●刹那のプレパレーション
迫り来るレイン (jz0211)や精鋭揃いのディアボロ部隊を迎え撃つべく、撃退士たちは即座に陣形を展開していた。
弥生姫を抜刀した一条常盤(
ja8160)が、敵前列に視線を向ける。
「将を射んと欲すればまず馬を射よ、ここを崩せばあるいは……」
正面から向かってくるのは、蛇頭の毒騎士ポイズンナイトが五体。その後ろには半蛇の妖娘ナーガが三体に、蒼鱗の竜蛇ナーガラージャが一体。こちらの攻撃を少しでも多くレインに届かせるためにも、まずはこれらの戦力を削るのが有効だろうか。
黒井 明斗(
jb0525)は正面に立つと、厳しい表情で敵を見据えた。眼鏡の奥の瞳には、決意が漲っている。
「勝つ、その為に命がけで戦う! それだけです」
明斗が吼え、アウルの衣を発動した。自分や周囲の仲間たちの全身に加護のヴェールを纏わせ、魔法に対する防御力を強化していく。
巫女服の少女が、明斗に続いて前に出る。
「しらへび様、どうか、私に加護を……」
久遠寺 渚(
jb0685)が祈るように手を組み、四神結界を構築。結界内にいる味方全員の防御能力を大きく上昇させる。
「さて、行こうか、ストレイシオン」
淡々と言って、長幡 陽悠(
jb1350)がセフィラビーストを高速召喚。呼び出した蒼竜の幼体に、命令を告げる。
「頼みたい事は単純だ……全力で守れ」
主人の言葉に頷くと、ストレイシオンは魔力を一気に解放した。一時的にダメージを減少させる防護結界を周囲に張り、接敵に備える。
鉄壁の布陣を敷く正面班から離れ、後ろに下がったのは陽波 飛鳥(
ja3599)だ。本来は前衛職である飛鳥だが、今回は継戦能力の低さを危惧してか後衛を選択していた。
手近な廃墟に駆け登り、飛鳥が敵を狙い撃つ準備に入る。
「本当は前に出たいけど――今回も頼んだわよ、SR‐45」
そう呟き、灼熱の焔を纏った飛鳥はスナイパーライフルを召喚。ヒヒイロカネに収納していた全長一〇四五mmの愛銃を具現化し、敵に銃口を向けた。
飛鳥がスコープの照準を定めた標的は、ナーガラージャ。竜にも似た蒼き大蛇は、暗青色に輝く二本の角を生やしていた。
蒼竜蛇の角からは特殊な魔力の波動が放たれ続けている。撃退士の霊的な感覚を大きく鈍らせる、強力なパッシブスキルだ。
「なーんか、体が重いですねえ。十中八九あの蛇の能力なのでしょうけど、いざ体感してみると中々にしんどいですよ」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が、やれやれと肩を竦める。努力を重ね回避力を磨き上げてきた少年奇術士にとって、これは手痛いハンディだった。
ただ存在するだけで戦場をコントロールする、厄介な能力。しかしこれを止めることができれば、流れは変わるのではないか、とエイルズレトラは思う。その影響力が大きいからこそ、最低限の撃破対象として名が挙がったのだろう、と。
「ここをどれだけ早く、確実に落とせるか、が第一段階、か」
冷静な声音で呟き、アスハ・ロットハール(
ja8432)が思考を働かせる。敵は目の前まで迫ってきている。すぐに動かなければ不味い。
賭け金が最大まで釣り上げられている今、限られた手札でどう戦うべきか。
「ハイリスクハイリターン、潔いのは嫌いじゃないよ」
闇の翼を広げ、ハルルカ=レイニィズ(
jb2546)が飄々と笑う。ハルルカは空を舞いながら、大剣の切っ先でディアボロを指し示した。
「いずれにせよ邪魔なのは、まあ最前列にいるポイズンナイトかな。耐久寄りの万能型、しかも庇護の翼もどきも使うとはね」
「出来れば初手で一気にポイズンナイトの数を減らしたいところだな。せっかくナーガやナーガラージャを攻撃しても、ポイズンナイトの『2回まで味方への攻撃を防げる』というスキルが発動するのは厄介というものだ……」
キャロライン・ベルナール(
jb3415)が頷き、櫟 諏訪(
ja1215)が言葉を継ぐ。
「自分も賛成ですよー? 結局のところ何を狙うにしても、ポイズンナイトのスキルを利用されると目的の敵にダメージが与えられず、効率的にダメージを与えられないのですよねー?」
敵は個々で見ても強力だが、連携することでその能力を最大限まで発揮している。無策で挑めば瞬殺されて終わるだけではないか、と諏訪。
エイルズレトラが一歩を踏み出す。
「ふむ。では露払いは僕が引き受けます。どこまで効果があるかわかりませんが、注目スキルも使ってみましょう。本命はよろしくお願いしますよ、アスハ先輩」
「そうして貰えると助かる、な。スリープミストなどを試しても良かったんだが……僕程度の魔力では、まず弾かれるだろうし、な。それに――」
隻眼の魔術師が、敵陣最後列に控える少女を睨む。レイン。死の雨を降らせるヴァニタス。彼女も放置しておくわけにはいかない。
かつて自分たちが殺し損ねた相手。今回こそ決着をつけたいところだ。
「そろそろこの戦いも幕引きといきましょう」
光焔の槍を呼び出したエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が、アスハと共にレインを見やる。
「愛しい愛しいレインちゃん……この出会いも、終焉を迎えるべき時です」
「皆さん、覚悟は決まったみたいですねー?」
アサルトライフルを携え、諏訪が微笑む。緑髪の狙撃手は、エイルズレトラと共に正面から敵を叩く構えだ。
「ここで一つ、前へ進まさせてもらいますよー?」
危険な戦いになるだろうが、勝算は零ではない。勝つ為に必要なピース――それぞれ活かせる能力や行動案は出揃っている、はずだ。
最終的に撃退士は、正面班・両翼班・飛行班の四班に分かれて動くことを決定した。正面班がポイズンナイトを足止めしている隙に、両翼班と飛行班が迂回してレインやナーガラージャを強襲する、という寸法だ。
飛行班のハルルカが、高度を上げていく。真下にはエイルズレトラ。
「それじゃあ私も往こうかな。正面班が壊滅した時はすぐに手を貸すから、安心したまえ」
「ハルルカ先輩、怖いこと言わないでくださいよ」
「ははは、すまないね。だが、質で劣る私たちが人数を分けても、持ちこたえられる保証はないだろう? 正面に固まれば範囲攻撃が怖い、というのも確かだけれどね」
「……なんか、嫌な予感がするんですけど」
少年奇術士の呟きを遮るように、レインの哄笑が響く。
ディアボロたちは、撃退士のすぐそばまで近づいてきていた。
●破滅の雨
「あははっ! まずはあなたたちから殺してあげますよっ!」
主導権を握った蒼き魔女が、掌に魔力を収束。蒼色に輝く魔法矢を生み出し、正面班めがけて発射した。標的は、前線に立つエイルズレトラ。
遠方から放たれたレインの光矢を、少年奇術士はスクールジャケットを消費することで完全に回避。直撃していれば気絶は確実だったが、崩れ落ちたのはトランプマン。身代わりだ。
その隙に、クラブのAを発動していたエイルズレトラが反撃。アウルで形成したカードの渦を、前衛のポイズンナイトへと飛ばす。
物理性質を帯びた無数のカードが蛇騎士の全身に貼りつき、圧迫したが――その束縛はすぐに解けた。
「やはり効きませんか……参りましたね」
ポイズンナイトの特殊抵抗力は低くはないらしい。エイルズレトラは自身に注目効果を付加しているが、その効果が現れた様子もなかった。
奇術士の眼前で、ポイズンナイトの右腕が霞んだ。直後、蒼い剣閃がエイルズレトラの脇を通過。魔術的作用により異常な長さまで伸びた蛇腹剣が、後衛のキャロラインに襲い掛かる。
キャロラインは咄嗟にブレスシールドの術式を紡いで対抗。聖なる祝福を受けた防壁を作り出し、荒れ狂う蒼銀の刃を受け止める、ことはできなかった。
刃が盾の表面を踊り、堕天使の胸元に叩き込まれる。ディアボロの攻撃はカオスレートの影響で、破壊力と精度が増大していた。だが、渚と陽悠が先んじて展開していた結界の加護を受け、少女は耐え抜いた。
「ふん、そうでなくてはな」
珠のような汗を滲ませながらも、キャロラインが好戦的な笑みを浮かべる。負傷率は五、六割といったところ。これくらいで倒れるわけにはいかない。
残る毒蛇の騎士たちも矢継ぎ早に蛇腹剣を撓らせる。合計四条の刃が円弧を描き、その一つが常盤へと向かった。
常盤は避けない。ナーガラージャの能力がここまで波及している以上、下手に逃げるより賭けに出るべき、と判断した。腰を落とし、刀に手をかけたまま狙いを定める。
「そこですっ!」
蛇腹剣が最大距離まで伸びきった瞬間を見定め、常盤が神速の刃を振り抜いた。狙いは、構造上脆弱と思われる剣身の関節部。
甲高い金属音と共に、衝撃でポイズンナイトの刃が弾かれる。
けれど、蛇腹剣の破壊には至っていない。戦いの女神は、敵に味方をしたらしい。
「流石に、一度で成功させるのは難しい技でしたか……」
小さく呻き、常盤が後方に飛び退く。アウルを集中し、さらなる切り札であるスキルの準備に入ろうとして――その隙をディアボロに追撃された。
自在に跳ねる剣閃が、少女剣士に迫る。
常盤に前に影。近くにいた陽悠が咄嗟に飛び出した。陽悠は常盤を庇い、飛来した蛇腹剣をその身で受けた。
「っ……少しでも長く皆さんに立っていてもらわないと、困りますからね」
痛みに悶えながらも、陽悠が乾いた笑みを浮かべる。同時に、正面班の防御を支えていたストレイシオンの防護結界が、時間経過によって消失。
接近される前に、と渚がヨルムンガルドを猛射する。銃弾を蛇に変え、蟲毒の一撃を飛ばした。
毒を無力化したポイズンナイトの一体が渚に反撃。ロングレンジを保ったまま、刃を伸ばして攻撃してきた。蛇腹剣が渚の体に絡みつき、服や皮膚を斬り裂いていく。
即座に御幸浜 霧(
ja0751)が軽癒の法術を発動。小さな紫光で渚の傷を癒し、失った生命力を回復させる。他にも生命力が半減した味方がいれば、防御力の劣る者から回復させていく構えだ。
明斗にも蛇腹剣が伸びる。幾度目かの刃が、青年に直撃。
だが、明斗は倒れない。体内を駆け巡る麻痺毒を中和し、敵を睨む。
「ここは、付き合ってもらいますよ」
アウルの光翼を纏った明斗が大きく踏み出し、魔法を詠唱。敵陣にコメットをブチ込んだ。降り注ぐ彗星が、ポイズンナイト二体とナーガ一体に衝突。魔法攻撃ゆえ大きなダメージは与えられないが、重圧を付加することに成功する。
コメットの範囲から逃れていたナーガが動く。蛇娘は蒼色の魔法球を生成し、連射。三つの蒼い魔弾が、明斗やストレイシオンを襲う。
ストレイシオンと連動してダメージを受けた陽悠が片膝をつきかけ、ぎりぎりで踏ん張る。同じく、明斗も限界寸前で持ち直していた。二人とも、味方がレインを倒すまで持ちこたえる気概だった。
「まだです、まだやれます!」
キャロラインの『神の兵士』で再起した明斗が、気力を振り絞って二発目のコメットを紡いだ。再び放たれた彗星が、周囲の廃墟ごとポイズンナイトたちを押し潰す!
重圧により、ディアボロたちの動きは僅かに鈍った。その隙を押し広げるように、後衛のソーニャ(
jb2649)がアサルトライフルを猛射する。
『援護はまかせて』
意思疎通で直接味方に語りかけながら、ソーニャが援護射撃を続行。ディアボロに銃撃を浴びせていく。
好機と見て、諏訪が地面を蹴って大きく前進。前線に切り込み、狙撃銃に蓄えたアウルを爆発させた。
「――さて、ちょっと無理してでも一気に削らせてもらいますよー?」
諏訪の爽やかな宣告と共に、アサルトライフルの銃口から轟音が爆ぜる。
バレットストーム。暴風のような銃弾の嵐が、ポイズンナイトたちを次々と撃ち抜いていった。
弾幕の隙に身を潜めた諏訪に続くように、キャロラインが突撃。
前に飛び出したキャロラインが、シールゾーンの魔法陣を展開。地面一面に封印の術式が描かれる。
相手は魔法主体のディアボロたち。本来ならば成功し易い術ではないが、キャロラインは堕天使。冥魔側に対して効率的に打撃を与える高い技術を持っている。
シールゾーンによって、三体のポイズンナイトがスキルの発動を封じられた。その隙に、諏訪が再度バレットストームで畳み掛ける。リスクは承知の上。削り切れなければ意味がない、と怒涛の銃撃を繰り返す。
封印が解除されるまで、あと数秒。
通常攻撃で抵抗しようとしたナーガが動いた瞬間、飛鳥が遠距離から発砲。ナーガに炎の弾丸を撃ちこみ、ポイズンナイトへの援護を阻害する。
間髪入れずに常盤が踏み込む。弥生姫にエネルギーを収束し、渾身の封砲を放った。黒い衝撃波の渦が炸裂し、爆煙が立ち込める。
ポイズンナイトは防御スキルも身代わりスキルも使用できない。
今この瞬間が、最初で最大の攻め込むチャンス。
ハルルカが軽やかに舞い、空中からディアボロに迫る。重圧を受け封印を施され手傷を負ったポイズンナイト、その一体の懐に、ハルルカは飛び込んだ。
「――同族へのとっておきだ、遠慮なく貰っておくれよ」
雨の女悪魔が静かに掌をかざす。手の中に生まれた無色の力は灰の雪へと形を変え、毒蛇の騎士を無慈悲に包み込んだ。
灰雪を浴びたポイズンナイトの不浄な肉体が、溶けるようにして消え去る。それは紛れもなく、『冥魔を浄化する』一撃だった。
「魔を滲ませる灰の雪。穢れを雪ぐ、穢れた雪さ。堪能して貰えたかな?」
天の力を帯びたまま、ハルルカが薄く笑う。天を討つために人と結び撃退士と成ったハルルカは、一部の例外的悪魔と同様に『同胞殺しの能力』を獲得していた。
しかし――。
全身をぼろぼろにされながらも、ポイズンナイトは立ち上がった。懸念していたように、劣勢を押し返すための打点が足りない。
そして、封印が解けた。
「あはは、その人数でよく耐えましたね。ですが、あなたたちの足掻きもこれでお仕舞いです」
各種状態異常から脱したディアボロたちがそれぞれ攻撃態勢に入る中、レインが嗤う。
直後、レインの放った光の雨が、撃退士たちの視界を覆い尽くした。
交戦から十数秒で、正面班は壊滅した。
だが、正面班の目的は元々敵を倒すことではなく、敵を惹きつけること。そのために最低限の人数で編成したのだ。そしてその役割は、しっかりと果たされていたはず。
正面班が戦っている隙に迂回し、間合いを詰めていた両翼班の撃退士が、レイン主力部隊に向かって矢のように駆けていく。
吹き荒れる闘気を身に纏い、小柄な少女が疾走する。
「皆の頑張りは、無駄にはしないよ」
桐原 雅(
ja1822)は散乱する瓦礫や直進を遮る廃墟を意に介さず、素早く敵に向かっていた。
雅が重視しているのは機動力。ナーガラージャの能力で魔法回避力が低下すること、レインやナーガなど全体的に魔法命中に優れた相手が多いことなどを考えると、遮蔽物を壁にしても効果は薄いだろう、と判断していた。
事実、彼女の読みは正しい。ナーガラージャが健在な限り、撃退士にとって周囲の廃墟は射線を遮り接近を阻む障害物でしかない。逆に言えば、ナーガラージャさえ撃破できれば地形を利用した戦術も使いやすくなり、優位に立ちやすくなるだろう。そういった意味でも、この場におけるナーガラージャの価値は高い。
「厄介な布陣だね……」
迂回しつつ、鳳 覚羅(
ja0562)が冷静に呟く。ナーガラージャを狙うとして、やはりネックになるのはポイズンナイト五体の存在。
まずはポイズンナイトを無力化するか、スキルを消費させるしかないか? 状況を分析した覚羅はそう考え、ナーガラージャにガルムの銃撃を放った。
銃弾は大蛇に命中したが、ダメージを受けた様子はない。覚羅の予想通りポイズンナイトが肩代わりしたのだ。
隠密性を重視していたマキナ(
ja7016)がナーガラージャに接近し、二グレドを飛ばした。闇夜色のワイヤーが乱舞し、蒼竜蛇を攻撃する。が、これもポイズンナイトがダメージを受け止めた。
続いてマキナの逆方向、左側から炎刃が飛来。鳳 蒼姫(
ja3762)の放った紅鏡霊符が、ナーガラージャに命中した。ダメージはポイズンナイトに肩代わりされたが、ナーガラージャの意識を引くように蒼姫が護符を突きつける。
「お前の相手はこっちなのですよ!」
蒼姫の狙い通り、ナーガラージャがこちらに首を向けた。口から蒼炎が溢れるが、逃げはしない。魔法防御に関して言えば、蒼姫とナーガラージャはほぼ互角だろうと読んでいる。耐久性には自信があった。
蒼色の業火が吐き出される、寸前でなーがラージャの頭部に被弾。衝撃で攻撃の軌道がわずかに逸れ、蒼炎は青髪の魔術師の傍らを過ぎ去っていった。
その正体は、飛鳥による狙撃。彼女は射程限界まで後退し、何とか光雨から逃れていた。
飛鳥の後ろではフリーランス撃退士たちとディアボロたちが戦っている。位置的には流れ弾が飛んでくる可能性もあるが、彼らを信じて飛鳥は引き金を絞っていく。
「これで少しでも耐性を高めてくれ。気休め程度かもしれねーが……」
「そんあことなかばい。抵抗には自信がなかけん、凄く助かるとよ」
右翼。敵に近づきながら、虎落 九朗(
jb0008)が桃香 椿(
jb6036)に聖なる刻印を付加。特殊抵抗力を大きく上昇させた。
たまには真面目に、と椿が真剣な表情でナーガラージャを見据える。意地でも一太刀浴びせる、という覚悟が見て取れた。そんな椿を護るように、九朗が前に立つ。
「蛇のところまでは運んでやる。何がなんでもな」
ここで勝利を収めて、次の闘いへの弾みをつけたい所だぜ、と九朗。いつでもブレスシールドを展開できるよう、警戒を怠らない。
そうしてるうちに、雅と覚羅が一手早くナーガラージャに迫っていた。
ミストラルソードを装備した覚羅が、滅光を発動。カオスレートを高め、突破力を最大限まで引き上げて攻撃を放った。
純白の光を宿した暴風の聖剣が一閃される。
主武器をグリースに切り替え、雅を追撃。スタン成功率を底上げした状態から、一気にワイヤーで薙ぎ払う
どちらも決まれば強力な攻撃だが、いずれもポイズンナイトたちがダメージを吸収。ナーガラージャには届かない。
しかし、状態異常もポイズンナイトに付加された。騎士の意識が、一瞬だけ飛ぶ。
好機。
ゆるやかな半円を描いて動いていた大澤 秀虎(
ja0206)が、一気に踏み込んだ。弾丸の勢いで、レインの懐に入る。
秀虎が飛び込みざまに大剣をレインの肩口へと振り下ろす。ヴァニタスは後ろに退いて回避したが、一刀目はフェイント。
剣鬼が更に踏み込み、血色の野太刀を反転。少女の顎先を狙い、跳ね上げる。
強襲の斬撃は命中した。だが、手応えはない。
ダメージを肩代わりした五体目のポイズンナイトがその場に膝をつく。薙ぎ払いの一撃を受けたことにより、意識を刈り取られたのだ。
スキルを使い切り、あるいはスタンを受け、咄嗟に動けるポイズンナイトは最早いない。
「今だ! 叩きこめ!」
秀虎が叫び、オーデン・ソル・キャドー(
jb2706)が一気に接近。
飛燕の速度でレインのもとまで到達したオーデンが、サーブルスパーダを翻す。大剣が閃き、レインの脇腹を深く抉った。
生命力を大きく削り取られながらも、仇敵の出現にヴァニタスが笑う。
「っ……あはは! またあなたですか! おもしろい被り物をしてるから、すぐにわかりましたよ」
「ヤレヤレ、貴方との付き合いも長くなってしまいましたね」
嘆息交じりにオーデンが返す。今日は大根のマスクで素顔を覆っていた。これがおでんに魅せられ人界に堕ちた悪魔のデフォルトである。もっとも、中味はちゃんとした紳士なのだが。
静かな動作で大剣を構え直し、オーデンが朗々と語る。
「このまま、グズグズに煮崩れた大根の如き関係に突入しても良いですがね……過ぎれば腐ってしまうのですよ。雨の降り続いた、この土地のようにね。地面もおでんも、形を保つには、雨に止んで貰う必要があるんです」
――というわけで、とどめはお願いしますよ。
オーデンの飄々とした言葉を体現するように、蒼姫がレインに迫っていく。
「さあ、レイン! 今度こそ死合っていくですよ!」
蒼姫が両手で円を描き、円の中から蒼きリバイアサンを召喚。同時に、嫉妬の海蛇が吐き出した息吹のような蒼色の煙が溢れ出し、レインを包み込んだ。
「――その身に受けよ。蒼の炎を! 蒼の裁きを!」
燃え盛る蒼炎が、レインの華奢な身体を貫く。物魔の性質を反転した特殊攻撃は、効果抜群。たまらずレインの口から血反吐が零れた。
「がはっ……なかなかやりますね。たしか、この前もお逢いしましたっけ」
「この間の借り、ここで返してあげますよ」
レインと蒼姫が互いに睨み合う。蒼と蒼の視線が交わり――ハッとレインが後ろを振り向いた。
乱戦の隙にヴァニタスの背後に回っていたのは翡翠 龍斗(
ja7594)。龍帝を宿らせる修羅が、後ろからレインに襲い掛かる。
「気づかれたか。だが、この距離なら外さない」
そう言って、龍斗がアルニラムを繰る。物理命中に秀でた龍斗が放ったのは烈風突。高速の突撃を喰らい、痛烈な衝撃でレインの体が吹き飛ぶ。
「先輩……頼みます」
レインが吹き飛んだ先には、赤髪の魔術師。アスハは紅蓮のバンカーを構えると、杭先をレインに向けた。瞳には冷徹な殺意。絶対に、終わらせる。
「……いつかの続きといこうか、レイン」
言葉と共に、アスハが切札を発動した。人間の腕ほどの大きさがある超大型杭を装填、発射。
杭がレインにねじ込まれるのと同時に、アスハを中心に大爆発が発生。周囲の廃墟が崩れ、爆煙が立ち込める。
見た目こそ派手だが、レインには大きなダメージは入っていない。レインの碧眼は疑問に揺れていた。
「……魔法? なんであの人が、あたしに?」
これまでの戦闘から、アスハは近接物理型だとレインは看破しているし、相手もレインに生半可な魔法が通じないことは知っているはず。捨て身で挑めば通じるとでも思ったのか? いや、だとしても――。
思案するレインの眼前から光。
爆煙を貫いて飛び出してきたのは、エリーゼの放った光焔の槍・レヴァンティン。煙幕で隙を突いて撃ち込まれた灼熱の魔法槍を、レインはぎりぎりで受け止めた。
魔法槍を投擲したエリーゼが、レインに微笑む。
「この槍を憶えてますか? ヴァニタス・レイン」
「……あたしを傷つけた一撃を、忘れるわけないじゃないですか。今でも胸の傷が疼いて仕方ないですよ。でも」
ぐぐ、とレインが掌に力をこめる。続いて超高熱に肉が焼け焦げる音、そして光焔の槍が握り潰され、砕け散る音が響いた。
驚愕するエリーゼに、今度はレインが微笑みかける。
「ねえ、あなたたちはこんなものじゃないでしょ? あの時のあなたたちは、もっと強かった。あたしを殺しかけた撃退士たちは、忌々しいくらいに――素敵でしたよ」
言葉と共に、レインが両手に収束した魔力を解放。降り注ぐ光の雨が、撃退士たちの全身を貫き、生命力を根こそぎ奪い取っていく。
レインと両翼部隊が苛烈な戦いを繰り広げる。
次々と撃退士が倒れていく中、数名の撃退士はナーガラージャをしぶとく攻撃を試みていた。
互いを気にかけながら、Viena・S・Tola(
jb2720)とインレ(
jb3056)が上空からナーガラージャを攻撃する。偶然か必然か、二人とも同じことを考えて戦っていた。
ヴィエナが蒼天珠で物理攻撃を仕掛ける。蒼き風刃がナーガラージャの巨躯を斬り裂き、砕けた鱗が周囲に飛び散った。
上空のヴィエナに、ナーガラージャの意識が向く。蒼竜蛇の首が上を向いた瞬間、椿は走りだしていた。
「そいつを待っとったんや!」
椿の肩から腕を、迸る電撃が覆う。雷神の手。ナーガラージャの真下に潜り込んだ椿が、電撃の手でディアボロを掴み、電流を流し込んだ。
そこで、最後の力を使い果たした椿も地面に倒れる。だが、麻痺攻撃を浴びせ、動きを封じることには何とか成功した。
「……インレ」
「わかっておるよ」
ヴィエナの言葉に促され、インレが降下。折れた大剣を振り下ろし、ナーガラージャの角に一撃を叩き込む。
リンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)がさらに続く。
龍剣士が右手首の鱗に仕込んだヒヒイロカネから、大剣を召喚。自身の鱗を素材として改造したヴァーミリオン、その刀身にアウルを注ぎ込んでいく。
アウルの作用により、大剣と全身が闘志の如く燃える紅蓮に発光。強さを増した剣が狙うのは、インレ同様、ナーガラージャの角だ。
「その角、邪魔だ。悪いが斬り落とさせて貰おう」
ヴァーミリオンが奔り、蒼く輝く角に衝突した。角に小さな亀裂が生じるが、まだ折れない。
ならば、とリンドが大剣を体内に取り込み、高密度エネルギーを口腔内に収束した。
「これで……どうだ!」
驚天動地屠ル也。
迸る雷光が、蛇の王たるナーガラージャを角をついに破壊。同時に、それまで撃退士を苦しめていた波動が弱まる。
そこが、撃退士たちの限界だった。
憤怒の蒼蛇竜が、撃退士たちに反撃の蒼炎を放つ。
●犠牲
撃退士は善戦したが、盾役のポイズンナイトへの対処が足りなかったのか、敵に効率的にダメージを与えられず、最終的に一体のディアボロも撃破できずに壊滅した。
意見の擦り合わせがもう少しできていれば、最低限の成果程度は得られたのだろうか。
レインがゆっくりと気絶した撃退士たちに近づいていく。レインも傷だらけだが、ヴァニタスならすぐに回復する程度の負傷度だった。
作戦は失敗。撃退士たちに残された選択は、撤退のみ。
「私たちが時間を稼ぐ。君たちはそのうちに占領区域外に離脱しろ、いいな」
「……わかった。料金分は働いてやる。後は任せたぜ」
地元撃退署に勤める国家撃退士たちが、レイン主力部隊の前へと出る。逆に、金で雇われた傭兵撃退士たちは、戦闘不能者を抱えて大きく後ろに下がっていく。
国家撃退士たちは、いずれも同僚や部下をレイン一派に殺されている。だからこそ今回、仲間の無念を晴らすため、危険を冒してまで奪還作戦に参加していた。
最期に、国家撃退士のひとりが、学園生たちを振り返った。影が差し込み、その表情は見えない。
「仲間の仇は頼んだぞ。絶対にあの化物を倒して、この地を魔女どもの手から取り戻してくれ、いいな?」
それだけ言い残して、名も分からない撃退士たちがレインへと突撃していった。その周囲には打ち損ねた多数のディアボロ。勝ち目など、あるわけがなかった。
「いくぞ、このままじゃ全滅だ」
雇われ撃退士たちが、国家撃退士たちの指示に従って学園生を連れて逃走していく。
すぐに戦場が見えなくなる距離まで、離れていった。
遠くから剣戟や銃声といった戦闘音が鳴り響き、やがて弱まり、そして消えた。
この作戦の失敗は、地元撃退署に深刻な打撃を与えた。
だが、希望の芽は潰えてはいない。
国家撃退士たちから願いを託された学園生たちは、まだ命を繋いでいる。まだ、戦える。
学園に戻った生徒たちに、教師が告げる。
「次に失敗すれば、おそらくもう後はない。今回の失敗を糧に、今度こそ作戦を成功させてくれ」
――彼らの犠牲を、無駄にするな。
教師の言葉が、撃退士たちの胸に突き立てられた。