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マスター:烏丸優
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/10


みんなの思い出



オープニング

●止まない雨、続く絶望

 日本某所、ゲート内部。
 王座に腰を下ろした女悪魔の足元で、ヴァニタス・レイン(jz0211)は跪いていた。
 豊麗な肉体をドレスで包んだ美女の正体は、レインの主人にして武力階級第七位の騎士――蒼月の女王・ディアナ。
 彼女の有する凄まじい魔力は、並の撃退士を一撃で戦闘不能に追い込むレインを遥かに超え、名高き少将格にも匹敵するとさえ言われている。
「……レイン。こっちに来なさい」
「は、はいっ」
 麗しき暴帝に呼ばれ、レインは跳ねるようにして立ち上がった。少しだけ躊躇い、しかし命令通り、王座に座るディアナに近づく。
 レインの蒼い双眸には、不安の色が渦巻いていた。
「な、何ですか……?」
 撃退士達と相対する時とは打って変わった繊細な上目遣いで、レインが主人の顔色を窺う。ゲートを破壊されるという大失態を犯して以来、ディアナにいつか棄てられるのではないかという恐怖を、レインは常に感じていた。
「…………」
 無言のまま、ディアナは静かに右手を伸ばした。その動作に、レインが怯えるようにびくんと肩を震わせる。
 叩かれる、と思った。
 けれど少女の予想に反して、女王の冷たい手はレインの青髪に潜り込んだ。
 驚愕するレインに、ディアナは微笑を向ける。
「……役立たずと言ったのは取り消すわ。貴女は充分使える駒よ、レイン」
 よくやったわ、と。従者の戦果を称えるように、ディアナがレインの頭を撫でる。レインの再三に渡る撃退署への攻撃は、ディアナを満足させる最低限の成果をあげていた。
「あ、ありがとうございます……っ」
 ディアナに褒められた。たったそれだけの事で、レインの脳髄をぞくぞくするような幸福感が駆け巡っていく。
 たとえ愛されなくても、たとえただの駒としか見られていなくても、自分を変えてくれたディアナに全てを捧げて尽くしていこうとレインは決めている。
 だけど本当は、大好きな主人に認めて欲しくて。必要として、欲しかった。
 それが僅かだが叶い、体の奥から悦びが湧き上がってくる。
 嬉しさのあまり、レインの蒼い瞳から涙が零れる。虚ろな双眸は、藻が絡まった溜池のように蕩けていた。
 感極まったレインがディアナに抱きつく。
「ディアナ様……ディアナ様、ディアナ様、ディアナ様……」
 少女が愛する主人の名を繰り返し呟く。女王はその頭を撫でてやりながら、口許に薄い笑みを浮かべた。
「ゲートの事は、もう赦してあげてもいいわ……だけど、私は使えない駒に興味は無いわよ?」
 次に貴女が何を為すべきか、解かってるわね? と言外にディアナが告げる。
「えへへ……わかりました!」
 主人の意を解したレインが顔を上げ、快活な返事と共に爛々とした笑みをディアナに向ける。
 無邪気に破顔したその姿は、ディアナが久しぶりに見たレインの心からの笑顔だった。
(……相変わらず、虐めたくなる顔ね)
 どんな仕打ちを受けようとも、レインがディアナに注ぐ感情は変わらない。これまでも、これから先も恐らくずっと。
 ディアナの胸中に嗜虐心と愛しさが込みあげて来て――それを隠すように、女王然とした冷たい語調で言い放つ。
「ならば早く往きなさい。私の完全な王国を築く為だけに、貴女は存在しているのよ」
 ヴァニタスであるレインのゲートが潰えた今、自らの糧とするだけの魂の収穫は見込めない。ならば、多量の魂を得るには別の手立てを立てる必要がある。
 外敵の排除がある程度済んだ今、次に行うべきは家畜の掠奪と――。
 レインが去った後、ゲートの中で女王が独り呟く。
「……精々足掻きなさい、撃退士。何度抵抗しても無駄だと、その愚かな魂に刻み込んであげるわ」




 その日、久遠ヶ原学園に一件の依頼が持ち込まれた。
「お願いします……恋人との思い出の品を……取ってきて、欲しいんです」
 学園に訪れた女性は、光を失くした瞳でそう言った。
 対応した斡旋所職員によると、依頼の経緯はこうだ。

 女騎士ディアナが支配するエリア周辺の港町は、ディアナ配下のディアボロに占領された状況が続いている。
 ディアナがゲートを開いたことで、支配エリア周辺の住民は避難を余儀なくされていたのだ。
 元住民である依頼主の女性は、当時運良く町外にいて無事だったが、恋人は行方不明となってしまった(恐らくディアボロに殺害されたか、支配エリアに連れ去られたのだと思われる)。
 深い哀しみから立ち直った彼女は、せめて彼との思い出が詰まった写真や装飾品を手元に残したいと考えた。
 最愛の恋人の幻影を、彼女は形見に求めた。
 依頼主は最初、現地撃退署に相談したが、疲弊した撃退署には対応する余力は無く、私的な依頼であった事もあり、学園へと回される運びと相成ったのだ。

 斡旋所職員が、志願した撃退士達に向かって淡々と説明を開始する。
「学園は正式にこの依頼を受諾しました。あなた達には、ディアボロが大勢いる中に飛び込み、物品を回収して貰う事になります」
 難易度は、当然ながら通常よりも高い。
「間違っても、ディアボロを殲滅しようなどとは思わないで下さい。確認されているだけでも三十体以上のディアボロが占領区域内には跋扈しています」
 あくまでも依頼主のオーダーに答える事を第一に、と斡旋所職員が釘を刺す。
「目的地は依頼主の自宅になります。速やかに此処まで向かい、依頼された物品数点を持って帰還して下さい」
 地図もある事から、目的地までの最短ルートは算出できる。ただ、やはり問題なのは大量のディアボロ達。
「最短距離で目的地に向かう道は、遮蔽物が少なく周囲のディアボロには一目瞭然です。敵に発見されれば、交戦は必至でしょう」
 では、ディアボロ達に見つかりにくいルートならば? 生徒の一人が問い、斡旋所職員が首を横に振る。
「遮蔽物が多いルートで行く場合、必ず大きく迂回する必要があります。うまくいけば一体の敵とも遭遇せずに済むでしょうが、発見されて増援を呼ばれた場合、最短ルート以上のディアボロと戦わざるを得なくなるでしょう」
 最短ルートを突き進んで迅速に目的地を目指すか、隠れながら慎重に目的地を目指すか。前者は激しい戦闘になる事が予想されるが、うまく敵を突破できれば最低限の負傷で済むかもしれない。後者は一度でも敵に見つかればアウトだが、うまくいけば戦闘を完全に回避する事も不可能ではない。いずれにせよ人員次第、作戦次第といった所だ。或いは二つを組み合わせたり、別の方法を模索して自分達に合った案を立てるべきだろうか。
 斡旋所職員が告げる。
「……依頼主にとっては、心の支えとなる大切なものです。どうか持ち帰って来てあげてください」


リプレイ本文



「大切な物か…‥絶対、とって来てあげなくちゃ」
 荒廃した港街に到着したバハムートテイマーの日ノ宮 雪斗(jb4907) は、そう呟いて小さな拳を握り締めた。
 雪斗の傍らで、右眼に眼帯を掛けたはぐれ悪魔の少女、宗方 露姫(jb3641)が頷く。
「大切な人を亡くした気持ち、俺にもちょっとだけわかるよ。だから、この依頼で少しでもあの人の心を救えたら……」
 回収を依頼されたのは、恋人との手紙や写真、そして、
「……指輪、か」
 赤髪の魔術師、アスハ・ロットハール(ja8432)が目を伏せ、結婚指輪を填めた手指を見やる。もしも自分が愛する妻を喪くしたとして、果たして耐えられるだろうか、と自問しながら。
「好きな人の、思い出のモノ……ふゆみがんばる! そうゆーの……チョー大事ッ!」
 同じく恋人持ちの女子中学生、新崎 ふゆみ(ja8965)も意気込んで見せる。
「…………」
 橋場 アトリアーナ(ja1403)は無言のまま、赤いリボンを弄っていた。表には出さないが、彼女も思うところがある。彼女にも、決して忘れてはならない人がいた。
「それじゃ皆さん、参りますか」
 鳳 蒼姫(ja3762)がのんびりと、けれど意志を込めた語調で告げる。
 忘れ形見を、探しに。




「皆さん、こっちです!」
 ルートを記載した地図とコンパスを頼りに、雪斗が仲間達を主導して廃墟と化した港街を駆けて行く。
 撃退士達が選択したのは、遮蔽物が少ない代わりに最も早く目的地へと向かえる最短コース。
「正面突破、腕が鳴るねえ。豪快で実に私好みの作戦だ」
 地図を参考にしつつ、鬼道忍軍の鷺谷 明(ja0776)が走る。
「長引けば不利だから、少しでも早く動けるようにしたいね」
 まっすぐ目的地に向かえるようにと、事前に道筋をしっかりと確認していたユリア(jb2624)も、走りながら答えた。
 このパーティは攻撃面には長けているが回復手段や耐久性能にはやや欠ける。ならば、最短距離を突き抜けて速攻で目的を果たす方が賢明。そう考え、撃退士達はこちらの道を選択していた。
 その選択は、恐らく正しい。
 見つかる事を前提とした上で、アスハが移動速度を重視して素早く進む。どの道すぐに発見される可能性が高い以上、機動力を優先した方が効率が良かった。
 ふゆみとアトリアーナはなるべく慎重に行こうと考えていたが、アスハの意見に合わせて大胆に動いていく。突入前に意見を摺り合わせ、齟齬が無いように行動を決めた結果だった。


 数分前。
 突入直前、ふゆみは作戦にホイッスルを使用する旨を、仲間達に伝えていた。
「ふゆみはこれでヨウドーがんばるんだよっ☆」
「う〜ん……良いと思うんですけど、やっぱりリスクはありますよね」
 作戦相談時では抜群の勘を発揮していた雪斗が、腕を組んでうなる。嫌な予感が、何となくしていた。
 ちなみにキッチンタイマーを設置するという案も出ていたが、こちらは実現には至っていない。
 少し考え、アスハが告げる。
「最短ルートで行く場合は、あまり必要ないかも知れん、な。逆に遠くの敵を呼び寄せて、丸見えのこちらの存在を教えやすくなるかも、しれん。使うとすれば、いざという時、かな」
「そっかー……わかったよ! みんながそうゆーなら、そのホウコーで☆ミ」


 幸いにも今回は緊急性の高い依頼では無かった為、出発してからでも微調整する余裕があった。ふゆみも、仲間に迷惑をかけるくらいならばと妥協する素直さを持っていた。
 その後、阻霊符の使用などについても齟齬があったのでそれらの意見を最終的に摺り合わせ、撃退士達は突入を開始したのだった。
「あっ、見えました! あの家じゃないですか?」
 事前に得ていた情報と照らし合わせ、雪斗が眼前の家を指さす。ディアボロによるものなのか外壁が壊れかけているが、確かにそこは目的地である依頼人の生家で間違いなかった。
「よし、このまま一気に――」
 ハイドアンドシークで気配を絶った露姫が言いかけ、即座に後方に飛び退く。直後、轟音が炸裂。それまで露姫がいた空間を、上空から飛んできた風の砲弾が薙ぎ払った。
 風弾を吐いた空飛ぶ大蛇を見上げ、露姫が忌々しげに舌打ちする。
「ちっ、あの野郎が風蛇だな……! こんだけ見通しが良けりゃ、やっぱ見つかっちまうか……!」
 警戒していたお陰で運良く直撃を免れた露姫が、後ろに下がる。
「宗方さん、こっちに!」
 部隊中央に位置取っていたユリアが叫ぶ。ユリアは潜行や物質透過の不確実性を考慮していたのか、仲間によるカバーリングを受けやすく最も敵に狙われにくいこのポジションを維持するよう心がけていた。
 傍らで、蒼姫が紅鏡霊符を構える。
「二人とも、いざという時はアキが絶対に護るから大丈夫なのですよ!」
「よぉーしっ……がんばっちゃうぞー☆」
 露姫達回収班に向かいかねない風蛇を優先して撃破すべく、ふゆみが虚金属にアウルを込めて対天魔用兵器を具現化。呼び起こした乙女仕様スナイパーライフルを、上方に構える。
「ここはもう……ふゆみのシャテーキョリなんだよっ!」
 闘気解放したふゆみがスナイパーライフルの引き金を絞り、アウルの銃弾を射出する。風蛇は通常のV兵器が届かない高高度を飛行していたが、そんなものスナイパーライフルの超射程の前では意味をなさない。
 風蛇の頭に、飛来した弾丸が直撃。ふゆみの銃撃は凄まじい威力を誇る。風蛇相手ならば、あと一、二発で撃墜できるほどだった。
 だが、敵はこの一体だけではない。
「前からも来たよ!」




 ユリアの指摘通り、火や水を纏った大蛇型ディアボロの群れが続々と姿を現してきていた。少なくとも十体はいるだろうか。
 まずはこれらを突破しなければ、目的地には辿り着けない。
「では、雑魚の駆除と往こうじゃないか」
 戦闘狂の明が、不敵な笑みを浮かべたまま突撃。先制攻撃を仕掛けた。
 腕を獣のそれに変貌させた明が、水蛇の首を掴む。砕かん勢いで締め上げ、万力〈バイス〉の餌食とする。
「行くですよ! さあ、アキの蒼の魔法を喰らうが良いのです!」
 蒼姫が最大射程からマジックスクリューを発動し、火力を集中。熟練の腕を活かし、高い威力の援護攻撃を叩き込んでいく。
「……ん、敵の中を突破するの。回収は、お願い」
 露姫とユリアに告げ、アトリアーナは鈍色の拳銃を召喚。蒼姫のマジックスクリューが炸裂して朦朧としていた水蛇に照準を定め、ワイバーンを猛射する。
 物理攻撃に秀でたアトリアーナの弾丸は、ディアボロの肉体を豆腐のように突き破り、貫通。防御性能を活かす間もなく、水蛇は撃沈した。
 アトリアーナは、自分が魔法に弱いと自覚している。だからこそ無理に突出せず、今回は後衛として動く事を選んだ。適切な判断といえる。
 火蛇が天を仰ぎ、口を開くのがアトリアーナの視界に入った。恐らく鳴き声をあげ、増援を呼ぼうとする気なのだ。
「――させないの」
 動きの先読みに成功したアトリアーナが、銃弾を撃ち込む。威力は充分だが決定打には僅かに足りない。けれど一瞬だけひるませ、動作は阻止できた。そしてその一瞬を、アスハは見逃さなかった。
「増援を呼ばれる前に、一気に決める、ぞ……!」
 火蛇の側面に回り込んだアスハが、グラビティゼロの杭弾を射出する。精確に命中した極太の獲物に貫かれ、事切れたディアボロの首ががくんと折れた。
 前に出たアスハに、火蛇の放った爆炎が殺到していく。猛火の竜巻がアスハを灼くが、

「効かん、な」

 レギンレイヴアーマーを纏った近接魔術師は、平然と炎を受け流していた。
 対魔法の防御技術に長けたアスハに威力をほとんど減衰され、火の粉が吹き飛ぶ。
 上空から風弾が落ちてくるが、アスハはこれも完全に相殺。最低限のダメージしか受け付けない。
 敵にしてみれば、高い物理攻撃力と魔法防御力を備え、しかも的確に動く前衛など、厄介な事この上なかった。
「シーニーさん、お願い! 走りますよ!」
 召喚したストレイシオンと併走し、雪斗が敵と距離を詰める。狙いは火蛇。移動力の限界を迎えた所を火弾で迎撃されたが、召喚獣が反射的に動き、我が身を盾にし雪斗を庇った。
「ひ、ひい!? ごめん、シーニーさん……ありがとう。いきましょう!」
 眼前で弾けた業火に怯えながらも、少女召喚士が進む。接近したストレイシオンがハイブラストを撃ち放ち、天雷で火蛇をずたずたにしていく。
 明が主武器を雷帝霊符に切り替え、炎息〈フレイムブレス〉を発動。魔法の精度を上げた状態で、口から吐き出した炎を一直線に放射する。
 しかし敵も魔法に優れた個体群。決定打には足りず、反撃とばかりに炎の渦や爆炎の雨を明に浴びせる。一撃は回避できたが、負傷率八割と重傷は免れなかった。
「……次から次へと、きりがない」
 上から飛んできた風弾の勢いを受け身で殺しつつ、アトリアーナが苦しげに言う。僅かに押され始めていた
 このままじりじりと削られていけば、依頼達成は困難。ならば。
「速攻突破といかせてもらうよ!」
 狙いを研ぎ澄ませたユリアが、Moon Blade〈ムーン・ブレード〉を乱舞させて一気にディアボロを攻撃した。月光を帯びた刃が、水壁で味方を庇おうとした水蛇ごと負傷した火蛇二体を斬り刻み、撃破。
 突破口を開けた。あとは突き抜けるのみ。
 ユリアと露姫が潜行し、目的地へと突き進んでいく。敵の多くは、気配を殺した回収班の二人に攻撃する事は無かった。
 が、彼女達が通り過ぎた所で、二体の火蛇が振り向いた。都合悪く反応したディアボロが、ユリアを追おうとして――

 ホイッスルの笛音が鳴り響いた。

「ふっふーん! ふゆみはこっちー!」
 ホイッスルを吹き鳴らし、ふゆみが火蛇達の注意を自身に集める。リスクを冒してでも、ここは絶対に回収班を通す必要がある。今は使用すべき局面だった。
「ありがとう新崎さん! 助かったよ!」
 ユリアが依頼人宅に入っていくのを見届け、ふゆみが表情を引き締める。あとはどう乗り越えるべきか。
 ふゆみに注目したディアボロ達が接近し、上空と前方から無数の魔弾を飛ばしてきた。瓦礫に隠れようと思っていたが、周囲に適切な遮蔽物は無い。
「――蒼の鳳凰よ、舞うのです」
 ふゆみと敵の射線上に割り込んだ蒼姫が軽やかに舞い、蒼の舞踏守陣を展開。前面から飛んでくる単体攻撃を、羽ばたく鳳凰の障壁が全て完璧に防御する。
 すぐに使用可能数に達したが、蒼姫は鳳凰を出せずともその身で敵の攻撃を受け止める気構えだった。
 守護の信念のもと、蒼姫が体を張って盾となる。高位魔術師である彼女には軽微な負傷しか発生しない。蓄積し総ダメージはそれなりだが、最も堅くて落ちにくいダアトを目指して日々精進する蒼姫は、まだ膝をつかない。
 蒼の絶対防壁を支えるのは実力か気力か、あるいは両方か。
「……大事な仲間は、絶対に傷つけさせないのですよ!」


 回収組の仕事は手際良かった。ユリアと露姫が手分けして家の中を調べ、すぐに依頼品を回収する事に成功していた。
「外で頑張ってくれてるんだから、負担は最小限にね」
 封筒に入れた写真と手紙を落とさないようしっかりと仕舞い、ユリアが即座に脱出に移る。
「後は出るだけ、もう一頑張り!」
 仲間達のもとへ急ぎながら、露姫が意思疎通のスキルを活性化し、最前線で戦うアスハへと思念を飛ばした。
『回収は無事完了したぜ! もうすぐ俺達もそっちに着く!』
「向こうは終わった、か」
 暴風のように吹き荒ぶ火炎の吐息を払いつつ、アスハがディアボロ達と向き直る。相性の問題で他二人より前に出ているせいか、敵には狙われやすくなっていた。
「だが、それならそれで……やりようはある、な」
 グラビティゼロにアウルを込めて杭を装填しながら、アスハが水蛇へとアタックを仕掛ける。正面から向かうのではなく右側面から、必殺の杭を突いた。
 けれど、水蛇相手には通じない。
 振り向いた水蛇が水の障壁を展開、鋼鉄の五連打を百パーセント遮断する。アスハの攻撃は一寸も届かずに終わった。
 失敗? いいや、これは成功だ。
「――追撃は任せた、ぞ。アトリ」
 水蛇が晒した無防備な背面に、巨大な魔獣の頭が迫る。
 左眼に深紅の光を灯した銀髪の少女は、ワイバーンを地面に突き立てたまま無慈悲に命じた。
「……食べちゃうといい」
 主人の命に従い、獰猛なる死牙〈デスファング〉が水蛇に喰らい尽くす。飢えた獣が貪った分だけ、アトリアーナの肉体にアウルが還ってくる。
「……これで、まだ戦える」
 アトリアーナの言葉に、爆音が重なった。
 仲間と合流すべく、ユリアと露姫がディアボロ達の後方から強烈な範囲魔法攻撃を炸裂させていた。撒き散らされた光と炎が爆ぜ、辺り一帯に爆球が連なる。
 爆風を抜けて、二人が味方前衛らのもとまで辿り着く。
「ここらが退き際だろう」
 地縛霊〈ホーント〉の亡者達で水蛇の動きを封じつつ、明が用意していた煙花火を着火。煙を広げ、簡単な目晦ましを行う。
 追い縋るディアボロ達に銃撃を浴びせながら、撃退士達が撤退していく。
 ふゆみもスナイパーライフルで迎撃しつつ後退する。
 ふと、遠方に巨大な大蛇の姿が見えた。さながら竜のような大蛇だ。戦闘音か先ほどのホイッスルに釣られて近づいてきた上級ディアボロの一体なのだろう。
「シーニーさんはまだやれるって言ってますけど……どうします?」
 下がりながら、雪斗が念の為に仲間達に問う。まだストレイシオンの固有スキル〈防御結界〉は温存したままだった。
「……今回は、深追いしないほうが無難、だろうな」
「ん、ボクも賛成ですの」
 アスハもアトリアーナも、負傷率は依頼斡旋所の予想よりも軽微だった。しかもまだ切り札を残している。このメンバーなら運さえ良ければ一体程度ならもしかしたら倒せるかもしれないが……あまりにリスクが大きく過ぎる。
 今回の目的は、あくまで回収依頼を果たす事。敵を撃破する事ではない。
「敵撃破は二の次……だが、いずれ取り戻させてもらう」
 静かな闘志を瞳に燃やし、アスハは占領区域の外へと向かっていった。





 無事学園に戻った露姫は、依頼人に依頼品を送る際、自分の書いた手紙も同封させてもらうようにと斡旋所に頼んだ。
 依頼人に、どうか希望を捨てないで、と。
 彼の事を忘れろとは言わない。だけど、どうか幸せになって欲しい、という願いを込めて、彼女は手紙を綴った。
 露姫の言葉が依頼人の心をどんな風に救ったのかはここでは記さない。
 けれど彼女の想いは、確かに届いた。大切な形見と共に。

『自分だけが生き残ってしまった事に迷う事があるかもしれない。でも、最後まで希望を捨てないで欲しいんだ。彼が残したものはあんたの中にしっかり残ってる。それを守り通すのが、生き残った奴の使命なんだと思う。だから――負けないでくれ』



依頼結果