●開戦、強襲
「辛いのも、苦しいのも……終わりにしましょう。悪夢とは必ず覚めるものです」
齢六十の撃退士、八重咲堂 夕刻(
jb1033)が告げる。言葉強く、部隊を奮い立たせるように。
「――東北に、朝を告げに参りましょう」
オッドアイの少年、夜劔零(
jb5326)が冷たい眼光を前方に向ける。
彼の視線の先では、敵の主力と見られる超多量のディアボロたちが蠢いていた。
光纏し、死神が吼える。
「東北最後の決戦と行こうか……冥魔共!!」
小さな影が戦場を駆け抜けていく。
長い黒髪を靡かせて冥府の魔軍に突撃したのは、幼い風貌の少女。頭に大輪の髪飾りを付けた瞬身の少女は、野獣のような金色の瞳をしていた。
不敵な笑みを口許に貼り付け、黒百合(
ja0422)が歓喜にも似た声をあげる。
「この量の敵ィ……喰らい切れるかしらねェ……♪」
言葉と共に、黒百合はショットガンを素早く構えた。違法部品が組み込まれ、銃剣や照準器が施された改造銃の銃口は、蠢く骸骨兵士や腐敗兵へと向けられていた。
襲撃者に気づき、最前列にいたディアボロたちが慌てたようにして戦闘態勢へと移る。けれど、間に合わない。
黒百合が散弾銃の引き金を絞った刹那、その傍らを高虎 寧(
ja0416)が過ぎ去った。シャイニースピアを手にした寧が、さながら流星の如くに突貫していく。
眠れる虎の狙いは、厄介な能力を秘めた蜘蛛女アラクネー。
伊達眼鏡の奥で、紫炎の瞳が一瞬だけ鋭く光った。
「……まずは一体」
リザベルまでの道を切り開かんと、寧は影手裏剣・烈を発動。槍の穂先に濃縮されたアウルが解き放たれ、無数の影手裏剣がディアボロに降り注ぐ。
散弾と棒手裏剣の雨が、死せる眷属たちの虚躯を削ぎ落とす。アラクネーの一体は全身を引き裂かれてその場に倒れ込んだ。
先制攻撃の勢いに乗って、銀髪の幼女が二人の後に続いた。
熟練の阿修羅たる雫(
ja1894)が、小さな体からは想像もつかない武威を放って骸骨兵士へと迫る。
「道は、切り開きます」
そう淡々と言い、雫は具現化したフランベルジェを振りかぶった。すでに敵は間合いに捉えている。フランベルジェの長大な剣身にアウルを集め、雫が鉄塊じみた刃を一気に振り下ろす。
アウルを纏った斬撃が奔った。その軌道は、まるで大地を這う三日月。
雫の地すり残月は、強化スケルトンが咄嗟に取り出した盾を斬り裂き、そのまま胴鎧へと到達した。亀裂が生じたと思うと、鎧は叩かれた硝子のようにあっさりと砕け散った。
追撃すべく、八角 日和(
ja4931)がディアボロとの距離を縮めていく。
空色のアウルで身を包んだ少女阿修羅が、骸骨兵士の懐に入る。剥き出しとなった肋骨めがけて、日和は全霊で拳を突き出した。
腕に装着した大型のマグナムナックルから剛拳が飛ぶ。日和のロケットパンチで打ち抜かれた強化スケルトンが仰け反るが、まだ死なない。
震える腕で骸骨兵士が大剣を掲げる。反撃の斬刃を振り下ろそうとして――轟と押し寄せてきた霧の波濤に呑み込まれた。
霧の渦が爆裂し、強化スケルトンが今度こそ絶命。砕けた骨の破片が舞い散る。爆砕する霧に巻き込まれ、後ろに控えていた腐敗兵二体も負傷した。
弐式〈烈波・破軍〉。暗器術使いの月詠 神削(
ja5265)が放った、軍勢を破る一撃だった。
敵最前線が崩れた隙に、白蛇(
jb0889)の召喚獣が大地を駆け抜ける。
権能は、飛翔と縮地を司る千里翔翼。術者である白蛇と感覚を共有することで、集中力は最大まで高まっている。
「此度もまた、一つの機会でもあるか……然らば、機を掴み取らねば、な」
まずは、中核部隊を送り届ける楔を穿つ。白蛇の強い意思に反応するかのように、突進する権能の瞳が輝きを増していく。
「わしはあの悪魔めへの道を切り拓く矢となろう。さあ、その威を振るえ。翼の司よ!」
白蛇の召喚獣がディアボロたちを薙ぎ払う。周囲のことごとくがインパクトブロウの衝撃波で吹き飛ばされ、前線に空洞が生まれた。
小さな風穴を抉じ開けるように、ヴォーゲンシールドを構えたキイ・ローランド(
jb5908)が突撃する。
猛進しながら、キイはシバルリーを発動。アウルを全身に纏って肉体を強化し、大きく踏み込んだ。
立ちはだかる強化グールを刃付盾で弾き、キイが後続部隊を主導しようとして、
「――そこまでよ、撃退士」
●逆襲、翼
遠方から、リザベルの艶やかな声が届いた。
「……まったく、この大事な時に勘付かれるとは思わなかったわ。悪いけど、今回ばかりは邪魔されたくないの……消えて貰うわよ、撃退士」
リザベルが指示を飛ばし、混然としていた最前線のディアボロたちが横隊に並ぶ。即席の陣形を展開していた。
バロネスの意に従い、強化グールたちが先端部隊に襲い掛かる。
――撃退士に何の策もなければ、この時点でもう勝負がついていたのかもしれない。
もっとも、邪悪なる知将リザベルを相手に無策で敵陣に突撃するほど、彼女たちは愚かではなかった。
正面にいた強化スケルトンと強化グールが、先端部隊の両側を挟み撃つようにして回り込む。
天界の影響を色濃く受けるディバインナイトのキイと白蛇のセフィラビースト・司に、斧槍と毒爪が伸びた。まともに浴びれば手痛い負傷は確実だったが、
「――読んでいましたよ、リザベル」
鈴音のように澄んだ声が、静かに響く。同時に、空を切る音が二つ重なった。
砕かれた強化スケルトンの手首が、切断された強化グールの片腕が、宙を舞って地面に落ちた。
先端部隊をフォローしたのは、両翼部隊。織宮 歌乃(
jb5789)と御堂・玲獅(
ja0388)の二人。
血も命も、これ以上奪わせはしない。緋色の願いを込めた刃を手に執り、歌乃が腐敗兵を迎え撃ち。
白百合の鎧を纏った玲獅が、フェアリーテイルの光弾を踊らせて骸骨兵を翻弄する。
「ここで戦いを終わらせる! 取り戻すんだ……、私達の故郷を!」
高瀬 里桜(
ja0394)がレイジングアタックで強化グールを薙ぎ倒して猛進していく。カオスレートを高めた彼女は当然のごとく標的とされるが、静馬 源一(
jb2368)が火遁で援護、牽制する。
「ココが一つの正念場! 気張って行くで御座るよ!」
火の蛇が踊り、骸骨を焼き払う。少年忍者、飛んでくる弓矢を華麗にかわしながら仲間と共に突き進む。
雨下 鄭理(
ja4779)は弓銃で牽制役を果たす。強化グールの関節を狙って撃ち抜き、妨害しながら前進。回避力の高い鬼道忍軍だが運悪く強化スケルトンの放った矢が命中。即座に疾風で回復。付け入る隙を与えない。
「ここは通さないよ!」
神聖騎士の少女天使Relic(
jb2526)が、斧槍の穂先から光の波を放つ。冥魔相手に高威力を誇るフォースで、厄介なアラクネーを消し飛ばす。
「いやまったく、性に合わんねえ」
鷺谷 明(
ja0776)、特攻したい。そんな本音を隠して堅実に攻める。真の享楽主義者は万象を愉しみと為せるが故、我慢を知る。
明が炸裂させた雷死蹴を浴びて強化グールが麻痺。特殊抵抗は並の様だ。
零、八卦石縛風で前方の強化グールを包み込む。不細工なオブジェと化した生ける屍に、仲間の攻撃が集中する。
後方より坂本 桂馬(
jb6907)がシュティーアを連射する。白衣をロングコートのようにはためかせ、口には煙草を銜えている姿は、ある種サマになっていた。銃弾は不可避の石化グールに全弾命中。闇の霧を纏い、攻撃に備える。
「……随分と動きが良いわね。なら、次の手を打つまでよ」
両翼の迎撃態勢が強固と見るや、リザベルは手早く次の命令を出した。
奇声を発しながら、アラクネーが中距離から紫色の吐息を吹き付ける。煙のように充満し、撃退士たちの間にアラクネーの吐いた息が渦巻いた。
それは、攻撃ではない。それはダメージを与えぬ代わりに、浴びたものを眠りへと誘うという、魔の息吹だった。
リザベルはこの状況で強引に攻め込む、という大胆な手を打つことはなかった。あくまで慎重に。致命的被害が出ぬよう、最も堅実な手段を選んだ。
眠りのブレスを跳ね除け、アストラルヴァンガードの玲獅と里桜がコメットを発動。壁となって立ち塞がる強靭な強化グールの群れに、術の矛先を向けた。
光の尾を曳く彗星の雨が降り注ぎ、生ける屍たちに炸裂する。
この攻撃で二体の腐敗兵が気絶。全滅とまではいかないが、残りもそれなりの傷を負い、動きが鈍った。
その隙を突いて、夕刻が前に出た。大剣ツヴァイハンダーを突き立て、強化グールの一体を地に沈める。その後迅速な離脱を試みたが、傍らの腐敗兵が即座に反撃に移った。
強化グールの毒爪に抉られ、夕刻がその場に片膝をつく。周りには、重圧を受けながらも動ける敵が多数。絶対絶命。
「させないよ!」
すかさずレリックが盾を構え、庇うようにして夕刻の前に立つ。
「倒れるわけにはいかないんだ!」
動けなくなるまで足掻く。誰かを守るためだからこそ。
●緋熊、鬼人
レッドグリズリーが地を蹴る。巨体に不釣合いな高速で、一瞬のうちに撃退士まで迫っていた。
レリックの右側面から大熊の太い腕が振り抜かれ、交錯するように真紅の剣閃が翻る。
反撃を放ったのは歌乃。
緋獅子・火衣纏で鋭い爪撃を受け止め、返す太刀でレッドグリズリーに一閃を浴びせた。
レッドグリズリーが機動力を活かしてこちらの隙を突いてくるであろうことを、歌乃たちは予測できていた。当然、その対策も抜かりない。
玲獅が、妖精の光弾を的確に撃ち込む。
キイも青紅倚天に持ち替え、フォースの光波を放った。
どちらも天の力が加わった攻撃。だが、レッドグリズリーは寸前のところで回避に成功。俊敏な動きでかわした。
大熊が再度攻撃を仕掛けようと腕を振り上げ――直後、上空から飛来したクレール・ボージェ(
jb2756)が斧槍を一閃する。
「うふふっ、女の子が空から降ってきたら、男の子は抱きしめるものでしょっ!」
妖しく光るキメリエスハルバードを乱舞し、クレールがレッドグリズリーの頭上からラッシュをかけていく。
ユウ(
jb5639)も空高くからオートマチックで緋熊を銃撃。手はず通り、集中砲火を重ねる。
レッドグリズリーが不快そうに唸り声をあげた。集中攻撃を浴びているせいで持ち前の素早さが活かせず、苛立っているような声音だった。
集中攻撃を強引に振り解いたレッドグリズリーが、次の獲物を切り裂かんと駆け抜ける。その機動力を支える脚部に、天宮 佳槻(
jb1989)の飛ばした鎌鼬が突き刺さった。
後方へ回るのを妨害すべく、韋駄天の速度を得た佳槻が鎌鼬を連打。文字通り足止めする。
ディアボロの意識が佳槻に向いた瞬間を見計らい、歌乃が〈緋獅子・椿姫風を一閃。真紅の気刃を浴びせ、大熊を石へと変換した。
「あら、思ったよりすんなりいったわね。出発前は少し不安だったけれど、杞憂だったかしら」
クレールが微笑み、歌乃は表情を崩さぬまま武器を構えた。
「皆様の援護のお陰です。この調子で往きましょう」
「もしかしたら伏せている敵もいるかもしれません、気をつけましょう」
警戒するように佳槻が辺りを見回す。と、ユウの無線に他航空部隊からの連絡が入ってきた。
曰く、この戦域の周囲にいるディアボロたちが、次々と集まってきている、と。
「川知さんっ! 九時の方角からオーガが来てるです!」
周囲を警戒しながら飛翔していた舞鶴 鞠萌(
jb5724)が、逆方向を飛行する川知 真(
jb5501)に伝える。
鞠萌からの情報を受け取った真がそちらを確認。凶貌の鬼人が、巨大な戦槌を掲げて突進してきていた。
オーガ。事前情報どおりならば、凄まじいパワーを誇る危険なディアボロだ。
「……させません。悪夢はここで絶対に終わらせます!」
誰ひとり失わない。その想いを胸に、鞠萌と真は支援に徹する。
地上の仲間たちにオーガの接近を伝え、真が降下。夕刻を庇って重傷を負ったレリックにライトヒールを施していく。
真、鞠萌を始めとする航空部隊は、空中からの情報収集が主体。電撃戦が推奨される今回の依頼だと、攻撃進度が落ちるデメリットのほうが痛いような感じではあるが、色々と情報を得ることに成功していた。
たとえば、ディアボロ全体の動き方と周囲の様子。
リザベルは致命的被害が出ないよう主力部隊を動かしつつ、撃退士を抑えている間に増援を招集して撃退士を一網打尽にしたいようだ。敵の様子からは、態勢を整える為の時間稼ぎに徹している感じがあった。恐らく敵の態勢が立ち直るまで、一分もかからないはず。いかに素早く勝負を決められるかで、この戦いの行方は変わる。
「一瞬も気を抜いたりはしません。勝ち取りましょう、安寧を」
友人から譲り受けた魔法書を撫で、牧野 穂鳥(
ja2029)が友を想う。生きて帰る。覚悟は有り、恐怖は無い。
魔力を高める天清衣の燐光を纏い、穂鳥は百渦殿を発動。地面に咲かせた無数の牡丹を融かし、煮え滾る業火の池を生み出した。
――地の底の池でも真似てみせようか。
穂鳥がオーガへと一直線に獄炎の渦を放つ。魔法に弱い鬼人の身は瞬く間に火達磨と化した。温度障害。ディアボロの体皮をも焦がす高熱の責苦が、オーガを苛む。
しかし、その強力な一撃を喰らってなお、オーガは健在。温度障害に構わず突進する。標的は、穂鳥。
距離は取っていたものの、スキルを使う為に穂鳥はオーガの間合いに踏み込まざるを得なかったのだ。
オーガが穂鳥に強打を放つ刹那、滅炎 雷(
ja4615)が異界の魔手が召喚。無数の腕で、その巨躯を絡め取った。
反射的にオーガが戦槌を振り回して雷を襲う。しかし、ぎりぎりで槌は届かない。
「今回は強い敵が多いね〜、けど皆の邪魔はさせないよ!」
オーガの攻撃が直撃すれば、ダアトの二人はひとたまりもない。敵は強いみたいだけど頑張っていこう、と雷が気を引き締めて扇を構える。
「悪いけど、皆が傷つかない為にも全力で足止めさせてもらうよ!」
矢弾と魔法が飛び交う中、鮮血の魔術師が戦場を駆け抜ける。
黒魔術探求部に所属するエリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)が、胸の中で呟いた。
――九魔と同じ作戦、今度こそ届かせる。
砲華繚乱ぞ魔術師の誇り。その想いを体現するように、エリアスは十三丁もの猟銃を錬成。それらの照準を一ヶ所に向けた。
狙いは、回避力を持たないドラゴンゾンビ。
「我は此処に在り、地獄の門にかけて!」
エリアスの叫び声に同期し、十三の銃口が一斉に火を噴いた。十三狩人の猟場が屍竜の腐肉を抉り、筋繊維を貫き、骨を砕く。
黒井 明斗(
jb0525)がドラゴンゾンビを追撃する。眼鏡の奥の瞳は、熱い光を帯びていた。
(必ず勝つ!)
意気と共に、光翼を纏った明斗が大型屍竜の懐に躊躇なく飛び込んだ。ただ我武者羅に勝利を求めて。
明斗は光り輝く天翔弓を構え、至近距離から聖なる矢を射った。
「もう二度と負けない、強くなる!」
決意の咆哮をあげて明斗が放ったのはレイジングアタック。冥魔を浄化する一撃が、ドラゴンゾンビの前脚に突き立てられる。
ドラゴンゾンビへの集中攻撃は終わらない。
上空を飛翔していた堕天使エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)も高度を下げ、ドラゴンゾンビへと標的を定めた。
「私は私の役割を全うします。……と言っても、いつも通りの魔法を撃ち込むだけなんですけどねー」
術式魔装『ヴァルキリー』を展開し、最大火力を得たエリーゼが光の砲撃を発射。無慈悲な裁きの光が、屍竜の巨体を呑み込み焼き尽くす。
重たい攻撃が三連続で重なった。並のディアボロなら瞬殺するレベルのダメージ。だが、強靭なドラゴンゾンビを倒すにはまだ足りない。
腐り果てた竜が肉体の自動修復を終え、濁った瞳で撃退士たちを睨みつけた。ドラゴンゾンビの全身から立ち昇る腐敗の瘴気に当てられ、接近していた明斗が耐えながらも表情を曇らせる。
その様子を眺めていた夢魔の美姫が、赤い唇を妖艶に歪めた。
「――さあ、本当の戦いはこれからよ」
●夜魔、屍竜
エリーゼ・エインフェリアの高い魔力は、対冥魔戦において最も威力を発揮する。冥界勢力を破壊するための技術であるカオスレートが乗った彼女の瞬間最大攻撃力は、撃退士でも超レベルといってもいい。
そして、それほどの火力を叩き出すエリーゼを、人間並の知能を持つリリスが放置しておくはずもなく。
蝙蝠のような翼を背に生やした美しい夜魔が、上空のエリーゼに手をかざす。音波のような幻惑の波動がリリスの掌から放射され、エリーゼを的確に捉えた。
エリーゼが、二発目の光砲を発動する。けれどそれは、ドラゴンゾンビではなく、先端部隊の黒百合に向けられていた。
仲間が幻惑されたことに気づいた黒百合が上空を見上げ、苦笑を浮かべる。計算外の事態だった。
「……絶対絶命、って奴かしらねェ……」
天使のエリーゼと鬼道忍軍の黒百合の間でも、天冥の影響は強く現れる。
黒百合がこの一撃を受ければ確実に気絶する。直撃すれば重体の可能性もある。エリーゼの高火力は味方であれば頼もしいが、敵であればこれほど恐ろしいものはなかった。
範囲攻撃に空蝉は使えない。ならば、黒百合が選択する道は一つ。
「いいわァ、来なさいィ……♪」
高エネルギーの砲撃が、吸い込まれるようにして黒百合へと迫る。掠っただけでも灰燼と化してしまいそうな光の渦を、黒百合は寸前まで引き付けてから後方に跳躍。光の砲撃は地面を消し飛ばしたが、黒百合はぎりぎりのところで回避に成功。
この攻撃は完全なイレギュラーといえたが、運命の女神は黒百合に微笑んだ。あとは継戦能力に特化してスキルを整えていた黒百合ならどうにか凌ぎ切れることだろう。
裁きの光は、黒百合の周囲にいたキイにも命中していた。カオスレートが影響しなかったこと、素の耐久力が高かったこともあり、キイは無事だった。リジェネーションを発動し、すぐさま回復に移る。
「あれ……? 私は一体何を……」
幻惑が解けたエリーゼが、ふと我に返った。直後、ドラゴンゾンビの吐いた炎の息吹に呑まれ、エリーゼが地に墜ちる。
「エリーゼ殿っ! 大丈夫で御座るか!?」
源一が駆け寄り、素早くエリーゼを抱き止めた。酷い傷だ。重傷を負ったエリーゼをこのまま放っておくのは危険だと源一は判断。エリーゼを運んで、急いで後方へと下がっていく。
「ドラゴンゾンビとリリス……この二体は他のディアボロとは別格だな」
高性能小銃『天叢雲』を携えた矢野 古代(
jb1679)が、苦々しげに呟く。事前情報どおり、下級ヴァニタス相当の実力を持っていると見て間違いないだろう。
「ま、『夢幻の如く』にはさせないさ。リリスのほうは俺たちが何とかしよう」
「流石に、あのディアボロは無視できないわね……確実に落としましょう」
陽波 飛鳥(
ja3599)が長大なスナイパーライフルを構え、銃口をリリスへと向けた。
「……ゲートで人が苦しむのは、もう沢山」
スナイパーライフルに飛鳥のアウルが注がれ、銃の各部から紅蓮の光が噴き上がった。まるで、彼女の切実な想いが爆発するように。
不退転の決意と共に、飛鳥が発砲。緋閃が空を裂き、夜魔の胸元に着弾する。
炎のような弾丸を喰らい、リリスが呻く。飛鳥は電撃戦に合わせて余分なスキルは使わず通常攻撃を選択したが、普通の弾丸でもリリスに深手を与えるほど充分な威力を彼女は持っていた。
足りない手数を埋めるように、飛鳥がスナイパーライフルを猛射する。狙撃は性に合わないが、スタイルを曲げてでも迅速に倒す気概だ。
灼熱の緋閃が迸る。飛鳥の猛攻に対し、リリスは再度幻惑の波動を放ってから後退。血の尾を曳きながら、その場から離れた。
同時に、幻惑波を浴びた寧と零が仲間たちに襲い掛かる――より早く、ヒーラーの二人は動いていた。
玲獅と明斗が、それぞれクリアランスを発動。状態異常を解く浄化の光に包まれ、寧と零が幻惑から即座に立ち直る。
戦列が僅かに乱れた隙を突いて、二体目のレッドグリズリーが側面から明斗を強襲。
血色の剛腕が容赦なく振るわれたが、古代がすかさず射術三式・軌曲で援護する。爆発する弾丸でレッドグリズリーの腕を弾き、軌道を逸らすことで空振りさせた。
立て続けに、古代は小銃にアウルを装填。射線から逃れようとするリリスに、狙いを研ぎ澄ませた。
リリスはその能力こそ厄介だが、耐久力はそれほどではない。すでに飛鳥が充分にダメージを与えている。あとは、とどめの一撃を確実に当てるのみ。ここで外すわけにはいかない。
夜魔に狙いをつけ、古代がロングレンジショットを発射。遠方の敵を撃ち抜くことに特化した銃弾が、リリスの額を穿つ。
脳漿を溢して、力尽きたリリスが崩れるように倒れた。が、早期撃破を喜んでいる暇などない。
ドラゴンゾンビが、口腔に蓄えた毒炎を放射。撃退士たちの意識すら腐らさせる濃い瘴気の波が、密集地帯に炸裂する。
●他方、後方
前線でドラゴンゾンビが猛威を振るっている頃、足止め役の撃退士たちもまた、強化スケルトンや強化グールと後方で戦いを繰り広げていた。
「あははははははははっ!」
殿を努める雪月 深白(
jb7181)が、荒れ狂う狂戦士のように忍刀を乱舞させる。深白の白い肌や髪は、返り血で赤く濡れていた。
屍竜らの援軍に向かおうとする骸骨兵の前に立ち塞がり、深白は雷剣を薙いだ。
「──残念。ここは行き止まりだよ」
サンダーブレードに斬り付けられ、強化スケルトンの動きが止まる。麻痺した強化スケルトンが大剣を振り払うが、
「うふふ。当たらないよ!」
予測回避。斬撃の軌道を読み、深白が骸骨兵の攻撃を容易にかわす。
千 稀世(
jb6381)がダークブロウを発動。闇の力を腕に纏い、拳銃から強烈な魔弾を噴いた。
闇の一撃を喰らった骸骨兵の胴に大穴が開く。一拍置いて、ばらばらと骨の体が崩れるようにして倒れた。
「今日ばかりは負けられないんだ。悪いな」
元ホストの稀世が、シニカルな笑みを浮かべてディアボロたちと向き直る。もっとも、内心では冷や汗ものだったが。
ちゃらついた風貌から中々信じて貰えないが、こう見えても彼は平和主義者。戦いはあまり好きではないのだ。
「でも、まぁ……崩れるわけにゃあ、いかねえよな!」
続けて稀世は氷の夜想曲を紡いだ。冷気の奔流が、近づいてきた強化グールたちを眠りに誘う。
「ついてないぜ、まったく……」
青色の頭髪を掻いて、蒼桐 遼布(
jb2501)が嘆息する。先のソングレイとの戦いで重体となってしまい、最前線で暴れられないのが悔しかった。
「……ま、やれることをこなして仲間の助けにならないとな」
戦闘は流石に難しいが、情報支援くらいならば出来る。無線機を片手に、遼布が戦場を眺めていく。全体の状況は把握しようとして――ふと悪寒に振り返る。
倒したはずの強化グールが再生し、地獄の亡者そのままに蘇っていた。地面を這いずり、こちらへと向かってきている。
遼布が仲間に呼びかけるより早く、強化グールが遼布を襲いかかった。この身体では、まず逃げ切れない――
銃声が響き、生ける屍が突き出した腕がびくんと跳ねる。脳天を撃ち抜かれた強化グールが、音を立てて倒れこんだ。
「大丈夫デスカ、蒼桐さん」
空からの声に遼布が上を見上げる。彼の危機を救ったのはリンクス キャスパリーグ(
jb7219)。背には翼が生え、手には黒塗りに雄牛の刻印が刻まれた無骨な拳銃が握られている。彼女も航空部隊の一人だった。
「……紫のみんナの好意に応エル為ニモ、ココで倒れる訳ニハいきマセン」
リザベル討伐に名乗りをあげた時、無謀だと言われた。だが、クラブのメンバーはそんな自分を励ましてくれた。
自分にできる範囲での情報管理・支援をおこなおう、とリンクス。
これが、最強の撃退士への第一歩だ。
真や古代と連絡を取りながら、リンクスが情報収集に戻っていく。
●突破
神削が二度目の弐式〈烈波・破軍〉を放つ。アウルの霧がブラッドウォリアーたちを包み込んだ。
「リザベルへの最後の道は、俺が切り開こう」
そう言って、神削がグランオールを一閃。その衝撃を引き金にして、軍勢を破る烈波が爆砕する。
天羽 伊都(
jb2199)とエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が続く。神削が開けた空間に、二人は飛び込んでいったが、
「甘いわね。簡単に近づかせると思っているのかしら?」
リザベルは生き残ったブラッドウォリアーたちを即座に動かした。伊都とエイルズレトラの周囲を、ブラッドウォリアーたちが素早く包囲する。
「周り中敵だらけ! はっ、泣ける展開っすね!」
周囲を取り囲むブラッドウォリアーを前に、伊都が自嘲気味に嘆く。
そんな伊都の傍らでは、エイルズレトラがブラッドウォリアーたちに悠然と視線を向けていた。
「見飽きたあなた方の顔も、これが最後だとすると名残惜しいですねえ。これまでお世話になった分、しっかり戯れさせて貰いますよ」
やる気なさげな伊都と飄々と笑うエイルズレトラ。だが、それも次の瞬間には戦士の表情に切り換っていた。
魔法剣を掲げたブラッドウォリアーたちが一斉に斬りかかる。
血色の大剣が乱舞し、無数の赤い剣閃が嵐のように飛ぶが、太刀筋を見切ってエイルズレトラは回避、回避、回避。三連続で攻撃を避け切った。
超絶回避を見せるエイルズレトラ。死線を読む才を持つ彼には、魔法命中に長けたブラッドウォリアーたちの攻撃もまるで当たらない。
しかしそれは、正面に限れば、の話。
エイルズレトラの背後からブラッドウォリアーが迫る。完全に隙を突いた一撃。流石のエイルズレトラも、咄嗟には避けられない。
少年奇術士の生命力を根こそぎ奪う威力を持つ魔法剣が、無慈悲に振り下ろされ――
甲高い金属音が響く。
それは、伊都がツヴァイハンダーでディアボロの魔法剣を受け止めた音だった。
死角を補い合うようにエイルズレトラと背中を合わせ、伊都がブラッドウォリアーたちと対峙する。
避けきれずに数条の斬刃が伊都の体に叩きつけられる。一撃一撃が速く、重たい。
「やっぱり強烈っすね……でも、倒れないっすよ」
黒獅子モード。漆黒のサンダルフォンを纏い、黒く染まった大剣を掲げた伊都は、高い耐久性能を実現していた。
「お返しっす!」
目にも留まらぬ速度で伊都が大剣を翻す。繰り出した〈翔閃〉が、ブラッドウォリアー三体を同時に斬り裂いた。魔法戦士たちの身体に深い裂傷が刻まれ、血飛沫が噴き上がる。
「伊都君と肩を並べて戦うのはいつ以来でしょうか。背中を預けるのに、これほど頼もしい人はいませんね」
後ろで響く斬音を背景音楽に、エイルズレトラがスネークファングの透明な爪を構えて微笑む。伊都が死角を守ってくれている安心感は大きい。
エイルズレトラが黒のJOKERを発動。アウルで生成した五十四枚ものトランプを撒き散らし、ブラッドウォリアーたちへと飛ばした。
無数のカードに切り裂かれ、ディアボロたちがわずかに怯む。
――その隙に、対リザベル班の面々は遂に大きく前に出た。
伊都とエイルズレトラは囮。本命は、鳳 静矢(
ja3856)を筆頭とした総勢十三名のこの部隊だった。
この十三人で、リザベルを討つために。
撃退士の動きに気づいたリザベルが、ブラッドウォリアー十体を引き戻す。自身の護衛に回そうとしたが、
「悪いが、邪魔はさせない」
神削が大剣で刺突を繰り出し、ブラッドウォリアーの蛸頭を貫いた。対リザベル班に向かおうとするディアボロを阻止すべく、神削がグランオールの斬撃を放つ。
突破する間際、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)が対主力部隊に視線を投げた。
「どうかご武運を」
「そっちこそ。露払いは僕たちに任せるっすよ!」
ツヴァイハンダーでブラッドウォリアーを斬り伏せ、伊都が応じる。
かくして、万全の状態で到達した対リザベル部隊が、指揮官リザベルへと襲い掛かる――。
●夢誘艶姫
慎重派にして知略派のリザベルは、その実、男爵という階級に恥じぬ高い戦闘力を誇っている。階級だけでいえば、九魔の中では故ザハーク・オルスやアラドメネクに次いで三位。武力派の同階級・旅団長ソングレイと並ぶ実力者だ。
弘前市での侵攻戦や大規模作戦では、苦杯を嘗めさせられた者も多い。
「以前は一蹴されましたが……何時までも同じではないのです」
ヴァルキリージャベリンを活性化しつつ、リザベルと交戦歴のあるRehni Nam(
ja5283)が駆ける。
進軍時、レフニーは自身と志堂 龍実(
ja9408)、リンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)に聖なる刻印を施していた。リザベルの強力な睡眠魔法への対策としては有効な手段だ。
「リザベル……以前は逃がしたが……今回は」
龍実、双剣を握る手に自然と力が入る。蘇る雪辱の記憶を打ち消し、刃を構える。
「奴が彼方此方の騒ぎの原因か……」
リンド、リザベルを見据えつつ聖銀のブリュンヒルドを具現化。切っ先をバロネスへと向ける。
「此方の陣営にも、遺恨のある者も大勢集っている。リザベル……悪いが此処で退場してもらおう」
「援護は任せてよ」
そう言って、藤井 雪彦(
jb4731)が四神結界を展開。味方の防御を底上げする。
その結界の範囲内から、亀山 淳紅(
ja2261)と鳳 蒼姫(
ja3762)がリザベルの周囲にいるデスストーカーめがけて魔法を放つ。二人とも熟練の魔術師だ。無論、威力は申し分ない。炎と光陰の刃が、巨大蠍の装甲を飴細工のように斬り裂いた。
雪彦の結界より一歩前に出て、シェリアが魔法矢を射る。ハシュマルの炎矢。予定していたエナジーアローでは射程が足りず通常攻撃に切り替えざるを得なかったのだが、シェリアの放った矢はリザベルまで届いた。
片手で魔法矢を受け止めて、リザベルがシェリアを睨む。反対にシェリアは優雅に微笑み、二射目の矢をつがえた。
「ごきげんようリザベル。貴女に会うのはこれで三度目ね」
炎熱の矢を放つと同時に、シェリアが次の言葉を紡ぐ。
「貴女はここで惨めに負けますのよ。わたくし達の力に伏してね!」
「……小娘ごときが、言うじゃないの」
飛んでくるシェリアの矢を軽く防ぎ、リザベルが忌々しげに呟く。言葉には微かな怒気が含まれていた。
指揮官にとって最も致命的なのは冷静さを欠く事、とシェリアは考える。強襲を受けて動揺していたというのもあるかもしれないが、狙い通りシェリアの放った言葉の矢はリザベルの冷静さを多少乱すことに成功していた。
シェリアが真っ向からバロネスと視線をぶつける。逃げない。シェリアは覚悟の上で挑発役を担っていた。
「以前苦もなく一蹴した小娘たちが怖いのです? 高々数ヶ月の時間が経った程度で? 大した悪魔様ですね」
レフニーも挑発を重ねる。怒りを誘うようにくすくすと笑い、様子を窺う。
「…………」
リザベルの美貌は怒りの形相に歪んでいた。だが、それだけだ。短気な天魔であればこれだけ挑発されれば不用意に突撃していたのかもしれないが、そうはならなかった。
乗ってくれれば、と思っていたが、流石にそこまでこちらを甘く見てはいないらしい。
(……仕方ないですね。なら、実力で当てるまでです)
アウルを消費して、レフニーがツヴァイハンダーを活性化。物理攻撃力を高める。他の装備も調整したかったが、準備が整うまで待ってはくれないだろう。この一瞬では主武器を切り替えることで精一杯だった。
それでも、最低限の火力は確保できている。あとは――
「これでも喰らうが良いのです!」
全霊を集中させ、レフニーがアウルの天槍を生成。勢いよく踏み込み、リザベルへと投擲する。
ヴァルキリージャベリン。以前リザベルに効かなかったのと同じ技。だが、決定的に違う点が一つあった。
放たれたアウルの槍が備えている性質は、物理。男爵級としては物理面が比較的弱いリザベルにとって、有効な性質を持っていた。
物理性質を備えたヴァルキリージャベリンがリザベルの豊満な胸部に命中。冥魔リザベルに反応するように槍から光が迸り、威力が増していく。
アウルの槍が蒼い肌を突き破ったところで消失。リザベルの胸の中央辺りから、鮮血が飛び散る。
「くっ……確かに、前よりは強くなったようね。でも」
油断していた数ヶ月前と比べて、シェリアやレフニーはもちろん全体で見ても撃退士は確実に力をつけてきている。だが、一対一でまともに戦えば厳しいのは撃退士側だ。
「――この程度で、負けるわけにはいかないわね」
轟、とリザベルの全身から魔力の波が噴き上がった。それだけで周囲の大気が軋む。
「まずは、そうね。貴方から始末してあげるわ」
「――っ!」
リザベルに視線を向けられ、シェリアの背筋を悪寒が駆け巡る。
強力な攻撃が来る、とマジックシールドを構えたその瞬間、シェリアの身を衝撃が襲った。防御に失敗し、リザベルの放った魔法弾を喰らったのだと瞬時に理解して、そのままシェリアの意識が途切れる。
「次は貴方の番よ」
リザベルが悪女の笑みを浮かべてレフニーへと腕を向けた。リザベルほど狡猾な女悪魔が、アウルの極性を傾けた隙を見逃すわけがなかった。
「レフニー!」
「淳ちゃん、来ちゃ駄目なのです!」
恋人を守るべく、淳紅が駆ける。だが、リザベルが魔法を放つほうが早かった。惜しくも間に合わない。
バロネスの強烈な魔力の直撃を喰らい、レフニーが宙を舞って地面へと沈む。うつぶせに倒れたレフニーの腹部辺りから、血だまりが広がっていく。カオスレート変動の代償は大きい。
「レフニーっ……!」
駆け寄った淳紅が、レフニーを抱きかかえる。流れ出る血は止まらない。恋人を支える手が赤く濡れた。
絶対に離れないよう注意していれば。なぜ一瞬でも彼女から離れてしまったのかと、淳紅の頭の中を後悔の念がよぎる。
戦闘中は冷静であることを心がけている彼だったが、今ばかりは我慢できそうもなかった。
「許さんで……リザベルっ!」
紅色の光纏を炎のように荒れ狂わせ、淳紅がワンダーショックの呪文を詠唱。シンフォニーワンドで増幅させた魔力を、強制的に物理性質へと書き換える。
怒りの雄叫びと共に淳紅がワンダーショックで攻撃。狙いの頭部には外れたが、リザベルに物理防御を強いることで強引にダメージを与えた。魔法なら最低限の負傷しか与えられなかっただろうが、リザベルの生命力を削ることに成功する。
撃退士側の態勢を立て直すべく、ストレイシオンに掴まって前進した雪風 時雨(
jb1445)が防護結界を発動。リザベルの次の攻撃に備える。
「皆、出来得る限り我を中心に展開を。体力に自信の無い者は特に気をつけるように」
そう言って、傷だらけの愛竜と視線を交わす時雨。ストレイシオンの雷は、彼にとって頼りになる相棒だった。
「こやつの良い所は己が弱かろうと相手が強かろうと、一切効果は変わらぬ所だ。貴様のような悪魔相手でもな、リザベル」
尊大な口調で告げる時雨を、付近にいたブラッドウォリアーが攻撃する。だが、強力な防御効果もあり負傷率は低い。そのダメージも、ストレイシオンが放った癒しの息を受けてすぐに全快した。
「雷よ、奴が倒れるまで我等が倒れなければそれで仕事は果たせる。まあ、単純だが楽な仕事ではないがな」
ストレイシオンに語りかけながら、時雨が堂々とリザベルへと向き直る。
リザベルは艶然とした笑みを浮かべて言った。
「中々やるわね……なら、これはどうかしら。夢の世界に連れて行ってあげるわ」
リザベルが手をかざした先、広範囲の空間内が魔力に満ちていく。そうして開かれるのは、人々を楽園へと誘う夢の扉。
「――っ! 広域睡眠、か……」
気づいた時には遅かった。時雨と連動してストレイシオン、影野 明日香(
jb3801)が眠りに落ちてその場に倒れる。
強睡眠。魔法的な状態異常、バッドステータスの睡眠で、しかも平均より強力な睡眠効果。特殊抵抗に成功するか解呪系スキルを掛けてもらうか、あるいは時間経過で失効しない限り、まず夢から醒めることはできないだろう。
眠っている間は、当然ながら無防備な状態が続く。一撃でもダメージを受ければ意識は覚醒するが、行動不能の状態でリザベルの攻撃を喰らえば最悪の場合、死亡も有り得る。
リザベル。指揮能力の高さに目が行きがちだが、やはり戦闘面でも脅威だった。男爵の階位は伊達ではない、ということか。
だが、それでも、まだ諦める訳にはいかない。
青森の未来は、今この時この場所にいる、全ての撃退士の双肩にかかっているのだから。
「終わらせましょう……この戦いを……」
そう呟いたのは環結城(
jb5219)。気配を殺し、無音歩行の効果を得た結城が、静かに正面から離れていく。
「環さん、気をつけてね」
本陣から遠ざかっていく結城を見送り、蒼姫がリザベルとその周囲の敵に意識を集中。彼女を直接護ることはできないが、仲間を補助する術は他にもある。
「さあ、勝負はこれからなのですよぅ!」
蒼姫は眠った仲間たちの前に立った。いざという時、魔法防御に長けた自分が身を挺して護れるように、と。
そして、リザベルの意識を引くように、蒼姫が紅鏡霊符で生み出した炎刃を次々と乱射する。
リザベル側近のブラッドウォリアーが突撃。耐魔のマントで炎刃を弾いて前進し、蒼姫の後ろで眠る明日香らへと襲い掛かろうとした。当たれば重傷は免れない。
「後ろにはいかせないのですっ!」
蒼姫が蒼の舞踊守陣を展開。障壁でブラッドウォリアーの剣を拒む。
ブラッドウォリアーが再度剣を振るい、軽やかに舞う鳳凰が消失。防ぎ切ったと思ったが、仲間を庇うために咄嗟に作った盾は壊された。が、蒼姫はその身で受ける覚悟。
雪彦が後方から乾坤網を発動。矢表に立つ蒼姫に、防御強化を施す。振るわれた蛸の魔剣はほぼ完全に無力化され、蒼姫に滑らかな肌に掠り傷しか与えない。
「殺らせない戦いだってあるんだよっ♪ ……絶対に護る!」
加護の四神結界を前線に張り直し、重傷を負ったシェリア、レフニーのもとへと急ぐ雪彦。こんな時のために治癒膏の用意は万端。これ以上、女の子たちを傷つけさせはしない。
「例え数が多くとも……此方も負けやしない!」
双剣『干将莫耶』を巧みに操り、龍実が襲い来るブラッドウォリアーと激しく剣戟を交わす。雪彦の結界の補助を受け、魔法剣を捌き切った。背後には龍剣士リンド。
「龍実殿、少しばかり無茶を任せる! 耐え凌げるか?!」
「任せてくれ……この身、盾としてみせるさ!」
リンドを守るようにして魔法剣を受ける龍実。何分と持たないが、数秒程度ならば時間を稼げる。この数秒で勝機を掴むことができれば――。
龍実の体を壁にしたまま、リンドが魔具を体内に取り込む。肉体の内側でアウルを精錬し、龍の尾を支えに体勢を固定。準備完了。
驚天動地屠ル也。
リンドが口から高密度の雷撃を放ち、リザベルへと攻撃を試みる。一直線に伸びる衝撃波が、射線上のデスストーカーを薙ぎ払っていく。
不意討ちを狙った一撃だったが――失敗。
命中していれば良いダメージを与えられたかもしれないが、リザベルは飛来した雷光をかわした。
リンドのほうが龍実より背が高いため動作を隠し切れず、リザベルの不意を突くことはできなかった。また、識別可能攻撃でも、視界を遮られた状態で目の前の龍実にダメージを与えないようにしつつ、その向こう側にいるリザベルに攻撃を行なう、といったことは基本的にできない。
再び夢の世界へと繋がる扉が開かれる。二人に施された聖なる刻印は消えていた。有効範囲内に入っていたリンド、龍実、雪彦がその場に倒れこむ。
策は外れた。が、期せずして二人の行動はリザベルの注意を逸らしていた。
その隙に遁甲の術を使用した神凪 宗(
ja0435)、結城がリザベルを迂回して背後に回りこんでいく。
ハイリスクハイリターン、死角からの奇襲を狙う。
標的になりにくい潜行状態だが周りにディアボロが多数いる状況。背後に回るまで確実に攻撃されないという保証はない。運が良ければ、あるいはいけるか。
サイレントウォークで足音を消した静寂も奇襲を試みる。けれど、高機動のデスストーカーがすかさず静寂に対応。逆に強襲を受ける形に。
デスストーカーが静寂に三連続攻撃。毒針の尾による麻痺攻撃、続く鋏による二回攻撃がヒット。レギンレイヴアーマーを纏いナイトウォーカーとしては高い防御を誇る静寂だったが、倒れざるを得なかった。
劣勢の中、静矢がスナイパーライフルの銃声を轟かせ反撃の狼煙を上げた。
静矢は武器をアンドレアルファスに切り替え、弓矢を放ちながらリザベルの右手側から迫っていく。リザベル戦に向けて装備を調整した静矢、特殊抵抗力は同レベルのアストラルヴァンガード並。仮に睡眠魔法を受けても、これなら耐えられるかもしれなかった。
だが、リザベルが静矢に放ったのは単体魔法攻撃。一対一なら当然の選択か。
静矢の矢とリザベルの魔力がそれぞれ同時に命中。リザベルの腕にアウルの矢が当たり、血飛沫が跳ねる。一方、静矢には強烈な魔法が腹部に直撃。重傷を負ったが、根性で耐え抜く。倒れない。
側面の静矢にリザベルの注意が向いた隙に、結城が背後から突貫する。
蠢くデスストーカーの一体が結城の接近に反応。素早く結城の進路を塞ぐ。
もっとも、奇襲を阻まれることまで結城は読んでいた。ここからが本領発揮。普段の温厚さを感じさせない冷たい空気を纏い、結城は巨大蠍の間合いに飛び込む。
具現化したカットラスを素早く突き出し、結城が刺突を放った。防御の脆い鋏の付け根に、曲刃が命中する。
周囲にいたデスストーカーたちが気配を解き放った結城に突撃。攻撃に乗り出した時点で既に潜んでいるとは言えない状態になっていた。今の結城は、標的になり得る。
自分は防がれても良い、と結城。護衛の注意を引き、味方の奇襲を通すことが彼女の真意だった。
結城の意図に気づいた宗が、リザベルまで一気に迫る。最大の好機。阻むディアボロはいない。
寸前で気づいたリザベルが振り返る。が、もう遅い。
「――貰った」
闇を纏った宗がバロネスの懐に入り、死角を突いた二回攻撃を繰り出す。
闇遁・闇影陣。
一撃目は命中し、リザベルの脇腹を抉り取った。二撃目は運悪く不発。
そして、三撃目。隼突きへと移行し、神速の突きを放とうとして――
宗の身体を、強烈な睡魔が支配した。
リザベルの魔法にかけられた宗が、静かに眠りに堕ちる。
奇襲攻撃はこれで打ち止め、と思われたが、
「まだ私がいるわよ」
アストラルヴァンガードの明日香がリザベルへと迫る。誘眠の魔力が満ちる中、彼女は平然と立っていた。専門職のアストラルヴァンガードの中でも、明日香の特殊抵抗力は突出している。
「そういうの、効きにくい体質なの」
動揺を誘うように告げ、リザベルに肉薄した明日香がレイジングアタックを発動。リザベルの胸めがけて、大山祇を突き出した。
光り輝く刃が、虚空を斬り裂く。
完全な奇襲にならなかったこともあり、レイジングアタックは惜しくも外れた。そして、一撃に賭けた奇襲が外れれば、次の手は残っていない。
リザベルから反撃の魔法を喰らい、明日香が沈む。
「危なかったけれど……これで終わりよ」
撃退士たちから離れ、リザベルがディアボロたちに一斉に突撃指示を放つ。弱った戦士たちの命を、一気に刈り取るために。
「Canta! ‘Requiem’.」
束縛の魔術を行使し、淳紅が突撃してきたブラッドウォリアーの動きを封じる。その横から這い寄ってきたデスストーカーが、淳紅に連続攻撃を繰り出した。一撃が命中。
重傷を負った淳紅の横を、別のデスストーカーが通過していく。その巨大蠍は、倒れ伏すレフニーに尾の針先を向けていた。
気力を振り絞り、淳紅がレフニーの前に飛び出す。
「レフニーだけは、絶対に死なせへんっ!」
淳紅の腹部を、デスストーカーの尾が貫いた。傷口から、夥しい量の血が噴き上がる。
眠りに堕ちたリンドと龍実を嬲るデスストーカーたちに、蒼姫の飛ばした紅鏡霊符の炎が炸裂。二人の撃退士生命を奪わんとする冥府の手先に、強烈な魔法を見舞う。
デスストーカーが蒼姫に標的を変更。集中攻撃を受けるが、蒼姫は蒼の歌鵺守陣を連続で発動し、物理衝撃でダメージを軽減。倒れる二人から注意を自身に移すべく、炎刃を放ち続ける。行動不能になるまで護るつもりだ。
けれど、限界が訪れた。リザベルが召喚した大蝙蝠の攻撃を受け、ついに蒼姫も倒れる。
最後まで立っていたのは鳳夫妻だった。
「くっ……蒼姫……」
渾身の力を込めて弓撃を放ったのと同時に、静矢が片膝をつく。リザベルから魔法攻撃を計二発受け、もはや身体が動かなった。
リザベルの右胸を穿ったアウルの矢が、砕けるようにして消える。
対リザベル班は善戦したが、最終的には壊滅的打撃を受けていた。対して、リザベルの負傷度は四割から五割、といったところだった。
「……私の勝ちね」
血に塗れたリザベルが、勝ち誇った顔で気絶ないし重体となった撃退士たちを見下ろす。
だが、倒れる寸前、静矢は無線越しに仲間からの声を受信した。それを聞いて、安堵の笑みを浮かべる。
「……どうやら、勝ったのは私たちのようだな……」
●決着、そして
対リザベル部隊崩壊の少し前。
明が形代の身代わり人形を投擲した。直後、オーガの振り下ろした戦槌が誘導され、人形を圧殺。
次いでドラゴンゾンビが右前脚で明を潰しにかかった。喰らえば意識を刈り取られるが、これも形代で何とか回避する。
対主力側は終盤戦。数の利もあり撃退士側のほうが有利だが、中には重傷者も見られた。
日和がついに奥の手である死活を発動。痛覚を遮断し、アラクネーへと飛びかかる。大きく踏み込み、マグナムナックルで蜘蛛女の顔面をブチ抜く。これで、最後のアラクネーが死亡。
一体でも多くの敵を減らし、一秒でも長く立つ。それが日和の目標だった。
そんな日和を、屍竜の混濁した瞳が向けられる。次の攻撃対象を日和に決定したようだ。朦朧効果を付加する邪炎の塊が、ドラゴンゾンビの口の中に渦巻く。
「……撃つ前に、倒すわ」
飛鳥が狙撃銃を構え、ドラゴンゾンビに標的を定めて弾丸を発射。銃声が爆ぜ、無数の炎弾が口を開いた屍竜の頭部に命中した。
クレールも上空から銀のリングを操り爆撃。銀色に輝く五つの光弾で、ドラゴンゾンビに火力を集中。
先ほどのエリアスらの攻撃もあり、強靭なはずのドラゴンゾンビはにわかに押され出していた。腐肉が飛び散り汚毒のような血が流れる。
「邪魔っ! 道を開けなさい!」
好機を掴んだのは雫だ。ドラゴンゾンビの懐に入り、肉体のリミッターを解除。限界を超えた連続攻撃へと挑む。嵐のように吹き荒れる闘気を纏い、ドラゴンゾンビの腹にフランベルジェを叩き込んでいく。
「はあああああああぁぁぁぁっ!!」
第一打。鉄塊のような大剣が、死せるドラゴンの腹を抉る。ドラゴンゾンビの悲鳴じみた咆哮があがる、が雫は無視。
修羅の気迫を以って、続けざまに第二打が降り抜かれる。爆発する勢いで屍竜の肉体が泥のように弾け飛んだ。返す刃で、そのまま次の攻撃へとシフト。
怒涛の三打目。雫のフランベルジェが竜の腹を両断。裂けた腹から噴出した血の雨が雫を打つ。ドラゴンゾンビはもはや微動だにしない。
荒死の三連撃が終わり、全力を出し切った雫がぺたりと倒れる。そこへ、戦鬼オーガが到来。大槌を振りかぶり、動けない雫を吹き飛ばした。
一順遅れて、寧がオーガに踏み込み隼突き。神速の速度でシャイニースピアを繰り出す。鬼人の厚い皮膚を、寧の槍が突き破った。
黒百合がオーガの影を縫い止め、動きを封じる。影縛りの術。
束縛した鬼人の首を、鎌の三枚刃が撫でる。デビルブリンガー。
鬼のような悪魔のような強さを誇る少女の手にかけられ、斬り落とされたオーガの生首が地面に落下する。それはつまり、リザベル軍主力ディアボロの壊滅を意味していた。
「――さて、リザベルよ。お主はこれでもまだ続ける気かのぅ?」
白蛇が一歩前に出て、指揮官リザベルのほうに視線を向ける。その後ろでは、召喚獣の司が勝利の咆哮をあげていた。
生き残った対主力の撃退士総勢三十一名は、負傷率低めのものがほとんど。多彩な回復能力のおかげ、というのもあるが、それ以上に迅速に的確にディアボロを処理できたからこその結果だ。
わずかな間、指揮官リザベルが戦闘に拘束されて、対主力まで指揮が及ばなくなっていたというのも大きい。倒せなかったとはいえリザベルの指揮能力を一時的に奪っただけでも、対リザベル部隊は最低限の仕事を果たしたといえよう。
主力壊滅成功に伴い士気が高まる撃退士勢力が、リザベルへと迫っていく。
対してリザベルは、悪夢でも見ているような心地だった。
残り五十体を超えるディアボロが手元に残っているが、それらは主力ディアボロに比べれば数段落ちる。
雑兵を使って、残り三十数名の撃退士を倒すことも、リザベルの能力ならば恐らく不可能ではないだろう。だが、それは相応のリスクを要するし、何より仮にここで撃退士たちを倒せても――意味がない。
リザベルの目的は冥魔勢力の拠点建て直し。津軽半島にゲートを展開し、その地盤を固めることにある。
態勢を整える前に重要な手駒を多く失った時点で、断念せざるを得なかった。強行するにはリスクが高く、五分を切る賭けに打って出るほど、リザベルは大胆な性格ではない。
故に、リザベルが次に取るべき行動は決まっていた。
「……撤退するわよ」
●結末
リザベルが北海道へと向かって逃亡した後、再びちりぢりとなった有象無象のディアボロたちを掃討するのは、そう時間はかからなかった。
冥魔軍は、完全に瓦解した。
青森における最大の脅威だった九魔の残党は、ほとんど消え去ったと言っても良い。まだ息を潜めているものも、もしかしたらいるかもしれないが――これで後始末は一先ずお仕舞い、ということになる。
人類が初めて冥魔に勝利した戦いとも言われた、九魔との大戦。かくしてこの戦いは、人類の完全勝利で幕を閉じたのだった。
東北の地に、ようやく真の安寧が訪れた。このときは誰もがそう思っていた。
天の使いが、本格的に動き出すまでは――。