディアボロとの強制戦闘を指すようだ。炎のリングを放つディアボロを撃破できるかどうか、という単純なものらしい。
 ただし、失敗は観客と演者の死を意味する。
「奴が用意したディアボロは……ケルベロスか。事前情報によると比較的強めの部類に入ると思われるので、たかがディアボロと侮らず対処したほうが良いだろう」
 神妙な面持ちで教師が続ける。
「ケルベロスを倒して、人質を解放させることができれば、ひとまず君達への依頼は成功だ。人質の安全を確保できた時点で撤退して問題ない。流石に、消耗した状態でヴァニタスと戦うのは危険だからな。だが、君達にサバクに一矢報いる算段があるのならば、遠慮は要らん――思い切り、叩きのめしてやれ」


●殺戮の遊戯

 暗い森の奥で、獣の唸り声が響く。
 周囲をテントに見立てた結界に閉ざされた空間の中央にいるのは、多頭の魔獣。神話に登場する狼を模したディアボロ・ケルベロスだ。
 テントの隅では、サバクに捕らえられた人々が固まっている。老若男女が入り混じり、中には屈強な男も居たが、『何かあった』のか、彼らからは抵抗の意思も逃走の気概も欠落していた。
 今や彼らの大半は死の恐怖に震えていたが、中学生と思しき一人の少女だけは、淡々と無表情を貫いていた。
 人質に扮する異質な少女が、離れたところにいるサバクを見つめる。サバクは撃退士の到着を待ち望んでいるのか、凶悪だが嬉々とした表情を浮かべていた。

 どうして人を殺すの? という少女の問いに、かつてサバクはこう答えた。愉しいからだ。

 その感覚は、少女には分からない。けれど、そんなサバクが少しだけ羨ましい、と思った。サバクと出会う前、少女には愉しいと思えるものなんて何一つとしてなかったから。
『生きていること』と『生きる』ことは違う、と少女は思う。逃げ出したい日常から実際に逃げ出してみて、改めてそう感じた。生きる意味を見出せないまま生きていることは、きっと死んでいることと変わらない。
 ふと、少女は廃教会での出来事を思い出した。
(……そういえば、どうしてあの人は私を見逃してくれたんだろう)


 ※※

 わざわざサバクが道化の悪魔マッド・ザ・クラウンの『遊び』に乗ったのは、結局のところ『殺し甲斐のある連中と戦いたい』という欲望があるからに他にならない。
 勿論、この狂気の宴が面白そうだからこそ参加しているのだろうが、それは建物のようなもので、サバクにとっての本当の『遊び』は、むしろ曲芸まがいの戦いが終わってからが本番なのだ。
 火の輪くぐりは正真正銘の余興に過ぎず、人質たちは撃退士たちを誘き出す餌に過ぎず、そしてケルベロスすら、撃退士たちを篩いにかける舞台装置に過ぎない。
「――ケルベロス如きに殺されるような雑魚なんざ、ハナっからどうでも良いンだよ。あの程度のディアボロに負ける連中なら、俺様が直接相手をする必要もねェ」

 俺がいちばん戦いてェのは、互角の殺し合いができる強ェ奴だけだ。そいつらなら、きっと俺を――。

「……早く来なァ、撃退士! 愉しい愉しい殺し合いが待ってンぞォ! ヒャハハハハハハハ!!」


リプレイ本文




 サバクに招かれた撃退士たちが、テントを模した結界内に入っていく。
 猛獣と、もっと恐ろしい怪物が待ち構える、檻の中へと。

 テントに踏み込んで数歩。戦うべき敵と救うべき命の姿を確認したところで、桐原 雅(ja1822)は脚を止めた。
「まったく……こんな余興は勘弁して欲しいね。小細工抜きで真正面から来てくれる方が、ボクは好きだよ」
 淡々と呟く雅。青色の瞳には、長躯の怪人が映し出されている。
「……あまり良い趣味とは思えんな」
 包帯男のヴァニタスを見据え、一月=K=レンギン(jb6849)が静かに言い放った。その隣で、御堂 龍太(jb0849)も苛立たしげに言葉を吐き出す。
「ったくもう……あたし達に用があるなら直接来ればいいじゃない。一般人を巻き込むなってのよ……」
 女性陣の冷たい言葉に続いて、流麗な刃音が音高く響いた。黒色の直剣を抜き放った志堂 龍実(ja9408)が、その切っ先をサバクに向ける。
「――約束しろ、ルールを護る限り……人質には手を出さないと!」
「ハッ、安心しな。テメエらが下手な真似さえしなけりゃ、連中は生かしておいてやるよ。あのカスどもを救いてェなら――せいぜい死ぬ気で戦いやがれ」
 愉しげな、残忍な表情を浮かべる不死身の殺戮王。場の主導権は、間違いなくこの男が握っていた。
 定められたルールに従うしかない。だが、
「負けません……捕まってる人たちも助けてみせます! ……僕の力が、役に立つならッ!」
 怖気づくことなく、レグルス・グラウシード(ja8064)が一歩を踏み出す。撃退士たちは、確かな勝算をもってこの場に立っていた。

「やあ、御機嫌ようサバク君。今日は招待ありがとう」
 ハルルカ=レイニィズ(jb2546)が不死王に名乗り、恭しく一礼する。
「いつかの夜の花火も良かったけれど、サーカスというのも悪くない。惜しむらくは、演者ではなく観客として呼んで欲しかったかな」
「相変わらず愉快な奴だな、悪魔女」
「その悪魔女という呼称はよろしくないね。これでは該当者が多すぎて私という存在が埋没してしまう。もっとフレンドリィに『ルルちゃん』と呼んでみないかい? ふふっ」
 ヴァニタス相手に、飄々とおどけてみせるハルルカ。洗練された道化師のように、彼女は唇に優雅な微笑をたたえていた。
 ふと、低い唸り声があがった。地獄の底から聴こえてくるような猛獣の鳴き声に、人質たちが条件反射的に身を竦めた。同時に、チェシャ猫の笑みが消える。
 ハルルカは蝙蝠の翼を顕現すると、大剣を召喚。腰に生やした翼で宙に浮き、長大なツヴァイハンダーを構えた。
「……さ、冗談はこのくらいにして」
 冷めた深藍色の瞳でサバクを見下ろし、雨の悪魔が告げる。


「――ショータイムの、始まりだ」







 三ツ首の狂犬がそれぞれの口を大きく開いた。口腔内に赤いアウルが収束し、即座に解放される。
 轟音の三重奏と共に放たれたのは、業火の円環。
『火の輪くぐり』の始まりだった。

 燃え滾る炎の一輪が、中津 謳華(ja4212)へと迫る。謳華は防御を優先。爆炎の大輪を、双腕で防ぐ。
「……犬か。少しは……歯ごたえがありそうだな」
 超高熱の火炎をその身で受け、なお修羅の笑みを崩さない謳華。最硬を目指す男は伊達ではない。直撃で流石に意識は揺らぎかけてるが、ダメージ自体は軽微だった。

「っ……掠めただけでもこの威力とはね。中々やるじゃないの」
 龍太のもとにも火の輪は殺到していた。全力で回避しようと試みたが、惜しくも避けきれず微かに炎に触れてしまった。猛火は接触部位から燃え広がり、体が焼け落ちるように熱い。

「せっかくサバク登場だってのに、厄介の番犬がいやがるな」
 吐き捨てるように呟き、蒼桐 遼布(jb2501)がまっすぐと跳躍飛翔。迫り来る火の輪へと飛び込み、輪の中を潜り抜けた。
 灼熱に彩られた輪の中心は、大きな空洞だ。飛び込めば避けられないことはない――が、もっとも完全に回避できる保証はない。恐怖を拭い去ることは難しいだろう。
 何とか炎環を避け切った遼布が着地。そのまま左側面からケルベロスへと突撃していく。
 同じく龍太も疾走。祝詞をあげつつ、ケルベロスの後方へと向かって駆ける。他方向からの同時攻撃で的を絞らせない算段だ。

 雅とレグルスが正面からディアボロに接近する。ケルベロスが攻撃して動けない間に、レグルスが一気に距離を詰めた。
 レグルスは口上と共に、シールゾーンを展開。封印を試みたが、惜しくも失敗した。カオスレートを抑えていたのが裏目に出たのかもしれない。
 狂える魔獣はすぐさま反撃に移った。
 ケルベロスの閉じた口から火炎が溢れる。数瞬遅れてレグルスがデュエリングシールドを構えようとした刹那、銀閃が煌いた。ケルベロスの右前脚を、細いワイヤーが切り裂く。
 雅の操るジルヴァラの鋼糸だった。咄嗟に脚を戻してケルベロスが後方へと跳び、正面の二人から離れた。そして三連の火の輪が、改めて発射される。
「…………」
 炎環の一発は、レグルスに向かったが、デュエリングシールドによる受け防御に成功。けれど獄炎がレグルスを飲み込む。
 残る二発は上方へと飛んでいった。その軌道を観察するように、雅は炎環の動きを目で追っていた。

 ケルベロスが標的としたのは、上空を離れて飛行する一月とハルルカだった。
「くっ……」
 黒翼で舞う一月が、燃え盛るリングの真ん中をくぐる。一月は火炎に触れることなく、無事に逃げ切った。
 ハルルカは下向きに手をかざし朱雷を発動。直後、雷鳴が炸裂。斜め下から向かってくる炎環の中心に、朱色の雷撃が落ちていく。
「――その威で以て、響け朱雷。素敵な調べを奏でておくれ」
 輪の中を通って、雷撃がケルベロスに到達。右の頭部を貫き、盛大に雷光が爆ぜる。一方のハルルカは軽やかに炎環の中央をくぐり抜け、無傷のままだ。当たっていれば強靭なハルルカといえど無事では済まなかっただろうが、全て狙い通りに決まった。夜の空中散歩でもするように、彼女は自在に空を舞っていた。

 痛みに悶えるように暴れるケルベロスに、銃弾の雨が降り注ぐ。ショットガンで応戦する一月だった。血肉を啄ばむ鴉のように淡々と銃弾を撃ち込み、ディアボロの肉体を削ぎ落としていく。
「貰ったわ!」
 隙を窺っていた龍太が、遠距離からルキフグスの書で魔法攻撃を放った。生成された黒いカード状の刃が、ケルベロスの意識外から飛来し、後足に突き刺さる。

「僕は盾、みんなを護る盾……この程度で、負けていられませんッ!」
 状態異常を自力で解き、レグルスがライトヒールを自身に施す。アウルの光で細胞を活性化し肉体を治癒し終えたレグルスが、続けて前に踏み込む。
「僕の力よ! 邪悪なる者をすべて打ち砕く、流星になれッ!」
 コメットがケルベロスに降り注ぎ、爆裂。重圧を受けた魔獣の頭ががくんと下がり、図らずも伏せのような姿勢に変わる。
「貴様には、その姿が似合いだな……」
 朦朧から脱した謳華が純粋なる殺意を込めて、『爪』の一撃を放つ。衝撃と共に殺意が吹き荒れ、ケルベロスの注意を引き寄せる。お前を殺す者が此処にいる、と。
 一瞬だけ、三頭すべての意識が謳華へと注がれた。そのわずかな一瞬を、龍実が突いた。
 謳華が注意を引き付けた隙に、逆側から突撃した龍実が双剣を乱舞させる。黒と白の斬撃が飛び交い、魔獣の右頭部をずたずたにしていく。
 重圧を跳ね除け、ケルベロスが阿修羅を迎撃。残った二つの首から火炎を放ち、防御主体である謳華と龍実の肉体を焼き払う。謳華と、咄嗟に受け身を使用した龍実は、強烈な火傷を負いながらも何とか耐え抜いてみせる。
「騎槍active。Re-generete!」
 その間に肉薄していた遼布が、ディバインランスを召喚。左の首めがけて円錐槍を突き出し、一気に刺し貫く。その衝撃と激痛で魔犬が思わず仰け反る。

 純白の羽根が舞う。それは飛燕の速度で駆ける雅のものだった。
 サイハイソックス型の美麗な武装で脚部を包んだ雅が、一気に接近。改造モルゲンレーテ。天のアウルで仄かに輝く白絹のようなオーバーニーソックスは、雅の脚線美をより一層引き立てていた。
 ワイヤーは彼女本来のスタイルではない。雅が得意とするのは足技。接近戦・格闘戦こそ、雅の本領発揮。
 ケルベロスが幾度目からの炎環で雅を迎撃する。が、雅は動じない。この技はすでに見切っている。
 雅が地面を蹴る。頭から飛び込んだ雅は、火の輪のど真ん中をくぐり抜けて、華麗に着地し――前転の勢いでそのまま攻撃に移行した。
「その無駄に多い頭に叩き込んであげるよ」
 ブリュンヒルデドレスの裾が翻り、サイハイソックスで太腿上部までを纏った右脚が一閃される。戦乙女の蹴撃を浴びたケルベロス中央の首が、吹き飛ぶようにして弾けた。
「さあ、これで幕引きと往こうか」
 続けざまにハルルカが上空から舞い降りる。垂直に落ちてきたハルルカの声と刃が、ケルベロスの大きな背中に突き刺さった。噴き上がる血飛沫が、ハルルカの顔や衣服を濡らす。
「その首、頂くぞ……」
 上空から声。エクスプロードを構えた一月が降下していた。獲物を捉えた大鴉は、一切の容赦をしない。これ以上の反撃は、許さない。
 炎色と闇色が入り混じった灼熱の大剣が、一気に薙ぎ払われる。

 肉と骨を斬り裂く斬音が、テントの中に確かに響いた。





 ケルベロスの死亡と同期するように、結界が消失していく。
 この『火の輪くぐり』は、撃退士たちの勝利だった。

「演目が終わればゲストたちのお帰りだ。森の中ほどまでエスコートして差し上げよう」
 いち早く動いたハルルカが、萎縮している人質たちを声をかけた。
 近くの安全な場所まで案内する、という女撃退士の言葉に、人々の顔に光が戻っていく。たった一人の少女を除いて。

 同時に、雑な拍手の音が、無事に演目を終えた撃退士たちを迎えた。
「まさか全員生き残るとはなァ。こいつは嬉しい誤算だぜ」
 適当そうに手を叩きながら、サバクが前に出ようとして、その先に謳華が立ちはだかった。
「……それだけ闘気を滾らせられては、警戒もするというものだ」
 身構える謳華に、サバクが凶悪な笑みを濃くする。
「茶番はこれで終わりだ。ここから先はルールも糞もねェ――テメエらには、ホンモノの殺し合いに付き合って貰うぜ」
 撃退士たちが瞬時にアイコンタクトを通わせる。こうなることはある程度予想できていた。ならば、あとは打ち合わせ通りにやるだけだ。

「さて、それじゃ往こうか」
「あ……」
 サバクの言葉を尻目に、ハルルカが人質全員を追い立てるようにして外へと向かう。遅れる者が出ないよう、後方から。
 もはや人質たちに興味はないのか、サバクは特段追うこともしない。ただ、ハルルカと戦えないのが少し残念そうではあった。それともうひとつ、何か少し驚いたような表情もしていた。
「……まァ良い。今はテメエらと殺り合うのが先だ。楽しもうぜェ、戦いって奴をよォ――!」
 かくして、第二幕が幕を開ける。


「……中津謳華。参る……!」
 名乗りを上げた謳華が、不死身の包帯男に迫る。その身に纏うは黒焔。
 間合いを詰め、始祖を模倣した墨焔の技をサバクに纏わせる。墨焔は竜の顎を模して、包帯に覆われたサバクの胸板に喰らいついた。何かを奪い取るようにした後、竜が謳華へと舞い戻る。
「ヒャハハハ! どうしたァ! そんなんじゃ俺を殺すには全く足りねェぞ!」
 サバクが腕を振り上げて反撃。痛打を見舞おうとして、割り込んでき大剣に阻まれた。
「よぅ、サバク!! 久しぶりだな。君は相変わらずかい?」
 削竜を振るう遼布だった。すでに右腕は龍体化している。『時間稼ぎ』が目的とは思えないほど、最初から全力だった。
 複数刃で出来た刀身三本を一纏めにし片刃の大剣――ゾロアスターの特異な斬撃が放たれ、サバクの胸板が包帯ごと削れ斬られる。
 サバクは歓喜の声をあげた。
「ヒャハハハ! 逢いたかったぜェ、龍野郎! あの時の借り、ここで返してやンよォ!」





 避難所から引き返す途中、ハルルカは不思議な少女に問うた。
「うん? 一緒に戻りたいのかい? 折角だから、連れて行ってあげるよ」
「わ、私は……」
 少女は、首を横に振った。





 赤色の刃が、嵐のように吹き荒れる。
 血啜りの紅刃。敵の血を啜り自らの糧とする、サバクの広範囲吸血攻撃だ。
「くっ……厄介な……」
 紅刃に体中を切り裂かれ血を流しながらも、一月は耐えていた。神の獅子たるエーリアルクローを装備し、再び降下攻撃を狙って飛翔していく。全力で援護する構えだ。
 ケルベロス戦で消耗していた謳華も紅刃を浴びたが、限界寸前で耐えていた。さきほどの一撃のおかげだ。
「まだ、倒れん……! 生命を奪う闘い方は、貴様だけの専売特許ではないぞ……!」
「ハッ、おもしれェ! そうこなくっちゃなァ!」
 謳華にとどめを刺そうとサバクが踏み出した瞬間、龍実が突進。双剣を薙ぎ、狂人に連撃を浴びせていく。
「サバク……! オマエは何故、わざわざ……人質を取った? 前回に続いて……オマエは何故――?」
 干将莫耶で組み合いながら、龍実がサバクに問う。
「あァ? ンなもん決まってんだろうが。テメエらみてえな少しは歯応えのある連中と戦いてェだけだ。それ以外に理由なんざねェ」
「……『強い奴と戦いたい』。本当に、それだけか」
「…………」
 数瞬の沈黙。それは、サバクにしては珍しい類の隙だった。
 好機を捉えたレグルスが、審判の鎖を放つ。
「僕の力よ! 邪悪なる者を縛る、鋼鉄の鎖になれッ!」
「――ちっ、くそっ、たれが……ッ!」
 撃ち込まれた裁きの光鎖が、包帯男の全身を締め上げ移動を封じる。それを引き金に龍実と遼布、一月、雅が立て続けに攻撃を繰り出した。
 怒涛の勢いで放たれる薙ぎ払いの斬撃、爪撃、蹴撃の数々。いかにサバクといえど捌き切れない。特に高速機動で背後を取った雅の一撃は痛烈だった。
 駄目押しに、龍太が八卦石縛風を発射。意識を刈り取られた隙を突いて直撃した石化の邪風が、サバクの肉体の端々を石像に変えていく。
 引き際だった。
「今回は救出が主目的だからこれで退かせて貰うぜ。俺はまだ戦い足りないけどな……とりあえず、俺の勝ちってことでいいか?」
 物足りなさげな語調の遼布。不死身の男は太い溜息を吐くと、
「ったく、どいつもこいつも温い真似しやがって……仕方ねェ。負けは負けだ。認めてやるよ」
 と、拗ねたように言葉を吐き出した。
「最後まで戦える日を楽しみにしてるぜ。それじゃあな」
 縮地で加速した遼布が、風のように去っていく。鮮やかな撤退だった。
 残る撃退士もヴァニタスが動けない隙に離脱していく。龍実も答えを訊くより撤退を優先。殿を買って出た謳華が、最後にサバクを振り返った。

「任務優先でな……次見える時はその心の臓、貰い受ける」


依頼結果